まず時事ネタですが、イギリスのEU離脱が決まり、円が大きく乱高下しました。自分の利益になりそうな部分は受け入れ、国益にならないところは捨てるというのが外交の基本ですから、経済や難民問題などが差し迫って来ると、もはやいる意味はないと踏んだとも取れます。伊勢志摩サミットの時点で、EU離脱となれば、リーマンショック並みの影響が現れるともいわれていましたが、さて…。しかし己の利を追及するというのは、戦国期も似たようなものであったかと思われますし、今回の真田昌幸の言動(後述)もそれに近いものがあるかもしれません。では、北条株大暴落の回あれこれです。
そして小田原征伐関連ですが、これに突っ込むとかなり長くなりそうなので、それは別にまとめて後日投稿予定です。まず信繁の「潜入」ですが、これは前に裏官兵衛と書きました。『軍師官兵衛』を観ていた方ならご存知でしょうが、あの大河の冒頭は、官兵衛が、小田原城に向かうシーンから始まります。無論信繁は秀吉の軍師でもありませんし、現時点で無位無官ともあれば、表から堂々と入るというよりは、潜入せざるをえないわけです。また今回は氏政が引き籠り状態で、表にも姿を見せない描き方であるため、江雪斎の口利きで、中に入り込めたというのは納得できる描き方です。恐らく官兵衛も、表門から入って氏直に「生きられよ」と説得していたのでしょう。
それから蔵の中の思いがけない再会。しかし高木渉さん演じる小山田茂誠の口調が、正にワトソン君です(笑)。松が生きていると聞かされて大喜びですが、松はこの人のことを覚えているのか、ちょっと気になります。そしてその蔵で信繫が発見したものは、茶々の扇にあったのと同じ、千利休の印が刻まれた鉛板でした。銃弾用だったのでしょう。しかし籠城のため、多くの刻印された鉛板が、いわば死蔵品となって置かれていたわけで、これで利休が北条とも通じていたことが発覚します。氏政の籠城も、とんだところで役に立ったものです。しかし敵もさるもの、信繫が証拠として持ち出した分を除き、利休は鉛板をすべて引き払って堺へ逃げ帰りますが、これに佐助が絡んでいたようです。
一方で秀吉ですが、氏政と氏直を当初は助けると言っておきながら、「氏政には死んでもらおう」あっけらかんとこう言ってのけるのがちょっと怖い。無論、このくらいでなければ戦国の世を生き抜くことはできず、また関白に上りつめることもできなかったでしょうが、正に寧のいう「怖い人」ではあります。尤も氏政を生かしておけばおいたで、またトラブルが持ち上がった可能性はあります。その一方で、こちらは宴会部長というか、お祭り男モード全開というか、北条との約束などなかったといわんばかりに、一同にずんだ餅を振舞う宴会部長的政宗。信繁と二人きりになって、俺だって二十年早く生まれていれば…と虚空を切り裂きますが、二十年遅く生まれたからこそ、後世に名を遺したともいえます。これは真田兄弟も同じですが。
さらに外せない上杉主従。徳川主従も外せないのですが、どこか胸に一物ありげで、秀吉のいないところで、昌幸に不平不満を漏らす家康に比べると、上杉のお屋形様は如何にもよさげな人物であるのは救いといえます。しかし「髻を切る覚悟で」は言わなくてもよかったかも…直江兼続に聞こえなかったのが幸いではありました。いや直江さんはわかっていながら口にしなかったのかも。そして「ススキ野原」を押し付けられ、東海地方を召し上げられた家康に対し、上杉は蒲生氏郷亡き後の会津をもらい、越後を引き払うことになります。しかし会津に行けば行ったで、今度は何かと厄介な伊達の目を気にすることになるのですが…ちなみにこの時、直江兼続は米沢城主となっています。
最後に真田昌幸。
「死にたければ死になされ、でも生きていたら面白いものが見られますぞ」
「(氏政は)頑固な男よ」
「氏政は家来を見捨てて命乞いをしたと嘘をばらまく」
「伊達と組んで秀吉を倒す」
「(信幸)乱世に逆戻りです」→「何が悪い」
「(秀吉)徳川の与力、あれも忘れてくれ」→ニヤニヤ
久々に、この人らしさが見られた回でした。伊達徳川上杉、全部ひっくるめて豊臣を討て!が実現可能かどうかはさておき、やはり真田の父上はこうでないと。如何にも殿様らしい物言いをせず、世の中が落ち着いてよかったという発想にならないのが実にいい。しかし「片倉某」に話をつけろといわれて、何のためにかと一瞬戸惑う信幸、そのくらい察してあげなさいと言いたくなります。
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