では 「染殿の后、鬼に乱心せらるるとの事」の続きです。
*************************
染殿の后である明子の、病気治癒のために祈祷にやって来た僧侶たちは、藤原氏の繁栄のために都大路に寺を建立したいと、明子の父良房に願い出て寄進を募ろうとする。しかしそれは、藤原氏の後ろ盾と、都における特権のためにすぎなかった。その僧たちをよこしたのは他ならぬ基経であり、染殿様が公の場に出ると、一番困るのは義父上ではないかと義父良房の前で言ってのける。
道真の父、菅原是善は帝に拝謁の後、在原業平と偶然出会い、一部始終を話して聞かせる。帝の寝所に后の生霊と思しきものが出たこと、后の手布が落ちていたこと、しかも染殿の屋敷である染殿院から泣き声や物音は聞こえるものの、実際の姿を見た人は殆どいないこと、ゆえに后は幽閉されているのではないかといったことである。業平は、是善が道真のことを気に病んでいるのかと当初は思っていたが、そうではなかった。しかし業平は、是善が渡した手布からあることを感じ取る。
その道真は食事も摂らず、ひたすら兄が遺した日記に読みふけっていた。強情なのは殿(是善)譲りであると、女官頭の桂木も頭を抱える。そして日記には、犬が怖いこと、蹴鞠が下手であることなどが書き綴られ、兄が弱音を吐くところなど見た記憶が無かった道真には、驚くことばかりだった。
一方染殿院は業平率いる検非違使たちが守りを固めていたが、業平は是善が渡した后の手布の香と、祈祷のために訪れた僧の香りが同じであることに疑問を感じていた。そんな時読経が途切れ、膳部を運んでいく女官たちの姿が業平の目に入った。その多さを業平は不審に思い、ある女官にそれを見せよと命じたところ、勢い余って膳部がひっくり返ってしまう。その中身たるや、酒までついた豪勢なもので、しかも覆った膳の粥だけを、虫が避けて通っていた。業平は部下に是善への伝言をさせる。その内容はこうだった。
「染殿様の病は、僧どものせいで治らないのかもしれない」
是善は帝への拝謁のみならずその他の用にも追われていたが、流石に遅くなり、屋敷に戻ろうとしたところ、染殿院から物音と后の声がするのに気付いた。業平の言葉が気になった是善が、扉の隙間から目にしたものは、薬粥を与えられた半裸の后と僧たちの狂乱の場だった。これが原因で、帝は実の母である后と会うこともかなわなかったのである。是善は木陰に身を隠したが、その時灯りが消え、悲鳴にも似た声が聞こえた。
*************************
今回道真はあまり姿を見せず、道真の父是善と業平とがことの真相を突き止めようとします。尤も道真は道真で、兄の死の真相を突き止めようとしていたのですが、両者が突き止めようとしているものに接点はあるのでしょうか。また是善が耳にした悲鳴とは、誰の悲鳴なのでしょうか。
ところで祈祷の最中に運ばれる膳部を、業平は怪しく思います。ふだん祈祷は不眠不休ですが、仮に休憩時間が取られるとしても、食事は質素なのが当然でしょう。しかし酒までついた豪華な膳部、しかも粥だけを虫がよけるという事実に、業平はこの祈祷には別の企みがあり、そのせいで后は幽閉も同然の身に置かれているのではないかとにらみます。
スポンサーサイト