それでは『応天の門』についてです。前回は屋敷から出られない藤原高子が、道真を呼び寄せるために、訪れていた白梅の前で高価な壺を壊し、このようにいいます。
「少々迷惑をかける」
実はこれは、道真を呼ぶための高子の策でした。
あらすじ 菅原道真は、白梅が壺を壊したと聞かされ、急いで高子の屋敷に参上する。そこで高子は、物の怪のために兵たちが屋敷の周りをうろつくのをどうにかしたいと道真に問い、しかも道真に、限られた人物しか目を通すことができない一本御書所(いっぽんごしょどころ)から借りた書を見せる。それは、伝説上の生物を描いた山海経であった。しかし、それでも道真はこの件には乗り気ではなさそうだった。
しかしそこに現れた筑紫が、実は物の怪は嘘で、人目を忍んで男に会っていたところ、石灯籠を倒してしまったので、その場を取り繕ったのだと高子に話す。いよいよ自分の出番はなくなったと言う道真に、高子は今度は帝から拝領の唐墨を見せる。これには道真は抗えず、高子に協力することにした。筑紫がまた倒れたことにし、しかもその物の怪は窮奇と呼ばれる怪物であり、陽の気で追い払うために、男たちに体や顔に墨を塗らせて馬鹿騒ぎをさせることにしたのである。基経の兄の国経と道経もこれをやらされた。その姿を見て笑顔を見せる高子。
翌朝道真は物の怪は退散したと告げ、在原業平邸に向かって、高子から贈られた唐墨を業平と分け合う。高子から2人で分けるようにいわれていたのだが、業平の分はかけら同然のほんのわずかなものだった。それに不満を漏らす業平に、道真はこう答えた。
「あなた別に何もしてないでしょ」
そして、高子が馬鹿騒ぎを見て笑っていたと告げて去って行く。何とも言えぬ表情を浮かべる業平。その後自邸で道真は、さっそく唐墨を試してみたが、高子の言葉に何かしらひっかかるものがあった。それはこの言葉だった。
「兄君はいらっしゃる?」
道真は返す。「私に兄はおりません」
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さて物の怪は本当は存在せず、筑紫がその場を取り繕っていたわけですが、これはチャンスと道真は男たちに馬鹿騒ぎをさせ、高子もそれを見て久々に笑顔を見せます。そして、基経の2人の兄もいやいやながらそれに参加させられてしまいます。そしてお礼にと与えられた唐墨、殆ど貢献していない業平にはちょっとしか与えないというのは、如何にもまた菅三殿らしくはあります。そして、高子の「兄君はいらっしゃるの」の問い、道真に兄は本当にいないのでしょうか、あるいはいるけど嘘をついているのでしょうか。
この話は『バスカヴィル家の犬』をちょっとだけ連想させます。実際はそうではありませんでしたが、物の怪によって事件が引き起こされ、そしてある屋敷の内部事情が明らかになって行くわけです。尤も窮奇という怪物は犬ではなく、ハリネズミの毛が生えた牛らしいのですが。
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