fc2ブログ

ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  大河ドラマ >  『光る君へ』第16回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-1

『光る君へ』第16回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-1

第16回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその1です。
まず前回同様、今回も23日火曜日に再度アップされているようですが、何か加筆修正がなされたのでしょうか。その旨を書いてほしいと思います、コメントの日付とのずれが気になります。
(尚私も先日分の意味の通りにくい部分を、いくつか修正しています)


光る君へ第16回武将ジャパンコラム

光る君へ第16回武将ジャパンコラムコメント1

光る君へ第16回武将ジャパンコラムコメント2

しかし加筆修正がなされたのなら、こういう部分も直してほしいですね。こちらは3ページ目で見つけたのですが、

乙彦がそろそろ戻ろうと告げるものの、まひろは動きません。

「乙彦」て誰ですか?
「乙丸」と「百舌彦」が合体したように見えますね。

では最初から行きます。

嗚呼、年老いてもずっと一緒にいようと誓ったのになんと悲しいことでしょう。
まひろのせいというより、まひろとさわを間違えて忍んできた藤原道綱が悪い。

ここでも「道綱が悪い」ですか。よほど道綱のキャラがお気に召さないようですね。
私は、さわが一方的に、自分が除け者にされていると思い込むのがよくないかと思いますね。もう少し冷静に対応すればいいのに、それができていない。本人としてはよほど面白くなかったのかも知れませんが。

まひろはどこか変わり者ではあります。その変なところに気づいていても、相手がそこを気にしないようにすればよいのだとは思います。
ただ、一旦、違和感を覚えたら一気に絶交されるタイプかもしれません。
ききょうこと清少納言は露骨にチクチクするし、明らかに攻撃的ですが、まひろは表面的には穏やかで、どこか変わっていますので難しい。

この時のまひろは特に「変わり者」には見えません。
これだとさわが怒ったのは、まひろのせいであるかのように取れます。確かにまひろは寧子との話に夢中になってはいたし、道綱は自分とまひろを間違えていますが、どちらもまひろだけが責めを負うものではないはずですが。

そして清少納言は「露骨にチクチクするし、明らかに攻撃的」なのだそうですが、彼女は「チクチクして攻撃的」でしょうか。感情をストレートにぶつけるタイプではあるかと思いますが。
そしてまひろは穏やかで変わっていると言うより、物事をじっくり観察するタイプであると思われ、その点で感情をあらわにする清少納言とは違うと言えるでしょう。

藤原行成筆の『古今和歌集』でした。

藤原行成筆の『古今和歌集』の「写本」ではないかと思います。
それから雪山についてですが。

しっかりした防寒具もないような時代なのに、記録を見るとなかなか巨大なものを作り上げております。

その記録とはどのようなものか、ここでちゃんと書いてください。いつもそうですが、武者さんは記録や日記がどうこうと書く割に、出典を出さないのですね。これでは大河レビュアーとも、歴史系ライターとも呼べないと思います。

あと雪山作りと「しっかりした防寒具」は関係があるでしょうか。この時代の貴族は重ね着をしており、しかも冬用の装束もあるため、ある程度は対応できていたと思います。もちろん、雪をかくためのスコップなどはありません。

ちなみにこの貴族の雪山作りも、平安時代末期になると一風変わった人物がでてきます。
「悪左府」こと藤原頼長です。
彼の日記『台記』によると、独力で巨大な雪山づくりをぶっ通しでしていたとか。一体なんなのでしょう……。

これも、『台記』のどの箇所にあるのかがまるでなし。
こちらのサイトによれば

雪山
(風俗博物館)

『台記』保延2(1136)年12月4日条、久安2(1146)年12月21日条に「食事抜きで雪山を作った話」や「雪山の大きさが一丈あまりもあった」などの記述があると書かれています。一丈は約3メートルですからかなりの大きさです。

ちなみに紫式部は、平安京とは比較にならないほどの豪雪地帯である越前に住んでいます。
日本海側の豪雪を目の当たりにした彼女からすれば、平安京の雪なぞ大したことはないと思えたことでしょう。

このドラマでは、紫式部=まひろはまだ越前に行っていません。従って越前の雪もまだ目にしたことがないわけで、その彼女が、平安京の雪など大したことはないと果たして思ったでしょうか。

一方、藤原公任は、帝の御前でも直衣姿だった藤原伊周に不満があるようです。
斉信は「帝が許しているのだから」と言いながら、「自分にも娘がいれば入内させる」と続けます。

この直衣について、もう少しきちんと書いて貰えないでしょうか。
伊周の服装は冠直衣で、この姿で参内できるのは勅許を得た場合のみでした(元々直衣を着るには勅許が必要)。そして白の有紋の直衣は冬の装束です。また表が白、裏が赤の場合は桜重ねで、『源氏物語』「花宴」の源氏のいでたちが確かこれですね。

道長も、このマイペースな娘では帝の妃は務まらないと思っている様子ですね。ただ、倫子としては、今はぼんやりしているけどそのうち化けるかもという思いもあるとか。

彰子はマイペースと言うより、なかなか喋らないし、倫子はぼんやりしていると言っており、帝の中宮の定子とは違ったタイプで、それゆえに務まらないと思ったのではないでしょうか。

夫婦で楽器を演奏する様は「琴瑟(きんしつ)相和す」という漢籍由来の言葉もあり、夫婦和合の象徴。

「琴瑟」は両方とも「琴」です。この場合定子は琴を弾いていますが、帝が奏でているのは笛ですね。

声を上げながら、優美に舞う貴公子たち。
こうした時代ごとの芸能再現はこれからの時代重要です。
中国では時代ごとの舞姿の動画があり、見応えがあります。
アジアの時代劇は近世以降に集中する傾向もありましたが、韓流にせよ、華流にせよ、それより古い時代のものが増えている。
時代劇や大河ドラマというと、戦国時代や幕末といった定番の時代だけを思い浮かべるのはもう古くなっているのです。

時代ごとの芸能再現とありますが、たとえば『平清盛』の今様や白拍子も、『どうする家康』の富士遊覧での踊りも、当時の芸能であり遊興であるかと思います。『えびすくい』や秀頼の舞しかりでしょう。
そしてこちらは朝ドラですが、『ブギウギ』もその当時の芸能を再現していたのではないでしょうか。
武者さんの場合、自分が気に入る場合のみ「その当時の描写」を重視しているように思えますし、嫌いな作品だと当時の描写があっても無視していませんか。

「中国では時代ごとの舞姿の動画があり、見応えがあります。アジアの時代劇は近世以降に集中する傾向もありましたが、韓流にせよ、華流にせよ、それより古い時代のものが増えている」
ではその具体例をお願いします。

「時代劇や大河ドラマというと、戦国時代や幕末といった定番の時代だけを思い浮かべるのはもう古くなっているのです」
誰がそのように思っているのか不明ですが、時代劇は元々江戸時代を舞台にしたものが多いかと思われます。そして大河ドラマも、過去に平安末期や鎌倉時代はもとより、『いだてん』や『青天を衝け』のように、明治から後の近代が舞台のものもありました。戦国や幕末だけを思い浮かべる人はそう多くないのでは。
(戦国や幕末が好きという人はそこそこいるかと思います)

あと戦国時代が古いのであれば、再来年のスタッフにその旨を伝えてみては如何ですが。

日本がお手本とした唐代は、楊貴妃一族の政治介入で痛い目に遭っているにもかかわらず、そこをあまり考えていない。女性の政治権力をセーブするどころかその逆です。
慈円が「女人入眼の日本国」と書くに至る源流がこのあたりから見えてきます。
吉田羊さんの本領発揮で、画面に出てくるだけで権力欲が輝きだすような迫力があります。

慈円が「女人入眼の日本国」と書いたのは『愚管抄』ですね。こういうのもちゃんと書いてください。
そして摂関政治というのは、娘を入内させて天皇の外戚となり、実権を握るというものでした。無論それができる人物は限られていたのですが、楊貴妃の場合は、彼女の身分そのものはそう高くなく(諸説あり)、また玄宗皇帝の失脚は安禄山の存在とも関係がありますね。

詮子と中関白家との一件を藤原道綱がヘラヘラと藤原道長に話しています。
そして母の供をして石山寺に参詣したことを言い出しました。
「いい女がいたんだよ、その名前は……ま・ひ・ろ!」
一瞬、気が気でないような道長に対し、調子に乗った道綱は、忍んで行ったらその友と間違って参った参った、と相変わらずヘラヘラと続けます。

そこまで道綱を悪く書く必要もなさそうですが、武者さんはこの人物に対しては、昨年の『どうする家康』の登場人物に対するのとあまり変わらない姿勢のようです。
道綱はあの性格ですから、こんなことがあったんだよと言いたかったのかも知れません。しかしまひろと聞いた道長は、ため息をつかざるを得ないようです。

彼女は、さわに思うように口頭で反論できていませんでした。思ったことを口にするよりも、書く方がまとまるタイプかもしれません。

あの時、あの状態のさわに対して口頭で説得できるかどうかでしょう。かえって彼女を怒らせてしまう可能性もあるようです。
しかも貴族の女性はそう外に出ることもできず、手紙が唯一のコミュニケーションであったとも言えます。

めぐりあいて みしやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな
【意訳】久しぶりに会って、本当にあなたかもわからない間にいなくなってしまうなんて、まるで夜空の月のよう
旧友に束の間の再会を果たしたとき、紫式部が詠んだ歌です。
さわ相手に詠むのかもしれませんね。

久々に会って、本当に貴方なのかどうか見分けがつかないうちに、慌ただしく帰ってしまうなんて、まるで雲に隠れてしまう夜半の月のようだ。
小倉百人一首57番ですね。

定子と帝が向き合い、仲睦まじくしています。
まさに唇を重ねようとしたその時、源俊賢があわただしくやってきました。

仲睦まじくしているのは「寝所」ですね。それをはっきりさせないと、帝の御座所で睦まじくしているように受け取れます。

しかし道隆は光に目を細め、まぶしそうにしています。そして水を大量に飲むようになった。
糖尿病が発症しているのでしょう。

目を細めるのは目がかすむ、網膜に異常をきたしているわけで高血糖が原因とされています。しかしこの状態と、水を飲んでいるのとは別のシーンです。武者さんの書き方だと同じシーンのように取れてしまいます。

「糖尿病が発症しているのでしょう」
細かいことですが「糖尿病『を』発症している」かと。


飲み物-おしゃれなグラスのビール
スポンサーサイト



[ 2024/04/24 03:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

TopNTagCloud