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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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『風花帖』-64

千代太は驚いたように吉乃を見たものの、素直に部屋を出て行き、吉乃は改めて新六の前に座った。2人の距離は、手を伸ばせば触れることが可能なほど近く、新六は何となく身じろぎし、距離を置こうとした。しかしそうする前に、吉乃の口から言葉が発せられた。

「新六殿、私は貴方にお話しせねばならないことが、あるように思います」
「さて、どのようなことでございましょうか」

新六は助けを求めるかのように周囲を見回した。しかし女中も下僕も、近くにはいないようだった。
「お話ししなければならないのは、私の心の内でございます」
そう言って、吉乃はまっすぐ新六を見つめた。新六は「はあ」と間の抜けた返事をしながら、目を泳がせた。

「私は両親に言われて菅の家に嫁ぎ、源太郎様に妻として仕えて参りました、女人の生き方とはそのようなものだと思っており、疑ったことはありませんでした。しかしひとつだけ気になることがありました。それは祝言の夜、新六殿が江戸から戻って来られるのが遅すぎたと、悲しく思われたことです」

「戻るのが遅すぎた」
新六は首をかしげ、吉乃を見つめた。

「はい、私にはなぜか新六殿が、毎年軒先にやって来て巣をかける燕に似ている、そのように思えました。燕の姿を見ないと寂しいという思いがしたのです。私は伊勢勘十郎に無体な真似をされたところを、新六殿に救われました。思い出すのはいつも、軒先を飛ぶ燕のような、新六殿の懐かしいお姿でした」
吉乃の言葉には、過去を懐かしく思う気持ちが込められていた。

「嬉しいことにございます。私に取って、吉乃様のお屋敷は燕の巣にございました。戻ればいつも温かく私を迎えてくれ、その思いが、これまで私が生きて来られた証でもありました」
新六は微笑んでこう答えた。

「本当は私は、新六殿に救われたことを考え、なぜ助けてくれたのか、なぜ新六殿に、いつも優しい心を抱けたのだろうかと、自分自身に問い合わせなければならなかったのです。そうすれば、私は自分の内なる新六殿への思いに気づいていたはずで、今はそれを後悔しています」

新六は慌てて手を振り、目を伏せた吉乃を制した。
「滅相もないことです。吉乃様は伊勢屋敷を出られ、心が動揺しておられるのです。だから左様な思い過ごしをされているわけです。吉乃様はお人柄にふさわしい道のりを歩いて来られ。悔いられることなどあるはずがありません」

力を込めて言う新六に、吉乃はこう返した。
「いいえ、私は今ほど自分の心が見えたことはありません。人妻として言ってはならないことですが、自分を偽りたくありません。私は昔から新六殿をお慕いしておりました」

新六ははっとし、そして俯いた。目から流れた涙が膝に落ちた。新六は手をつかえ、頭を下げて言った。
「お優しい言葉をいただき、ありがとうございます。出国しなければならない私への、餞別として言っていただいたことはわかっております。今のお言葉だけで、私の生涯は幸せであった、そう顧みることができます」

吉乃は新六ににじり寄り、畳につかえた右手にそっと手を重ねた。
「私のために命を賭してくださった新六殿の、その思いに私も応えるため、命を賭ける覚悟ができました」


吉乃が話したのは、自らの心の内でした。しかし当初新六は、咄嗟のことでよく事情が呑み込めず、多少間が抜けた返事をしてしまいます。そして吉乃は話し始めます。順調に、当時の武家の女性の生きる道を歩んでいたかのように見える吉乃ですが、祝言の夜、新六が来ているのを見て、江戸から戻るのが遅すぎたと吉乃は思います。それは彼女に取って悲しいことでした。吉乃に取っては新六が、毎年やって来ては巣をかける燕のように身近な存在であったはずでした。また彼の身軽さも、燕と表現するにふさわしいものでした。

新六は吉乃のその言葉を受け入れます。燕というのは、前の方にも登場しています。新六は毎年やって来て巣をかける燕なのに、ある時から巣をかけることができなくなっていたとあり、それを踏まえているようです。さらに吉乃は言います。なぜ新六が自分を助けてくれ、自分は新六に対して優しい心でいられたのか、もう少しその気持ちに向き合っていれば、自分の本心に気づいたはずでした。新六は吉乃がまだ気持ちが揺れているからだと言いますが、ここで吉乃ははっきり言います。自分は新六を慕っていたのだと。

新六は吉乃のこの言葉に涙を流します。そして出国する自分への、はなむけとして言ってくれたのであろうことを感じ取り、これだけで自分は十分満足だと思ったのでしょう。この会話は、確かに愛する者同士が別れる時に交わされるが如きものであり、また新六がこのように言う以上、この2人はもう生きて会うことはないのではないか、そのようにも受け止められます。そして彼女自身もまた、新六の思いに応えるためにも、命を賭する覚悟ができたと言います。ついにお互いの本心が見えた時でした。


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[ 2024/04/20 04:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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