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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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『光る君へ』第15回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-2

第15回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその2です。

まず先日の「光る君絵」、あれSNSのファンアートのことですね。失礼いたしました。
しかしあの箇所を読んで不思議なのは、武者さんはそもそも、この手のファンアートやタグ付き投稿に対して、かなりネガティブなことを書いていたはずです。昨年は言うに及ばず、一昨年もそう書いていたかと思います。
それなのに、今年はファンアートに理解を示すような書き方をしています。なぜ年によってこうもころころ変わるのか。結局自分が肯定する大河だから、あるいはネット上のファンダムが邪魔にならないから、そう判断せざるを得ないのです。
しかし好き嫌いでこういうことを決めるのは、如何にも子供じみているように見えますね。

それからこれも先日の日付の件です。一応日付とその周辺の部分のみスクショしています。上が最新の更新日である4月16日、そしてコメントの投稿日時は4月15日の18時になっています。

光る君へ第15回武将ジャパンコラム1

光る君へ第15回武将ジャパンコラムコメント

あともうひとつ。武将ジャパンのX投稿で
「川の中に大量の死体が流されている」
とあります。しかしあのラストシーンを観る限り、川の中の死体は一人のみで、その他は川の岸辺に、折り重なるようにして倒れています。

武将ジャパン第15回X投稿

こちらは昨年の『どうする家康』の第15回、「姉川でどうする!」の、姉川の戦いのワンシーンです。川の中の大量の死体というのは、こういうシーンのことを指すのではないかと思いますが。

どうする家康姉川の戦い

では本題に行きます。

清原元輔の娘で、夫は少納言である。しかし、ききょうは夫とは別れていると言い、それに少納言でもないときっちり説明してしまいます。
実はこれが謎のひとつでして。清少納言の「清」は「清原」からとわかります。しかし「少納言」に該当する人物が彼女の周囲にはいないのです。

これにはいくつか説があります。
父の清原元輔とも親交があった、藤原元輔の息子信義と一時期婚姻関係にあったという説。(信義が少納言)
祖先である少納言清原有雄を顕彰し、名乗ったとする説
夫橘則光の母右近(花山天皇乳母)の別名が少納言乳母なので、それにちなんだとする説
これ以外にも、定子自らがつけたという説もあり、このドラマではそれを踏まえているように見えます。

このドラマが『源氏物語』ではなく、紫式部を主人公としたドラマで本当に良かったと思います。おかげで、ライバルとしての清少納言誕生物語も見ることができました。
(中略)
日本で最も仕える主人を魅力的に描いた文学者はまさしく清少納言であり、その誕生の瞬間を見られて感無量です。

大河ドラマ化するのであれば、普通は物語ではなく、その作者を主人公にするのではないかと思います。
(実在の人物を主人公にした物語であれば、話はまた別です)
そして
「日本で最も仕える主人を魅力的に描いた文学者はまさしく清少納言であり」
ここのところがちょっとくどいのですが。
「自分の主を最も魅力的に描いた」
とでも書いてほしいです。

相変わらずノーテンキな口調で近づく道綱。これを認めたのは道綱か?と道長が問いただすと、関白の兄が言ったのだからと素通りさせたとか。

ノーテンキも何も、これが彼の性格だから当然です。
しかし武者さん、好きでないキャラに対しては、昨年や『青天を衝け』のキャラに対するのと、似たような表現をしていますね。その方が武者さんらしいなとは思いますが。

あと道隆は道綱の兄ですが異母兄であり、強く反対できないということもあるのではないでしょうか。この後の石山寺のシーンで寧子が出て来るのと、どこかつながっているようにも感じられます。
それと
「これを認めたのは道綱か」
ではなく
「何故認めたのか」
と、道長は尋ねています。

体がだるいからと参内していない道隆。彼もそろそろ糖尿病にでも罹っているのでしょう。
なんせ当時の貴族は極めて不健康な生活であり、藤原実資のような極度の健康マニアでもなければ、なかなか長生きはできません。

「そろそろ糖尿病にでも罹っている」というのも妙な表現ですね。
後に命取りとなる道隆の糖尿病ですが、きざしが見えているとか、症状が現れ始めているとか、書き方があるかと思います。そしてその当時の貴族がなぜ不健康か、そして実資はどのように健康マニアなのか、そういうのもちゃんと書いてください。

実際その当時の貴族の食生活は、自分で調味を行うため、塩辛い味つけが好きな人は塩分摂取が過剰となり、また酒の糖度が高いのに加え、基本的にあまり体を動かさないことから、生活習慣病は多かったようです。

そして実資関係で。

「細かいことを申すな。お前は実資か、はははは」
ここで補足でも。
「日記を書け」とやたらと煽られる藤原実資。しかし、道長も、行成も、日記をつけています。

とあり、実資は細かく愚痴が多い、行成は几帳面で優しい、そして道長は雑で筆跡が汚らしく、書き損じの消し方も雑でそのため解読可能である、文法が崩壊している、ともかく雑ですと延々と書かれています。
そのうえで

相手が道長であったら、こうツッコむべきだ。
「ちゃんと、この一連の流れを日記に書きなさいよ! まあ無理だと思うけど……」

とあるのですが、この道隆は「お前は実資か」とからかっただけで、日記に書けと言うような流れになっていないと思います。そして道隆が実資の名前を持ち出した理由ですが、実資は何かにつけて筋を通したがる、それゆえうるさいといった意味でこう言ったのでしょう。

しかし「道長は文法が崩壊している」のなら、それも説明してほしいところです。

道長は「中宮太夫として見過ごせない」と兄に迫りました。
この役職は中宮周辺を取り仕切る役目。道隆としては、道長の雑な性格と身内であることを任命の力点としておいて、不正もスンナリ見逃すだろうとたかをくくっていたのでしょう。

雑な性格かどうかはともかく、弟だからという読みの甘さはあったでしょう。
そして
「中宮周辺を取り仕切る役目」
と言うより、后妃すべてに関わる事務関係の職務を行う組織の、そのトップが中宮大夫です。

藤原伊周が矢を次から次へと命中させており、周囲の者たちに「遠慮することはない」と言っております。見物の女性たちも、さぞやうっとりしていることでしょう。
そして道長がやって来ると、叔父上もやりませぬかと誘う。皆が気を遣って本気を出さないから面白くないんですって。

「見物の女性たちも、さぞやうっとりしていることでしょう」
何度も書くようですが、嫌いな大河なら
「伊周のモテモテファンタジーを支える女性たち」
とでも書くのでしょうね。
そして
「皆が気を遣って本気を出さないから面白くない」
これも親の威光のおかげと言っていいでしょう。伊周はこの当時まだ15歳くらいです。

また道隆は身内だから公費の件は見逃すと思っていたようですが、伊周は逆に、身内だから本気で相手をしてくれると思っていたのでしょうか。

弓を引くキリキリという音。的を見る目。道隆や周囲の人々の焦燥と恐怖。伊周も道長も凛々しく美しい。
そしてセット、音楽、照明まで、「天意」を示すように作り込まれていると思いました。

武者さん、好きな作品だからこのように書いていますが、嫌いな作品であれば、音楽がうるさいピアノがピロピロ、そして的を外すのはわざとらしいなど言っても不思議ではありません。

この弓競べは『大鏡』からの場面ですね。聖徳太子が主人公の漫画『日出処の天子』にも似たようなシーンがありました。
弓の特殊性を思えばわかりやすくなることでしょう。

『大鏡』と『日出処の天子』のどの場面であるかをちゃんと書いてください。
『大鏡』の場合は「競べ弓」ですね。
「帥殿の、南院にて人々集めて弓あそばししに、この殿渡らせ給へれば」から始まり、道隆が止めるところで終わります。ただこの時は、伊周が道長に射抜いた数で二本分負けていたこと、だからもう二本分延長したこと、「帝が出る」や「摂政・関白になる」とは、道長だけが口にしているなどの違いがあります。

これに関しては、高校生向けサイトですが一応置いておきます。

大鏡「競べ弓(弓争い)」の現代語訳をスタサプ講師がわかりやすく解説!
(スタディサプリ)

そしてその後、弓の特徴と神話、神事に関して書かれており、さらに明子の登場についてこのように書かれているのですが、

スピリチュアルなところのある明子は弓競べの話に喜んでいます。
しかし、八歳も年下の甥相手に馬鹿なことをしたと、いささか後悔しているような道長。すると明子が、お腹の子が蹴ったと嬉しそうに言います。
男子のような気がすると明子が言うと、どちらでも大事にいたせと返す道長。

明子はこの場合、「帝が出る」ということにこだわっているように思えます。妊娠中であれば、今自分のお腹にいる子が、よもやと思っても不思議ではないでしょう。そしてその子がお腹を蹴った、男子ではないかと言うのも、将来は帝にという希望を込めての発言ではないでしょうか。
ただ道長は、伊周相手におとなげないことをやってしまったなと思っているのでしょうね。

そしてさわが訪ねて来て、また家にいづらくなったから、石山寺詣にまひろを誘う件。

歴史をたどれば、こういう女性同士のシスターフッドも当然あったはずなのに、なかったことにされがちだと思います。
背景にあるのは「女はドロドロしていなきゃ」という強い偏見ですね。
『光る君へ』の関連記事にしても、やたらと「女同士でドロドロしている」と誘導するものが出てくる。
今放映中の朝の連続テレビ小説『虎に翼』にしても、嫁と姑はドロドロ対立するものだと予測する記事はあります。

ならばその「ドロドロしている」と誘導している、あるいは予測する記事のリンクをここで貼っては如何ですか。昨年は大河を叩く特定メディアの記事を、これでもかと貼っていましたよね。なぜ今年はそれがないのですか。

そしてこういう偏見に由来する記事がますます偏見を強める、悪循環である、この中で最もドロドロしているのは兼家とその息子たちではとあります。
しかし思うのですが、貴方昨年はマザーセナだのなんだのと、自分が嫌いな大河の嫌いなキャラを、偏見にまみれたような表現をしていなかったでしょうか。そしてあの大河を好きな人たちのファンダムをもまた、何かのように叩いていなかったでしょうか。

そして
「この中で最もドロドロしているのは兼家とその息子たちでは」
好きでない男性キャラなら、平気でこういう表現をするのですね。この辺りもまた、嫌いな大河のキャラの叩き方に似ているなと思います。

この場合の「ドロドロ」が、具体的にどのような確執や葛藤を示すのかは不明ですが、兼家は寧ろ権謀術数を使って自らの出世を図り、息子たちはその恩恵にあずかったと言うべきでしょう。当時は一族が要職につく、そのためにはどのような手段をも取ることになるため、汚い、あるいは非道な手を使う必要もあり、そうでなければ生き残れなかったとも言えます。
実際この後、道長との争いに負けた伊周もまた没落して行くことになります。

二人の旅は、女性同士で寺に参拝するもので、これも重要です。
外出が制限されていた時代、女同士で出かけるとなれば仏事ならば名目として成立する。
日常から離れて女同士で旅をする、こうした仏事はとても楽しいものであったとか。
日本各地には女性のみのささやかな仏事が伝統として残っているものです。シスターフッドの跡は決して失われてはいません。

「日常から離れて女同士で旅をする、こうした仏事はとても楽しいものであったとか」
「日本各地には女性のみのささやかな仏事が伝統として残っているものです」

ならばその裏付けをお願いします。毎度のことではありますが、武者さんはこう書きながら具体的な裏付けを示そうとしないため、常に自分の願望だけを書いているように取れてしまうのです。

そしてシスターフッド、元々は女性同士の連帯感や共感という意味ですが、それがどうこうと言うのなら、嫌いな大河でも女性同士の友情あるいは信頼関係は存在すると言っていいでしょう。何もこれは、武者さんの好きな大河のみで描かれるものではありません。
昨年の瀬名とお田鶴なども、女性同士の友情や信頼関係は存在していたはずなのに、そういうのはシスターフッドとは言わないのですね。


飲み物-グラスに入ったビール
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[ 2024/04/18 02:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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