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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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第14回『光る君へ』武将ジャパンコラムに関するnote記事

では今週も、たけたけさんのnote記事からいくつかご紹介します。いつも通り、ダークブルーの部分が、武者さんのコラムからの引用箇所です。

大河コラムについて思ふ事~『光る君へ』第14回~


まず道兼に仕えていた源頼信が、道隆を殺そうかと兄頼光に持ち掛けていた件です。

なお、ドラマでは描かれませんでしたが、道兼に仕えていた武士の源頼信は、いっそ道隆を殺そうか?と兄の源頼光に持ちかけています。
しかしそこは弟より知恵が回る兄が、暴力上等で関白の座をめぐってはキリがないと却下したとか

まず「逸話を紹介するのなら、きちんと出典まで記述する事は大切だと思います」と書かれています。(今回特にこの出典なしが多いです)
さらにたけたけさんの記事によれば、頼信は源満仲(清和源氏多田氏の祖)の三男であり、兄の頼光は酒呑童子退治で有名であること、頼信自身は藤原保昌、平維衡、平致頼と共に、道長の四天王として『十訓抄』に名が挙げられていること、そして『古事談』に、頼信が道隆を殺そうかと頼光に持ちかけ、頼光がこれを制したことが書かれているとあります。

そしてこちらも出典が書かれていないのですが、

道兼の子である藤原兼隆は、従者を平気で死なせるほど精神が荒廃したそうです。

やはりまずこのように書かれています。
「こちらも逸話を紹介するのなら、きちんと出典まで記述してください」
そして寛弘6(1009)年に、道長の子頼光が参議を経ず権中納言となり、さらにその4年後に、頼通の弟教道が権中納言に就任したことで、道兼の嫡男兼隆が遅れを取る形となり、馬の世話係である厩舎人を殺させる事態に至りとあります。また、このことは『小右記』長和2年8月10日条にあるとの由。

私もこれは『小右記』ではなかったかと書いていますが、武者さんは特にプロのライターであるはずです。こういうのすらチェックしないのでしょうか。

為時は出仕をやめて以来、漢籍を学び、実行に移す、仁者の風格が出ています。
まひろもそんな父には、敬愛しかないようです。
仕事で人が変わると家族もギスギスしてしまうとは、今も昔もそんなものなのでしょうか。

これに関してたけたけさんは、前回も書いたように、荘園の所有者(本所)の代官として現地へ赴き、運営を統括すること、あるいは散位寮に登録して出仕することで、除目により任官をせずとも、いくらかの収入があるため、為時は散位寮を合併した式部省に出仕していたのではないかと指摘しています。

実際為時は花山天皇退位によって蔵人でなくなり、さらに兼家からは、間者の役目を伴う漢学指南を断ったこともあり、任官の道が絶たれていたわけですが、武者さんが書いているような
「為時は出仕をやめて以来、漢籍を学び」
では漢籍を学ぶために、為時が宮仕えを辞めた様に見えるとも書かれています。
実際「好きで」出仕をやめたわけではありませんからね。

そのころ源明子は、兼家の扇を前に呪詛の真っ最中です。
紅唇からこぼれる。
呪詛がなんともおどろおどろしい。
妊娠中にこんなことをしてよいのかどうか……心配になってきます。

この呪詛に関して。
たけたけさんの記事によると
扇を掲げ、印を結び、『天に泥、地に泥、荼吉尼・・・』と唱えていること、陰陽考証の高橋圭也氏によると、
「五臓を蹴割り、五臓を融かす、即滅ソワカ」の部分は、高知県のいざなぎ流の法文を参考にして少し手を加え、呪詛の呪文として使用しているそうであると書かれています。

また「茶吉尼」という言葉、これは茶吉尼天に関する呪法を参考にしたのかともあります。元々この荼吉尼天は夜叉で、6か月前から人の死を予知し、臨終を待ってその肉を食らう神で、狐の精として稲荷神と習合し、豊川稲荷が有名であるとのこと。

この茶吉尼天、個人的に『国盗り物語』(前編)で、奈良屋の女主人お万阿が、松波庄九郎(後の斎藤道三)に、自分は茶吉尼天であると告げるのを思い出します。

明子は喪に服している時に、敢えて穢れの身を見舞ってくれたと感銘を受けています。
当時の出産は穢れとされました。

この穢れですが、日本の場合は「触穢思想」(魂にまで付着し、さらに触れた者に接すると、他者にまで乗り移る)と考えられており、『延喜式』(康保4年=967年施行)によれば物忌みは、喪中が30日となっていること、さらに
改葬(30日)
傷胎(流産のこと、4ヵ月以上は30日、3ヵ月以下は7日)
失火(7日)
とあり、さらに懐妊や月経、埋葬などが穢れとされています。
して載っています。そして明子は出産による産褥の穢れ(7日)ではなく、傷胎の穢れではないかとあります。

ついでながら。
平安時代、妻の月経中や産後は夫も穢れに触れており、そのため、一定期間は参内できませんでした。

そして、

今でも妊娠は命に関わる病気です。
ましてや当時は危険なものです。 

この記述に関しては、
「産まれてくる命を待つ時に、赤ちゃんを『病気・穢れ』と、さも要らない汚いものの様に言われる母親の気持ちも考えましょう」
とありますね。
そして「妊娠・出産は病気ではありませんが、母体の心身にはに大きな変化が起こります」
「現代では仕事にも様々な負担や影響がでる場合があります」
ともあります。

ここの部分、書き方がまずいように思います。私は寧ろ命に関わるとか危険は、出産の方ではないかと書きましたが、仮に母体に色々変化が起こることを表現したかったにせよ、
「今でも妊娠は命に関わる病気です」
は、やはりないのではないかと。

そんな命懸けのことを、まだ若いからできると語る倫子。
子を亡くした相手にそう思う倫子。
悪意があろうとなかろうと、かなり残酷なことを語っています。

ここの部分。跡継ぎを産む事は、妻としての立場を固めることであり、娘を産む事は天皇の外戚となって、家の繁栄を築くことであり、また当時の医療行為は限られていて祈祷が中心、衛生観念もよくなく、1人の子を産むのでさえ死亡率が高いとあります。また残酷であろうがそういう時代であり、それが進化して現代があること、さらに、妊婦に対して病気だと、デリカシーもなく言える武者さんの方が残酷とも書かれています。

私もここの箇所、倫子もまたその危険なお産を経験していると書いていますが、これだとまるで出産経験のない倫子が、流産した明子に心無いことを言っているようにも取れますね。

そしてききょうの父、清原元輔が亡くなったことについて。

清原元輔はかなりの高齢でした。
高齢だろうと、判断力に翳りがあろうと、適切な引退がないような当時の制度には疑念を覚えてしまいます。

この「適切な引退がないような当時の制度」に対して、たけたけさんはこう書いています。

疑念を覚えて現代で『おかしい、おかしい』と喚いて過去の事情や政治が変わりますか?
どの様なところがおかしいのか、他にどんな事例があるのか具体的に提示したほうがいいのではないですか。
(原文ママ)

そして周防国の受領を勤め上げるも、士族の官途がはかばかしくなくそこまで豊かでもなく、清少納言の夫である橘則光の母で、花山天皇の乳母である右近が、強力に肥後守に推進したことも書かれています。
武者さん、こういう経緯は書かずに、現代の感覚での問題提起ばかりやっていますね。

するとここで被衣姿のききょうがやってきました。

ききょうがまひろを訪れるシーンですが、被衣ではなく虫の垂れ衣つきの笠です。たけたけさんも
「13回でも書きましたが、いい加減調べてください」
と書いていますね。

それからききょうが民を軽んじるようなことを言いますが、

民への蔑視は平安貴族の一般的な考えで、民は人でありながら搾取される人に非ずの存在でした。
『枕草子』41段では『宮中では定子さまが鶯の鳴き声を聞けないのに、みすぼらしい(民の)家の貧弱な梅の木では煩いくらい鳴いている』と書いています。
(原文ママ)

ちょっと余談ですが、これで思い出すのが『枕草子』248段の「賀茂へ参る道に」です。賀茂へ詣でる清少納言が、農民たちが歌いながら田植えをする有様を目にするのですが、彼らが歌っているのは、ホトトギスよ、お前が鳴くから田植えをしなければならないという内容のもので、ホトトギスが鳴くのをああ言うなんて許せないと清少納言は思うわけです。無論農民には農民の言い分があるのですけどね。

そして武者さんは『どうする家康』での側室選び、あるいは側室候補が押し掛ける様をオーディション呼ばわりしていたが、今回の、伊周の嫡歳となるべき、教養のある女性を選ぶ歌会を下劣と断じているとまずあり、この場合は身内可愛さの私的な面もありそうだと指摘されています。
何に限らず、女性を集めて相手の男性にふさわしいかどうかを選定するのが、武者さんとしては気に入らないのでしょうね。

『利家とまつ』のまつにせよ、『功名が辻』の千代にせよ、戦国時代当時の像よりもずっと甘い、癒し系にされてきました。

ききょう(清少納言)が夫と子を捨てて宮仕えするというのにかこつけ、
『おんな太閤記』
『利家とまつ』
『功名が辻』
を引き合いに出して、内助の功の賢夫人否定、専業主婦批判、癒し系の女性否定をしているが、『10年ルール』縛りはどこへ行ったのかとまず指摘されています。

実際ここ何年か、10年ルールは殆ど登場しなくなりました。10年以内でないと見方が古い的な発想があったはずなのですが、武者さんが昭和平成の大河の発想が、男性のものだという見方をするようになり、数十年前のものを引っ張ってくる必要に迫られたのでしょうか。

さらにたけたけさんはこのように指摘しています。

女性の味方である様に見せて、その実「専業主婦」を貶めている。しかし「時が変われば人も夜も変わる」、それぞれの世相に合った人物設定が求められるとあり、さらに『功名が辻』の主人公千代の場合は、最初は牢人のような夫を支え、売り込んで来たからただの癒し系ではない、ポリコレだ、ジェンダーだ、不適切だと、過去にあったことを否定するのは歴史好きとして如何かと思う。

あと『どうする家康』叩きです。
この大河の出演者が、朝ドラや他のNHKのドラマに出ているのをまず引き合いに出したうえで、武者さんはこう書いています。

そんな彼らのみならず、2023年『どうする家康』で無駄遣いされた役者が見せる佇まいに圧倒されたのです。

ここでたけたけさんは、「忘れたい」「穢れ」と言いながらわざわざ思い出し、ことあるごとに『どうする家康』を叩いているが、「無駄遣い」発言は演じた俳優さんに失礼であること、「穢れと言うなら、平安貴族の様に忌避して言及する事を辞めたらどうか」とまず反論しています。

そもそも武者さんは、昨年の暮れにこう書いていました。
武将ジャパンコラムどうする家康最終回

こんなことを書いておきながら、翌年の4月になっても叩きたがる。その真意は何なのでしょう。

またたけたけさんは、別項で「人を、モノ扱いしてはいけない」と書きつつ、
「無駄遣いされた」
(ビッグモーターのCMに出演し、この大河で豊臣秀長を演じていた佐藤隆太さんに)
「不祥事のイメージがこびりついているのだけは間違いない」
と何度も中傷していた、しかも佐藤さんはその時既にCMを降板していたにもかかわらず
といった点を挙げ、
「嫌いなものなら人を侮辱して叩きのめしても何でも許されるという訳ではありません」と明言しています。

そしてこちら。私も書いてはいますが、

大河ドラマは男性向けで戦ばかりとされますが、女性向けの流れもあり、それこそ2作目は『三姉妹』でした。

これについては、NHKアーカイブスの「大河ドラマ全リスト」によると、『三姉妹』は1967年の作品で大河5作目であると指摘されています。
大河ドラマについて書いている人なら、常識のはずですけどね。

そしてこれもまたおかしい。

同時に、決まりきった退屈なヒロイン像を押し付け、大量生産してきた側の責任も問いたいところです。
こういう大河ドラマが放送され、夫を待つ専業主婦が幸せであったかどうか。
当時の人生相談を見ると、モヤモヤした不満を抱く主婦はそれこそ多かったことがわかります。

この箇所へのたけたけさんの反応です。

その『当時の人生相談』とやらを具体的に提示してもらわないと論評にならないのですが。

至極当然だと思います。
しかし繰り返しますが、今回の武者さんは特に、出典を明らかにせず、具体的な内容を示さない文章が目立ったように思います。

飲み物-ビールと夜景
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[ 2024/04/13 02:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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