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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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『光る君へ』第14回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-1

第14回に関する『武将ジャパン』大河コラムその1です。


永祚二年(990年)、あの庚申待ちの夜から四年後――まひろと藤原道長がすれ違います。
まひろは頭を下げ、帰るしかありません。

「すれ違って」はいませんね。まひろがまず身をかがめて道長と家司を通し、その後彼女も渡殿を通って屋敷を出て行こうとしています。

なお、ドラマでは描かれませんでしたが、道兼に仕えていた武士の源頼信は、いっそ道隆を殺そうか?と兄の源頼光に持ちかけています。
しかしそこは弟より知恵が回る兄が、暴力上等で関白の座をめぐってはキリがないと却下したとか。
道兼の子である藤原兼隆は、従者を平気で死なせるほど精神が荒廃したそうです。
道兼がまひろの母・ちやはを殺し、汚れ仕事役とされたことはフィクションの範囲ですが、当時最強の武士を抱え、こんなきな臭い話が伝わっていたとなれば、ある程度整合性も取れていると言える。
こういう匠の技がこのドラマの魅力ですね。

まず言いたいのですが、この頼信と頼光、そして兼隆が従者を殺した話の出典は何でしょうか。それをきちんと書いてこそのものだと思います。兼隆の方は、あるいは『小右記』かと思われます。

そして
「当時最強の武士を抱え、こんなきな臭い話が伝わっていたとなれば、ある程度整合性も取れていると言える」
武士と言うより、戦闘員的要素が強い武者の方が正しいかとも思いますが。
それはともかくこのドラマでは、武者さんも書いているように、頼光と頼信兄弟のことも、そして兼隆のことも描かれていません。実際に描かれていないのに、何を持って整合性が取れていると判断するのでしょうか。

さすが為時、「窮鳥入懐」(きゅうちょうにゅうかい・追い詰められた鳥が懐に入れば害さず守る。『顔氏家訓』より)ですね。

この時のいとですが、まひろの就職も失敗し、自分も仕立物の注文が来ない。だから自分から暇をいただきたいと言っているわけで、追い詰められているのとは少し違うのでは。思いつめていたようには見えましたが。

為時は出仕をやめて以来、漢籍を学び、実行に移す、仁者の風格が出ています。

まず、為時は散位寮に登録して雑務を行っていた可能性があります。
そして「出仕をやめた」と言うより、出仕できなくなった、官職に就けなくなったと言う方が正しいのでは?

いつもはトボけている道綱も、今の歌には何かあると気づいたようです。

この間も武者さんの、道綱に関する記述でこういうのがありました。

道綱は道長よりも11も歳上なのにうつけだと言います。ずいぶんと素直に言うものですよね。
これは道綱と道長の頭の出来というより、蔵書量の違いも大きいでしょう。

この場合は頭のよさとか蔵書量と言うより、道綱が元々人がよくて、出世を望まない性格であるのだろうと私は書いていますが、そういう人のよさが、武者さんには「トボけている」と映るようですね。

翌朝、兼家は庭に倒れていました。道長がその手を執り、父を抱きしめています。
「父上、父上……父上!」
そう叫ぶ道長。巨星が一つ堕ちたときでした。

ここもちょっと端折りすぎかと。まず兼家はその前夜庭に降り、三日月を眺めます。そしてその月が段々赤くなり、明子が兼家に対して激しく呪詛を行うシーンが登場します。そしてその後、兼家は橋の袂に倒れており、そこにやって来た道長が父を見つけるわけですね。

「激しいご生涯であったのう」
達観したように言う為時。この悠然とした風情の方が、兼家よりも達観していて賢者の風格があると思えます。人の幸福とは一体何なのでしょうか。

まず、為時と兼家は立ち位置が違いすぎ、単純に比較できるものではありません。兼家は我が子を入内させ、摂政となり関白となることが目的であり、即ち政でもありました。為時にしてみれば、そういう兼家の生き方は自分とは別世界の人物の、得るものも多ければ失うものも大きい人生のように見えたのでしょう。

そんな為時とは対照的にギラギラした宣孝は、筑前守になったと告げます。
前任者が亡くなったとかで、ド派手衣装による御嶽詣のご利益だと喜んでいます。

前任者は「亡くなった」のではなく「病で職を辞した」のですね。あと「ド派手衣装による」とは言っていません。

うれしくても、悲しくても涙が出ると語るまひろ。道長にも同じことを言っていました。

「嬉しくても悲しくても」だけでなく、
「嬉しいか悲しいかわからなくても」涙は出る、とまひろは言っています。

明子は喪に服している時に、敢えて穢れの身を見舞ってくれたと感銘を受けています。当時の出産は穢れとされました。

この時の明子は「出産」していません。流産をしたため伏せていたわけです。

道長は穢れをケース・バイ・ケースで踏まえていたことも日記からうかがえます。

ならばその出典をちゃんと書いて貰えないでしょうか。

明子は若いから今後御子はいくらでもできる。私もせいぜい気張らねば。
そう倫子は澱みなく語りますが、彼女は気づいているのでしょうか。
自身も檻に閉じ込められているかのようでもある。女性を子を産む道具のように語り、自分も気張るという。

この倫子の表情を見る限り、明子への対抗意識のようなものが見て取れないでしょうか。明子もまだ子供を産むだろうが、自分は嫡妻だから負けていられない、そういう彼女の意志が感じられます。

そして
「女性を子を産む道具のように語り、自分も気張るという」
摂関政治とは、娘を入内させ、一族がそれによって出世するシステムですから、女性に取って子を産むことは大事な役目でした。まして倫子はこの当時としては晩婚で、それを意識してもいたでしょう。まだこの時、道長の後継者となる男児は生まれていませんし。

今でも妊娠は命に関わる病気です。ましてや当時は危険なものです。
紫式部は「女は長生きしないもの」と記しています。それだけ産褥死が多かったことでもあるのでしょう。
そんな命懸けのことを、まだ若いからできると語る倫子。子を亡くした相手にそう思う倫子。
悪意があろうとなかろうと、かなり残酷なことを語っています。
同性だから同性の気持ちがわかるとも限らず、むしろ規範を強化することもあるとわかる残酷な場面でした。

「今でも妊娠は命に関わる病気です」
「ましてや当時は危険なものです」
これ、妊娠より寧ろ出産かと思いますが。無論妊娠も母体に様々な形で変化が起こり、妊娠高血圧症候群や糖尿病にかかりやすくなるのも事実ですが。
それに倫子自身も「命懸けの」出産を経験しているのです。その彼女が、明子は若いからまだ子はできると言うのは、残酷でしょうか。無論前出のように、明子に対する嫡妻としての立場もありますが。

それと「規範を強化」とは何ですか。女性は子供を産まなければという縛りのことですか。でも、この当時はそれが当たり前でした。

「皆さま、お邪魔いたしました」
そう告げて去ってゆく繁子。これぞ中世女性の強さといったところでしょう。
まだ儒教倫理が浸透しきっておらず、再婚は悪いこととも見なされない。夫が生きていようが平然と別の男を作り、さっさと出ていく。
繁子は実に強い女性で、素晴らしい!

武者さんいつもそうですが、「古代」のはずの平安時代を「中世」だと言いますね。
そしてこれまた毎度のことですが、儒教倫理が浸透しておらず、再婚は悪いこととも見なされない云々。儒教倫理が浸透するのは、江戸時代のことですから当然です。

そして
「平然と別の男を作り、さっさと出ていく。繁子は実に強い女性で、素晴らしい!」
この間の回の、道兼と繁子、そして尊子を見ていたはずですよね。あの時尊子は、兄道隆に張り合う父に怯えていました。繁子もよくよく考えてのことではないでしょうか。この夫は父の喪にも服さないわけで(これはこのコラムにも書かれています)、それを単に
「夫に愛想をつかしたから、別の男を作って出て行くなんてかっこいい」
と捉えているが如きです。

真面目な藤原行成は、実の父の喪に服さないのはあんまりだと言います。
俺らだって似たようなもんだと自虐的に言う斉信は、真面目に喪に服していないのでしょう。確かに妹・忯子の死後、気晴らしに打毱をしていましたからね。公任も人のことは言えないと同意しつつも、道兼がおかしいとのこと。

「斉信は、真面目に喪に服していないのでしょう。確かに妹・忯子の死後、気晴らしに打毱をしていましたからね」
しけた話ばかりでは忯子は浮かばれぬと言って、打毬を提案したのですけどね。あと、花山天皇に入内させなければよかったのに、藤原義懐がしつこく来たからだとも言っていました。

一条天皇がそう言うと、17歳の藤原伊周が、一足飛びで蔵人頭に任じられたと紹介されました。ざわつく女房たち。
お美しい! 漢詩も、和歌も、笛も、弓も、誰にも負けない腕前! 出来過ぎ!
そう、ボーッとしながら見ています。

武者さん、これが嫌いな大河なら何と言ったでしょうね。
昨年は

男の価値観はモテでしかない。
強く、イケメンで、女にキャーキャー言われる。モテる。エッチなことができる。取り巻きはワーワーと殿はさすがと持ち上げてくれる。
女はヨシヨシしてくれる。そうかと思えばめんどくさい汚れ仕事を引き受ける「男勝り」。エロいことも積極的にしてくる。
あとはモブ。

などと書いていましたよね。そして挙句の果ては「自分を磨かないことを肯定する」価値観とか何とか。

二人が遊んでいる遊びは「双六」です。平安時代の双六は現在の絵双六とは異なり、バックギャモンのような盤双六でした。
ギャンブル要素が強く、あまり上品な遊びともされにくいもの。『源氏物語』では、残念枠女君の一人である近江の君が、双六で遊びながら早口でまくしたてる様が下劣であると描かれています。

「平安時代の双六は現在の絵双六とは異なり、バックギャモンのような盤双六でした」
既に『平清盛』でも、『鎌倉殿の13人』でも登場していますが。
そして賭け事にも使われていますが、皇族や上位貴族も興じていました。碁に比べると、比較的気楽にできる遊びではあったでしょう。

平安のヒットゲーム「双六」
(綺陽装束研究所)

母親からすれば、我が子がそんなものに夢中になっているのかけしからんとなりかねない。
せめて囲碁にしなさい! いいえ、漢詩でも読みなさい!
そう言いたいのかもしれませんね。

このシーンですが、帝が双六に勝って定子に抱き着いているところに、皇太后詮子がやって来ます。詮子にしてみれば、自分の子である帝の着衣がだらしなく崩れていること、そして道隆の妻貴子や息子の伊周がそこにいることか、何らかの理由で気に障っているとも考えられます。

飲み物-スミスウィックのスタウト
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[ 2024/04/10 02:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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