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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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『光る君へ』第11回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-3

第11回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその3です。よせばいいのにと言いますか、また文春砲で『どうする家康』叩きをやっていますね。そして、先日投稿分の入力がおかしい箇所を訂正しています。


まひろが読んでいたのは『史記』「秦始皇本紀」と『長恨歌』です。

と言うか『長恨歌』の写しを作っていましたよね?家事の合間に。

そんな家の周辺を道長がうろつき、まひろを垣間見ています。
水仕事をする白い脛が輝くように見える。汗を拭う様もかわいらしい。
このドラマは恐ろしいことになってきました。
時代によって、どこにエロスを感じるのか変わってきます。
(中略)
答えはこのドラマの強調するところ。まひろと道長の回想シーンには、黒髪を撫でる手の動きが印象的に描かれます。女の黒髪は男の心を縛る情欲の象徴です。
そして白い脛。脛を見せることははしたないこととされます。さりげなく仕事をする女の白い脛はたまらなくセクシーで、これを見た神や仙人が落ちてくると言われたりします。

「道長がうろつき」
道長はストーカーではないと思いますが…まひろの家まで来て、入るタイミングを窺っていたのではないでしょうか。そして道長は、主にまひろが汗を拭うところに視線を送っていたと思います。そしてこの当時は、女性の髪が長いのが美女の条件とされたこともあり、男性が手を振れるのに手ごろな長さでもあったからでしょう。

髪と言えば、宣耀殿の女御(藤原芳子)の髪の長さは有名ですね。以前『枕草子』の古今集の暗記関連で、この女御について書いたことがあります。また『大鏡』にも、彼女に関する記述があります。武者さん、高御座関連で『大鏡』を読んでいたのなら、こちらにも触れてほしかったです。

大鏡「宣耀殿の女御」原文と現代語訳・解説・問題
(四季の美)

それと「久米の仙人」くらい書きましょう。

つまり道長がまひろの白い脛を覗き見るということは、彼はもう情欲の虜であることが見えてきて……ったく、けしからんドラマですね。

武者さんは勝手にけしからんと言いつつ、その実こんな大河が放送されて嬉しいと喜んでいるように見えます。好きな作品の性的な描写に関しては特にその傾向が感じられます。
ところでこの家の外のシーン、カメラアングルが道長の視線だとすれば、道長はまひろの脛など覗き見ていない、少なくとも、そちらのみに視線を集中させてはいないのですが、武者さん何を見ていたのですか。

今週、どこか暗い顔を見せていた公任。道長の後塵を拝することになる運命を察知したかのようでした。そんな公任の打算の高さが道長に移ったようにも思えます。

「どこか暗い顔を見せていた公任」
どのシーンですか?彼が登場するのは四条宮のシーンですが、あの日の明け方、花山天皇を出家させた後、公任の父である頼忠にそのことを伝えに来て、いつになく厳しい顔をしていたと話していたわけです。一体何事なのか、道長の家族は何を考えているのかという思いはあったでしょうが、「暗い顔」だったでしょうか。

そして「そんな公任の打算の高さ」とありますが、「計算高さ」のことかと。

相手の黒髪を思う。相手の白い脛を見て辛抱たまらない風情になる。相手に出会ったら即座に唇を重ねる。妾にするからわかってくれと懇願する。
道長の恋心とは、結局のところ情欲ではないかと思えてきます。
生々しい若者の思いといえばそうですが、理屈は成立します。

「辛抱たまらない」て関西で使われる表現と思われますが、武者さんは関西にお住まいなのでしょうか。
それはともかく。別に道長は髪や脛を見てまひろに心惹かれたわけでもないし、逢瀬というのはそれなりに相手へのコンタクトもあります。そして道長は「まひろの望む世を目指すから、そばにいてくれ」と言ってもいます。
情欲ではなく、相手の望むことをきちんと考えたうえで結婚しようと言ったものの、しかし正式な妻にはできないと言ったわけですね。

まひろは『史記』「秦始皇本紀」を読んでいた。奸計で権力を得た醜さがわかる箇所です。
そして『長恨歌』です。聡明な皇帝であった唐玄宗が、楊貴妃を熱愛し、政治が乱れる様を詠んでいます。
直秀のような者を減らすための善政を実現するのであれば、楊貴妃のような美女はむしろ為政者から遠ざけねばなりません。

「楊貴妃のような美女はむしろ為政者から遠ざけねばなりません」
この時の施政者の側にいる美女とは誰ですか?
と言うか、武者さんの文章より、こちらの記事の方がわかりやすいのでリンクを貼っておきます。

【光る君へ】第11話「まどう心」回想 「史記」と「長恨歌」 激しい恋心の傍ら、政治にも向き合うまひろの信念
(美術展ナビ)

ちなみにこういう記述もあります。

幼い日のまひろが三郎(道長)に語って見せたあの「馬鹿」のエピソードもこのすぐ後(注・『秦始皇本紀第六』の後)に出てきます。趙高が宮中に鹿を連れてきて、「馬です」というと、彼を恐れる廷臣は「馬です」とおもねり、「これは鹿です」と気概を見せたものは処罰されました。あの印象的な第1話の場面が、重い意味を持っていたことが改めて分かります。

蛟竜(こうりゅう)雲雨を得る。『三国志』「呉志」周瑜伝
水の中に潜む龍が雲や雨を得て、いきなり大きく空を舞う様。それまで埋もれていた英傑が急激に伸びること。

「それまで埋もれていた英傑が急激に伸びること」
と言うより、
「それまで能力を発揮することができなかった英雄が、機会を得て能力を発揮することのたとえ」
です。「急激に伸びること」だと、まるで胴体が伸びてしまったかのようにも取れます。

まひろとの恋は無駄どころか、とてつもない巨龍を目覚めさせたのです。
これが武士ならば、『麒麟がくる』の光秀や、『鎌倉殿の13人』の義時のように、初めて血を流すことが覚醒となるのに、道長は性の目覚めでした。
冗談でもなんでもなく、出世手段の違いです。
武士は武功で出世する。この時代の貴族は子を為し、入内させることで出世する。性は避けて通れません。

まひろの恋が無関係とは言いませんが、陰謀に加担したことも大きいでしょう。
そして初めて戦に参加するのが武士に取っての覚醒であるのはともかく、性の目覚めが覚醒というのは何でしょうか。寧ろこの場合、直秀のような人物が出ないための、政に集中することが彼に取っての覚醒であったかと思うのですが。

第一「子を為し、入内させることで出世する」にしても、道隆や道兼ならともかく、道長にはまだこの時妻子がいません。それもあってか、まひろに北の方ではないが妾になってくれと言ったとも取れますが、あからさまに「性」を出して来ますね武者さん。
そして自分の好きな作品しか引き合いに出しませんね。

どうやら今年の大河ドラマは、多くの人の目を開かせてしまったようです。
平安時代にハマる人が増えていることを感じます。このドラマそのものが、小さな竜に降り注ぐ雨かもしれません。覚醒とはなんと興味深いことか。

「平安時代にハマる人が増えていることを感じます」
感じますでなくて、具体的な裏付けはないのですか。貴方『青天を衝け』では渋沢栄一の関連本が書店になかった、だから皆関心がないのだとかなり乱暴なことを書いていましたが、好きな大河の場合でも相変わらず大雑把だなと思います。

彼もまた、龍なのでしょう。辰年にふさわしいドラマではないですか。

ドラマの中で、彼が龍であるという描写はまだないのですが。
それよりも昨年の卯年に放送された『どうする家康』で、家康すなわち白兎という設定に対しては、きちんと評価するどころか、木彫りの兎をカルトのお守りのように言っていましたね。

道長がサイテーだ!
そんな嘆きが満ちてきそうではあるものの、それは誠意あってのことです。

最低と取る人もいるし、そうでない人もいるでしょう。人さまざまです。何も、武者さんがすべて正しいとは限りません。逆に嫌いな大河なら、道長のことをぼろくそに言っているでしょう。

女性の立場を考えた大河ドラマに、2013年『八重の桜』があります。
あの放映時「兄つぁまを鴨川に放り込め」という声があふれました。会津に糟糠の妻を残し、京都で若い女性を妻にしてしまったからそう言われたのです。

でこの時覚馬は目を悪くしていたから、助けとなる存在が必要だったと続きます。それはまあいいでしょう。しかしその後は、例によって嫌いな大河叩きです。

2015年『花燃ゆ』では、京都で女を作る長州藩士は当然すぎて、もう感覚が麻痺するようなところはあります。
あれは「イケメンならゲスでもいいでしょ!」と押し付けてくるような作品でした。
そして2021年『青天を衝け』は、高度なイケメンロンダリング技術が発揮されたドラマでしたね。

ます主人公の夫、久坂玄瑞ですね。それで文がその相手の所まで乗り込んで行ったと思いますが、武者さん、本当はこういう、女を作った夫を懲らしめるようなキャラは好きなのではないのですか。前にも書きましたが、『花燃ゆ』が長州大河でなければ、この大河にもう少し肯定的だったのではないかと思ってしまいます。

あと桂小五郎と幾松ですが、桂小五郎の場合は最初の妻と離縁していたと言われています。

2023年『どうする家康』は、女性関係ではあまり甘くならないはずのところを甘ったるくして見ていられなかった。
しかも文春砲がまたも炸裂し、主演の意向で「阿茶局に井上真央さんをキャスティングするつもりだった」なんて暴露まであります。
◆《どうする松潤》「独立計画」を最強ブレーンに直撃した【全文公開】(→link)
仕事と恋の公私混同は、時代を超えて悪をもたらします。

そしてまた文春砲。
貴方これ忘れたい忘れたいと昨年末書いていましたよね。それどころか全く忘れる気配がないし、ことあるごとに文春ネタを持ち出しては、自身の『どうする家康』観を、さらに拗らせているようにしか見えないのですけど。

『花燃ゆ』『青天を衝け』『どうする家康』のような作品は何がよろしくないか。
クズ男をシュガーコーティングして「こういうクズ男も甘いよ」と言い張るところであり、今年のようにハバネロ激辛クズ男をつきつけてきた方がよほど誠実です。
女性向けだのイケメンだのいうけれど、誠意のない男なんていらんでしょう。そういう偽装じみたことを続けてきたあと、道長のクズっぷりがきた。
私はこの道長のサイテーぶりに、むしろ拍手喝采したくなりました。
なぜなら道長に怒りと怨嗟をぶつけることで見えてくる道があるからです。

まず『花燃ゆ』の主人公は杉文、後の久坂美和子で男性ではありません。この場合のクズ男とは久坂ですか、それとも他の長州藩士も含まれるのですか、その点もはっきりした説明がありません。
そして『青天を衝け』、この時の栄一もどこが「クズ男」で、どこが「誠意がない」のか全く書かれていません。それは『どうする家康』もしかりです。まだ若く未熟で戦が嫌で、紆余曲折しながらも、世の中を平らかにしようと考えた主人公が「クズ」なのでしょうか。

あの道長からは、何か新しいものが始まる光が見えました。
毒に砂糖をまぶして突きつけられる虚しさはもういらない。
どんなに残酷でも、真実がひとかけらでも混ざっていたらそれは輝きといえる。
そう、このドラマは燦々と輝いています。誠実です。

その「何か新しいもの」とは何ですか。毒に砂糖をまぶすだの、真実がひとかけらだの混ざっていたら輝きだの、嫌いな大河のクズ男はダメ、好きな大河のクズ男には輝くものがあるという、いつもの武者さんの偏見と自己満足にしか見えません。

思えば昨年は、旧ジャニーズタレントにどれだけ忖度できるか試されているようでした。
主演を褒めちぎれば恩恵に浴することができたのかもしれませんが、私にはできなかった。
自分の要領の悪さを嘆くばかりです。

そしてまたジャニーズ叩き。
それと変なのが
「自分の要領の悪さを嘆くばかりです」

武者さんのような場合は、要領が悪いとは言いません。たとえば今回の道長に対するまひろとか、あるいは『舞いあがれ!』で仕事がなかなかうまく行かない時の舞などは、やり方がうまくなくても、ひたむきに自分を主張しようとか仕事に打ち込もうという姿勢は感じられます。実際舞も要領が悪いと言われていました。
しかし昨年のコラムの武者さんの文章は、そういうひたむきさは感じられず、ただ最初からあれこれ難癖、場合によっては誹謗中傷が作品やスタッフ、そしてキャストにまで叩きつけられているといった印象しかなかったのですが。

そして山本淳子氏のコラムに関して。

「光る君へ」#10 花山天皇退位! 寛和の変の直前に、道長とまひろが交わした和歌・漢詩の深い意味とは? 
(ステラnet)

山本先生の解説からは、まひろが道長によりよい政治を投げかける優しさがあります。まひろが、陶淵明から白居易のような、優しい為政者への道へと道長を導くという流れです。
でも振り返ってみて私は、まひろが己と陶淵明を重ねたと解釈し、突っぱねたとしている。
解釈に性格のきつさがあからさまに滲んでいるんですね。
うーん、怖い。もう今更だし、昨年の方がよほど性格の悪さが滲んでいたけれども、これが文学解釈の味だと思います。

この
「昨年の方がよほど性格の悪さが滲んでいた」
というのは、昨年のコラムを反省しているという意味でしょうか。その割にまた文春など持ち出していますが。
そしてこの場合、文学解釈よりもドラマ解釈でしょう。

あと正解は一つではなく、意見が入り混じる感覚が愛おしいとあり、

別の年の大河では、この先生の意見だけが正しくて他はクズだという誘導がありました。
それは明らかに不健全でしょう。
今年は解釈や議論の幅があり、とても素敵だと思えます。

まず別の年の大河とは何でしょうか。
そして解釈や議論の幅があるのは素敵だなどと書きつつも、当の武者さんが作品に対しての意見の多様性、特に自分が好きな作品に対する批判や嫌いな作品への評価を認めているでしょうか。どころか、常に自分の言うことこそ正しいと言いたげに見えるのですけど。

あと先ほどと同じ『美術展ナビ』の記事、柄本佑さんのインタビューに関して。

【光る君へ】藤原道長役の柄本佑さんインタビュー 「大石先生に、ゴッドファーザーのアル・パチーノのようにと言われプレッシャー」「まひろには本音をぶつけられる道長」

この中で「直秀の存在、「民を重んじる」道長像に」という小見出しで、
「これから彼が権力の階段を登っていくにあたって、民衆のことを深く思う場面が出てきます。その根っこにあの直秀をめぐる出来事があります」という柄本さんのコメントがあります。武者さんは嫌でしょうが、これに昨年の家康を思い出しました。
昨年は第9回「守るべきもの」の中で、三河一向一揆の後で「わしが守るべきものは、民と家臣たちであったと言うのに」というセリフがあったのですが、あれがちょっと重なりましたね。

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[ 2024/03/22 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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