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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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『光る君へ』第10回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-3

第10回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその3です。結局今回も、3回投稿することになりました。まず先日分に登場する記述でありながら、採り上げていなかった分から。

全ては策の通りだと確認するかのような安倍晴明。

これ、須麻流が屋敷の前を牛車が通り過ぎたと言っていますが、それが書かれていませんね。これを聞いて、晴明は策がうまく行ったと確認したのではないでしょうか。

まひろは牛車が通ってゆく音を聞いています。

単に聞いていたわけではなく、寝ていたまひろが牛車の音を聞いて目を覚まし、起き上がったのですね。


ではその後の部分です。

そのころ藤原義懐は遊女と遊んでいました。そこへ帝の出家という一大事が告げられ、笑顔が引き攣ります。

遊女でしょうか。自分の屋敷の女房達と酒宴を張って遊んでいたように見えますが。

朝が来て、藤原実資や藤原為時が出仕。
そこへ藤原兼家がやってきて、突然の花山天皇譲位と、一条天皇の即位を告げます。
新天皇の摂政は兼家。
蔵人頭は道兼。

兼家は自分が摂政であると告げ、さらにその後、先の帝の蔵人は全て習いにより、その任を解くと言い、そのうえで新蔵人頭が道兼だと言っているわけです。しかしこれが抜け落ちているため、なぜ実資でなく道兼が蔵人頭となのか、そのいきさつが不明です。

そして他の蔵人が発表されようとすると、実資が「そのようなことはおかしい!」と立ち上がります。
「筋が通らない!」

これも道兼が新しい蔵人頭となり、次いで他の蔵人の名を発表しようとしたのですね。しかし実資は立ち上がり、
「昨夜何があったのかをお聞かせいただかねば、筋が通らぬ」
と言っているのです。こういうのもセリフをある程度書くか、文章できちんと説明するかしてほしいものです。

大河ドラマはじめ時代劇を見ていて、私が面白いと感じる点に「思想」があります。
本作スタッフは韓国や中国の時代劇を意識しているとか。
その要素として、為政者としての資質や思想があります。
韓国の場合、高貴な人々は世の中をより良くするために生まれてきているのだから、それができているのか自問自答することがお約束。

「本作スタッフは韓国や中国の時代劇を意識しているとか」
こういうことを書く割に、その裏付けとなる記事なりコラムなりが全く示されないのですが。あと律令の時代は、その後の武家政権の時代よりも、隣国と似通った部分はあると思われます。

そして
「私が面白いと感じる点に『思想』があります」
思想と言うより、武者さんが好きな儒教的概念とか、漢籍の一部が登場していればそれで満足なのではないか、そういうふうに取れてしまいます。

本作の花山天皇の描写は、白居易『長恨歌』が根底にあるようで、圧倒的な純愛があるのです。
ロマンチックだからよいかというとそうではなく、政治的混乱をもたらしているから悪いと。

花山天皇の出家に至るまでのいきさつは、『長恨歌』を持ち出さずとも『栄花物語』や『大鏡』に登場しています。逆に、この両者の記述がどのように違うのか、そういうのを書けばそれはそれで面白いと思うのですが、なぜか武者さんはそれをやりませんね。で、中華帝国的なものに絡めてしまっているように見えます。
先日の武者さんの言葉を借りれば
「勉強はつまらないというのは、ただの思い込みです。
艶やかな古典文学なんていくらでも見つかるのだから、気合を入れて探し、読んで楽しめばよいのです」
となるでしょうか。

それに『長恨歌』と違って、反乱が起きて帝が追い出されることもないし、楊貴妃の一族に対してそうしたように、身内を高位につけることもありませんでした。これに関しては、斉信が体調を崩している忯子に、口を利いてくれと頼んでいましたね。

為政者としての志を問いかけて突き放しつつ、一生忘れられない相手になるという高度な戦略をまひろは駆使しました。
こんな面倒くさいヒロインがいていいのでしょうか?

また「高度な戦略」
高度とか程度が低いとか言う以前に、武者さんのお気に入りの展開だから、これは高度だと言いたいのでしょう。そしてまた
「面倒くさいヒロイン」
私は何度も書いていますが、まひろが面倒くさいとは思いません。彼女の性格や考えからしたら、こうなるだろうなとは思いますが。そしてこれも書きましたが、「面倒くさい」を連発することで、今までのヒロインとは違うと強調したいのかも知れません。

比較対象として『青天を衝け』の千代を考えてみたい。
実際の千代は儒教倫理が大変強い女性でした。
この夫妻は深い愛情に溺れて大志を忘れてはいけないと考えていたのか、千代は敢えてそっけなくしていたとか。
それをドラマでは「ともかくラブコメにすれば数字が取れる」とでも言わんばかりに甘ったるくしてしまい、侮辱ではないかとすら思えました。

そしてまたここで『青天を衝け』叩き。
「実際の千代は儒教倫理が大変強い女性」
その裏付けとなる史料をお願いしたいものです。
さらに
「ドラマでは『ともかくラブコメにすれば数字が取れる』とでも言わんばかりに甘ったるくしてしまい」
『青天を衝け』のどこかどうラブコメなのか、これではわかりません。と言うか、武者さんが、『青天を衝け』をちゃんと観ていないのはわかります。

そして『どうする家康』の瀬名にも注目です。
カルトじみたお粗末な慈愛の国構想のせいで、彼女自身だけでなく嫡男が死に、家康も大変な目に遭い、悪女を払拭するはずが、愚かさまで加えられたかのような設定でした。
それでもやたらと甘ったるくロマンチックな描写をして、これで悪名を晴らしたと製作者が語っていたのだからどうしようもない。
おまけにキーアイテムはニコライ・バーグマン風の花です。

そしてまた『どうする家康』叩き。
「カルトじみたお粗末な慈愛の国構想」
武者さんカルトも好きですね。あれは今川義元の影響もあったのではないでしょうか。家康も、戦うのは貧しいからだと言っているわけですし、ならば互いに持てる物を分かち合うという発想でした。
「それでもやたらと甘ったるくロマンチックな描写」
その根拠はどこですか。彼女は自決する前、貴方が守るべきは自分ではなく国だときちんと言っていますけどね。

それと
「キーアイテムはニコライ・バーグマン風の花」
武者さん、瀬名があれを持っていたと勘違いしていませんか。
あれを持っていたのは石川数正で、築山の花を押し花として箱に入れ、正信念仏偈を上に置いていました。それと木彫りの仏像を、数正はわざと忘れるかのように置いて行ったのですが、恐らくは自分の本意を家康に知らせたかったのでしょう。

しかし『光る君へ』も結局叩き棒にされていますね。

そして今度は『鎌倉殿の13人』の北条政子。

彼女は改めて凄まじい女性です。
坂東に生まれ、おそらく文字すらまともに読み書きがおぼつかなかったはずなのに、ついには『貞観政要』を読みこなしたとされるほどのジャンプアップを遂げた。
そして民衆を慈しむことを求め出す。よりよい政治をめざした。

「おそらく文字すらまともに読み書きがおぼつかなかったはずなのに」
その裏付けは何ですか。
後妻打ちの後、亀から書物を読んだかと言われていますし、その前にりくから『和泉式部日記』を勧められているはずですが。あと彼女の場合、義時が汚い役目を引き受けてくれたからこそ、民を慈しむ方向に専念できたかと思います・
そして赤染衛門の子孫の大江広元がどうのこうの。

『麒麟がくる』の駒にも注目したい。
彼女が語る「麒麟」とは儒教思想のことを指します。
「麒麟がくる」とは、「朱子学を広めて日本人の倫理観をあげよう」と解釈できます。

『麒麟がくる』は戦国時代ですが、そういう江戸時代的な発想があったでしょうか。乱世を鎮めようという志はあったかも知れません。

戦災孤児である駒は、自分のような境遇の人を減らす政治を求めていました。
(中略)
恋をすればよいのではなく、自分さえ楽ならばよいのではなく、世の中をもっとよくして欲しい――そう求めるヒロインは実に面倒なのです。

この
「恋をすればよい」
「自分さえ楽ならばよい」
と考えているヒロインとは誰ですか。お千代であれ瀬名であれ、こんな安易な考えはしていませんよ。そして、何度も書くようですが、私に取ってまひろは特に「面倒くさい」とは思いません。

まひろは全身に毒を含んだ花のようです。花に触れたら甘い香りがするけれど、毒が染み込んでくる。
道長がこのあと権力を手にした時、その毒が身を蝕む。
まひろの目が「直秀に合わせる顔があるのか?」とじっと見てくる。まひろは縁を捨ててでも、道長という権力を見つめる道を選びました。
自分は男でないから。女であることを生かし、そうするしかない。
そう身を委ねるまひろは、なんという存在なのか。圧巻です。

別にこれ、ジェンダー論ではないと思いますけど。
このままどこかへ逃げようと言いたげな道長に対し、貴方は高貴な家に生まれたのだから、世の中を変える責があるということを言っているわけですよね。無論自分より遥かに高い身分で、それゆえにこの人を婿に取ることは無理だと思ってもいたでしょうが。
そして、まひろのどの部分が「毒」なのですか?
武者さん、直秀を革命家のように思っていましたが、今度はまひろを道長を苦しめる魔女のように捉えていませんか。

あと
「そう身を委ねるまひろは、なんという存在なのか。圧巻です」
こういうのを見ていつも思うのですが、もう少し書き方に工夫ができないものでしょうか。言っては何ですが、なんだか幼稚ですね。

今回は月が大変印象的でした。
月岡芳年『月百姿』を彷彿とさせます。
(中略)
太田記念美術館で4月3日から5月26日まで展示されますので、ぜひご覧ください。

また月岡芳年、このコラムはこの人の絵を入れないといけないのでしょうか。
しかも展示のお知らせ、何か、PRを頼まれているのかと思ってしまう所以です。太田記念美術館はいいのですけどね。

『光る君へ』を見た中国の方から「打毱」について聞かれました。
日本ではまだあるのか?と問われたので、保存していると答えると、ものすごく感激されました。中国にはないそうです。
これぞ大河ドラマの意義かもしれない――文化の交流ができて、それを誇りに思えることこそが意義なのだなと。

「『光る君へ』を見た中国の方」
以前たけたけさんのnote記事にもありましたが、「マックの女子高生」を思わせます。
あるいは「ハイキング中のドイツ人」「ボストンの12歳の少年」もしかり。

そして注目されているのが朱仁聡と周明です。
周明は、直秀のようなことにならないか?と不安な方もおられるかもしれません。
しかし、彼の場合は殺害すると外交問題になりかねませんので、そこは安心して良さそうです。

これも前の回関連で書いていますが、周明を演じるのは松下洸平さんです。これだけでも嫌いな作品なら
「宋人の役にネイティブを使わない、けしからん!」
と言いそうですね。あと朱仁聡を演じる浩歌(ハオゴー)さんも元々は大阪出身の日本人で、中国で活躍している俳優さんだそうです。

東洋の時代劇における医者は大変便利な存在です。
貴人のそば近くに行ける。技術を尊重される。天下の行末を見据える目があるとされる。慈愛の心を持つとされる。
『麒麟がくる』の東庵と駒が「ありえない」と叩かれましたが、彼らの職業特性をふまえればそうおかしくもない。
周明はそんな便利な医者枠ですので、期待しましょう!

「東洋の時代劇における医者は大変便利な存在です。
貴人のそば近くに行ける。技術を尊重される。天下の行末を見据える目があるとされる。慈愛の心を持つとされる」
これも裏付けがありませんね。
そして
「『麒麟がくる』の東庵と駒が「ありえない」と叩かれましたが、彼らの職業特性をふまえればそうおかしくもない」なのだそうですが、彼らは称号、たとえば法印とか法眼などと呼ばれる医者なのですか。
それでも東庵は、まだ正親町天皇と面識がありますが、駒の場合は薬屋のイメージが強いし、あそこまで将軍の公職に口を挟むのは不自然(越権的)です。

そして駒をどうこう言うのは、その人の自由です。それを許せないというのであれば、武者さんもお千代や瀬名について、あれこれ言うのをやめるべきだと思いますが。

さて、まひろと道長の二人が、道長の思い通りになったらどうなっていたか?
あくまで道長の理想ではありますが、世俗から隔絶され、大自然に抱かれて、二人で楽器でも奏でていくことでしょう。
「琴瑟(きんしつ)相和す」と言います。
あまりに現実が辛い!もういっそ隠棲して楽器演奏してゆったり暮らそう!
こういう隠遁を究極の勝利とする思想は、中国史ではおなじみです。

「琴瑟(きんしつ)相和す」は現実が辛くてどうこうと言うより、夫婦仲が非常にいいことの例えです。「琴瑟」は琴と瑟(おおごと、ツィターに近縁)のことですね。

しかしまひろが、魚を獲ったり木を切ったり、畑を耕したりする道長は想像できないと言っているのを、もうお忘れですか。楽器を奏でて行くだけで生活できますか。それを商売にできるのならばまた別ですが。

陶淵明を敢えて出してきたし、誘導されていくだろうと。
それを拒んででも世を糾せと突きつけてくるまひろは、なんと素晴らしい女性なのかと思われるかもしれない。
文化とは水のようなもので、国で区切ろうとしても流れ出しでゆく。
そういう水の如き魅力が、このドラマにはあると思います。

「陶淵明を敢えて出してきたし、誘導されていくだろうと。
それを拒んででも世を糾せと突きつけてくるまひろは(後略)」
この場合、陶淵明を出して来たのはまひろです。しかしこれだとまず道長が陶淵明を持ち出し、まひろがそれに誘導されるのを拒んだうえで、道長に世の中を正すように言っているように取れます。

「文化とは水のようなもので、国で区切ろうとしても流れ出しでゆく」
「国で区切る」というのがちょっと変なのですが…。互いに共有できるということでしょうか。しかしこの時代は所謂国風文化が登場した時代でもあり、同じ文化であっても、民族や土壌によって形を変えて行くのではないでしょうか。
餛飩が「うどん」になったり、また先日書きましたが、「ういろう」が元々薬であったにもかかわらず、口直しのための菓子を指すようになったり、そういう例は多いものでしょう。

しかし、武者さんがもしこの大河を叩いたとすればどうなるのでしょうか。恐らく今回の道長にしても、モテファンタジーとかエロ目線とか、散々に書くのでしょうね。

飲み物-パブのアンバーエール2
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[ 2024/03/15 02:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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