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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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『光る君へ』第8回「招かれざる者」あらすじと感想-1

第8回前半部分です。


寛和元(986)年。道長とまひろは、自邸でそれぞれのことを思い出すが、まひろは心の内でこう言っていた「もう、あの人への思いは断ち切れたのだから」

まひろは左大臣家へ赴く。小麻呂は無事戻っていた。鼻水をすするまひろに、風邪かと声をかける赤染衛門。打毬の時の雨のせいだと赤染衛門は言うが、茅子は、打毬が素晴らしくて心が熱くなっていたので、濡れても平気だったと答える。そして茅子は公任が素晴らしいと褒めるが、しをりは道長がいいと言い、倫子もあの日の公任はおとなしかったと言う。やはり倫子様も道長様ねと言うしをり。倫子は笑顔を見せただけだった。

赤染衛門は、道長と呼吸がぴったりの、猛々しくも美しい公達の話を持ち出す。人妻なのにそう言うとはと倫子。しかし心の中は己だけのものですからと答えたため。姫君たちはきゃーと笑い声をあげるが、そういう自在さがあればこそ人は生き生きと生きられると赤染衛門は諭す。その言葉にまひろは何か思うものがあった。

一方藤原斉信は、行成の腹痛のおかげで道長の弟に会えた、如何にもやり手であったぞと、直秀の肩に手をやりながら言い、行成は礼を述べる。この4人と公任は、道長の屋敷で酒宴を張っていた。行成が来ていたら負けていたやも知れぬと斉信、実際行成は体を使うのは苦手だった。そして直秀は道長を兄上と呼び、自分は母の身分が低いのでこのようなお屋敷は初めてだ、是非中を案内してくれと言う。

斉信は東三条殿は広い、東宮の母君の詮子様も時々お下がりになる、酒の後案内して貰えと言って毬を直秀に投げ、直秀は初めて笑顔を見せる。しかし道長は、この男に矢を射たことが気になっていた。そして屋敷を案内しつつ、ここは誰もおらぬ、兄上はやめておけと言う。そんな道長に直秀は、西門以外の通用門について尋ねる。理由を訊く道長だが、ただ広いなと思っただけだと直秀。

今日は別人のようだと言う道長に、俺は芸人だ、何にだって化けると直秀は答える。そして道長は矢傷について訊くが、散楽の稽古でしくじったと直秀。しかも小枝が刺さった、我ながら情けないと直秀は言い、さらに東宮の母君のご在所はどこかと口にする。藤原を嘲笑いながらなぜ興味を持つのか不思議がる道長に、直秀はこう答える。
「よく知れば、より嘲笑えるからだ」

散楽一座に戻った直秀をまひろが訪ね、なぜ打毬に出たのかと訊く。直秀はやつらを知るためだと答え、それを散楽に活かそうとしていた。そして直秀は、「あいつらのくだらない話」を聞いただろとまひろに尋ねる。女性の品定めの話だった。あの時お前が走って行くのを見たと言われ、どうでもいいと答えるまひろに、自分もどうでもいいと直秀。そして散楽一座は、その後都を去ることになっていた。

人はいずれ別れる定めだ、都の外は面白いぞと直秀は言う。丹後や播磨、筑紫でも暮らしたことがあるらしく、まひろはどのような所なのかを尋ねる。まず海があり、海の向こうには彼の国があり、晴れた日には海の向こうに彼の国の陸地が見えると聞かされるが、まひろは海を見たことがなかった。海には漁師、山には木こりがいて、彼の国と商いをする商人もいるらしい。さらに直秀は言う。都のお偉方はここが一番とふんぞり返っているが、都は山に囲まれた鳥籠だと。

自分はその鳥籠を出て、山を越えて行くと直秀は言い、一緒に行くかとまひろを誘う。行っちゃおうかなと口にするまひろだが、行かねえよなと直秀は笑う。まひろは迷っていた。

その頃関白頼忠は、左大臣雅信、右大臣兼家と宴を張り、帝が義懐を従二位、権中納言にする意向であることを話す。年末には宣旨が下るであろと言う頼忠。帝は頼忠を追いやり、義懐を関白になさるおつもりですぞと兼家。もう終わりだと弱気になる頼忠だが、ここで3人は結束を固める。義懐に好き勝手をさせないことが何よりも大事だった。そして兼家は、道長を倫子に婿入りさせることを申し出る。

しかし道長は従五位下、右兵衛権佐と身分が低く、雅信は乗り気でなかった。妻穆子は、右大臣家の三男なら偉くおなりになると言うが、義懐たちが力を持てばそれもどうなるかわからず、しかも雅信は右大臣家を好きではなかった。公任なら考えなくもないと言う雅信に、穆子も見目麗しく目から鼻に抜ける賢さで、女子にも大層まめと同意する。しかし穆子は言う、そういう遊びが過ぎる殿御は倫子が寂しい思いをしそうで、自分は嫌であると。

雅信は、道長が打毬で大層騒がれていたと、赤染衛門が言っていたと話す。すると穆子が、赤染衛門と2人で話していたのかと尋ねたため、雅信は廊で会えば話くらいすると答えるものの、道長の婿入りについて話していたのを、忘れかける有様だった。やっと本題に戻った雅信は、右大臣のがつがつしたふうが嫌いだ、父親を見れば息子たちもおのずとわかる、詮子様とてそっくりだと強く言う。

右大臣のひな型などこの家に入れたくないと言う雅信だが、そこへ小麻呂を捜していた倫子が現れる。そんな娘に穆子は、猫にしか興味がないのか、今道長殿を貴女の婿にどうかと、父上と話していたところだと言い、倫子は嬉しそうな表情を浮かべる。その満更でもない顔は何だと雅信は尋ね、そのような顔などしておりませぬと部屋へ戻った倫子の脳裏を、道長の姿が駆け巡る。

翌寛和2(986)年。義懐は帝よりのお達しであると言い、陣定を当分開かないことになったと告げる。どよめく公卿たち。帝の政についての決定に異論がある者は、書面で申し上げるようにと義懐は言い、よい意見と判断すれば上奏すると言う。誰の判断だと言う頼忠に、お声が聞こえませぬととぼける義懐。そこへ兼家がこう言い放つ。
「権中納言義懐、勘違いが過ぎるぞ!」

雅信も、帝がそのようなことをお考えなさるはずがないと兼家に同意する。しかし帝の叡慮に背くは不忠の極みと義懐。兼家は立ち上がり、どちらが不忠だ、帝のご発議も陣定にて議論するは古来の習わし、時に帝も誤りを犯される、それをお諫めせぬのでは、天の意に背く政で世が乱れかねないと滔々と述べる。さらに兼家は言う。
「帝がお分かりにならぬとあれば、なぜそなたがお諫めせぬのだ!」

そして兼家は、頼忠、雅信と共に帝をお諫めに参ると言い、ご不例にてと止める義懐を突き飛ばすが、その兼家自身がその場にくずおれてしまう。右大臣めいい気味じゃ、目の上のたんこぶがなくなったと帝は喜び、これは天の助けにございますと義懐も嬉しそうだった。側に控える為時は複雑な表情だった。天の助けとはしゃぐ帝に、惟成はそのような心をお見せになりませぬようにと進言する。わかっておると言いつつ、帝は言う。きっと忯子が助けてくれたのじゃと。

兼家は屋敷に運ばれ、薬師が呼ばれる。毒を盛られた様子はないが、このままではお命が危うい、皆様で魂が去らぬよう呼び返されるのがよろしいと薬師は言い、道隆、道兼そして道長の3人は父上と呼びかけ、そこへ詮子も姿を見せる。そして道隆は、父の代理を務めることになる。道兼と道長は承諾するが、詮子は、兄上は義懐に追い越されて参議にもなっていないから、父上に死なれたら困りますねとずけずけと言う。

しかし詮子も、父兼家がいなくなるということは、東宮である我が子懐仁の後ろ盾を失うことになる。道隆はそう言い、帝や義懐一派が増長すれば、ご即位とて危うくなると詮子を諭し、我ら4人力を合わせる時と道兼は言う。道長は黙っていた。詮子は自分にも東宮にも、源の人々がついておるゆえ、父上に万が一のことがあっても大事はない、源雅信は東宮と私に忠誠を誓っておると言い、道長の左大臣家への婿入りも進めようと思っていたと言う。

驚いたのは道長だったが、弟の意向には構わず、兄たちに源と手を組むように詮子は言う。さすればこの場はしのげる、左大臣の動きを今少し見てから文を書くと詮子は言い、その文は貴方が土御門殿に届けるようにと弟に命じる。しかし道隆は、まずは父を回復させなければならないと、弟2人に安倍晴明を呼ばせる。晴明は入室するなり、障気が強すぎる、何も見えないと言って、道隆たちを退席させて祈祷を始める。

屋内では僧たちの、屋外では晴明の祈祷が行われる。そして僧たちの祈祷中に巫女が倒れる。命を返せ、子を返せと口にし、さらに名前は「よしこ」であると言う。巫女は病床の兼家に詰め寄って返せと叫び、今度は道長を組み附伏せようとする。その時屋外の晴明が指を鳴らし、巫女は静かになった。しかし道長は忯子の霊が父に取りついたのはなぜか、何かご存知ではと兄たちに尋ねる。


さて直秀、打毬の後道長をはじめ、公達と酒を酌み交わしています。芸人だから何にでも化けるということなのでしょうが、狩衣も似合っており、道長のことをそつなく兄上と呼び、行成の挨拶もきちんと受けて、あのような場にいても何ら物怖じすることなく、堂々としています。あれだと、他の3人はやはり道長の弟であると思ったことでしょう。しかし彼らが投げているのは競技用の毬でしょうか、あんなキャッチボールみたいなことをやっているのですね。

そして行成。体を動かすのは苦手だと言っていますが、まあこの人は三筆として名を遺すわけですし、腹痛もその苦手意識が原因かも知れません。しかし道長は、直秀の矢傷が気になっていました。直秀はあの時の矢であることをもちろん知っているわけですが、あくまでも、稽古の途中でケガをしたと主張します。その打毬を見たまひろですが、もう道長のことは忘れようとしていました。

そのまひろは、直秀に会いに行きます。散楽のネタにするために、打毬に参加したと言う直秀は、やがて都を去るとまひろに話します。そして今までも丹後、播磨そして筑紫に住んだこと、海があって外国が見えること(これは大げさかと)、そして外国と商いをする者がいることなどを話し、都は山に囲まれた鳥籠であるとも言います。それはまひろの関心を惹くものでした。実際外の世界を知る彼には、公任たちの女性の話などばかばかしく思えるのでしょう。しかし直秀が住んだ場所ですが、
丹後ー細川、播磨-黒田、筑紫-黒田
どうもこちらを連想します。

一方で義懐の専横ぶりが目につくようになり、ついに陣定まで行われなくなります。帝の意向ということですが、実際のところはどうなのでしょうか。そして兼家は、義懐のこの態度に怒り、頼忠や雅信と帝を諫めに行こうとして、そのまま倒れてしまいます。尤も兼家にしても、義懐のせいで道隆が参議になれていない上に、自分の孫を即位させたいという私情もあって、義懐を、今の地位から引きずり下ろしたいという気持ちもあったでしょう。

兼家が倒れたことで、道隆は子供たちの結束を呼びかけます。ただ詮子はもし父がいなくなっても、源雅信がいる、私に忠誠を誓っていると言い出します。この辺りは、やはり父兼家に考えが似ています。兼家はその前に、道長と倫子の縁組を言い出しており、全く違うところで、その娘によって同じ動きが持ち上がっていたわけです。そして、どうやら倫子も道長のことは憎からず思っているようですね。


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[ 2024/02/26 02:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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