fc2ブログ

ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  大河ドラマ >  第7回『光る君へ』武将ジャパンコラムに関するnote記事

第7回『光る君へ』武将ジャパンコラムに関するnote記事

では今週も、たけたけさんのnote記事からいくつかご紹介します。いつも通り、武者さんのコラムからの引用部分は、ダークブルーです。


大河コラムについて思ふ事~『光る君へ』第7回~

颯爽と馬を操り、巧みにバランスを取りながら杖をぶん回す――
見事な「打球」を披露したかと思ったら、ロッカールームで姫様たちをネタにしたゲストーク炸裂。

まず『打毬(だきゅう)』は白・赤2組(各4騎~10騎)で行われる競技であること、競技者は乗馬して、地上に置かれた自軍の色の毬を先に網の付いた『毬杖(きゅうじょう)』と言われるスティックで掬い、『毬門(きゅうもん)』と言われるゴールに入れる競技という説明があります。

そしてその後の、道長たちの会話について。

藤原公任卿と藤原斉信卿が女性の優劣や良し悪しなどを批評していますが、『ゲストーク』ではなく平安時代なのだから『品定め』とでも言えませんか。

とあり、『源氏物語』2帖「帚木」の『雨夜の品定め』のオマージュでしょうと書かれています。

武者さんのコラムは競技の説明もないし、そして『源氏物語』の一部分が採り入れられているにもかかわらず、それは一向にお構いなしで「ゲストーク」。あまりゲスだ何だと書いていると、書いている武者さんの方が「ゲス」に見られてしまうのではないでしょうか。

藤原忯子の亡骸に抱きつき、その死を悼む花山天皇。
あまりに儚い愛でした。

弘徽殿の女御(藤原忯子)薨去で帝が嘆くシーンですが、入内時に彼女の手を縛った野筋(几帳に下がっている黒と紅の飾り紐)を握りしめているとあり、そしてこう書かれています。

「死は汚れと考えられていたこの時代、帝をはじめ貴族たちは遺体に近づく事が出来なかった」ナレーションが入ります。

それから、

「藤原忯子の亡骸に抱きつき、その死を悼む花山天皇」の場面がどこにあったか是非に提示してくださるといいのですが。(そのような場面ありません)

ともあります。また穢れに帝が触れることが、平安時代には厳しく禁じられていたものの、白河天皇(白河院)が中宮賢子(かたいこ)の死に接し、遺体を抱いて号泣したことにも触れられています。また権中納言・源俊明卿が、帝が死の穢れに触れるなど、前例がないと行幸を勧めますが、白河天皇は「例はこれよりこそ始まらめ(例はこれからはじまるのだ)」と反論したことについても述べられています。

これについては私も関連投稿に書いていますが、無論帝は行くのを止められており、結局会うこともできず、野筋を手にしているシーンが出て来ていました。後で修正されてはいましたが。

そして盗賊の登場シーンです。

金目のものや食糧ではなく、なぜ衣服なのか?と思われるかもしれません。
当時の盗賊はそれが定番。
服を盗まれて全裸で怯えていた女房の記録も残されています。
屋内ならばまだしも、屋外で脱がされると季節によっては凍死の危険性すらあった。
小判を盗む鼠小僧より、ずっと原始的な時代なのです。

こちらに関しては、
『壬生本“非西宮記”検非違使雑事事』にある『長徳2年(996年)12月17日可着釱左右獄囚贓事』という史料に、10世紀の『獄囚贓物(ごくしゅうのぞうもつ=洛中で窃盗で捕まった人とその盗品についての記録)』があること、さらに「着釱政(ちゃくだのまつりごと)」とは、5月と12月のうち1日を選び、窃盗犯などの囚人に『釱(かなぎ)』という首枷を付け、衆人の中に連行し、見せしめのために検非違使が鞭打つ真似をした公事であることが書かれています。これは後に儀式化し、江戸時代まで続いています。

その史料によると、主な盗品はこのようになっている由。
・綿、絹、布、綾などの反物
・単衣などの着物になった織物
・櫛箱、鏡、念珠などの工芸品
・弓、矢を入れる胡ろく(「竹」かんむりに禄)、太刀などの武器 
・馬、牛などの動物
・麦、稲、米、籾などの食品
『壬生本“非西宮記”検非違使雑事事』

この時代貨幣経済がまだ確立しておらず、新貨が発行されるたびにデノミネーションが起こったため、銭を溶かして地金にし、両替を行う破銭が横行していました。旧銭を新銭と取り替えて、価値が下がってしまうのよりはよかったのでしょう。このような事情もあり、反物や武器、食品などを盗んだ方がメリットが多かったといったことが書かれています。

尚「政」が入らない「着駄」のみの場合は、徒罪(獄に入れて労役に服させること、現在の懲役)人の足に足枷をつけ,3、4人をつないで労役させることを意味します。

次に、直秀が矢で射られたことについて。

毒矢かどうか心配されていますが、貴族は用いないとのこと。
実践的な由来よりも、神話や精神的な制約があるのでしょう。

ここではまず
「神話や精神的な制約」とは何でしょうか。
具体的に書かなければ分からないと思います。
とあります。
そして毒矢に関しては、

『安斎随筆』という江戸中期の有識故実家・伊勢貞丈が記した書物には、『蕃椒(ばんしょう:唐辛子)』や『毒蜘蛛』、『附子(ぶす:トリカブト)』などが使われたとあること、北海道のアイヌではトリカブト、あるいは附子を「スルク」と呼び、狩猟に用いてきたこと、また矢の先に塗布するほか、獣道に仕掛けた仕掛け弓『アマッポ』で獲物を捕らえたとあります。

日本神話では磐余彦尊(いわれびこのみこと=神武天皇)の東征の際、東征に抵抗した大和地方の豪族・長髄彦(ながすねひこ)の「痛矢串」に当たり、磐余彦尊の兄・彦五瀬命(ひこいつせのみこと)が深手を負いその傷が元で死亡したことが挙げられています。さらに天平宝字元(757)年に養老律令が施行されますが、これには毒についての記載があり、
「毒薬とは,鴆毒,冶葛,烏頭,附子の類にして人を殺すに堪ゆるものとし,これらの毒薬を 人に服用せしめ又は売る者は絞殺に處し,売買しても未だ用いざる者は近所に流罪に處す」
ともあるようです(出典:『天平時代の毒と薬』)。

ところで私が書いていた『今昔物語集』のトリカブトですが、第12巻第37話に、信誓阿闍梨と言う僧が、死のうとして附子を食べても死なず、ならば和多利というキノコがいいと聞いて、山から採って来て食べてもやはり死ななかったという箇所があります。この和多利とは月夜茸のことです。

そしてこちらですが、

安倍晴明は、母が狐の「葛の葉」だいう伝説があります。
狐が人間に化ける説話は中国にもあり、それが日本に伝わったと考えられます。
あまりに不可思議な存在ゆえに、そんな伝説が生まれたのでしょう。

まず
「だいう伝説」は「だという伝説」でしょうか、狐が人間に化ける説話は中国にもありとはどんな説話でしょうかとあり、「書くならリンクなり具体例も提示した方がいいと思います」と書かれています。
武者さん、どういう理由なのか知りませんが、あまりにも具体例を出さなさすぎです。

そして具体例として「白面金毛九尾の狐」、つまり顔は白く金色の毛並で九つの尾を持つ妖狐で、中国では殷の紂王の后・妲己や西周の幽王の后・褒姒(ほうじ)に化け、天竺(インド)では班足王の后・華陽夫人に化け、そして日本では鳥羽院の后・玉藻前に化けて現れ、世を乱すと説明されています。ちなみに『殺生石』もこの玉藻前です。
そして『葛の葉物語』、『信太妻』とも呼ばれ、様々な芸能ジャンルで取り上げられてきたこと、特に歌舞伎の『芦屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)』の歌舞伎が大ヒットし、『葛の葉子別れの段』は有名になって、多くの人に愛好されるようになったことに触れられています。

元々の物語は、村上帝の治世(946年-967年)で、摂津国・信太の森に住む白狐が葛の葉と言う女性に化け、安倍保名(あべのやすな)と契って童子を設けるものの、その正体を我が子に知られ
「恋しくば たづね来てみよ いづみなる しのだの森の うらみ葛の葉」
の歌を残し、森へ帰っていくというものですが、この童子こそが後の安倍晴明であることが指摘されています。

武者さんも『葛の葉』や狐が化けることを書きたいのなら、もう少し詳しく書いてくれませんか。

姫君サロンが観客席に向かうと、あの陽キャ女王のききょう(清少納言)も案の定います。
(中略)
そんなマウンティングにも聞こえる言葉にも、源倫子は余裕の笑みで受け止めています。

こちらでは部分的ですが「幄舎(あくしゃ)」について。
姫君たちが座っている、観客席のカラフルなテントのことをこう呼び、『年中行事絵巻』巻三「闘鶏」にも幄舎が描かれているとあります。

この幄舎ですが、現在でも皇室の行事などで建てられることがあります。

結局、あの打毱も、この下劣トークの前振りかと思うとおそろしいものを感じさせます。
しかも、ちゃんと当時の価値観を反映させながら、その上で、当事者は胸が傷ついてズタズタになったことを描いてくる。
これぞ匠の技でしょう。

こちらに関しては、
「これぞ匠の技」と意味が分からない評価をしていますが、これが嫌いな作品ならば『ジェンダーが~!ルッキズムが~!』と叩き続け、『中国ではこう!海外では許されない!アップデートができていない』とポリコレ論争を繰り広げるのかもしれません。
とあります。

そして
「どうする家康」での側室選びの話では、側室は正室の意向を汲んで下で働く女性であり、正室が選定するものと言う前提があるにも関わらず、側室選定にやってきた候補を演じる俳優さんがグラドル出身と言う属性だけで『お色気要因、ムフフ要素、サービス狙い』と勝手に思い込みニヤニヤする反応を予想して不愉快を撒き散らしていました。作中では側室にそぐわないとしてその方は却下されていますが。
容姿だけでは側室は務まらないという描き方なのに批判する方が女性を舐めるように性的視点で見ているのはどうかと思います。
と書かれており、
「当時の価値観を反映させている」と書くのなら、トランプ氏のことではなく、「雨夜の品定め」を持ってくるのはできなかったのかとも言われていますね。

そして武者さん、その『どうする家康』の側室選びの回(第10回)で、瀬名が側室選びにも関与しているにもかかわらず、その後で、正室が側室選びに関わるなんて、ありえないといった意味のことを書いていました。そのくらい自分で調べてはどうでしょう。自分が嫌いなことだと否定したいのかも知れませんが。
あと「匠の技」、『大奥』でもこう書いていたように思います。価値観の反映とか心の機微を描いて素晴らしい、名人技だと言いたいのでしょうが、武者さんが嫌いな大河でもそれは同じではないでしょうか。

そして町田啓太さんのことだの、中国での評判(『チェリまほ』のことと思われますが)だののことについても書かれていますが、今回はこれを最後に挙げておきます。

いったい黒田官兵衛は『どうする家康』のどこにどう出ていたというのか?

これに関してたけたけさんは、子息である長政は出ていたこと、初回からの公式には名前が挙がっていたが、流れ的に出る予定がなかったのではないかと述べています。また秀吉サイドが描かれているものの、四国や九州の平定に出向くことも多く、小田原では無血開城を促すものの、唐入りでは西国大名として朝鮮半島に渡っており、官兵衛と徳川家とは、それほど接点がなかった点に触れられ、そしてキャッチフレーズは公式のものだし、メディア、そしてSNSで使われ続けてもおかしくないともあります。

これも、好きな大河で同じようなケースだったら、恐らく無視するのではないかと思います。嫌いだから出て来ていないじゃないかと騒ぎたい、そのようにしか見えませんね。

飲み物-暖炉の前のコニャック
スポンサーサイト



[ 2024/02/25 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

TopNTagCloud