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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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『どうする家康』第48回「神の君へ」あらすじと感想-1

いよいよ最終回を迎えました。今回は1時間編成なので3分割となります、まず秀頼の自害のシーンまでです。あと先日投稿分(福岡城関係)、いくらか加筆しています。


狸が兎となり、駆け出す。そして木彫りの兎と侍の人形を手にして、待て待てすばしこい兎めと、一人で遊ぶ若き日の元信(後の家康)。
「人の一生は重荷を負うて遠き道をゆくが如し」
のナレが入り、戦を経験する元信改め元康、そして家康。そして彼に取って「遠き道」のその果ては、また命を賭した戦場(いくさば)にございましたとナレがかぶさり、大坂夏の陣が始まる。

家康は阿茶局に手伝わせ、出陣の支度をしていた。わしに言いたいことがあれば今じゃぞ、これが最後かも知れんと言う家康に阿茶局はこう答える。
「ありませぬ。私は最後と思うておりませぬので」

しかし彼女は家康に陣羽織を着せかけながら、ひとつだけと思い出したように言う。
「よろしければあのお話をお聞かせ願いとうございます」
それは鯉の話だった。あれは信康と五徳のと、話を始める家康。その頃大坂城では、道明寺の戦いでの後藤又兵衛戦死、八尾の戦い後の、長宗我部盛親行方知れずの知らせが入っていた。

真田信繁はそれを聞きながら、父昌幸が碁で汚い手を使い、戦とは汚いものよと口にしたことを思い出した。さらにまた昌幸が卑怯な手を使おうとしたため、信繁は手を伸ばすが昌幸はその手を取って言う。
「戦はまた起こる」
そして昌幸はひっくり返せる時は必ず来る、信繁、乱世を取り戻せ、愉快な乱世を泳ぎ続けろと諭すように言う。

その場に秀頼、茶々そして大野治長が現れる。治長は家康自ら戦場に出て来た、茶臼山を奪い返す気だろうと言い、信繁はくそ、狸がと布陣図に近寄り、自分の名の兵棋を茶臼山に移動させる。また秀頼は、我らがこの戦に勝つ手だては、恐ろしき化け物の首を取ることと、信繁の兵棋を大御所と書かれた兵棋の隣へ移動させる。目指すは家康の首ただ一つと治長。

さらに武装した茶々は、牢人たちに向かってこう言い放つ。
「我が子らよ。恐れることはないぞ!この母はどこまでもそなたらと一緒じゃ!」
そしてこちらも武装した千姫が、牢人たちに呼びかける。
「私も一緒じゃ。武運を祈る!」

家康が天王寺口の徳川本陣に姿を見せる。家康は兵たちに、敵から見えるように馬印と旗を前に出すように命じる。治長は牢人たちに、あの金扇を目指して一気に駆け上がるように命令するが、徳川軍も反撃を仕掛け、大坂方はなかなか近寄れなかった。一旦引くことになるが、信繁は、引くなまことの武士(もののふ)どもよ、我に続けと叫び、力ずくで徳川陣に入って金扇を引き倒す。

家康は身じろぎもせずに、敵が来るのを待っていた。やがて、信繁が家康の首を取れと叫ぶのが聞こえると立ち上がり、ここじゃあと叫び、その声がこだまする。信繁と赤備えの兵は天幕の内に入り、目指すべき敵の姿を目にする。かかって来る相手を待ち受けるかのように、家康はさあ来い、共に行こうぞと口にし、本多正信をはじめ鉄砲隊が彼らに銃弾を浴びせる。

家康は両手を大きく開き、心の内でこう叫んでいた。
「乱世の亡霊たちよ、わしを連れて行ってくれ」
彼の脳裏には信長、信玄そして秀吉の顔が浮かんでいた。信繁は家康に斬りかかろうとするが、その時何者かが反撃する。その後本多正純は、戦いがあったその場所で信繁が身に着けていた六文銭を見つける。

一方家康と正信は真田陣にいた。また生き延びてしまいましたなあと正信、その時大坂城の天守が燃えていると誰かが知らせる。正信は言う。
「とうとう終わるんですな。長い長い…乱世が」
その頃大坂城では侍女たちが負傷兵の手当てに追われていた。また秀頼たちは、山里曲輪に逃げ込んでいるとの知らせが正純から届く。

さらに治長から千姫を返すとの申し入れがあり、初が城内に入る。茶々は輿を用意しているから出るようにと千姫を促す。しかし千姫は自分は豊臣の妻であり、茶々や秀頼と共にいると譲らない。そんな千姫に秀頼は、余は最後まで豊臣秀頼でありたいと言う。千姫は秀頼の手を取って頬に当て、ただ殿と共に生きていきたいと涙ながらに訴え、初にも両名の説得を依頼する。

しかし茶々はお千を頼んだぞと言うのみだった。千姫は天王寺口の陣へ連れて来られ、迎え出ようとする祖父家康に、秀頼と茶々の助命を直訴する。豊臣にはもう戦う力はない、この期に及んでお二人を死なせる意味はないと言う千姫に、秀頼を深く慕っておるんじゃなと家康。多くの者があのお方を慕っている、あのお方は夢や力を与えてくれる、前途ある若き才を救ってくれと嘆願する千姫。

家康はここでくじければ、ここまでやって来たこと全てがと言いかけるが、秀忠は将軍として自分が命を下すと言い、秀頼には死を申し付けると断言する。最後くらい、私に背負わせてくだされと秀忠。千姫はそんな父と祖父は鬼じゃ鬼畜じゃ、豊臣の天下を盗み取った化け物じゃと怒りをあらわにし、侍女たちが連れて行こうとするも激しく抵抗する。

そんな千姫に初は言う。
「これは、姉と秀頼様がお選びになったことでもあるのです」
千姫は泣きじゃくりつつ、秀頼様を返せと言いながら侍女たちにより下げられた。その場の者は家康を残して皆去り、家康は1人大坂城に向かって手を合わせる。

山里曲輪も火に包まれていた。秀頼は脇差を構え、自らの腹にそれを突き立てた後腹を掻き切る。苦しい息の下から秀頼は茶々に
「我が首をもって、生きてくだされ」
と言い、治長が狂気を帯びた声を上げて介錯する。秀頼の首に手を添え、見事であったと茶々。


家康が出陣した頃、豊臣軍は後藤又兵衛の戦死、長宗我部盛親が行方不明(後に捕らえられ斬首)とかなり不利な状況となり、敗色が濃厚となる中、家康の首を取ろうとしたのは真田信繁でした。実際信繁は天王寺の徳川陣へ攻め込み、首を取るべく家康に向かって刀を振り下ろしたはずでしたが、その真田の兵たちはすべて戦死し、信繁の六文銭のみがそこに落ちていました。

元々この馬印は、徳川陣に真田勢が責めた時の混乱で旗奉行が倒してしまい、さらにこの奉行は家康を見失って逃げたとも言われています。また家康も切腹を口走ったと言われていますが、ここでは寧ろ家康自身が相手に対し、望むところだと言わんばかりの姿勢です。結局この時は、態勢を立て直した徳川勢は信繁の軍を攻め立てます。正純が六文銭を見つけたのは、既に信繁が敗退した後と考えるべきでしょう。

一方で助命嘆願をしに、久々に祖父と父に再会した千姫。しかし祖父は、ここで許すとここまでの苦労が水の泡になると言ったことを述べ、そして現将軍である父秀忠は、死を申し付けると、千姫にしてみれば非常に無慈悲なことを言います。一方家康は、秀頼は慕われているのだなとも言っており、必ずしも秀頼に悪意のみを持っておらず、故に迷ってるようにも見えます。自分の配偶者を不本意ながら殺されるという千姫の立場に、かつて瀬名を死なさざるを得なかった、自分の立場が重なったのでしょうか。

そんな千姫に伯母である初は、茶々と秀頼が選んだことだと言いますが、この祖父や父よりも長い時間を一緒に過ごした相手であるこの2人が、豊臣家の妻であると自負している、しかもまだ年若い彼女が受け入れるのは、かなり厳しいとも言えそうです。一方で銃を手にする正信ですが、あれを杖代わりにして先を行く息子正純をせっついているのは、この人らしいと言いましょうか。

「乱世を泳ぐは愉快なもの」の真田昌幸。信繁と碁を打っているのは九度山でしょうか。正にこの人こそ乱世の申し子のようなものであり、自らの人生の大部分はその乱世にあったわけですが、息子の時代はその乱世から新しい秩序に向かっていました。彼もひと花咲かせたいという気持ちはあったにせよ、それは戦国期という、ある意味無秩序であったからこそ実現した夢でもあったわけです。


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[ 2023/12/18 02:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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