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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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『どうする家康』第45回に関しての武将ジャパンの記事について-4

第45回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその4です。


しかし、茶々が「家康を倒してこそ! そうだ、嫌がらせ書き込みでもしようw」というノリで仕掛けるのは、どうにかならかったんですかね。
確かに方広寺の件は悪意ありきとされているけれども、全部茶々のせいにしてどうするのか。
天下を取り戻すといっておきながら、籠城するとはどういうことなのか?
これは『信長の野望』でも遊べばすぐわかることです。
籠城という状態は詰んでいる。家康を倒すなら城から出ていきましょう。

この場合、恐らく文英清韓が考えた銘文の案をいくつか持って来て、茶々に検討して貰い、茶々がどういうわけかあの案を選んだ。故意に戦を仕掛けたとも取れるわけです。しかしそもそもドラマの中では、彼女が銘文を考えるシーンなどありませんから、
「全部茶々のせい」
とはなりません。それから
「籠城するとはどういうことなのか」
とありますが、この『どうする家康』では、まだ籠城するかどうかは描かれていません。

それを言うのなら、まず大坂城内が籠城と、畿内を制圧して徳川を討つ考えの2つに分かれていたことに触れるべきでしょう。結果、大野治長が主張する籠城派が勝つわけですが、この後真田信繁は、大坂城の南に真田丸を築いて徳川方を迎え撃つことになります。これはもちろん『真田丸』に登場しています。

開戦の経緯が逆転というのは、大河ドラマとして一線超えていませんか?
もしかして、このドラマは、こんなヤリトリをしていませんか?
「あのさあ、俺が難癖つけてラスボス攻めるとかありえなくね?」
「いや、でも、それが史実というか」
「史実とかどーでもいいし。俺はいつも言ってんじゃん。去年みたいにしろってさあ」
「主人公が闇堕ちするようにしろ、ということでしょうか?」
「ちがうよ! 去年はさ、ラストで小栗義時が命狙われて、逆ギレして勝ったじゃん。あれでいいよ、ああいうのがいい」
「えっ……承久の乱と大坂の陣は開戦経緯がまったく一致しておらず……」
「そこをなんとかするからオファーされたんだよな? いいの? 大河のラストってああいうのが王道だよな? それでいいじゃん」

それは武者さんが勝手にそう思っているだけではないでしょうか。
しかもなぜ「一線超えていませんか」となるのでしょうか。大河が一線超える超えないの定義を聞かせてほしいと思います。

各種メディアが大河ドラマを記事にすることは自然なことです。
特に紙からWEBへと主戦場が移り変わり、誌面(紙面)に制限がなくなった以上、より多くのコンテンツを提供することは、各メディアのサバイバル戦術でもあります。
しかし、弊害も大きいものです。
NHKから素材を受け取る以上、その意に反するようなことは大々的に書けない。
いわば提灯記事が誕生する素地が整っているし、同時に、どんな荒唐無稽な内容でもウケれば……と記事化されてしまう。

で、記事がいくつかリンクされています。
しかし思うのですが
「NHKから素材を受け取る以上、その意に反するようなことは大々的に書けない」
ならば、武者さんが好きな大河でもこれは同じではありませんか?
嫌いな大河の時にはこう書きますが、好きな大河の場合に
「意に反するようなことは大々的に書けない」
と書いたことが、果たしてあったでしょうか。

そして武者さんが好きな大河であっても嫌いな人は存在し、好意的に見る記事を提灯と思っている可能性だってあるのですが。

その中に
「大河『家康』光秀?幕府参謀『天海僧正』は登場するのか 3年前「麒麟」長谷川光秀の生存回収を期待する声」
というタイトルのがあります。

『麒麟がくる』をコケにするような描写をしておいて(足利義昭・明智光秀の酷さときたら……)、こういう時だけ都合よく「天海は」と持ち出される。
長谷川博己さんにも天海にも失礼では?

『麒麟がくる』をコケにするとあるから何かと思ったら、義昭と光秀の描き方が気に入らないということですね。
好き嫌いで評価を決めたがる武者さんらしくはありますが、『どうする家康』には『どうする家康』の描き方があり、それは『麒麟がくる』とは別物です。この辺りを理解しているでしょうか。
私はあの義昭、名護屋に来た時に上に立つ者の孤独を口にしていて、なかなかいいなと思いましたが。
そしてこういう時に「天海」を持ち出すのは失礼でしょうか。あの大河での本能寺後の光秀に、天海を重ね合わせた人もいるでしょうし、それだけ長谷川さんの光秀の印象が強かった人もまたいるでしょう。

失礼なのはその大河を叩き棒にして、今年の大河を毎回のように、しかも出演者の人格否定のようなことまでして叩いている武者さんだと思います。

そもそも本作は“参謀”をまるで活かせていない。
本多正信はただのうるさいだけの腹立たしい男にすぎません。
今週は金地院崇伝と林羅山が出ましたが、何か意味がありましたか?

本多正信が「うるさいだけの腹立たしい男」にしか見えないのなら、この大河は理解できないのではないでしょうか。
金地院崇伝と林羅山は銘文の件で出ているのだから、主な活躍は次回ではないのですか。第一かなり後の方になって登場しているから、彼らが本領発揮するのは次だなと考えてもおかしくないでしょうし。

誰であろうと阿茶局より目立てないでしょ。そうそう、あの自称男勝りさんは立膝を卒業なさったようで急にどうしたのでしょう。

なぜここで「阿茶局」より目立たないとなるのでしょう。彼女はそんなに目立っていましたか?存在感はあるかと思いますが。そして袴をつけていないから、立膝でなく普通に座っていますし、髪型も変えていますね。

思い返せば、今年の仮想背景は本当に酷かった。
序盤では清洲城が紫禁城ではないかと指摘されていました。
本物の紫禁城はあんなものより遥かに壮麗であり、せいぜい紫禁城の隅にある鶏小屋だと思ったものです。

と言う割に、本物の紫禁城がどのようなものか、説明も画像もないのですね。このコラムで、ちゃんと書いてほしいです。

いずれにせよ今年の仮想背景が酷いのは確かであり、なぜ、そうなってしまったのか?と理由を考えると、スタッフの日本史知識不足にあるのではないでしょうか。
調べるべきことをせず、適当なイメージで描いたのではないかと思うほど拙い。

勝手に酷いと言い、勝手にスタッフに日本史知識がないと決めつけ、勝手に適当なイメージで描いたのではないかと、レッテル貼りをしていませんか。
そしてこの「調べるべきこと」とは、具体的にどのようなことでしょうか。

そしてこの後延々と『首』について書かれています。
そしてVFX担当者の多くは日本人ではないが、戦国時代を舞台にした背景を描いていたとか、2016年『真田丸』以来、大河ドラマとコーエーテクモゲームスは関係を保っているのに、今年はそうではないとか。

まず映画と大河ドラマでは予算が違うかと思われます。それに加えて、武者さんが今年のは酷いと先入観で決めつけているところもあり、比較として適切であるかどうかは何とも言えません。
あとコーエーですが、具体的にどの大河と関係を保っているか書いてほしいものです。

しかし、確実なことは一つあります。
もしも、今年の大河ドラマがコーエーテクモゲームスの協力を得ていたら、ここまで無様なことにはならなかったでしょう。

これも武者さんの思い込みのように見えます。
コーエーでは満足しても、脚本とかキャスティング、そして何よりも所作指導などで叩いたのではないでしょうか。
そしてこの後また『首』に絡めた『どうする家康』叩き、ゲーム関連の記述が展開されています。
これ大河コラムですよね?何を書こうとしているのでしょうか。

そしてその中で

このようにRPGといっても、個々人ごとに好きな作品は異なるんですよね。

とあります。ならば貴方と違い『どうする家康』を好きな人もいるわけですが、それはそれで受け入れるのですね?

ただ、これだけは言っておきたい。
『首』と対比となる大河ドラマは『麒麟がくる』であって『どうする家康』ではない。
制作時期からして、今年との比較は否定できます。

まず言いたいのですが、誰か『首』と大河を比較して、『どうする家康』がこの映画と対比となるとでも言ったのですか?
その後

『首』は意図的に思想や宗教を排除して、ひたすら暴力衝動に取り憑かれた人間を描いています。
儒教朱子学倫理が根底に流れる『麒麟がくる』との対比だとすればおもしろい。
(省略)
信長の装束ひとつとっても、奇抜な南蛮服はお馴染みのモチーフです。むしろそういうお馴染みのイメージを外そうとしているのは、『麒麟がくる』だと思えます。

武者さんて、要は
儒教または儒学
連歌または和歌
貞観政要または論語
このすべて、またはいずれかが入った大河でないと、大河認定しないようですね。と言うか、論語があっても自分が嫌いな設定の幕末大河だと、認定しない可能性があるし、今年も『孔子家語』(馬と取り替えてくれと、福島正則が黒田長政に迫ったあれです)が登場したりしてもいますが、そういうのには目もくれないようです。家康の愛読書だとも言われていますし、これを端緒に『貞観政要』も出版されたようなのですが。

『孔子家語』
(印刷博物館)

そしてその後で、

『どうする家康』の「シン・大河」はそうではありません。

と、例によって例の調子です。
しかも一部マスコミのみが使っている「シン・大河」なる表現を今なお使っていますが、そんな表現は公式はしていません。

「いつものあの味で」
そう注文されたとしても、調理する側は「いつものあの味」すらろくに把握していない。そのくせ新しいものを作ろうとする。

この「いつものあの味」なるものは、戦国大河で描かれる基本的な描写のことですね。
とはいえ、『どうする家康』でも、家康に取っての主要な戦をはじめ描かれてはいるのですが、自分の思う通りの描写でないから面白くないというのは察しがつきます。要は『麒麟がくる』風味でないと面白くないのでしょう。ならば先日も書きましたが、この大河に特化したコラムを書けばいい話です。
その代わり、『どうする家康』には口出ししないでいただきたい。

レアの豚肉って斬新、とてもおいしそう!

貴方「鴻門之会」の樊噲をイメージしているのですか(苦笑)。

その程度の思いつきで、とても食えたもんじゃない料理を笑顔で出してくるのです。
防腐加工のために入れる砂糖や塩を「こんなにいらないでしょw」と半量にまで減らして、健康にいいと自慢する。結果、腐敗したものを販売してしまった。そんな悲惨な事例を思い出します。

「食えたもんじゃない」かどうか、それは人により様々でしょう。これを美味しいと思っている人ももちろんいます。
あとプロが作っている大河を、防腐加工を無視した素人考えと比較するのもこれまたどうかと思いますし。『どうする家康』を腐ったものにたとえるのも大変失礼であるかと。


飲み物-暖炉の前のウイスキー
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[ 2023/12/02 03:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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