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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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『どうする家康』第42回に関しての武将ジャパンの記事について-1

第42回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその1です。
ただ今回はその前に、こちらの記事についても書いておきます。実はここのコラム、大河関係で何度か参考にさせて貰ったこともありますが、部分的にちょっと疑問点があるので抜き出しておきます。

「どうする家康」鳥居元忠の最期、実際はどうだった? 第42回放送「天下分け目」振り返り
https://mag.japaaan.com/archives/209838/6
https://mag.japaaan.com/archives/209838/7
(Japaaan)

「伏見落城の悲報を前に、神の君は持っていた筆をポロンチョ、コロリ。
(できれば筆は鉛筆のように握るより、立てて使われた方が美し……いや、戦国時代は書法が確立してなかったのかも?)」

この部分、一瞬『武将ジャパン』かと思ってしまったものです。筆の持ち方をあれこれ言う辺りそっくりです。しかもこの時の家康ですが、手を休めている時は寝かせていますが、書く時は立てていますね。でないと花押はともかく、文章は書けないでしょう。

「『三成を倒し、我らが天下を獲る!』
えぇっ、家康さんあなたそれを言ってしまうんですか?」

「石田三成を討ち、我らが天下を取る!」
実はこの前に、本多正信に目配せされて福島正則が立ち上がり
「三成に天下を治められると思うか!?」
と言い放ち、合意形成がなされたうえで家康はこう言っています。いきなり言ったわけではありませんね。
第一「我らが」、つまりここにいる者たちが天下を取ると言っているわけでしょうし。

あと、鳥居元忠を見捨てたなどという記述もありますが、今回はこれだけにしておきます。
尚ライターの角田晶生氏ですが、「歴史屋」というサイトを運営しています。

では武者さんのコラムに行きます。

それにしても、鳥居元忠を前にして、なぜ家康はこうも爽やかに偉そうなんですかね。
伏見城を死守せよ――つまりは死を覚悟せよ、と自分から言っといて情を感じさせない。
表面は平静を取り繕いつつも、内心は凄まじい葛藤という表現はなく、鳥居元忠の演技に頼り切っている印象もあります。

「なぜ家康はこうも爽やかに偉そうなんですかね」
このシーンはダイジェストです。前回のこのシーンを観たら、両者の思いが汲み取れますよ。
しかし武者さん、この2人に関しては前回こう書いていましたよね。

「そんな千代と別れて辛いと言いたいらしいのに、これですよ。
『いや……なに、所詮はおなご。言うことを聞かんかったらバシッとひっぱたきゃあおとなしくなりますわい』
何いってんだこいつ。
このあと家康が怖がっているのはお前だと言うものの、こんなの昭和DV男そのものじゃないですか。
男尊女卑にせよ戦国というより昭和の感覚に思えるもんだから、いちいち生々しくて気持ち悪いドラマだ」

「表面は平静を取り繕いつつも、内心は凄まじい葛藤という表現はなく、鳥居元忠の演技に頼り切っている印象もあります」
その鳥居元忠は、貴方に言わせれば「昭和DV男」なのですよね?この人物を前回から褒めていたとか言うのならまだしも、何か矛盾していませんか。

先週に引き続き、江戸と会津の距離が妙に近い地図が映り、またもや立ったままウロウロしながら家臣団が話し始めます。
いつもいつものスタンディングパーティ状態。
本多正信の鬱陶しさは今週も健在です。
“男勝り”と自己申告してしまう阿茶からの報告が届きます。伊賀者はどこへ消えたのか。こういう場面でさりげなく使うと良さそうなものですが。

江戸城と会津若松城の間に下野・小山がありますが、それでも妙に近いと映るのでしょうか。
そして戦に備えて、家臣たちが出たり入ったりしている状態が「パーティ」に見えるのでしょうか。
正信の「もうお手上げ。なすすべはありませんな」はこの人らしいですね。

そして阿茶の手紙と、伊賀者とどう関係があるのでしょうか。
まして服部半蔵はもういません。武者さんは第40回のこのコラムで、「ナレ死」でなく「相関図死」(武者さん用語)について書いていて、半蔵の退場に関するコラムを貼っていたと思いますが。

そもそも大坂城には複数の大名がいますし、阿茶がここまで出しゃばるものでしょうか。
蜂須賀家政あたりの出番を奪う、男勝りが強すぎます。
と思ったら、阿茶は寧々にもてなされています。
寧々は消えてなかったんですね。説明不足すぎて意味がわかりませんが、どうやら阿茶を助けてくれたらしい。バグだらけ8bitゲームNPCみたいだな。

その前に正信が
「大坂を押さえられたということは、阿茶様はじめ、諸将の妻子を人質に取られたということ」
と言っています。つまり人質になったのではと危ぶんでいた、その時無事を知らせる文が届き、寧々の許に匿われていることがわかったのですね。どこが出しゃばっているのかと思います。恐らく家康の妻として、大坂に留まっているのでしょう。秀忠や忠吉には養母のような存在ですし。
またこの「出しゃばるものなのか」、それを駒にぶつけたくもなります。武者さんは嫌でしょうが。

「寧々は消えていなかったんですね。説明不足すぎて意味がわかりませんが」
武者さんが前回勝手に消えたと決めつけただけです。その時予告に登場していると私は書いていますが。
そして説明不足と言う一方で、場合によっては説明セリフがどうのこうのと、一体どちらなのですか。

小山まできて背後を衝かれた家康。
危険な状態なのに、今さら「みんなついてくれるかなあ?」と言い出す姿がどうにも迫力がありません。
「家康ってすげーよな!」と周囲の人物に言わせる主人公補正しかしてこなかったので、有能さが表現できていないと思います。
こういう手遅れの対応を「泥縄式」と言います。
無能な人間が天下を取れるほど日本ってチョロいのか……と脱力するばかり。

「小山まできて背後を衝かれた家康」
も何も、三成挙兵も小山評定も史実(小山評定は諸説あり)なのですが、まるでこれが創作のような書き方ですね。
ここの描写、他の戦国大河でも似たようなものではないでしょうか。
あと「みんなついてくれるかなあ?」じゃなくて、家康はまず「従えない者は出て行ってもいい」と言い、そのうえで自分たちに大義があると言っていますよね。

「『家康ってすげーよな!』と周囲の人物に言わせる主人公補正しかしてこなかったので、有能さが表現できていないと思います」
よくわからないのですが…今までの42回分、何を観て来たのですか?
家康すげーより家康危機一髪の方が、遥かに多くなかったでしょうか。

しかし小山評定を「こういう手遅れの対応を「泥縄式」と言います」と言いますかね。
別に手遅れではなかったのですが。

コスプレ高校生が来たと思ったら、真田信幸でした。
時代劇に合わせた発声や所作の指導は十分にされたのでしょうか。
本多忠勝が娘の稲を持ち出して脅すあたり、本当にダメなドラマだと思います。
わしの娘ならどうにかできる。そういう方針で育てているんでしょうよ。
もはやこの忠勝は本人の武功ではなく、娘に関わることでしか目立たなくなっていて、哀しいにも程がある。

ひとつ思うのですが、武者さんが毎回のように書く
「時代劇に合わせた発声や所作の指導」
とは、具体的にどのようなものですか。
所作なら日本舞踊家の花柳寿楽氏が中心となって担当しているはずです。寿楽氏に直接、あなたの指導はなっていないとでも掛け合いますか?

そして「本当にダメなドラマだと思います」
こういうのを毎回書いて、それが批評だと思っている方が、言っちゃ何ですがダメだなとこちらは思います。
忠勝は
「わしの娘を捨てたければ捨てろ」
つまり三成に付きたければ付けと言っており、「わしの娘ならどうにかできる」などと言っていませんが。
しかし真田が上杉と組むと厄介だと、直政が忠告しているのですね。

チョビ髭の井伊直政が相手の肩を叩く所作にしたって、幼稚にもほどがあるでしょう。
いったい井伊の赤鬼とは?
あの、お子様コスプレで、リアルな戦場に現れたら敵はどう思うでしょう?
嘲笑されるだけで、徳川軍の士気が下がってしまうのでは?

まず忠勝が婿の信幸の肩を叩き、次いで直政がぽんぽんと叩く。どこか幼稚ですか?
そしてあの赤備えがお子様コスプレですか。
自分が気に入らない扮装は、何でもコスプレなのですね。

どういう呼び方なのか
このドラマは「内府」と唐突に出すわりに、「信幸です」「昌幸です」「信繁です」と名乗るから中途半端で意味不明。
統一感がまるで感じられず、場当たり的に物語が進んでいることが痛いほど伝わってきます。

ここ、タイトルの「どういう呼び方なのか」も含めてこれだけなのですが、1パラグラフ作る必要がありますか?
そして「内府」と唐突に出すなどとありますが、家康は内大臣となった後は内府と呼ばれていたことくらい、歴史系ライターなら知っておいてください。でなければ、歴史系ライターの肩書を返上してください。それ以前にも、中納言とか大納言と呼ばれていましたけどね。
そして昌幸を始め、信幸や信繁はこの中では脇役です。官職名で呼ぶより、こちらの方がわかりやすいこともあるでしょう。その代わり主役に近い家臣団は、左衛門、七、彦と様々な呼び名でしたが。

稲の逸話も急にどうしたのでしょう。
確かにエピソードとしては秀逸であり、真田を描くのには必要不可欠。
『真田丸』では吉田羊さんと草刈正雄さんの名演で、見入ってしまった方も少なくないと思います。
しかし、本作で描く必要があったのかどうか。
【直江状】の中身を削ってまで、犬伏の別れをカットしでまで描くというのが解せません。制作陣のフェチに付き合わされているのか……と思うと疲弊させられます。

「本作で描く必要があったのかどうか」
とはどういうことでしょうか。恐らく描かなければ描かないで、武者さんはあれこれ言いそうな気がします。
第一稲は忠勝の娘だから、ここで出さないわけには行かないでしょう。逆に直江状は上杉の出番が限られている、そして犬伏の別れは徳川とは直接関係はありません。だからさほどに、あるいは全く尺が取られていないと思われます。『真田丸』ではないのです。
そして「制作陣のフェチ」ですが、もう少し言葉に気を付けてほしいですね。

真田昌幸にしても、去年の上総広常ほどの迫力が感じられない。
役に入り込んでいない発声に見えます。インタビューで話す時と同じような声と申しましょうか。

去年は去年、今年は今年。
そして上総広常のように、主人公と一定の時期、いつも関わりがあるわけではありません。時折主人公と敵対する存在として登場するわけですから、違っていて当たり前です。
そして「役に入り込んでいない発声に見えます」
武者さんは「発声」が「見える」のでしょうか。「役に入り込んでないように見える」ならわかりますが。

そして昌幸の物言いは、ことさらに感情を込めていると言うより、何か達観した印象があります。それが、「役に入り込んでいない」ように思えるのでしょうか。

結局、稲を出したのも、製作陣の萌え要素なんでしょうね。美少女戦士妄想みたいなシーンは、それこそ田鶴あたりから延々と繰り返してきました。

またそれですか。こんなことをわざわざ言う武者さんの方が、萌え要素が好きだと自分から打ち明けているように見えるのですが。

ピロピロした劇伴も残念感満載。
「じいじさまーじいじさまー」
と、ただ単に子どもが喚くだけなのも意味がわかりません。
ドラマ作品における演技指導の出来不出来は、子役に現れます。『大奥』は人痘接種を受ける子役たちが緊張感のある姿を見せていて盤石でした。

子供たちが連れて来られるシーンですが、特に小さい子の場合は、帰らないでくれと必死になってじいじと叫ぶでしょう。そしてある程度の年齢だと、なぜ祖父が入れないかは多少はわかるでしょうが、それでもやはり帰らないでほしい、城に来てほしいという思いは同じだろうと思います。

そしてなぜ舞台設定がまるで違う『大奥』と比較するのでしょうか。


飲み物-ポーターとクルミ
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[ 2023/11/08 05:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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