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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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『どうする家康』第39回「太閤、くたばる」あらすじと感想-1

第39回前半部分です。


大坂城。名護屋から戻り、第二子の拾を一目見ようとする秀吉は、この手は多くの者を殺めて来たと一瞬たじろぐ。そして、汚れた者たちを近づけるなと周囲の者たちを牽制し、寧々と茶々に向かって、これに粗相した者おれば誰であろうと成敗してよいと命じる。はいと答える茶々。秀吉に取って最早拾、後の秀頼が自分のすべてとなっていた。それは、唐入りを和議を持って終結すると決めた直後のことだった。

秀吉は七か条の合意を持って明との和議とすることを決めるが、それには家臣たちの意見は盛り込まれていなかった。中には明国の王女を入内させるとか、朝鮮の王子を人質にする、朝鮮の南半分の領地を得るといったものもあり、およそ明国が受け入れるとは考え難かった。

しかしこの和議は何としてもまとめねばならず、石田三成も頭を抱えていた。阿茶局は忌憚なくこう言う。
「耄碌しても天下人は天下人、難儀なことでございます」
家康は咳払いで阿茶局を制し、阿茶局は三成に詫びる。

そして家康はかつて三成から聞いた、新たな政の仕組みについて尋ねる。三成は力ではなく知恵、天下人を支えつつも合議によって政をなすと答え。さらにこのように言う。
「志あり、知識豊かな者が話し合い、皆が納得をして事を進めて行く。そうなれば、天下人の座を力で奪い合うこともなくなりましょう」

お笑いになるでしょうが、そのような政がしてみたい、それが私の夢と三成。殿下に申し上げてみてはと阿茶局は言うが、三成は流石畏れ多いとためらっていた。夢を語っているだけでは夢で終わりますぞと家康は三成を諭す。

文禄4(1595)年の京。家康の嫡男秀忠は、笠を持って何やら踊るようなしぐさをしていた。その場には井伊直政も同席していた。そこへある人物がやって来る。実は家康がいるのは酒井忠次の屋敷であり、その忠次は既に隠居して久しかった。直政の声に、武勇は聞こえておる、井伊のすけこましとなと笑う忠次(正しくは井伊の赤鬼)。忠次の目はかなり光を失っていたた。

この日家康は祝言を挙げた秀忠を、挨拶をさせに連れて来たのである。忠次は秀忠の肩をつかみ、あの長丸様がご立派になられて、源頼朝公が天から舞い降りたようだと感慨深げだった。もう殆ど見えとらんのに調子のいいことをと、そばにいた登与が言うが、麗しいものは見えるんじゃと忠次。だから私のことは見えんのかと登与は口にし、笑いを誘う。秀忠の妻は、茶々の妹の江だった。

この結婚は秀吉が強く望んだものだった。徳川と豊臣のつながりを強めるのに必死なご様子、悪いことではござらんがと言う忠次。秀忠は先ほどの笠を持ち、家康に何か言いたげにしていた。実は秀忠は「海老すくい」を一目見たいと思っていたのである。無理せんでよいと言う家康だが、忠次はこれが最後の海老すくい、とくとご覧あれと自ら廊下に出て踊り始める。秀忠は嬉しそうにその踊りに加わり、直政にも入るように命じる。忠次は殿もと呼びかけ、4人で踊ることになる。

その日の夕刻、忠次はこれで唐入りが終わるのかと案じていた。家康はかつての信長の言葉、安寧な世を治めるは乱世を静めるよりはるかに難しいという言葉を持ち出す。忠次は、薬湯を作っている家康に抱きつき、ここまでよう耐え忍ばれましたな、つらいこと苦しいこと、よくぞ乗り越えてまいられたと言う。

お主がおらねばとっくに滅んでおるわと家康。しかし忠次は、それは殿があまたの困難を、辛抱強くこらえたから、我ら徳川は生き延びられたのですと言い、さらにひとつだけ願いを言い残してようございますかと尋ねる。それは、家康に天下人になれということだった。
「秀吉を見限って、殿がおやりなされ」
しかし天下人など嫌われるばかりと、家康は乗り気ではなかった。

その3か月後のこと。雪が舞う日、登与は夫忠次が甲冑を身にまとい、濡れ縁に出ているのを目にする。殿から出陣の陣触れがあったと忠次。しかし目が不自由なこともあり、思うように行かず、登与は夫の武装に力を貸す。甲冑を着け終わった忠次に登与が声をかけおうとすると、忠次は既に息を引き取っていた。登与は夫に一礼する。
「ご苦労様でございました」

文禄5(1596)年9月1日、大坂城。明の皇帝の返事がもたらされた。余は満足であると答える秀吉。しかしこの返書をもたらした使節は、戦を終わらせるために小西行長らがでっちあげた偽物だった。これを知った秀吉は激怒し、行長を斬ろうと襲い掛かる。その秀吉は、再びの戦を望んでいた。

家康は小西も秀吉の面目を慮ってのこと、考え直されるべきと諫めるが、秀吉はこれは賭けよと言う。今このままで終わっては、先の戦で何一つ得られなかったことになる、何かを得るには再び戦をするしかないというのが秀吉の言い分だった。あまりにも危うい賭けであると言う家康に、勝ちゃええと秀吉。わが軍は出さないと家康は言い、勝手にせえと秀吉は言う。

そして秀吉は、長久手での戦を覚えておろうと言い出す。あの合戦でそなたに負けた、しかし戦は勝てなくとも、利を得るすべはいくら~でもある、ここにゃあ無限に策が詰まっとるでよと頭を触る。わしに任せときゃええがやと秀吉。そして三成には、朝鮮攻めの用意をするように命じる。困惑する三成。


さて三成が夢見る政とは、合議制のことでした。これより300年ほど後の時代になれば、議会という言葉で置き換えられるものでしょうが、その当時の日本にはこういう概念はもちろんありません。言うなれば天下人の補佐官的なもの、江戸時代で言う老中にいくらか近いものであったのでしょう。議会と言えば、『徳川慶喜』で慶喜が西周に、議会について質問するシーンがありました。

いよいよ酒井忠次の退場です。この人の退場の時には、恐らく「海老すくい」が登場するだろうなと思っていたら、やはり来ましたか。そう言えば、掛け軸にも海老の絵がありましたね。秀吉が前回で言った「お前さんを慕う家臣」の代表格とも言える存在であり、既に目が悪く隠居していること、そしてもちろん、家康から出陣するようにも命じられていないにもかかわらず、最後に愛用の甲冑を着けて戦場に出向こうとして亡くなる辺り、この人物らしいとも言えます。

小西行長らが戦を止めさせるために、偽の使節を仕立てたことがわかって、秀吉は怒り狂います。前回浅野長政を斬ろうとして刀を抜いていますが、今回はそれがエスカレートした感があります。確かに狐が付いていると言われるよりも、実際に騙された方が怒りは大きいでしょう。ところで一旦地色が黒っぽくなった秀吉の羽織が、ここに来てまた派手目の物に戻っているように見えます。その時々の心境の変化の反映でしょうか。その秀吉の言葉遣い、尾張言葉に戻っています。

結局これで慶長の役が始まります。この出兵は秀吉自身の死により終止符が打たれますが、これは、朝鮮に渡った大名たちと三成との確執をかなり大きくしており、秀吉死後の家中の分裂を加速させるものとなっています。秀吉は秀頼が自分のすべてであるのなら、この辺りをもう少し考えるべきであったかと。

その「秀頼がすべて」であるにもかかわらず、秀吉本人に言わせれば、頭の中には策が詰まっているようです。そして勝たずとも利を得る方法はあると家康に対して息巻くのですが、国内の戦であればともかく、国と国との戦で、それがどこまで可能であったでしょうか。こういう時に諫める存在がいないのは、あるいは家康のように諫めても聞く耳を持たないというのは、やはり秀吉の悲劇ではありました。

ところで文禄年間に入り、家康は内府(だいふ)と呼ばれるようになります。要は内大臣のことで内府は唐名です。

それと結局『武将ジャパン』で、三成が話していた星の話、あれが参宿であることには触れられていないようです。あれだけ中国だ漢籍だと書いていながら、なぜでしょうね。

あと、井伊直政が口髭を生やすようになっています。この直政ですが、秀吉の死後の政治抗争で、家康の味方を増やすため、黒田如水・長政父子と接近し、豊臣方の武将を味方に引き入れるようになります。


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[ 2023/10/16 05:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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