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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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『どうする家康』第28回「本能寺の変」あらすじと感想-1

第28回前半部分です。尚先日の『武将ジャパン』大河コラムで、「リスク回避のため、信忠だけでも別の場所に泊めておけなかったのか」という箇所の関連記述、一部ちょっと勘違いがありましたので直しています。これについてはまた詳しく。


尾張那古野城。12歳の信長は父信秀から、信じられるのは己一人と教えられ、ある時勉学を放り出して家臣たちを折檻するようになる。そして父信秀にも反抗するが、流石にこの時は取り押さえられる。そして歳月が流れ、天正10(1582)年6月2日、本能寺で人の気配で目を覚ました信長は、部屋に乱入して来た甲冑武者に斬りつける。

その本能寺が燃え盛っていた。家康がやったという人々を尻目に、茶屋四郎次郎はある方角へと駆け出す。そして家康は、何者からか逃げつつも、信長の名を叫んでいた。

本能寺の変3日前の5月29日。明智光秀は必勝祈願をしていた。そこへ信長が京に出立するという知らせが入る。それは信長、信忠そして家康が京に集まることを意味しており、しかも守りは手薄であると読んだ光秀はこの歌をつぶやく。
「ときは今 あめが下しる五月かな」
そして信長の出立、しかも供が100名ほどという知らせは、半蔵と大鼠によって家康にももたらされていた。

家康は安土城で、弱き兎が狼を食らうと信長に言ったこと、本当にお前が俺の代わりをやる覚悟があるのなら、俺を討てと言われたことを思い出していた。信長を討つ、天下を取るとつぶやく家康だが、信長様を討ったとて、天下が転がり込んでくるわけではござらんと酒井忠次は諫める。また石川数正も信長の息子たちはどうなさる、天子様や公家たちを味方につけなければならないと忠告する。

家康は、だからこれから堺へ向かうとその場を離れ、半蔵には、伊賀者たちは指図があるまで動かすなと命じる。5月29日、信長が本能寺に入る。しかし供があまりに少ないことから、京の人々は信長でなく、家中のだれかであろと噂する。一方で家康は信長と入れ替わるかのように京を離れ、堺へ向かって有力者たちと親交を深めていた。その中には会合衆の津田宗及もいた。

家康は茶室で代官松井友閑共々宗及から茶を振舞われ、家臣たちがその様子をのぞきに来る。会合衆と懇意になれば、人、金そして物や鉄砲が手に入り、井伊直政は信長を討った後の備えもぬかりない、あれは本気じゃと言って、声が大きいと忠次に注意される。また数正は家康が信長を討つつもりでいることを懸念するが、殿のご決断に従うと決めたはず、臆せばなせることもなせぬと本多忠勝は言う。

榊原康政は、瀬名から忠勝共々殿を頼む、安寧な世を作るようにと言われたことを持ち出すが、実は忠勝は瀬名の言に従ったことを後悔しており、信長を討てばよかったと言い出す。今ぞその時と言う忠勝に、それがお方様と若殿様の望みと思うかと康政は諭すが、忠勝はにべもなくそう思うと言い、やりかけていた蜻蛉切の手入れに戻る。その頃信長は本能寺の一室で何か書き物をしていた。

家康は今井宗久と会い、鉄砲を買い付けることにしていた。その後も何名か会う予定の人物がおり、堺での家康は多忙だった。しかし同行していた忠勝は、ある女性の姿を目にする。それはお市だった。家康が堺に来ていると聞き、彼が通りそうな辺りを歩いていたのである。お市は岐阜にいたが、娘たちに色々なものを見聞きさせようと考えて連れて来たことを話す。しかし彼女自身が堺に行きたいという思いももちろんあった。

お市の娘たちのうち、かつて家康が抱いたことのある茶々は気が強い少女に成長していた。しかしその外では家臣たちが、やけぼっくいに火か、そういうこともなかろうと噂し合っていた。家康はずっとお一人でと尋ね、いくつか縁談はあると答えるお市。一方で家康は、側室たちがよくやってくれているので、もう正室は取らないと打ち明ける。その言葉を聞いてお市は言う。
「兄を恨んでおいででしょう」

とんでもないと家康は答えるが、お市は表情を険しくし、兄信長を恨んでいること、そして兄ほど恨みを買っている者はこの世におりますまいと口にする。そしてあなた様には手を出さない、あなた様は兄のたった一人の友と言うお市。事実信長は、ずっとそう思っているようだった。お市はさらに皆から恐れられ、誰からも愛されない、お山のてっぺんで一人ぼっちの信長は、心を許すたった一人の友からは憎まれている、あれほど哀れな人はいないとも言う。

兄の人生で楽しかったのは、城を出て竹千代と相撲を取って遊んでいたころだともお市は話す。赤い衣をまとった信長が相撲を取っていた姿が、家康の脳裏によみがえる。お市はさらに話す、兄信長はいずれ誰かに討たれるのなら、あなた様に討たれたいと思っているのではないかと。弱くて優しく、皆から好かれるあなた様が兄は羨ましいのだ、遠い昔に捨てさせられたものを、ずっと持ち続けているという彼女の言葉は、家臣たちの心にも染みるものがあった。

やがてお市は出過ぎたことを申しましたと言い、岐阜へ戻る、またお会いできればと言って去って行く。去り際に彼女は、なにか考え込んでいる家康を一瞥した。


信長を討つつもりで京へ上り、さらに信長を討った後のことを考えてか、有力者との親交を深めるべく堺へ向かった家康ですが、そこでお市と会ったことが、どうやら決断を鈍らせることになりそうです。お市もあるいはそのつもりであったとも思われますが、しかし津田宗及と会う時と言い、このお市と話をする時と言い、小平太、平八郎そして直政が必ず聞き耳を立てていますね。

その信長。前回から同じ場所で同じ賊に襲われるシーンが登場します。前回安土城の書庫かと思ったのですが、どうやらあれは本能寺の書庫というのが正しいようです。またその時々で描写が異なっていますが、その描写の違いは何を表しているのでしょうか。

明智光秀。愛宕神社での必勝祈願でしょう。そこで家康も京に入ったことを聞き、信長・信忠父子と家康が、さほどの守りもないまま京にいるのは、この人物に取っては好都合であったとも言えます。無論家康の場合、それなりの準備はしてはいましたが、この当時明智の軍勢はかなり大規模なものでした。

そしてここで初めて、単に信長を討つのは無謀なことと、忠次そして数正、2人の重臣が家康を諫めます。こういう場合数正は諫める方、そして忠次は従う方といった印象が強いのですが、信長を討つという大々的な野望に対し、流石に今のままでは無理ではないかと、両名共口を挟むことになったようです。一方で忠勝は、やはり信長を討つべきだったと言いはじめ、康政と意見が対立します。

しかし12歳の信長がいきなり暴れ出すシーン、あれが彼の反抗期だったと取るべきでしょうか。その後傾奇者のようになって、相撲を取るシーンが登場しますが、なまじ権力を手に入れておらず、その意味で失うものがさほどない若者と人質の少年の関係は、意外とうまく行っていたようです。あと前回で信長は、家康と家臣は友垣と言いますが、あれは一種の羨望もあったのでしょうか。

それと会合衆という言葉、『黄金の日日』を思い出します。


飲み物-マグに注がれたビール
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[ 2023/07/24 05:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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