先日の続きです。
ところであの側室選び、中には「みそ作りなら誰にも負けない」と言う人もいて、この当時の側室は使用人であることを窺わせもしています。武者さんが書いているような「愛人」ではないのです。
それと飯尾連龍をモブ扱いしていましたが、これで思い出すのが、『鎌倉殿の13人』です。この時武者さんは、第7回に登場する亀の前の夫の権三に、やけにこだわっていたことがありました。 妻が寝取られたことに反撃して殺される人物ですが、この時は
「それよりも気になったことは、あの悲惨な場面をお笑いにする空気が蔓延していることが驚きでした。権三には何の罪もないのに……。」
とあり、それをお笑いにするとは視聴者も、中世的価値観に片足突っ込んでいるといったことを書いています(少々まわりくどい表現ですが、だから鎌倉殿は素晴らしいのだと言っているようにも見えます)。
しかし私に言わせれば、この権三こそモブキャラに見えます。そもそもが、殺されるために出て来たようなものですし、登場時間もかなり短めでした。それに比べると連龍は実在の人物で引間城城主であり、家康と同盟関係を結びたいと言い出すなど、この時代の国衆らしきこともやっています。 それをお田鶴が氏真に知らせたためあのような結果となったわけなのですが。
で側室に関して、今度はまた『大奥』との比較。
性格のよさとか、ルックスとか、そういうことではなく、身元が保証できるかどうか。
その点が重要で、戦国時代までは女系の血統も重視されます。
生まれ順ではなく、母親の身分や格式も大事なんですね。
そういう当時の価値観ではなく、昭和平成のエロ全開で行くからおかしい。フィクションだからって、そこを間違えていたら、別に時代劇でなくてもいいでしょう。
そんなデタラメばかりのドラマなのに、合間合間でつまみ食い的に最新の説を入れて、うまくやっているふりをするからタチが悪い。
NHKドラマ10枠の男女逆転版『大奥』では、きっちり表現されていました。
まず、江戸時代と戦国時代を単純比較する方が無理があると思うのですが…そしてこの当時家康は天下人でも将軍でもなく、まだ国衆に毛が生えた程度に過ぎません。江戸幕府成立後の、将軍の大奥と比べるべきでしょうか。
それと
「その点が重要で、戦国時代までは女系の血統も重視されます。
生まれ順ではなく、母親の身分や格式も大事なんですね」
江戸時代でもそうではないかと思うのですが。それに大河と夜10時台のドラマの比較もどうかと思います。
それから家康という人は、実に多くの女性に子供を産ませています。中には身分が低い人もいました。松平忠輝の生母、茶阿局は身分がかなり低く、確か女中として城に上がっています。
「そういう当時の価値観ではなく、昭和平成のエロ全開で行くからおかしい。フィクションだからって、そこを間違えていたら、別に時代劇でなくてもいいでしょう」
この間も似たようなことを書いていましたね。フィクションだからと言ってそれはよくない云々。だったら『麒麟がくる』の駒の描写は何だと言いたくもなるのですが。
「そんなデタラメばかりのドラマなのに、合間合間でつまみ食い的に最新の説を入れて、うまくやっているふりをするからタチが悪い」
先日も書きましたが、必死だなと思ってしまいます。藤吉郎ではありませんが、物言いがあけすけですね。それと
「合間合間に入れる最新の説」
とは何でしょうか、三河一向一揆のことでしょうか。ならばこんなこと書かずに
「三河一向一揆の最新説を入れるのはいいが、フィクションにちょっと馴染めない」
程度にしておけばいいのに。「うまくやっているふり」以降は余計だと思いますが、ここまでネガティブなことを書かなければならない事情があるのでしょうか。
あと
「「大奥」に“大河超え”の声続出 NHK初のインティマシー・コーディネーター導入で型を破れるか」
なる記事がリンクされていますが、予想通り日刊ゲンダイの記事でした。無論このドラマ、面白くないと言う人もいるのですが…。
本作の関連ニュースを見ていると「髷姿」が出てきます。
髷になっていません。ポニーテールです。
まるで雑な戦国乙女ゲームのよう。
あの当時髪を束ね、後ろに垂らしただけのポニーテールに似たたぶさ髪というスタイルがありますので、これはあながち間違ってはいないと思います。
そしてまた
「『大奥』は髷の美男が大勢出ています。本作の場合、甘えではありませんか?」
「何に対する」甘えなのかが不明ですし、実際にあったとされる髪型をさせても特に悪いとは思いませんが。
何でもかんでも自分の推しを引っ張り出して来て、きちんと観ているようにも思えない大河を揶揄する武者さんの方が如何にも子供じみていて、甘えていないでしょうか?
それと推しの番組では美男が出ていると書く一方で、たとえば『青天を衝け』では、イケメンに対する批判ばかり並べていたように思います。
今回はちょっと最初の方が長めなので、あともう1つご紹介しておきます。
「どうする小道具」なる小見出しで
草履が真新しく、とても履き慣れているように見えない。
おろしたてにせよ、質感がつい先ほどホームセンターから買ってきたように見える。
本当に藁でできているんですか?
小道具作りの時間もないようですが、大丈夫でしょうか?
草履とは、例の鼻緒が切れたやつでしょうか。私が見る限りいくらか擦り切れた感はありました。
あと「履き慣れている」より、この場合「履き古した」の方がいいかと。
しかしこれ、小道具担当にちょっと失礼かと思いますね。これじゃ粗さがしでしょう。
あと武者さん、ホームセンター好きですね。この間の本證寺の閂の時もそう書いていましたね。
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