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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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『どうする家康』第2回「兎と狼」あらすじと感想-2

第2回後半部分です。


昌久の突然の銃撃に忠勝は身を挺して元康を守るが、他の家臣たちは銃弾を浴びる。昌久はほくそ笑みながら、兵たちに元康の首を取るように命じ、元康たちはひとます逃れる。一方駿府では、瀬名の父関口氏純が、今川軍が駿府へ戻って来ていることを知らせる。瀬名は元康を案じるが、松平の全軍が行方知れずとなっていた。

大樹寺では榊原小平太、後の康政が論語をろくに読もうともせず、樹上で昼寝をしていた。しかし何かに気づいたようで、そこへ現れた登譽上人に話しかけようとするが、登譽はまた昼寝か、夜遊びばかりしているからじゃと一喝すし、しっかり学ばねばろくな仕官はできんと叱る。しかし小平太は家柄のよからぬ武家の次男、しかも強国に挟まれた三河の者では、書物を読んでも出世どころか長生きも望めない、短い生を謳歌するのが賢明と減らず口を叩く。

登譽は本を取り上げ、話とは何かと尋ねる。人が大勢走って来ると小平太。それは元康たちだった。銃弾を浴びた兵たちの手当てが行われたが、忠吉は助からぬかも知れないと言われ、元康は自分を責めて数正に窘められる。しかも寺は昌久の軍に包囲されていた。登譽は彼らを諫めるが、昌久は元康を出せばおとなしく引いてやると開き直る。

こう取り囲まれては、助けを呼ぼうにもねずみ一匹這い出せないと登譽。元康は松平一族の墓の前で、一人心を静めて考えたいと言い、誰も連れずに墓所へと赴く。一方人の気配を感じた小平太は、障子に穴を空けて見ると、元康が甲冑を外して自刃しようとしているのが目に入る。元康は駿府に帰れないことを妻子に詫びつつ、腹に短刀を突き立てようとするが、その時何者かが来たのを感じる。

それは忠勝だった。忠勝は止めようと言うのではないと言い、その首をくれてやれば家臣たちの命は助かるから、自分でよけれが解釈をしてやると申し出る。元康は自分は無能で多くの兵を殺した、このくらいしかできぬと言いつつ、壁の「厭離穢土 欣求浄土」を目にしながら、汚れたこの世を離れ、極楽浄土へ行けと言う教えじゃとも言い、忠勝はそうだなとあっさり答える。そして忠勝が介錯をすることになる。

その様子を数正が見ていた。元康は、忠勝の偉そうな物言いを咎めるが、忠勝は言ったろう、お主を主君と認めぬからだと言い、自分の父は広忠を、祖父はお主のおじい様を守って死んだ、俺は俺の命を捨てるだけの価値のあるお方を、主君と仰ぎたい、それだけだと忠勝。元康は自分がお前たちを守るために死ぬ、少しは主君として認めたらどうじゃと言うが、忠勝は言う。
「ふざけるな…何で認められようか」

忠勝の真の望みはいつか元康を主君と仰ぎ、元康を守って死ぬことであった。「厭離穢土 欣求浄土」と唱えつつすすり泣く元康の脳裏を、12年前の記憶がかすめる。信長はこの世は地獄じゃと言い、まだ幼い竹千代を相手に、
「どうした!この世は地獄。俺たちは地獄を生き抜くんじゃ!」
「ほら、周りはすべて敵ぞ」
「なあ、弱ければ、弱ければ死ぬだけじゃ。ほら、かかってこい」
「おい白兎、どうした、爪を立てよ」
竹千代は必死に相手に食らいつき、こう叫ぶ。
「竹千代は兎ではない、竹千代は寅じゃ!寅なんじゃぞ!」
信長は言う。そうじゃ、その目じゃと。
元康はその時の、その目だけは忘れるなという言葉を思い出す。そして短刀をわきにやる。

家臣たちが集まってくる。部屋の中に誰かいるのに気づいた忠次は障子を開ける。そこには小平太がおり、この寺で学んでいる者で、ここで昼寝をと言う小平太に「いね」(行け)と忠次。小平太は一度は去ろうとして戻り、間違いにござりますと前置きし、「厭離穢土 欣求浄土」はあの世に行けという意味ではなく、汚れたこの世をこそ浄土にすることを目指せという意味だと、登譽に教えてもらったと伝える。様々な解釈があるのでしょうが、ご領主たる身ならかように解釈するのがよろしいかと、まこと地獄のような現世ですからなあと小平太。家臣たちはこの小平太を出過ぎた奴と不満そうだった。

元康が僧兵を従えて門から出て来た。そして松平蔵人佐元康であると名乗り、ついで家臣たちが周囲を固める。元康はこれより本領岡崎へ入ると言い、家臣たちは駿府でなく岡崎であることに驚く。我が首欲しければ取ってみるがよい、かかってまいれとの声に、昌久軍は色めき立つが、岡崎で我が帰りを待つ1000の兵が、怒りの業火となって貴殿の所領に攻め入るであろう、しかと覚悟せよと言い放つ。さらに今川も新当主氏真が立て直すは必定、その今川と我らを一度に相手にできるのなら、やってみよと昌久に迫る。

三河は我が祖父が切り取った国、この元康が今一度平定し、如何なる国からも、織田からも武田からも守ってみせると、元康はさらに語気を強める。そして寅の年寅の日、寅の刻に生まれた武神の生まれ変わりじゃ、そなたたちのことはこのわしが守ると家臣たちにも告げ、昌久軍に向かって道を空けるように命じる。家臣たち、忠勝までもがもそれに同調し、一行は昌久軍の中を堂々と歩いて岡崎へ向かう。その後ろ姿を見送る小平太。

甲斐では信玄が戦略を練っており、松平の若大将がどれほどの者か、よく調べておけと飯富(山県)昌景に命じる。駿府では巴が瀬名に、元康が岡崎に入城したことを知らされる、無論氏真にもこのことが知らされる。そして元康は家臣たちに、今川様は必ずよみがえること、そして改めて自分は寅の化身であることを伝え、織田信長など蹴散らしてくれようぞと言い、一同の賞賛を浴びる。

再び竹千代が生まれた頃の両親の会話。寅の化身と言う於大に、年が明けて今年は兎じゃと言う広忠。数日早く生まれたことにすればいい、兎など狼に狩られてしまうと於大。そして再び永禄3年。竹千代を兎呼ばわりした信長は、元康は生き延び折ったかと笑い、いよいよ食らいに行くか、白兎をと言う一方で、岡崎城で1人になった元康は、自分が大見得を切ったことのツケが回ってくるのではと、寅から白兎に戻ったかの如く怯えていた。


松平氏の菩提寺の大樹寺。ここで学問をしていた青年は、後の榊原康政となります。大して勉強好きにも見えませんが、「厭離穢土 欣求浄土」の意味を訂正し、今は地獄のようだと、信長そっくりなことを言います。この人が後に、江戸幕府成立に大いに貢献することになるのですね。

その信長は散々竹千代を翻弄しつつ、本気になって食らいついた時の目を忘れるなと言い聞かせていました。あの時信長を組み伏せた技が、氏真を組み伏せた時にも生きたようですね。そして自刃しようとしていた元康はそのことを思い出し、さらに忠勝の言葉を耳にして、その場での自刃を思いとどまり、別人のようになって昌久軍に道を空けさせ、堂々と岡崎入城を果たします。

岡崎入り後、元康は家臣や三河衆を相手に、武田も織田も怖くないと景気のいいことを言いますが、後で自分が言ったことの大きさに愕然とします。無論織田も武田も、如何に松平を平らげるかを着々と練っていたわけなのですが。ところでこの人は12月26日の生まれですから、今の暦だともちろん卯年生まれになります。そして信長は、相変わらず白兎を食らいに行こうなどと言っています。

それと忠勝。やっと元康の家臣になろうとしたと言うか、元康が主君として信頼しうるに足る人物と認めたのでしょうか。昌久軍が発砲した時に元康を守ろうとしたのは、彼のそういう主君に求めるものが、あのような形で表れたと言うべきなのでしょう。

あと今川はよみがえるとも元康は言っており、あるいはこれが本音であるようにも見えますが、その後の今川は凋落の一途をたどることになるはずなのですが…。

そして「この世は地獄、俺たちは地獄を生き抜くんじゃ」
時代も宗教的価値観も異なるものの、昨年の北条義時にも、こういったセリフを言ってほしかったような気がします。

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[ 2023/01/17 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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