第2回の前半部分です。
天文12(1543)年。三河の岡崎城では松平広忠の正室、於大が男児を出産する。寅年、寅の日そして寅の刻に生まれたその子は、寅の化身のように逞しくなると於大。そして広忠は、虎の縞模様の布にくるまれた、竹千代と呼ばれるその子を家臣たちに披露する。於大は虎の如き猛将となるに相違ないと言い、がお~と虎の声をまね、家臣たちや広忠も唱和する。
そして永禄3(1660)年大高城。虎の如き猛将になるはずだったかつての竹千代、今の元康は、迫りくる織田軍を前になすすべがなかった。石川数正は戦うか逃げるか、二つにひとつでござると言い、家臣たちは口々に戦うと言うが、織田軍の前に元康軍は如何にも劣勢で、本多平八郎忠勝は、相変わらず人を見下したような物言いをしていた。
大久保忠吉も、義元亡き今総大将は殿でござると元康にはっぱをかける。そして家臣一同決断を迫るが、最早織田軍は目前に迫っており、信長は逃げぬとはあっぱれと城に向かって言うが、元康は逃げなかったことを悔やむ。しかし織田軍は大高常から少し離れた場所に留まったきり、攻めてこようとはしなかった。忠勝は信長の何をそんなに怖がるのかと尋ねるが、元康はその12年前、信長に拉致されていた。
松平は今川と織田に挟まれており、広忠は竹千代を戸田宗光に預けて安全な場所に逃がそうとする。しかし宗光の裏切りで、竹千代の従者は殺される。そこへ赤い着物をまとった男たちがやって来て、竹千代を連れ去ってしまう。彼らが着いたのは尾張津島で、真紅の着物をまとった彼らの首領的存在、信長がやってくる。白い子兎のようだと信長は竹千代を見て言い、食ってやろうかと顔を自分の方に引き寄せる。
再び大高城。信長は鞭で地面をかき、兵たちはそれを合図に引き下がる。平岩親吉はそれに驚く。再び12年前。信長の父信秀は広忠に、今川と手を切らないと竹千代の命はないと文を送る。広忠は苦悩しつつ、竹千代のことは如何にしようと勝手なりと伝えるように家臣に命じる。竹千代は信秀の前で首を刎ねられようとするが、その時信長たちが現れ、信長は信秀にこう言う。
「親父殿、こやつは俺のおもちゃじゃ。勝手なことをされては困りますな」
やらねば示しがつかぬと言う信秀に、信長はこう答える。
「生かしておけば使いみちもありましょうぞ」
不敵に笑う信秀。そして信長は、例の赤い着物の者たちと相撲を取り、竹千代にも相手をするように命じる。しかし信長がやることは弱い者いじめに等しく、地獄じゃと言う竹千代。何と申したと信長は尋ね、地獄じゃと聞いてそりゃあいいと笑う。
「その通り、この世は地獄じゃ!」
結局大高城を取り囲んだのは、我らをすくみ上がらせるためと数正は言う。元康は里心がつき、駿府へ帰りたいと言い出す。今川が負けた以上、大高城に籠っていてもどうしようもなかった。しかしその後岡崎から書状が来て、城代の山田が討ち死にし、家来たちが駿府へ戻ったことを知る。勝手に城を捨てたことに憤る家臣たちだが、忠勝は我らだって同じと平然と言う。
岡崎に城代がいないということは、ここの守りが手薄になっていることを意味した。岡崎入りを促す忠吉だが、元康は勝手に岡崎に入れなかった。しかしこの地は松平の本領で家臣の妻子もいた。自分の妻子は駿府にいると言い張る元康だが、家臣たちの様子を見て三河領へ戻り、お前らには暇を出すから好きな所へ行け、自分は駿府へ戻ると言う。
一行は矢作川まで来たが、元康は面白くなさそうだった。多くの者たちが岡崎を目指す中、残る者もおり、忠勝もその1人だった。しかしその時、親吉が敵の来襲を伝える。織田勢かと疑う元康だが、相手はどうやら松平昌久の軍勢のようだった。迎えに馳せ参じたと言う昌久だが、昌久は過去に裏切ったことがあり、家臣たちもこの人物を信用していなかった。しかし昌久は、今こそ松平一族が一つとなって、三河国を守るべきと声を張り上げる。
元康は迷ったが、信じることにする。あやつの言う通り、松平同士でいがみ合うてる場合ではないと元康は言い、昌久の前に進み出る。昌久は土下座して彼らを迎えるが、その時荷駄を覆っていた筵が外され、中から銃を構えた武者たちが姿を現した。
寅年の寅の日、そして寅の刻に生まれた元康は将来を期待されます。しかし実家の松平家は、当時東から今川、西から織田が進出して来ており、我が子を安全な所に逃がそうとする広忠の思いも空しく、織田に連れ去られてしまいます。当主織田信秀の前で殺されようとする竹千代を信長が庇い、
「生かしておけば使いみちもありましょうぞ」
と父信秀に言います。その12年後、大高城でも信長は同じことを思ったかのようで、だからこそ軍を引き揚げたとも取れます。
また「使いみち」という言葉、これは『軍師官兵衛』の「命の使い道」を連想しますね-岡田さんが言うと特に。それにしても織田の父子が、かなり恐ろしく感じられます。しかも当時の竹千代を、「俺の白兎」のみならず「俺のおもちゃ」とまで言い出し、実際体格差がありすぎる竹千代に、強引に相撲を取らせ、竹千代は地獄を見る思いでした。その言葉に信長も「この世は地獄じゃ」とうなずきます。元々信長は変人、あるいは新しもの好きなキャラであることが多いのですが、この信長は何とも不気味な存在です。
それと先日、制作統括の磯智明氏が『平清盛』にも関わっていたことを書いていますが、この信長と手下、恐らく家臣なのでしょうが、正に清盛的な雰囲気です。今後もこういうシーンが登場するのでしょうか。
ところで最早大高城を守る必要もなくなり、駿府へ帰ろうとする元康ですが、岡崎城の城代が亡くなったこともあって、岡崎を目指そうと家臣たちが言い出します。第1回、第2回とも家臣たちが口をそろえて元康に決断を促し、元康が迷ってしまっています。とは言えこの時彼は数えの18で、まだ悩んでも不思議ではないのでしょうが…。
結局三河まで行くことになった元康は不機嫌です。帰るべき者たちは帰り、残った一部の家臣を連れた元康ですが、敵軍と思しき軍勢に遭遇します。しかしそれは同じ松平一族の昌久でした。この人物は裏切ったことがあり、家臣たちは信用していないものの、元康は信じようと言い出します。とはいえ、この昌久も元康の首がほしいようで、荷駄の中に鉄砲武者を忍び込ませ、劣勢の元康軍に襲い掛かります。やはり、家臣の言うことは聞いておくべきだったようですね。
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