『武将ジャパン』大河コラムへの疑問点前半部分です。
鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第34回「理想の結婚」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
1.泰時はめんどくさい性格です。『鬼滅の刃』の炭治郎と同系統ですね。
『麒麟がくる』の光秀もそうでした。彼も放送時に空気が読めないだの、態度が悪いだの、言われていたものです。
現代で言えば、接待カラオケができないタイプと申しましょうか。坂口健太郎さんの端正な個性にもピッタリ。
なぜここで『鬼滅の刃』だの『麒麟がくる』だの出て来るのでしょうね。お気に入りだから無理やり出して来ている感もありますし、泰時と光秀は人間性がいくらか異なるとは思いますが。
それと「端正な個性」と言うでしょうか。「端正な振る舞い」とか「端正なたたずまい」などとは言いますが。
2.癒し系であり、ネタバレしますと、彼は物語の最後まで滅亡or失脚をしません。
時房ファンの皆さまご安心ください。
承久の乱にも参加して、義時が亡くなった後も生きるのですから当然のことと思われます。
3.三代目鎌倉殿・源実朝――。
実朝の隣には、実衣がいて頭を下げています。乳母はそれほどまでに実権を握っているのですね。
「乳母はそれほどまでに実権を握っているのですね」
非常に今更感があります。武者さんは比企尼や能員の妻道を、どのように見ていたのでしょうか。
4.薙刀のような長柄武器は実践的で、中国ではむしろこちらが主流になりました。
このドラマの舞台は中国ではなく、鎌倉時代初期の日本です。
薙刀は平安時代から用いられていましたが、大型化したのは鎌倉時代末期、南北朝の頃だと言われていますね。弁慶が持っていたのも、薙刀とされています。
5.しかし語りばかりで退屈なのか、実朝も居眠りをしてしまいます。扇をパンと打ちつけ、実朝を起こす広元。
個人的には、薙刀と弓矢の稽古の後で体力を使ったのかと思いますが…。
そして
「漢籍教養の豊かな人ですので、ここで『論語』「衛霊公」でも。
子曰く、無為にして治まる者は、其れ舜か。夫れ何をか為すや。己を恭しくし、正しく南面するのみ、と。
【意訳】孔子は言った。何もせずともうまく天下を治めたのは舜か。何をなされたのだろうか? 謙虚な態度で、君主として正々堂々振る舞っていたのだ」
などとありますが、別に出さなくてもいいとは思います。武者さん自身はこれを書きたくてたまらないのかも知れませんが。
6.とても綺麗な和紙ですね。当時は貴重な和紙をこれほど大量に入手することは、彼女が若い頃にはできなかったのでしょう。紙の質が格段に上がっています。
例の和歌を書き写した冊子のことですが、彼女(政子)が若い頃にと言うより、今は尼御台という地位があるからこそ、こういう高価な紙をふんだんに使えるのではないでしょうか。それ以前から、それこそ武者さんが好きな大陸・半島由来の紙は存在していたはずですが、それらを日常的に使う人々はかなり限定されていたでしょうから。
7.今度の裁きは俺がうまくやるとノリノリ。相手が泣き寝入りするようなことはしねえ、安心して待ってろってよ。
なんなんでしょう、この清々しいまでの贈収賄は。ダメだという理念が1ミリもねぇ!
殺人や暴力への罪悪感がない坂東武者です。
当然ながら、贈収賄ぐらいでは全く良心も痛まない、絶望的なまでに道義心がない連中が楽しそうに生きています。
娘婿の平賀朝雅にしても「舅殿を頼りにしている」とホクホク顔。
りくと時政の愛息子である北条政範が勧めるままに、何ら遠慮もなく土産を受け取っています。
贈収賄と書かれていますが、その当時と今の概念とでは同一視はできないのではないでしょうか。 その後の時代でも、このようなことは続きますし、そもそも付け届けと、「殺人や暴力が好きな坂東武者」とはどのような関連性があるのでしょうか。それを言うなら、義時の「不正」を責め立てる泰時も「坂東武者」なのですが。
それから朝雅が「何ら遠慮もなく土産を受け取っている」と言うよりは、「御家人たちが時政に献上した土産の中から、好きな物を持ち出している」でしょうね。
8.にしても、この場面はどうでしょうか。
政範は決して悪い少年ではありません。親のすることに疑念はない。
しかしこれが泰時なら「間違っている! 下劣です!」と訴えているのでは?
彼は自然と、贈収賄が悪であり、裁判をそんなことで変えるなんてありえないという結論に達するでしょう。
1つ前にも書いていますが、その当時と今とではこのような付け届けそのものの概念も違いますし、それを裁く法もまだありませんでした。半ば公然と行われていても、そのような時代であったとこの場合は取るべきでしょう。
そしてこの泰時のキャラ設定が少々鬱陶しく感じられるようになったのは、あらすじと感想でも書いています。今が6月くらいであれば、あるいは視聴を止めたかも知れませんが、あと10回ちょっとなので最後まで観ようとは思います。それとこの作品は三谷大河の中でも、一番現代に寄せているようにも思われ、部分的に現代ドラマのような印象があります。
9.そんな時政の前に、畠山重忠と足立遠元――武蔵の御家人が座っていました。
「比企がいなくなって武蔵が空いちまった」
そう告げる時政は、続けて俺がもらうと宣言します。
これは前にもこのコラム関連で書いていますが、北条は畠山や三浦と比べると小勢力であり、武蔵が欲しかったとしても特に不自然ではありません。
10.かつて平家方に茄子を届けていた時政が、鮎を届けられて喜ぶようになっている。堕落とはまさにこのことでしょう。
届けることの意味が違うかと思います。国衙に野菜を持って行って散々に扱われたのは、あくまでも挨拶のための訪問であり、しかも飢饉で食べる物がない時期でした。この鮎の場合は、別に数が少ないのを無理して送り届けたわけでもなさそうですし、何よりも訴訟の判決を自らに有利にするためで、単純に比較はできないと思います。
11.それにしても今年の大河は本当に教育上良いと思います。子供ではなく、大人の教育です。
ここ数年の駄作大河では美化してやりがちな悪弊があった。
それは「職務上の権利を振りかざすこと」であり、自分の贔屓する相手にだけ情けを掛けることを美談扱いするシーンが多々ありました。
(中略)
感動、美談に仕立て上げ、倫理観の欠如した大河ドラマなど、誰が見たいのでしょう。
その点、今年は愛嬌のある北条時政が、最低最悪の贈収賄を強行し、それが悪しき様で描かれていて実に気持ちがいい。
すべて感情で動くのは危険である。今年はその弊害を描いてくれて、実に爽快です。
よくこんなこと書けるなと正直言って思います(苦笑)。この中略の部分には、いずれも『西郷どん』、『いだてん』、そして『青天を衝け』に対してネガティブなことが書かれていますが、この指摘がまず変です。
『西郷どん』では、
「西郷隆盛が権力を使ったうえで、我が子に海外留学させることを美談扱いしていた。税金を流用して自分の贔屓する学校に金を回すことをよいことのように扱っていた」
とありますが、隆盛が菊次郎を海外留学させるのはその前からの考えであり、しかも東京滞在時の隆盛は長屋住まいでした。それと「贔屓する学校」とは私学校のことでしょうか。これは税金と言うよりは、明治維新に功労があった人々に贈られる賞典禄によって作られています。
『いだてん』に関しては観ていないので何とも言えませんが、『青天を衝け』の場合は、
「『青天を衝け』の主人公・渋沢栄一が明治以降に大商人として成功できたのも、長州閥とのテロリスト人脈で結ばれていたから。ビジネスにおいて適切な競争原理が働いていない」
なのだそうです。「長州閥とのテロリスト人脈」などという表現もどうかと思いますし、「ビジネスにおいて適切な競争原理が働いていない」にしても栄一のビジネスは多岐にわたっており、具体的にどのような部分で競争原理が働いていないか、それを指摘してほしいものです。
それとここでは「主人公の父」の時政が、武者さんが叩いている大河の「主人公」と比較されており、それもまた妙なものです。 義時が付け届けを貰ってにんまりしているのなら、まだわかりますが。今までも書いていますが比較対象がおかしいです。
12.そんな政子を無視するかのように、りくと実衣は軽やかに宣言。結果として女性三人が賛同したことになりますが、むろん真意には大きな差があります。
りくと実衣はステータスに目が眩んでいる。
政子は過去の過ちから学ぼうとしている。
実朝の結婚話ですが、りくは京育ちですから当然でしょうし、実衣も、乳母である以上同意は当然のことでしょう。そして何よりも政子が本当に同意するか否かより、この場合は形式上であっても
「尼御台の決断」
が、皆欲しかったのではないでしょうか。
政略結婚の典型ではありますが、この当時の高位の人々などこのようなものでしょう。
あと過去のあやまちと言うのは大姫のことでしょうが、大姫のキャラ設定(私は正直馴染めませんでした)と実朝のそれとはまた違うし、将軍の娘が入内するのと、公家の姫君が輿入れするのもまたいくらか異なるかとは思います。
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