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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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『鎌倉殿の13人』第25回「天が望んだ男」あらすじと感想-2

後半部分です。尚先日投稿分に「前半部分」を付け加えています。それからサブタイを始め、ミスまたは意味が通りにくい箇所がいくつかありましたので、訂正しています。


義盛は直垂もつけずに応対し、巴にも挨拶をするように言うが、巴は夫義仲を討った頼朝には会いたがらなかった。手を下したのは義経と諭すも、命令を下したのは頼朝であると言い、義盛は仕方なく、巴は狩りで不在であると言って握り飯を差し出す。その後頼朝と盛長は相模川を目指すが、八田知家が指揮を執る工事の最中で道が塞がっていた。

頼朝の耳にまたあの鈴の音が響いた。これは何かの罠ではないかと思いつつ、頼朝と盛長は和田館へ引き返す。義盛は、これは頼朝が怒っているからだと勘違いし、巴に頭を下げて頼朝に会わせる。頼朝は義仲を討ったことを詫び、ああするよりなかった、平家を討って世を正したいという思いは同じだったと釈明する。しかし巴は遠い昔の話だと言い、義仲殿もその言葉を聞いて喜んでいるだろうと言う。頼朝は彼女の顔を見ているとあの時を思い出し、無性に謝りたくなっていた。

しかしここで頼朝は、全成の「振り返ってはいけない」の言葉を思い出してやにわに席を立ち、別の道を行くことにする。やがて頼朝は追善供養の場に到着する。読経が終わり、皆は餅を作り始める。北条家の人々は伊豆にいた頃、仏事で一門が集まった時には皆で丸餅を作っていた。餅作りは記憶にないと言う頼朝だが、頼朝は常に欠席していたのである。餅を作りますかと義時は尋ねるが、風に当たってくると頼朝は答える。

北条家の人々は、最近仲間入りした比奈も混じり、和気藹々と丸餅を作っていた。時連は丸めるのが下手だったが、重忠は丸め方がうまく頼時を感心させる。しかしりくだけは、手が汚れるのが嫌だと仲間に入らず、歩いて来ると言い、やはり餅作りに加わらなかった頼朝主従を見つける。頼朝は盛長に、場を外すように目配せする。りくが頼朝と会話を交わすのはこれが初めてで、頼朝は、ともに京育ちで話が合うことはわかっていたという言葉に同意する。りくはいずれ京に戻るのかと頼朝に尋ねる。

しかし頼朝は、武士はいつまで経っても朝廷の番犬扱い、顔色を窺いながら京暮らしをするよりは、鎌倉を京に負けない都にすると言う。その頼朝にりくは、貴方様は今や日本(ひのもと)一の軍勢を持つお方、その力を持ってすれば朝廷も言うことを聞きましょうと忠告するも、そうたやすくは行かないと頼朝は答える。これに対してりくはこう言う。
「野山の鹿を追うのに、足が汚れるのを嫌がる犬のよう」

2人は笑い、そして頼朝は言う。
「都人は脅しだけでは動かぬ。貴女もご存知であろう」
りくは頼朝の手を取り、強いお方が好きなのですとささやくように言う。頼朝は時政は自分のことをどう思っているか、わしを殺して、鎌倉をわがものにしようとしているのではないかと尋ねるが、りく曰く
「そんな大それたこと、考えてくれたらうれしいのですが」
そこへ件の時政が、徳利と盃を持って現れる。

その盃はかなり小ぶりなものだったが、これしかなかったのである。
「意気地なしが2人、小さな盃で」
とからかうような口調でりくは去って行き、大きさを気にしつつ、頼朝に酌をする時政に頼朝は
「不満があれば申せ」
と言うが、「そんなもん、あるわけねえでしょう」と時政は答え、こんないい思いをしているのに、腹の立つことなどないと言って、頼朝に餅を勧める。

時政は政子に感謝している、いい婿と縁づいてくれたと話すが、頼朝は餅を喉につまらせ、様子がおかしくなる。時政の声に政子と比奈が驚いてやって来て、さらに義時が思い切り背中を叩いたため、頼朝は難を逃れる。その餅の形の悪さに実衣は言う。
「五郎(時連)が作ったやつだわ」
あわてふためく時連。

野外で頼朝は政子と義時に、時政がおらぬとどうなっていたかと安堵したように言い、義時は、父はいざという時に役に立つと言う。持つべきものは北条だなと頼朝は言い、喉の渇きを訴え、政子が水を汲んで来ようとするが、義時がその役目を引き受ける。政子は頼家が、源氏の血筋の女性を嫁に迎えることを聞いたと切り出し、せつはどうなるのかと訊き、頼朝は側女にすると答える。自分に黙って話が決まったことに、政子はいい顔をしなかったが、頼朝にしてみればいつものことだった。女子に手が早いのは親譲りと政子はずけずけと言うが、しかし頼朝がそうでなければ、2人は結ばれていなかった。

悔やんではおらぬかと頼朝は尋ねるが、分からない、ただ退屈しなかったと政子は答える。なぜそうしみじみとするのだ、自分はそういうのは嫌いなのにと口にする頼朝に、政子はそちらのせいだと言い返すが、言い合いの末、2人は笑ってしまうのだった。そこへ義時が戻って来て、重成がお礼の挨拶をしたがっている旨を伝える。

政子も戻ろうと立ち上がるが、頼朝はいい折だと2人に、わが源氏は帝をお守りし、武家の棟梁としてこの先100年も200年も続いて行かなければならない、その足掛かりを作るのは頼家であり、義時には常にそばにいて頼家を支えるように、政子もこれからは鎌倉殿の母として、頼家を見守ってやってほしいと頼む。

お前たちがいれば鎌倉は盤石と言う頼朝に、政子は、まるでご自分がどこかに行かれてしまわれるようなと口にする。頼朝自身は、自分は近々頼家に跡目を譲って大御所となり、船でも作って唐の国に渡り、どこぞの入道のように交易に力でも入れるかのうと威勢のいいことを言う。皆が待っていると言う義時に頼朝は、わしはようやく分かったぞ、人の命は定められたもの、あらがってどうすると言い、甘んじて受け入れたうえで好きに生きる、神仏にすがっておびえて過ごすのは時の無駄じゃとまで口にする。義時も異存はなかった。

神や仏には聞かせられぬ話だがのうと頼朝。義時は、頼朝は昔から自分にだけ大事なことを打ち明けてくれたと言い、その頼朝は疲れたため先に御所へ戻ることにする。供をすると言う義時に、久々に一門が揃ったからゆっくりして行けと頼朝は断り、盛長を呼ぶ。

頼朝は盛長のみを連れて、一路御所を目指した。伊豆の頃を思い出すと盛長は言い、その直後に過去を振り返ってしまったことを詫びるが、好きなだけ振り返れと頼朝は言う。盛長に取っては意外なことだったが、いざそうしようとすると何も思い浮かばなかった。そなたといると、いつも心が落ち着くと頼朝は言う。何よりのお褒めの言葉であると盛長。そして頼朝は、
「初めて北条館に来た時…」
と言いかけて手綱を放す。右手が麻痺したようになり、鳥の声そして鈴の音が聞こえた。頼朝は、その姿勢のまま馬から落ちて行った。

政子、そして頼家の耳にも鈴の音が響く。そして巴と一緒に縁先にいた義盛、騎乗していた義村の耳にも、執務中の広元、御所を守っていた景時、そしてだらしなく寝そべっていた能員の耳にも同じ音が響いていたが、義時には何も聞こえなかった。そして盛長は、地面に倒れて動かない主の側に走り、鎌倉殿ではなく佐殿と叫んでいた。


まず方違えの件です。巴も当初は頼朝に会うのは嫌だと言いながら、2度目に、つまり道が工事中で仕方なく引き返した時には、義盛が頭を下げたこともあったのでしょう。きちんと挨拶をしています。逆に引き返したこと、それで義盛が勘違いしたことが功を奏したと言うべきでしょうか。あとあの握り飯、巴でなく義盛が作ったものと思われます。

北条家の一門総出での餅作り。何とも楽しそうですが、頼朝と盛長、そしてりくはその場に加わりません。この場合、りくは手が汚れるからではなく、寧ろ頼朝と話したいからその場を離れたと取るべきでしょうか。比企尼とは話せなかったものの、りくとは話すことができたのですね。あと重忠のに比べ、時連のは何とも不格好です。実衣が、頼朝が食べたのが時連のだと見破ったのもむべなるかなで、この光景を目にした時連はかなりあわてます。また一門同士打ち解けていても、やがてこの中で敵対することになり、『真田丸』で後に対立し合う豊臣家の人々がまだ若く、楽しげにしていた様を思わせます。

つつじの件。政子も「女子に手が早いのは親譲り」などと言ってはいますが、頼朝が女子に手が早くなければ、自分も今御台所になっていないと気づいているようです。それにしても餅を吐き出した後の頼朝のセリフが、殆ど遺言のようです。武家の棟梁として、この先100年も200年も続いて行かなければならないこと、その足掛かりを作るのは頼家であり、義時は頼家を支えるように、政子もの母として頼家を見守ってやってほしいなど、政子が、まるでご自分がどこかに行かれてしまわれるようと言うのもむべなるかなです。尤も鎌倉幕府はこの130年後に滅びますが。

そして頼朝は、自分は大御所となると明言します。結局そうなることはなかったわけで、それにどうも隠居して大御所というのは、来年の主役の家康のイメージですね。この人は大御所となっても力を持っていたし、院政の武家バージョンといった雰囲気もありました。そして「どこぞの入道のように」云々、清盛のようにということですが、このセリフ、『国盗り物語』の本能寺の変前夜の信長も、似たようなことを言っていました。但し唐ではなく南蛮です。

その後頼朝は、人の命は定まっている、神仏にすがるのは時間の無駄だとこの人らしくないことを言います。実際この時の頼朝は、憑き物が落ちたような晴れ晴れとした表情なのですが、これがどうも死亡フラグとなった感もあります。あたかも伊豆時代を思わせる頼朝と盛長の主従ですが、結局頼朝に取って一番信頼できる相手は、身内ではなく、流人時代の苦労を共にした盛長であったことを窺わせます。

あと比企尼と、盛長が「佐殿」という呼称を使っていたこと、これもかつての、つまり北条氏と縁組みする前の、流人としての頼朝を知る人物らしいと言えます。

ところで頼朝が落馬するシーンですが、右手が麻痺したかのように硬直していたこと、餅を飲みこめずに詰まらせたという点などは、脳卒中による病死説を裏付けるものかと思われます。ただ鈴の音、これは耳鳴りかと思ったのですが、最終的に頼朝に関わる人々が、義時を除いて耳にしたことから、何かの暗示と取るべきでしょう。


飲み物-グラスに注がれたエール
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[ 2022/06/28 00:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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