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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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『黄金の日日』「天変地異」

第45回「天変地異」です。


文禄5(1596)年6月(ユリウス暦では7月)、マニラをサン・フェリーペ号がイスパニアへ船出して行く。動く城ともいうべきその船を、助左衛門、桔梗そして五右衛門が見送っていた。しかしこの舟は太平洋を横断して目的地へたどり着くことはなく、半年後マニラへ戻って来ることになり、それがこの3人の日本人にも少なからぬ影響を与える。

五右衛門はいつ桔梗を嫁にするのか尋ねる。桔梗を嫁にと勧めたのは、未だに助左衛門が諦めきれな美緒だった。本心ではないだろうが、男と女にはそういう惚れ方もあるのだと教えられたと五右衛門。助左衛門の周囲にいた人物が色々と変わって行く中で、五右衛門と桔梗は変わらぬ存在だった。

助左衛門がアゴーとマニラを往復している間に、既に9か月が過ぎていた。助左衛門は桔梗にサンパギータ(茉莉花)の首飾り(レイ)を渡し、ずっと呂宋で暮らして行けるかと尋ねる。桔梗は一生日本に帰れずとも平気だと答える。助左衛門は何かを言いたそうにしていたが、結局何も言わぬまま、桔梗が暮らす鮫吉とみつの家を去っていく。その鮫吉とみつは、桔梗が首飾りをかけているのを見て、それは求婚を意味すると教える。驚いた桔梗はその後浜辺にいた助左衛門に会い、2人は抱き合う。

サン・フェリーペ号の乗組員は出航して間もなく不思議な彗星を目にする。日本でも堺で彗星が目撃され、お仙は、パーデレたちが話していた悪魔がやって来たと言う。また上方に火山灰が降る。そして7月12日亥の刻、今井館では、今井宗薫が、屋敷内での隠れミサを禁じ、一堂を引き下がらせる。また美緒には、小太郎はキリシタンにさせない、自分に取っては血を分けた子で、お前の人質にはさせないと言い、ミサの道具を庭に投げ捨てるが、その時地鳴りがする。

伏見を震源地とする地震が畿内を揺るがしていた。『義演准后日記』にはこのことが詳しく記載されており、かなりの被害者が出たうえに、建物も被害を受けていた。そしてこの地震で、虎が檻を破って飛び出して来た。虎とは加藤清正で、蟄居中にもかかわらず、伏見城にかけつけたのである。このせいで、伏見城に駆けつけた講和推進派の石田三成は門前払いを食わされる。同じ頃、サン・フェリーペ号も嵐の中を漂い、8月28日に土佐の浦戸へ漂着する。

土佐へ派遣された増田長盛は、秀吉に報告を行うが、これが凶事のもととなる。長盛は、侵略をするに当たってまず宣教師を派遣し、その後軍勢が差し向けられることを秀吉に話、バテレンの来訪は日本征服につながると訴える。秀吉は積み荷を没収し、戦中のバテレンに加えて都のバテレンも殺せと命じる。長盛は国外追放で事足りるというが、追放だけでは見せしめにならぬと秀吉は恐ろしい表情をし、結局11月15日に磔刑を宣告された彼らは、耳をそがれて長崎まで裸足で連行され、12月29日に長崎の西坂で磔にされた。またこの秋、文禄は慶長と改元された。

今井館を高山右近が訪れていた。小太郎が家出して、助左衛門と行動を共にしたと聞いて右近は頼もしいと目を細める。実は右近も助左衛門に会いに来たのだが、当の本人は呂宋にいた。実は右近は、あまり公にしにくいことを助左衛門に頼みに来ていたのである。それは大船を用意し、キリシタンたちを呂宋に逃がす手筈を整えることだった。弾圧が厳しくなるのを右近は恐れていた。美緒は宗薫が反対しようとも右近の要求を受け入れようとする。右近はその気概に、往年の堺の繁栄を思い出していた。

右近は天災や地震よりも恐ろしいのは秀吉で、明や朝鮮との講和も秀吉のせいで決裂したことを憂えており、右近は天災による被害も顧みずまた出兵をし、講和派を遠ざけて清正を近づける秀吉に憤っていた。

慶長2(1597)年4月。サン・フェリーペ号が持ち帰った日本でのできごとは、マニラのイスパニア人たちを激怒させる。その頃ディラオの日本人町では、桔梗が純白のドレスに身を包んでいた。明日は助左衛門との婚礼であり、その朝アゴーへ向かう助左衛門が、婚礼にこれを着るようにと置いて行ったのである。鮫吉もみつもその姿に嬉しそうだった。しかし彼らが楽し気に会話をしている内に、周囲が騒がしくなる。イスパニア人が攻めて来たのである。

理由はわからないものの、鮫吉はみつと桔梗に外に出るなと言い聞かせて、刀を持ち出て行く。一方アゴーでは、助左衛門がハギビスから結婚祝いを受け取っていた。引き止められるものの、助左衛門はその日のうちに戻ることにする。実はサン・フェリーペ号のことを耳にしており、イスパニア人が日本に報復することを気にしていたのである。そして助左衛門の予想通り、日本人町はイスパニア人の襲撃に遭っていた。

みつは刀を取り外へ出て、夫の助太刀をしようとする。しかし2人とも銃弾を浴びて倒れる。桔梗は短銃を手にし、侵入してくるイスパニア人を撃とうとするが、最終的に銃口を向けたのは彼女自身だった。助左衛門と五右衛門は、戦場から日本人町から火の手が上がっているのを見て、急いで水夫たちと町へ戻るが、人々は皆殺しにされ、桔梗も白いドレスの胸元を血に染めて死んでいた。

五右衛門はサン・フェリーペ号のやつらを皆殺しにすると出て行こうとする。しかし助左衛門は、彼らを殺したのは秀吉だと言う。再び船上の人となって助左衛門は、サンパギータの首飾りを握りしめ、このままでは済まさぬと桔梗に誓う。


サン・フェリーペ号事件が起こります。いくつかの戦国大河で描かれていますが、これに関しては、航海長がまず布教を行い、さらに軍を送って征服すると述べたため、増田長盛が秀吉にそれを伝えたのが、秀吉を警戒させてしまったといえます。フランシスコ会などは、必ずしも布教すなわち征服を考えていたわけではないともされていますが、とにかくこの航海長の言葉は、パーデレへの過酷な弾圧を決定づけてしまいました。

またこの後も、キリシタン絡みの事件が起こったとか、あるいは人身売買の問題、さらには長崎港がイエズス会の管理下に置かれているなどといったことから、秀吉そして後には家康といった施政者が、布教に警戒心を持つようになるのも無理からぬことではありました。またこれらはキリシタン大名が絡んだものもいくつかありました。私も以前、布教は征服の足掛かりではないかと書いたこともありますが、仮にすぐさまそれが結びつかずとも、何がきっかけでその方向に発展して行くかわからないという懸念は、特に政を行う上で考えるべき点ではあったでしょう。

ところでこの大河、段々とメインの登場人物による、秀吉への憎しみが強くなって行きます。あまりこういう描き方をするのは、ちょっと如何なものでしょうか。秀吉とその家臣たちによるドラマではないだけに、助左衛門や五右衛門の視点による見方が重視されていて、殊更に権力者すなわち悪という形になってしまうのも、それはそれでどうかとは思います。

あと『義演准后日記』など、一次史料がとにかく出て来る大河です。主人公にあまり史料や記録がないため、それでカバーしている部分もあるのでしょう。ただその一方で、なぜ加藤清正が蟄居させられていたのか、それへの言及がないのが不思議です。実はこれも、講和派の小西行長との対立に端を発しているのですが、その点を加えてほしかったですね。あと実はこの時清正は大坂にいて、一番乗りで駆け付けたわけではないともいわれています。

呂宋の日本人町。平和だったこの村に、イスパニア人が大挙して押し寄せます。サン・フェリーペ号が積み荷を奪われた報復ですが、どう考えてもこれはテロ行為ではないのでしょうか。そして婚礼の前日というのに、桔梗が助左衛門がくれた「南蛮小袖」、ドレスを着ていたのも暗示的です。結局これが婚礼の席でお披露目されることはなく、そのまま彼女の死出の衣装となったのは悲劇的ではあります。

尚この文禄5年に火山灰が降って来たこと、そして地震は『真田丸』にも登場していますね。『功名が辻』では、一豊夫妻が一人娘を失っています。地震速報も何もない時代のことです、犠牲者もかなり多かったでしょう。それから五右衛門が秀吉暗殺に赴くのは、どうも次の回のようですね。この回でと思ったのですが早とちりだったようです。

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[ 2022/02/20 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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