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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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『国盗り物語』に見る明智光秀 65

京は緑が美しい季節でしたが、光秀は落胆します。順慶を味方に引き入れることもできず、ただ青葉を見物しただけの結果となってしまったため、急いで秀吉軍を迎え撃つ準備をする必要がありました。坂を下りながら光秀は、自らの運命が時代から転がり落ちてしまったことを痛感します。
計算は綿密に立てたつもりでした。しかし計算は現実ではなく、根本的な誤りであったことに気づきます。光秀は、新時代を押し開く天下人には向かない人物でした。かつての斎藤道三はそれにふさわしく、また信長もその器量を持ち合わせていました。

信長は薄情かつ残忍な面がありましたが、それも旧弊な制度の破壊、新時代の創造に当たっては大きな原動力となったのです。しかし光秀は、時代が望む人物ではなく、寧ろ人々は秀吉に望みを託すようになっていました。光秀は陣を下鳥羽方面に置き、しかも純然たる野戦陣形を取らず、勝竜寺城や淀城を要塞化します。
兵の数で劣る光秀軍は、城の防御力にも頼らざるを得なかったものの、これでは攻撃か防御かの境界線があいまいでした。このやり方に対し、斎藤利三は近江坂本城に退くように要求します。実際兵力の4分の1は、近江の坂本、安土、長浜、佐和山の四城に置いたままにしていたのです。負けた時に近江に逃げることを考えてのことでしたが、利三は、いつもの光秀らしからぬ不徹底ぶりに不満を感じていました。

6月12日、この日は雨でした。その夜秀吉軍の接近を知った光秀は、これを迎え撃とうとしますが、利三にしてみれば、この少人数で何ができるのかと腹立たしい思いでした。光秀の戦術はどこか中途半端なのに、この秀吉軍迎撃だけは進んでやろうとし、陣形を決めた後隊長たちに
「あすの夜明け、山崎の付近に参集せよ」
と命じます。
しかし雨は止まず、しかも光秀の軍は、その雨が止むのを待つことなく出発します。桂川を渡った時点で、鉄砲の火薬は殆ど湿ってしまい、翌日の迎撃には、10分の1も鉄砲陣が使えないという事態となっていました。

天正10(1582)年6月13日。午後4時過ぎに戦いが始まり、明智軍は2時間あまり、秀吉軍の北方への進軍を食い止めます。しかし日没前には散り散りになり、光秀は戦場を脱します。一旦は勝竜寺城に逃れたものの、深夜に近江坂本へ向かうことにし、わずかな供回りを連れて夜道を落ちて行き、桃山高地の東浦にある小栗栖の里にさしかかります。
この辺りは竹藪が多く、藪の中の道を通っていた光秀は、既に馬の手綱を持てないほどに疲弊しきっていました。その光秀は小声でこう言います。
「小野の里は、まだか」

その時風が鳴って、竹の露が降りかかります。その時光秀は、左腹部に激痛を覚え、馬のたてがみを掴むものの気が遠くなって落馬します。
「殿っ」
と、付き従っていた溝尾庄兵衛が駆け寄りますが、光秀の体は地に転げ落ち、竹槍が腹部を貫いていました。この辺りの土民の仕業でした。

細川藤孝(幽斎)はこの戦闘には参加しておらず、後に上洛して本能寺の焼け跡に仮屋を設け、京の公家や豪商などを招いて、信長追善のための百韻連歌の会を催します。
かつて、光秀を粟田口に出迎えた公卿たちの大半、そしてもちろん、連歌師の里村紹巴もその中にいました。この時の連歌は次のようなものでした。
墨染の夕や名残り袖の露 (幽斎)
魂まつる野の月のあき風(道澄)
分け帰る道の松虫音に啼きて(紹巴)

光秀は筒井順慶を諦め、秀吉を迎え撃つ作戦に出ますが、その戦術たるや如何にも中途半端でした。斎藤利三は、兵をまた残している近江坂本へ戻るように諫言します。その兵を残しているのも、負けた時に逃げ込めることを考えてのものでした。
この時点ですでに、光秀は勝利を自ら手放していたとも言えます。秀吉には負ける、負けたらとにかく近江へ戻ろうと言う、かなり弱気かつ負け犬的な発想とも取れますし、その根底には、最早自分が、時代から必要とされていないという自覚があったと言うことができます。

しかも鉄砲に詳しいはずのこの人物が、雨の中を強行したせいで鉄砲が使えなくなるという、いわば凡ミスのようなことをやり、結局秀吉軍を前に耐えることができたのは、3時間にも満たなかったのです。
その後敗走した光秀は、一旦勝竜寺城に入るものの、その夜闇を突いて坂本へと向かいますが、途中の小栗栖で土民の竹槍にかかり、あっけない最期を遂げます。享年55でした。
尚この原作では、秀吉の行動にあまり言及されておらず、この時点での秀吉については、同じ司馬氏の、『新史太閤記』に詳しく書かれています。


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[ 2021/06/10 00:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『青天を衝け』の感想も書いています。またBSで再放送中の『黄金の日日』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも来年の大河が始まる前に、三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2021年には北半球最強であるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズとの試合も組まれています。このチームにいい試合をし、今後さらに上を目指してほしいものです。国内のラグビーも、2022年からはいよいよ新リーグがスタートです。

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