「『相棒』シーズン11第11回「アリス」-横溝正史とイギリスミステリー3」の続きです。このエピソードは、横溝正史風というか、金田一耕助風というか、白壁に太い梁の如何にも地方の旧家といった家に、クラシックで瀟洒な早蕨ホテル、そして煉瓦造りの記念館に、現代の警視庁や東京の街並みが絡む仕掛けになっていて、それぞれの佇まいを楽しむのも面白いのですが、この早蕨ホテルの雰囲気がまたいいです。如何にも旧華族のサロンといった雰囲気で、瑠璃子と朋子もお嬢さんぽい感じですし、彼女たちの私服もまた、昭和30年という時代を感じさせ、ミス・マープルの世界を連想させます。
それからストーリーに関してですが、これも基本は横溝正史にあると思われます。しかし杉下右京が登場する冬のロンドンは、やはりイギリスミステリーの世界、朋子の生きる世界もまたイギリスですから、日英の推理ドラマ、あるいは刑事ドラマが融合したイメージもあります。ちなみに朋子の家のメイドの格好は、黒の制服に白のエプロンです。そういう世界と無機質な警視庁のギャップ、あるいは少女たちが夢を語る場面と、生々しい殺人のギャップなどなど、あくまでも杉下と甲斐を中心に据えながらも、そこかしこで様々な雰囲気が紡がれています。
杉下の雰囲気はホームズとかコロンボになぞらえられることもあるようですが、個人的にポワロの「そつのなさ」も強く受けます。相棒が若くて威勢がいい分、如何にもベテランといった物わかりのよさ、人を逸らさない受け答えなどは、ロンドンにあって異邦人であり、それゆえ依頼人や犯人への接し方に磨きがかかったポワロの印象です。このへんが元々のイギリス人であるホームズやミス・マープルとの違いであり、ポワロの魅力の1つとなっています。そして、杉下と甲斐が突き止めたスクラップブックの謎、遠野弘明こと永沢公彦が得られなかった謎は、これもイギリス的な『不思議の国のアリス』の世界でした。
不思議の国を冒険するアリスが出会った、3月ウサギが登場する奇妙なお茶会の時計は、6時を指したままです。そして二百郷家の例の時計もまた6時を指していました。その後「闇に咲く花」を数字に置き換え、その通りに針を合せることによって謎が解けるのですが、この辺りは怪盗ルパンシリーズの『続813』を踏まえているようにも思われます。この中の謎解きでは、ある小箱を探すのに時計の針を8,1,3の順に回します。その結果、予想通り小箱が出てくるのですが、既に中身は抜き取られているという展開です。なおこの作品では、エルロック・ショルメスことシャーロック・ホームズも「わずかながら」登場します。
そしてスクラップブックですが、このドラマの中では、令嬢たちが、気持ちをそのまま綴った手紙が悪用されるのを防ぐために、スクラップブックに自らの思いを、自分または身内だけがわかるように書き込んだという説明がなされています。手紙を悪用という点では、ホームズの『チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン』を思い出します。グラナダ版ではタイトルに"Blackmailer"(恐喝業者)とありますね。そしてルパンシリーズでも『ハートの7』という短編があります。これは「私」ことルブランが、友人のダスプリ(ルパン)に話を聞いて書いたという、正にホームズ的な手法が採られています。
この短編は、ある資産家が建てた屋敷の金庫の鍵が、ハートの7のカードで、その資産家の妻が、夫がパトロンになっていた青年と不倫を重ね、やりとりしていた手紙を元に脅迫されるという話です。犯人との駆け引きで、潜水艦の設計書を持ち込ませるところは、ホームズの『ブルース・パーティントン設計書』をも思わせます。ちなみルブランはこの屋敷を借りて住んでおり、ある日屋敷の中に、トランプのハートの7が落ちていること、しかもハートの先端に穴があけられていることに気づいて、ダスプリに相談し、それから事件が思わぬ方向へと向かいます。
ところで『不思議の国のアリス』ですが、私はどちらかといえば『鏡の国のアリス』の方が好きです。近づくのには遠ざからなければならないとか、赤の女王との確執とか、マザーグースからの引用など、こちらも結構面白いし、本来は数学者たるルイス・キャロルの、奇想天外だけど理論的な物語の展開が楽しめるからです。そういえばパペットホームズのショルトー兄弟のモデルともいえる、ハンプティ・ダンプティをもじったキャラも出て来ますね。無論『不思議の国』のナンセンスさ、それゆえにおとぎ話として新境地を拓いている点は評価できますし、色々な事象が描かれているなとは思います。
スポンサーサイト