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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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葵徳川三代徒然-12

慶長5(1600)年9月14日。西軍の本陣大垣城で、池田輝政は城攻めをと主張し、いっそ大坂城へという極論まで出ます。無論この状況で動くことは、背後を突かれるに等しいものでした。吉川広家は毛利輝元の出馬を要請しますが、毛利輝元の態度は実に煮え切らないものでした。さらに島津義弘は夜襲作戦を打ち出します。その是非を巡って議論が行われる中、島左近が現れ、敵は佐和山方面へ移動中という噂ありと伝えます。無論これは家康の策でした。城攻めよりも野戦の方が得意な家康が、自分に有利にするために、西軍を大垣城から出して関ヶ原方面に向かわせたのです。そして京極高次の大津城は本丸だけとなり、淀殿の使いの木食上人(応其)が使者として、開城を高次に迫ります。また秀忠の軍は、いまだ木曽路に留まっていました。

大谷吉継は松尾山に布陣した小早川秀秋を訪れ、秀秋の関白就任要請とその場合の待遇を明らかにします。これは西軍諸将の連署状で、西軍の秀秋引き留め策ともいえるものでした。秀秋も杭瀬川の戦いの勝利を評価し、吉継はそれもあって家康が西に移動していること、そのため秀秋に引き続き松尾山に留まるように依頼します。その家康は9月15日という命日を前に、亡き息子信康のことを思います。そして松平忠吉と井伊直弼に先陣を切るように命じ、敵の主力が大垣城を出て関ヶ原に向かったことを喜びます。家康は午前6時頃桃配山に陣を敷きますが、石田三成は午前4時頃笹尾山に到着していました。そして第1回にあった忠吉と直政の先陣ですが、霧が晴れかけた早朝の関ヶ原で、忠吉初陣故の物見であると福島正則をどかせ、井伊の兵が敵に発砲したことから戦の火ぶたが切られます。

そして黒田長政がのろしを上げ、戦が本格的に始まります。各部隊の激しい一騎打ちが始まり、家康は戦況の見えなさに苛立ちます。そして本営を移すことに決めます。宇喜多は福島、大谷は藤堂、そして三成は黒田と細川の連合軍と戦う中、小早川は動こうとせず、また島津も三成の援軍として加勢する素振りは見せませんでした。さらに吉川広家に至っては、これより行厨(弁当)を使うと言い始めます。三成の思惑通りにことが進まない中、家康は桃配山を下りて、寺沢広高の軍を大谷にぶつけ、山内一豊を南宮山から下ろすように命じます。そのような中、三成の家臣島左近は銃弾を受けて戦死します。そして秀忠の軍は今なお木曽にあり、途中用を足した秀忠は、尿に血が混じっているのに気が付きます。

関ヶ原前夜から前半が描かれます。この大河はとにかく、関ヶ原への経緯や大坂の陣が起こるまでにかなり時間を割いています。大部分は第1回で描かれた通りで、家康が信康のことを思い出すシーン、忠吉と直政に先陣を切らせるシーンなどが出て来ます。この先陣を切る時に直政が、やはり徳川の直臣でなければならぬ、福島正則に切らせようものなら、後々まで自慢するといった意味のセリフを口にします。福島正則という豊臣子飼いの大名に対しての、徳川方の視線が窺えます。また三成の歌も登場します。この歌の「散り残る紅葉は殊に愛おしき」ですが、これはやはり豊臣のことでした。さらに合言葉あり、秀忠の遅々として進まない軍あり。この大河の関ヶ原のダイジェスト版が、『功名が辻』の関ヶ原であるといえそうです。

しかし、やはりこの大河の関ヶ原は見ごたえがあります。CGも使っていますが、何といってもアナログの部分、エキストラの動員が実に多い。この関ヶ原のシーンのストック映像が、他の大河で使われるのも納得といえば納得です。だからこそ、ここまで関ヶ原をじっくりと描けるのでしょう。画面でもススキの穂がはっきりと見え、恐らく穂が出る頃を狙ってロケを行ったと思われます。あと戦場での様々な人間模様も描かれ、単なる天下分け目だけで終わっていないのには好感が持てます。それと三成の「今こそ(東軍に)天誅を加えん」というのは、何やら幕末の志士を思わせるものがあります。元々天誅というのは、神が下す天罰の意味であって、幕末の専売特許ではないのですが、幕末大河で頻繁に使われるせいもあります。

それから名前だけですが、木食上人が出て来ます。元々この人は六角氏に仕えており、天正元(1573)年に高野山で出家しています。秀吉や三成とも親交があり、また九州平定で島津氏との交渉も請け負った人物です。しかし高野山で秀次の切腹を行わせるよう迫られ、さらに秀吉も没したことから、青巌寺の住職を辞し、その後この京極高次への使者となります。ただ西軍に与したと思われたことから、晩年は隠遁生活に入ります。ちなみに高野豆腐の製法を確立したのは、この木食上人であったといわれています。大河でなく、5回シリーズ位でドラマ化してほしい人物です。尚出家する前に「こま」という娘がいたということですが、来年の大河にもこの名の人物が美濃編で出て来ます。なにか関係があるのでしょうか。

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[ 2019/06/24 01:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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