NHKの木田放送局長が記者会見で、「(『いだてん』は)視聴率が全てではない。レベルの高い大河を貫いてもらいたい」「(主人公が無名だとか時代的に近いなど)それを含めて魅力でもある」とコメントしたとのことです。この大河のみならずNHK関係者にありがちなコメントですが、どうも具体性を欠くように感じられます。しかも視聴率が全てではないと言いつつ、5月半ば頃の8パーセント台の時に、「悪くてもこの辺で止まっているのかな」と言ったこともあることから、やはり視聴率は気にせざるをえないのでしょう。もう少し高い数字をキープしていれば、「視聴率が全てではない」もまだ説得力はあったのですが…。『平清盛』のように一旦は7パーセントまで下がったけれど、次は10パーセントまで盛り返したなどという例も、今のところないわけですし。
以前も書きましたが、クドカンカラーが出過ぎなことが、私がこの大河を観なくなった一因です。無論映画や舞台であれば、この描き方でも説得力があったでしょう。しかしこれは一年物で週一回の放送です。やはりそういったジャンルとは違った描き方が求められるわけです。また主人公や途中背景がよく知られている、途中から観ても入って行けるといったドラマでもありません。確かに宮藤氏のファン中心に、これを好きで観ている人がいるのも事実でしょう。しかし一方で視聴を止め、民放に流れて行った人も多いであろうことを考えると、ある種の「でんでん現象」、つまり従来のファンは姿を消し、コアなファンだけが残って評価しているという印象を受けざるを得ないのです。これは『直虎』にも似た物を感じたことがあります。
1980年代半ばにも、近現代三部作が作られたことがあります。しかしその時と今年とでは、異なる点もあります。80年代半ばには、大河の時代が現代に近いということもあり、新大型時代劇が作られました。『宮本武蔵』、『真田太平記』そして『武蔵坊弁慶』です。1987年からの大河の時代劇復帰で姿を消しましたが、近現代大河が苦手な人に取っての居場所は、当時はちゃんと用意されていたわけです。しかし今回はそれがなく、昔からのファンは民放に居場所を求めています。こういうファンのニーズに応えられないのであれば、やはり明治維新までの時代設定を崩すべきでなかったかと思われます。それと80年代半ばの大河をすべて観たわけではありませんが、少なくとも『山河燃ゆ』などは、今年の大河に比べるとかなりオーソドックスな描き方であったと思います。
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