道真は胡散臭いと思っていた暦が、実はかなりの知識のある者によって作られたことがわかります。そして陰陽寮へ行き、石川幹麻呂という人物の手になることを突き止めます。幹麻呂は才能ある陰陽師でしたが、人員整理で解雇されていました。
************************
出回っていた暦は、玉は西に置くべしとか、出かける時は裏戸に白い糸を結べ、何日は東の方角に詣でよといった具合に、盗人が欲しい物の目星をつけやすく、またいつ出かけているかがわかりやすくなっていた。無理しても守れなくてもいいとも書かれていたが、完璧主義で信心深い人物にしてみれば、それを守らないということは考えられなかった。ある意味彼らは騙されやすい人物でもあった。まだ風邪が治っていない道真はその暦を見ていてあることに気づき、白梅に父是善の暦を持ってこさせる。その暦は実は、かなり知識がある者が作った物と思われたからである。
是善は道真が陰陽寮へ進むものと決めてかかるが、陰陽寮は難関であると説得する。しかし道真の関心は別なところにあった。胡散臭いと思っていたその暦には、月食や日食の情報が書かれていた。本来このような情報は、天子の星回りや政に悪影響を与えるので、暦に書くのは控えることになっていたのである。この暦を作った陰陽師は相当な知識があると踏んだ道真は、長谷雄と探しに行こうとするものの、体力が限界に来ていてその日は無理だった。
道真は長谷雄と久々に大学寮へ行くが、目的は陰陽寮だった。しかし仲間は盛んに陰陽寮の悪口を言う。元々これは長谷雄が持ち込んだ話であったが、長谷雄はそこに現れた業平にことの次第を喋ってしまう。このようなことははじめから検非違使に任せろと言う業平だが、そこは抜かりなく道真の見解を聞いておくことにした。調子のいいことをと思いつつ、道真は陰陽寮の人物が作った可能性があると例の暦を見せる。かなりの知識があるにも関わらず、その者がなぜ盗みに等加担するのか道真には不可解だった。
結局業平でも長谷雄でもなく、道真が陰陽頭家原郷好(いえはらのさとよし)に会うことになる。郷好は道真の持参した暦を見て、何か心当たりがあるようだった。郷好は、恐らくこれは唐からの技術者が来たことにより、人員整理の対象になった古川幹麻呂という男だろうと言う。幹麻呂は出身は貧しかったが、暦の観測と計算に於いてはずば抜けていた。道真はそれだけ才があるならどこでもやって行けると言うが、郷好は、才のある者が陽の目を見るとは限らない、才とは機に恵まれたものと答える。その機を作るのは、天ではなく人ではないかと道真は内心思う。
家探しが行われることになった、幹麻呂の家に検非違使たちが押し掛け、一同を連行して盗品をすべて持ち去る。「真面目な人だったのに」と近所の者から声が漏れた。道真はその者たちをかき分け、幹麻呂に声をかける。幹麻呂は菅家の跡取りだなと言い、道真が暦のことについて、本を一通り読んだと話すと、自分はあの本に触れるまで10年かかったと答える。さらにこの暦を世間に流したのは、クビにした陰陽寮への仕返しかと聞かれ、幹麻呂はこう言った。
「食うためだよ。それ以外に何があるんだ?」
さらに幹麻呂は続けた。
「お前は跡目を継ごうが継ぐまいが、食いっぱぐれる心配はない。俺は下男のようなことをして努力したが、名家に跡取りが産まれたらそれまでだ」
そして、自分は自分の才を食うために使っただけだと再度言い、その後は検非違使たちに連行されて行った。道真は幹麻呂の言葉がひどく胸に突き刺さった。
************************
珍しく長めのストーリーです。都で流行っている暦の通りにしたところ、あちこちで盗難が相次ぎ、長谷雄が付き合っていた女性も同じ目に遭って、道真の所へ相談にやって来ます。ところが道真は風邪を引いて寝込んでいました。しかしこういう話になると身を乗り出す辺り、よくよく好きであるといえるでしょう。しかもこの暦は、単に盗み狙いのでたらめな代物ではなかったのです。
これを作った人物は相当の知識があると睨んだ道真ですが、暦に関心を持ったこと、陰陽寮に掛け合おうとしたのを陰陽師志望だと受け取られ、父からも仲間からも、あそこは難関だの止めておけだの言われてしまいます。そして陰陽頭に会うことになりますが、何やらこれも業平や長谷雄から押し付けられたような格好になりました。そして、この暦を作ったのが古川幹麻呂という男であることがわかります。
この幹麻呂は陰陽寮をいわばリストラされてしまい、生活のために私製の暦を作って人々を外出させたり、大事な物をわざわざ目立つようにさせて盗んだりしていました。善男善女を騙すのも問題ですが、幹麻呂にしてみれば、生きていくためのやむを得ない方法でした。道真に対して、自分は相当苦労したのに、お前は食いっぱぐれる心配がないからいいなと言って去って行き、その言葉は道真に重くのしかかります。家原郷好の「才とは機に恵まれたもの」が頭をよぎったかもしれません。
スポンサーサイト