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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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葵徳川三代徒然-10

石田三成は子供たちや妻のおりんに別れを告げ、味方が誰であるかを言い聞かせて、「正義は必ず勝つ」と言って、小西行長や島津義弘らと共に出立します。一方で徳川家康は、豊臣子飼いの大名たちへの警戒心をまだ緩めていませんでした。そこでお江がやって来て、秀忠がいつまで小山にいるのかを尋ねます。お江は嫡男を産みたいと焦りを感じており、秀忠が宇都宮城修築に取り掛かると聞いて、自分を宇都宮へやってくれと家康に頼みます。家康は来年まで待てと言い、戦と子作りは別とも言いますが、お江は、家康が秀忠に側室を持つように言った件で大いにむくれます。その頃大坂では、千姫の姉に当たる完姫が淀殿の養女となります。そして大蔵卿の局は、配流の身となっていた子の治長が、浅野幸長の軍勢に加わった知らせを受け、淀殿にそのことを伝えます。

慶長5(1600)年8月10日、徳川方の東軍は浜名湖の辺りを進軍しており、三成の軍は美濃の大垣城に入ります。島津の兵は唐入りもあって、小西行長のそれより少ないものの義弘は強気に出ます。さらにこの時は九州でも戦があり、島津はそちらにも兵を出していました。同じ頃東軍は福島正則の清洲城に入ります。こちらは豊臣子飼いの大名が圧倒的多数でした。ここで織田秀信が三成に付き、小早川秀秋が内応したことがわかります。しかしなかなか腰を上げない家康に、正則は怒りを露わにします。17日になって江戸から村越直吉が使者として清洲に到着し、先陣の諸将は旗幟を鮮明にせよとの家康の言葉を伝えます。これによって正則は、直ちに手出しをと岐阜城を攻略する作戦に出ます。三成も佐和山に使者を遣り、小西と島津の兵を出すことにします。

しかしこの岐阜城攻めに際して、諸将の足並みに乱れが出ます。しかもいざ城攻めに当たって、池田輝政が正則よりも先に進軍してしまいます。この輝政は、七本槍を自慢したがる正則を嫌っていました。最終的に岐阜城と大垣城とに兵が二分され、23日に岐阜城が陥落します。先陣は輝政か正則かということになり、本多忠勝は両名が先陣と言いますが、正則は面白くありません。そして三成は岐阜城が落ちたという知らせを受け、攻めてくるであろう東軍に備えて、島津の兵と共に防戦に出ると同時に毛利に援軍を依頼します。慎重を期する三成ですが、義弘はそれが不満げです。そしてついに、宇都宮でくさっていた秀忠に援軍の要請が来て、中山道を西へ進みます。薙刀の稽古をしていて、これを知ったお江は不安げです。これにより、会津は結城秀康に委ねられることになります。

まず完姫(さだひめ、豊臣完子)です。千姫の姉ということですが、しかし千姫は長女のはずです。異父姉といえば、ぴんとくる人もいるでしょう。実は羽柴秀勝と江の娘で、淀殿の養女(実際は猶子とされる)となり、豊臣家滅亡後は秀忠の養女となっています。この回で淀殿のセリフにあるように、武家ではなく公家に嫁ぐことになり、関白九条幸家の北政所となっています。公家に嫁いだことから、武家との橋渡し役も務めています。完姫は幸家との間に7人の子を儲けており、その二男九条道房から数えて八代目の子孫が、大正天皇の后である貞明皇后です。豊臣家の宗家は大坂の陣で絶えたものの、秀勝の血は彼女を通じて、後に皇室にまで入ることになりました。

それから島津義弘が、九州での戦にも兵を出していると言うシーンがあります。『軍師官兵衛』の九州における関ヶ原を彷彿とさせます。しかし家康の、豊臣子飼いの大名への不信感は根強く、実際松平忠吉を病という口実で江戸に帰したりしています。さらに村越直吉が使者としてやって来て、家康が旗幟を鮮明にせよと言っていると愚直に伝えるのですが、当初は風邪で出立が遅れていると、見え見えな嘘を言って一同の不信を煽り、そのうえで本音を言わせる作戦にも取れます。ちなみにこの人物を演じた阿南健治さん、『真田丸』では長曾我部盛親役でしたね。さらに少し前に家康本人が言っていたように、配流されていた大野治長を許して従軍させています。

そして岐阜城陥落ですが、これに至るまでは軍議が紛糾してもいたようです。池田輝政の「おぬしらは戦を知らぬ」というのは、かの大村益次郎の「あなた方は戦を知らない」を思わせますが、それはともかく。この岐阜城主の織田秀信、ご存知の方も多いかと思いますが、かつて豊臣秀吉がまだ羽柴秀吉の頃、信長の後継者を巡って推し立てた三法師が成長した姿です。岐阜城陥落後は高野山に入り、慶長10(1605)年に亡くなっています。そしていよいよ、宇都宮で悶々とした日々を送っていた秀忠に、出陣の知らせが入ります。この中山道を西へ向かう途中、第二次上田合戦となり、しかも雨で足止めされてしまうのですが、この時点ではやっと出番が来たと、気合が入りまくっていたことでしょう。

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[ 2019/06/10 00:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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