fc2ブログ

ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  大河ドラマ >  葵徳川三代徒然-8

葵徳川三代徒然-8

アバンで例によって進行役、というか狂言回しの徳川光圀が登場し、「歴史は時の権力者に都合よく書かれ申す」と口上を述べた後、石田三成はかつて出自さえ定かでなかったと言い、おもむろに家系図を示します。その三成は慶長5(1600)年7月12日に、佐和山城で謀議を行い、大谷吉継は無謀と諫めるものの、安国寺恵瓊曰く、家康を憎む大名は三成のそれより多いということで、毛利輝元を総大将に大坂へ向かいます。事を急ぐ三成は三奉行に即答を迫り、その結果輝元を呼び寄せることにします。さらに上杉景勝や吉継、真田昌幸、小西行長や佐竹善宜らと連携し、家康の悪行を書き連ねた弾劾状を秀頼に提出してお墨付きを貰い、同文の書状を家康にも送る所存でした。そして奉行衆にわざと三成の挙兵を内通させ、時間稼ぎを行うと同時に、島左近の案で、徳川方の大名の妻子を人質に取る作戦を開始します。

その頃前田家利長の母芳春院と、細川忠興の三男忠利は、共に人質として江戸に留まっていました。未だ動く気配を見せない家康は、それぞれの家が、北陸固めと会津征伐に貢献してくれたことの礼を述べます。さらに芳春院が加賀に戻る時には、珠姫を利長の子、後の利常に嫁がせる予定でもいました。一方でその珠姫の父秀忠は、正室の江からやはり嫡男を産む必要があると言われます。お江は秀忠が密かに側室を探していたことを疑います。秀忠はこの提案をした大久保忠隣に、この件はなしだと伝えざるを得ませんでした。そして西では毛利輝元が大坂入りし、留守役の佐野綱正を追い出して大坂城西の丸に居を定めます。これを受けて伏見城では、家康の側室たちが北政所の許、または大国寺へ逃れます。しかし徳川方の大名の家族を人質に取る作戦は、細川忠興の妻ガラシアが、小笠原少斎に自らを槍で突かせ、屋敷に火を放ったことで、この案は結局中止となります。

鳥居元忠が留守居役の伏見城に、島津家臣の新納旅庵が訪れ、留守居役を任されたと伝えます。しかし元忠がそれを一蹴したことから、島津は三成方に付くことになります。三成に味方する大名は増え、兵の総数も9万5千に達していました。その後三成は丹後田辺城を奪回することにして、奉行たちの秀頼の補佐、美濃尾張方面への進軍や大谷吉継の北陸攻めと手を打って行きます。一方で徳川方の先鋒が会津へ向かったその当日、弾劾状が家康の許に届き、その場に居合わせた者のうち本多忠勝のみが、三成がことを攪乱していると忠告します。しかし家康は様子見を決め込み、自らは後続部隊として会津へ向かい、伊達、最上、佐竹に上杉領へ攻め込むよう命じました。またこの事態を知った淀殿は、秀頼に何の断りもなくと憤りますが、片桐且元は、双方が豊臣家大事を唱えるのは致し方なきこと、しばらくは黙して成り行きをと淀殿に諫言します。

この『葵 徳川三代』は、ことの次第がじっくり描かれるのは評価するべき点なのですが、一方で尺を割きすぎて、やや冗長に感じられる部分もあります。今回の佐和山での謀議と三成の挙兵、江戸の様子などを描いているのはいいのですが、秀忠のシーンはこの場合必要なのかなと思うこともあります。無論これは徳川三代の話であり、後々の布石の意味もあるにはあるのですが。ちなみに秀忠に嫡男が生まれるのはこの4年後ですね。それと細川ガラシア(字幕ママ)の自刃、正確にいえば小笠原少斎に自らを殺させるシーン、言っては何ですがどこか取ってつけた感もあります。いっそこの部分を省いて、石田方の当惑だけを描く方法もあったでしょう。これやお市の方の自刃などは、ややワンパターン化している印象があります。『軍師官兵衛』はこのシーンがなく、そのためそれまでの戦国大河とは違った雰囲気が感じられました。

それと真田昌幸が三成方に付いたのは、三成の妻の姉が昌幸の正室(山手殿)だからといった印象が強くなっていますが、これは今では異論があります。三成の妻(皎月院)は宇多頼忠の娘ですが、山手殿の出自についてはいくつか説があるためです。無論頼忠の娘説を踏まえていてもいいのですが、所謂「犬伏の別れ」や真田家を窺わせる描写が、昌幸が登場しないせいか今までのところ見当たりません。昌幸が三成方に付くに当たっては、これも関係していることを考えれば、その辺りの説明にやや乏しいと思われます。逆に、新納旅庵と鳥居元忠の伏見城でのやり取りなどはきちんと登場しています。それと細川忠利が人質となっていますが、この人物は三男であったものの、兄たちの失脚に伴い家督を継いだという人物でもあります。また後に藩主となるに当たっては、この江戸滞在が大きく幸いしたともいわれています。

それからついにというか、家康が伊達、最上そして佐竹に、上杉を攻めるように命じます。しかし佐竹は三成軍に付いていることになっています。実を言うとこの時の佐竹氏は、どちらともいえないかなり曖昧な状態に置かれていました、この当時の当主は義宣で、実際上杉景勝と密約を交わしたとも伝わっています。しかし家中では、三成に付くという気運が高まっておらず、義宣自身も父義重から家康に与するように言われ、そのため父子が対立したともいわれています。結局のところ、義宣は関ヶ原の戦いの後は、徳川家康と秀忠に対して使者を送って祝いの言葉を伝え、自ら謝意を述べ、また父の嘆願もあって、改易は免れました。後にこの人は秋田藩初代藩主となり、大坂の陣には徳川方として出陣しています。

飲み物-マティーニ2
スポンサーサイト



[ 2019/05/26 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

TopNTagCloud