久々にというか、大河の1エピ分関連としては、これが最後かもしれません。もうあの大河コラムには、アクセスする気持ちが起こらなくなりました。来年は多分ないかと思います。(青文字武者氏コラムよりの引用)
この苦行がやっと終わった!
似たようなことを、昨年の今頃しみじみ感じていたのを思い出します。
やっと退場したかと思ったら、(西郷が)しつこく幽霊になったり
さてこのエピで、西郷隆盛が幽霊となって出て来るシーンなどあったでしょうか。回想として出て来るシーンはありました。またかなり前に島津斉彬が幻となって、隆盛の前に現れるシーンはあったと思いますが。
CGを無駄に駆使した移動シーン
無駄であったとは思いません、むしろああいう風に南下して行ったのだなと思いました。でないと延岡から小林、鹿児島まで移動するとナレで言っても、その地に住んでいるとか行ったことがある人でない限り、恐らくわからないでしょうから。
琴子も従道に対して「戦争やめてアピール」
息子の宗介が隆盛に同行したこと、従道の実の姉であることから、こうなるのもやむをえないかと思います。なお武者氏はこのシーンに関して、「相手が違くありません?むしろ西郷どんでしょ」と書いていますが、そもそもこの大河では、陳情に向かおうとした西郷一行を政府軍が川尻で攻撃したため、一連の戦いにならざるを得なくなったわけです。 政府が賊認定したこともあり、先に戦端を開いたのは政府軍です。
(余談ながらこの「違く」ですが、今は割と使われるようになっていますが、元は北関東や東北南部の言葉のようですね)
その少し後ですが、
西郷糸子もバカでしたね。
いきなりバカ呼ばわり(苦笑)。少なくとも上記のシーンで、糸は家族をたしなめ、従道から隆盛が城山にいることを聞いて、覚悟はしていると答えています。しかも糸は従道の立場上の辛さも理解していました。どこが「バカ」なのやら。
明治維新はフランス革命と全然違いますし、明治政府は農民一揆ごときが政治をひっくり返してけしからんという考え方です。デモクラシーの芽をむしろ摘んできた。
まず明治政府は農民一揆が作ったというのがおかしい。各地で討幕の動きが出て来て、雄藩の武士たちが蜂起したと言うべきです。無論奇兵隊のように農民出身の兵もいましたが、彼らも洋式銃で訓練を受けている以上、農民一揆と同一視はできないでしょう。 しかし武者氏は朝ドラコラムなどで差別がどうこうと書いていますが、こういう時は平気で農民を差別するような表現をしますね。しかもそれを言うのなら、幕府歩兵の御料兵も農兵なのですが。そして明治維新後、下野した土佐勢により、デモクラシーの一環ともいうべき民撰議院に関する建白書が出されています。 ちなみにこの部分、村田新八が『ラ・マルセイエーズ』を弾いたからということのようですが、彼はフランスにいたのだからそれは知っているでしょう。またフランス革命も革命後に、ヴァンデの反乱で農民が蜂起しています。
(西郷の助命が山県の功績になっていない件について)
維新までは長州藩こそ大正義と言いたげに、会津藩を足蹴にしながら持ち上げていたのに、明治以降は正反対になっている。
山県は自分で命じこそしなかったものの、まず城山総攻撃をするかどうかは、陸軍卿である本人が切り出しています。ただ、隆盛の助命を条件にする降伏を促したのは大久保利通というわけです。それと長州藩が会津藩を足蹴にしていたとありますが、正しく言えば、長州が「足蹴」にしていたのは禁門の変後の「薩摩と会津」(「薩奸會賊」)でしょう。勝手に薩摩を省略しないで頂きたいものです。
武士っていうのは、死ぬ前に食事しないもんですよ。
遺体から食べ物が出るとみっともない。切腹のことを考えたもんです。
西南戦争前、村田新八のお腹が鳴るシーンですが、ここでは誰も食事などしていません。隆盛が鰻でも取りに行きたいが、もう時間がないと言っただけです。 その前夜の乱痴気騒ぎと間違えているような気もします。しかもこの西郷軍は、この大河では誰も切腹していません。 どこをどう観たらこうなるのでしょうか。それに死ぬ前に食事しないと言うのなら、『真田丸』の北条氏政、切腹前に汁かけ飯を食べていましたが、あれは何だったのでしょう。
なんでどいつもこいつも、西郷どんの生き死にを確認しているんですかね。無能でふとましいクズじゃないですか。
西郷隆盛が主人公である以上、当り前だと思います。 無能でふとましいクズ云々も、武者氏が自分でそう思っているだけではないでしょうか。
西南戦争のおかげで、鹿児島や熊本は大打撃を受けています。
鹿児島は大打撃を受けているにもかかわらず、西郷隆盛は地元では人気があります。しかも、西郷隆盛の偉業が台無しにされたという記述もありますが、ドラマでは隆盛がなしえたことも 無論 描かれています。武者氏は、それをきちんと紹介したのでしょうか。
その他にも『八重の桜』だの旧幕府方だの、菊次郎推しだのゲスの極みだの、いつもの「武者節」なので割愛しています。家族でなくもっと戦を描けなどともありますが、ならば曳馬城の戦いのシーンもなかった昨年の大河は何だったのでしょう。当初は、これと一緒に『八重の桜』のDVDを観ようと考えていました。しかしこのコラムでやたら『西郷どん』叩きの道具のように使われるため、多少冷却期間を置きたいと思います。『八重の桜』も結構好きなのですが(あれにはまた幕府方の立場が描かれていますので)、こういうことになって残念です。
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