第38回『追い込まれる軍師』、長政は宇都宮鎮房を中津城で謀殺し、その子朝房も結局殺されてしまいます。そして、やはり黒田に仕えていた娘のお鶴は、逃げたということにして城を出されます。その一方で奥の女たちは、黒田家に愛想をつかして出て行ってしまいます。この宇都宮討伐を秀吉は喜び、茶々にほしがる物を与えたいと言って、城を作ってやることにします。この謀殺に関して長政は、肥後の一揆鎮圧から戻った官兵衛に詫びますが、後に光から、あの時城にいたら自分も同じことをしたであろうと、官兵衛が言っていたことを聞きます。官兵衛は一人、かつて竹中半兵衛がくれた軍配を見つめます。
肥後の一揆を抑えられず謹慎中の佐々成政は、切腹を命じられます。官兵衛は長政のおかげで命拾いしたのでした。そして秀吉は茶室で、明へ攻め入ることを官兵衛に打ち明けます。しかし、戦乱で民は疲弊していると言う官兵衛を秀吉は快く思わず、しかも自分の嫌いな黒茶碗で千利休から茶を振舞われ、足蹴にしようとしたのをようやく止めて出て行ってしまいます。利休は秀吉に、耳が痛いことを言われるうちが花と言い、暗に官兵衛を擁護していました。そして秀吉はおねに、かつて信長がやったように、武将たちを駒のように使うと言い、競合させると話して聞かせます。しかしおねは、どこか不安に感じるものがありました。
そして、二分された肥後の一つを領することになった清正が、長政を訪ねて来ます。清正は、三成が茶々にすり寄っていると言い、宇都宮の件で裏で糸を引いていたのも三成だと言います。一方で徳川家康は、大政所の病気見舞いで上洛する朝日に付き添います。もちろん家康も、それなりの策略がありました。未だ上洛しない北条の説得を約束したのです。その後茶室で、黒茶碗で茶を振舞われた家康は、会いたかった官兵衛と対面します。自分もお前のような軍師がほしいと言う家康に、太平の世がくれば軍師など無用の長物と言う官兵衛。太平の世が来るのかと訊かれ、
「豊臣の天下を奪い取ろうとする者が現れぬ限りは」
「そのような大それた野心を抱く者などおらぬであろう」
また家康は、秀吉が酒席で、次の天下人は官兵衛になると公言したことを話します。
さて宇都宮討伐、何とかうまく行って秀吉も上機嫌です。しかし肥後の佐々成政は、一揆を抑えられずに腹を切らされます。この時代、すべての武将は秀吉の支配のもとに領地を与えられるようになっていました。しかし宇都宮が伊予に行っていれば、このような結果にはならなかったでしょう。そしてその秀吉は、茶々に執心するようになって行きます。その茶々とおねの関係も、徐々に隙間が開くようになって行きました。官兵衛に、長政や清正、福島正則は息子同然と言うおねですが、茶々の場合は同然どころか本当の息子を産むことになり、このことが後々の豊臣家を分断することになってしまいます。
また秀吉が信長のやり方を踏襲したがることも、明へ攻め入ろうとすることも、も天下人になってから人が変わったと思われる所以でした。おねには言わなかったものの、実質三成を重用するようになり、秀吉と官兵衛との間にも、また隙間が出来始めることになります。秀吉が次の天下人は官兵衛と言ったのも、お伽衆の前だからとはいえ、どこか官兵衛に対して疑いの目を持ち始めたあかしと取れます。そして家康は、秀吉の信頼を得んと、北条を説得するという役割を自ら買って出ます。これは北条家と姻戚関係であったからでもありますが、その北条家の氏政は結局、秀吉に潰される形で終焉の時を迎えてしまいます。
さらに今回は、既に関ヶ原のフラグが立ち始めています。清正が、三成は茶々の威を借りていると言ったことしかり、家康と官兵衛の会話しかりです。清正と長政の会話を、傍で聞いていた又兵衛はやや苦々しそうな顔をします。そして家康と官兵衛、何だかんだと言いつつも、結局家康その人が「そのような大それた野心を抱く者」となってしまいます。無論それまでには二転三転し、まだしばらくは豊臣の家臣の立場でい続けるですが。なおこの時点ではまだ秀吉に実子はおらず、しかもその後生まれた鶴松も夭折し、やっと秀頼が誕生するわけですが、その時の秀頼可愛さゆえのあれやこれやの策、何やら痛々しいものがあります。
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