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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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西郷どんの歴史的背景7-家定と斉彬それぞれの最期

徳川家定と蘭方医でも書いていますが、家定の病気は脚気、正確には脚気衝心でした。この脚気衝心というのは心臓機能の低下のことで、このため当時は脚気が死病化することもありました。元々脚気が広まったのは、江戸時代に、白米を常食する習慣が広まったのと関係するともいわれています。特に江戸を中心とした地域で広まり、江戸わずらいとも呼ばれたことがあります。

地方ではまだ玄米を食べる所もあり、そのため江戸のような流行は見られませんでした。要は玄米に含まれるビタミンB1が精製の段階で除去されるため起こる、いわばビタミン不足の1種です。このため『JIN-仁-』では「安藤奈津」が作られていました。特にその当時は副食物が少なく、白米の摂取量が多かったせいもありました。無論今でも食事内容によっては脚気を患う可能性もあります。

実際大河で戦国時代が舞台だと、食事は薄茶色の玄米飯が主流ですが、江戸時代半ばになると白いご飯となります。吉之助の家では芋を食べていましたが、あるいは白米よりも体によかったのかもしれません。そしてこの脚気は、日露戦争中にも起こっていました。その前に海軍では、軍医高木兼寛がパンや麦飯を導入し、脚気の発症率を抑えることに成功しました。

ただし当時の医学では伝染病説、あるいは中毒説が主流で、しかも陸軍は日本食中心であったため対策が遅れ、脚気の患者が多く出たといわれています。その後は陸軍でも麦飯が採用されるようになりました。しかし大正時代に入っても脚気による死亡者は多く、数万人に達したこともあり、第二次大戦後にビタミンB1剤が出回るようになって沈静化します。

一方島津斉彬の方ですが、この人は病死説と毒殺説があります。病死というのは、軍事教練がひどく暑い日で多量の水を飲んだ後発熱し、腹痛と下痢に見舞われて亡くなったということで、病状からしてコレラではなかったかともいわれています。

ただしこの当時、薩摩ではコレラは流行していなかったことを考えると、別の病気であるか、あるいはやはり毒を盛られたという可能性も否定できません。かなり影響力のある人物だっただけに、そういう説がまことしやかに囁かれるのも尤もです。尚コレラは安政5(1858)年に長崎で大流行し、それが上方でも流行して、一大騒ぎとなっています。

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[ 2018/04/27 01:00 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『青天を衝け』の感想も書いています。またBSで再放送中の『黄金の日日』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも来年の大河が始まる前に、三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2021年には北半球最強であるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズとの試合も組まれています。このチームにいい試合をし、今後さらに上を目指してほしいものです。国内のラグビーも、2022年からはいよいよ新リーグがスタートです。

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