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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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西郷どん第11回「斉彬暗殺」

篤姫の輿入れが決まりましたが、「不幸になるだろう」と言った斉彬の言葉を吉之助は悟ります。その一方で虎寿丸の不審死、斉彬の重患が続き、また不審な人物が背後にいることを危惧するようになります。

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篤姫は将軍家定への輿入れが決まった。しかしこの家定は話を聞いている最中に、外の木に止まっている烏に手を振ったりするなど、どこか奇妙な態度を見せる人物だった。しかも斉彬は江戸城の廊下で、井伊直弼とでくわす。この井伊直弼は南紀派で、継承者として正統的な血筋である徳川慶福(家茂)を推し、一橋慶喜を推す斉彬や松平慶永とは反目し合っていた。井伊は、外様大名である斉彬が次期将軍の舅となるとは、恐ろしいのは異国の船だけではござらぬと言い、お体お大事にと言い残して去って行く。

その頃芝の薩摩藩邸では、斉彬の嫡男虎寿丸が、吉之助と相撲を取った後に倒れ、その後息を引き取った。これで斉彬は5人の子を失ったことになるが、悲しみに暮れている暇はなかった。慶喜擁立のことで松平や水戸徳川家といった同志と会うことになっていたのである。また産業の近代化を目指す集成館事業を起ち上げ、大砲作りなど軍備の近代化にも余念がなかった。

その一方で藩士たちは、虎寿丸の死はまたも由羅の仕業という噂が流れていたが、吉之助は誰かがそれを聞いていたことに気づく。また、高輪の藩邸で斉興と暮らしていたお由羅も、その噂にうんざりしていた。この件は薩摩に知らされ、藩士たちはやり場のない怒りを覚えるが、大久保正助はまだその時ではないと彼らを諫める。そんな正助は、城内の記録所で、宝島事件の記録を探すように命じられる。

これは文政7(1824)年に、薩摩藩とイギリスの間で起きた紛争で、久光がこれを見たがっていると言う。いざという時に備えてのことだが、正助は久光に虎寿丸急逝と、お由羅騒動の再現を危惧している旨を伝え、これ以上血を流さないために、立ち上がってくれと頼み込む。しかし正助は、自分の名は名乗らず、藩士一同の思いであるとしておいた。

芝の薩摩藩邸では、徳川斉昭・一橋慶喜父子と松平慶永を招いての宴が開かれていた。慶喜を除く三名の間では、慶喜を次期将軍にという暗黙の了解があった。また篤姫は御台所になるものの、家定との間の子は無理であるとされ、吉之助は「不幸になる」の言葉の意味を悟る。しかし慶喜は将軍への思いなどこれっぽちもなく、まして子が亡くなった時に祝杯を上げることにも不快の念を示し、その場を去って磯田屋へ向かってしまう。しかも宴の後斉彬は倒れ、三日間人事不省となる。吉之助は水垢離をするとともに不動明王に祈り、また厨房を覗いて、毒が盛られたのではと疑う。

斉彬は医者から止められていたにもかかわらず、再び事業の近代化のための仕事を再開していた。そこで吉之助は、斉彬の膳から魚の切り身を紙に包んで懐へ入れ、食事に箸をつけないようにと念を押す。そして磯田屋へ向かい、無事に左内と会うことができた吉之助は、その魚の切り身にヒ素が混入されていたことを知る。同席していたヒー様こと慶喜は、このようなこともある、政など数寄者のやることだと言い捨てて去って行く。その時何かの気配を感じた吉之助は襖を開け、面をかぶった男を見つける。酔っぱらっているように見せかけていたが、酒の匂いがしなかった。

吉之助は左内を人質にしようとしたその男を追うが、見失ってしまう。これは斉興の仕業ではないかと思った吉之助は高輪の屋敷へ行くが、証拠が何一つないことから、逆に斉興に出入り禁止を言い渡されてしまい、また、斉彬を憎んでいる者は大勢いるとも言われてしまう。その後藩邸に戻った吉之助は、人払いをした斉彬から大馬鹿者と折檻される。斉彬は吉之助が高輪に行ったことを知っており、自分には命に代えてもやらねばならないことがある、お前も自分と同じ大馬鹿者だからそばに置いた、お前も俺のために命を捨てられるだろうと、吉之助を戒める。

そして彦根藩邸では井伊直弼が、懐刀といえる長野主膳から、斉彬が持ち直したこと、あちこちから命を狙われていることを聞く。また慶喜が磯田屋の上客であることも長野は伝えた。その長野の背後には、磯田屋で面をかぶって左内を襲った、あの男が座っていた。

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磯田屋の件の後、如何にも吉之助らしく、証拠も何もないままいきなり高輪の斉興を訪ねてしまいます。彼にとって斉彬の敵=斉興である以上仕方ないともいえますが、ここで斉興とお由羅に借りを作ってしまった感じです。それにしてもヒ素を入れた件ですが、これはよほど身のまわりにいる人物でないと難しそうです。井伊直弼がその前に、お体お大事にと意味ありげな言葉を口にしていますが、これは後々明らかになるのでしょうか。ちなみにヒ素、あるいは遊郭での医者といえば、かの『JIN-仁-』を思い出させます。

それから記録所での、正助と久光の出会い、恐らくこれが後々意味を持つことになりそうです。正助は吉之助と違い、腹芸が使えたこと、久光といい関係を保てたことなどが、後の人生に大きく影響することになるわけで、また久光は正助を重用したものの、吉之助は嫌っていたというのが、維新後この2人を大きく隔てる一因にもなります。ところでこの宝島事件、現在の十島村で起こったものですが、イギリス兵が牛を盗んで行ったということは、その当時の食糧はまだそこまで缶詰が普及しておらず、動物をそのまま積み込んでいたということでしょう。

しかし、長野主膳役は誰だろうと思っていたのですが、「ピルイーター」でしたか(笑)。『相棒』では特命を監視、こちらでは島津&水戸&越前を監視というわけですね。

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[ 2018/03/20 00:30 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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