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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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『炎立つ』第一部 北の埋み火 第一回「黄金の王国」

『炎立つ』第一回です。『平清盛』が終わってからにしようと思いましたが、今月末くらいになりそうなので、まずこちらを投稿することにしました。亘理権大夫である藤原経清が、有力豪族の安倍一族の婚礼に招かれ、その栄華を目の当たりにします。

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延暦20(801)年、征夷大将軍坂上田村麻呂は東国平定を行い、胆沢の豪族の長、阿弖流為(アテルイ)と和睦した。その後阿弖流為と従者の母礼は都へ行ったが、彼らを待ち受けていたのは斬首の刑だった。

時が流れて永承4(1049)年、奥州の一部である奥六郡は、朝廷の影響を受けず、安倍氏が独自に支配を行っていた。その当時は末法が始まるまで数年の時期で、あちこちで納経が盛んになっていた。そんな折、奥州の亘理権大夫、藤原頼遠の嫡男経清は、父と離縁した母の安乎根から文を受け取る。それには、アザラシの皮を調達したいとあった。

病床の父頼遠は、陸奥に行くのを嫌がり別れた妻が、今更無心をするのにいい顔をしなかった。また修験者しか入れぬ山へ、経を埋めて来てくれと頼まれる。経清は、今は頼遠の継室で、何かにつけて嫌味な口を利く多磨、そして異母妹と暮らしていた。その2日後、経清と陸奥守藤原登任(なりとう)は、安倍頼義の二男、貞任の婚儀へと向かっていた。

雪の多い時期で、経清はまず陸奥守の城である多賀城で一泊し、寒いと不平たらたらの登任をなだめつつ、更に翌日船で日高見川(北上川)を上った後に衣川に到着した。その時登任は蝦夷の刀を経清に見せ、雅のかけらもないとけなすが、経清は逆に、このような大きな刀を振り回す彼らに畏怖の念を抱いた。

衣川では彼らのために宿舎があてがわれ、女たちが登任の接待をした。客人には当時珍しい茶が振舞われ、宋の物と思しき陶磁器や砂金など、贅を極めた品々が並べられていた。貞任の弟、宗任が客人の応対をし、これらはすべて陸奥守への引き出物であることを告げた。小心ながら欲深い登任は、それらの品物に目がくらんだ。経清は、船に経を忘れたのを思い出して取りに戻った。そこへやはり婚儀の参列者で、頼良の娘菜香を妻に迎えていた平永衡(ながひら)がやって来る。

2人は船内に入り、永衡は貞任の新しい館が、要塞のような造りになっていること、これで衣川の防御が増したことを伝える。そして夜中過ぎ、経清は経を携え、従者である瀬田剛介、小田忠平を伴って馬を走らせた。経を埋めた後、彼らは巨大な金鉱を発見する。金鉱では雪の中、人々が作業に追われていた。その3人に矢が飛ぶ。そこへ現れた男乙那は、この場を見た限り生きては返さぬと言い、3人は囚われの身となる。

そこへ毛皮をまとった娘が現れ、番をしていた男に用を言いつけてその場から話す。彼女は牢に歩み寄り、経清に、自由にするから都へ連れて行くようにとの約束をさせる。解放された3人は安倍の館へと戻り、経清は貞任の婚儀に出席する。その場には、花嫁の父である金為行もいた。まず豪勢な衣装をまとった花婿の貞任と、男たちが現れた。また、頼良が息子を引き合わせ、金杯を登任に献上した。危うく金杯を落としそうになり、下卑た笑い方をする登任。

しかしそつのない対応をする頼良に引き換え、武芸では奥州一と謳われる貞任には、まるで愛想というものがなかった。頼良は、都の礼儀を知らぬ武骨物ゆえとその場を取りなす。次いで花嫁の流麗と女たちが現れる。その中の一人、結有に経清は見覚えがあった。自分たちを牢から解放してくれた、あの娘だったのである。この結有のみが側室である沙羅の娘で、菜香の母親違いの姉であった。

永衡は経清に、あの娘は美しいがとんだお転婆者だと警告する。そして宴もたけなわとなり、貞任は妻をそっちのけで、経清の前に座り、杯に酒をなみなみと注いで強引に勧め、更に安倍の者しか見てはならぬ物を見たなと話しかける。それを軽くいなす経清に、只者ではないことを悟る貞任。この婚儀の宴は三日三晩続いた。高価そうな陶磁器を見て、登任は密貿易をしているのではあるまいかと疑うが、永衡は、博多で買い付けた物でしょうとその場をとりなす。その後経清と登任たちは衣川を後にする。

その頃、頼義の側室沙羅の父、吉次の館ではある話し合いが持たれていた。頼良が己の財宝を見せたがゆえに、登任は欲を出すのではないかと吉次は懸念する。しかもアラハバキの神の巫女である沙羅は、占いの結果では戦が起きるとも口にする。戦はないと頼良は考えるが、吉次は、沙羅の占いを疑ってはならぬと言い、また、己の器量を知らぬ者ほど、それをわきまえぬ者だと訓し、経清を大事にせよと話す。

一方経清や登任たちは再び船に乗り込んでいた。安倍の財宝を目に焼き付けた登任は、今度は絞れるだけ絞り取ると公言する。しかしこの帰りの船に、とんでもない人物が乗り込んでいた。それは結有であった。結有は、自分を都へ連れて行かないと戦になると明言する。

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まずこの大河は、『風と雲と虹と』(1976年放送)に続いて、歴代大河の中でも2番目に古い時代を扱っています。しかも蝦夷(えみし)、坂上田村麻呂の平定後は俘囚(ふしゅう)と呼ばれた東国の人たちを描いているため、衣装も大陸風ですし、雪深い土地でもあるわけで、通常の大河とは異なった趣があります。ロケシーンが非常に多く、雪も本物であるため、かなりリアリティがあります。(結構寒かっただろうなと思いますが)また里見浩太朗さんが阿弖流為と頼良、塩見三省さんが母礼と安倍良照の二役を演じています。

藤原経清は藤原秀郷(田原藤太)の流れを汲む家柄であり、父頼遠は陸奥国に、経清を伴って下向しています。その際に東国へ行くのを渋った母は離縁し、他の貴族と結婚しますが、その母が無心の手紙を送ったことに、頼遠はもちろんいい顔をしません。一方経清は、国司の藤原登任と共に、安倍一族の館がある衣川へ向かいます。2日掛けての旅の後、通された屋敷の品々の豪華さに登任は目を丸くします。元々金目の物に目がなく、賄賂なども好きそうな人物なのですが、新郎の貞任の弟宗任に、すべて引き出物としてお送りするといわれ、登任は手放しで喜びます。

しかし安倍氏当主の頼良の娘、奈香を嫁に迎えた平永衡は、安倍氏が防御を強めていることを経清に教えます。また経清と従者たちは金鉱を目にしてしまい、囚われの身となりますが、それを救ったのが結有でした。経清はこれで借りを作ったことになり、交換条件として都へ連れて行くことを約束させます。この結有が結構じゃじゃ馬でうるさくて、それゆえに経清は惹かれてしまうわけです。若干『真田丸』のきりに似たところもあります。

金杯までもらった登任は上機嫌ですが、同時に安倍一族から金をむしり取ることを目論みます。一方この富をよそ者に見せてしまったことで、沙羅の父である吉次は今後のことを憂えます。さらに沙羅の占いでは、戦が起こるという結果が出ています。この当時は結構占いの結果も物を言う時代であるため、沙羅の意見も無視できませんでした。しかし吉次が経清を大事にしろと言う辺り、恐らく彼の技量を見込んでいたのでしょう。

ところでこの占いというのは、『風林火山』の諏訪大社の占いを思わせるものもあります。この場合は、諏訪家は元々神官の家柄であり、大祝(おおほうり)も出しているということもありますが、この時も東から災いが来るという結果が的中し、武田が諏訪を攻めるに至ります。

結局この時の出会いが元で、経清は当初は源義家に臣従し、朝廷側について安倍軍と戦うものの、後に安倍に投降し、朝廷軍を相手に回すことになります。所謂前九年の役ですが、経清が後の奥州藤原氏のいしずえを築くことになり、その実現は結有との息子の清衡に託されます。それにしても経清の母の文にあるアザラシの皮、当時はかなり珍重されたようです。

尚この中で、経清の従者小田忠平を演じているのは、あの稲垣吾郎さんです。ちょっと意外でしたが、なかなか様になっています。

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[ 2018/01/18 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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