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ベイカー寮221B/Baker House 221B

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風林火山第38回「村上討伐」

村上攻めに踏み切る晴信に勘助は、義信と今川の姫の婚儀の後にと勧めます。一方村上は、味方がことごとく武田に寝返って打つ手がなくなり、越後へ逃亡します。しかし援軍を得るものの、武田に追い詰められ、ついに景虎の出陣となります。

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晴信の母大井夫人が亡くなった。その葬儀後にすぐ軍議が開かれ、村上攻めについて話し合われた。晴信は村上義清に和睦の文を送ったが、村上はそれを無視した。もはや討伐しかないと晴信は考えるが、飯富虎昌は、義信と今川の姫の婚儀の後にするべきと主張する。北条との盟約を画策していることを飯富は知っており、今川家が異を唱えてはいけないという考えだった。しかし勘助は、婚儀の後に村上攻めを行うように進言する。武田の背後に今川ありと知らしめることで、どちらに付くべきかを考えている地侍を、取り込む好機だからである。

無論晴信は、飯富の懸念も理解していた。また義信の傅役でもある飯富は、勘助に、もう今川との対立は無いであろうなと念を押す。晴信のその年の出兵は、安曇の小岩嶽城のみとなった。しかし力攻めを望む馬場信春はこれに不満であった。馬場は、調略で相手を下らせるのみでは、知行は増えず、家臣の士気にもかかわると考えており、さらに譜代の家臣が領地をもらわず、真田のような新参者の所領が増えるのも気に入らなかった。血を流さずして勝つのはいいと諸角虎定は答えるが、馬場は、諸角殿のように安穏と生きながら得て、それが忠義と思うことこそがよくないと言い返す。

天文21(1552)年8月、この小岩嶽城が陥落した。これで村上は劣勢となった。その後近習であった飯富昌景、春日虎綱がそれぞれ武将となり、11月27日には義信と、今川家の綾姫との婚儀が行われた。勘助は途中で一人屋敷に戻り、その後太吉や伝兵衛、太吉の子の茂吉が帰って来て、振舞酒は潰れるまで飲むものと勘助に酒を勧める。そこへリツが現れ、酌を買って出た。リツは勘助の留守の間にも、しばしば顔を見せていた。不思議がる勘助に、リツは、勘助を慕っていることを告げる。それは、父の原虎胤も認めていた。

一方越後では、関東管領上杉憲政が府中の館で遊び惚けていた。しかし景虎がそこへやって来る。憲政はいずまいを正し、関東出兵の時期を尋ねるが、景虎はまず上洛をする予定でいた。まず従五位下、弾正少弻の官位と官職を賜ったことへの礼を将軍に述べ、また、武田と北条を討つための勅命を拝する予定でいた。直江実綱は、それまでは存分にお遊び、いやお寛ぎをと言ってその場を去る。そして天文22(1553)年3月、いよいよ村上攻めが本格化する。この時春日は勘助に、村上を逃す方が上策ではないかと問う。

勘助も同意見であった。もはや敵は村上ではなく、その村上が逃げ込むであろう越後の長尾だった。味方が次々と武田に寝返り、追い詰められた村上は城を脱出することにした。子の国清に、自分の妻の玉の井につきそうよう命じるが、国清は母から、自分を守るためには父上を守れと言い聞かせていた。また勘助は、仮に越後が村上に援軍を出すとしても、景虎が大義を重んじる以上、信濃を奪うことはないと考えており、晴信にもそれを話した。そして天文22年の4月9日、村上義清一行は越後へ逃亡する。

この時春日の陣は、村上が逃げるのを見て見ぬふりをしていた、しかし馬場信春は、村上たちが来るものと思い、対岸で待ち伏せしていた。しかしそこへ来たのは、玉の井と侍女たちであり、その侍女の中には身重のヒサもいた。馬場の目の前で彼女たちは自刃するが、ヒサは平蔵の「死ぬ時は共に」という言葉を思い出してためらう。そこへ馬場がやって来て、矢崎の娘かと問いかけ、また腹の子は平蔵の子かと問う。馬場はそのまま去るように命じ、ヒサはあの教来石がこの男であることを知って、顔に唾を吐きかけて逃げて行った。

ヒサは放心状態で葛尾城に戻り、平蔵に玉の井の死を話す。そのヒサに平蔵は、越後が味方についた、今度こそ武田に勝てると励ます。確かに景虎は、柿崎景家と大熊朝秀の援軍をよこし、一時的に村上の勢いは盛り返した。しかしその年の8月に、武田は再び村上を攻め、一度は村上が奪い返した城を、再度自分たちの物にして、村上のいる塩田城へと出陣した。村上軍は敗色濃厚であり、いよいよ越後の毘沙門天が信濃にやって来ると勘助は言う。第一次川中島の戦いが、ついに始まろうとしていた。

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義信と今川家の綾姫の婚儀に満足げながら、武田と今川の対立を案じる飯富虎昌。その一方で、弟の源四郎(昌景)が一人前の武将となるシーンでは、兄の顔も見せます。その昌景と共に武将に取り立てられた春日源五郎(虎綱)は、勘助と同意見で、逃亡する村上義清を敢えて追わなかったのですが、馬場信春は相手を討つ気満々だったようです。

また景虎は関東管領上杉憲政を訪れ、官位官職の礼と、勅命のために上洛したいと言います。無論こうすることで、武田を攻める大義名分を作ることができるためです。しかし管領様も、上野に家臣を残し、息子を殺されているというのに、あの酒宴はどうかと思いますが…ちょっと『国盗り物語』の土岐頼芸を思い出します。大内の殿様も確かそうだったような。

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[ 2017/12/18 00:45 ] 大河ドラマ 風林火山 | TB(-) | CM(0)
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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