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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  2023年10月

『どうする家康』第41回「逆襲の三成」あらすじと感想-2

第41回後半部分です。ところで先日クランクアップについてご紹介しましたが、最終回に小栗旬さんがサプライズ出演のようですね。


兼続からの返書には、上杉の言い分が綿々と書き綴られており、家康に取っては愉快なものではなかった。阿茶局も、殿への罵り嘲りに他ならない、明らかに戦をけしかけておると口にし、正信もまた、上杉は自分が挙兵すれば後に続く者が出ると踏んでおる、乱世を生きて来た武士の骨の髄まで染み込んだ、サガ(性)とした言いようがござらんと言う。成敗するほかない、威信を見せないと国はまとまらないと阿茶局。

しかし相手は上杉であり、半端な軍勢で下手を打てば、天下を揺るがす大戦になりかねず、またそれをするなら、家康自身が出陣しなければならなかった。大軍勢で取り囲み、速やかに降伏させる、戦を避けるにはそれしかないというのが家康の考えだった。願わくば戦場で戦いたいくらいだという男勝りの阿茶局は、家康の留守を預かることを買って出る。後は上方を誰に託すかであった。

6月15日。家康は会津への出陣を茶々に伝える。茶々は承諾し、秀頼は書状を家康に渡す。家康の求め通り、黄金2万両と兵糧2万石が授けられる。頼りにしておるぞと秀頼。そして6月17日の伏見城。諸国の大名が集結していたが、その中には家康とお万の子、結城秀康もいた。そして一同からやや離れた所に、病のため白頭巾を着けた大谷吉継が座っていた。吉継は参陣の折に佐和山に立ち寄り、三成の三男を自軍に加えたいと言う。

家康は吉継に、この戦が終わったら治部には政務に戻ってほしいと思うと伝え、吉継は治部は日ノ本に取って不可欠な男、そのように伝えますると立ち上がる。その時周囲がざわめく。家康の家臣たちが姿を現したのである。本多忠勝、榊原康政、井伊直政と入室し、続いて鳥居元忠がやって来る。最後に渡辺守綱がやって来るが、諸国の大名たちは皆その名を知らず、守綱は自ら渡辺守綱様じゃと叫びつつ入室した。

また彼らと戦場に出ることができ、家康は感慨深げだった。この時をずっと待っておったと忠勝、我らの殿が天下を取る日が来たと康政、最後の大暴れと行きましょうと直政。その直政は、彦殿と守綱殿はまだ動けますかなと冗談交じりで尋ねる。元忠は当たり前じゃと答え、暴れたくてうずうずしとったわと守綱は言う。直政は言う、我ら徳川勢が集まった時の強さを見せてやりましょうと。

家康は元忠を別室に呼び、酒をふるまう。千代とはうまくやっとるのかと家康。怖いじゃろと訊かれ、所詮はおなご、言うことを聞かんかったら、ひっぱたきゃおとなしくなると元忠は答えるが、お前がひっぱたかれとるんではないのかと家康。そして家康は、伏見を元忠に任せるたいと言う。上方を留守にすれば、兵を挙げる者がおるかも知れんと言われ、元忠は三成のことであると気づく。

無謀でござろうと元忠は。しかし家康は治部は損得では動かず、己の信念で動いており、負けるとわかっていても立つかも知れんと言う。信念は人の心を動かす、わしを恨む者たちが加わらんとも限らぬ、その際に要となるのが伏見で、一番信用のおける者を置いておきたかったと家康は元忠に伝え、さらに必ず守り通せ、苦ることは売るされぬと命じる。元忠は家康の命令を受け入れ、兵は3000人もいれば十分であると言う。

少なすぎると言う家康に、1人でも多く連れて行きなされと元忠は言い、伏見城は秀吉がこさえた堅牢な城、そうたやすく落ちませぬと笑い、挙兵してえやつはすればいい、殿を困らせる奴はこのわしがみんなねじ伏せてやるとも言う。元忠はさらに言う。自分は平八郎や直政のように腕が立つわけでも、小平太や正信のように知恵が働くわけでもないが、殿への忠義の心は誰にも負けん、殿のためならいつでも命は投げ捨てる、上方は徳川一の忠臣、鳥居元忠がお守りすると。

元忠は話しているうちに、涙をこらえきれなくなっていた。家康に仕えて50年、あの泣き虫の殿がよくここまでとすすり泣く元忠にやめよと家康。めそめそするとまた千代にひっぱたかれると元忠は言い、やっぱりひっぱたかれとるんではないかと家康は笑う。最後に元忠は言う。
「宿願を遂げる時でございますぞ。戦無き世を成し遂げてくださいませ」

三成は、家康に対して違う星を見ていたようだと言ったことを思い出していた。そこへ左近が入って来て、殿と声をかけ、三成は意を決したかのように、別室に行って甲冑に目を遣る。6月18日に伏見を発った発った会津遠征軍は7月2日に江戸城に入り、徳川秀忠や平岩親吉らと合流、21日には会津への進軍を開始する。しかしその間に、恐るべきことが進行していた。佐和山城を訪れた吉継は、三成の三男の支度を待っていた。ところがそこに現れたのは三成自身だったのである。

やめておけと吉継は止めるが、今しかないと三成。内府殿はお主を買っておる、一緒にやりたいと申されたという吉継の言葉に三成は、家康を当代一の優れた対象だと思うておるが、信じてはおらぬと断言する。秀吉の置目を次々と破り、北政所を追い出して西の丸を乗っ取り、抗う者はとことん潰して政を思いのままにしておる。天下を鎮めるためであろうと吉継は言うが、しかし三成は天下簒奪のためと主張する。

野放しにすればいずれ豊臣家は滅ばされるに相違ない、それでいいのかと問う三成。家康を取り除けば秀吉の遺言に沿った政を成せる、今度こそわが志を成してみせると三成は引かず、正しき道に戻そうと吉継を誘う。しかしこの2人の手勢では心もとなく、奉行衆と大老たちを味方につける必要があった。そして左近は刀を抜き、床板の隙間に差し込んで板を外す。驚いたことに、床下には夥しい黄金の入った箱が並べられていた。豊臣家からの資金だった。

三成は吉継が飲み残していた白湯を飲み干し、うつして治る病なら私にうつせと言う。驚く吉継。そして7月17日、大坂城に三成とその味方の軍勢が入り込む。女房衆を急いで逃がすように命じる阿茶局だが、彼女と家康の家臣たちは毛利の軍勢に取り囲まれる。それを聞いた元忠は、千代から他の大名家の軍勢が押し寄せていることを知らされ、戦支度を始める。

やがて甲冑姿で大阪入りした三成は、茶々と秀頼に、無用の戦を起こし、天下を簒奪せんがための不行状の数々許し難しと家康を非難し、また他の奉行たちもそれに賛同した。総大将は毛利輝元が務めることになった。茶々は一同に酒を与え、自らも飲み干して笑顔を見せ、盃をたたき割る。

一方で下野小山の徳川本陣では、三成も毛利輝元も挙兵したことを知らされる。となると宇喜多秀家も、それどころか多くの大名を既に引き入れているであろうと正信は言う。家康は逆臣に仕立てられたのである。忠勝は、三成は上杉と謀っていたのではないかと言うが、直政はこの間までこのような動きは認められず、一月足らずのうちに何かが起きたと言う。

親吉は阿茶局と元忠のことを懸念する。するとその時、秀康が手紙を持って現れる。大坂の茶々からで、治部が勝手なことをして怖くてたまらない、何とかしてほしいとその文には綴られていた。家康はそれを見て、このような事態になったことに声を上げて笑い、正信はとんでもない大戦になっちまいそうですなと言う。実際の茶々は困るどころか、三成たちに軍議の場を提供していた。そして三成は、第一目標を伏見に定める。関ケ原の戦いまであと53日だった。


上杉からの返書に納得できない家康は、大軍勢で上杉を取り囲もうとします。かつて秀吉がやった小田原攻め、あれに似たやり方とも言えます。但し上方を留守にする以上、誰かに上方を託す必要がありました。この件で茶々からは了承を得、黄金と兵糧を授かります。

そして諸大名のみならず、かつての徳川家臣団も伏見城に姿を見せます。皆から名を知られていない守綱さん、相変わらずいい声ですね。そして家康はその中でも古参の鳥居元忠を、伏見城に残すことを決めます。しかし正信の「性」が字幕で「サガ」となっているのは、北欧文学のようですね。その元忠、彦と久々に酒を酌み交わし、元忠は宿願を遂げる時であると言います。

またかつて武田の歩き巫女であった千代を継室に迎えた元忠は、既にかなりの年齢となっており、若い頃から仕えて来た弱弱しかった家康が、今のようになっているのを喜びます。また家康のためなら命も惜しくないと思っており、三河武士的であると同時に、秀吉がのどから手が出るほど欲しがっていた、典型的な「忠臣」の姿でした。

一方三成ですが、三男を会津にやるのではなく自分が挙兵し、吉継を誘います。
己の理想のためには、損得を考えないというのが家康の三成観でしたが、この三成の家康観である
「抗う者はとことん潰して政を思いのままにしておる」
は、かつて秀吉がやったことにダブります。

ともあれ三成は吉継を盟友と思ってはいたようで、病を患って彼が飲みかけていた白湯を飲むことで、それを証明したとも取れます。この三成の行動に関しては、かつて秀吉の茶会で回し飲みをした時、吉継が病のため口をつけるふりをしたところ茶に膿が落ち、皆それを飲むのを拒んだものの、三成はそれを飲み干したという言い伝えに近いものがあります。

そして茶々。あの儀式はよく別盃などと言われるもので、厄除けの意味合いがあるようです。しかし困っているどころか、三成たちに軍事拠点を提供しているうえに、軍資金まであげているようです。後の大坂の陣を思わせるものがあります。当初は上杉に嵌められたかと思っていた徳川勢ですが、井伊直政によるとここ一月ほどで事態が急転しているようです。ちなみに直江状は4月のことであり、6月以降に起きた何かが家康を追い込んでいることになります。


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[ 2023/10/31 00:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

ワールドカップ3位決定戦(唯一の北半球勢のプライド)

ワールドカップ関連です。
3位決定戦、イングランドとアルゼンチンの試合です。

まずイングランドが相手反則利用で、前半2分にファレル選手のペナルティーゴール(PG)。これで0-3。さらにイングランドはマイボールラインアウトから攻め込み、7分にベン・アール選手のトライで0-8。コンバージョンも決まってイングランドが10点リード。

アルゼンチンもキックを使ってしのごうとするものの、反則で再びイングランドのPG、これで0-13。何とかトライがほしいアルゼンチンは、相手反則でのラインアウトからいい形で攻め込むも、ボールが逸れてトライを取れません。

しかし今度はイングランドに反則で、再度攻め込もうとするアルゼンチンですが、反則の連続でなかなか思うような展開ができません。攻めあぐねるアルゼンチンは、23分にイングランドの反則でやっとPGを狙います。これで3-8。とはいえなおも力で押してくるイングランドに、アルゼンチンはいい形を作れません。

その後28分、アルゼンチンにオフサイドの反則でイングランドにまたもPG。これで3-16。点差が開いて行きます。その後もなかなか相手陣に入れなかったアルゼンチンですが、前半34分、やっとイングランド陣に入って何とかボールをつなぎ、ボールをさばいていたスクラムハーフのクベリ選手が35分にトライ。10-16。

しかしその後アルゼンチンのにまた反則で、イングランドは相手陣へ。セットプレイから攻め込むイングランドですが、ボールを受けたアルゼンチン、タッチに蹴りだしてハーフタイム。

後半。アルゼンチンのイングランド陣への攻撃、一旦はしのぐイングランドですが、アルゼンチンは粘り強く攻め、カレーラス選手が相手を振り切り、後半1分に2本目のトライ。コンバージョンも決まって17-16と逆転。しかし「取られたら取り返す」イングランドも3分にテオ・ダン選手のトライ。17-23でアルゼンチンを突き放しにかかります。

アルゼンチンはタックルは前半に比べて改善されたものの、互いにちょっと攻めあぐねるような展開です。そして8分にイングランドの反則でアルゼンチンのPG。20-23と3点差。10分、アルゼンチンはマイボールラインアウトから展開するも、イングランドに阻まれます。双方得点チャンスがなかなかない中、今度はイングランドの突進。

イングランドは一度は自陣に下げられながらも、じわじわ得点チャンスを伺います。そして23分、アルゼンチンにペナルティでイングランドにPG。26-20。その後アルゼンチンもイングランド陣に攻め込み、29分、イングランドに反則でPG。26-23。最後の10分間は、3点差に迫って攻め続けるアルゼンチンと守るイングランドの展開。

アルゼンチンはまたもPGの機会を得るものの、これは外れて3点差のまま。守り切りたいイングランドです。終盤、イングランドボールのスクラム。アルゼンチンはボールを奪って攻め込みたいものの、しかしここでも反則と、なかなか3点差を埋めることができません。結局イングランドが耐えに耐えて3位をもぎ取り、ベン・ヤングス選手の引退に花を添えました。

ラグビーワールドカップ3位決定戦
イングランドとアルゼンチンのスクラム(試合録画映像より)


一言で言ってしまえば、イングランドは負けるわけに行かなかっただろうとは思います。前回準優勝のプライド、ベスト4で唯一北半球のプライド、母国のプライドなどなどあったでしょう。後半アルゼンチンに攻め立てられながらも、前半の得点が後になって効いて来たこと、そしてアルゼンチンのミスに助けられた印象はありました。

一方アルゼンチン。試合の入りはよくなかったと思います。イングランドに阻まれて、得点もかなり後の方だったし、後半プレイが改善されて一気に攻め立てたものの、イングランドと同格と言うよりはまだチャレンジャーの位置であり、そういう点がそこそこは行くものの、まだ優勝候補と目されない一因でもあるでしょう。

ところで、NHKの実況が割とアルゼンチン目線だったと思います。こういう場合チャレンジャーの立場に立たざるを得ないのでしょうが、イングランドの選手交代に後の方で触れたり、ことあるごとにアルゼンチンの選手の話ばかりと言うのも、正直言って何だかなあと多少思ったものです。今度JSPORTSのと観比べる予定です。

NHKの実況に関して言えば、ルールブック的な説明がある中で、どこか遊んでみようとする部分もあるのですが、その辺りにちょっともやっとしたものを感じます。遊ぶならJSPORTSくらい遊んでくれるといいのですけどね。

それとこれはこの間も書きましたが、実況でアルゼンチンの応援が増えたと言っていた件、今までの予選敗退チームのファンとか、地元の人が青白ジャージーを着て応援していたようにも見えます。どちらかと言えば、ランキングが下とかちょっと劣勢のチームの方が、こういう応援が増える可能性が高いように思えます。

しかしこの試合も、互いのプライドがぶつかり合ったとは思いますが、この後の決勝は、最早互いの意地と使命感がぶつかり合ったと言えそうです。これについてはまた改めて。

飲み物-パブのアンバーエール2
[ 2023/10/30 23:00 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第41回「逆襲の三成」あらすじと感想-1

第41回前半部分です。それから『どうする家康』、先週クランクアップしています。

大河ドラマ『どうする家康』クランクアップのご報告
(『どうする家康』公式サイト)

秀吉亡き後、遺言により石田三成をはじめとする五奉行、そして家康を含む五大老の合議が始まる。しかし三成は茶々から家康は平気で嘘をつくと吹き込まれ、さらに朝鮮から戻って来た大名たちの糾弾を受けて、結局所領佐和山に隠居することになる。そして慶長4(1599)年、家康は大坂城西の丸に入り、内府として政を仕切るが、家康をよく思わない者たちによる企みが発覚する。

その企みとは、浅野長政、土方雄久、大野治長(修理)による、重用の節句の折の家康暗殺計画だった。その際彼らがやり取りした書状も、奉行たちは入手していた。1人で罪を被ろうとする大野修理に、家康はわしの何が気に入らぬと問い、修理は三成への仕置きに納得が行かないと答える。そして土方雄久は企ては過ちと詫び、浅野長政も家康の働きに感謝していると弁明する。

家康の側に控えていた本多正信は、彼ら3人だけでこの企ては難しいと判断し、誰の指図なのかと問いただす。張本人は前田利長だった。徳善院玄以に促され、家康は処分を下す。浅野長政は奉行を辞したうえで武蔵府中に蟄居、大野修理と土方雄久は流罪となるが、修理は何か納得が行きかねるようだった。その修理に家康は、死罪を免じたのは我が温情と心得よと言い聞かせる。

正信の隣に控えていた西笑承兌はまことに寛大なご処置、結構なことでございますと言ったうえで、前田様については追ってまたと述べる。その後家康は正信と2人きりになり、正信は他の大老たちも油断がならぬ、厳しく取り締まるしかないでしょうなと言いつつ、家康の肩を揉む。狸はつらいのうと洩らす家康に、気張れや狸ぽんぽこぽーんと、正信はいつもの調子だった。

慶長5(1600)年。佐和山城に隠居していた三成を、大谷吉継(刑部)は訪れる。吉継は手に干し柿を持っていた。そして家康暗殺計画のこと、3人の処分について打ち明ける。さらに前田利長は母を人質として江戸に出すであろうこと、家康が北政所に変わって大坂城西の丸に入り、思うままに天下の政務を執っていることをも話す。

吉継はさらに続ける。その一方で家康は慕う者はとことんかわいがり、豊臣家中を掌握していると。実際家康は黒田長政に馬を与え、福島正則には孔子家書を与える。それを見た長政はよい品でないかと言い、正則は(馬と)取り替えてやってもよいぞと言ってちょっとした騒ぎになり、家康が止めに入る。それを聞きながら茶々はつぶやく。
「この正月は…西の丸が随分にぎやかなようだのう」

家康が今となっては何もかも思いのままで、世間では天下殿と呼んでおるそうだと吉継は三成に伝える。お主は面白くないかも知れんがとの吉継の言葉に、私はしくじった身、とやかくは言えないと三成。内府殿のお蔭で、天下が静謐を取り戻すなら結構なこと思っているようだった。いずれほとりが冷めれば、お主もまたと言いかける吉継に、自分は今の暮らしが性に合っておると言い、逆に吉継に、病の具合がよくなっているのなら、浅野に替わって奉行になってはどうかと勧める。

しかし吉継は病のせいで誰も寄り付くまい、私はここまで、隠居したら茶でも飲みに来ると笑いながら言う。その吉継は大坂に戻り、家康に、三成はわだかまりを捨てたようで、穏やかに暮らしていると話す。まことによかったと家康。しかし三成は、嶋左近に命じて「狸」の本性を探らせようとする。

その年の春。茶屋四郎次郎が家康に呼ばれ、阿茶局を照会される。阿茶局は、伊賀越えをはじめ殿を何度も救われた茶屋四郎次郎殿に、お目にかかりたかったと言うが、この四郎次郎は二代目の清忠であった。父より大分色男でございます、お見知りおきをと言う清忠。そして阿茶局は、遠き異国から流れ着いた海賊を見たいと家康にねだり、清忠が通訳を務めることになる。

しかし清忠が知っているのはポルトガル語であり、その男は「エングランド」の国の者であるため、務まるかどうかと清忠は躊躇する。似たようなもんじゃろうと正信。やがて縄を打たれたその男が連れて来られ、家康は名を問う。清忠はポルトガル語で尋ねると、その男もポルトガル語で、ウィリアム・アダムスであると答える。家康はアダムスの前に地図を広げ、国はどこでどうやって来たと、好奇心をむき出しにして尋ねる。

このアダムスはオランダ船リーフデ号に乗り込み、2年の歳月をかけて豊後臼杵に到着していた。当初110名いた船員は24名にまで減っており、また清忠によれば、イングランドは当時エスパニア、ポルトガルと交戦状態にあり、バテレン共の言うことに耳を傾けてはならぬと言っているらしい。さらに清忠はアダムスの肩を抱き、商いをするだめだけにやって来たこと、それぞれにない物を売り買いし、互いに豊かになると言ったうえでこうも話す。

明、朝鮮と戦をして何になりましょう、これからは多くの異国との商いをもって、国と民とを富ませるのでございますと。正信は、途中からお主ばかり話しておるではないかと呆れるものの、家康はその通りである、日ノ本の中のもめ事をさっさと片付けんと、どんどん置いて行かれると言う。そして家康は、もっとアダムスの話を聞こうとする。

その頃。大老である上杉景勝が支配する会津では、神指原に新たに築城する案が持ち上がっていた。その上杉に不穏の動きがあるという書状が、越後の堀秀治らから届いていると、井伊直政はその書状を家康に渡す。元々景勝は、家康が政務を執るのを嫌っており、また書状には橋や道、河川をせっせと整え、神指に新たな城を築いていること、牢人を集めていること、武具を集めていることなどが記されていた。

武家のならいと言われればそれまででござるがと正信。しかし越後を取り戻そうとしていると恐れる者もいた。戦いの支度をしているという嫌疑をかけるには十分かと本多忠勝は言う。しかし、武を持って物事を鎮めることはしたくないと家康。正信は上杉を呼びつけようとするが、相手は大老であり、慎重を期するに越したことはなかった。

家康は茶々と秀頼にこのことを報告する。戦の支度と決まったわけではないものの、上洛の求めを拒み続けており、茶々は小田原北条攻めが思い出されると言って、あの時秀吉が大軍勢で北条を滅ぼし、天下一統を成し遂げたように、内府殿もそうなさった方がいいのではないかと茶々は促す。いずれ上洛すると、あくまでも慎重にことを構えたい家康だが、茶々はひどくそれが気になるようで、承兌が書状を送ることを提案する。

しかし景勝はその書状を見るなり当たり散らし,大体家康が天下人だと誰が決めた、家康に屈した覚えなどないわと怒りをあらわにする。家老の直江兼続も、秀吉の遺言をないがしろにし、勝手に天下を動かす狸と家康をなじり、全く信用できませぬと主君に同意する。さらに前田家をも服従させ、いつ有事となるかもわからぬ中、備えをするは当然のこととの兼続の言葉を聞き、景勝はそのように言い返してやれと命じる。


三成が失脚し、家康が大坂城の西の丸で政務を執ることになります。その後大谷吉継が訪れて、大坂での出来事を色々話して聞かせます。その中には、家康暗殺計画も含まれていました。この人は改易されて佐竹義宣の預かりとなるものの、その後の会津征伐で復権し、後に将軍秀忠の御伽衆となっています。そして首謀者の前田利家は、母芳春院を人質として家康に差し出すことになります。

一見穏やかに見える三成の暮らしですが、嶋左近に命じて家康の動向を探らせているようです。そして吉継が佐和山に行ったのも、つまるところ家康が命じたものでした。以前家康は、ほとぼりが冷めたら政務に戻ってほしいといったことを話していましたが、三成は今の暮らしが性に合っていると取り合おうとしません。ただその代わり、別の形で家康に対峙することを選ぶことになります。

ウィリアム・アダムス。後に三浦按針と名乗るこの人物は、家康の前でイングランドとエスパニアやポルトガルが戦っていることを話します。所謂英西戦争と呼ばれるもので、宗教的対立が関与した戦争でもありました。ちなみにイングランド女王であったエリザベス1世はアングリカン・チャーチ、日本でいう聖公会のいわば擁護者でしたが、それとはまた異なる系統のフランスのユグノー、オランダのカルヴィニズムの信奉者に援助をしています。あくまでも非カトリックとして、カトリックの国と戦うという名目であったのでしょうか。あとこの頃、聖公会を改革するという名目でピューリタンが生まれています。

そして直江状です。謀反の可能性がある上杉景勝に対し、まず西笑承兌が書状をしたためますが、景勝はこれに対し、怪しまれるようなことはないと、直江兼続に返書を書かせるに至ります。これに関しては、神指城は新たな城下町を作るためのものであり、また橋や道の整備は、そのためのインフラ整備であったとも考えられます。そもそも堀秀治が上杉と対立してもいましたからね。

あと、家康が福島正則に本をやろうとした件。この時の『孔子家書』ですが、黒田長政がこれをよい品と言うところ、彼の父如水(官兵衛)が万吉と呼ばれていた少年時代に、書庫に入り浸っていたのが『軍師官兵衛』で描かれていたのを思い出します。恐らくそういう父親の影響もあってのことでしょうか。なお長政に馬をやると言ったこと、取りあえず福岡市博物館のサイトに、こういう記事があるのでご紹介しておきます。

「また、徳川家康(とくがわいえやす)からは、関ヶ原の合戦の折に、秘蔵の馬を拝領しています」
https://museum.city.fukuoka.jp/archives/leaflet/249/index.html
(福岡市博物館アーカイブズ)


飲み物-スミスウィックのスタウト
[ 2023/10/30 05:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

ワールドカップ全日程終了そしてハイライト番組情報

2023年のワールドカップ、全日程が終わりました。
既にご存知かと思いますが、各試合の結果は、以下の通りとなります。

決勝
南ア 12-11 NZ

3位決定戦
イングランド 26ー23 アルゼンチン

これで
優勝 南ア
準優勝 NZ
3位 イングランド
の順位が決定しました。

しかし偶然でしょうが、南アは決勝トーナメントを、すべて1点差で勝ち上がっています。これは、ワールドカップ史に残りそうな記録です。

詳しい試合評はまた書きますが、まずは今後のハイライト番組情報です。地上波は生憎まだ情報がありません。一方JSPORTSでは通常放送とオンデマンドで、以下の番組が予定されています。

JSPORTS1

11月2日 午前0時~1時
ラグビーワールドカップ2023 フランス大会 決勝 ハイライト

11月7日 午後10時~8日午前0時
ラグビーワールドカップ2023 フランス大会 大会ハイライト

JSPORTSオンデマンド

11月2日 午前0時~1時
ラグビーワールドカップ2023 フランス大会 決勝 ハイライト

11月7日 午後10時~8日午前0時
ラグビーワールドカップ2023 フランス大会 大会ハイライト

11月23日 午後4時30分~午後5時30分
ドキュメンタリー ~The REAL~ 【ラグビーワールドカップ特集】
(JSPORTSラグビー)

それからツイッター(X)公式アカウントより関連投稿のサムネをいくつか。

FireShot Capture 506 - XユーザーのRugby World Cup FR 🇫🇷さん_ 「Les Anglais soffrent la 3e place d_ - twitter2 FireShot Capture 508 - XユーザーのRugby World Cupさん_ 「South Africa are Rugby World Cup champions!_ - twitter2 FireShot Capture 507 - XユーザーのRugby World Cupさん_ 「KINGS OF RUGBY 🇿🇦 #RWC2023 - #RWCFinal ht_ - twitter2
[ 2023/10/29 23:15 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

第40回の『どうする家康』に関するnote記事

taketak39460607さんの、『武将ジャパン』大河コラムに関するnoteから、今回もいくつかの指摘をご紹介します。例によってとてもすべてをご紹介できませんので、いくつかピックアップしておきます。すべてをご覧になりたい方は下記URLからどうぞ。またここでは、コラムからの引用文の文字色をダークブルーにしています。

あと、先日の『武将ジャパン』関連投稿、変換ミスをはじめおかしな部分を直しています。また、ピューリタン関連のサイトのリンクを貼っています。

大河コラムについて思ふ事~『どうする家康』第40回~
https://note.com/taketak39460607/n/nc09119323bde


白兎から狸へ。
今週はロゴが変わるところから始まり、石田三成が星空の下でマザーセナじみた妄想を語っています。

これに関しては当然と言うべきか、
「三成さんは家康さまの正室である瀬名さまを知らないので、無関係のものを無理矢理関連付けて叩くのは全く意味のない事だと思います」
と書かれていますね。また
「かつて三成さんは星空の下で『話し合い、皆が納得して話を進めていくそのような政がしてみたい』と新しい政のやり方を語っていました」
ともあり、その夢が形になったと書かれています。

この武者さんが何かにつけて「戦無き世」の概念を、「マザーセナ」とカルト呼ばわりするのは、いい加減止めてほしいのですが、最終回まで続けそうな気もします。

そしてニコライ・バーグマン。

このニコライ・バーグマンの花が似合いそうなオープニングは一体何事でしょうか。
『八重の桜』は月毎に変わり、見応えがありました。
あの出来と比べると、今年は本当にしょうもない。
夢や思想をゴリ押しされて辟易としてしまいます。
この駄作は徹頭徹尾、自分の話しかしない鬱陶しいおじさんでも見ている気分だ。
ここで出てくるロゴにも結局慣れることはできません。

これに関しても
  • 『ニコライ・バーグマンの花』と企業が特定できる状態で商品名を出し、誹謗中傷する目的で例に挙げるのは『私の嫌いな作品に使われそうな変なもの』と風評被害や業務妨害を助長したいのか
  • あれはただの押し花ではなくその下には一向宗の経本である『正信念仏偈』が入っており、阿弥陀様への祈りと共にひそかに石川夫妻が瀬名さま・信康さまの供養をしていたという意味の品である
  • 『どうする家康』の演出統括・加藤拓氏『八重の桜』ではチーフ演出、アートディレクターの菱川勢一氏は『八重の桜』ではタイトルバック制作、スチール撮影を担当しているが、プロである他人の仕事にケチをつけ好きな作品にも傷を付けている事にならないか
といった点が指摘されています。

それと加藤氏が演出であることは知っていましたが、ADの菱川氏も『八重の桜』のスタッフだったのですね。
これは今回のVFX担当の西垣友貴氏が、『麒麟がくる』のVFX関連スタッフであるにもかかわらず、今回に限ってはあれこれ注文つけまくりなのとそっくりです。大河やその他ドラマのスタッフは、複数の作品を担当することも多く、武者さんが好きな作品ばかり担当しているわけではないのですけどね…。

そして立膝に関して。

阿茶局にしても、なぜか一人だけ立膝。
ドヤ顔でいつも同じ調子で「私、頭がとてもキレるのw」とアピール感満載で一体なんなのでしょうか。

こちらについては、
「阿茶さんの立膝については『おんな城主直虎』の寿桂尼さまや『麒麟がくる』の武家の女性たちがしていました。
武家では有事に備えすぐに動けるようにするためもありますが、身分の高い人は立膝で座る機会が多かったのだと思います」
とあります。

私は阿茶局の場合は、次回予告を観たせいもあり、動きやすさ、いざという時に身構えできる姿勢が第一かと思ったうえで、身分のある女性の立膝に関しては、瀬名と亀姫の立膝を(申し分程度ですが)例に挙げています。
実際この立膝に関しては、『麒麟がくる』の時に賛否両論があったようですが、これに関しては

「また戦国時代の小袖は現代の着物よりも身幅が広くゆったりしたものだったそうです。
国宝『彦根屏風』では立膝で双六に興じる小袖姿の女性が描かれています。
また徳川記念財団所蔵の雲光院(阿茶局)像も立膝姿です」

と言う指摘があり、さらにその後の朱子学の普及、身分制度の確立、小笠原式礼法の広まりなども、正座が一般的になったことに関係しているとあります。

実はこの戦国時代の小袖ですが、どのくらいゆったりしているかちょっと調べてみたところ、江戸初期までの織物は、幅一尺四寸となっています。これは約45センチです。また小袖用に、少し狭めの布幅の反物もあったようで、これが約41センチから42センチであったようです。
しかし寛永3(1626)年に幕府により、絹物は幅が一尺四寸(約42センチ)、木綿一尺三寸(約40センチ)となります。多少身幅が狭まって来ています。そしてその5年後、丈も7メートルから8メートルであったのが、絹織物は三丈二尺(約9メートル)、綿織物は三丈四尺(約10メートル)となります。
ただし一般庶民の小袖は、作業着ということもあって、そうゆったりした物ではなかったとも言われているようです。あと戦国から江戸初期の小袖は男女とも対丈で、女性が身丈の長い小袖を着ておはしょりをするのは、これよりもっと後の話です。
小袖について
(中世歩兵研究所)

しかし武者さん、『麒麟』の立膝はOKなのに、『家康』の立膝はNGなのですね。

時間がないはずのドラマなのに、秀吉を貶す北政所だけは入れてきます。
これについては陰謀論で、某国勢力とNHKが結びついて秀吉を貶めるなんて言われていますが、そんなわけないでしょう。

この箇所ですが、北政所(寧々)も、「何でも欲しがる病」の秀吉を、数少ない身内として叱っていたことに加え、
「秀吉公死後、子飼いたちの折り合いが悪い事を憂い、「あの人がわやくちゃにして逝ってまったのがいかんのだわ」と寧々さまは吐露します。『わやくちゃ』とは尾張弁で『台無し、めちゃくちゃになる事』です」
とあり、さらに
「最後までやりたい放題で放り出して逝ってしまった秀吉公を思い、寧々さまが家康さまに「治部が上手くできなければ・・・力ある者にやってもらうしかない」と言ったのは、北政所としての裁量と承認により五大老筆頭である家康さまが実質の政務を執り行う権限を与えられたからだと思います」
とも指摘されています。

しかし私もこのコラム関連で書いていますが、なぜあのシーンが「秀吉を貶す北政所」となるのでしょう。
そして家康と徳川家臣団関連。

同時に、家康を持ち上げることだけは欠かさない。
徳川家臣団は諫言することもなく、武勇や知能を披露するわけでもなく、家康をひたすら褒める要員となりました。

かつて本多忠勝が大樹時で、逃げ回ろうとする主君、その当時の元康を叱ったこと、そして姉川の戦いで酒井忠次から
「義とは何か?殿は、皆はわかっておるのか?義なんて綺麗事。これは我らと織田勢を引き裂くための浅井の策略。乗ってはいけない!」
と注意されたことが挙げられています。
無論、この忠次が
「嫌われなされ。天下を取りなされ!」と進言した点についても、
「天下人は嫌われるかもしれない役どころだが貴方ならできると後押しした」と書かれています。

尤も『武将ジャパン』コラムでは、忠次はえびすくい要員だといった書かれ方をしており、この老臣の言葉が何を意味するかについても触れられていませんね。武者さんにしてみれば、この言葉も家康を持ち上げているように取れたのでしょうか。

それ以外にも

これで「若者はこういうのが好き!」って一体何の夢を見ているのですか?
キラキラした韓流華流に流れるだけですよ。
こんな出来損ないのぬれ煎餅をわざわざ食べる気がしません。

これに対しても
「『若者はこういうのが好き!』とは誰が言った言葉でしょうか、提示してください。
貴方が韓流華流に流れたいのなら勝手にどうぞ」
とあります。

若者が好きというのは、若い層がリアルタイムで観ているという記事があったからと思われますが、この大河をちゃんと観ている若い層に対して、
「こんなの面白くないでしょ、韓流華流観ようよ」
と無理やり誘っている印象もありますね。余計なお世話かと思われますが。

そして石田三成役の中村七之助さんに関してのこの部分。

七之助さんはお上手だと言いたい。
しかし、これでは彼の魅力が出ていない。
彼はもっと豊かな魅力がある。
可憐で愛くるしい姿を見せられる役者はそうそういない。
こんな愛らしくない七之助さんなんて、もう、悲しくなってきます。

当然と言うべきか
「『こんな愛らしくない七之助さんなんて、もう、悲しくなってきます。』「私の気に入らない演技や演出を見せるな!」というイチャモンですか。
自分の機嫌は自分で取ってください」
となっています。
私もこれに関して、なぜ七之助さんの別の一面が見られたと捉えないのかと書いてはいますが、武者さんはそういう考え方はしないのでしょう。

さらにその後の『ウォリアーズ』絡みの記述ではこう指摘されています。
「『潤沢な予算を使った関ヶ原本戦の描写は、BBCに勝てない』のなら勝手にBBCを見ていればいいのではないのですか。
他人が好きな物を中傷しておいて自分の好きな物をごり押ししてくるほど人の気持ちが分からない事はないと思います」
この
「他人が好きな物を中傷しておいて自分の好きな物をごり押し」
先ほどの韓流華流と似たものがありますね。

それから何度も出て来る筆の持ち方について。

市の訃報を聞き、家康の手から筆が落ち、ペンのように横に転がる場面がありました。
筆の持ち方をふまえたらありえない場面です。

「お市さまの訃報を聞いた時家康さまは手から筆を落としたのではなく、筆を投げ出しています。
投げ出した際に転がった筆が横に倒れてもおかしくないと思います」
実際一旦筆を止め、しかる後に横向きに持ち、そして投げ出すわけですからこちらの方が自然でしょう。

あと関ケ原のエキストラのデジタル化の件、これをけなしている点についてはこうあります。
「『八重の桜』エキストラのデジタル化の試みや『鎌倉殿』のVFXチームの伊藤熹朔賞受賞を叩き棒にして『どうする家康』スタッフの試行錯誤まで何が何でも叩こうとする、せっかくの受賞が台無しです」

またtaketak39460607さんも、本作の古臭いセンスと学生運動をすり合わせている点に疑問を呈しています。
そして、実はこれは私は知らなかったのですが、
「そういえば家康さまに対する三成さんの「わたくしと家康殿は、違う星を見ていたようでございます。もう、お会いすることもございますまい」と言う決別宣言に関して、ネット上では『あんなに一緒だったのに』と言うガンダムSEEDのED曲をほうふつとさせる感想が流れていました。
今作の視聴者は2000年代前半くらいが当たり世代でしょうか?
因みに第41回のサブタイトルは『逆襲の三成』。
これは『逆襲のシャア』を連想させ、もしやスタッフさんの中にガンダムファンはおりませぬか?と思ったものですが」
今現役のスタッフなら、あるいはガンダムファンは多いのではないかと思います。

そう言えば、最近ちらほらと書いている『葵 徳川三代』で、関ケ原の後、家康が大津城で捕らえられた三成に会い、三成が
「お久しゅうござる」
と声をかけるシーンがありましたね。
あと前回だったか、クレジットに梶原登城氏の名前がありましたが、『功名が辻』での演出クレジットに、この方の名前があったのを思い出しました。


飲み物ーホットワインとくるみ
[ 2023/10/29 03:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『風花帖』-27

源太郎は小宮屋敷を訪れる前に、裃から衣服を改めるため、自分の屋敷に戻る許可を得たうえで下城した。新六も護衛役として付き添っていた。新六は玄関脇の小部屋に控え、源太郎は座敷で吉乃と向かい合って、城中で何があったのかを離した。吉乃は息を呑んだ。

「では上原与市様始め、旧犬甘派の方々を裏切られるのでございますか」
源太郎は慌てて首を振り、今言ったように、これ以上城下で騒擾が起きぬよう、小宮様たちを説きに参るということで、ご家老に命を助けて貰おうなどというつもりはないと話した。あたかも自らに言い聞かせるかのようだった。

吉乃は真剣な表情になってこう尋ねた。そのように仰せでも、もし旦那様のお話を聞かれて小宮様たちが領外に出られたら、ご家老様は旦那様を咎めたりはなさらないでしょうと。源太郎はあいまいな表情でうなずき、言った。
「そうかもしれぬな」

吉乃はさらに尋ねた。そのおりにはたとえお咎めがなくとも、自ら罪を負われるのでございますか。源太郎は驚いた顔になる。武士が罪を負うというのは、切腹に他ならないからである。

源太郎は答えた。
「わたしはご家老から藩のために役立つことを望まれておるのだ。もし、罪を問われなければ、藩士としてご奉公いたすのは当たり前のことではないか」

しかし吉乃は、かつてはさようには仰せにならなかったと悲しそうに言った。源太郎は目を怒らせた。
「それでは、わたしが命惜しさにご家老に寝返ったように聞こえるではないか。そなたはわたしに腹を切れと言うのか」
源太郎は腹立たしげであり、吉乃はその言葉を悲しい気持ちで聞いてうつむいた。

源太郎はなぜ変わったのだろうか。もし自分と千代太のためであるのなら、責めることはできない。名を捨ててでも妻子のことを考えてくれた思いを、ひそかに嬉しくまたありがたいと感じるだけだった。

しかし今の源太郎には、妻子への思いにひかれて同志を裏切ったことへの苦悩はなさそうだった。ただ己の正しさ、それのみを口にしていた。

吉乃に取っては、寧ろそっちの方が辛かった。源太郎は吉乃を睨みつけていたが、ふと思い直したようにこうつぶやいた。
「印南殿は、命が惜しいと伊勢殿にはっきり口にいたしたぞ。そなたはわたしが印南殿のように恥も外聞もなく、命乞いたした方がよかったと言うのか」

吉乃は、新六が命乞いをしたと聞いて愕然とした。元々が地味で目立たない新六ではあるが、胸中には常に静まり返った覚悟を定めている、そう吉乃は思っていた。だからこそ、吉乃に対して不埒な真似をした伊勢勘十郎に、命乞いをしたというのは信じられなかったのである。

新六殿は、己の命のことだけを言われましたかと訊く吉乃に、源太郎は、自分の命も、さらに言えば伊勢殿の命も大事だと言う太と答える。吉乃は、新六の心が胸に沁みるかのようによくわかった。新六は源太郎の命を助けたいと思ったのである。そのため、自らの恥も顧みず、勘十郎に命乞いをしたに違いなかった。

だからこそ源太郎は、面目を失うことなく出雲派に寝返ることが可能だったのである。吉乃は静かに言った。それが新六殿のお覚悟と存じますと。源太郎は顔を背け、何か考え事をしていたが、やおら立ち上がると落ち着いた声でこう告げた。
「もはや行かねばならぬ」


ここのところちょっと滞っていた『風花帖』ですが、前回で新六は命乞いをしています。吉乃の夫で、一緒に城中に呼び出された菅源太郎は上士であるから説得力がある、だから家老である出雲の命を受けて、小宮たちを説得してくれるように頼んだ新六は、これを断れば源太郎のみならず、自分も腹を切ることになるが、自分は命が惜しいと言います。こうすることで新六は、源太郎に出雲の命を、しかも面目を失わせない形で受け入れさせようとしたわけです。

無論伊勢勘十郎は、その新六の気持ちを理解しようとはしません。そして源太郎は出雲の命を受け入れるものの、これを受け入れたことで、無罪とするのはやめてほしいと言います。源太郎はどうやら、旧犬甘派から抜けられたことに、いささかの安堵を覚えているようにも見え、屋敷に戻って吉乃にその話をした際、吉乃もまた、夫がかつての同志を裏切ったことに対して、気が咎めているようでもないことを悲しく思っていました。

しかし吉乃は新六がまず命乞いをし、そして源太郎の、さらには勘十郎の命までもが大事だと言ったことを聞かされ、源太郎を救おうとしている新六の気持ちが、手に取るようにわかりました。源太郎が新六の命乞いに言及したのは、別の目的があってのことと思われますが、それを聞かされたことにより、彼女もいくらか救われた思いにはなったことでしょう。そしてその新六を連れ、源太郎は出雲の命令に従って小宮屋敷へ向かうことになります。


飲み物-注がれるコーヒー

[ 2023/10/29 01:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

福岡城あれこれ その10(長政公400年忌記念御城印)

久々に「福岡城あれこれ」、今回は、御城印の長政公400年忌記念バージョンです。 しかし一の谷兜は、独特の形状であると改めて納得です。

(福岡城アカウントインスタより)

 


[ 2023/10/28 05:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

ワールドカップ準決勝-2(壮絶なる雨中戦)

ワールドカップ関連です。
イングランドと南アの試合です。

雨模様。なにか一波乱を期待したいものの、フィジカル面の強さを誇る2チームの、この天候下での試合は、互いの体力を押し出しての力比べ、我慢比べの展開とキックとなりそうです。ちなみに今回も笛を吹くベン・オキーフ氏、前の準々決勝でのミスジャッジを散々に言われた由(相手がフランスということもありますしね)。

とにかく選手に取っても、そしてレフェリーに取っても厳しいこの試合。先制したのはイングランド。2分のファレル選手のペナルティゴール(PG)が成功です。

イングランド優勢の試合運び。イングランドは南アゴール前のマイボールスクラムからトライを狙おうとします。ここで南アに反則で、イングランドは2本目のPGが成功。6-0。前半10分過ぎ、南アはイングランド陣に入り、マイボールラインアウトから展開もイングランドがボールをキープ。しかしオフサイド。南アは今度は相手陣深く攻め込むものの、イングランドのディフェンスは強固です。そして乱闘。

幸いカードは出ませんでしたが、これでイングランドにペナルティ、南アボール。しかし南アもイングランドのの激しい反撃の前に、なかなかチャンスを作れません。そしてイングランドに反則でやっと南アのPG。これで6-3。しかしその後もイングランドは猛攻で、23分にまたもPG。これで9-3。反則もあって、自分たちが思うプレイができない南ア。

一方攻め立てるイングランドですが反則があり、南アボールでリボック選手のキック、これはあまり伸びず。マイボールラインアウトから相手ゴールへと前進する南アは34分、ポラード選手のPG。9-6。しかし38分に今度は南アの反則で、イングランドにPGのチャンス。12-6。互いにトライなしでPGの応酬、そしてハーフタイム。

後半。「南阿弗利加」のロゴ入りマフラーを持っている方、日本大会で入手したものでしょうか。イングランドを抑え込もうとする南アですがペナルティ。ここでお待たせというか、デクラーク選手が入ります。なおも押せ押せのイングランド。南アはうまく行かずもどかしげ。しかし後半10分過ぎ、南アにチャンスが生まれるもののボールがデッドボールゾーンを割ってしまいます。

両チーム複数名の選手交代が行われるものの、まだ得点は前半のままです。そんな中、後半12分にイングランドのドロップゴール。15-6。南アは依然として押され気味で、自陣でのプレイが続き、なかなかチャンスを見出せません。その南アは28分相手陣に入り、マイボールラインアウトからスナイマン選手のトライ。ポラード選手のコンバージョンが追加されてこれで15-13。

さらに双方の攻防、そして終盤となった35分に南アのマイボールスクラム。そしてここでイングランドに反則となり、2点を追う南アはPGを選択します。ポラード選手が決めて、これで15-16と逆転。何とか再逆転するべく、南ア陣に入り込むイングランドの選手は、南アの選手にことごとく止められます。

イングランドもドロップゴールを狙える位置ではありますが、ここで痛恨と言うべきノックオン。この時40分。まだ笛は吹かれていないのか、あるいは観客の声で聞こえないのか、しかし試合終了。ちょっともやもやしたものを抱えていそうなイングランドの選手とは対照的に、大喜びの南アの選手が決勝行きを手にしました。

イングランドVS南ア(ワールドラグビー)

イングランドと南アのせめぎ合い(ワールドラグビー公式サイトより)


雨のせいもあり、このカードにありがちなキックの多い試合でした。ところでボールを高く蹴り上げること、ハイパントと呼ぶ一方でハイボールとも呼ばれますが、どうもハイボールというと、ウイスキーのソーダ割の印象があるので。


そしてフィジカル勝負のせいか、少々荒れ気味でもありました。試合終了もホイッスルが鳴ったかどうかわからなかったのですが、南アの選手が大喜びしていて、あ、もう終わったのかと思った次第で、イングランドの選手はちょっと面白くなさそうでしたね。この両チームは2019年大会の決勝でも顔が合っており、イングランドが準優勝で、何となく浮かない表情だったのを思い出します。


ところで南アの選手もさることながら、コーチ陣も大喜びでした。しかし”ラッシー”・エラスムス氏(向かって一番左の、恰幅のいい男性)の存在感が半端ないです。ヘッドコーチより目立っているように見えます。

一方で、南アと開催国フランスの試合の笛を吹いて、ミスジャッジがあったと『レキップ』紙に指摘されたレフェリーのオキーフ氏、どういう笛を吹いてもブーイングですねとJSPORTSの実況。選手もそうですが、レフェリーも相当メンタリティが強くないと務まらないでしょうね。ちなみに決勝はイングランドのバーンズ氏がレフェリーを務めます。

それからちょっと尾籠な話ですが、この試合に出ていたイングランドのジョー・マーラー選手、以前相手の股間を握ったとかで、10週間の試合停止処分になりましたからねと実況サイド。しかしその後、コロナ禍で試合そのものが中止となり、実質出場停止とはならなかった由。

そして2027年の大会から24チームになること、来年から太平洋地域(日本、フィジー、サモア、トンガ、アメリカとカナダ)を中心とした大会が始まることなどなど。24チームのエントリーなら、アジアにもう一枠の可能性もあるでしょうか。

それと太平洋地域の試合なら、以前あったパシフィック・リム選手権と似たようなものかと。北米強化の狙いもあるのかも知れません。この2つについては、いずれ詳しく書きます。

飲み物-おしゃれなグラスのビール
[ 2023/10/28 03:00 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第40回に関しての武将ジャパンの記事について-4

第40回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその4です。


映画『首』は「本当に求められる新しさ」も備えています。
その一例が弥助です。
弥助はアニメにもなり、映画も控えているという話もあるほど今注目を集めている人物。その弥助すら出さないあたりが『どうする家康』のどうしようもなさだ。

「本当に求められる新しさ」「弥助」などと持ってくるのであれば、その弥助がどのように描かれているのかをここで説明するべきかと思いますが、なぜか彼は「注目を集めている人物」しか書かれておらず、さらに

「その弥助すら出さないあたりが『どうする家康』のどうしようもなさだ」

何とも乱暴な言葉ですね。出してほしくて仕方なかったのでしょうが、自分の希望通りに行かなかったから不機嫌なのでしょう。
武者さんの言葉を借りれば、「幼稚」だなとは思います。
第一あの信長の描写を考えれば、特に必要な存在でもないし、恐らく出せば出したで、武者さんはまた何か言いそうですが。
ところで『麒麟がくる』には弥助いましたっけ?どうも見た記憶がありません。

三浦按針は出すようですが、どうせ使いこなせるわけはないでしょう。このドラマのチームは、カトリックとプロテスタントの区別すらろくについていない人もいそうです。

伊奈忠次と同じ「どうせ使いこなせるわけはないでしょう」
武者さんの個人的願望と思えば納得ですが、生憎大河は武者さんのためだけにあるのではありません。
そして
「カトリックとプロテスタントの区別すらろくについていない人もいそう」
なぜそういう発想になりますかね?これも武者さんの個人的願望で、そこまで愚かなスタッフであってほしいという、如何にも人を見下した発想だなと思います。ならば武者さんは、この両者の違いをちゃんと言えるのでしょうかね。特にプロテスタント諸派と一口に言っても、千差万別ではありますが。

実はこの時代、ヨーロッパではカトリックとプロテスタント諸派はすさまじく対立していました。そしてここでいうプロテスタント諸派は、アングリカンチャーチやルーテル派も含まれるものの、主に清教徒でした。ピューリタンとかユグノーと呼ばれた彼らは、その後新天地を求めてアメリカや南アフリカのような「約束の地」に渡って行くことになります。家康は彼らとカトリックの対立を、アダムスから聞かされることになるのですね。一方イエズス会の宣教師たちは、アダムスたちを処刑するように迫ったとも言われています。
清教徒に関しては下記のサイトが参考になるかも知れません。

5分でわかる「ピューリタン(清教徒)」そのルーツをわかりやすく解説

あと漂着した時点ではまだ「三浦按針」ではなく、ウィリアム・アダムスです。

本作については面白い話も聞きました。
瀬名の酷い死を中心にしようとした結果、あのわけのわからないペース配分と展開になっているとのこと。
これもどうしようもなくセンスが古い。ヒーロー奮起のためヒロインを酷い殺し方にするパターンは「冷蔵庫の女」というアメコミ由来の言葉があります。
この言葉以前にも、そういうお話の展開は日本にもありました。
近代文学以来、おなじみですね。ヒロインが死に、主人公がその死をうっとりと思い出すパターンです。
それこそ『野菊の墓』から『世界の中心で愛を叫ぶ』、『君の膵臓をたべたい』まで、定番ですよね。
大河ドラマで、そんなことやられても困るのです。まさかそれが「シン・大河」だとでも思ったのか。まさに陳腐。

誰から聞いたのでしょうね。
またセンスが古いというのも、武者さんが勝手にそう思っているだけに見えますね。
そしてまた「冷蔵庫の女」、これも前に使ったネタを引っ張り出して来ています。それとこの大河、ヒロインの死を主人公が思い出すパターンではなく、強いて言えばヒロインの遺志を受け継ぎ、成長する物語だと思うのですが。

放送前、中国語圏からのコメントでこうありました。
「いかにも日本の陳腐なドラマ臭がして期待できない」
哀しいかな、その通りとなってしまいました。
中国語圏では徳川家康の人気は高いのに、期待されていませんでしたね。

ならば、そのコメントを開示して貰えないものでしょうか。
スクショは取っていないのですか。

そしてまた茶々の中国語がおかしいのどうの。

「第38話、茶々が秀吉を中国に渡らせるべく、たわむれに中国語を話すシーンがありました。北川さんが『うぉだみんずしぃちゃちゃ〜(我が名は茶々である)』とたどたどしく話す姿はじつにあざとく、キャラを表現するのにピッタリでした。じつはこのシーンのために、制作陣はNHKラジオ『まいにち中国語』の講師をわざわざ中国語指導に立てた。気合の入りようが伝わってきます」
「制作陣の本気っぷり」とおっしゃいますが、この場面、字幕が間違っていたように見受けます。
「名字」とすべきところが「名子」になっていたのです。

ここのところ、ちょっと調べてみただけですが、名字も名子も同じような意味で使われてもいるようです。

中国語としても違和感がありました。「私の名前は茶々である」ならば「我的名“字”是茶茶(字幕では“字”が“子”)」よりも、「我叫茶茶」の方が自然でしょう。
これで講師を指導につけたと言われても、どういうことなのかと困惑するばかり。
スタッフロールには名前が出ている時代考証の意見も、制作陣はどこまでそれを反映させているのか、疑問が湧いてきます。

これももう2度目かと思います。
この場合の茶々はもちろんネイティブではなく、中国語(明国語)を日常的に使う人でもありません。漢籍の知識はある西笑和尚からこれこれこういうものだと教えられ、得意になって使っているわけで、どうしても日本人が考えた、直訳的な明国語に当然なるでしょう。それがおかしいとは思いません。

あと時代考証の意見関連、時代考証はアドバイスはできるが、制作はスタッフに委ねられるということを以前平山氏が投稿していました。ただし「森乱」の場合は、ドラマ中でも森乱でしたね。

そして「『どうする家康』スタンプ」が出るのが気に入らない、しかも呆れたことに第二弾だのなんだのとありますが、それだけニーズがあるからではないでしょうか。

そしてまた「この大河ドラマは本当におかしい」(もう少しワンパターンでない表現をつかえないものでしょうか)とかで。

◆関ヶ原の合戦:大河ドラマ制作を支えるテクノロジー、エキストラもデジタル化(→link)
この記事だけを読むと、なんだか美麗な映像が期待できそうですよね。しかし現実は……。
大河ドラマでエキストラをデジタル化することの試みとしては、10年前の『八重の桜』の時点であります。モーションキャプチャで兵士を表現していました。

エキストラのデジタル化というかCG化は、既に『毛利元就』でやっていたかと思います。

大河のVFXといえば『鎌倉殿13人』の壇ノ浦の戦いが第50回伊藤熹朔賞を受賞しました。おめでとうございます。
何もかも、去年と今年は大違いだ。
三谷さんのこちらの記事は必読です。
◆ゆうきまさみ×三谷幸喜 特別対談「大河ドラマの書(描)き方。」・ゆうきまさみ×三谷幸喜 特別対談「大河ドラマの書(描)き方。」(→link)

そしてまた鎌倉殿を叩き棒。
しかもこれのみを持って「何もかも大違い」と言うのは、ちょっと乱暴かと。何もかもと言うのなら、すべてをリストアップしてほしいものです。

そして文春砲に便乗した『どうする家康』叩き。
こういうのを喜ぶ武者さんが、いくら自分は大河が好きだの時代劇が好きだと言ってみても(実際過去にそう書かれていました)、こういう週刊誌ネタで持って嫌いな作品をばしばし叩いていては、信用がおけません。
本当に大河が好きなら、嫌いであろうがこういうのは最小限にとどめておいて、ドラマそのものに重点を置くでしょう。前にも書いていますが、これでは芸能もしくはゴシップネタのコラムでしかありません。
何だかさもしく思えて来ます。しかもジャニーズのファンまで叩きまくりですね。

しかも

善く戦う者は人を致して人に致されず。『孫子』「虚実篇」

これがまた意味らしきものが書かれていません。ただこの前でしたか、意味が書かれるには書かれていましたが、あまり正しいとは言えなかったので、どちらがいいかということにもなりますね。

ともあれこの意味、戦いを制する者は相手を動かすことはあるものの、相手に動かされることはないという意味です。そしてまた『パリピ孔明』を持ち出して、これは孔明の明言にしてはいけない、正しくは孔明が引用した『孫子』の一部であるとか何とか。こういう漢籍マウントをするのであれば、ドラマをちゃんと観てはどうですか。

そしてなぜこんな言葉を持ち出したのかと言うと、これがまた長いのでピックアップしておきますが、

ファンの擁護は、ファンダムの外にいるものからすれば意味がないどころか、むしろカルトじみて見えてきます。
ファンは論拠として、推しの美談やら印象を語ります。
現在、目の前に出てきている問題を見ていく上で、そんな過去の逸話に全く意味はありません。どんな悪党だろうと善行のひとつやふたつは為しているもの。

それに、あの記事にカーッと頭に血が登って、コメントをつけている時点で、その人は「致されて」おります。流されている。兵法としては失敗です。
文春砲は「致して」いる側ですから、既に兵法では勝利しております。
それにあの構えからして、文春側はまだまだ余力があるのでは?

要はこれを言いたいがために「善く戦う者は…」を持ち出したのでしょうが、持ち出される漢籍の方も、武者さんのこういう週刊誌便乗、自説補強に使われて何やら気の毒です。まあ漢籍も大河も、武者さんの自説主張のための道具と考えた方がいいのでしょうが。

ヒトラーが子どもと微笑み合う写真を持ち出して、「ヒトラーもナチスも、よいことをしたんだ!」と言い出しても、何ら意味がないようなものです。

そして、松本さんをヒトラー呼ばわりですか。自説補強のためにはなりふりかまいませんね。まあヒトラーはアウトバーンを推進してはいますが、主に政治的利用のためと言われています。

いちいち反応している場合ではないでしょう。精神の守りを固めた方がよろしいかと思います。
(中略)
何をか謂いて明君、暗君となすや。『貞観政要』

これも意味が書かれていませんね。
明君と暗君の違いは、何を基準にするのかという意味ですね。

何を基準に名作大河と、駄作大河と判断するのですか?
そしてこういう「致されて」いる層が厄介なところは、集団心理で勝手に大河ドラマを私物化することですね。
私もよく言われます。大河の記事を書いているくせに、貶すとは何事か?と。
逆に、そういう人には問いたい。
何をか謂いて名作となすや。
自分の推しが出ているからとか、自分の相互フォロワーが褒めているとか、そんなものは何の論拠にもなりません。ただの推しへの愛。ただのお仲間意識。それだけです。

寧ろ「何をか謂いて駄作となすや」と武者さんに訊きたいです。この人が駄作呼ばわりしている大河を好きな人も当然いるわけですから。
そして
「集団心理で勝手に大河ドラマを私物化する」
「自分の推しが出ているからとか、自分の相互フォロワーが褒めているとか、そんなものは何の論拠にもなりません。ただの推しへの愛。ただのお仲間意識。それだけです」
何だか非常にブーメラン臭さがあるのですが。

NHKは公共放送であり、大河ドラマは貴重な時代劇です。
一年間という長いスパンを使えます。
歴史もあります。
そういう枠にクオリティを求めて何が悪いのか?

ではその「クオリティ」なるものは何ですか?
具体的に説明してください。貴方の言うクオリティとは単なる好き嫌いではないのですか。しかも報酬を貰って、好き嫌い基準で記事を書いて、好きな作品を嫌いな作品の叩き棒にしていますよね?
そういうのをクオリティと呼ぶべきなのでしょうか。

偏ったファンの理屈に陥ってしまうと、『貞観政要』に対する感想ですら、こんな意見が出てきそうです。
「この魏徴って感じ悪いw 唐に仕えてお給料もらってるなら、唐太祖を褒めまくらなくちゃダメじゃんwww ダメ出しばっかして感じわるwww」
『貞観政要』を読んでこんな感想を書いたら零点確実でしょう。

「偏ったファン」呼ばわりすること自体、自分が偏っていることを証明するようなものなので、あまりこんなこと言わないほうがいいと思いますよ。

そしてこの先しばらく、単なる自己満足というか意味不明、何だか酔っぱらって人に絡んでいるような感が半端ないので端折ります。

あらためて本作に漂う古臭い陳腐なセンスを考えてみたい。
そのセンスは、学生運動世代を嫌っている。バカにしている。
で、国が強くなって弱者を搾取してこそ、巡り巡って自分も甘い汁を吸えると勘違いし、長いものに巻かれに行くようになった。
それでもいいんです。バブル期に人生観を刷り込まれた世代は、それが処世術だった。
だから政治的な駆け引きなんて理解できない。政治なんてどーでもいいし、投票日は寝てるだけ。そういう価値観を植え付けられている。

武者さんて、学生運動世代に共感しているのでしょうか。
あれこそ昭和のおじさんあるいはおじいさんの世代であり、武者さんが思い切りバカにしそうな時代の話ですね。
そして政治に関心を持つのと、政治的駆け引きを理解するしないとというのは、ぶっちゃけ別物ではないでしょうか。

そして真面目な奴を小馬鹿にして笑ってきたとあり、

でも、歳をとってきて気づく。
自分は何も成し遂げていないのではないか?
そこで、生まれつき、たまたま、努力せずに得られた属性である国籍や性別に過剰な自身を抱き、依存するようになる。

と来て、

社会運動をしているような連中は、ズルをしていて、金儲けしているんだ!
自分がそうだから相手もきっとそうだ、デカい権力に寄生して、うまい汁を吸いたいんだ!
勝手にそう思うようになってしまう。

そこまではともかく、その後に

大河ドラマなら『麒麟がくる』の理想主義者である光秀がうっすらと嫌いだし、駒は生意気な女なので正々堂々嫌って小馬鹿にしている。
理想主義者が出てくるという一点で、『麒麟がくる』を小馬鹿にしようとし、隙あらば大手掲示板やブログ、SNSに書き込む。
そんな冷笑逆張りセンスがバリバリに滲んでいるのが、今年の大河ですね。

すみません。社会運動と『麒麟がくる』と何の関係があるのですか?
光秀は理想を抱いてはいましたが、たとえば革命に身を投じるような理想主義者ではありません。なのに武者さんの書き方というのは、そういう存在を前提にしているが如きです。
駒もせめて秘書的な立場なのに「侍医」であったり、あちこちに出張るから疑問を持つ人はいたと思います。これなら今年の阿茶局のほうがまだわかります。そして阿茶局の場合は、たとえば家康と三成が会っているところに、姿を現すようなことはありません。

そんな冷笑逆張りセンスがバリバリに滲んでいるのが、今年の大河ですね。

と言うより、武者さんが『どうする家康』や『青天を衝け』に思い切り逆張りしていないでしょうか。以前ご紹介した逆張りについて書かれたnote記事にありましたが、
「その作品に「ある」点を見つけるより「無い」点を叩く方が何千倍も楽で誰にでもできるわけで(書いてないことを指摘するだけなので)そんなことに意味はない……が人はついついやってしまうと赤裸々に書かれている」
というのは、武者さんに当てはまりそうな気がします。実際今年は「描かれてない」点をやけに叩いていますから。

二虎競食、駆虎呑狼
予想通り、文春砲は第二弾がきました。これが最後でもないように思えます。

二つの敵対勢力を戦わせて、同時に弱体化させるというのですね。
で文春の記事によれば、嵐とsnowmanを仲たがいさせようとしているとか何とか。
しかし武者さんて、文春とタイアップでもしているのですか。自説補強に使える記事が来て本当にうれしそうですね。
やれ「マザーセナ」だ何だと未だに書いていますが、武者さん自身が文春記事を信奉したくてたまらないのかも知れません。

競い合うとなればなかなか危険な策であり、文春には兵法を巧みに駆使する方がいるようです。さあ、文春だけに頼らず、NHKに声でも送りましょう。
◆NHK みなさまの声(→link)

「文春には兵法を巧みに駆使する方がいるようです」
いやマスコミはそういうものですから。

そしてこの
「さあ、文春だけに頼らず、NHKに声でも送りましょう」
武者さんて文春にもメッセージ送っていたのでしょうかね。

飲み物-ブロンドのエール
[ 2023/10/28 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第40回に関しての武将ジャパンの記事について-3

第40回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその3です。
しかしひとり決めと偏見があまりにも多くないでしょうか…。

その前に先日投稿分の『葵 徳川三代』の信康関連です。

まず家康が、四男忠吉と井伊直政に先陣を命じ、秀忠が遅れそうな件、それゆえに、豊臣家恩顧の大名に頼らざるを得なくなりそうな現状を憂えてこう言います。
「せがれがいたらば、これほどにはあるまいものを…」
側に控えていた本多忠勝が、秀忠殿もおっつけ馳せつけられましょうぞと言うものの、この場合の家康に取って、せがれとは秀忠のことではありませんでした。
「明日は長男信康…信康めの命日じゃ」
すると三成が関ケ原に向かっているという知らせが届き、家康は大いに喜びます。
「信康めのお蔭じゃ!」

この薬が効いたと忠勝が言っているのは、家康が本多正純に命じて忍びを放ち、家康が佐和山城を攻めるという噂を流して、三成を関ケ原に引きずり出そうという目論見のことで、事実その通りになったわけです。


では本題です。

三成と家康は星空の下でBLということにしたいのでしょうか。
東洋の星宿すら理解できないのに、二人はいったいどんな会話をしたいのですか?

「東洋の星宿すら理解できない」
この時三成は、うさぎ座と厠について家康に話していました。
この2つは二十八宿の参宿にあります。つまり彼は、東洋の星宿についてきちんと理解していたわけです。
にもかかわらず、武者さんはこの時二十八宿についても、参宿についても全く触れていませんでした。そういう人にこう言われても、何だかなあとしか思えませんね。

そして一つ覚えのようにBLだなんだ、『どうする家康』を「学園ヘヴン」シリーズになぞらえたらこうなった、全然大河に真剣に向き合っていないうえに、

今、ブロマンスが見たい本物の若者は、『陳情令』や『魔道祖師』を見ていると思いますよ。

だからどうしたのですか?
ここ『どうする家康』関連コラムなのですけど。
なぜ大河コラムで他の作品の話ばかりするのでしょうか。

結局、このドラマの動機は感情論だけなのです。
好き嫌い。がんばってるもん。応援してよ!
単にそれだけで、部活動感覚でしかない。こんな幼稚な心情描写で、戦乱社会や、その終息に向けて必死になっている人物を描くなど、到底不可能でしょう。

また「幼稚な」ですか。
のみならず部活動感覚だの、感情論だの、果ては
「好き嫌い。がんばってるもん。応援してよ!」
て何ですか?こういう書き方の方が、幼稚に見えて仕方ありません。
ちゃんとドラマを観ているのであれば、それに沿った批判をしてくださいね。

政治的な駆け引き描写が全く出てこないのは、登場人物がお子様なだけでなく、作り手の心性もそこで止まっているから。
おやつだけをバクバク食べ散らかし、野菜を食べるのは絶対にやだもん! と主張している幼児性だけが見えてきます。

「政治的な駆け引き描写が全く出てこない」
五奉行と大名たちの合議制とその後の上杉、毛利の言葉
本多正信も忠告した家康の様子見。
徳川と他の大名家との婚姻と糾問使への家康の態度
茶々の「家康は平気で嘘をつく」
家康と三成の会見
七将を相手にして意を決する家康
などなど、政治的駆け引きの描写はかなり出て来ますが、何を観ていたのですか?
あと作り手の「心性」より「感性」ではないかと思いますが。

「おやつだけをバクバク食べ散らかし、野菜を食べるのは絶対にやだもん! と主張している幼児性だけが見えてきます」
ならばどのシーンに「幼児性」が見えてくるのか、きちんと説明して貰えないでしょうか。でないと単なる決めつけでしかないのですけどね。

「修羅の道」だのなんだのセリフにしたところで、極めて薄っぺらい。ピーマンを残さず食べる覚悟を固めた程度の決意にしか見えません。
児戯につきあうほど世の中暇じゃない。徹頭徹尾、幼稚だから、人気が低迷しているのです。

とか何とか言うより、ドラマをちゃんと観ていないから、具体的な裏付けができていないのではと思ってしまいます。すべてこれは幼稚で児戯に等しいといった一方的な印象付け、レッテル貼りで片付けられているようにしか見えないため、説得力を欠いているようにしか見えません。

同じくNHKのドラマ10『大奥』では、徳川家治がきちんとした所作で薬湯を飲みました。
あの薬湯は重要な役割を果たします。変な飲み方をしてはいけません。
(中略)
それが大河ではどうか。片手で茶碗を持ってごくごくと飲むことがイケてると思っているのか、信玄も家康もそうしました。
茶道は精神修養でもある。
もしここで、綺麗な所作で飲んだら、精神一到したいことが表現できたことでしょう。

これも何を言いたいのでしょうか。第一、薬湯がなぜ途中で茶道にすり替わっているのでしょうか。
信玄の場合は茶、家康の場合は薬湯ですが、2人とも特に儀礼的な所作を要求される状況ではありませんでした。また信玄が片手で茶を飲んでいる時も、あの時の家康や忠勝は両手で茶碗を持っていました。故に阿部寛さんの手の大きさも、あるいは関係していたかと思います。
また家康が薬湯を飲むシーンは、部屋に一人でいる時です。『大奥』の徳川家治がどのような場にいたのか、生憎私は知りませんが、状況によってはきちんと両手で飲むことを要求されるでしょう。要はその人物が茶なり薬湯なりを飲むのが、どのような場であるかということです。

しかし、このドラマはそうならない。昭和平成の勘違いしたカッコつけセンスしかありません。
居酒屋に貼ってある、グラビアイドルがジョッキを抱えて微笑むポスター辺りの時代ですね。
思えばこのドラマはずっとそんな感じだ。
市の訃報を聞き、家康の手から筆が落ち、ペンのように横に転がる場面がありました。筆の持ち方をふまえたらありえない場面です。

また「昭和平成の勘違いしたカッコつけセンスしかありません」
武者さんこれも好きと言うか、くどいほど出して来ますね。この「勘違いしたカッコつけセンス」て、具体的に何なのかと思ってしまいますが。
そしてこれもしつこいと言うか、筆の持ち方について。前に3回ほど出て来ていたと思います。そして不思議なのは、
「家康の手から筆が落ち、ペンのように横に転がる場面」
とあるわりに、家康自身の筆の持ち方には触れていない点です。なぜ転がり方ばかりにこだわるのでしょう。

しかもこのシーン、見たらわかりますが、ちゃんとした筆の持ち方していますね。
これについては、taketak39460607さんのnote記事でも解説されていますが、家康はちゃんと筆を立てて字を書いています。
しかし直政の北ノ庄城落城の知らせを聞いて手を休め、ここで筆を横に寝かせた状態となっています。しかる後に筆を落としている。当然筆は横に転がるわけです。

それにしても武者さん、この筆関連のミスリードをあと何回続けるつもりですか?そう言いたくもなってしまいます。

どうにもこのドラマは、日本の時代劇の所作を無視して、古いセンスで演出することがかっこいいと勘違いしている誰かがチーム内にいるようなんですね。
「俺がもうプロデューサーをやる」と誰か言いだしたとか?
やたらと立ったまま押し合いへし合いする場面が多いとか。廊下で偶然出くわすとか。廊下で何もかも喋り散らすとか。現代劇そのままのセンスをやらかす。

時代劇の所作と古いセンスの違いについて書いてほしいです。
時代劇の中での所作すなわち古いと捉えている人もいるかも知れません。
それと「俺がプロデューサーをやる」の裏付けをちゃんと書いてください。

「やたらと立ったまま押し合いへし合いする場面が多いとか。廊下で偶然出くわすとか。廊下で何もかも喋り散らす」
時代劇でも、もちろん大河でも過去にこういうシーンはありますよ。そしてこれも今まで何度か書いていますね。
そして「現代劇そのままのセンス」と言うよりは、この大河の中の嫌いなシーンを、時代劇の所作無視だと決めてかかっているふしがなきにしもあらずです。
無論、好きな大河でこういうシーンがあっても不問に付すのでしょう。

そこまで時代劇が嫌いなら、どうして大河に関わったのでしょう。多くのファンがそう嘆きたくもなるのも無理はなく、センスが10年前か20年前あたりで止まっています。
タランティーノが最先端とでも思っていそうで、もう、古臭くてみちゃいられません。

「そこまで時代劇が嫌いなら、どうして大河に関わったのでしょう」
そこまで今年の大河が嫌いなら、どうしてこのコラムを武者さんは毎週書いているのでしょう。

そして、その10年前とか20年前のセンスとは具体的にどういうものですか。10年前の大河は『八重の桜』ですが、この大河にもこういう古いセンスの演出があると言っているに等しいのでは。
そしてまた、直接関連はなさそうなのにタランティーノが引き合い。

今回のラストは、家康がやっと覚えて語っていると伝わってきてつらいものがありました。
そこまで長くないセリフなのに、覚えるだけで気力が尽きているように見える。
時代劇の演技が苦手であれば、なぜ主演などを引き受けたのか。
幼稚な衣装の色もあり、これのどこが天下人なのかと失笑するしかありません。

「今回のラストは、家康がやっと覚えて語っていると伝わってきてつらいものがありました。
そこまで長くないセリフなのに、覚えるだけで気力が尽きているように見える」
今年は特に、出演者をコケにしたような記述が目立ちますが、これがどれだけ失礼なのかわかって書いているのでしょうか。

「時代劇の演技が苦手であれば、なぜ主演などを引き受けたのか」
松本潤さんが苦手だと言ったのでなければ、あまり勝手に詮索するべきではないと思いますよ。

「幼稚な衣装の色」
また「幼稚」。家康の衣装はブルー系、藍がメインですがあれは幼稚ですか。ならば『麒麟がくる』の、光秀の若い頃の衣装もすべて幼稚となりませんか。

こんなアラカン児が「しゅらのみち♪」と『鎌倉殿の13人』と同じフレーズを使ったところで、だから何なのか。
◆「どうする家康」修羅の道がトレンド入り!「鎌倉殿の13人」から再び(→link)
これにしたって『吾妻鏡』が家康の東国政権構想に合致すればこその最終回登場だったのに。そんな大事なことも、ろくに生きていないじゃないですか。

今後の家康の生きる道は、修羅の道と呼んで差支えないでしょう。
戦国時代を本格的に終わらせるために関ケ原で雌雄を決し、さらに幕府を開いた後の豊臣家との駆け引き、大坂の陣などなど、なかなか骨の折れる仕事ではあります。
そして「家康の東国政権構想に合致すればこそ」
これからその東国政権が始まるわけですが。でもこれ、単なる東国政権ではありませんけどね。

『麒麟がくる』から光秀=天海を出せだの。『鎌倉殿の13人』からの伏線だの。まっとうな大河に近寄らないで欲しい。
今までにないシン・大河だの、アップデートだの言いながら、過去に擦り寄って媚を売ってこんな記事を書かせて、プライドはないのでしょうか?

まっとうな大河と言うか、「私の好きな大河に近寄らないで!」と武者さんは言いたいのでしょうね。
そしてこれも何度も書いていますが、
「シン・大河だの、アップデートだの」
はマスコミが言っていることです。制作サイドではありません。
何だか麒麟とか鎌倉殿を持ち出されるのが、ことのほかお嫌いなようですが、同じ大河である以上、全く避けて通れるものでもないでしょう。嫌ならスルーしておけばいいのに。

◆松潤主演NHK『どうする家康』は「シン・大河」になる? 大ヒット大河ドラマ“勝利の方程式”とは(→link)
◆「どうする家康」三成の合議制にネット「やめておけ」&仰天「鎌倉殿の13人」最終回からロングパス伏線?(→link)

ナレーションで死ぬことを、「ナレ死」と呼びます。
本作はそれを凌駕した「相関図死」が後半大量発生しています。
◆大河家康【悲報】服部半蔵すでに死没 ナレもなく突然退場、公式に他界表記 愛すべきポンコツ、最後も指笛スーッ!ネット驚く「寂しすぎる」(→link)

昨年のこのコラムでしたか、武者さん「ナレ死という呼び方が嫌い」などと書いていませんでしたっけ。
なのに、ここで「ナレ死」なのですか。作品の好き嫌いによって変わるものなのですね。

上記の記事タイトルだけで、どれほどくだらないドラマなのか痛感できるでしょう。
服部半蔵を描く上で、ポンコツだの指笛だの、そんなものが果たして必須なのですか。

実際服部半蔵はあの後ほどなくして、慶長元(1597)年に亡くなっています。ドラマ本編でも、これが最後でござるからと指笛を鳴らすも鳴らず、彼の寿命もほどなく尽きるというのを物語っているように見えます。

そして
「どれほどくだらないドラマなのか痛感できるでしょう」
どこがくだらないのですか?
「愛すべきポンコツ」とあるのが気に入らないのですか?

まぁ、求められる服部半蔵の要素は、映画『首』が埋めてくれるでしょう。
◆松本潤、「どうする家康」山田孝之との同い年ショット公開「これからは半蔵門の文字を見るたびに服部半蔵と孝之の事を思い出すでしょう。。」(→link)
半蔵門を見ても、思い出すのは大河ではなく『首』の桐谷健太さんですね。
一刻も早くあんなしょうもない半蔵は忘れたい。侮辱でしかありません。

『首』のことなら他で書いてくれませんか。
叩き棒目的もあるのか(これがそもそもどうかと思いますが)、大河コラムであるのに、他のドラマや映画をかなり引っ張って来ていますが、なぜそこまでして他作品のPRに務めるのですか。
その割に、正直な話ドラマ本編をきちんと観ているようには思えませんし。

飲み物-グラスに入ったビール
[ 2023/10/27 05:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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