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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  2023年08月

『風花帖』-8

この年の2月。重臣の小笠原蔵人が家老に昇格した。渋田見主膳を家老にする忠固の意向は国許に伝えられ、蔵人の就任は、主膳に家老就任に反対する重臣たちへの懐柔策だった。

一方旧犬甘派は源太郎の屋敷にたびたび集まり、与市は藩主忠固に溜間詰入りを諦め、出雲を退けるように直言することを主張した。一同はうなずくが、新六は無表情だった。与市はそれを見咎め、それがしとは考えが違うようだ、存念のほどを伺いたいと尋ねる。

しかし新六にはこれといった考えはなかった。与市はわざとらしく、霧ヶ岳で偽の烽火を上げた件を持ち出し、それほどの義士ならさぞや卓見がござろうと迫る。実は皆、新六が烽火を上げたことは知っていたが、咎めがないようにわざと話題にしなかったのである。

しかし与市はわざわざこの話題を出して来た。今更寝返れないようにするつもりらしい。新六はため息をついてこう言った。
「それがしは、ただ、何事もいま少し穏やかに進まぬものかと思っております」

つまるところ同じ家中で争っても仕方ない、要は殿に考えを改めていただきたいだけであるとも言った。そのために動こうとしている、他に方法があれば承ろうかと与市。新六は一旦口を濁すものの、さりげなくこう言った。
「諌死を仕ればいかがでございましょうか」

この言葉に場が緊張し、早水順太は眉をひそめてつぶやいた。
「なるほど、それしかないということか」

主君に諫言するからには、一死を以て行うのが武士道であると皆知っていたが、腹を切るのはやはりためらわれるし、第一諌死ともなれば、それなりの地位にある者でなければならない。この中では与市または源太郎が地位のある人物であった。

与市は、印南殿はそれがしに諌死せよと言われるのかと言い、新六はさようなことではなく、殿について行けぬ重職からそのような試案も出るのではないかと思った次第だと答える。では印南殿も腹を切る覚悟はないのでござるなと与市。新六は黙っていた。

与市はなぜ申されぬのだと声を荒げるが、方円斎がそれを制した。方円斎は言う。武士が生死のことを言うからには、自分がなせえぬことを他人にせよとは言わない。印南殿が諌死と言うのは、自ら腹を切る覚悟があるのは分かり切っていると。与市は黙り、また順太は腕組みをしてこう言った。

「如何にもさようではありましょうが、印南殿は平素の様子に似合わぬ、まことに厳しき覚悟を決めておられると感服仕った」
他の者たちも方円斎のこの言葉を聞き、感銘を受けると同時に、平然と死を覚悟する新六にいくらかの気味悪さをも感じていた。

新六は方円斎に、かすかに感謝するような視線を送り、その後はまたうつむき加減になったが、清冽な気迫がその姿から感じられた。

与市は家老の伊藤六郎兵衛に伴われ、3月に江戸に向かう予定だった。与市が提案を行っている国許の家老たちは、主膳の家老就任、忠固の溜間昇格の運動を取りやめる考えを固めた。彼らの考えをまとめた六郎兵衛は、忠固に拝謁し、諫言することにしたのであった。


渋田見主膳の家老就任が確実なものとなり、それに先立って、重臣たちを懐柔するために小笠原蔵人が家老となります。しかし旧犬甘派は、忠固の溜間入りを諦めさせること、出雲を退けることを直々に訴えようとします。一方新六は無表情のままで、与市はそれを見咎め、なおかつ寝返ることができないように、例の烽火台の件を持ち出します。

その新六は、今少しことが穏やかに進まぬかと言う一方で、諌死と言う言葉を持ち出します。死を以て主君を諫めるというこの言葉は、かなりのインパクトがありますが、ただ与市にそうしろと言うのではなく、殿につして行けぬ重職から、そのような案も出るのではないかと思ったと答えますが、方円斎によれば、新六はその覚悟があるのではないかと言い、また実際新六もそう考えてはいたようです。

この新六、地味ながら武芸に秀でている点が、相手に油断のならなさを感じさせる人物ですが、この時もまた、「平素の様子に似合わぬ厳しき覚悟」が、犬甘派の他の面々に対して似たような印象を与えたのではないでしょうか。ともあれ、主膳の家老就任と忠固の猟官運動にノーが付きつけられ、伊藤六郎兵衛は与市と共に江戸に出向いて、主君である忠固にそれを直訴することになります。

飲み物-ブラックベルベット
[ 2023/08/26 01:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第32回に関しての武将ジャパンの記事について-3

『武将ジャパン』大河コラムについてその3です。


夜間戦闘の場面が、でかいライトで照らしているのが見え見え。
スモークも、霧とか土埃ではなく、炊いていることが見え見え。
なぜこれほどまで安っぽい作りなのか。
本作の合戦は、やたらと暗いことが多く、晴れていることがまずない。
あのお粗末VFX馬がいなくなったと思ったら、今度は迫力不足の殺陣と戦場が前に出てきました。

夜間戦闘はある程度照明を当てないと、暗くて何が起こっているのか、とてもわからないかと思うのですが。
そしてスモークですが、武者さんは実際の霧とか土埃を使った方がいいと思いますか?ほしい時に霧や靄が必要になるから、人工のを使っているのではないでしょうか?それが安っぽいのですか。
そして
「本作の合戦は、やたらと暗いことが多く、晴れていることがまずない」
暗いとは思いません。季節的に梅雨であるなどで曇っていることはあるかと思います。また戦が行われる地域によっては、その土地特有の気候条件で曇っていることもあるでしょう。
そして「あのお粗末VFX馬がいなくなったと思ったら、今度は迫力不足の殺陣と戦場が前に出てきました」
CGの馬のことでしょうか。しかし急に話が飛びますね。

井伊直政が母ひよを思い出す場面は一体なんなのか?
メイクをさせる意味がわかりませんし、直政の母を出すというのもなんだか違和感。
直政の父で、彼女の夫・井伊直親を失ったあと再婚していますので、役名も「井伊ひよ」で良いのですかね。
井伊家再興を願う女性であれば、むしろ井伊直虎があの場にいた方がよかったのでは?
『おんな城主 直虎』の主役ですから、それなりに盛り上がったことでしょう。

直政が赤備えの甲冑を身に着けて出て行く時に、母ひよの
「徳川様を天下一のお殿様になされ」
と言われたことを思い出し、その時が来たと思っているわけでしょう。
あとメイク、これは小姓として使って貰うことを示唆していると思われます。
石田三成も元は秀吉の小姓でした。

そして「井伊直虎があの場にいた方がよかった」
それは『おんな城主 直虎』での描写の話です。
また「井伊ひよ」ですが、録画をチェックした限り、OPのクレジットも字幕も「ひよ」としか表記されていないのですが…。

衣装もどうなのか。井伊家再興という割にいい着物を着ているようで、説得力が感じられません。

この当時の小袖や打掛は、あのくらい派手な文様もありました。
ご参考までに

染織祭衣装 安土桃山時代
https://senshokubunka-kyoto.jp/maturi/index01.html
(公益社団法人 京都染織文化協会)

また能衣装を意識しているようにも取れます。

そして顔だけはきれいだからと言うひよのセリフについて。

このドラマの制作者はルッキズムがひどく、悪口でも身体的特徴を出す。井伊直政の長所も、この言い方では顔だけのようだ。
なぜ、こんな描き方になってしまうのでしょう。
もしかしたら作り手は、井伊直政本人の事績や逸話をかいつまんで拾っているため「顔がいいだけ」と言わせてしまうのでは?
直政の魅力を作り手が把握していなければ、視聴者に伝わるはずもない。「顔だけ」なんて描写は、あまりにも杜撰です。

それを言うならば、先日も書きましたが、武者さんはこの直政は線が細いといったことをやけに主張しています。
「悪口でも身体的特徴を出す」
のは、武者さんにも当てはまりそうな気がします。
そしてこの大河では直政は頭が切れること(だから小姓ながら軍議に加わろうとした)、屈強の武田の武士たちを相手にケガをしながら、それでも彼らをまとめようとしたことなども描かれていますが、武者さんはそういう描写をどう評価したでしょうか。

そしてまたジャニーズ関連のニュースを引き合いに出して、

◆ いまだジャニーズ性加害問題は解決しない中…「24時間テレビ」のポスターが物議を醸しているワケ(→link)
母の口から幼い我が子に「美貌でのしあがりなよ」なんて言わせるとは、非常に挑戦的なスタンスですね。

なぜこの時代の小姓としての近侍と、性加害を一緒にするのでしょうね。
前にもこんなことがありましたが。

そして「どうするBGM」なるタイトルで

このドラマのBGMは自己主張が激しすぎる。
わざとらしくバイオリンを響かせるのはやめましょう。興をそがれます。
劇を盛り上げるのではなく、自分の世界観を押し付けようとしてくるようで、どうにも耐え難い。

「劇を盛り上げるのではなく、自分の世界観を押し付けようとしてくるようで、どうにも耐え難い」
ではどういうBGMならいいのですか?
何よりもこの3行で1つのパラグラフというのも、何だかわびしくありませんか。

ガンプラのメタリックカラーを混ぜたようにテカテカした笠。
直政陣羽織の紐の違和感。
これが「シン・大河」の赤備えなんでしょうか?
井伊の赤備に、これほどヘイトが溜まったのは、幕末以来でしょう。

まずこの赤備えですが、
ドラマの中ではこうなっています。
(『どうする家康』公式サイトより)

どうする家康32井伊の赤備え2

そしてこちらは彦根城博物館の画像をお借りしています。

朱漆塗仏二枚胴具足 - 彦根城博物館

照明の有無なども影響しているとは思いますが、ぱっと見、そう違っているようには見えませんが。

あと直政のボタン止めの陣羽織は、家康や他の家臣たちも同じですね。彼1人が浮いているわけではありません。

幕末の井伊家は、井伊直弼が桜田門外の変で討たれて以来、統制を失っていました。
京都守護も本来は井伊家の役目でしたが、それが不可能となり、会津藩松平家に京都守護職が回ってきました。

まず京都守護と言えば、通常鎌倉時代の役職のことです。また井伊家は幕府から京の守護を任されてはいましたが、この京都守護職が定められた文久の改革では、直弼の圧政を糾弾される格好になり、減封されていますね。そのことをちゃんと書いてください。

そんな無茶苦茶な状態だったのに、格式高いと威張っていた井伊家、その赤備えは時代錯誤の象徴となった。
まさにこの大河の井伊家は、幕末そのもの。
プライドだけ高くて見掛け倒しで、中身は空っぽです。

何だか、無理やり直政の時代と直弼後の井伊家を結び付けたがっているようにしか思えません。

戦場で本多忠勝が、
「かすり傷ひとつ負ったことがない!!!」
って、自らドヤ顔でなんやねん。
子供のマンガでも見せられているようで、本当にこの作品はリアリティを感じさせてくれないな!
実際にどこで誰がそんなことを言ったのか。問題はそこではなく、戦場で、のんきにそんな台詞を吐いている間に矢玉が飛んできたらどうするんだ。

それに対して、工事現場では榊原康政が
「傷を負ったことに気づいとらんだけだろう」
と答えていますね。
このやり取りだと多少はリアリティが感じられるのではありませんか。それでも忠勝にしてみれば、傷一つ負ったことがないとは最高の自己PRだったわけですが。
それから
「矢玉が飛んできたらどうするんだ」
忠勝軍に攻め入っているのは、槍を持った兵たちですが…。

この忠勝は、衣装合わせもおかしいのか、兜のサイズすら合っていないように見えます。
鎧を身につけているにせよ、それが軽いとわかる動きをするのはどうしたものか。
今年の大河は武器甲冑の重さを考慮しているとは思えません。

ではこのシーンをご覧ください。兜のサイズが合っていないでしょうか。
また鎧が軽いとわかる動きをしているでしょうか。

"第32回「小牧長久手の激闘」より <【徳川四天王】天下無双・本多忠勝> | 動画 
(『どうする家康』公式サイト)

それにしても、蜻蛉切にトンボが止まっても切れず、普通に飛んでいく場面は、一体何がしたかったのでしょう。
蜻蛉切は、止まったトンボが切れるほどの切れ味だからこその名前。
「実際には切れるはずないよね!」って?
だとしたら、戦国ファンのロマンを小馬鹿にしているようで、いたたまれない気持ちになってしまいます。

蜻蛉切の名は諸説あり、単に刃先に泊まった蜻蛉が切れただけではなく、忠勝が槍を振り回したら、空を舞う何匹もの蜻蛉を切り落とす、そのくらい槍に秀でているという説もあります。それに従えば、特におかしな話ではありません。そもそも蜻蛉をあそこで飛ばしたのは、敢えてあのようにしているとも取れますし。

勝利の後で、エイエイオーと叫ぶところすら声がヘロヘロに聞こえてしまう。
さらにはピロピロBGMのせいか、昔のRPGで敵を倒した後のポーズを見ているよう。
負けた後の秀吉も全くなってない。
悔しがる以外にすることはいくらでもあるでしょうよ。

ヘロヘロだのピロピロだの、それは武者さんがそう思っているわけでしょう。
また秀吉ですが、要は池田・森の言うとおりに中入りを行った結果、あのようになったのですから、悔しがるのも当然ではあります。だからこそ死人に口なしで、すべての責任を池田勝入になすりつけたわけですが。

このドラマは戦後処理が全くありません。
まず、大量に発生した死体を早急に埋葬だけでもする必要がある。疫病が発生しかねません。
戦果を確認した上で、信賞必罰をあきらかにした論功行賞も必須。
戦死した一族の後継者を決めるとか。遺族の補償とか。ともかくやることが山積みのはすなのに、このドラマでははしゃいでラリラリすることしか頭にない。

「大量に発生した死体を早急に埋葬だけでもする必要がある。疫病が発生しかねません」
では今までの大河で、実際にそれを行った作品を挙げていただけないでしょうか。

「戦果を確認した上で、信賞必罰をあきらかにした論功行賞も必須」
まだひとつの戦いを制しただけで(これは石川数正もそう言っています)、すべてが終わったわけではありません。
これは
「戦死した一族の後継者を決めるとか。遺族の補償とか」
も同じではないかと思われます。
またこの時代、当主が戦死すればその嫡子が後を継いだわけですし、また森長可の場合は後継者の末弟が幼なかったのですが、最終的に秀吉がその子を後継者に指名しています。

『麒麟がくる』の光秀はノリが悪く、みながはしゃいでいるような場所でも正論を口走ってしまった。
『鎌倉殿の13人』の義時も真面目。みなが酒を飲んでいるとき、木簡を数えているような青年でした。
そういう真面目でしっかりした人間を「陰キャww」と嘲笑っているパリピ勢が、本作の支持層なのでしょうか。

結局また麒麟と鎌倉殿が叩き棒ですね。
しかしこの回の終盤、石川数正は今後を懸念していますし、家康も恐らくは数正の気持ちを理解してはいると思われます。一番能天気なのは、織田信雄ではないかと思いますね。


飲み物-ブランデーグラスのビール
[ 2023/08/25 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『秀吉』の登場人物とキャスト

まずお断りです。『武将ジャパン』は都合で今日はお休みです。その代わりと言うのも何ですが、今回は先日の『秀吉』の続きです。それと先日投稿分で説明不足、改行なしの部分などがありましたので加筆または訂正しています。

さて『秀吉』も当然備中高松城の水攻めがあり、中国大返しがあって山崎の合戦となります。この時の光秀は自刃したということになっています。また光秀の謀反は家康が関与していること、石川五右衛門が秀吉の幼馴染であることなどもこの大河の特徴で、また足利義昭は、如何にも無能そうな感じに描かれています。

さらに竹中半兵衛が光秀の母親、美を思っているという設定ですが、これは美を逃がすための策でした。あと北政所の名は「おね」となっています。
その他にも、織田信勝と信孝が、それぞれ養子となった先の北畠、神戸を名乗っています。そして前出光秀の母のみならず、秀吉の父が登場したりしています。

また主演は竹中直人さんですが、準主役的キャストは、『太平記』に出演した俳優さんが多いです。おね、秀長、石田三成はそれぞれ沢口靖子さん、高嶋政伸さんそして真田広之さんです。尚幼少時の三成、佐吉を演じたのが小栗旬さんです。

あと信長が渡哲也さん、家康が西村雅彦(現・まさ彦)さん、秀吉の母なかが市原悦子さんとなっています。また『真田丸』で滝川一益を演じた段田安則さんが、この時も一益を演じています。

それ以外のキャストで別の戦国大河に出演した人も、当然というかかなりいます。明智光秀を演じた村上弘明さんは『武田信玄』にも出演していますし、浅井長政を演じた宅麻伸さんは、『どうする家康』の前田利家です。また小西行長を演じた小西博之さんは、『軍師官兵衛』に今井宗久の役で出ています。このキャスティング、「小西」つながりでしょうか。

尚、この『秀吉』で黒田(小寺)官兵衛を演じているのは伊武雅刀さんですが、この人は『軍師官兵衛』では千利休でしたね。しかしこの官兵衛は片脚が不自由なうえに、隻眼で眼帯をしているため、山本勘助のように見えます。

今川義元役の米倉斉加年さんは『国盗り物語』で竹中半兵衛役、そして千宗易(利休)は仲代達矢さんですが、こちらは『風林火山』の武田信虎役です。あと戦国大河ではありませんが、『鎌倉殿の13人』の善児役、梶原善さんがこの大河で、蜂須賀家の家臣の稲田植元を演じています。


飲み物-グラスのアイスティー
[ 2023/08/25 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『秀吉』に登場する中国大返し

少し前になりますが、『軍師官兵衛』の中国大返しについて少し触れています。秀吉の生涯を描いた作品では、備中高松攻めや中国大返しを描く機会が多いと思われますが、1996年放送の『秀吉』でもやはり中国攻めから山崎の合戦までが描かれています。しかしこの時の中国大返しは馬にも乗らずに駆け出し、後の方は軍勢の多くが、褌一丁で走っているという描写になっていました。

一方『軍師官兵衛』はスタジオ撮影でなくロケのせいもあったのでしょうが、馬も登場して迫力が感じられ、乗り換え用の馬が準備されているところなども好感が持てました。それと握り飯を食べるシーン、これは『軍師官兵衛』でも味噌をつけたりして食べていましたが、『秀吉』では当の秀吉自身が家臣に、中華まんのような大きさの握り飯を振舞うシーンがありました。元々秀吉は型破りなキャラに描かれることが多いのですが、この時は特にそれが強かったかと思います。

この2作品は、いずれも竹中直人さんが秀吉を演じていますが、個人的にはやはり『軍師官兵衛』の方が好きです。特に『秀吉』では堕ちて行く秀吉が登場しなかったものの、『軍師官兵衛』では、彼の晩年を演じることができて楽しみだったとは竹中さんの弁です。

話が『秀吉』に戻ります。こちらももちろん茶々が登場します。茶々を演じたのは松たか子さんで、今年の茶々もラスボス呼ばわりされていましたが、この『秀吉』も、賤ケ岳の戦いの際、お市が彼女にその美しさで、自分の夫を2度も殺すことになる羽柴を滅ぼせと言うところがあり、これはこれで何やら凄みがあります。

それと山崎の合戦で、光秀の生首が登場します。『武将ジャパン』の武者さんは、今回のコラムでも森長可関連で生首のことを書いていますが、あるいはこういうシーンを観たいと考えているのでしょうか。しかも煕子(作品中では『ひろ子』)がこの首と共に琵琶湖に入水するシーンもあり、これもまたなかなか異色ではあります。

尚前出の「スタジオ撮影」も、ある意味昔の大河らしさが窺えますが、それのみならず、この当時はまだハイビジョンでないため、カツラの継ぎ目がはっきりわかります。96年だから平成8年の大河なのですが、こういうのを目にすると、やはり昔のだなと思わされます。ちなみにハイビジョンとなったのは、2000年の『葵 徳川三代』からですね。


飲み物-マグに注がれたビール
[ 2023/08/24 01:45 ] 未分類 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第32回に関しての武将ジャパンの記事について-2

『武将ジャパン』大河コラムその2です。それから先日投稿分で、第32回を第31回に、本文中の「悪逆非道」を「極悪非道」にしていましたので、それぞれ訂正しています。

なんとなく偉そうな正信。なぜ、ここまで大きな態度でいられるのか。
軍師的ポジションならば、まずは天候の話をするのが自然な流れでは?
風が強ければ火を使うとか。
雨が降るならば水害を利用するとか。
そういう見通しが一切なく、未来を知っているからこその結論(中入り)をドヤ顔で出してくる。

この時まず家康が
「お主が秀吉方ならどう攻める?」
と訊いているわけです。すると正信がここを攻めると石を落とす、つまり三河へ攻め入ると答えています。
実際相手は大軍で、三河中入りに手勢を割くことは可能であり、だからこそそれを阻止するため、堀の工程を一部変更して、抜け道を作るに至った、そういう流れではないのでしょうか。
これは野戦ではないし、季節的に雨が多いわけでもなく、必ずしも天候の話に結びつける必要もないかと。

そして「未来を知っているからこその結論」絡みなのか、
「同じ脚本家の映画『レジェンド&バタフライ』の帰蝶もそうでした」
とありますが、毎回毎回同じネタばかり出してくるのもどうかと思います。古沢氏叩きなのでしょうが。

豪華キャストが鬼武蔵こと森長可を演じるということで話題をさらっていました。
誰が見てもカッコイイ。
確かにそうですが、あの恐ろしいイメージの森長可なのに、陣羽織が真っ白で血の一滴すらついておらず、凄みが感じられない。鬼武蔵を出すならば、あえて首を二~三個束ねて持ち運ばせるシーンとか、生首から滴る血を舐めさせるとか、血まみれの握り飯を食うとか。
感染症なんて関係ねーわい――という鬼ならではの個性が欲しかった。

第27回で、安土城で淀の鯉が振舞われた際、信長が光秀を折檻するシーンでも、かなり制約があったことを武者さんはご存知かと思います。
今の時代、
「あえて首を二~三個束ねて持ち運ばせるシーン」
「生首から滴る血を舐めさせる」
いずれもアウトでしょう(血まみれの握り飯はどうだかわかりません)。武者さんの言う凄みは何とも猟奇的ですね。
それと
「感染症なんて関係ねーわい――」
大河収録でも感染症対策にかなり注意が払われていると思いますが、その思いを無にするような発言ですね。

今後、そうした武将の登場機会があれば、月岡芳年『魁題百撰相』でも参考にしていただきたい。あれは芳年が上野戦争を目撃した結果の絵ですので、人間のリアルな狂気が伺えて実によいものです。
NHKの夜8時ではきついかもしれませんが、血しぶきだけは好きな本作ですので今さらではありませんか。

月岡芳年も頻繁に出して来ていますが、なぜ戦国の武将を描くのに、同時代人でもない、幕末から明治にかけての浮世絵作家の作品を参考にする必要があるのか不思議です。
そして
「血しぶきだけは好きな本作ですので」
血しぶきがそこまで出て来ますか?

井伊直政と本多正信をバディにしたいというのはわかった。
ただ、描き方がひどく稚拙に見えます。
『麒麟がくる』の明智光秀と細川藤孝とか。
『鎌倉殿の13人』の畠山重忠と和田義盛とか。
彼らのように複雑で物悲しい人物同士の繋がりが、本作では全く描けていません。
今まで二人の関係性が全く描かれてなかったから、しょーもない回想を入れて間を持たせただけのように見えます。

また『麒麟』に『鎌倉殿』が叩き棒ですか。
光秀と藤孝、重忠と義盛のような結びつきは、そもそもこの2人にはありません。
かつて家康を殺そうとしたことがある、しかし正信は追放で許され、直政も家臣として取り立てられている。そういう自分たちをなぜ殿は許し、信じるのか、戦無き世を作るのはそういうお方だと直政が言う、このシーンで一番強調されるべきはこの部分だと思いますが、なぜかその点については何も書かないのですね。

どころか、

それだけでなく、直政の顔の汚し方も、正信の握り飯の食べ方も、とにかくわざとらしくてリアリティがない。
過去のエピソードがあまりにお粗末なので、二人は役に入り込めているのか?と不安になりながら見てしまいます。

ああいう作業では顔は泥まみれになるでしょうし、正信の握り飯の食べ方も、どこがわざとらしいのでしょうか?
そして
「二人は役に入り込めているのか?と不安になりながら見てしまいます」
武者さんが心配することではないと思いますが…。

それに前述のように、井伊直政はあまりに細い。
腕の細さは困惑するばかりで、それでも彼を登用したいなら、見た目とは違って戦場ではとにかく非情だという一面にスポットを当てるべきではありませんか?

その「戦場では非情」というのは、これから出て来る可能性がありますね。
それと人を見た目で判断するなといった記述が多い割に、こういう時は見た目をことさらに強調するのですね。

ハッキリ言ってしまえば、力仕事は別の武将に任せるべきだったでしょう。
『鎌倉殿の13人』の八田知家は、土木工事担当キャラクターでした。あの丸太のような腕と分厚い胸板なら、圧倒的な説得力があった。
今年は適材適所が全くなっておらず、だからこそ物語も薄っぺらく感じてしまいます。

八田さんの場合は正に土木専門でしたが、この場合は家臣たちが、人夫たちに交じって土木作業に駆り出されているわけで、意味するものが違うかと思います。
そしてまた「適材適所」。武者さんの場合は、自分が描いてほしいシーンに、自分が好きな俳優さんを出してくれという意味のようですね。

なにかすごい図面があるらしい。
いや、だから、どうすごいのか?それを説明するのがドラマではありませんか?
このドラマは戦場での説得力が圧倒的に欠けていて、ため息をつくしかありません。

「すごい図面」?
工事現場で忠勝が言っていた「見事な図面」のことでしょうか?
元々図面を描いた康政にしてみれば、戦場で忠勝にかなわないから「おつむを鍛えた」わけで、それがこの図面を生み出したと思われますし、また家康が、秀吉に気づかれずに中入り勢を叩けばよいと言って、部分的に手直しを施しており、そう言った意味での「見事な図面」なのでしょう。

にもかかわらず
「昭和平成の中高生が「おめーって、マジすげーよ」「ベンチ入りするなんてヤバい」と言い合っている程度の描写しかできない」
「なぜ、そんな限定的世代の青春コメディしか描けないのに、大河をやろうと思ったのか」
なのだそうです、武者さんとしては。
今年の場合、出演者もそうですが、制作スタッフ叩きがとにかく半端ないですね。にもかかわらず、ドラマ本編をきちんと観ているようには見えないのですが。

「出て欲しくないリスト」にいた羽柴秀次が、ついに出てきていまいました。
今後おそらく、彼の立ち位置を満足に説明せず、妻妾惨殺だけはねっとりと描くのでしょう。
そうなれば駒姫の描写は避けられず、頭の痛いところです。

武者さんが「出て欲しくないリスト」に入れていようがいまいが、スタッフが必要と判断すれば登場します。
そして「妻妾惨殺だけはねっとりと描くのでしょう」、これまたスタッフにも、そして豊臣秀次という歴史上の人物にも失礼かと思うのですが。

まっとうな徳川家康のドラマならば、最上義光との関係は重要ですが、今年はそうでない。
このドラマが本当に最新の学説を取り入れるのであれば、87年の大河ドラマ『独眼竜政宗』の頃からはるかにアップデートされた東北戦国史が描かれればよいですが、せいぜい伊達政宗が登場して終わりではないでしょうか。

「まっとうな徳川家康のドラマ」とありますが、今まで最上義光が役名入りで登場したのは『独眼竜政宗』のみです。1983年の『徳川家康』、2000年の『葵 徳川三代』いずれも出て来ていません。
そして
「このドラマが本当に最新の学説を取り入れるのであれば、87年の大河ドラマ『独眼竜政宗』の頃からはるかにアップデートされた東北戦国史が描かれればよい」
とありますが、これは徳川氏のドラマであり、東北戦国史とはまた違います。
それと政宗の頃からはるかにアップデートした東北戦国史て、たとえばどのような史料や新説があるか、それを明確にして貰えないでしょうか。

そもそも、この時点では「羽柴秀次」ではなく、まだ信吉のはず。
本作は名前の変遷をやらず、一番通じる名前だけで通すようです。

では、これをもう1度貼らせてくださいね。

武将ジャパンおかしな点豊臣秀吉

「明智光秀の首を取ろうと思ったら豊臣秀吉に先を越されちゃった」
繰り返しますがこの当時は羽柴秀吉であって、豊臣秀吉ではありません。
「名前の変遷をやらず、一番通じる名前だけで通す」のは武者さんも同じです。

それと秀次は、既に天正9(1581)年には秀次を名乗っていたという説もありますね。

今週もド近眼設定を忘れたレーシックお愛。
(中略)
こうして「レーシック」と近眼設定に触れると、「そんな細かいことはどうでもいい」という意見もあるかもしれません。
違います。
この近眼設定を忘れることそのものに、このドラマの本質がみっちり詰まっているのです。

まず、あの岡崎城のシーンのどの部分が、「近眼設定でない」と言い切れるのでしょうか。
それに関する記述が、まるで抜け落ちていますね。

そしてそのドラマの本質なるものですが、

「(於愛が)同じ近眼の人々に情けを施し、それが慈愛ある姿として記録されているからでした。
もしも彼女の魅力が「優しさ」にあると真摯に思っていれば、そこを間違えるはずがありません」

とあり、そしてその後は、例によって例の如くと言うべきでしょうか、

「過去作品でいえば『麒麟がくる』の駒を嫌いそうな感受性ですね。
駒は、光秀の父に救われた結果、医学を身につけ、多くの人を救う医者になりました。
たったひとつの少女の命を救うことで、助かる人がたくさんいる。人間の命をひとつひとつ大事にするという彼女の心は、作品の根幹にあるテーマの象徴だったと思います」

なのだそうです。さらにこうも書かれています。

「そこを読み取れず、小馬鹿にしてヘラヘラ笑っているのだとしたら、どういう感受性なのでしょう」

何のことはない、結局駒に絡めて於愛を叩きたいだけではないのかと思ってしまいます。
一方で於愛。彼女と家臣の妻たちが、三河中入り勢がやって来ると聞かされた時、この岡崎は我らの手で守り通す、徳川の勝利を信じようぞと呼びかけています。
於愛が近眼でないと思われる描写もないし、まして人命をおろそかにする描写も出て来ません。
何よりもこの大河では、於愛が近眼の人々に情けを施すシーンはまだ登場していません。

あともうひとつ。
「クライマックスになるなる詐欺」とやらで、家康が何度も

信長を倒す。
秀吉を倒す。
これが最後の大戦。

と嘘をついているとあり、

秀吉は床几に腰掛け顔芸タイム。
家康は詐欺タイム。
徳川家臣は青春タイム。
レーシックとその周囲は女子マネタイム。
そんなことより、もっと合戦シーンに注力すべきではありませんか?

とまで書かれていますが(ついに於愛が『レーシック』だけになりましたか)、まず家康は、当該の相手を倒したいと思いつつ、状況によってそれを阻まれてしまっています。ただその敗戦あるいは果たせぬ思いを繰り返すことにより、成長して行くわけです。無論その成果が出るまで、もう少し時間がかかるでしょうが。

そして秀吉、家康、家臣、於愛のシーンのいずれもが、合戦を描くパーツとして機能しているわけですが、それを読み取れていませんね。ならば武者さんが言う合戦シーンて、どういうことなのかと思っていたら、

合戦というのは、何も戦うばかりではなく、先に申しましたように、本多正信がもっと様々な想定を提案して家康に投げかけてもいいし、地図を使った戦術のシミュレーションだってあるでしょう。

だから正信は、三河の方が狙われると警告していますよね。そして康政は図面を描き替えて抜け道を作らせ、それに従って本軍が出て行き、中入りに向かった池田・森両軍を討ち取っているわけです。これも合戦シーンではないのですか。
「本多正信がもっと様々な想定を提案して家康に投げかけてもいいし」
「地図を使った戦術のシミュレーション」
ではその様々な想定とはどのような想定で、地図を使ったシミュレーションとは、どういう戦術のシミュレーションなのでしょうか?


飲み物‐黒ビールと木のテーブル
[ 2023/08/24 01:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『風花帖』-7

新六はかつて御前試合で夢想願流をやってのけ、さらに霧ヶ岳の烽火台へ火を放つことも、難なくこなした。それだけでも計り知れない腕の持ち主ではあったが、どこか軽く見られるところがあった。元々軽格の家ということもあったが、おとなしくて謙虚であるため、何を言っても怒らないだろうと受け止められがちだったのである。

実際彼が怒りをあらわにして、口論するところなどを見た者はいなかった。無論おとなしいだけなら、他にも似たような者はいた。しかし新六の場合、武芸の技量がありながら謙虚であるという点が、その他の者と大きく異なっていた。

そのため新六と対峙していると、何か圧迫されるものがあり、それをはねのけようとして、軽んずるような行為に出るようにも取れた。そういう点が新六が身にまとっている不運のようにも感じられた。

仮に与市たちの目論見が成功し、実権を握るようになっても、新六の手柄は認められず、陰の役回りを押し付けられるに違いなかった。あるいは犬甘兵庫は、新六に陰の役回りを与えるため、自分の派閥に入れようとしたとも取れた。

つまりは刺客であった。源太郎は兵庫失脚の際に、せっかく手駒を手に入れたと思ったが、遅かったかとつぶやいたと噂されたのを思い出す。兵庫は政敵を抹殺するためなら手段を択ばなかった。

新六に目をつけたのは、兵庫に人を見る目があってのことだった。新六はこれからも陰の役回りとして、日の当たらない道を歩き続けるのではないか。源太郎には新六が憐れに思えた。そういう運命に陥ったのが吉乃のためであれば、やはり吉乃に新六のこの思いを話すわけには行かなかった。

吉乃は不思議そうな顔をした、源太郎は低い声で言った。
「いや、まことに印南殿は御家を思う忠義の士だな。その覚悟のほどに感じ入ったということだ」

吉乃は、口ごもる源太郎の表情に今までにない翳りを見て取り、不安を覚えた。外は寒気が厳しく、粉雪が舞っていた。

この頃藩主小笠原忠固は参勤交代で江戸におり、偽の烽火の件を聞いて、余が溜間詰になろうとする宿願を妨げるじゃなと洩らす。45歳の忠固は、溜間詰となることで老中への道を歩もうとしていた。

この老中となることへの熱意はすさまじく、それを理解しない家臣たちへの怒りは大きかった。小笠原出雲は、この件がかつての犬甘派の仕業に間違いないこと、上原与市が、重臣の小宮四郎左衛門や伊藤六郎兵衛、小笠原蔵人、二木勘右衛門らをそそのかしていることを忠固に知らせる。

如何なる手を打つべきかと尋ねる忠固に、出雲は、側用人の渋田見主膳を家老に昇進させることを提案する。主膳は出雲と同い年で親しく、また有能でもあったが、それゆえに人を見下す癖があった。

しかし主膳を家老にすれば、国許で不満が巻き起こることは間違いなかった。しかし出雲は、騒ぎを収めてこそ溜間への昇格も可能になると説き、忠固も承知する。今後騒ぎは大きくなるだろうが荒療治は必要で、そのことを伊勢勘十郎に伝えておこうと出雲は考えていた。


新六は地味に仕事をこなします。しかし目立たないのに剣術に優れているというのが、相手に無用の反発心を抱かせるとも言えます。犬甘兵庫がそんな新六を派閥に加えたのは、彼の武術を見込んでのことでした。しかしその武芸の確かさゆえに、資格としての、いわば汚れ仕事を押し付けられるようになっているのが、源太郎に取っては不憫に感じられてしまいます。

一方藩主小笠原忠固。老中への夢を何としてでも果たしたいと思い、そのためその夢をくじくような、国許の騒ぎに怒りを覚えます。この騒ぎを鎮めるには、側用人の渋田見主膳を家老に取り立てるようにと出雲は言い、それを行ってこそ老中への道も開けるとまで言います。既に重役が与市に篭絡されている感がある今、忠固も出雲も、この取り立てにやぶさかではありませんでした。

これにより、小倉藩がかなり混沌としてくるのが予想できます。また源太郎と吉乃の会話で、源太郎の苦悩もまた浮き彫りになって来ます。ところでこの時外では雪が降っているわけですが、先日の投稿に上げた小倉城の雪景色、この時もあのような天気だったのでしょう。

飲み物ーアイスカフェオレ
[ 2023/08/23 05:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第32回に関しての武将ジャパンの記事について-1

『武将ジャパン』大河コラムその1です。


30回もの放送を過ぎ、ようやく落ち着きのある大河らしさを前面に出してきたようです。
これまでは時系列を逆転するなどの遊びが酷く、見ている側は混乱させられました。
ただ、せっかくの雰囲気も、ナレーションがあの調子では結局台無し。
「決戦の時が迫っております!」
と、盛り上げようとしているようですが、声のトーンが相変わらず講談師のようで、ズッコケそうになります。
(中略)
彼女の声は春日局説もありますが、そんな小手先の話ではなく、もっと全体の骨格をしっかり整えてくれるような語り調のほうがよいのではありませんか。

今までも大河らしさを感じさせるものはありましたが、武者さんがそう思っていないだけではないのでしょうか。
「時系列逆転」も、ドラマをよく観ていたらわかるかと思いますが。
また寺島しのぶさんのナレですが、「春日局」、つまり後世の春日局が過去を振り返るような形であるということでしょうが、それが「小手先」の話に見えますか?具体的に
「全体の骨格をしっかり整えてくれるような語り調」
とはどのようなものですか。

直後に登場する秀吉の陣羽織も、質感が絨毯のよう。
『真田丸』の秀吉も、派手で凄まじいセンスの衣装でしたが、それが似合っていたし納得できた。
このドラマは脚本の流れだけでなく、衣装にも説得力が感じられず、その思いはオープニングテーマを聞いていると、さらに強くなります。
戦国乱世の重厚さどころか、せいぜいが運動会のマーチ程度に思える。
わかりやすさを重視して間違ってしまったのか、背景のアニメも同様に緊迫感がありません。
キラキラした悪趣味なロゴばかりがドーン! と目に飛び込んできて、『いつの時代のドラマなんだ?』という違和感が拭えません。

「質感が絨毯のよう」
先日もご紹介しましたが、柘植氏のコラムから。

この中で柘植氏は、現存する「鳥獣文様陣羽織」(京都国立博物館)がペルシャ絨毯を陣羽織に仕立てたものであること、それをもとにオリジナルを作ったことに触れています。ですから
「絨毯のよう」ではなく、
「絨毯」なのですねこれは。

尚京都国立博物館のページはこちらです。URLだけ置いておきます。
鳥獣文様陣羽織
(ちょうじゅうもんようじんばおり)(綴織)
https://www.kyohaku.go.jp/jp/collection/meihin/senshoku/item06/

それと「『真田丸』の秀吉の派手で凄まじいセンスの衣装」
これは蜻蛉燕文様陣羽織でしょう。この画像では、淀殿を演じる竹内結子さんがこれをもとにした衣装を着ています。これも現存し、大阪城天守閣に展示されています。

真田丸淀殿
『真田丸』公式サイトより

あとOP、なぜ衣装から急にOPテーマに飛ぶのかとも思いますが、あの背景のアニメは家康に関わるものが表現されているわけで、これもきちんと観ていたらわかるのではないでしょうか。

「良いところを無理やりに探す」少女ポリアンナのように、本作の改善点を強引に挙げるらば、床几の導入でしょうか。
しかし、その思いも井伊直政で台無しになります。
彼は顎が細く、色が白い、そして全体的に細い。
2021年大河ドラマ『青天を衝け』では幕末の貴公子として登場したため、違和感はありませんでした。
しかし今回はどうしたって線の細さが目につく。
江戸時代後期以降の白米を食べている印象顔に見えてしまいます。適材適所にできなかったのでしょうか。

ポリアンナ、ひところ何かのように「いいこと探し」関連で登場していましたが、また出して来ましたか。
しかし床几の導入で何が改善されたのか、それが書かれていません。

それから板垣李光人さん演じる井伊直政ですが、この人物は『甫庵太閤記』などでも美少年とされており、いくらか女性的な雰囲気であるかとは思いますが、大きく外してはいませんね。
それに
「江戸時代後期以降の白米を食べている印象顔」
て何ですか?
あと武者さんの適材適所というのは、どうも自分が好きな俳優さんを出せという意味にしか取れません。

現代ドラマの詐欺師のような本多正信がわざとらしく登場したかと思ったら、秀吉のことを「悪逆非道なり〜」と、何らひねりのない罵倒。
罵詈雑言を浴びせるにしても、他に言葉はなかったのでしょうか?
なぜ脚本の語彙力不足をどこかで加筆修正できないのか。
フィクションであればこそ、こうしたところは書き手の腕の見せ所であり、面白さを出せる場面でしょう。それが、手垢にまみれた「悪逆非道」という語句では、せっかくの正信の知性もぼやけてしまう。
おまけに腹の底から出ていない発声のせいか、声がペラペラと聞こえて、悲しくなるばかり。

「悪逆非道」は立派な罵詈雑言であると思いますが。
具体的にどう言ってほしいのですか?それをちゃんと書かないと説明不足ですよ。
そしてなぜ、脚本が語彙力不足であると言い切れるのでしょうか。
正信の知性がぼやけるとか、発声の問題とか、最初からネガティブな視線で突っ込んでいるだけのように見えます。

そもそも、こんなところで怒鳴って、誰に聞かせるつもりなのでしょう?
徳川勢が愚かで品性下劣にも見えてくる。あまりにくだらない場面です。

ここで皆があれこれ言うのを、榊原康政が書き取っているわけですね。
「悪逆非道なり」の前に正信が、
「皆、思い思いの悪口を申せ」
とも言っているけど、武者さんちゃんと観ていましたか?
これで秀吉を怒らせようという作戦なのですが。

悪口が記された看板や紙を池田恒興が秀吉の前に持ってきて、何やら煽っている。
しかし、ここでも言葉が物足りない。
どうせフィクションなのですから、別に戦国時代にこだわらず、『三国志』だって参考にしてもよいでしょう。

「どうせフィクションなのですから」
十万石の檄文をご存知ないのですか?
『藩翰譜』に出て来ますよ。
なのにここで漢籍云々。結局ここでも「自分が描いてほしい大河」なのですね。しかも史料にあるのに無視しているし。

挙句の果てに、秀吉に
「人の悪口を書いて面白がっている奴は、自分の人生を特別だと思っているんだ!」
なんて言わせてますが、これはどういう意図なのでしょう。
暗に、『どうする家康』を批判する者たちに向けて発せられているんですかね。
あるいは、秀吉のその言葉を肯定的に捉えるのだとすれば「だから徳川軍はダメなんだよな」となってしまいます。急にどうしたのでしょう。

×「人の悪口を書いて面白がっている奴は、自分の人生を特別だと思っているんだ!」
〇「所詮人の悪口書いて面白がっとるようなやつは、己の品性こそが下品なんだと白状してるようなもんだわ」
ちなみにここのシーン、現代社会に刺さると言う人もいたようで、

NHK大河「どうする家康」ムロ秀吉の悪口に対するアンサーが話題に 視聴者「全てのSNSユーザーが胸に留めたい」「正論かましてきた」
「秀吉のその言葉を肯定的に捉えるのだとすれば『だから徳川軍はダメなんだよな』となってしまいます」
それは、ドラマの中で秀長が
「信用を失うんは徳川の方だて」
と言っていますね。

罵詈雑言の看板に対して、秀吉が吐いた台詞。
あれはアドリブの可能性も考えられます。
以前から、脚本ではなくアドリブが目立っている本作、公式ガイドブックの「第32回あらすじ」では、秀吉の台詞が「家康はひざまずく」といった趣旨の一文しか記されていません。
私は公式ガイドブックを持っていませんので担当者に確認してもらったのですが、このシーンでは榊原康政による「野人の子」という言葉に注目されていたようです。

「アドリブの可能性も考えられます」
では何を持ってアドリブとみなすのか、これも説明してほしいです。

ちなみに「家康はひざまずく」云々、後編ガイドブックの151ページですが、
「…家康は、この卑しき野人の子にひざまずくんだわ」
とありますね。しかしその前に、秀吉がこの康政の立札(看板でなく立札です)を見て激怒する様子が、きちんと文章で書かれています。
つまり、秀吉が康政の立札に対して吐いたセリフはアドリブではなく、一連のセリフをそのまま持ってくると長くなるから、文章で説明しているだけでは?

尚「野人の子」というのは、前出十万石の檄文にあるもので、康政公の像の立札にもそう書かれている由。

そして武者さん、大河について書いて報酬を貰っているのなら、公式ガイドブックくらい揃えませんか?


飲み物-グラスに注がれたエール
[ 2023/08/23 05:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

光雲神社と西公園

今回は福岡藩関連ですが、お城を離れ、光雲神社と西公園のご紹介になります。

まず黒田如水公、そして黒田長政公を祭る光雲(てるも)神社です。
今年は長政公没後400年であるため、10月に大祭が行われることになっています。この長政公にちなんだ大水牛兜の形の手水舎や母里太兵衛像、メグスリノキなどを境内で目にすることができます。

メグスリノキに関してですが、これを使った目薬で黒田家の財が築かれたと言われています。『軍師官兵衛』の第1回で、薬を作るシーンが出て来ますね。

光雲神社

境内には荒津神社や堅磐神社もあります。
ただしこの神社は、西公園の領域には含まれません。

光雲神社参道
光雲神社参道(ウィキメディアより)

西公園と言うのは、福岡城からもう少し北の、海の方へと突き出た山にある公園です。かつては荒津山と呼ばれたこの場所は桜の名所でもあり、またツツジや紅葉も有名です。

西公園|水と緑のオアシス

そして最近では、再整備の計画が持ち上がっています。

桜の名所『西公園』が〝にぎわいのある魅力的な公園〟に生まれ変わる【福岡市中央区】(フクリパ) - goo ニュース

この荒津山の南側は荒戸と呼ばれています。
かつて武家屋敷があった場所で、福岡藩を舞台にした小説『十時半睡(とときはんすい)事件帖』によく登場します。
この小説は武士の日常生活でのトラブルに、福岡藩総目付十時半睡が関わって行く様を描いたもので、90年代にNHKでドラマ化されています。

余談ながら、この小説で海上をトビウオが跳ねる場面があります。
このトビウオ(アゴ)はダシに利用され、お雑煮にも使われます。久原本家のものが特に有名で、この会社はダシについて知って貰おうと、福岡のキッザニアにパビリオンを出しているほどです。


[ 2023/08/22 01:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第32回「小牧長久手の激闘」あらすじと感想-2

第32回後半部分ですが、その前に。人物デザイン関連で陣羽織に関するコラムが、公式サイトにアップされています。あの秀吉の絨毯風な陣羽織、実在の「鳥獣文様陣羽織」をモデルにしたオリジナルだそうですね。

人物デザインの創作現場から vol.9 ~ 不二陣羽織とペルシャ絨毯陣羽織 ~ 
(どうする家康公式サイト)


図面を見る康政に忠勝が近づいて言う。
「こんな見事な図面を描けるようになっていたとはな」
康政は忠勝に追いつき、追い抜くのが望みだったが、戦場ではそれはかなわないようで、ならばおつむを鍛えるしかない、地味な仕事の方が性に合ってるようでなと答える。

その康政は忠勝に、お主こそ無茶が過ぎて早々に討ち死にすると思っていたが、しぶといと言う。戦場(いくさば)でかすり傷ひとつ負ったことがないと、またも口にする忠勝に、傷を負ったことに気づいとらんだけだろうと康政は言いつつ、さらにこう付け加える。
「まあいい。それを信じた大勢のやつらがお主に震え上がっとるからな、大したものよ」

忠勝は家康を天下人にするまでは、死ぬわけには行かないと言う。康政もそれにうなずき、人夫たちを激励して再び仕事に戻る。一方で秀吉陣では三河中入りが正式に告げられ、しかも単なる囮ではなく、岡崎を落として家康をおびき出そうとしていた。中入り勢は池田勝入、森長可、堀秀政、そして総大将は甥の羽柴秀次であった。

3万の軍勢は岡崎を目指し、清正は物見につく。家康が小牧山を出たら追い打ちをかけるためだった。
秀吉は一人つぶやく。
「岡崎を灰にしてまうか、出るか、どうする?家康…」

中入り軍が出陣したことは、家康にも知らされた。案の定じゃなと家康。この知らせは岡崎城にももたらされる。しかし於愛は女たちに言う。
「皆、たとえいかなる強敵が来ようとも。この岡崎は我らの手で守り通す。徳川の勝利を信じようぞ!」
一同はそれにうなずく。

家康の陣である小牧山城。工事が完了し、家臣たちも戻って来た。そこへ泥のついていない、従って工事に加わっていないと思われる正信が、くたびれ申したと姿を現す。仕事をしていないと責められても素知らぬ顔だった。そして彼らはこれから中入り勢を叩くことになる。

家康は言う。
「弱く臆病であったこのわしが、なぜここまでやってこられたのか…今川義元に学び、織田信長に鍛えられ、武田信玄から兵法を学び取ったからじゃ」
さらに家康は言う、よき家臣たちに恵まれたからに他ならぬ、礼を申すと。

この戦が我らの最後の大戦となるやもしれぬ、いやせねばならんと家康は声を張り上げ、我らの手で天下をつかむ時ぞと一同を激励する。そして彼らは密かに小牧山城を出て行くが、秀吉軍は無論それに気づいていなかった。清正も正則も、堀を掘ってばかりで出て来ない、我らの大軍に震え上がって、出てこれんのは無理もないと、いわば相手を舐めていたのである。

織田と徳川の軍勢は城の外に出た。その頃勝入は、徳川は岡崎を見捨てるかも知れんと言い、長可はならば遠慮なく落とすことを提案する。すると銃声が聞こえ、最後尾の秀次と秀政の軍勢が、白山林で徳川の奇襲を受けているとの知らせが入る。この戦いでは康政が一番槍を務め、功績を挙げていた。

始めて赤具足を身に着ける直政は、かつて母ひよから化粧をして貰いながら、このように言われたことを思い出していた。そなたはまことにバカな悪童だけど、母に似て顔だけはきれいだから、見た目のよさも天賦の才ぞ、きっと徳川様のお目に留まる、徳川様を、天下一のお殿様になされと。それはつまり、井伊家の再興を意味していた。

やってみせますぞ、母上と一言口にする直政。徳川本軍が出陣した。その頃池田・森の陣では、長久手に新たな軍勢が現れ、しかも金の扇が見えるとの知らせを受ける。家康の軍じゃ、大将自らお出ましじゃ、相手に不足なしと勝入も長可も気炎を上げる。

家康を討ち取れとの掛け声のもと、兵たちは攻撃を仕掛けるが、彼らの目の前に現れたのは赤備えの井伊の軍だった。一瞬武田の兵かとひるむ彼らに、かかれと号令する直政。そして羽柴方も、武田は滅んだ、残党であると立ち向かって行くが、勝利を収めたのは井伊の軍勢だった。

秀吉の陣へ、長久手での戦いの様子が知らされる。物見は何をしとったんじゃと言う秀長に、秀吉は堀ではねえ、やつらがせっせと掘っとったんは、守るための堀ではなく、密かに打って出るための抜け道だわ!と吐き捨て、その場を去る。そして小勢で迎え撃つ忠勝は、蜻蛉切を手に、羽柴軍にここから先は一歩も通さんと大見得を切る。

結局長久手では、三河中入り勢は総崩れとなり、勝入も長可も戦死した。秀吉は陣を引き揚げる。そして小牧山城では家康が勝鬨を上げ、勝利の喜びに浸るが、数正だけは浮かぬ顔をしていた。そして秀吉は、言うこと聞かんやつがおらんくなって、かえってよかったわと言いつつ、この中入りの策は自分の策ではなく、勝入が無理強いした策だと言いふらせと、秀長や清正、正則に命じる。

しかし清正や正則は、家康を警戒する。信長様が散々徳川をこき使って、とんでもねえ軍勢を育ててまったと秀吉。だか案ずることはねえ、家康には勝たんでもこの戦には勝てると言う。敵の総大将は家康ではなかったからである。

小牧山城では祝勝会が行われていた。総大将である信雄はえびす顔で家康に礼を言う。正信は、勝利を導いたのは敵の策を見破った自分であると哄笑するが、康政、直政そして忠勝に続くもう1人の徳川四天王は、この人物ではなく、大黒柱的存在の忠次だった。

忠次は海老すくいならぬ天下すくいを踊り、他の者たちも交じって踊り出すが、数正はそれにも加わろうとしなかった。素直に皆と喜べと言われ、喜んでおりますと数正は答え、若い家臣たちを褒めるものの、秀吉には勝てないと打ち明ける。

1つ戦を制しただけのこと、秀吉は我らの弱みに付け込んでくると、数正は憂えるような顔をしていた。それは、我らの天下じゃとはしゃぐ「総大将」信雄とは好対照だった。


三河中入りが始まります。総大将は羽柴秀次、後に殺生関白の異名をとる人物です。この当時はまだ信吉であったとも、既に秀次を名乗っていたとも言われています。しかし気づかれないように、抜け道から城を出た徳川軍から攻撃を受け、命からがら逃げ帰るものの、池田勝入、森長可を失うことになります。

しかしこの大河での秀吉は、言うことを聞かんやつがいなくなったとあっけらかんとしたものであり、しかも勝入が、自分の言うことを聞かずに中入りを強行したと言わんばかりです。自分もこの策を考えていたはず、だったのでは…?そしてまだまだ秀吉は切り札を用意しているようで、数正はそのことを案じているのでしょう。

実際この後、織田信雄は調略されてしまいます。相手の総大将に言及したのはそのためでしょう。
ところで今回秀吉が
「どうする?家康…」
と口にしていますが、最早家康はうろたえも迷いもしませんでした。自分たちの策でつかんだ勝利であり、その意味では彼自身の成長を窺わせるものがありますが、しかしその後の秀吉の計略までは、流石に読めていなかったようです。信長のみならず、この秀吉からもまだまだ鍛えられそうです。

そして徳川四天王。戦場ではかなわないと忠勝に話した康政ですが、長久手では一番槍を務めて功績を挙げます。次に井伊直政。仕官の前に母ひよから、見た目のよさも天賦の才ぞと言われたことを思い出します。ただ家康に仕えてからは、そこまで「見た目」がものを言ったと言うより、本来の武人としての才を認められたように思えますが。しかし彼の「義経気取り」、結局どうなったのでしょうね。

さらに本多忠勝。かすり傷ひとつ負わぬが戦場でまた登場します。蜻蛉切にあわやトンボが止まりそうになるにも芸が細かいですね。そして彼のトレードマークとも言うべき、鹿角脇立兜が披露されます。この四天王、残る1人は本多忠次で、今回は天下すくいを披露です。また正信は相変わらずのふてぶてしさですが、一方で数正はどうも素直には喜べないようです。

ところで2023年の「博多祇園山笠」の飾り山笠に、この徳川四天王+徳川家康が登場しています。ただし本多忠次の代わりに、ひっくり返される森長可(向かって下右)が入っています。

飾り山(見送り*)
(山笠ナビ)

(*)飾り山笠のうち、櫛田神社から遠い方をこのように呼びます。近い方が「表」となります。

飲み物-冷えたビール2杯
[ 2023/08/22 01:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第32回「小牧長久手の激闘」あらすじと感想-1

今回も井伊直政の衣装から。今回の赤備え関連で『おんな城主 直虎』との比較です。
(『どうする家康』録画及び『おんな城主 直虎』公式サイトより)

どうする家康井伊直政赤備え 直虎50直政

この両方を比較する限りでは、兜の造りが違っており、また陣羽織の色も違っています。あと直政が母ひよと向かい合っているシーンがありますが、『おんな城主 直虎』ではしのという名前でした。

それと先日の、taketak39460607さんのnote関連記事、部分的にいくらか手直ししています。

では前半部分のあらすじです。

天正12(1584)年3月、家康と秀吉は天下を巡って直接対決となり、家康が陣を構えた小牧山城では工事が行われていた。小牧山から秀吉の陣がある楽田城までは、1里半(約6キロ)しか離れておらず、しかも大軍勢がひしめきあい、数日間にらみ合いが続いていた。織田信雄は大軍勢の相手にどうやって勝つのかを家康に尋ねる。

代わって石川数正が、相手は兵に食わせるだけでも精一杯で長引けば焦りも出る、そのうえで和議をと言うものの、本多忠勝や井伊直政、榊原康政など、比較的年齢が若い家臣たちは反対し、相手と戦うことを望む。忠勝に至っては、二度と和議など口に出さないで貰いたいと言う始末だった。

数正はそうではないと弁明しようとするが、あれだけの大軍勢をまとめているゆえ、無駄な動きはしないと家康。しかしにらみ合いにも限度があるため、本多正信は秀吉の悪口を書き連ね、その辺りに立札を立てる方法を提案する。これに康政が乗る。康政は字がうまいため、他の者が口にした悪口を書きしるすことになり、若い家臣たちは思いつくまま秀吉の悪口を言い立てる。

悪口を書き記した板切れを、池田勝入と森長可がは秀吉陣に運び込んでくる。康政の名で書かれたその悪口を、読んでみるよう秀長に命じる秀吉。ためらう秀長に代わり、勝入が内容を読み上げる。秀吉は野人の子なりから始まる罵詈雑言を聞いた秀吉は、嘘泣きのような泣き声をあげながら、榊原は筆が立つのうと言いつつ、このような文でわしを怒らせられるかと今度は笑い出す。

秀吉は板切れを地面に打ち付けて言う。
「わしゃあ~、まっと、まっと、まっとひでえことばっか言われ続けて来たんだで?」
それに比べると、この分はかわいいものだと板切れを放り投げ、兵たちに踏むように言い、さらにこうも言う。
「所詮、人の悪口書いて面白がっとるようなやつは、己の品性こそが下劣なんだと白状しとるようなもんだわ」

秀長もそれに同意し、信用を失うのは徳川の方だと言う。秀吉は明言する。
「この卑しき野人の子に、家康はひざまずくんだわ」
それでよいぞ筑前、起こったら相手の思うつぼ、お主にはわしがついとると勝入。2人は笑い声を立てるが、森長可、加藤虎之助(清正)、福島正則は厳しい顔をしていた。

勝入と長可が去った後、秀吉は笑いを引っ込め、勝入は面白がっとるようだと言ってさらにこう言う。
「腹ん中じゃ、まんだ自分が上だと思っとる」
一方徳川陣では、そろそろ秀吉方が動き出すのではないか、どの方角から攻めて来るのかが話し合われ、家康は正信に、お主が秀吉ならどう攻めるのか尋ねる。

正信は地図の上の石を落とし、こう答える。
「ここを攻めますかな」
その場にいた者たちの表情に緊張が走る。そして工事中の人夫たちに、康政から工事の変更が言い渡される。その様子は秀吉の陣からも窺い知れた。

また堀を掘っていると言う清正、そして正則は、尚も守りを固めるとは気の小さいやつらよと見下していた。そこへ勝入が長可とやって来て、策があると言い出す。池田軍を三河にやって岡崎城攻めに向かわせるのである。岡崎城は守りが薄く、家康は籠城をやめ、追いかけるに違いなかった。そこを秀吉本隊とで挟み撃ちにするのだった。

つまり「中入り」だった。要は軍の一部を使って、相手が思いもよらない場所を攻撃するのである。しかし秀吉によれば、肝心の本軍の塀を減らしてしまうため、上策とは言い難かった。しかし勝入はここは従っておけ、自分のおかげで織田家臣たちがお主について来ていることを、忘れんで貰いたいと言うが、秀吉は、そういう言い方はせん方がよいぞと囁き、そのうえで、一晩考えさせてちょうと大声を出す。

しくじるわけにはいかん戦だでと秀吉。秀長は悔しいがええ策だと兄に言うが、秀吉はこの策はとっくに考えており、ひそかに始めようとしていたのである。しかも勝入の様子からして、己の手柄とするため、兵に言いふらしているように見えるのを懸念していた。

小牧山城では尚も工事が続いていた。康政や直政ら家臣も泥だらけになりながら、現場の指揮に当たる。そのような中、正信だけは仕事をさぼって握り飯を食べており、その様子を見咎めた直政の前で、慌てて仕事をしているふりをしていた。

直政は殿のお命を狙ったのはまことかと尋ね、正信は、それで追放されたと答える。なぜ追放で済んだのかと訊く直政だが、正信ははぐらかす。直政は自分も家康の命を狙ったと話すが、聞いたこともないのう、鷹狩りの帰り道で殿に見いだされたと聞いておったがと正信。

直政はバカな小僧だった頃と言い、しかしこの件はなかったことにしてくださっていると話す。殿はなぜ我々のような者を許し、信じてくださるのかと言う直政に、憎んだり恨んだりするのが苦手なんじゃろ、変わった男よと正信。しかし直政は、戦なき世を作るのはそういうお方だ、ご恩に報いて見せると現場に戻り、正信にも仕事をするように言う。

このひと掘りがドッコイドッコイと、直政の掛け声に合わせて皆が歌う中、正信は相変わらず握り飯をほおばっていた。そして図面を目にする康政は、正信が「ここを攻めますかな」と石を落とした時、家康が、秀吉に気づかれずに中入り勢を叩けばよいと言ったのを思い出していた。しかしそのためには向こうから丸見えにならないよう、掘を作り替えるようにと家康は言い、それで康政は図面の一部を変更したのである。


榊原康政の「十万石の檄文」が登場します。野人云々と思い切ったことを書いており、これに秀吉が怒り、康政の首を取った者に10万石の領地を与えると言ったとまで言われています。

しかしこの大河の秀吉は、無論本気で怒ることはありませんでした。まず最初は、榊原は筆が立つのうと泣きまねのようなことをしてみますが、これはまだ序章でした。

そしてその後、このようなことで自分が怒るかと一笑に付し、自分はもっとひどいことを言われていたと言ったその直後
「所詮、人の悪口書いて面白がっとるようなやつは、己の品性こそが下劣なんだと白状しとるようなもんだわ」
と真っ当なことを言う辺り、やはりこの人物は道化師的側面と正気を使い分けているように見えます。

同じことが、池田勝入とのやり取りからも窺えます。中入りの件にしても、勝入としては自分の立場の方が上だから従っておけ、織田家の家臣と秀吉の橋渡し役であると恩を着せたかったのでしょう。しかもこの中入りに関しては、既に家康の知るところとなっていました。

正信が石を落とすところ、あの地図のはるか東の方で、三河を示していたと言えます。だからこそ三河を守るためにも、徳川軍は人知れず城を出る必要があり、そのための工程の変更だったわけです。秀吉方からすれば、いつまで工事をやっているのかと少なからず思ったでしょうが、それは実は秀吉軍の裏をかくためでもありました。

そして数正と忠勝、康政そして直政たちの意見の違い。この辺りも、数正の出奔につながっているのでしょう。その直政と正信ですが、家康を殺そうとしたにしても、2人の動機はかなり異なっています。しかもなぜああいうことをカミングアウトして、ご恩に報いたいと言うのか、それには自分が一番新参者という思いもあるいはあるでしょうか。

尚この記事,、これも「十万石の檄文」について書かれていますが、後の方で

小牧長久手の激闘。榊原小平太筆「野人の子」と秀吉を誹謗中傷する立札で、あなたは家康派? 秀吉派?【どうする家康 満喫リポート】32
本作は信長と家康のBL要素が話題になりましたが、どうせやるなら「家康と小平太」「家康と万千代」の方がリアリティあったような気もしています。

とあります。いやこの場合、信長と家康だから面白いと思うのですが…。特に、「家康と万千代」では当たり前過ぎるかと。

ところで「鷹狩の帰りに見いだされた」、何か秀吉と石田三成のようですね。

飲み物-パブのビール1
[ 2023/08/21 05:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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