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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『ちむどんどん』主人公に都合よすぎる展開

朝ドラ『ちむどんどん』について。16日はあまり観ていないのですが、上京して来た主人公暢子が、大学に進学した友達早苗に、高級レストランで食事をおごってもらうものの、旅装のままのためかなりラフな格好で、しかもレストランで大声を出し、挙句の果ては東京に着いた当日に、もう沖縄に帰りたがるという筋書きだったようです。

しかも兄賢秀がいるはずのボクシングジムに行くと、既に賢秀は試合から逃げ出して行方知れずです。しかも試合で勝ったのは、相手がたまたま体調を崩してからのもので、ファイトマネー60万円も実は前借りでした。ジムの会長が言います。
「人生のリングでは簡単にダウンするな」

そして今日の放送、鶴見をさまよっていた暢子が、雨宿りで軒先を借りた家から三線の音色が聞こえて来ます。そこは沖縄県人会会長の平良家で、暢子はそこで食事をご馳走になり、泊めてもらうことになります。さらに料理人希望ということで、あるレストランを紹介してもらい、暢子は旅装のままその店に向かいます。その店は、先日大声を張り上げた正にその店でした。

実際ドラマだから、多少の嘘や創作はあっていいのですが、あまりにも主人公の思惑通りにドラマが進んでいる感じです。多少挫折したり、あるいは気まずい思いをしたりした方が、より現実味が増すのではないかと思いますが。それとあの格好で、レストランの面接はないでしょう。しかも「家で料理をした」経験くらいで採用されるでしょうか。

そして「にーにー」賢秀、ジムも早々と逃げ出し、しかもお金はまたも借金であったことがわかります。何だかどうしようもない人ですね、そのようにしか思えません。そもそもの話、暢子の家族(比嘉家)があまりにも借金に頼り切っているふしがあります。

上京だってどこか行き当たりばったりだし、その日の宿さえ決めていない、まして18歳の女の子が一人となればかなり危ないと思うのですが、なぜ家族はそういう心配をしないのでしょうか。平良さんのところで泊めてくれて、よかったねと言いたくなります。以前大河で八重が『麒麟がくる』の駒に見えると書きましたが、この暢子も駒のように見えてしまいます。

あと良子が、例の賢秀が暴れた飲食店(ハンバーガーショップ)で、石川と話しているシーンがあります。それはそれでいいのですが、そしてあの事件からかなり経っているとは思いますが、入店するところから始めて、その時兄がご迷惑をおかけしましたくらい言わせてもいいのではと私は思います。


飲み物-アイスコーヒーブラック
[ 2022/05/18 00:00 ] 朝ドラ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第19回「果たせぬ凱旋」あらすじと感想-1

第19回「果たせぬ凱旋」前半部分です。


義経は鎌倉から京へ戻った。妻の里は鎌倉へ戻りたがるが、義経の妻である以上帰るわけにも行かず、離縁してほしいとまで言う。そこへ山伏姿の新宮十郎行家が現れる、

行家はこれ以上頼朝の好きにさせてはならぬと言い、かつて義仲と組んだ自分は失敗した、そしてお主ならできると義経をけしかける。兄と戦いたくないと言う義経だが、行家は、頼朝は我らを身内とは思っていないと言い、先手を打つように義経を煽る。

鎌倉では義経を戻すため、義経を受領(国司)任官を大江広元が提案する。国司となれば検非違使を兼任できず、京を離れられるからである。頼朝も弟の労をねぎらいたい、自分の非をわびればいつでも許すと言い、伊予守への任官を朝廷へ願い出る。それを知った義経は大喜びだった。無論この場合伊予守とは名目上のものであり、実際に伊予に赴くものではなかった。

朝廷では頼朝がつけ上がっているという声もあったが、後白河法皇はつけ上がらせておけと、含みのある物言いをする。しかもこの任官は検非違使を兼任という、きわめて異例なものだった。兼任と聞いて義経は意外な顔をする。そんな義経に法皇は、そなたの忠義に応えるにはどちらか一つでは足らぬからだともっともらしく言う。

頼朝は義経が、自分より朝廷に仕えることを選んだことで立腹する。そして外へ出たところ、毬が転がって来た。八重が子供たちを遊ばせていたのである。頼朝は八重に義経について相談するが。義時からことの次第を聞いていた八重は、子供たちは最終的には仲直りする、相手を信じる気持ちが勝るから、それができぬのなら子供たちの方が利口だと答える。説教かと問う頼朝に、説教か嫌味しか答えられないと言い、頼朝は気が楽になったと口にし、苦笑する。

頼朝はこのところ辛い日が続いた、義高だって殺したくはなかった、死んでもらうことでと言いかけて、そこに大姫がいるのを見つける。「何でいるかなあ」と頼朝。そして政子は、必ずや起こるであろう頼朝と義経の衝突を憂えていた。義時は新しい時代作りに、法皇の言いなりの義経が邪魔なのだと答えるが、政子は、頼朝は心の内では義経が愛しい、だから何とかしてあげたいのだと思っていた。

しかし最近頼朝は政子の言うことを聞こうとせず、そんな政子に時政は、兄弟のことは兄弟に任せるのが一番いいと忠告する。しかし範頼はまだ戻っておらず、今一人の弟、全成に白羽の矢が立つ。この年の10月に、義朝の菩提を弔うため、勝長寿院で供養が営まれる、そこに平家討伐を報告させる目的で、義経を呼ぼうと全成は提案し、それを法皇に願い出ることになる。

頼朝にこれを知らせに行った義時は、問注所の執事となった三善康信と出会う。義時は義経の供養出席について打診するが、広元と康信は、義経の後ろには法皇がいること、法皇は大きな勢力に対して必ず対抗勢力を作り、盾突くのはなかなか難しいと言う。その時盛長が、文覚が来たことを知らせる。

文覚は頭蓋骨を取り出し、尾張で亡くなった義朝の首は京で獄門にかけられ、その後下男の五郎が譲り受け、東山の円覚寺に収めたのを自分が突き止めたと言う。義時は今度は本物という証拠があるかと問いただすが、文覚はござらぬと言い、真偽に何の意味がある、大事なのは平家が滅んだこの年に、源氏ゆかりの鎌倉に供養が行われ、義朝の物と思しき頭蓋骨が届けられたことであり、鎌倉殿が本物と言われれば、その瞬間頭蓋骨は本物になると弁を振るう。

頼朝は自分の座所に、絹布に包まれた頭蓋骨を置いて一礼する。
「父上、お帰りなさいませ」
義時と盛長もあわてて一礼する。そして義時はこのことを義経に伝えることにする。

しかしその頃京では、里と静がもめていた。里は義経と鎌倉へ帰ると言うが、義経は帰るわけには行かない。しかも静が帰る時は自分を入れて3人、しかも自分の腹には義経の子がいると言う。里は信じたくなかった。義経は立ち上がり、あとは2人で話し合えと言う。義経は京へ上って来た義時と話そうとするが、女たちが騒がしく、場を変えることにした。

義経も鎌倉へは行きたがっていた。義時は、胸を突き合わせて話せばわだかまりも解けると信じていると言い、供養の後は鎌倉に残ることを勧める。しかし行家は、鎌倉に入れば首を刎ねられる、義仲も義高も、武田も、頼朝の邪魔になったやつらは皆どうなったと義経に言い聞かせる。己の身を守るためには一族にさえ容赦しない、なぜそれがわからぬと言う行家に、院御所へ行って法皇の許可を得て来ると義経は言い、出て行く。

義経に鎌倉行きの許可が下りる。これからは武家の横領として自分を支えてくれと言う法皇だが、その時異変が起きる。旧に倒れ、息も絶え絶えになったのである。しかも脈も途絶え、法皇は苦しげに行かないでくれと義経に哀願する。義経は鎌倉行きを諦めざるを得なかった。しかしこれは法皇が打った芝居であり、毬を脇に挟むことで脈を止めていたのである。法皇はこう口にする。
「頼朝が清盛になられては困るからの。そのための九郎よ」

義経は父には2歳の時に死に別れており、ドクロでもよかった、鎌倉に行きたかったと言う。しかし静香は、本物かどうかわからしまへんて、急に見つかるなんておかしな話やとあっさりと言ってのけ、義経もそれを聞いて、目から鱗が落ちた気持ちになる。


壇ノ浦で平家追討が終わった後、宗盛を鎌倉まで護送し、まだ京へ戻った義経の前に新宮十郎行家が現れます。先日の投稿でも書きましたが、どうもこの人が間に入ったために、義経のその後が若干狂った感もあります。それでも義経は、当初はこの叔父の言葉をはねのけ、鎌倉へ戻ろうとし、また鎌倉の方でも彼を迎え入れようとするのですが、これも後白河法皇の計略の前に、あえなく潰えてしまいます。

一方鎌倉では、鎌倉の大倉御所が、幕府の本拠地としての体裁を整えつつありました。そして三善康信も京からやって来ます。そして頼朝は、これも先日書きましたが、八重に義経との件について相談を持ちかけます。しかしこういう場でこんなことを言うでしょうか。仮に相談を持ちかけるにしても、立ち話などしないと思いますが。しかも八重の態度は実に素っ気なく、仲直りできないのなら子供以下、さらに自分は説教か嫌味しか答えられないとまで言います。

これに苦笑する頼朝が義高のことを言いかけた時、絶妙のタイミングで大姫が顔をのぞかせます。頼朝は「何でいるかなあ」と言うのですが、それはディレクターの指示があったのでは…。さらに頼朝の許に文覚がやって来ます。文覚は義朝の頭蓋骨=ドクロを持参しており、鎌倉殿が本物認定すればその瞬間本物になると、自分が見つけたように言いながら、何やら頼朝の判断を試しているかのようです。結局頼朝は父の物であると認めるのですが、ここで頼朝は、ひとつの権威としての自分を示しているように見えます。

一方で義経、里と静との三角関係に悩むようになります。元々は義経にも責任はあるのですが、彼が京を離れられないという事情がことをややこしくしています。鎌倉から義時も説得のため上洛しますが、叔父行家は首を刎ねられるぞと、鎌倉行きを許さない構えです。結局義経は法皇に直談判するのですが、法皇が仮病で倒れてしまい、これがもとでまたも鎌倉行きを断念せざるを得なくなります。

これに対して静の反応はあっさりしたものでした。急に見つかるなんておかしい、本物かどうかもわからないと言う彼女に義経もうなずきます。何と言うか、鎌倉と京の違いというのが、法皇の対応も含め、端的に描かれているようにも受け取れます。ただ里と静の間で義経が困惑するシーンとか、文覚が頭蓋骨絡みで口上を述べるシーンなどは、やはり如何にも舞台的ですね。

飲み物-マグとビール
[ 2022/05/17 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

2024年大河発表と英仏両国の受信料廃止に思うこと

まだ投稿していませんでしたので、一応。

《大河ドラマ第63作》制作決定!
主演・吉高由里子 作・大石 静
大河ドラマ 光る君へ
(NHK ONLINE)

正直な話、大河のテーマという実感があまり湧いて来ません。言い方が適切かどうかはわかりませんが、『いだてん』の制作発表を目にした時を思い出します。古代を扱うのなら、いっそ奈良時代くらいというやり方もあったかも。

1年物でなく、2クール程度でやるのなら面白いかなとは思いますが。

それからBBCが受信料(ライセンス・フィー)を凍結する一方で、フランスも受信料に当たるテレビ税が廃止されるようです。一般メディアの記事が見つからないので、この記事を置いておきます。

フランスで公共放送受信料の撤廃へ、マクロン大統領が選挙時の公約果たす BBCに続き...狭まる“NHK包囲網”
https://sakisiru.jp/27604
(SAKISIRU)

NHKもいい加減考えてはどうかと思います。そもそも英仏両国が凍結または廃止するか否かに関わらず、現行の受信料制度は問題ありです。
その場合スクランブルをかけて課金するか、大河の場合スポンサーをつけるかになるでしょう。但しスポンサーがついても1年物は難しいだろうし、数字が悪ければ当然撤退するでしょう。言い換えれば、今まで受信料頼みでやって来たNHKの目を覚ますには、スポンサー導入はいいチャンスであるかとは思いますが。


飲み物-ローズヒップティー

[ 2022/05/16 23:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』義経追討回

『鎌倉殿の13人』、いよいよ義経が窮地に立たされますね。しかし一視聴者としては、早く義経のシーンを終わらせようと、制作陣が躍起になってやしないか、そういう印象がなきにしもあらずです。義経のみならず、義時の前の権力者たち、つまり頼朝や頼家、実朝といった人々は、役目を終えるとこういう感じで速攻で消されてしまうのでしょうか。

それと義経のシーンが、何やらコント風なのも気になります。一部のシーンのみがそうならば、まだ納得できるのですけどね。それから義経、里、静の3人の在り方が、どうも頼朝-政子-亀の前とダブります。無論この場合、どう見ても静より亀の前の方が賢いとは思いますが。

さらに新宮十郎行家が出て来て義経に忠告します。この人はどうもフィクサー的な人物と言えそうですが、なまじこの人が出て来たために、ことがこじれた感もあります。

それから政子と実衣、そして八重。一度でいいからこのどちらか、あるいは両方が出てこない回もあっていいかと思います。政子と実衣、それと全成が御所で話し込んでいるシーンは、毎回必要なのでしょうか。頼朝と八重の会話にしても、あれはどうかなと思いますし、義高のことを話していて、大姫が出て来るのもタイミングよすぎでしょう。

あと後白河法皇、コントじみたところがあるにはありますが、こちらの場合は少々込み入っており計算高いです。要は義経を京から出さないよう策を練り、頼朝が立ったところで追討の院旨を出す、実に食えない人物ではあります。それにしてもあの脈を止めるシーン、某ミステリにある手口のようです。

飲み物-注がれるビール
[ 2022/05/16 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『応天の門』源融、別邸にて宴を催す事

久々にというか、「今年初めて」の『応天の門』関連投稿です。

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源融の別邸の庭が完成した。融は「この世の極楽」を謳い、在原業平や、主だった者たちを招待しようとする。

しかし藤原良房は、子の基経を出席させることにした。融は菅原是善に、道真も連れて来るように言う。道真はまだ文章生であり、是善は頭を抱えるが、融は庭作りに道真が貢献しているため、是非庭を見てほしいとも言うのだった。

是善は屋敷に戻り、融に何をしたのか道真に問いただす。実はその前に業平から文が来ており、父是善と話を合わせるように書かれていたため、融が桜の植え替えについて困っていたので、助言をしたのだと答える。道真も融の屋敷の宴には乗り気ではなく、是善は宴の間中、牛車の中で待つようにと言う。

融は藤原の者共に、美とは何かを見せつけてやると息巻いていた。基経も出席し、國経や遠経といった兄たちとも顔を合わせるが、最早基経は彼等を兄とも、上の立場とも思っていなかった。何よりも良房は融の宴に出席する機など微塵もなく、世辞を言うつもりもなかった。基経を名代にしたのはそのためだったのである。

また藤原良相は子の常行に、帝のおられぬ宴などどれだけ人を集めようが意味はないと言い、その帝は今多美子と清涼殿におられること、誰が庭を作ろうが、どう足掻こうが、多美子が男児を生めば次の帝になると言い放つ。宴は融への様々な社交辞令であふれており、魑魅魍魎の集まりといった感じで、是善は道真を連れてこなくてよかったと安心する。

その道真は牛車の中で書物を広げており、宴には関心はないが、桜がどうなったのかが気になっていた。さらに尿意を催し、車を降りて用を足したところ、車の牛追いたちが何事かを争っていた。小石の山から一度に3個を上限に石を取り、最後の1個を取った方が勝ちで、負けた方が何かを渡すという一種の賭けだった。

道真はその様子を見ていて、自分も参加することにするが、この遊びは後手が必ず勝つようになっているのがわかる。小石は全部で48個、4の倍数だった。3個までの石を上限にするのなら、石は全部で48個あるため、先手が取った数と合計して一度に4個ずつを取って行けば、先手がいくつ取っても最後の1個は必ず後手に来て、後手の勝ちとなるのである。

しかし道真は先に1個を取った。この方法だと最後に1個取る方法は難しくなり、牛追いは負けて面白くなさそうだった。自分が今度は負けたということは、この遊びの必勝法だけ教わったのかと道真はあっさりと言う。この牛追いはその言葉にかちんと来て、自分の主は学者だと言うものの、道真は色々な家の人物が来ており、名前を出すと厄介なことになると窘め、賭けで取り上げた物を戻すように言う。

道真はさらに言う。知識をどう使うかはそれぞれで、バカが自滅するのは勝手だが、学問や知は知らぬ者から奪うためにふるうものではない、自分は違うと言う。牛追いは捨て台詞を残して走り去っていくが、道真も車に戻らなければならず、屋敷の中をさまよっている内に、ある男と出会う。

その男の身なりのよさ、年齢と振舞いからして、藤原一門の人物であることはできた。道真は自己紹介をする。是善の嫡子であることに、その男、基経は思うところがあり、こう口にする。
「吉祥丸の弟か」

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前半部分、これは例の古桜を植える件で、道真の助けを借りた源融が、自分の庭を特に藤原氏の人々に自慢したいわけです。しかし道真は、そういう宴会ははなから興味がなく、また是善も、道真をそのような場に出すことにあまり乗り気ではありませんでした。それにしても業平さん、父上と話を合わせておけと文を送るところはなかなかのものです。

融の屋敷では宴が繰り広げられ、このような場に姿を見せたくもなく、社交辞令も言いたくない藤原良房は、基経を代わりに行かせます。その基経は久々に兄たちに会いますが、心の内では彼らのことなどどうでもよさそうです。また良相は、帝がおられないのなら意味がない、多美子が男児を生めば自分たちに権力が転がり込んでくると考えており、藤原氏内部の軋轢が垣間見えます。

さて道真。牛車の中にいたものの用を足したくなり、外へ出て戻る途中、牛追いの童たちが何かやっているのに気づきます。それは小石の山から上限3個を選び取り、最後の1個を引いた方が勝ちという遊びでした。なぜか一方の牛追いが勝ちっぱなしで、もう1人は既に昼食の餅と牛角の小刀を取られていました。

道真はこのトリックを見破ります。つまり小石の総数は4の倍数の48個で、上限を3個として引いて行くというルールのもと、先手が取った数と合わせて、一度に4個分がなくなって行けばいいわけです。つまり
牛追いA(先手)3 3 3 3 3 3 3 …3
牛追いB(後手)1 1 1 1 1 1 1 …1
と、先手が3個ずつ引いて行けば、後手は1を引いて合計で4個を引くことになります。あとは先手が3個を引く限り、後手は1個ずつ引いて行けば、最後の1個は必ず後手の物になり、賭けに勝つわけです。

しかし勝ちっぱなしだったその牛追いも、必勝法のみを教えて貰っており、いざ立場が変わるとなすすべなしのようでした。相手が3個引いてくれていたおかげで、自分は難なく最後の1個を手にしていたのですが、勝手が変わったため、最後に4個残ってしまい、最後の1個を引けなくなったのです。牛追いはキレてしまい、バーカと捨て台詞を残して去っていきます。道真も牛車に戻ろうとしますが、屋敷内に迷い込み、ある人物と対面します。その人物こそ藤原基経で、道真が「吉祥丸」の弟であることを知る人物でした。

[ 2022/05/16 00:15 ] 応天の門 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』で描かれてない部分の重さ

どうもこのところ大河と朝ドラ、ラグビー関連しか書いていないようです。そのうち他のもまた書く予定ですが、ともかく今回は大河です。義経も自分に任された役目が終わり、しかも鎌倉に入れなかったことから、京で後白河法皇に仕えると決心するのですが、あの法皇様は一筋縄では行かないでしょうね。どころか、義経自身が振り回されることになりそうです。

ところで先日の投稿の義時のセリフ
「兄は、平家に苦しめられる民のことを思っていた」
ですが、寧ろ宗時の本心は、「兄との約束」に登場するこれではないかと思います。
「源氏とか平家はどうでもよく、この坂東を自分達だけのものにしたい、北条がその頂上に立ちたい、そのためには頼朝の力がいる」
そして「平家に苦しめられる民」よりは、「平家が任じた国司や目代に不満を持つ坂東武者」こそが、この大河で一番描かれていると言えるでしょう。

それにしても、重盛が亡くなる前頃から平家が描かれ、鹿ケ谷の陰謀があり、石橋山の戦い後の平家の内部事情がもう少し描かれていたら、源氏の旗揚げももっと意味を持ったはずなのですが。平家が描かれないせいか、朝廷の描写もあまり突っ込まれていないように見えます。宗盛にわざわざ重盛のことを言わせているのは、平家があまりにも描かれなかったせいもあると思われます。

それと大姫と義高についても、この2名が一緒にいるシーンをもっと出して、それが大姫の鬱屈した気分を裏付けるものであるべきだったと思いますが、なぜか女性達の会話シーン、八重の登場シーンに割かれてしまっています。女性たちのシーンも無論大事ですが、毎回毎回、時には無理をして出しているようにも見えます。また第18回の政子や実衣の会話は、なぜ大姫が寂しそうにしているのかを、セリフで説明させている印象がありました。こういうのは大姫の行動で表せないでしょうか。一応それができる子役を選んでいるでしょうし。

たとえば『真田丸』の場合もきりの登場シーンが多く、それが「うざい」と言われていたこともありました。ただきりと政子や八重とはキャラ設定も違うし、彼女のはっちゃけた部分が、場合によっては雰囲気作りに役立ったとも考えられますが、政子の立場はもっと重いし、また八重はきりのような明るさはあまり感じられません(無論きりにないものもありますが)。時代も馴染み深い戦国に比べると、平安~鎌倉はやはりよく知らないということもあるでしょう。

そのため『真田丸』は好きだったけど、この大河にはちょっと馴染めないという人もやはりいるのではないでしょうか。無論こちらには、昌幸(時政はいるがキャラが違う)や、家康に該当するキャラが不在というのもあるかも知れません。

飲み物-アイリッシュコーヒー
[ 2022/05/15 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『ちむどんどん』1週間分を観て思ったこと

先日から書いている『ちむどんどん』ですが、14日に第5週1週間分の放送があったので、録画して観てみました。その中で、やはり引っ掛かったところと言えば

  • 賢秀(にーにー)が投資話を持ち出し、母親の優子がお金を渡す。結局それは詐欺で、賢秀は酔っぱらって飲食店で暴れまわり、店の内装を壊してしまって損害賠償を要求される。しかしそのことについて優子は叱らないばかりか、寧ろ賢秀を庇い、賢秀はその後家出同然のような形で出て行くが、その後どういうわけかボクサーになって、ファイトマネーを家に送りつける
  • 主人公の暢子がコックになることを志すが、特に調理師学校に行くというわけでもない。最初は進学する友人について東京に行きたいと言い出すが、優子または大叔父の賢吉からのお金を当てにしているように見える。最終的に賢秀からのお金もあって、彼女は友人についでではなく、決まっていた内定も断って夢をかなえに東京へ行くが、進学先や就職先、そして住むところが決まっているわけではない
  • またこの家族の経済が、賢吉からお金を借りていることによって支えられているように見える。体が弱い末妹の歌子はともかく、賢秀や暢子が定収入のある仕事に就けば、家計の助けになるのではないか

こういう点が挙げられます。あと下地先生と歌子のこととか、良子の給料前借りなどもいくらか疑問ではありますが、主だった疑問点としては以上の3つです。

特に賢秀が投資の件で、優子からお金を貰い、最終的にすっからかんになってしまったうえに、優子が彼を庇おうとするのはどうも不自然に見えます。あれが沖縄の典型的な母親というツイを目にしたことがありますが、それでも賢秀は亡き父親から、母親と妹たちを頼むと言われていたはずです。なけなしのお金を出してくれた優子(一部は借金)に対して、まず謝るべきではないかと思うのですが。

しかもこの賢秀が、ダメな兄貴であったにしても、妹たちの面倒見がいいとか、調理師をめざす暢子に励ましの言葉を贈るとか、東京から手紙で、こっちに来いなどと書き送ったりするのであれば、まだそれなりに情のある人物なのだろうなと思います。しかしこの第5週を観た限り、どうもそのようではなさそうです。またこの中で一番割を食っているのは、どう見ても賢吉でしょう。

あと賢秀の件と言い、暢子の上京の件と言い、何か出たとこ勝負的なのが気になります。賢秀は沖縄を出て行って、たまたまボクシングに誘われたのでしょうが、彼にボクシングの経験はあったのでしょうか。全くの素人が数か月ほどで、あれだけ稼げるボクサーになれるものでしょうか。また暢子も、ちゃんと調理師の勉強をしてから、然るべき店に入社するという手もあるのではないでしょうか…。

ところで小檜山青氏のnote(https://note.com/54seikobi85/n/nb79d76867d1a)では
「それでも彼は愛嬌がある。可愛げがあるから許されるのって、実は女より男なんじゃないかと思える。あの「マグネットオーロラスーパーバンド」にせよ。褒められたいから詐欺に引っかかったということにせよ。まあ、そういうかわいいことを言われたらいっか……と、許したくないけど許せる」
などとありますが、これでは理由にもなってないし、正直言って賢秀に愛嬌があるようにも見えません。上の方で↑述べたように、ダメな奴だが、可愛げがあって妹の面倒も見る人物であれば、いくらかの情状酌量もできるかとは思いますが。

それと小檜山氏、『カムカムエヴリバディ』のファンがこれをぶっ叩いてるなとと書いていますが、少なくとも私は、あちらのヒロインの方に好感が持てます。ちなみに『八重の桜』の時も、『平清盛』のファンが2月頃まで叩いているなどとありますが、やはり藤本さんが『カムカム…』の脚本を書いたことによって、この人はアンチ清盛になってしまったようですね。以前はそうでもなかったと思います。

飲み物-注がれる紅茶
[ 2022/05/15 00:45 ] 朝ドラ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 43(コラムと『平清盛』)

『武将ジャパン』大河コラム、第18回への疑問点その2(後半部分)です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第18回「壇ノ浦で舞った男」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/05/09/168125

壇ノ浦の合戦後ですが、まずこういう表現が出て来ます。

根源的な業を感じる映像が続きます。

このコラムに少なからず感じていることなのですが、この文章もどこか日本語として不自然さがありますね。「人間の業の深さを感じさせる光景」とかでいいのでは。
それから、今回からコラムの文章をあまり簡略化せず、原文に近い形で引用しています。ただ文章そのものがあまりに長い場合は、一部略しています。あと先日投稿分を少し修正しています。

では本題に行きます。

1.モヤモヤしているけれども、正面切っては言えない。重忠ほど真っ直ぐに何か疑念を呈することすらできない。
かといって景時のように罠にかけるわけでもない。敢えて軽く撫でるようなことを口に出してしまう。
もしも『麒麟がくる』の光秀のように思想があれば、何がどう悪いのか敢えて諫言をするのかもしれないけれど、義時はそうはできない。

2.義経も、頼朝も、父の仇討ちまでは人生の計画にあったのでしょう。
それが無くなり、どっと虚しさを覚えている。英雄だからこそ小さく、弱々しげに見える。そんな複雑な姿があります。

3.しかし、法皇はさして気にしていない様子で、宝剣は見つかるかもしれないし、帝が死んだとも限らないって……そんなわけがないだろうに。

4.時政は義経が強すぎると見抜いています。2~3回負けていたら大きくなると言いますが、それはどうでしょうか。義経の場合、あまりにスケールが大き過ぎて、負ける時は死ぬ時だけのような気もします。

5.これだけでも十分酷いですが、義経は平家一門の蕨姫まで寵愛していたと言います。なんとも気の毒な話ですね。
頼朝の女癖とも違うけれど、こちらも十分に酷い。

1、また『麒麟がくる』との比較ですか…。義時は立場上言えることと言えないことがあり、その辺が御家人とは違いますし、ましてや戦国時代の人間である光秀とは違って当然でしょう。思想があれば云々の問題ではないと思います。

2、頼朝の場合、その前に義経が帝や神器を失ったことに不満を盛らす「公」の姿があり、その後で純粋に平家の滅亡を喜ぶ「私」の部分を描いているのではないかと思います。義経はその意味での喪失感はあまり感じず、今後の身の振り方を迷っているように見えますね。

3、この場合帝といえども生死はわかりませんし(替え玉、あるいは生き延びたということも考えられる)、神器も沈まずに存在しているかどうか定かでない以上、話をいくらかぼかさざるを得なかったのではないでしょうか。

4、義経はスケールが大きいと言うよりは、時が味方した部分、そして平家が弱かった部分も大きいです。特に一ノ谷の後はそうでしょう。「負ける時は死ぬ時だけ」というのは奥州合戦のことなのでしょうが、ならばもっと具体的に、その反動として奥州で、兄頼朝との合戦では不運続きで、最後には自決という方法を採らざるを得なかったとでも書いてくれればいいのに。

5、蕨姫は平時忠の娘ですね。機密文書と引き換えに義経の妾になったとされていますが、この人はその後離縁したとも言われています。それに比べれば藤原伊子(松殿伊子、冬姫)の方が、京に進軍して来た義仲の正室にされ、さらにその後源通親の側室になったとされていますからもっと気の毒かと。尚この人については、創作とする説もあります。それとこの当時は、多くの女性を娶ることはそこまで倫理上問題があるともされていなかったでしょう。

6.法皇は、かわいらしく、そばにいて欲しい、鎌倉から帰ってこないのではないか?と訴えます。そんなことはないと否定する義経……って、なんなの、ラブコメか!法皇がなぜかわいいのか、私にはもう理解できない。

7.宗盛は「人が一生で出来るあらゆる楽しみを味わってきた、未練はない」とキッパリ。ただひとつ、我が子の清宗が気になってはいるようです。(中略)うーん、なんという宗盛。これは大したものです。どうしても兄・重盛と比較して、賢兄愚弟とされがちな人物ですが、本作の宗盛は聡明かつ高潔でもあるようだ。
確かに平家を率いるものとして、財力と権力を使い楽しいことはいくらでもできたでしょう。
しかし本当に貪欲でどうしようもない人物は、足りることを知りません。こうもキッパリと未練がないと言えるのは大したものだと思います。

8.(7の続き)宗盛は悲しげに言います。兄が生きていればこんなことにはならなかった――と、自身の拙い采配を認めるような、謙虚で責任感のある人物です。

9.(8の続き)平家一門同士の格差もなかなかえげつないものがあり、団結していたわけでもありません。
しかし本作は源頼朝と敵対する側をクリーンにすることで、権力の醜悪さを描いていると感じます。
頼朝と義経にはない美しい兄弟愛がそこにはあります。

10.丹後局が提案した策の中身に勘付いているものの、それはあくまで義経の考えたことだと思い始めている。この兄弟は信じ合えない。義経に野心があるとは思えない!と必死に打ち消そうとします。景時はそれでも鎌倉に入れてはならないと主張。義時が、ありえないとさらに主張すると、景時は凄みます。
「言い切れるか?」
景時らしい狡猾な追い詰め方ですね。こんな風に煽られたら、そう簡単に「絶対」とは言い切れず、一瞬立ち止まってしまうのが人情でしょう。

6、法皇が「かわいい」のですか、それは武者さんの主観に他ならないでしょう。どう見てもお前がいないと困る、ここにいてくれと同情を買おうとする作戦のようですね。しかし後白河法皇といえば「天狗」ですが、この法皇様は「狸」のイメージです。

7、宗盛が「一生で出来るあらゆる楽しみを味わってきた」時期は、頼朝が伊東祐親の監視下で流人生活を送っていた時期でもありました。頼朝が権力を誇示しようとするのも、彼の今までの人生経験に裏付けられたとも考えられます。

8、ここで宗盛が言いたいのは、戦の采配のうまいへたよりは、重盛が生きていたら父清盛を諫めることもでき、ここまで平家が増長はしなかっただろうし、法皇にも節度を持って尽くしただろうということでしょう。

9、「権力の醜悪さ」に関しては、2つ前で少し触れています。頼朝と義経にはない美しい兄弟愛とありますが、それを裏付けるだけの平家の描写がないのが惜しまれます。三谷さん、ここでそれを言わせるのなら、もう少し平家についての描写を増やしておくべきでしたね。

10、ここも「義経の考えたことだと思い始めている」を裏付けるセリフがないのですが。それと義時と景時、前にこの2人について書いていますが、景時に比べると、義時は「情」にほだされがちなところがあり、それがこの両者の違いにつながっています。当然意見も異なるでしょう。それとこの場合狡猾と呼ぶより寧ろ「冷徹」ではないでしょうか。

11.義時は景時に反論します。義経はただ兄と会って話たいだけだ。しかし景時には別の理論があります。「戦場で義経の戦いぶりを見ただろう」と迫ってくる。
景時が正しいと思えるところが厳しいですね。漕ぎ手を殺し、武士の道に反し、暴走して帝と神器を海に落とした。信じろと言われてそうはできないことも確かです。景時はまたも信心深い理論を持ち出す。
義経は神に選ばれたお方。頼朝もそう。二人が並び立つはずがない。
両雄並び立たず――ということでしょう。

12.宗盛はりくを昔六波羅の館で見かけたと言います。そして鎌倉の暮らしを尋ねると、りくは京都暮らしの自分はまだ慣れないと苦々しく言い切ります。対面はあっさりと終わりましたが、時政が妻の言葉にギョッとしています。

13.「不思議なものだな。こうして父の敵を討つことができた今、宗盛の顔を見ても何の怒りも湧いてこなかった。むしろあの清盛の顔と重なり、幼き頃に命を救ってもらったことに感謝していたくらいだ……」
そしてあの頼朝が……上総広常をあっさり殺し、源義高に追手を放った男がこうきた。
「死罪は勘弁したいところだが、まあ、そういうわけにもいくまい」

14.京都で源氏として恥じぬ生き方をするのだと。
「私は検非違使尉、九郎判官義経だ!」
そう言い切る義経の前に、藤平太たちがやってきて、大勝利を讃えています。
懐かしい顔だと喜び、約束していた芋をたっぷり贈る。
「なんと!」
「食べてくれ」
「九郎殿は大した方だ!」
藤平太は思い出話をしています。義時も微笑みながら芋を頬張る。
義時がかつて目指したものがここにあるのかもしれない。
義時の兄・北条宗時ならば、こうして芋を食べる民を見て、「このために勝った!」と喜びそうな光景がそこにはあります。

15.今週はまたも技巧が効いています。
有名な「腰越状」は偽作説があります。
本当に義経が書いたかどうかは疑義があるため、それをプロットに盛り込みました。
義経の突拍子もないような言動も、近年の研究成果を活かしてのものと言えます。

11、「神に」ではなく「天に」選ばれたお方と言っていますね。
そして戦いぶりを見ただろうと言うのは、武士道を外れたことへの批判より、「天に選ばれた」人物だからああなるのだと景時は言いたいのではないでしょうか。そして並び立つはずがないのは、「天に選ばれたお方」と言うよりは、景時の言う「お二人とも己の信じた道を行くには手を選ばぬ」だからだと思われます。

12、「京都暮らしの自分はまだ慣れない」ではなく「都育ちの私にとってはいまだに全く慣れません」でしょう。りくが京都暮らしなら、なぜ今鎌倉にいるのとなりますよ。11もそうですが、武者さんちゃんとドラマ本編を観ているのか、字幕でセリフをチェックしているのかと思ってしまいます(セリフが字幕通りでないこともありますが)。

13、「上総広常をあっさり殺し、源義高に追手を放った男がこうきた」
とありますが、頼朝に取っては平家との戦が終わったのですから、どこか余裕をもって相手を見るようになるでしょう。広常や義高を殺したのは、最大の敵である平家を倒す前であったことも考える必要がありそうです。

14、この辺は伏線回収と取れますが、
「義時がかつて目指したものがここにあるのかもしれない」
がちょっと具体性に欠けるように思えますし、義経の振舞いは本当に民を思ってのことと言うより、あくまでも藤平太への恩返しでしょう。宗時が出て来るのは、壇ノ浦で平家を滅ぼした後の義時の言葉
「兄は、平家に苦しめられる民のことを思っていた」
とつなげているのでしょうが、これも、平家の圧政に苦しむ人たちの登場シーンが限られていたため、今一つ実感が伴いません。やはり鎌倉幕府の誕生を描くには、平家から始める必要がありそうです。
これなら、時代も舞台も違いますが、『西郷どん』のふきや半次郎の方が、本当に困窮しており、吉之助が民を救わなければと思ったのも納得できます。

15.腰越状偽物説はここ何年か言われていますが、幕府関係者によって後世作られたとも言われているようです。また義経が本当に腰越に留め置かれたのかも疑問視されていますね。そして多くの大河には近年の研究成果は盛り込まれていますが、武者さんは嫌いな大河の場合は、無視しているものと思われます。

それ以外にも小栗さんの『プロフェッショナル 仕事の流儀』で、鈴木亮平さんのことが出て来るのに、嫌いな『西郷どん』の主役だからなのか無視していますし、おまけにまた『麒麟がくる』との比較。あと合戦シーンは『ゲーム・オブ・スローンズ』でも少なくなっていると主張。海外ドラマを引き合いに出すなとまでは言わずとも、何年にもわたって同じドラマを、しかも大河を叩くために出すのは如何なものでしょうね。
また
自分が思う通りにならないからと、「ナレなんとか」と書き込むのはどうかと思います
なのだそうですが、別にそのくらいいいのではないのでしょうか。武者さんも、こういうのを一々気にしていたら、レビュアーなんてできないでしょう。

それから、『平清盛』の脚本担当の藤本有紀さんが、『カムカムエヴリバディ』の脚本を担当して以来、『平清盛』に批判的になっているように見えます。これは、那須与一が登場しなかったというニュース記事(13日投稿分)の後に書かれていたものです。

失敗例としてあげて申し訳ないのですが、大河『平清盛』の場合、序盤に出てきた架空海賊の船が大きすぎました。
海賊如きが持っているとは思えないほど本格的なもので、あれは宋との貿易をするつもりとしか思えないのです。
海上戦闘では特に役に立たない船。
それなのに莫大な予算が注ぎ込まれて悪影響があると感じたものです。

私もあれはかなり大きいなと思いましたが、
「宋との貿易をするつもりとしか思えないのです」
のであれば、それを裏付けることを書いてほしいものです。それと
「莫大な予算が注ぎ込まれて悪影響があると感じたものです」
確かにお金がかかっているとは思いますが、それが「何に」「どのような形で」悪影響を与えるのでしょうか。

それと朝ドラ『ちむどんどん』ですが、このレビューも疑問に思えます。ダメな長男賢秀を無理やり庇っているようですし、朝ドラ小姑などという言葉も出て来ますが、武者さん=小檜山氏も、前作に対してはそうだったのではないでしょうか。あとなぜか、第25回のレビューの後に第22回のが来てますね。

飲み物-白いカップの紅茶
[ 2022/05/14 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 43(那須与一関連)

今回は『武将ジャパン』大河コラムのこの箇所に関してです。

◆【鎌倉殿の13人】屋島の戦いは“ナレ終”「香川県民涙目」「那須与一ガン無視」の声【ネタバレあり】(→link)
こういうネットでSNSの声を拾って、ニュースにすること――これには疑念しかありませんし、屋島を省略した理由はわかるかと思いますが。
要するに、戦と同じで、ここを攻めると絞った方がよいということ。

元記事はこちらです。
【鎌倉殿の13人】屋島の戦いは“ナレ終”「香川県民涙目」「那須与一ガン無視」の声【ネタバレあり】
https://www.oricon.co.jp/news/2233990/full/

しかし
「屋島を省略した理由はわかるかと思いますが」
この書き方はないでしょうね、随分高飛車な気がします。これも嫌いな大河なら、視聴者の批判ももっともだという論調になりそうです。ともあれ『吾妻鏡』にも桜庭良遠の城を攻めたこと、寡兵であることを知られないために、民家に火をかけて、あたかも大軍が攻めて来たように見せたこと、汀(波打ち際)で平家軍と応戦したことなども書かれています。省略する理由はなさそうです。
しいて言えば、那須与一が『吾妻鏡』には出て来ない(元々は弓流し同様『平家物語』が出典)ということでしょうが、三谷さんの脚本も、必ずしも『吾妻鏡』に準拠しているとも言えませんし、結局いたずらに視聴者の不満を招いたようにも取れます。
以前私は『鎌倉殿の13人』今後の登場人物続きという投稿でこのように書いています。

尤も三谷さんの脚本ですから、一般的な源平大河のように、二位尼が安徳天皇と共に入水などという描写はなしということもあり得ます。その代わりに義経の八艘飛びとか、那須与一の扇の的などが出て来るのでしょうか。

これに関しては、『吾妻鏡』ベースということもあり、二位尼ではなく、按察局が安徳天皇と入水しましたが、入水のシーンは一応ありました。また義経の八艘飛びも登場しました。ある意味見せ場と言ってよかったかと思います。しかし扇の的は出て来ませんでしたね。八艘飛び同様、アトラクション要素が強いものであるため、登場させてもよかったかと思いますが。

またこの扇の的ですが、与一が扇を落とした後、平家方の伊賀十郎兵衛家員が踊り始めます。この辺、如何にも公家化した平家らしいと言えますが、義経はこの人物をも射殺してしまいます。こういうところが、壇ノ浦の漕ぎ手殺しを思わせもします。

尚その後の武者さんの文章ですが

那須与一は知名度が高いからこういうことを言われるのでしょう。しかし今までも省略はありました。三浦義明や熊谷直実。私としてはせっかく出しておきながら、平知盛が壇ノ浦にいないことも惜しまれるところであります。

三浦義明はわずかなシーンとはいえ登場していますが。
そして知盛ですが、そもそもの登場シーンがあまりなかったかと思います。知盛と言えば『義経』の阿部寛さんのイメージが強いのですが、その人物がある程度本編に出て来てこそ、その最期も尺を取って描かれるのでしょう。

絞った範囲を迫力たっぷりに描くこと。これが何より重要なことでしょう。
具体的に言えば義経の八艘飛び。
それと漕ぎ手を射殺することで動揺する畠山重忠の態度。
そういうところに気合を入れているのでしょうね。
海上戦闘はともかく金がかかります。壇ノ浦だけに絞ったことは正解だと思います。
今回の壇ノ浦は、今後の大河の浮沈を決めるほどの気合を感じました。
当時の日本の海上戦闘としての特徴が出ていて、素晴らしいと思います。

と言うより、義経の見せ場と言った方が正しいかと思います。
それに扇の的のシーンであれば、戦闘ではないのだから、スタジオ撮影ができないわけではないでしょう。予算の関係で屋島を省略したと言いたいのなら、前出の
「屋島を省略した理由はわかるかと思いますが」
などという書き方をせず、予算の都合もあったのだろうと書いてもいいのではないでしょうか。
あと
今回の壇ノ浦は、今後の大河の浮沈を決めるほどの気合を感じました
当時の日本の海上戦闘としての特徴が出ていて、素晴らしいと思います
とありますが、さてどうでしょうか。

飲み物-ロックグラスカクテル
[ 2022/05/13 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

朝ドラ『ちむどんどん』への疑問と小檜山氏note

大河コラムに行く前に、小檜山青氏の朝ドラ評について。

先日、『ちむどんどん』関連で、この日の放送内容の一部と、小檜山氏のnoteの記述とについて書いています。この時は比嘉家の長男で、妹たちからにーにーと呼ばれている賢秀が、投資を持ちかけられたものの詐欺であることがわかり、飲食店で暴れて、家族をはじめ何名かに迷惑をかけるという展開でした。しかしながら小檜山氏は、この時妹の一人良子が、兄に謝るように言ったことを「特殊詐欺対策」であるとしています。

しかしこういうのは特殊詐欺対策などではなく、うまい話に乗ってはいけないことに対する教訓であり、また賢秀に金を渡した母親の優子も、息子に甘かったように思われます。小檜山氏によると
「彼女(優子)は善良で疑うことをしらないだけなのだ」
なのだそうですが、実際この朝ドラに関する記事をいくつか見ると、この母親が息子に甘いといった意見が目につきます。

その後11日は観ていなかったのですが、12日の分を録画して観たところ、優子も暢子を東京に行かせたいと、大叔父にお金を渡して頼んでいます。しかし如何せんお金が足りないようです。しかしそこに、東京でボクサーになった兄の賢秀が、ファイトマネー60万円を家族に送金してくれ、一家は借金を返済することができて大助かり、そして暢子も、晴れて東京に行けるようになります。

ただこの場合、どう考えても賢秀がボクサーになり、収入を送金するというのは、話が飛躍しているような気がします。11日の放送でそのような展開になっていたのでしょうか。この朝ドラは脚本がおかしいという声もありますが、実際過程をすっ飛ばしているように取れて仕方ありません。

小檜山氏も多少それは意識しているのか
「こういう展開をするとご都合主義だのなんだの突っ込まれそうですが」
と書きつつも
「当時は割とそういうこともあったんですね。」と弁護しています。
その例として
「大食いで力持ちで大柄な中学生が、帰宅すると相撲部屋からスカウトが来ていたとか。いっぱい飯を食わせてやると言われて、素質のある若者が土俵やリングにあがる。そういう時代ですね」
ということらしいのですが、賢秀の許にスカウトとか、東京でやってみないかと言ってくれる人は現れたのでしょうか。

仮にそうだとしても、この展開はあまりにも都合がよくないかと思います。あと暢子が電話をするシーンがありますが、この当時の沖縄は本土復帰前のため電話は国際電話であり、それだけ料金もかかったのではないかと思いますが。これが『カムカムエヴリバディ』のように嫌いな作品だったら、小檜山氏も時代考証がなってないと書くのでしょうね。

ちなみに小檜山氏の記事です。
『ちむどんどん』第24回 にーにー、一番星になる|小檜山青 Sei KOBIYAMA|note
https://note.com/54seikobi85/n/n3859f21b7c72

それと小檜山氏、これは武者さんの大河コラムでもそうですが、
「主人公周辺に、ハリウッドで活躍する日本人数名がいた前作の方がおかしいと思う。ただでさえハリウッドのアジア系は厳しいというのに」
とありますが、『カムカムエヴリバディ』の最後の方は既に2000年代でした。それを考えるとそうおかしくはないでしょう。

また
「唐突にろくに料理もしない逮捕歴のある男が、チキンラーメンを開発したあの朝ドラより丁寧だと思いますよ。あれはモデルが料理に達者だということまで消していて何が何やら」
ともありますが、『まんぷく』の立花萬平は、インスタントラーメンを作ろうとして何軒ものラーメンを食べ歩き、試作しては失敗しを繰り返していたのですが、その点は無視なのでしょうか。大河コラムもそうですが、好きな作品を嫌いな作品叩きにやたらに使うのは、双方の作品に対して失礼ではないでしょうか。


飲み物-注がれるコーヒー
[ 2022/05/13 00:45 ] 朝ドラ | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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