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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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ハロウィンそして宗教改革記念日

10月31日はご存知の通りハロウィンです。このブログでもハロウィン(一部『ハロウィーン』表記もあり)については何度かご紹介しています。ちなみに翌11月1日が諸聖人の日(万聖節、All Saints' Day)であり、その次の日が死者の日(All Souls' Day)です、いずれもカトリックや聖公会、ルーテル教会などの祭日です。しかしハロウィン自体はキリスト教とは無関係で、寧ろ異教的であるとされ、この祭りを禁止している教会もあるほどです。

ところでこのハロウィン、この時期を境に、この世とあの世の壁が薄くなり、妖怪や魔物が跋扈するため、それを防ぐために火を焚き、魔よけのナナカマドの枝などを家畜小屋に取りつけたりする習慣がかつてありました。しかしながら、その後は魔よけというよりは、お化けたちのコスプレをして、お菓子くれなきゃ悪さをするぞと言う、アメリカ式の方法が一般的になりました。ただしこの習慣、元々はアイルランド発祥ともいわれていますし、これに類した物は世界各地で見られるようです。映画『E.T.』には、このハロウィンの様子が描かれています。

ジャック・オー・ランタン、カボチャ提灯もこの祭りに欠かせませんが、何せカボチャを繰り抜かなければならないため、男性の仕事であることが多いようです。しかしジャック君も、今年はあるいはマスク姿でしょうか。渋谷区では、ハロウィンに集まらないようにとのお達しが出た由。

尚この日は宗教改革記念日であることも、以前書いています。プロテスタント系の学校に行っていたこともあり、礼拝で「神はわがやぐら」から始まる、マルティン・ルター関連の讃美歌を歌ったこともあります。(第二編付き讃美歌では267番)

ルターの宗教改革によって起こったのは、彼の名を取ったルーテル教会ですが、その後カルヴァンによるカルヴィニズム(改革派、ピューリタンやユグノーがその典型)、聖公会から枝分かれしたメソジストなど様々です。ルーテル教会はその後北ドイツや北欧の教派となり、カルヴィニズムは新大陸を含む植民地へと渡り、イギリスから北米中心に広がったメソジストは、現在歌われている讃美歌を普及させるその原動力となりました。

ハロウィン2
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[ 2020/10/31 00:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

70年代ホームドラマ考察に関して思ったこと 続き

先日投稿分のホームドラマ関連の続きです。

所謂ホームドラマも、舞台となる病院や警察署を前面に押し出し、医療ドラマなり刑事ドラマなりにリメイクして放送するという方法もあります。ただ本来の作品とは、かなり趣が異なったものとなるでしょう。その前に、地上波TVのドラマというのがこの先どの位続くのかの懸念もあるにはあります。しかし、今に比べると昔の番組はよかったという人々も、半世紀ほど前はその当時の高齢者、明治生まれの人たちに同じようなことを言われていたのでしょう。この手の発想は、古今東西を問わないようです。

私の場合、90年代はそこまで連続ドラマを観ず(『お江戸でござる』は観ていました)、2000年代以降からちょいちょい観るようになりました。昨日のでは触れていませんが、『僕シリーズ』とか『プライド』なども観ていた記憶があります。『プライド』はキムタク主演なのになぜか観ていたのですが、スポーツドラマだったことも関係していたのかも知れません。この時初めてアイスホッケー雑誌を買った記憶があります。また当時NHLをJSPORTSが放送していて、ラグビー実況で有名な土居壮氏がこちらの実況をしていたこともあり、時々ですが観ておりました。当時はなぜかNYアイランダーズがお気に入りでした。土居氏はアイスホッケーの実況でも、しばしばラグビーを入れて来ていましたね。

ところで昭和の終わり頃に登場したドライな雰囲気の映画ですが、ずばり
「マルサの女」
です。舞台が国税局査察部という、当時の映画としてはきわめて画期的なもので、しかも脱税とその調査がメインのストーリーは、一般的なドラマとは一線を画しており、その意味で面白い作品です。後年『半沢直樹』をすんなり受け入れられたのも、これを観た経験があるせいでしょう。ちなみに公開されたのは1987年ですが、その翌年の日本アカデミー賞の主要部門を総なめにしています。元々監督の伊丹十三氏が、先行作品での収益の多くを税金として持って行かれたことが、これを製作する動機となったらしいのですが、ストーリーといいキャスティングといい、なかなか意表を突く作品です。

無論これは映画で、しかも『半沢』よりも四半世紀ほど前の作品ですし、顔芸も歌舞伎調のセリフもありませんが、それまでとは違った分野に足を踏み入れたことが、特に最初の作品が受けた一因でしょう。映画やドラマというのは、恐らくはこういうのをきっかけとして、少しずつ変化して行くものかとも思います。また『半沢』の顔芸その他に関して言えば、映画と違い、ドラマというのが理由として挙げられそうです。次回も視聴者に観て貰うためには、何かしらインパクトを与えておく必要があるのではないでしょうか。あと『半沢』のスピンオフをもし作るのなら、大和田が主人公でもいいのですが、黒崎をメインにして国税庁視線というのもありそうです。

ところでその『半沢』の中野渡頭取、つまり北大路欣也さんが出演している、テレ東系列『記憶捜査2』が現在放送中です。こちらは昨年放送分のパート2です。テレ東はネットワークが限られてるのが残念ですが、ケーブルTVなどで視聴可能かと思います。ちなみにその前日の同局のバラエティで、新潟県山古志村の錦鯉の値段の話から、北大路さん自身がかつてイランでの映画のロケの際、ペルシャ絨毯を購入したいきさつについて語っていました。この映画は多分『燃える秋』です。と言っても私もよく知らないのですが、何でも三越絡みだったことで、1982年の三越事件の煽りを受けてお蔵入りとなった、ちょっと気の毒な映画でもあります。

飲み物-ローズヒップティー
[ 2020/10/29 23:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

70年代ホームドラマ考察に関して思ったこと

少し前に、70年代のホームドラマについて書いたことがありましたが、今回全く別の検索をしていて、昭和のホームドラマについてのサイト(https://shiseiweb.com/
%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%8C%E3%81%A8%E3%81%86、リンクは貼りません)の『ありがとう』シリーズ関連記事を見つけたので、少し引用させてもらいます。文章は意味を変えない程度に省略しており、また少々批判的であることをお断りしておきます。

このサイトには、「第一部では母親が娘を直接教育し、第二部では母親が優位だが、遠くから見守っている。そして第三部では母親のほうが娘に依存し、母親は再婚し、家業の鮮魚店を娘に任せる。つまり娘がついに第三部で一本立ちしたのである。人間も社会も自然も、決して止まったままではない。10年一日の世界のようでいて、実はしっかり時が移ろいでいる。ホームドラマを舞台とした大河ドラマといった趣だ」
とありますが、恐らくは同じキャストで何シリーズか作ることが決まっており、制作サイドがいつも同じパターンではあれだから、いくらか設定を変えてみたということではないかと思われます。それと最後の言葉ですが、同じ登場人物で同じ設定なら大河と比べるのもありですが、この場合はやはり違うでしょう。ただホームドラマを観ていた人というのは、年齢からして大河も熱心に見ていたのだろうなと思われます。

さらに第二部(看護師編)だけ趣向が違うとして、「医院の跡取り候補である医師と、片や母子家庭の住み込み看護婦という、「 身分の違い 」がわかりやすく描かれていた」とあります。今時こういう表現はちょっと微妙に思えますが、要は勤務先のオーナー社長の息子と結婚する女性のパターンですね。さらに
「それでもまだ、戦前同様、「どんな男性と結婚できるか」が、女性の人生には最重要項目だった。こうしたドラマは、女性はもちろん男性の側から見ても、家や名誉のための政略結婚ではなく、愛情で相手を選んだという心地よさを感じさせ、女性に希望をもたせ、男性の“度量”を見せることで、お茶の間の庶民に夢と希望と感動を与えれば、それは人気番組になるだろう」とあります。
このシリーズ自体きちんと観ていない-だから一度どういうものか観てみたい-ので何とも言えませんが、これも当時はそうだったのだろうと考える他はありません(無論今もそうかも知れませんが)。しかしホームドラマの中で、主人公とその恋人的存在を結婚させるのはいわばお約束ですし、ドラマという虚構の中の出来事と、現実とはまた違うものでしょう。そのため「夢と希望と感動」という表現には今一つ共感できません。

ところでこの場合の人気番組云々というのは、視聴率56パーセントというのも関係しているのでしょうが、どうもこの数字に必要以上に引きずられているようにも思います。何度か書いていますが、その当時と今の視聴形態を比較すれば、ビデオが普及していない、TV以外の動画配信やSNSなどが存在しないといった理由から、数字は伸びるのではないでしょうか。(『半沢直樹』第1シリーズの40パーセント越えの方が、寧ろ画期的かとも思います)何よりも第一部で観て、そのまま観続けた人もいるでしょうし、同調現象という言い方は何ですが、皆が観ているから自分も、新聞に載っていたから自分もということもあるでしょう。

確かに時代のニーズに沿ったものではあったかもしれません。しかしそれは即ち、同じような設定を仮に2020年の今に持って来ても、当然ながらそこまで数字は伸びないということです。今現在の時点で一番時代のニーズに応えているのは、10日間で100億円の興行収入を得た『鬼滅の刃』でしょう。無論この数字には、コロナ禍の最中の娯楽であること、事前にアニメがあったことなども、少なからず関係してはいると思います。

それとこのシリーズ第二部の、何かのメディアの番宣記事と思われる画像がアップされています。(https://middle-edge.jp/articles/4Russ、こちらもリンクは貼っていません)しかし失礼ながら、どうも出演者のコスプレのように見えてしまいます。個人的にはこれよりも、以前投稿したことのある『37歳で医者になった僕』の、名刺を持っている草彅さんの方が医師らしく感じられます。閑話休題。確かに前出の記述のように、シリーズによって異なる母と娘の在り方、当時の人々の結婚観など、このシリーズから受け取るメッセージもあったでしょうし、私も現在、録画しておいた70年代のドラマを観ているため、その当時の価値観や考えに触れることはあります。しかしやはり私としては、2000年代以降の『JIN-仁-』や『相棒』、『ガリレオ』、前出『半沢直樹』などから受けるメッセージの方が、時代が近い分インパクトが大きく感じられます。その当時は存在しえなかったゲイカップルのドラマ、『きのう何食べた?』もまた然りでしょう。

それと、この後にこういったコメントが紹介されています。

>近ごろホッコリ系のホームドラマ無くなったね 2000年代に入ってから 連ドラ面白いのないし 殺伐してたり ドロドロ←イジメ 虐待など取り上げたり 殺伐としてて 見る気になれない?? ほんと 昭和のホームドラマ毒がなくて ホッコリとして 安心して見れたね
>暴力や、殺人事件の謎解きがエンタメント化してるサスペンスドラマはもうたくさん!
>なつかしいですね。もう一度じっくり見直してみたいです。 

要するに「この当時はよかった、なのに近頃は」というありがちなパターンなのですが、今は高度成長期ではもちろんありません。その後のオイルショックがあり、バブルがあり、デフレを経た時代であり、また犯罪も猟奇的なものが増え、社会現象も大きく変化している以上、ドラマの内容も変わって当然です。逆にこういうホームドラマがいつまでも続くわけもありません。最後の「なつかしいですね」はわかりますが、「殺人事件の謎解きがエンタメント(ママ、恐らくエンターテインメント)化」するのはそこまで悪いことでしょうか。それを言うなら、刑事ドラマもホームズ物もすべてアウトでしょう。

最初に取り上げた記事の冒頭では、かつての『ありがとう』シリーズのキャストの、この記事が書かれた時点での近影が紹介されています。無論若い頃とは違い、それぞれ顔にしわが刻まれる年齢となっていて、年月の移り変わりを物語っています。ならば年月が移り行く間に何が変わり、なぜホームドラマが廃れたのか、最近のドラマはその当時と比べてどう変わったのか、その辺りも考察されていいかと思いますが、「昭和映画・テレビドラマ懐古房」とある以上そういうのはやっていないのでしょうか。昭和はよかっただけでは単なる思考停止のように見えるのですが。上記コメのドラマが殺伐としている云々も、とどのつまり社会情勢の変化が大きく影響していますし。

ところでその昭和の終わり、ドラマではなく映画の方ではドライな感覚の物が登場するようになっています。これについてはまた後日。

飲み物-ミルクティ2
[ 2020/10/28 23:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

Rikuoh-9

During the race in Gyōda, Kōichi helps a runner who cannot move and is outstripped by other runners. But Daichi makes up for lost time. However, the employees of Kohaze-ya protest Kōichi and they decide not to work overtime. Thanks to it, Kōichi is afraid that he will be late for delivering tabi by the appointed date. Then he meets Jōji Misono, president of Felix that sells outdoor goods and plans to by Kohaze-ya. They enjoy fishing near Mt. Fuji wearing the products of Felix and Kōichi learns Misono's failure in business when he ran a company in the US in the past. 

陸王宮沢とフェリックス社長2
Jōji Misono (Shūzō Matsuoka, right) tells his bitter experience to Kōichi (Kōji Yakusho)

After that, the employees become conciliatory but Akemi Masaoka still opposes selling Kohaze-ya. So Kōichi plans not to sell his company but affiliate with Misono because some of the subsidiaries of Felix have already retired or their business style have exactly changed. Kōichi tries to protect the reputation of Kohaze-ya. On the other hand, Artlantis Japan sponsors Hiroto Mogi again. Then Junji Sayama of the company often visits the clubhouse of Daiwa Foods Running Team and tells Mogi how his rival Naoyuki Kezuka train himself persistently.  

陸王残業を拒むあけみ2
Akemi Masaoka (Sawako Agawa, second from the left) protests selling Kohaze-ya and never works overtime.

The images are from the official website of "Rikuoh".

[ 2020/10/28 00:15 ] Others | TB(-) | CM(0)

『国盗り物語』に見る明智光秀 25

上洛した後も信長は多忙でした。京に平穏を取り戻すべく、まず降伏して来た松永久秀を許し、さらに三好勢を討つ必要がありました。これにより足利義栄は阿波に逃れた後に病死し、摂津を抑えていた三好一派の城は空城になります。信長はまず芥川城を和田惟政に与え、伊丹城城主伊丹親興は、元々幕府再興の意志があったため信長に付き、池田勝政は降伏しました。さらにやはり三好党に占められていた長岡の勝竜寺城は細川藤孝の物となります。光秀は勝竜寺城攻めには参加できなかったものの、藤孝が城を与えられたことを喜びます。

そして永禄11(1568)年11月18日、足利義昭は晴れて征夷大将軍となります。警備に当たっていた光秀は、喜びのあまり涙をにじませます。するとその時、向こうから木下藤吉郎秀吉がやって来て、涙をにじませている光秀を見て、からかうような微笑を浮かべます。しかし光秀はこのような時、とっさにユーモアを交えた返答ができるたちではなく、慌てて懐紙を取り出して洟をかみます。このため秀吉も向こうへ去ってしまいますが、光秀にしてみれば、秀吉にこの気持ちがわかるかという強い自負心がありました。

光秀は自分には志があり、それを持っているかどうかで人間の値打ちが決まる、しかし秀吉にはそれがないと考えていたのです。しかしその光秀よりも、何倍も喜んでいる人物がいました。それは他ならぬ足利義昭でした。義昭は信長を父と呼びますが、信長は正直、3つしか年下でない義昭からそう呼ばれることに困惑します。さらに副将軍、管領などの役職に就くように求めますが、信長は悉くそれを拒否し、領地も要らないと言います。その代わり、堺、大津、草津に代官を置きたいと申し出、義昭は欲の少ない男だと感心します。

無論これには理由があり、そもそも信長は義昭に幕府を開かせるつもりなどなく、寧ろ自分が天下を統べるつもりでいたため、幕府の要職などは無用でした。また領地にしても、戦国乱世の世の中に将軍が所有している土地などなく、この浮世離れした義昭の発想には藤孝も戸惑い気味で、信長の許へ使者に発ち、状況を説明するに至ります。信長が代官を置きたいと言ったのはこの時でしたが、なぜ草津、大津、堺であるのか光秀は思考を巡らせます。

この時光秀は、仮御所となっている本圀寺の中の塔頭で、藤孝と話し込んでいました。共に義昭を担ぎ出し、将軍にせんと奔走して来た間柄であるだけに、この大願成就を祝し合い、さらに信長の軍略と攻略の賜物であることを認めないわけには行きませんでした。ところで信長が代官を置きたいと言った3か所には、それぞれどういう意味があるのか、光秀はまず、草津は中山道と東海道の分岐点であるため、軍事上の要であることを察します。これは藤孝も同じ考えでした。しかし大津に関してはなぜなのかわかりません。

光秀は、藤孝が今まで見て来た人物の中では、群を抜いて秀抜な人物でしたが、元々直感力がすぐれず、かなり思考を重ねる癖がありました。やがて光秀はその意味を悟ったようで、大津には物と銭が集まると口にします。つまりは運上金(商品税)を取るのが目的でした。そして堺と来れば、言うまでもなく日本を代表する港町です。信長の非凡な点は、このように商業に目をつけている点で、これは他の如何なる戦国大名も持ちえない経済感覚でした。しかし藤孝は、風変わりなお人程度にしか理解していないようでした。

義昭がついに将軍となります。これは義昭本人に取ってもそうですが、光秀に取っても喜ばしいことでした。不覚にも涙する光秀に秀吉は軽口を叩こうとしますが、光秀自身がその手のやり取りができる人物ではなく、秀吉はそのまま立ち去ってしまいます。この人物は確かに志というものを持っていて、その点秀吉とは異なっていましたし、また秀才ではありましたが、この手の当意即妙の感覚に欠ける人物であり、直感力にも恵まれていなかったようです。信長はこの2点を寧ろ重宝がるところがあり、この食い違いが後の両者の軋轢につながったとも取れます。

しかし信長の戦略たるや大したもので、その点は光秀も藤孝も評価していました。その一方で、将軍となった義昭は、幕府を開こうと考えます。無論そのような考えは、信長が何としてでも阻止したいものでした。当然ながら幕府の要職も、領地も(これは最初から無理)も断り、代官を3つの都市に置くことのみを願い出ますが、義昭は信長の真意を理解しておらず、欲の少ない男よと満足気です。無論彼のこういう考えは、後年の光秀とはまた違った形で信長との確執へとつながって行きます。

飲み物-チューリップグラスのビール
[ 2020/10/27 23:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河と忠臣蔵 10(峠の群像)

第2巻までを観て感じたこととして、

  • 赤穂がメインになっているため、浪士たちの考えや行動が分かりやすい
  • 加えて、浪士主体であるがゆえに、大石内蔵助の考え、さらに造反者や塩組などのそれぞれの立ち位置を描き分けやすい
  • 幕府関係者の登場が必要最低限に抑えられている
  • オリキャラや近松門左衛門の登場も少な目で、しかも主人公や、メインとなる集団(この場合赤穂浪士)に関与した形での登場となっているため、浮いたイメージがあまりない
  • 円山会議が登場する

このような点が挙げられます。無論これは総集編であるため、展開が分かりやすい形で編集されているでしょうし、そもそも総集編とはそうあるべきではないかと思います。特に円山会議はよかったです。つまるところ、お家再興か仇討かで、仲間たちの間でも意見が割れ、内蔵助も迷いに迷った挙句、大学の広島藩お預けでついにほぞを固めた、その決意表明の場がこれであったわけですから、やはり外すべきではないでしょう。尚会議そのものは内密であったため、現在伝わっているこの会議の様子は、後世の実録本によるものです。

『元禄太平記』の場合、やはり2巻だけでは足りない部分もあると思いましたし、オリキャラの登場部分がどこか本来のストーリーからかけ離れた印象もあり、それにちょっと違和感を覚えもしました。寧ろ『峠の群像』の場合、オリキャラのシーンが少ないようにさえ思われます。確かに石野と素良の2人きりのシーンなどは、『元禄太平記』の兵庫とおときのシーンにいくらか似てはいますが、石野と素良の場合は、竹島屋に関して今後の伏線となっている感があるのが、異なる点として挙げられるでしょう。

それと思うのですが、赤穂義士物ならやはり赤穂メインでいいと思います。赤穂と江戸とを並行させる形で描いても、どっちつかずになってしまうのではないでしょうか。もし柳沢や吉良、さらには上杉を描きたいのなら、寧ろ赤穂は脇役に徹した方がいいでしょう。ただ幕府の上層部を持ち出すということは、赤穂事件の政治利用という側面もまたあるわけで、それをどのように描くのかが制作陣の腕の見せ所ともなりそうです。『元禄太平記』の場合、政治利用として徹底してそのように描けばよかったのですが、結局義士たちのヒロイズムを持って来たことで、何か妥協の産物といった感じがします。

それと前にも書いていますが、由井正雪の慶安の変から始めて、この赤穂事件で締めくくった方が、戦国的な武断政治から、江戸時代らしい文治政治(徳川綱吉は特に儒学に没頭していました)へと移行する有様を描くことになるため、大河のテーマとしてはふさわしいかと思われます。如何せん、時代の移り変わりを描くのでなければ、それに代わるだけの大きな存在を持ち出さないと、大河として制作する意義はないのではないでしょうか。

飲み物-ホットココア
[ 2020/10/27 00:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河と忠臣蔵 9(峠の群像)

11月14日、内匠頭の月命日に内蔵助は内匠頭の墓詣りをします。浅野家再興と吉良への処罰を願う内蔵助ですが、これが浅野家再興だけであれば、幕府も逆らわず家中からも一目置かれたであろうと考えてつつ、しかし主君の無念の死を無駄にはできませんでした。内蔵助の脳裏に、若い頃内匠頭と海辺を共に走った記憶がよみがえります。

雨の中墓参りをする内蔵助に、傘をさしかける者がいました。不破数右衛門でした。不破も墓に手を合わせ、内蔵助の仲間に加えてほしいと頼み込みます。そして内蔵助は田村右京太夫の屋敷に行き、庭先に一礼します。田村は好きなだけ滞在せよと言い、また内匠頭の最期は立派であったと声をかけて去って行きます。その頃柳沢邸を吉良が訪れ、嫡子についてひとしきり話した後、本題である隠居の件を切り出します。家督を譲って隠居することを認めるのは、幕府に吉良を処分する気持ちがないことを意味していました。

この件で赤穂側は騒然とします。しかし内蔵助は3月まで待て、もし隠居した人物を処分した前例がないのなら、その例を作っていただこうと言うのみでした。この件は赤穂へも伝わりました。塩組の浪士たちは、いざという時、つまり仇討の時に備えて商人となっておく方がいい、処罰を受けずにすむと素良は提案しますが、商人になることへの不満の声も上がります。石野は命を粗末にするべきではないと思い、他の浪士たちの動きを案じます。

素良は、内蔵助の命は内蔵助のものと言いますが、石野はそれに疑問を抱きます。その時彼の手が素良の手に触れてしまいます。部屋を出て行く素良は、三月に番頭の世之助と祝言を上げる、もう待てないと語気を強めます。江戸では脱落者が出始めました。高田郡兵衛をはじめ何名かが脱落したため、特に郡兵衛には示しをつけさせるべく斬ろうということになり、安兵衛がその役目を買って出ます。しかしついに安兵衛は郡兵衛を斬ることはなく、ならば自決しようとする郡兵衛を諫めます。

元禄15(1702)年1月、赤穂では萱野三平の葬儀が行われていました。14日世を去った菅野は、表向きは病死でしたが、実際は両親と内蔵助への遺書をしたためた後割腹しています。これに関して未だ迷っている内蔵助を不破はなじりますが、内蔵助は自分が迷って何が悪いと言います。内蔵助は今なお、大勢で吉良の仇を討つことが正しいことなのか否かで悩んでいました。

そして元禄15年3月、素良はついに世之助と結納を交わします。近松は石野はこのことを知っているのかと美波に尋ね、美波は知っているはずだと答えます。近松は憮然たる表情を浮かべます。

内蔵助の子供たちのうち、元服した主税以外は理玖の実家に引き取られます。そして理玖は、武士としての正しい道を行きたいという主税に、武士も町人もない、生きてくれと訴えます。その夜、内蔵助と共に縁先にいた理玖は、夫や嫡男と別れた後は何を思い出すのだろうかと自分に問いかけます。そして別れの日、主税はいたたまれずにその場を去り、理玖も涙を流しながら前を向いて歩いて行きます。

片岡源五右衛門は宿で鉄砲の手入れをしていました。そこを訪れたゆうに、明日よそに移るからもう来なくていいと言いますが、ゆうは諦めきれません。結局ゆうは片岡の隠れ家にまで赴きます。源五衛門はそこから吉良が通るのを見計らって、鉄砲で狙うつもりでいました。しかしことは思い通りに運びません。

同じ頃、伏見で遊興にふける内蔵助を安兵衛が苦々しく見つめていました。江戸下向を何度も催促し、しびれを切らせて上方にやって来た安兵衛に取って、内蔵助は最早心変わりしたとしか思えなかったのですが、不破が、あれは隠れ目付を欺くためであると教えます。

町子はゆうに、片岡の代わりにいずれ誰かが吉良を狙ってくれると言います。片岡が町方に引き渡されでもしたら、今度ばかりはどうにもできないと町子。結局ゆうは捕り方を呼び、代わりに狙ってくれる者がいると言って片岡を捕縛させます。

再び伏見。堀部弥兵衛らは、浅野大学が広島にお預けとなり、再興の望みが絶たれたことを知ります。しかも内蔵助の遊興が、すべてをわかったうえでの行動であることを知った不破は、家へ戻る内蔵助の後を追い、共に死のうとします。しかし内蔵助は、この度の幕府の態度が、自分たち田舎侍を苦しめていると言い、吉良を討つと明言した後、不破に江戸へ下り、このことを仲間に伝えるように、片岡に勝手な行動をさせないようにと命じます。

このことで、塩組も解散の動きが出て来ます。しかし石野は製塩をあきらめず、再興の見込みがないからと言って諦めてはならぬ、これから見込みを探すのでござると同志を諭します。そして7月28日、今日円山に19人の同志を集めた内蔵助は、自分たちの願いが何一つ幕府に聞き入れられなかったことを不満に思い、ついに亡き殿の無念を晴らすのでござると口にします。人の命は尊い、血気にはやって無駄にしたくないと思っていたが、最早これまでである、皆の命大石に下されと言って、10月までには江戸へ向かう決意を明らかにします。無論抜け駆けは厳禁でした。
(第2巻後半終わり)

第2巻の後半部分です。迷いに迷った内蔵助が、やっと決意を固める円山会議までが描かれます。結局赤穂側の言い分は何一つとして聞き入れられず、さりとて人命を粗末にはできない、それを熟慮したうえでの決断でした。しかし内蔵助の苦悩はなかなか周囲が理解せず、ただ遊興しているだけである、あるいはなかなか江戸にやって来ないと言うことで、しびれを切らせる者もいたようです。堀部安兵衛もその一人で、気持ちはわからなくもないのですが、この場合もっと大局的に物事を見るべきでしょう。片岡源五右衛門も、はやり過ぎたきらいがあります。ともあれこういう事態を乗り越えたうえで、やっと浪士たちが一丸になろうとしています。

一方で石野七郎次。素良との結婚を考えつつも、塩組に残る道を選びました。この人物はまだ、再興を諦めていないようです。そして不破数右衛門。内蔵助に味方するのかと思ったら、いきなり斬ろうとしたりもしますが、内蔵助が、吉良を討つ意志を初めて明らかにしたのがこの人物でした。しかし内蔵助の妻理玖に取っては、嫡男主税が夫と共に行動すること、その行く先は恐らく吉良を討つことであろうことを考えると、商人になってでも生き残ってほしい気持ちは山々のようです。その一方で、塩組の何名かは、商人になることを潔しとしませんでした。

またこの内蔵助夫妻をはじめ、何組かの男女が出て来ます。内蔵助と理玖は前述のとおりですが、素良はとうとう石野を諦めて与之助と結婚、さらにゆうは、あれだけ思っていた片岡を裏切るような行動に出ます。無論そうしてでも、片岡に生きてほしいという気持ちがゆうにあったからなのですが。しかしこれを見る限り、糸を引いている一人が町子で、そのことを柳沢も、無論綱吉も全く知らないように見えます、

萱野三平。俳人としても有名な人物ですが、大石への忠誠と父との板挟みになり、自害しています。このことも内蔵助に大きな影を投げかけています。ちなみに菅野が自決したのも、内蔵助の墓参りと同じ14日、主君浅野内匠頭の月命日です。

それと今までの分を見る限り、元禄2年3月というのが、幕府の決定及び素良の結納と、内蔵助と石野の両名に取っていわば節目となっています。この2人の今後が、これに大きく左右されるということなのでしょう。

あと伏見のシーンが若干途切れがちになっているのが惜しいです。それでも赤穂に焦点を当てているため、物語自体の展開は比較的わかりやすくなっています。

飲み物-ウイスキーロック
[ 2020/10/26 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河と忠臣蔵 8(峠の群像)

『峠の群像』総集編第2巻前半です。第2巻すべてを投稿しようかとも考えましたが、長くなりそうなのでまず前半部分だけにしておきます。

内匠頭切腹に伴い、赤穂城内に籠城の噂が広まります。元々これは藩の知恵者がそういう噂をばらまき、武士の建前を取り繕い、その後他藩の禄を得やすくするためでした。しかしそれを巡る評定の最中、石野七郎次は一人開城を主張します。このため籠城か否かの決定は翌日に持ち越しとなります。

その後大石屋敷を、近松門左衛門と嶋屋美波が訪れ、水を所望します。さらに近松は大胆にも、内蔵助に籠城か開城かを尋ねます。近松は、このところ改易で籠城した家はないと言い、内蔵助はならば開城かなといなします。近松は、浅野家は尚武の家柄故籠城であろうと答え、このところ時代は忠臣を求めており、浅野家が鑑になれば世の中は変わると言います。

一方石野は素良に、赤穂藩の負債は全部返済すると約束し、そして改易となった以上、一緒にはなれないことを伝えます。素良と石野は恋仲になっていました。一方内蔵助は、江戸から戻った片岡源五右衛門に会い、浅野内匠頭の切腹は庭先であったこと、さらに吉良上野介には何の咎めもなかったことを知って、そのまま浜辺に行き、海水で何度も顔を洗います。

翌日改めて評定に臨んだ内蔵助は開城を唱え、内匠頭の切腹は自身の不調法のため仕方ないものの、これはあくまでも両者の喧嘩、吉良にも当然咎めがあるべきとしつつも開城し、浅野大学を立てて再興を願うと主張します。それでは人前が立たぬと言う者たちを前に、家老である自分の言に従うと言ったのは誰だと内蔵助は一喝します。一方石野は、禄を失った人々の救済と浅野家再興のために、製塩と販売の組織を作ることにします。

大坂では、浪人となっており、近松の芝居小屋に居候を決め込んでいる不破数右衛門に、美波が酒を持って行くものの、不破は急に美波に太刀をかざします。しかし美波も肝のすわったもので、危ないやおまへんかと火箸で太刀を叩きます。

元禄14(1701)年4月、城の明け渡しの日がやって来ました。この時内蔵助は吉良への処罰と浅野家の再興を、3度にわたって城受け取り役の目付に嘆願します。この3度続けてというのは非礼なことであり、その場で処罰されても致し方ないものでした。しかし目付たちは、このことを飛脚で江戸に知らせます。さらに、うち1度は聞かなかったことにすると、目こぼしをしてくれました。しかしながら、この件を知った老中が綱吉に宛てた文書には、城の掃除と明け渡しのことのみが記されており、大石が命をかけた直訴は無視されていました。また内蔵助の妻理玖も、夫にもしものことがあった時のために自害を考えます。

竹島屋では、素良が赤穂の塩を得るべく、石野に貸付をしたことを番頭が懸念します。その石野たちは、やはり目付たちから、お前たちは士分ではないから、すべて自分たちの裁量でやれと言われ、内蔵助の口添えに違いないと思った石野は、浜にいた内蔵助に礼を述べます。しかし内蔵助は、そのようなことは知らないと答えます。

さて片岡源五右衛門は、江戸で町人に身をやつして、一人仇を取ろうと吉良の出方を窺っていました。その吉良は、悪くもない自分が悪人にされているであろうことを気にかけていました。一方で両国に居を構えていた堀部安兵衛は、片岡のことを聞いて飛び出し、片岡が、吉良の行列に斬りかかろうとしている姿を目にします。片岡は駕籠を槍で一突きするものの、中は無人でした。

そして赤穂では、内蔵助が藩を出るという噂が飛び交います。石野たちは内蔵助を見送り、餞別を渡しますが、吉良を討つということに関しては難色を示します。そんな石野たちに内蔵助は言います。
「己の信ずるところがまことだ」
そして内蔵助は供の八助と船に乗り、二度と赤穂へ戻ることはありませんでした。

その頃将軍綱吉は、虎や犬などを可愛がる一方で、執務にはさほど関心がない様子でした。柳沢吉保が吉良の閉門を打診すると、自分の裁きを覆すのかと不満げです。側室の町子は、赤穂の浪士に吉良を討たせたら、武士たちのいい手本になるとしれっと口にします。そして大坂では、近松や美波が飛脚の伝平と話し込んでいました。

伊勢亀山の28年かけての仇討について話す3人でしたが、芝居小屋の楽屋の片隅にいた不破数右衛門は、仇討話を吹聴するのは町人だけだと言い、武士と町人の間で話が噛み合いません。その直後、大石が江戸へ行ったという話が飛び込みます。近松は不破に、吉良を討つ気はないのかと尋ねます。そして江戸では、赤穂藩日雇頭前川忠太夫の屋敷に藩士たちが集まり、吉良を討つべきか否かで紛糾しますが、大石は「ご公儀の判断を待つ」とだけ答えます。
(第2巻前半終わり)

赤穂藩の改易が決まり、籠城か城を明け渡すかで評定が行われます。籠城派が多数を占めるものの、結局開城と決まり、これが内蔵助にも石野にも、無論他の藩士にも大きな影響を与えることになります。内蔵助にしてみればまず幕府の判断を仰ぎ、再興が可能であればそうしたいと考えており、主君に殉ずるのはその後でも構わないと思っていました。また石野は、恋仲となっていた素良と添い遂げるのは無理であると思いつつ、製塩で藩士の救済をし、再興の費用を稼ぐと決意します。

そんな中大坂の近松門左衛門は、もし浅野家が籠城したら武士の鑑であると、内蔵助を前にずけずけと言います。そして江戸でも、柳沢吉保の側室町子が、赤穂の浪士が吉良を討てば武士たちの手本になると言います。このようなセリフから、江戸幕府の文治政治が定着し始めており、武士たちが官僚化していることがわかります。無論江戸幕府というのは、戦国の悪習を断つためのものでもあったわけで、「武士の手本」になるようなことをしたらしたで、それなりの処罰が下るのは必至でした。

元々徳川綱吉は、この文治政治を推し進めた将軍でした。さらに朝廷を重んじる人物でもあり、内匠頭に対する厳しい処罰も、彼が朝廷からの使者たる勅使の饗応役であるにもかかわらず、式次第が台無しにされたことが一因です。但しこの人物は、将軍としての任期の後半に於いては、自然災害が重なったことから、施政者が善政を行わないからこうなるといった空気が醸成されていたようです。これは綱吉に取っても不運でした。無論だからと言って、虎や犬ばかりに関心を寄せていたかどうかは疑問ですが。

そのような中で、江戸の藩士たちからは吉良討つべしとの声が上がります。片岡源五右衛門にいたっては、一人で吉良を討とうとする有様でしたが、当然ながら裏をかかれてしまいます。このような中、内蔵助はひたすら幕府の判断を待つことにしました。しかしながら、肝心の幕府の中枢部に彼の意見が届いていない以上、これは如何ともしがたいことでした。

それから嶋屋美波、彼女はいつも近松の側におり、つまりは常に近松の仕事場である芝居小屋に入り浸っているわけです。そこで寝泊まりしている(のでしょう、多分)不破数右衛門に、いきなり太刀を突き付けられても、動じるどころか危ないと火箸で叩く美波ですが、この辺りに何やら上方らしさが感じ取れます。無論近松が慌てて止めに行くわけですが、この近松も赤穂に堂々と乗り込む辺り、なかなか強かです。

ところで吉良役の伊丹十三さんが茶器を扱っているシーンに、『国盗り物語』の足利義昭がだぶります。

飲み物-ウイスキーストレート
[ 2020/10/24 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

NHKドラマとSNS

ご存知の方もいるでしょうが、NHK公式サイト(NHK ONLINE)のドラマのポータル(https://www6.nhk.or.jp/drama/)に、主な作品のSNSのアカウントが表示されています。現時点では、ツイッターが
NHKドラマ
スカーレット
麒麟がくる
エール
この4つとなっています。流石に朝ドラと大河はそれぞれのアカウントがありますが、後はNHKドラマの担当が主に広報や紹介を請け負っているようです。しかしその一方で、インスタは『エール』のみです。そもそも『麒麟がくる』にもインスタはあるのですが、どうも朝ドラほどには、定期的に更新されているようには見えません。この『麒麟がくる』のインスタに関しては、以前も意外に画像が少ないと書いたことがありましたが、最近はもはや新キャストの画像程度にとどまっているようです。

このような点から見る限り、ドラマ関連のSNSはツイッターで十分かと思われます。『おんな城主 直虎』はフェイスブック専用アカウントはありませんでしたが、それ以外の近年の作品は、『西郷どん』まではインスタもフェイスブックもありで、楽屋の画像などがアップされていたりしたものです。しかし特に今年は、コロナ禍のせいなのかあるいは働き方改革のせいなのか、大河関連のインスタはうまく機能しているようには見えませんし、こういった点は今後再検討されてしかるべきでしょう。

ところで『峠の群像』第2巻に関してですが、明日投稿予定です。

飲み物-パブのビール3杯
[ 2020/10/24 00:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

2020年10月ラグビー情報その2

姫野和樹選手のハイランダーズ入りは前回お伝えしましたが、クレルモンの松島選手も勝利に大いに貢献しています。尚記事はすべてnikkei.comからです。

ラグビー松島、クレルモン勝利に貢献 仏1部リーグ

それから日本代表ですが、来年6月にエディンバラでブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズとの試合に臨むことが決まりました。これは日本に取っては初めての歴史的な試合となり、テストマッチの一環として行われます。

尚このライオンズについて、何度か書いたことがあります。英国及びアイルランドの代表としてプレイしている中から選ばれた選手たちが、南半球遠征用に組むスペシャルチームのことです。この遠征は4年に1度の割合で行われます。この選考で選ばれなかった選手は、それぞれの国(イングランド、ウェールズ、スコットランド、アイルランド)の代表として、ライオンズの遠征と同じ時期に日本やオセアニア、北米などにツアーを行います。1989年にスコットランドXV(正代表ではありません)が日本代表に負けた試合、2001年のウェールズ代表の対サントリー戦の黒星は、いずれも、ライオンズ遠征時と同時期に行われた日本ツアーでの出来事でした。

ラグビー日本、全英代表と初対戦 21年に英国で

また新リーグ関係でこのような記事もありました。

ラグビー日本、収入100億円可能 大河正明氏が提言

チームの法人化もひとつの案であり、それはそれで魅力的ではあるのですが、完全プロ体制に近づくほど、今回のコロナ禍のような場合に、終息を待たずして試合を行わざるを得なくなるというリスクも伴います。代表の収益をチームに分配するのは賛成で、これはもっと以前からやって然るべきでした。実際20年ほど前に、これに近い提案をした人もいます。恐らくは、代表を収益性のあるチームになかなか育てられなかったこと、また、こういうビジネス感覚を持った人が、協会内では限られていたことなどが、理由として挙げられるでしょう。

飲み物-ブラウンエール
[ 2020/10/22 23:30 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『青天を衝け』の感想も書いています。またBSで再放送中の『黄金の日日』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも来年の大河が始まる前に、三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2021年には北半球最強であるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズとの試合も組まれています。このチームにいい試合をし、今後さらに上を目指してほしいものです。国内のラグビーも、2022年からはいよいよ新リーグがスタートです。

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