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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  2017年09月

風林火山第26回「苦い勝利」

勝利への貪欲さを見せるようになった晴信。志賀城攻めを行い、最終的に城を焼き討ちにしますが、指揮官の一人小山田信有は、運命的な女性と出会います。そして村上義清に仕えている平蔵は、間者として武田陣に送り込まれるのですが…。

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志賀城主の笠原清繁が、武田に戦を仕掛けて来た。志賀城には内山城の残党が多く立て籠もっており、晴信は家臣を総動員して志賀城攻めを行う。しかし弟の信繁が、城攻めに当たって勘助の名を出した途端、晴信は無用であると答える。一方これを聞いた村上義清は、敵の一人高梨政頼が越後にいるため、このための出兵で、高梨から背後を突かれる不安はなかった。間者を送り込む案も出されたが、村上は謀略を好まなかった。そして高梨がいる越後では、家督争いが起きていた。

越後の守護代長尾家は、守護の上杉家に代わって力を持っていた。嫡子晴景は病弱の上戦もできず、しかも失策が多いことから、家臣たちは景虎の家督相続を望んでいた。しかし景虎は、戦の為に人を斬るのは空しいと言い、御仏に仕えていた自分を俗世間に戻して、甲斐の武田晴信のような、大悪人になれと申すかとまで言う。そして晴景は弟を阻止しようとするが、景虎は雷鳴が轟く中、夜討ちを仕掛けるように命じ、自身は琵琶を奏でていた。この翌年、彼は長尾家を継ぐことになる。

そして信濃先方衆の一人、相木市兵衛は村上義清を訪れていた。誼ある笠原との戦いに、晴信は自分たちに先鋒を務めろと命じる、信濃の衆は最前線に置かれると話し、さらに武田はもはや信濃で侮れぬ故、内側から切り崩す覚悟でいる、よって援軍はお控えをと話した。このことが真田の忍び葉月によって、陣中の勘助や真田幸隆にもたらされた、相木は裏切ったのかと考えていたその時、真田の家臣春原若狭守が、おかしな者が飛び込んで来たと知らせに来る。それは平蔵だった。

もう一度真田家に仕えたいという平蔵だが、実は村上から間者として送られていた。相木には身分を明かしていいと言われていたが、その相木も彼を見てこう答えた。
「そちは誰であったかのう」
また関東管領軍五千の兵に対して、晴信は板垣信方と甘利虎泰に命じ、この軍を小田井原で撃退させ、志賀城は孤立した。しかし二人の重臣は、晴信の変化を見抜いており、心中は複雑だった。

実際晴信は勝利を焦っていた。志賀城は水脈も断たれたため、降伏は目前であった。そのため勘助は使者を申し出、小田井原の戦いで得た首を並べて笠原に降伏を迫ったが、それでも籠城は解かれず、結局攻め込むことになった。火が燃え盛る中、城に入った小山田信有の前に、一人の女が這い出て来て彼の脚をつかんだ。この女は笠原清繁の夫人で平賀源心の娘、美瑠姫だった。これで城兵三百人が戦死し、その他は縁者が身請けするか、あるいは府中に市ができて売られて行った。

城攻めの後勘助と幸隆は、相木が城から出て来た者たちに、水を振舞っているのを目にした。相木は二人に、疑っておるじゃろうと言い、間者となったのはお屋形様のお下知であると言った。さらに平蔵は村上の間者であるとも言った。あのような雑兵を送り込むとは、謀が下手じゃのうと相木。その時小山田に連れられて、美瑠姫が出て来た、あの姫は平賀源心の娘であると相木。それを聞いて勘助は、美瑠姫に水を差し出そうとするが、美瑠姫はそれを拒絶し、小山田と共に立ち去って行った。

その後美瑠姫は人身売買とはならず、小山田が恩賞としてもらい受けた。お屋形様と由布姫の関係と同じじゃと言い、勘助に対して、この儂は寝首を掻かれるとでも思っているかと哄笑する。一方板垣と甘利は今後の村上攻めを憂いていた。そして幸隆は忍芽に人身売買のことを聞かせ、お屋形様はまだ負けを知らず、負けた者の気持ちを推し量れないと言う。その晴信は、諏訪の由布姫のもとにいて、これまでは勝つことが恐ろしかったが、今は負けることが恐ろしいと心情を吐露する。

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相木市兵衛の間者は、長窪城に続いて二度目です。この人は、友である真田幸隆をも欺く形で、間者としての務めをこなし、平蔵にもわざと知らん顔をします。一方その平蔵ですが、最初からこれではバレバレです。しかも腰に差していた脇差は、この度の間者の依頼の際に、村上の家臣須田新佐衛門からもらったものでした。恐らくこの時点で、幸隆もいくらか気づいていたのではないかと思われます。平蔵の間者はどうも失敗フラグにしか見えませんね。

そして美瑠姫が久々に登場です。彼女を恩賞としてもらい受けた小山田信有が、寝首を掻かれる云々と言うのは明らかに伏線ですね。そしてその勘助の助言も容れず、力攻めを主張する晴信を板垣、甘利の二人は嘆き、これが上田原の戦いへとつながって行きます。その一方で越後の長尾景虎、あまりにも浮世離れした印象の人物ですが、家督を継ぐことになり、今後彼の存在もまた、クローズアップされて行きます。

[ 2017/09/25 00:45 ] 大河ドラマ 風林火山 | TB(-) | CM(0)

AIKI Ichibei

AIKI Ichibei Masatomo was a local ruler of Saku, Shinano and served TAKEDA Harunobu (Shingen) later. He was born in 1516 and is said to have served Harunobu in 1543. Then he became a member of Shinano Senpo (Sakigata) Shu.

He was ordered to be in charge of Taguchi Castle and participated in the Battle of Kawanakajima in 1561 and commanded a depatched force. After the battle, he maintained the public order in Zenkoji-daira, current Nagano Basin (*). He was close to SANADA Yukitaka who was a member of Shinano Senpo Shu also and his daughter was a wife of Sanada Masateru, second son of Yukitaka. He died in 1567.

In this series, he becomes to know Kansuke at the Battle of Unnokuchi Castle. He is appreciated by Harunobu and participated in some battles and sometimes spies on the enemies of the Takedas as MURAKAMI Yoshikiyo. Besides he is close to Sanada Yukitaka and Kansuke and enjoys drinking with them at Yukitaka's house.

(*) Ainoki-dori (Ainoki Street/Avenue) in Nagano City was named after him.

The image shows Yoshimasa Kondo as Aiki Ichibei
(From the DVD series of "Furin Kazan")

風林火山相木市兵衛
[ 2017/09/24 23:45 ] Taiga Drama Furin Kazan | TB(-) | CM(0)

風林火山の歴史的背景15-寅王丸と四郎のその後

第25回では、勘助が晴信と由布姫の子の四郎を、正に目の中に入れても痛くないほど可愛がります。しかしこの四郎誕生に際し、由布姫が寅王丸のことを持ち出したため、武田と諏訪の継承問題が起き、結局武田は太郎、諏訪は四郎が継承することになります。とばっちりを食った感のある寅王丸は、駿河の雪斎のもとで出家し、後に長笈と呼ばれます。その後今川を頼ったとか越後を頼ったとか、あるいは東北に逃れたなどという説があるようですが、このドラマでは、武田を敵視する策士たちにより、復讐を決心することになります。

さて、本来その寅王丸が継ぐべきだった諏訪家は、四郎勝頼が継ぐことになります。この諏訪家は高遠諏訪家、つまりかの高遠頼継の系譜に連なる諏訪家です。同じ回で、勘助が高遠城の曲輪について馬場信春と話していて、そこへ板垣信方がやって来るシーンがありますが、高遠諏訪家継承の伏線といえるでしょう。しかし本来ならば、諏訪家の当主で納まったはずの勝頼でしたが、義信事件で義信が廃嫡されたことから、事態は急転回し、勝頼が武田家の当主となります。しかし母の由布姫が諏訪家の出身であり、これはかなり厳しいものでした。

これに関しては陣代説もあります。つまり嫡子の信勝を当主とし、自分は後見のような形で政務を執るというものです。また武勇には秀でた人物でもありました。ただし父晴信(信玄)が遠征先で亡くなったこと、晴信の重臣の力が強かったことに加え、織田信長が朝廷に圧力をかけて、官位や偏諱を与えないように働きかけていたことから、戦国大名としてはかなり不利な立場に置かれていたということもあります。晴信の重臣たちの一部は、長篠の戦いで戦死しますが、武田の力もまた衰えつつあり、父晴信の外交上での負の遺産もあって、勝頼の代で戦国大名武田家は滅亡します。

飲み物-パブのビール2
[ 2017/09/24 00:45 ] 大河ドラマ 風林火山 | TB(-) | CM(0)

Shinome

She is officially called Kyo-un-in. She was a wife of SANADA Yukitaka and a younger sister of KAWAHARA Takamasa, vassal of the Sanadas.

She gave birth five sons between Yukitaka and their third son Masayuki succeeded the Sanadas. She is said to have been Yukitaka's concubine for a period but became his wife again later. In 1582, when the Takedas were destroyed by ODA Nobunaga, she was taken as hostage of TAKIGAWA Kazumasu who served Nobunaga, then KISO Yoshimasa and TOKUGAWA Ieyasu. She was released around 1583 and returned home. She died in 1592 or 1593.

In this series, she is called Shinome (*) and is described as a strong-willed woman who stood by her husband through unfortunate days. After the Siege of Toishi, she vists TOKITA Takanaga, younger brother of Yukitaka with her son Nobutsuna and persuades him to take the side of Takeda Harunobu. Yukitaka who notices it scolds but praises her. She often serves Yukitaka, AIKI Ichibei and Kansuke with sake when they gets together at Yukitaka's house in Kofu.

(*) In "Sanada Maru", she is called Tori.

The image shows Misa Shimizu as Shinome
(From the DVD series of "Furin Kazan")

風林火山忍芽
[ 2017/09/24 00:15 ] Taiga Drama Furin Kazan | TB(-) | CM(0)

今後の大河ドラマ雑考-15

まず、『西郷どん』で幾島を演じる予定だった斉藤由貴さんが、スキャンダルのため降板となりました。既に撮影は開始されていますので、早めに代役が見つかってほしいと思います。それから今年の大河のガイドブック、完結編が出たようですが、サブタイが例によって例の如くなのだそうです。今回は特に、制作陣が受信料を使って趣味で作ったのではないか、そういう気さえします。『花燃ゆ』には、少なくともこういうあざとさはありませんでした。

では本題の『太平記』ですが、このような記事がありました。

"トレンディ大河"と揶揄された大河ドラマ「太平記」
(エキサイトニュース)

確かにトレンディ大河と呼ばれたことはあったようですが、脇役をそこそこの俳優さんが固めていたこともあり、変に浮わついた感じにならずに済んでいます。この時後藤久美子さんは、男性(北畠顕家)の役でしたね。父親の北畠親房役の近藤正臣さんが、この時から既になかなかの曲者キャラを演じていました。

とかく太平記関連は、皇室が絡むため描写が難しいという側面もありますが、記事中にもありますように、足利尊氏や他の武将たちの人間ドラマにすれば、結構楽しめます。2020年が赤穂浪士ならば、その翌年の2021年が、天皇陛下の譲位から2年になりますので、また大河化すればいいのではと思います。ちょうど30年後になります。無論、新史料が見つかった明智光秀関連も、やってほしくはありますが。

戦国時代、特に後期や織豊政権などは既に何度も大河化されていますが、この時代はとにかく映像作品が少ないせいもあり、やたらにマスコミが騒いでいない点にも好感が持てます。実際南北朝時代というのは、室町時代、戦国時代にも尾を引くわけですし。ネット上某所で見た意見ですが、義を重んじる敗者ということで、三谷幸喜氏に、楠木正成メインで原作付きで描いてほしいというのがありました。ただ三谷さんの場合、戦闘シーンにやはり不安を残しそうです。軍議とか謀議であればいいとは思うのですが…。

何はともあれ、きちんと大河50回を書ける脚本家に依頼したいものです。しかし久々に、かれこれ1年ぶりにDVDを観たのですが、やはり楽しめます。キャラ設定もきちんとしているし、ストーリーに比較的無駄がないというのもあるでしょう。全くないというわけではないし、あまり無駄がないのも逆に面白くないのですが、入れすぎるのも問題です。やはり大河は歴史を追って行くものである以上、うまく緩急をつけてほしいと思いますので。

このOPにも騎馬武者が登場します。特に後半部分の、夕日を背景に駆けて行く騎馬武者の映像は結構好きです。それと花夜叉一座の猿楽とか白拍子、闘犬、鉢回しなどの芸能や、尊氏と登子の婚礼シーンなども、その当時の雰囲気が伝えられています。これは先日書きましたが、戦は嫌だ的なセリフもありますし、尊氏と藤夜叉のラブストーリーもあるのですが、それだけが悪目立ちしないように描かれています。この辺りは脚本家の腕もあるのでしょう。

飲み物-お洒落なランプとウイスキーグラス
[ 2017/09/23 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

SANADA Yukitaka

SANADA Yukitaka or Yukitsuna was a father of Sanada Masayuki and a grandfather of Sanada Nobuyuki and Nobushige. He was born in 1513 and was a ruler of Chiisagata, Shinano.

In 1541, he fought against TAKEDA Nobutora, SUWA Yorishige and MURAKAMI Yoshikiyo (the Battle of Unno-daira) and was defeated. Then he escaped to Kozuke depending on NAGANO Narimasa, vassal of Kanto Kanrei UESUGI Norimasa and the lord of Minowa Castle. After that, he served TAKEDA Harunobu (Shingen) around 1546 though most of his former territory was occupied by Yoshikiyo.

He served Harunobu as a member of Shinano Senpo (Sakigata) Shu, local rulers who protect frontiers and watch enemies. Then he was ordered to watch the movement of the Murakamis. In 1551, he suggested the attack on Toishi Castle to Harunobu though the Takeda army was defeated in it. But on the following year, he revenge the defeat and recovered the whole of his territory. He also participated in other battles including the Battles of Kawanakajima and is said to have managed Minowa Castle.

He was praised for his resourcefulness and achievements by Harunobu and was treated as his senior vassal. In 1559, he became a monk and called him Ittokusai. He transferred the headship of the Sanada clan to his heir Nobutsuna. He died in 1574.

He is said to have had six sons and his third son Masayuki finally succeeded the Sanada clan.

In this series, he is called Yukitaka. He becomes to know Kansuke who visits him as spy of the Hojos and takes to him. During the Siege of Kawagoe Castle, he meets kansuke and is persuaded to serve Harunobu. Then he becomes a member of Shinano Sakigata shu and distinguishes himself in maneuvering enemies. Later he becomes a monk and is called Ittokusai.

The image shows Kuranosuke Sasaki as Sanada Yukitaka
(From the DVD series of "Furin Kazan")

風林火山真田幸隆
[ 2017/09/22 23:45 ] Taiga Drama Furin Kazan | TB(-) | CM(0)

風林火山徒然-23 (+太平記)

第25回では晴信が慢心するようになり、かつて自分が追放した父、信虎にそっくりになって行きます。一方勘助は諏訪滞在が中心となり、四郎こそすべてと思うようになって、そこかしこに
「実は、四郎は勘助の子ではないか?」
と思わせる描写があります。尤もその四郎誕生により、諏訪頼重と禰々の子寅王丸は出家させられ、育ての親というべき大井夫人を悲しませます。

晴信は、禰々が寅王丸には戦をさせたくないと言い残したと言い、母大井夫人を同意させようとします。一見正論に見えますが、実はこの寅王丸の件も、由布姫が関与しているわけです、そもそも彼女が、諏訪家を継ぐのは寅王丸と主張したものの、これを勘助が上原城の板垣信方に伝え、由布姫の叔父の満隣は、諏訪衆のためには四郎と言い、ここで寅王丸の存在理由がなくなってしまいます。駿河にやることにしたものの、晴信殿は、父親に続いて甥まで駿河に押し付けるのかという、今川義元の言葉もむべなるかなです。

無論三条夫人は、武田家の嫡男は太郎じゃと言い、跡目争いが表面化して行く中で、甲州法度次第の制定に携わる駒井政武と春日源五郎が、子供のことに親が口を出すなと言っているのはうまい構成です。そして最後の方で、佐久の志賀城主、笠原清繁が反旗を翻したという情報が、真田家に届きます。これもかなり残忍な戦いではあるのですが、この時の笠原夫人が取った行動が、またも武田家中に波紋を呼びます。彼女も後に子を持つ母となり、三条夫人や由布姫よりも過酷な運命をたどります。

ところで久々に『太平記』を観ました。後醍醐天皇と尊氏の亀裂が深まって行く時期で、後に湊川の戦いが起こります。この頃は新田義貞との対立が露わになり、しかもかつて思いを寄せた藤夜叉が戦乱の余波で斬られ、それがもとで亡くなります。彼女と行動を共にして来て、帰農していたましらの石が、かつての仲間である花夜叉の所に戻り、もう戦は懲り懲りだと言うシーンがあるのですが、こういうセリフならば「戦は嫌じゃ」的な甘ったるさが感じられず、結構うなずけます。また、尊氏が楠木正成と刃を交えたくない一心で、敢えて義貞と戦うのも説得力があります。

昨今の大河、特に女性大河が不評なのは、こういう戦に対する心理描写が欠けているせいもあるでしょう。そして尊氏と藤夜叉の子、不知哉丸(いざやまる)を、尊氏の母清子が、花夜叉一座の所に引き取りに来ます。藤夜叉は不知哉丸を、武士として育てるのを嫌がっていましたが、清子はそうではない、寺に入れて母の菩提を弔わせるのじゃと説得します。これにかなり既視感があったのですが、それが『風林火山』のこの回でした。尤も後でこの子は直冬となり、父尊氏に刃向かうことになります。

しかし尊氏の母清子の役が、『風林火山』の寿桂尼役の藤村志保さんなのですが、同じような尼姿なのでどうもダブってしまいます。既視感はそのせいかもしれません。この大河で藤村さんは、緒形拳さんと3度目の夫婦役(『黄金の日日』の秀吉と淀殿の役を含む)なのですが、『風林火山』でも、緒形さん演じる宇佐美定満と寿桂尼が、成長した寅王丸を巡って、タッグを組んでいます。戦乱の世という共通点もあり、『風林火山』は、あるいは『太平記』の影響もいくらか受けているのでしょうか。

飲み物-アイスコーヒーブラック
[ 2017/09/22 00:15 ] 大河ドラマ 風林火山 | TB(-) | CM(0)

TAIGEN Sofu Sessai

TAIGEN Sofu (or Sufu) Sessai was a priest and a minister of IMAGAWA Yoshimoto. He was born as a son of IHARA Masamori, senior vassal of the Imagawas and is thought to be related to YAMAMOTO Kansuke, strategist of TAKEDA Harunobu (Shingen). He is one of the ministers in clerical robe in Japanese history.

He was formerly called KYUEI Shogiku and educated Hogikumaru, later Yoshimoto. In 1530, Hogikumaru entered the Buddhist Priesthood and was called BAIGAKU (or SENGAKU) Hosho and he changed his name Taigen Sofu Sessai. In 1536, he exerted himself to make Baigaku Hosho take over the Imagawa clan and became to serve him as adviser of military and politics when he became the head.

He achieved various feats using manoeuvers and advantaged his lord by forming alliances with other daimyos. He sometimes participated in battles at the head of an army. On the other hand, he also acted as priest by building Rinzai Temple in Sunpu and committed in making Imagawa Kana Mokuroku, law of the Imagawas. Besides he improved a commercial policy in Suruga.

He died at Chokeiji Temple in 1555 and it shocked Yoshimoto. It is said that if he had lived in 1560, Yoshimoto should have beaten ODA Nobunaga at the Battle of Okehazama.

He is said to have educated MATSUDAIRA Takechiyo, later TOKUGAWA Ieyasu but there is an opposing opinion.

In this series, he is described as a relative of Kansuke. Though being a schemer, he has clear mind and negotiates with other daimyos well. And he sometimes meets Kansuke who is dispatched as messenger of the Takedas.

The image shows Masato Ibu as Taigen Sofu Sessai
(From the DVD series of "Furin Kazan")

風林火山雪斎
[ 2017/09/21 23:45 ] Taiga Drama Furin Kazan | TB(-) | CM(0)

『ラグビー愛好日記』より

ラグビートップリーグは、今週末から再開です。ということで、今回は村上晃一氏のブログ『ラグビー愛好日記』から、2つ記事をご紹介します。

RWC2019大会2年前イベント(東京国際フォーラム)

あれから2年、そしてあと2年。PRの方はそこそこ順調なようですが、ラグビーファンでない人に、ラグビーに関心を持たせられるかの試金石となりそうです。それにしても、今はラグビーの中継の大部分がJSPORTSで、他には日テレ系列も中継、そしてBS朝日が関連番組を放送していますが、その状況に変化は起こるのでしょうか。かつてラグビー報道といえば、TBSとNHKもかなり大きく関与していたのですが。そういえば直接関係はありませんが、NHKのネット受信料徴収はやはりというか見送られたようですね。

ブレイブ・ブロッサムズとは?

今や英語圏中心に、日本代表のニックネームとなっているブレイブ・ブロッサムズ、実はこう命名されたのは比較的最近、それもワールドカップ本大会でのことです。それまで桜のエンブレムにちなんで、チェリー・ブロッサムズと呼ばれてもいましたが、これがどうも弱々しい印象を与えるといった声もあり、この新しいニックネームはかなり受け入れられたようです。ちなみに東芝ブレイブルーパスにも「ブレイブ」が入っていますが、これと直接関係はなさそうです。なおブレイブルーパスの命名は、2003年のトップリーグ発足前です。

飲み物-エールビール
[ 2017/09/20 23:30 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

MATSUSHITA Gentaro

MATSUSHITA Gentaro Kiyokage is an elder brother of Matsushita Jokei and the second husband of Hiyo, mother of Toramatsu, later Naomasa.

He married Hiyo in 1574 and served his son-in-law who became a senior vassal of TOKUGAWA Ieyasu. He made a son of NAKANO Naoyuki succeed the Matsushitas and his descendant became a minister of Yoita domain in Echigo, branch domain of Hikone domain ruled by the head family of the Ii clan.

In this series, his younger brother intorduced him to Shino, mother of Toramatsu and they get married. Later he adopts Toramatsu as his son to make him avoid the danger of being a member of the Iis.

The image shows Kanji Furutachi as Matsushita Gentaro.
(From the official website of "Onna Joshu Naotora")

おんな城主直虎松下源太郎
[ 2017/09/20 23:15 ] Taiga Drama Onna Joshu Naotora | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『青天を衝け』の感想も書いています。またBSで再放送中の『黄金の日日』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも来年の大河が始まる前に、三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2021年には北半球最強であるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズとの試合も組まれています。このチームにいい試合をし、今後さらに上を目指してほしいものです。国内のラグビーも、2022年からはいよいよ新リーグがスタートです。

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