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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  2016年08月

真田丸と天地人、秀吉の最期と合議の描かれ方の違い

では、『天地人』と『真田丸』、それぞれの秀吉の最期及び五大老(『真田丸』では老衆=おとなしゅう)五奉行の合議の比較に行きたいと思います。今まで通り、緑が『天地人』、青が『真田丸』です。

『天地人』
秀吉は寝台の上に身を起こして座り、石田三成に茶を所望して飲み、自分に仕えないかと言った後急に息絶える。秀吉死後の五大老と五奉行の合議で、三成は家康から咎められ、兼続がそれに腹を立てるが、主君の上杉景勝に窘められる。その後秀頼は大坂城へ入る。そしてその秀頼と淀殿の前で、家康は三成を奸臣呼ばわりする。その場で兼続が、それは誰のことかと問い詰める。しかも、ぼさぼさ頭で胸元をはだけた直垂姿の真田幸村が、自分も同意だと言う。ちなみに服装は、五大老は羽織に立烏帽子。秀頼は小袖と袴に袖なし羽織。淀殿は打掛。そしてなぜか兼続が、烏帽子なしの直垂姿、三成も同じ。


『真田丸』
秀吉はベルを取ろうとして寝台から落ち、そのまま果てる。老衆と五奉行の合議で、秀吉の葬儀に関して老衆は合意する。しかし家康は、秀吉の遺言に従わず勝手に縁組を行い、信繫にも葬儀がまだゆえ遺言に従う時ではないと誤魔化す。しかし薨去発表後も、加藤清正と娘を縁組みさせる家康を、三成は評定の場で問いただすが、家康は忘れておったととぼける。その前に信繫と大谷刑部は、上杉景勝に頼んで、他の老衆が家康に反対するように仕向けるが、直江兼続は複雑な表情だった。景勝は小声で、忘れたで済む話ではないと言うものの、結局家康に気圧されて言葉を引っ込め、家康は三成を君側の奸呼ばわりする。視線で意思疎通をする景勝、兼続そして末席の信繁。服装は皆裃。


無論秀吉の最期の描写も、直江兼続の姿勢も違いますが、一番違うのは、『天地人』では一応陪臣のはずの兼続や、大老でも奉行でも、無論「大名でもない」幸村(信繁)が、なぜか家康に直々に物申している点です。これは「天地人の秀吉終焉のシーンについて」でも書いていますが、二人とも三成を弁護するような格好になっていて、後で確か家康は、いや私も大人げなかったなどと言っているわけです。何だかなあ。結局この後、三成は夜討ちをかけることになるわけだから、ここではっきり対立構図に持って行くべきでしょう。

『真田丸』のこのシーンは、それなりに駆け引きの感じられる展開であったかとは思います。せめて兼続と幸村=信繁は、目と目で会話をするくらいでいいわけです、ああいう場所で彼らが直言できるわけないのですから。しかし上杉屋敷のシーンで既に、直江兼続が渋い表情をしている件といい、お屋形様の正に精一杯といった感じの家康への抵抗といい、何とも切ないものがあります。
        
飲み物-カクテル
[ 2016/08/17 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

真田丸-32

では第32回「応酬」のあらすじです。秀吉亡き後、いよいよ老衆(おとなしゅう=五大老)と奉行による合議制が始まりますが、徳川家康の重臣本多正信が、連日のように宴を開いて大名たちを取り込むようになり、また家康自身も秀吉の遺言を破って、勝手に他の大名家との縁組を進めるようになったため、石田三成が怒りを爆発させます。

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家康暗殺に失敗した出浦昌相は、生きてはいるものの大やけどで、有馬に佐助と滞在していた。また昌幸は、三成が暗殺を依頼したことを息子たちに打ち明ける。昌幸は武田の領地を取り戻すため、世が再び乱れることを望んでいた。そして信繫はきりの呼び出しにより、大坂城に上がって茶々と面会する。茶々は、自分がいた所で甦るわけでもないと、秀吉の遺体に付き添ってはおらず、寧が一人付き添っており、福島正則は号泣していた。

片桐且元から最期の様子を聞いたと寧は口にし、且元は胃を抑える。そして三成、且元、信繫の三人は、今後の遺体の処理と葬儀の段取りについて話し合う。葬儀は、朝鮮からすべての兵が引き揚げるのを待って執り行われることになり、それまで遺体は甕に入れられて塩漬けにされ、奥の蔵に安置されることになる。そして秀吉の死は老衆と奉行、そしてごく内々の人物のみに知らされることになった。

一方で本多正信は、命を狙われるならいっそ天下を獲ることを家康に勧める。家康は一蹴するが、太閤薨去を知って、伏見城の方角に手を合わせ、秀忠を江戸へ返す。また信繁は、身の振り方を訊かれ、今後は三成の元で仕事をしたいと申し出る。三成は家康の暴走を恐れ、打つべき手はできるだけ打っておく必要があると、余命いくばくも無い前田利家に家康の歯止め役を依頼する。そして真田屋敷では、矢沢三十郎がやって来てささやかな酒宴が開かれるが、その席で、薫(山手殿)をはじめ、こう、稲、そして春といった女性たちも、すべて秀吉の死を知っていることがわかる。

その後、信幸、信繫そして三十郎は、徳川屋敷での大名を取り込む目的の酒宴について語る。また家康が秀忠を送り返した件に関しては、昌幸が、父子共々討たれた織田信長の二の舞を避けるためだと推察する。その徳川屋敷の酒宴では、伊達政宗が多分に意図的に、太閤薨去について持ち出す。その伊達を正信はさりげなくいなし、ひそかに縁組に関する話を進める。また伏見を訪れた阿茶局や家康は、寧に、秀吉の葬儀の遅れは三成が原因と指摘する。しかし三成自身は、合議制で行うようにしたこと、そして、朝鮮からの兵の撤退を待って葬儀を行う予定であると寧に釈明する。

そして三成も家康の向こうを張って、酒宴を催すが、細川忠興や身内を始めちらりほらりとしか客が来ず、かなり寂しいものであった。またきりはその忠興の妻である、細川玉のもとへ行き、キリシタンになりたいと頼むが、玉は、それはかなり厳しいものでもあると答えるが、よかったらここに通って来なさいと促す。一方で三成は、十一月になって肥前名護屋へ出向き、加藤清正と久々に会うが、例によって愛想のない口調で、しかも酒席でも早々に中座してしまう三成に清正は落胆する。

宇喜多秀家の屋敷では、家老の明石全登が、家康が無断で次々大名家と縁組をしている旨を伝えていた。信繁は真偽のほどを確かめるため、兄信幸と共に徳川屋敷へ向かう。まず信幸が、こうとその息子のことに関して忠勝から許しをもらい、次に信繁が、秀吉の遺言にそむく、家康と大名家の縁組のことについて家康に尋ねる。家康は、遺言は死んでから効力があるもの、まだ葬儀も行われていない段階では効力はないと屁理屈で誤魔化す。

慶長四年(1599)一月五日、秀吉の死が公式に発表された。秀頼は後見人の前田利家と共に大坂城へ入る。しかし家康がまたも、娘と加藤清正を結婚させることを知り、評定の場でこれを取り上げる決意を固める。大谷刑部は、三成とではなく、他の老衆と家康の対立となるようにと念を押し、上杉景勝に文を書いて、信繫に上杉屋敷へ急がせる。忠勝は文を読んでうなずくが、側に控えていた直江兼続の表情は複雑だった。

翌日、評定の場で家康の掟破りが糾弾されるが、家康は何食わぬ顔で、そのことを忘れていたとうそぶく。景勝は、それで済む話ではないと口にするが、家康を慮って小声であったため、一同の耳に入らず、しかも取り消したため、事実上その場を家康が押し切った形になり、さらに家康は三成を君側の奸と罵る。その後三成は、一人で秀吉の遺体を納めた甕と向き合った後、信繁に、徳川屋敷に夜討ちをかける意思を伝える。慶長四年一月二十一日のことだった。

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秀吉の死後、暗殺未遂に遭った家康は、息子秀忠を江戸へ戻し、徳川が危うくなるのを避けようとします。ただし当の秀忠が、その理由をよくわかっていないようですが…。そして秀吉の遺言に背いて、次々と大名と縁組を重ね、しかも昼日中から酒宴を催して、大名を自分に取り込むのに余念のない家康に三成も張り合おうとしますが、どうも同じ土俵で戦える感じではなさそうです。結局これ以上の暴走を止めるには、武力しかないと決起までしようとしますが、これまた家康とでは力が違い過ぎな印象を受けます。三成の正義感はわかりますが、どうしてこうも自分の不得手な分野で挑もうとするのかが不明です。これは「師匠」昌幸がひと肌脱ぐことになるのかもしれません。

それ以外にも、今後を占う様々な場面が出て来ます。たとえば
  • 阿茶局と家康の寧への讒言
  • きりのキリシタン志向
  • 加藤清正の三成への態度
  • 昌幸は信濃へ帰るのか
  • 出浦昌相の再登場はあるか
  • 三十郎は今後どんな立ち位置になるのか
  • 老衆のこれから
などなど。そして片桐さんが胃を抑えたのは、恐らく「本当は」目にしていない秀吉の死にざまを、あたかも自分で見たかのように伝えたからでしょうね。そして家康の「最近のことは忘れる」は、何やら秀吉への当てつけのようにも取れてしまいます。

[ 2016/08/16 19:00 ] 大河ドラマ 真田丸 | TB(-) | CM(0)

Sanada Maru Episodes 19-21

Episodes of Sanada Maru

Episode 19 "Koiji" (Romance)

Hideyoshi loves Chacha and hopes to make her one of his concubines. But she is on close terms with Nobushige. It makes Kiri feel unsafe and the rumour on them spreads in Osaka Castle and Kato Kiyomasa seeks his life.

Hideyoshi plans to build Jyurakudai (or Hyurakutei) in Kyoto and live there with Chacha. he tries to make her much happier for she had terrible childhood caused by him and his former master Oda Nobunaga. Chacha hopes to be with Nobushige and she feels that there is a kind of unbreakable tie between them. But he finally becomes to attend to Hideyoshi, not her and Chacha becomes a concubine of Hideyoshi. And Kiyomasa who tries to kill him moves to Kyushu as a lord of Higo, current Kumamoto.

Meanwhile Masayuki, yoriki of Tokgawa Ieyasu and Nobuyuki stay in Sunpu Castle of the Tokugawas whom his brother Nobutada serves. And Nobuyuki is asked to marry Ina, daughter of Honda Tadakatsu. Though he already has his wife Ko, Ieyasu tells him to divorce her.  

Episode 20 "Zencho" (Premonition)

Some waka(poem)s that make fun of the pregnancy of Chacha are found on a wall of Jyurakudai. Nobuyuki and his superior investigates it and finds out that one of the guards is supposed to have done it. But the man called Dokyu cannot write letters.

Hideyoshi is filled with fury and executes all guards and but Ishida Mitsunari feels so depressed. And Nei tells Nobushige and Kiri that her husband is merciless in fact. Then he, Otani Yoshitsugu and Nobushige learn the death of Dokyu and put the guilt to him to prevent increasing those with false charge. Hideyoshi doubts that the father of Chacha's baby is not him but she refuses it.

In Ueda, Nobuyuki marries Ina. Masayuki and Kaoru sees one of the men who carries ther palanquin cries and are surprised to know it's Honda Tadakatsu.  

Episode 21 "Sentan" (Hostility)

Nobuyuki marries Ina but has difficulty with her. On the other hand, his former wife Ko is still stays in Ueda Castle as maid and shows vivid than previous. And his father-in-law Honda Tadakatsu ofter visits Ueda carrying her favourite food along.

Chacha gives birth to a boy who is named Sute. Acha no Tsubone, concubine of Tokugawa Ieyasu who meet her feels that she gains self-confidence and the boy is going to influence those around him includes Toyotomi Hidetsugu, nephew of Hideyoshi as a result. And in Ueda, Sue, daughter of Nobushige and Ume is brought up by her uncle Hotta Sakubei.

In Sagami, current Kanagwa, Hojo Ujimasa has no intention of meeting Hideyoshi in Kyoto though Tokugawa Ieyasu, who is allied with him persuades him. Then Hideyoshi asks Masayuki to assign his fief in Numata, the area the Hojos and the Sanadas dispute the territorial rights to win Ujimasa over to his side. But it makes Masayuki angry and a tripartite meeting by Nobushige and the vassals of Ujimasa and Ieyasu.

Hideyoshi (Fumiyo Kohinata, left) is delighted to hear the pregnancy of Chacha (Yuko Takeuchi).
キャプチャ30
[ 2016/08/15 07:00 ] Taiga Drama Sanada Maru | TB(-) | CM(0)

真田丸に見るシャーロックホームズ 26

第31回に入る前に。第31回「黄昏」で、徳川家康が鼻毛を引きちぎりながら、本多正信と会話をしているシーンがありました。その後たまたまパペットホームズの「まだらの紐の冒険」を観ていたら、シャーマンに恋をしたロイロット先生が、鼻毛の手入れをしているというシーンが登場しました。そういえばそうだったなあ。鼻毛というのはとかくオヤジの印象が強いものですが、家康はむしろそれを強調し、ロイロット先生は、シャーマンにそう思われないために、まめに手入れをしていたわけですね。

さて第31回、秀吉が信繁に、佐吉のことを頼む、淋しい男なのだと頼みかつすがります。この辺り秀吉はまだ、三成がどういう人物であるかが一応わかっているわけです。一方でパペットホームズの「本当に困った校長先生の冒険」では、モリアーティ教頭が、オルムシュタイン校長がラブレターを送った相手がイザドラ・クラインであったことに関して、「よりによって問題児のイザドラ・クラインに」と校長を諌めますが、校長先生は「淋しい子なんだよ」と言うわけです。いずれも一見寄り付きにくそうだけど、実は淋しい、満たされない人物の典型というところでしょうか。校長先生もああ見えて(失礼)、結構人を見る目がありますからね。

それ以外にもパペットホームズで、ベインズ役の浅利陽介さんが演じる小早川秀秋が、ロウソクの火を吹き消してしまうシーンに、「犯人はおまえか!」と突っ込みたくなったり-「バスカーヴィル君と犬の冒険」で、踊る人形の暗号を貼り回っていたのがベインズだとわかった時に、レストレードが口にしたセリフです-、そのロウソクが吹き消された時の信繁と家康の表情が、パペットの驚きの表情に似ていたり。それから片桐さんがうたた寝しているシーンが、レストレードが居眠りしているシーンになぜかそっくりだったり、などなどがありました。あの秀吉に無理やり遺言状を書かせるのも、何かで見たような…今度調べておきます。

飲み物-アイスコーヒー
[ 2016/08/14 01:45 ] 大河ドラマ 真田丸 | TB(-) | CM(0)

OTANI Yoshitsugu

OTANI Yoshitsugu is a samurai who served Toyotomi Hideyoshi and was both a good warrior and a good bureaucrat. He is a father-in law of Sanada Nobushige also. In the Battle of Sekigahara, he committed suicide after having been betrayed by Kobayakawa Hideaki. He is often called Gyobu, shortened form of his title Gyobusho.

He served Hideyoshi as page at first and distinguished himself in some battles. In addition, he took charge of  practical business under Ishida Mitsunari who became the magistrate (bugyo) of Sakai. In 1589, he became the lord of Tsuruga Castle and ruled Tsuruga County, most important ports in Japan at that time. He joined Hideyoshi's army for the siege of Odawara in 1590 and the troops diapatched to Ming. Later he became ill, leprosy according an account but tried to mediate between his colleague Ishida Mitsunari and Tokugawa Ieyasu after Hideyoshi's death.

In this drama, he is described as provident and calm man. And he is not only a collegue of Ishida Mitsunari but his best friend also.

The image shows Ainosuke Kataoka as Otani Yoshitsugu.
(From the official website of Sanada Maru)

キャプチャ29
[ 2016/08/14 01:30 ] Taiga Drama Sanada Maru | TB(-) | CM(0)

真田丸あれこれ その32

本題に入る前に、興味深い記事が2つあったのでリンクを貼っています。まず『関ヶ原』、実はこれ原作を読んだことがあって、確か80年代にドラマ化されたようですが、今度は映画化となるわけです。役所さんと岡田さんは『蜩ノ記』以来の共演ですね。有村さん、結構いい作品に出るようになりましたね。

岡田准一、原作・司馬遼太郎の映画『関ヶ原』で石田三成に! 家康は役所広司
(マイナビニュース)

それから金吾中納言こと小早川秀秋の死因について。

【真田丸】「関ヶ原のキーマン」小早川秀秋は肝疾患だった?新説に注目
(T-SITEニュース)

この『関ヶ原』は元々は島左近が主人公ですが、石田三成の、官僚としては優秀ながら、政治家としては劣るという人物像がよく描かれています。正に第31回「終焉」で、家康に面と向かって、あなたは危ないから念を押しに来たと言う三成、あの部分はそれを象徴していますね。自分は九州に行くから、内府殿に大坂のことよろしく頼みますとでも言っておけばいいのに。

最早「秀頼のこと頼む」を繰り返すようになった秀吉に、家康と本多正信父子が強引に遺言状を書かせます。例の老(おとな)衆と奉行衆の合議政治では、徳川が天下を取れないとにらんだ正信の入れ知恵でしょうが、今度はこのことを知った三成が、老衆、特に家康に好きなようにやらせてはまずいと、こちらも半ば無理やり秀吉に加筆をさせます。それに寧が怒るわけですが、しかしこれも、豊臣家のためといえば確かにそうなのですが。

しかし秀吉は完全に耄碌していたわけでもなく、佐吉のことを頼むと信繁に伝えたり、茶々と秀頼が来ていたことも理解していたようです。ただ信長の鎧のせいなのか、血まみれの子供の幻だか夢だかが目の前に現れ、恐らくは家康の手にかかる秀頼と見たのでしょうが、それだけで「家康を殺せ」はないかと…この辺は、既に歯止めが効かなくなっている感じです。既に老衆を定めてしまった以上、家康を殺して一番困るのは豊臣家なのでは。

ともあれ、秀吉の命を受けた三成は真田屋敷に足を運び、昌幸に家康殺しを依頼します。理由は、忍城攻め以来昌幸が自分の師匠だからということですが、これはちょっとどうだか。三成がどのくらい期待していたかは知りませんが、武田領奪回を目論む昌幸に取って、家康暗殺はまたとない好機でもありました。しかし絶対やらない、家康が死のうが我らは関係ないと言いつつやるのが、ま、この人らしいところで。

そこで出浦昌相の出番です。自分も行くという佐助を残すということは、この人は既に何かを感じ取っていたのでしょうか。しかも徳川屋敷で出浦の存在に気がつくのが信幸という皮肉。さらに斬り合いになって二人が鉢合わせし、そこで信幸が嘘のちゃんばらでもやって、出浦を逃がしてあげればいいのに、この人はそれはできないのですね。そもそも徳川屋敷を訪れた理由というのが、こうの子仙千代のことを、義父忠勝にどう打ち明けようかという相談のためなのですから。

そして昌幸オリジナルの、和睦と見せかけて騙し討ちにする『桃太郎』、どうせならこの人オリジナルの『猿蟹合戦』なども聞いてみたいものです。それから秀吉亡き後の身の振り方が、まだ決まっていない信繁ときり。いよいよきりが側室になるのでしょうか、でもその前にもう一悶着あるような気もします。それから、秀吉の余生になぞらえたろうそくの火を消してしまう金吾中納言。この姿勢も何やら、彼の今後をも暗示していそうです。オー・ヘンリーの『最後の一葉』では、ツタの葉を自分の人生に喩えるシーンが登場しますが、この手のプロットは結構色々ありそうです。

それと、大谷刑部が奉行衆から自分を外してくれと言った件ですが、どうも病気のせいばかりではないと思えます。前にもちょっと書きましたが、この人は三成と違い、徳川とも親交があったため、奉行となることで、それが制約されると感じていたのではないかと。しかし老衆と奉行衆はともかく、この両者の仲裁役である三中老は出てくるのでしょうか。堀尾、中村、生駒の三名が出て来る『功名が辻』では、流石に登場していましたが。

さて今回も、片桐さんはとんだところでへまをやってしまいました…。しかし信繁は、あの遺言状をどうやって手に入れたのでしょう。片桐さんが意外にも(失礼)気を利かせて、保管していたのか、それともあの後すぐ三成が戻って来て、家康から受け取った、あるいは奪い取ったのか。

飲み物-アイスミルクティ
[ 2016/08/13 01:30 ] 大河ドラマ 真田丸 | TB(-) | CM(0)

太平記 3 続き

北条高時があまりにも頼りないというか、政務能力を欠いているため、長崎円喜が実質支配する鎌倉幕府に陰りが見えるようになります。とはいえ高時は、時にするどい言を放つ人物なので、決して愚かではなかったと思われますが、執権という役職にあって実務を行うのは、得意ではなかったのかもしれません。ちょっと『真田丸』の豊臣秀次を思わせます。御家人とはいえ、幕府の目論見に翻弄される高氏ですが、後にその彼こそが、この長崎に弓を引くことになります。

その高氏は白拍子の藤夜叉との間に不知哉(いざや)丸、後の足利直冬が生まれますが、高氏がこの長男の顔を見るのはもう少し後に、それもかなり意外な形でとなります。実はこの子も、なかなか数奇な運命をたどることになります。そして正室の登子との間には、次男にして嫡男の千寿王、後の足利義詮が生まれます。しかしこの二人の息子にも、『真田丸』の信幸の息子たちがだぶります。こちらも側室が長男、正室が次男を出産していますので。

そして討幕勢力の中心である後醍醐天皇の周囲には、公家の千種忠顕や日野俊基、そして北畠親房らがいましたが、鎌倉調伏や日野俊基の斬首がもとで、後醍醐天皇も三種の神器と、笠置へと動座します。無論これで討幕運動は勢いを増し、天皇の夢に出て来た楠がもとで、河内の土豪である楠木正成が挙兵することになります。幕府もこれに対抗しようとしますが、既に所領の問題や徳政令などで、時の幕府は信頼を失っていました。中世の経済の転換期が、討幕勢力に味方したともいえます。しかし藤夜叉のいる猿楽一座を、討幕勢力や幕府、足利とのつなぎ役にしているのはうまい描き方だなと思います。

飲み物-コーヒーフロート
[ 2016/08/12 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

2016スーパーラグビー決勝、オリンピックそしてトップリーグ

スーパーラグビー2016のファイナル、ハリケーンズがライオンズを下して優勝でした。詳しくはこちらのコラムをどうぞ。

プレーオフ3試合でトライを許さず、ハリケーンズが初優勝。スーパーラグビー
(JSPORTS公式サイト)

これで全日程終了、選手やスタッフの皆様、お疲れ様でした。そしてその一方でリオ五輪、女子はリーグ敗退でしたが、男子代表はベスト4入りです。村上氏ブログより。

男子セブンズ日本代表、ベスト4進出!
(ラグビー愛好日記)

ニュージーランドに勝った時は嬉しいというより驚きでした。さて、どうなりますか…。

そして早くもトップリーグの話題です。昨シーズンもワールドカップのため変則スケジュールでしたが、今シーズンから、スーパーラグビーをにらんだスケジュールとなり、16チーム総当たり戦が復活します。本当は、こちらの方が面白いのでこれは大歓迎です。ただスーパーラグビーのために、トップリーグそのものが短縮傾向にあるわけで、こちらはちょっと残念なのですが、今後うまく調整されることを望んでいます。

ジャパンラグビー トップリーグ16/17 みどころ
(JSPORTS公式サイト、村上氏コラム)

[ 2016/08/11 23:45 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

NHKの報道で考えたこと 続き2

先日来、NHKを中心としたメディアが、宮内庁ソースも無しに、天皇陛下の「生前退位」について報道していた件ですが、陛下のお言葉が先日発表されました。既に皆様ご存知とは思いますが、改めてリンクを貼っておきたいと思います。

天皇陛下「象徴の務め難しくなる」 お言葉全文
(日本経済新聞)

無論陛下はこの中で退位とも譲位とも仰ってはいませんが、今後年齢を重ねるに従い、完璧に公務をこなすことが難しくなるということに言及されています。それはそれで今後検討されるべき問題ですが、それを可能にするには、今後皇室典範や日本国憲法の改正も必要になるでしょう。現行の憲法では、退位云々という言葉が天皇の政治的発言とみなされるためです。

納得が行かないのは、まずなぜソースもない、恐らくリーク情報を陛下のお考えのように報道したのかです。実際このお言葉が発表された際も、NHKの報道は退位ありき的なものでした。これは如何なものかと思います。次になぜ「生前退位」なる、どこか収まりの悪い言葉を敢えて持ち出したのかです。普通は退位もしくは譲位でしょう。実際海外メディアはこの両方を使っていました。

漢語表現に疎い人の発想ではないかという意見もネット上に見られましたが、公共放送であるNHKが、そういった言葉を使うのもどうかと思われます。実際NHKに問い合わせた人もいたのですが、その時は「国会答弁にそういう表現があったから」という答えだったらしい。なぜわざわざ国会答弁から、かくも馴染みの薄い言葉を拾ってくるのかも妙なものです。

それと現行の憲法にもやはり無理があると思われます。これは第二次大戦後に、GHQが1週間ほどで、しかも英語で作った草案を日本語訳したものなので、収斂度が高くありません。そもそも占領下にある国の憲法を作り変えるのは、国際法に違反しているはずなのですが。改正については色々いわれていますが、検討はされてしかるべきでしょう。最終的に改正かどうかを決めるのは、政治家ではなく国民投票ですから。

[ 2016/08/11 23:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

太平記 3

かなり間が開いてしまいましたが、『太平記』DVD第三巻を観て。鎌倉でも京でも、何やら不穏な空気が立ち込めるようになり、高氏も京へ出陣することになります。

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藤夜叉と別れた翌日、高氏は再び約束の浜まで行くが、そこに藤夜叉はいなかった。花夜叉一座は伊賀へと向かったのである。その後高氏は、赤橋守時の妹、登子と婚礼を上げる。一方で鎌倉に捕らえられていた日野俊基は無罪放免となるが、同じ罪で捉えられていた資朝は、罪をかぶって佐渡へと流された。そして俊基は石と再会した。約束通り、正成に刀を渡したと話す石に、俊基は、北条が滅んだら、生家の所領を石にやろうと絵図を渡す。

一方で花夜叉一座の吉次は、石に話をもちかけ、鎌倉の長崎円喜暗殺に手を貸せと言う。吉次は実は伊賀者で刺客であった。そして吉次たちは、北条高時が主催した、高氏と登子の婚礼を祝う席で舞の一座に紛れ込み、円喜を狙う。しかし円喜は遅れて到着し、しかも最終的に殺されたのは彼ではなかった。これは北条方が分裂したということではないかと、宴に出席していた佐々木道誉は疑う。

また高氏と登子は、一味と鎌倉に来ていた石から、藤夜叉のことを打ち明けられる。しかし登子は平静を装っていた。そこへ直義が、父が重病との知らせを持って来る。父貞氏は心臓の病だった。貞氏は高氏に父の家時のこと、北条の咎めを受けて自害したことを話し、さらに置文を見せたうえで、高氏を当主とした。また高師直が高氏の執事と決まる。そして幕府の方では、執権北条高時は東慶寺に入り、金沢貞顕が次の執権となるも、一月で辞任する。その頃奥州では、所領を巡って抵抗を続ける悪党たちの乱が起きていた。

藤夜叉は男児を出産していた、後の足利直冬である。その藤夜叉に石は、自分は世の中を引っくり返すと口走る。そして後醍醐天皇の皇子護良親王は延暦寺に入っており、武芸に秀でていた。その延暦寺では僧文観により幕府調伏の祈祷が行われ、醍醐寺でも行われるようになっていた。この情報が幕府に漏れるが、執権となった赤橋守時と長崎円喜の意見が食い違い、円喜は強硬に都へ兵を送るように主張する。

元弘元年(1331)、後醍醐天皇を中心とした鎌倉幕府への反発、いわゆる元弘の変が起こる。この時に日野俊基は捕らえられ、再び鎌倉に送られた。そして長崎円喜の工作で、後醍醐天皇は笠置山へと配流されることになった。この動座に同行した者はわずかな人数であった。帝の動座により畿内への影響は大きいと貞顕は口にする。また鎌倉は、長崎派と反長崎派に分かれつつあり、佐々木道誉も長崎方に下る。そして高氏が目を凝らす中、日野俊基は斬首された。そしてその年の9月、高氏の父貞氏は他界した。

元弘元年9月3日、六波羅の軍勢は討幕軍に敗北した。そして幕府軍を派遣することが決まり、貞氏死去で喪中の足利家からも、当主の高氏が出向くことになった。これに直義は怒るが、高氏は笠置山を見に行くだけ、矢は一本も討たぬと言って出陣する。その頃後醍醐天皇は夢の中に、大樹が出て来たことを話す。その南に玉座があったということ、しかも北条に味方する者ではないということで、楠木正成の元に異例ながら勅使がやって来る。また幕府軍の徴収により、農民たちも正成の元へ直訴に来ていた。

それでも動かない正成に対し、勅使の万里小路通房は、日野俊基により、帝もそなたの名をご存知と説得を続ける。かような田舎武士ではと固辞する正成。しかし妻の久子は、帝のお声がかりは誉ではありませぬかと言い、自分が嫁入りした時に植えた柿の木に斧を入れてしまう。その後正成は挙兵する覚悟を決め、正季や郎党たちを集めて楠木党を結成した。

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結婚、父貞氏の病による家督相続、そして幕府内の混乱と、高氏の周囲で様々なことが起きます。そして後醍醐天皇を中心とした一派による討幕運動、そのため一度は赦免された日野俊基も再び捕らえられ、斬首されます。そして後醍醐天皇は笠置へ動座となり、楠木正成に白羽の矢が立つこととなりますが、一方で長崎円喜に牛耳られた感のある幕府では、京への遠征軍派遣が決まり。喪中ながら高氏も出陣を余儀なくされます。

ところで尊氏の嫡男の千寿王(後の義詮)ですが、これが『真田丸』のせいかどうも「げんじろう」に聞こえてしまいます。この義詮は二代目の征夷大将軍となりますが、実際はともかく、このドラマや元々の『太平記』ではあまり好意的には描かれてはいません。

[ 2016/08/11 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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