では『応天の門1』に登場する次のエピソードです。当時の習慣である歌のやり取り、それによって道真はある手がかりを得ることになります。
あらすじ酒井久通という貴族の変死体が路傍で発見された。この人物は紀長谷雄の蹴鞠仲間であり、先日、都でも評判の玉虫姫に百回歌を送り続け、やっと返歌をもらったと喜んでいたばかりだった。一方で道真は父是善に呼び出される。例の、親嗣の件がばれたかと思った道真だが、実はそうではなく、在原業平との親交を知って喜んでいたのだった。そんな折、当の業平が菅原家の屋敷を訪れる。
業平も玉虫姫に歌を送ったが、返書には「馬嵬」 (ばかい)とだけあった。その意味を教えてくれという業平に、道真は、これは玄宗皇帝と楊貴妃が逃げた場所の名前だと答える。ならば色よい返事であろうと期待する業平に、道真はにべもなくこう答える。
「いいえ、この地で楊貴妃は自害したのです。つまりあなたとは幸せになれぬ、控え目にいっても『死んだ方がマシ』ということです」
そして道真は、この言葉が最近渡来した漢書にあったことに気付き、姫が漢書を読むのかと疑問を持つ。そこに検非違使からの連絡が届き、前出の酒井久通の死体を目にすることになり、業平、長谷雄共々また調査に乗り出すことになる。
ところで玉虫姫の屋敷では、連日文と共に、米や絹などの姫への贈り物が届き、姫の祖父森本翁には大納言の伴善男(とものよしお)から、入内の話をもちかけられていた。入内に当たっては藤原良房の姪の高子も候補の1人だったが、彼女はかつて業平と駆け落ち未遂をしており、しかも21歳であり、当時としては既に適齢期を過ぎていることもあり、御年13の帝にはふさわしくないと善男は主張する。伴善男は何よりも、高子の入内によって藤原一門に権力がすべて把握されるのを恐れていた。しかし、当の玉虫姫は常に屋敷の中にいて、宮中に出仕することもなく、謎に包まれた存在だった。
道真は森本翁の元に借りていた本を戻しに行き、玉虫姫が漢書を読むかどうかを尋ねる。翁は女官で姫の教育係の1人、白梅(はくばい)にそのことを尋ね、白梅は咄嗟に漢書を何冊か読まれますと答えたうえで、自身も目の不自由な翁に漢書を読み聞かせていた。このことで道真はあることに気づく。一方で、酒井久通の死体が発見されたのが玉虫姫の屋敷のすぐそばであったことから、屋敷に調べが入ることになり、業平は、玉虫姫目当てで姫の教育係である白梅にまず言い寄り、道真を呆れさせるが、これも調べのためだと道真は言い張る。
そして玉虫姫という強力なライバルが現れた高子は、叔父の良房はそう簡単にあきらめないと、今後のことを不安がる侍女たちに言い聞かせる。
*************************
何やら漢書が元で、不思議な姫君を巡る事件に巻き込まれることになった道真ですが、玉虫姫というのはどのような人物なのでしょうか。そして道真が目にした、姫からの業平への返書、そして白梅の存在もまたこの事件の鍵を握っているようです。