突然ですが、以前こちらでも紹介させていただいている、BBC版『シャーロック』ファンのナツミ様のブログに、
「最先端の男」という記事があります。探偵という職業が情報収集力、そして捜査のスピードを高めるうえで不可欠の通信の分野において、最先端であるべき姿について言及されています。実はこの「先端」に、何度かここで取り上げている『ガリレオ』の2007シーズン第4話を思い出したので、書きたいと思います。この中に、四ツ谷工科大学の応用物理教育学会というものが登場します。湯川学がそこで講演を行うという展開ですが、この学会のテーマが「ユビキタス時代を拓く 先端量子ナノデバイス」となっています。
無論この場合の先端とは、ホームズのような情報収集や通信とはまた違い、科学、特に物理学における先端分野です。ガリレオにホームズ的なものを感じるとは、以前にも書いたことがありますが、このエピソードには特にそれを感じます。容疑者が同じ科学者ということで、わずかながらホームズとモリアーティの対決を思わせること、そして、ストーリーとしては、先端技術を使った殺人であり、細部に凶器の特徴が現れているという点です。ちなみにユビキタスとは、ひところよく使われた言葉なのでご存知の方も多いでしょうが、「偏在」、つまり「同時にいたるところに存在する」の意味で、ちょうどこの作品が放送された頃、IT業界を中心に使われています。
そのユビキタスを象徴するものが半導体であり、その半導体に使われるのがシリコンウエハーです。余談ながら、このシリコンウエハーは、日本企業がかなり関わっています。このシリコンウエハーを加工するのに使う超音波機が、実はここでの殺人に使われています。しかもその殺人に携わったのは、日の出の勢いの新鋭科学者で、湯川も一目置いている四ツ谷工科大の大学院生、田上昇一でした。田上は学会の後湯川の実験室を訪ね、海外に出て、軍事産業の仕事をやりたいと漏らします。
ところでこの時の被害者は、四ツ谷工科大の女子学生で、自宅のプールで死亡していたのが確認されていました。心臓麻痺という検視結果が出ますが、内海薫は死体の胸の部分にある、壊死状態でできたあざに不信感を抱きます。それを聞いた湯川は、内海に、過去何年かで同じような死に方をした人物がいないか調べさせます。その結果、2人の健康な人物が、水中で心臓麻痺で死んでおり、しかもやはりあざを残していました。なぜ心臓麻痺なのにあざがあるのか、湯川は珍しく悩みます。その一方で、捜査のために田上の研究室を訪れていた内海は、ホテルのレディースプラン宿泊券をプレゼントされます。
湯川は、学生たちに「暗殺」「殺人」「兵器」「心臓麻痺」を含むキーワードで、世界中の軍事産業を検索させます。その中でヒットしたサイトの1つに、やはり田上は関わっていました。そして、内海がプランを利用して宿泊しているホテルに自分も宿泊し、内海と共に偶然を装って宿泊し、すきを見て彼女のワインに催眠薬を入れます。その後田上は彼女の部屋に磁気カードで忍び込み、入浴したまま眠ってしまった内海を超音波装置で殺そうとしますが、既にその場には刑事が張り込んでおり、また犯人は田上ではなく、彼が金で雇った人物でした。
実際の田上は、そのままホテルをチェックアウトしようとしますが、そこに湯川が待ち構えていました。ホテルのバーで2人は話します。善悪は表裏一体だと湯川、湯川がモラルを持ち出すことを不思議がる田上。湯川は、科学者は研究のテーマに誠実であるべきといい、またこうもいいます。あの超音波装置に5年以上もかけているようでは、とても軍事産業は無理だ、あの実証は失敗だ、自分ならあざを残さずに殺す兵器を開発する。そういって、自分のメモを田上に渡して去って行きます。それを見て、「あの人はやっぱり天才だ」とつぶやく田上。
ところで凶器が超音波だと、なぜ湯川は気付いたのでしょうか。それは、内海が落としていったブローチでした。それは田上から、シリコンウエハーを加工したものだといわれてもらったものですが、超音波は条件によっては、圧力による破壊作用があるため、それを応用したものであったわけです。それをそっとゴミ箱に捨てる湯川。ちなみに内海自身は、田上の、湯川と好対照といえるそつのなさに好感を持ちながらも、結局はブローチを落としたことにも気づいておらず、また後からそれを探すこともなかったようです。
ちなみに、ホームズとモリアーティは表裏一体であると私は考えていますが、このエピソードの中で、湯川が善悪は表裏一体という以外に、このようなことを草薙俊平に向けて言っています。
「人間は計算式のように美しくはない。
それどころか見るに堪えないほど醜い時がある」
そして、科学者のモラルを説く前に、田上に対して、才能を馬鹿げたことに使ったと非難します。これは『容疑者Xの献身』で、石神に対して吐いたセリフと似ています。
ところでドラマの中で、「円端具流」という文字が、研究室の黒板にでかでかと、しかも縦書きで書かれています。これは既にネット上で多くの方が指摘していますが、entangle、つまり
量子もつれ(エンタングル状態)の意味のようです。それと、湯川が田上とバーにいる時飲んでいたのは、ソルティドッグでしょうか。今はウォッカベースですが、元々イギリス海軍発祥のカクテルで、ジンとライムジュースで作られていたといわれています。ジンもライムジュースも、あるいはラム酒もですが、かつてのロイヤルネービーには、不可欠のアイテムでした。