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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  西郷どん

西郷どん復習編12-禁門の変前夜

慶喜は吉之助が斉彬に似て来たなと思いつつ、久光との会見に臨むのですが、今度は久光が機嫌を損ねて薩摩へ戻ってしまいます。この時吉之助に、軍賦役兼諸藩応接係を命じ、後で吉之助が京で動くことになります。そしてその数日後に、平岡円四郎が慶喜の身代わりに殺されます。これにより慶喜は、薩摩と手を携えたいと言うのですが、吉之助は何か不審なものを感じます。そして慶喜は禁裏御守衛総督となり、天皇に長州を討つように願い出ます。

一方吉之助は、物乞いに変装した桂小五郎と言葉を交わし、桂は慶喜と懇意の吉之助と接触することで、長州藩の過激派が上洛して御所を取り囲み、戦となるのを避けようとします。尤もこの時、慶喜の家来である円四郎を斬ったのは長州人であると言われており、ならば桂の直訴も功を奏さないと吉之助は考えますが、その真犯人は意外な人物、つまり慶喜の実家である水戸藩の出身者でした。後に慶喜はそれを松平容保から聞かされ、乾いた笑いを浮かべます。

西郷どん27吉之助と乞食男
物乞いに変装した桂小五郎に話しかける吉之助

その頃京都所司代や新選組は、長州藩だけでなく土佐や肥後、さらには薩摩の中村半次郎にも目をつけており、桂は吉之助に、慶喜への取次ぎを依頼します。吉之助は薩摩藩邸で、小松帯刀にこのことを話し、また半次郎には要注意であると忠告します。その後桂は町人姿の慶喜と繁の家で会い、孝明天皇に、八月十八日の政変で都を追われた長州藩に対し、許しを請うため慶喜の口添えを申し出、慶喜、桂そして吉之助は、共に帝と日本を守るという点で合意します。

桂も久坂玄瑞をはじめとする過激派や、枡屋喜右衛門(古高俊太郎)に無謀な戦はやめるようにと言いますが、そこへ半次郎がやって来ます。半次郎は身の潔白を証明すべく、自ら長州のスパイである古高の許を訪れるのですが、そこで桂と対面し、半次郎が慶喜の命を狙っているのではないことがわかります。

西郷どん27吉之助と桂小五郎
繁の家で会う吉之助と桂

しかしその一月後に思わぬことが起こります。長州の者が御所に火を放ち、帝を連れ去ろうとしていたことが新選組に知られ、古高は捕らえられ、さらに祇園祭の夜に新選組が、過激派による謀議の場となっていた池田屋を襲い、9名を殺すという騒ぎに発展します。これは長州の暴走に拍車をかけた形となり、2000の兵が京へ進軍して来ます。吉之助は慶喜に、戦の阻止のため慶喜に会いに行こうとし、途中で半次郎に出会います。半次郎もまた桂を信じており、戦を止めてくれと吉之助に頼むのでした。

今回は久光が京を去ってから、禁門の変に至るまでの紹介でした。本放送では第26回から第27回の内容ですが、この時京の薩摩藩邸には小松帯刀と西郷吉之助がいたこと、吉之助が軍賦役兼諸藩応接係の役目を命じられていたこと、桂小五郎が、戦は避けるべきと考えていたことが描かれた内容となっています。

西郷どん27吉之助と半次郎
戦を止めるように吉之助に依頼する半次郎

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[ 2021/07/06 23:45 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

西郷どん復習編11-赦免された吉之助は慶喜と京で再会

沖永良部島の人々の薩英戦争への不安から、土持は家人(ヤンチュ)を売って費用を作り、援軍を頼もうとします。しかし吉之助は、人身売買はいかんと思いとどまらせ、島の人々で丸太を黒く塗って砲台に見せかけます。また島抜けを図って薩摩に戻ろうとした川口雪篷は、吉之助と同じ座敷牢に入れられます。雪篷にしてみれば、薩摩の人々が心配でたまらず、また島津斉彬の言葉である「今は異国の強さを学び、日本を異国に負けぬ国にする時で、異国と戦うべきではない」を引き合いに出します。

西郷どん25吉之助を送る雪篷
「革命」の旗を振る川口雪篷

雪篷は子供たちにナポレオンが、世の中を変え、民を苦しめる体制を終わらせたと教えます。その後吉之助は薩摩に戻されることになり、弟の信吾が船で迎えに来ます。雪篷は「革命」と大書した旗を振って見送り、その後喜界島で村田新八を乗せ、さらに奄美大島に立ち寄ります。久々に愛加那に会う吉之助ですが、これは信吾の思いやりでした。

そして元治元(1864)年2月、薩摩に戻った吉之助は、隣町に転居した西郷家に戻り、訪ねて来た大山格之助や海江田武次、村田新八らに上申書を見せます。参与会議で京に滞在中の久光に、島の窮状を訴えるための物でしたが、しかしそれには一蔵の力を必要としました。この時吉之助は、薩英戦争の様子を彼等から聞き出します。

西郷どん26吉之助と糸
糸(右)と出会う吉之助

吉之助は結局上洛することになりますが、その途中糸に会い、薩英戦争で家が被害を受けた彼女に、何かあれば頼れと言って去って行きます。しかしその京では、長州が散々に薩摩をののしっており、鍵屋もその被害を受けていました。しかも参与会議も、一橋慶喜と久光の関係がうまく行かず、一蔵は慶喜の家臣平岡円四郎、土佐の後藤象二郎や、福井藩の中根雪江をもてなすために、畳回しの芸まで披露する有様でした。

吉之助は薩摩藩邸を去って若州屋敷の慶喜に会いに行きます。しかし慶喜は不在で、周囲には物乞いの男が一人座っています。慶喜は屋敷が狙われていることを知り、こっそり繁の家に行って、そこで吉之助と会うつもりでした。また物乞いの男は、桂小五郎の変装でした。ようやく吉之助は、慶喜の側女となったふき(およし)を通して、慶喜と会い、開国か攘夷かで悩む慶喜に対し、逃げてはいけないと提言します。将軍後見職である慶喜こそ、この急場を凌げる人物であると考えていたのです。

西郷どん26慶喜の酌をする吉之助
慶喜(右)の酌をする吉之助
[ 2021/06/27 00:00 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

西郷どん復習編10-沖永良部島での吉之助と薩英戦争

文久2(1862)年4月の寺田屋事件後、この件を止められなかった大久保一蔵は自ら謹慎を願い出、また吉之助は徳之島、村田新八は喜界島へ流罪となります。今回は奄美への配流とは違い、罪人としての扱いで、もちろん扶持米もありませんでした。徳之島で愛加那たちに会い、久々に楽しい日々を過ごしたのも束の間、今度は沖永良部島へ流されることになります。ここは薩摩からはるかに遠く、重罪人が流される島でした。また「囲いに召しこめ」との命に従い、屋外の牢に入れられることになります。
                        西郷どん24川口雪篷
沖永良部島での川口雪篷


その吉之助に近づいて来たのが川口雪篷です。この人は『那波烈翁(ナポレオン)伝』をいつも懐に入れていました。また吉之助は、土持家の人々から食事の世話を受けていました。実は代官所からは、罪人には麦と塩だけを与えるように言い渡されていたにもかかわらず、もうすぐ切腹になるだろうということへの憐みから、様々な料理を持ち寄っていたのです。雪篷から事実を聞かされた吉之助は、塩と麦だけを口にし、海江田武次と大山格之助からの手紙が、一蔵の悪口で埋め尽くされていようとも彼を信じる覚悟でした。

牢の中で吉之助はやせ細り、ついに台風の翌朝、弱って倒れているのを助けられます。風雨が激しい中で吉之助は、自分のこのような声を耳にしていました。

「おはんにしかできんこつが、まだあっとじゃ。生きろ」

そして吉之助は土持家の人々に助けられ、家の中の牢に入れられることになります。「囲いに召しこめ」とはあっても、屋外とは規定されていなかったためで、ここでようやく吉之助は体力を回復し、島の子供たちに学問を教えることになります。当初は島役人の子供たちと家人(ヤンチュ)の子供たちとの間にあったわだかまりも、吉之助は否定し、子供たちに等しく学問を教えることになります。

西郷どん25吉之助と子供たち
囲い越しに子供たちに学問を教える吉之助

一方で薩摩ですが、この前年に久光は京へ乗り込んだ後、さらに江戸へ向かいます。幕府は朝廷から政を改めるように言われており、かつてない重大問題に直面します。結局安政の大獄で追放されていた一橋慶喜を将軍職後見に、そして松平春嶽を政事総裁職に任命します。勢いに乗る久光ですが、慶喜との関係はいいとは言えず、兄とは似ても似つかぬ芋だとこきおろします。慶喜は実は吉之助と話がしたかったようです。

その後、薩摩へ戻る途中に生麦事件が起き、英国側は賠償金を幕府に請求します。ところが慶喜は薩摩が勝手にやったことだと言い、ほぼ1年後、幕府の態度に業を煮やした英国は、海軍を薩摩沖に派遣します。この時一蔵は、英国が悪いと主張して譲らず、一蔵と小松帯刀が戦準備を任されることになりました。

また生麦事件で英国人に立ち向かった、海江田や楢原喜左衛門も結果的に切腹を免れることになります。同じ頃、沖永良部島では島民たちが、英国の攻撃を受けるのではないかと代官の黒葛原源助に詰め寄ります。

西郷どん25久光と帯刀と一蔵
薩英戦争直前の鶴丸城での一蔵、小松、久光(左から右)

[ 2021/06/16 23:45 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

西郷どん復習編9-薩摩へ戻る吉之助と寺田屋事件

『青天を衝け』に行く前に、久々に『西郷どん』の復習です。約1年半ぶりでしょうか。

吉之助が奄美に流され、とぅま(愛加那)と結婚して穏やかな日々を送っていた頃、薩摩から大久保正助(一蔵)がやって来ます。一蔵と名を改めた彼は、吉之助に薩摩に戻ってほしいと頼みます。吉之助は悩みますが、最終的に藩が自分を必要としていることを理解した彼は、薩摩へ戻ることを決意します。

愛加那も薩摩に行きたいと、叔父の佐民に告げるものの、それでは吉之助を苦しめるだけだと諭されます。この時愛加那は、吉之助の2人目の子供を身籠っていました。吉之助は愛加那に、家と畑を残して薩摩へ戻ります。

西郷どん21薩摩へ戻る吉之助と子供たち
吉之助(中央)は薩摩へ戻ることになる

大島三右衛門と名乗ることになった吉之助ですが、国父である久光と自分が相性がよくないことに気づきます。兄斉彬と違い、薩摩を一歩も出たことがない久光が天下に号令をかけるのは難しかったのですが、久光は京で孝明天皇から詔を賜り、江戸へ向かうつもりでした。吉之助はその先発隊として、まず下関まで行きます。

しかし有馬新七らを中心とする急進派が、京で倒幕に踏み切ろうとしていました。しかも吉之助は、下関で弟の信吾が、30両もの大金を預かって京へ向かったことを知ります。穏やかならぬものを感じた吉之助は、下関で久光を出迎えるという仕事を放り出して、京へ向かいます。京の繁の家に行った吉之助は信吾、そして芸妓のおゆうに会い、有馬らの潜伏先もわかります。

西郷どん23立腹する有馬
血気にはやる有馬(向かって左から2番目)は京で倒幕の狼煙を上げようとしていた

吉之助が有馬を説得する一方で、その吉之助がいないことに腹を立てた久光は、中山尚之助の入れ知恵もあって、吉之助に切腹を命じます。一蔵は吉之助と刺し違えようとしますが、ここで小松帯刀と堀次郎が、
「この男を使いこなせるかどうかで、主君の器量がわかる」
と進言し、結局吉之助、そして行動を共にした村田新八は島送りとなります。

その後孝明天皇から、近衛忠房を通じて、薩摩の急進派を鎮撫してほしいと言われ、大山格之助らを鎮撫使として、有馬たちがいる寺田屋に向かわせます。しかしその後、信吾が仲裁に入ろうとしたことが逆に双方の対立を煽り、急進派は斬られてしまいます。有馬は鎮撫使の道島五郎部絵を抑え込み、「オイ(俺)ごと突け」と命じ、橋口吉之丞の剣によって2人は絶命します。文久2(1862)年4月23日のことでした。

西郷どん23悲しむ大山
斬られた有馬(下)にとりすがる大山格之助

[ 2021/06/04 00:00 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

西郷どん復習編8-奄美大島の吉之助と愛加那

月照との入水後、1人生き残った吉之助は奄美大島に流されます。吉之助自身は自害しようとしますが、大久保正助は「天に生かされた」とそれを思いとどまらせ、藩の配慮で菊池源吾と名を変えての大島行きでした。しかし吉之助は、島の人々に心を開こうとしません。吉之助が預けられた島の有力者、龍佐民の姪であるとぅまは吉之助に食事を運びますが、吉之助はとぅまの手のハジキ(刺青)を目にするや、その食事を拒む有様でした。

しかし島の人々が砂糖を年貢として納める一方で、自分たちはその砂糖を口にできず、さらに吉之助が師とも仰ぐ島津斉彬は、彼らに取っては搾取する暴君であり、人々に必ずしもよく思われていませんでした。それを知った吉之助は、自分が考える民の中に、彼らが入っていなかったことを知って苦しみます。そして嵐の翌日、熱を発して倒れている吉之助をとぅまは看病し、やがて吉之助は島の生活に馴染んで行きます。

西郷どん18吉之助ととぅま
吉之助(鈴木亮平、左)と龍佐民の姪とぅま(二階堂ふみ)

そんなある日、島の代官田中雄之助は佐民が砂糖を隠し持っていたとして、佐民と甥の富堅を牢に入れてしまいます。そこへとぅまたちが駆け付け、代官所破りをして2人を返すように迫ります。そんなとぅまにアンゴ(島妻)にならないかと持ち掛ける雄之助ですが、とぅまは承知するわけもなく、自分の簪で喉を突こうとします。そこへ吉之助が駆けつけ、役人なら民のための政をするように雄之助に言い、佐民と富堅を牢から出します。雄之助はこれを藩に知らせようとしますが、菊池源吾の正体が西郷吉之助であることを知り、直訴を取りやめます。

そして吉之助はとぅまを島妻とせず、正式に結婚し、とぅまは愛加那という名を吉之助につけてもらい、2人の間には長男菊次郎が誕生します。菊池の菊にあやかったのはともかく、菊太郎でなく菊次郎としたのは、佐民はいずれ吉之助は薩摩に帰り、正妻を迎えることを知っていたためでした。長男でありながら「次郎」であるというその意味を、菊次郎は後に、西郷家に引き取られた時に悟ることになります。

西郷どん19吉之助ととぅまの婚礼
吉之助ととぅま(愛加那)の婚礼

この奄美大島で過ごした時期は、吉之助の生涯でも苦しいながらも幸せな時期でした。この時薩摩から離れていたために、桜田門外の変に至る藩の動きに巻き込まれなかったともいえます。一方で島の窮状を見かねた吉之助は、サトウキビから砂糖を搾り取るために、老朽化しやすい木でなく、鉄の車輪を藩に要請します。その鉄の車輪を持って来たのは、久光に言われて一蔵と名を改めた正助でした。しかし正助が奄美大島に来たのは、吉之助の薩摩への帰還を促す目的もありました。正助は、吉之助を藩に戻すべく努力していたのです。

西郷どん21薩摩への帰還を乞う一蔵
吉之助(左)に薩摩へ戻るように頼む大久保正助改め一蔵(瑛太)

[ 2019/11/29 00:45 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

西郷どん復習編7-迫り来る安政の大獄と斉彬の死

さて、徳川慶喜擁立に動いた島津斉彬、篤姫、そして吉之助たちですが、その前に斉彬の父、斉興が立ちふさがります。この斉興とお由羅への憤りは、薩摩でも激しくなっていました。そんな急進派の藩士たちを、大久保正助は止めようとしますが、有馬新七や有村俊斎(海江田武次)は納得しようとしません。そして西洋列強との戦を視野に入れていた、斉彬の異母弟久光に近づくことにします。

西郷どん13斉彬と吉之助
篤姫輿入れ後切子のグラスで酒を酌み交わす斉彬(渡辺謙、右)と吉之助(鈴木亮平)

無論これは急進派にしてみれば、裏切られたようなものでした。篤姫が輿入れしたのはその後のことで、輿入れを祝って斉彬から切子のグラスで酒を振る舞われます。集成館で新しい技術で作られる様々な物が、民の暮らしを変えるに違いないと吉之助は考えていました。吉之助は斉彬に同行して薩摩へ戻る途中、今日の近衛家で初めて月照と面会します。この月照もまた、吉之助の人生に大きな影響を与えることになります。

その後薩摩に戻った吉之助は、正助の縁談を知り、祝言に招かれるものの、にわかな登城命令で祝宴に出席できませんでした。登城が命じられたその理由は、阿部正弘の訃報でした。これは斉彬に取って大きな痛手となります。その後大久保家を訪れた吉之助は、正助にも藩の外に出る機会を与えたいと、斉彬に願い出たことを話します。しかし正助にしてみれば、吉之助が上から目線でいるようで面白くありません。吉之助が江戸へ発つ日になってようやく腰を上げ、途中で向こうから吉之助が来るのに気づきます。吉之助は言います。
「忘れ物をした。おはんじゃ、大久保正助を忘れて来た」

西郷どん13吉之助と正助
後を追って来た大久保正助(瑛太、右)と会う吉之助

その後篤姫も家定に、慶喜を擁立するように申し出るものの、彦根藩主井伊直弼が、徳川慶福を推すように家定の生母本寿院を抱き込みます。そして相変わらず将軍になるのを渋る「ヒー様」こと一橋慶喜ですが、吉之助は彼を救おうとして、生まれて初めて人を殺めます。この前に吉之助は、直弼にいわば脅されて薩摩の内情を洩らせと迫られていたのですが、吉之助は一蹴していました。人の命を奪った吉之助は、慶喜にあの男の命もあなたの命も重さは同じだと言い、慶喜はこれに意を決して井伊屋敷へ赴き、将軍となるほぞを固めます。

「大久保正助を忘れて来た」
このセリフというかこのシーンそのものが、最終回でも登場します。こうやって慶喜の将軍就任は現実化するかに見えたのですが、最終的には安政の大獄で慶喜は謹慎、さらに吉之助と親交を深めた橋本左内も刑死、主君斉彬は急病でほどなく亡くなるという、吉之助に取ってはいうなれば受難の時期が待ち構えています。そして吉之助が何とか薩摩まで連れて来た月照も、結局助命されることはなく、吉之助と共に海に身を投げることになります。

西郷どん17月照と吉之助
日向送りの船中での月照(尾上菊之助、左)と吉之助
(画像は『西郷どん』公式サイトより)

[ 2019/10/09 00:15 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

西郷どん復習編6-江戸行きと新たな出会い

真に勝手ながら4か月ほどお休みしており、今年もあと3か月半ほどなので、駆け足&圧縮版で行きたいと思います。吉之助は祖父と両親を相次いで失い、妻の須賀とも離縁します。この大河は主人公の西郷吉之助と家族を比較的重視した描かれ方ですが、家族が去った後でに江戸へ行き、今度はまた別の様々な縁で結ばれる、新たな出会いがあるという展開になっています。ただその江戸行きも自腹であり、須賀は最初は家には金子がないと突っぱねます。この彼女の強さは、正助に対しても物おじせず、言うべきことをきっぱり言うという行為にもつながっています。

西郷どん8江戸へ発つ吉之助
家族に送られて江戸へ発つ吉之助(鈴木亮平)

しかし、後で家族や友人が協力して金を調達し、最終的には須賀が手切れ金を渡すことで、辛うじて吉之助の江戸行きが叶います。ちなみに須賀が離縁したのは、吉之助は江戸に行かせるべきなのに、彼の優しさに頼ってしまって、それを果たせなくなるからというのが理由でした。江戸に行った吉之助は、有村俊斎や大山格之助と再会を果たします。しかし初めての江戸で、いきなり彼らに品川宿の磯田屋に連れて行かれ、しかも要領が悪いため、門限を破ったところを見られてしまいます。罰として庭掃除を命じられるものの、これがきっかけとなって、斉彬のお庭方となって脇差を拝領します。何やらジョン万次郎の時と同じで、斉彬が最初から目をつけていたと取れなくもありません。

そして徳川斉昭への使いを命じられた吉之助ですが、どこかで見た顔に出くわします。それは磯田屋の遊女およしが、ヒー様と呼んでいた遊び人風の人物でした。このヒー様は実はこの斉昭の息子で、一橋家の養子となっていた慶喜でした。無論慶喜自身はそれを否定します。将軍家定に子がいないため、紀州家の慶福か、それとも慶喜かという後継争いが密かに起こっていたものの、この人物はそれに巻き込まれるのをかなり嫌っていました。しかも斉彬の養女篤姫は、子のない家定への輿入れが決まるわけですが、それはお世継ぎを産むのではなく、慶喜を将軍にするための根回しを期待されてのことでした。それまでひたすら忠誠を尽くすだけだった吉之助に、物事の様々な裏の面が見えて来るようになります。

西郷どん9吉之助あごをひねる斉彬
斉彬(渡辺謙、右)はお庭番を命じた吉之助のあごをひねる

この大河では所謂精忠組(その当時そう呼ばれてはいなかったようです)の活躍というよりは、吉之助の身内や糸、ひいては篤姫との出会いが多く描かれています。そのため人によっては物足りないこともあったようですが、この描き方もまた一つの方法ではあります。その手法が後の島編、またその後の糸との再婚にもつながるといえます。無論女性だけではなく、ヒー様との出会いもまたその後を左右するものでした。およしという名でここの遊女となっていたふきと出会うのみならず、遊び人の姿で磯田屋に出入りし、将軍に推挙されることを殊の外嫌う彼と知り合ったことで、吉之助はこの人物の素性を少なからず知ることになります。この磯田屋はいわば基地の役目も果たしており、吉之助はさらに橋本左内とも昵懇になりますし、後に長野主膳の手下が彼らを襲うのもここでした。

この作品では、一貫して民の為を思う吉之助という視点で描かれ、それ故斉彬の思想にも感銘を受け、主君と家臣というよりは、師とその弟子といった姿が顕著になって行きます。またそれ故に、斉彬の父斉興に食ってかかったり、まだ若さがかなり残る吉之助の姿も描かれます。この最初の江戸行きの時点では未熟で、政治的才覚もなく、周囲からの影響を受けっぱなしの吉之助ですが、後に篤姫と接することで世間の厳しさを学ぶことになります。さらに京での近衛忠煕や月照との出会いによって、その後の進むべき方向があらかた決定されるわけですが、それは一度断ち切られることになります。

西郷どん10ヒー様と吉之助
ヒー様こと一橋慶喜(松田翔太、左)と磯田屋で会った吉之助

[ 2019/09/16 23:30 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

西郷どん復習編5-御前相撲出場と糸の思い

糸の下駄が吉之助の頭に命中して流れて行ったため、吉之助は糸に自分の草履を与えるものの大きすぎ、結局は糸を背負って、捕らえた鰻を渡すために大久保家まで行きます。さらに吉之助は糸のために草履を作り、迷惑をかけたと思う糸は、返礼として小物入れを作って吉之助に渡します。糸は海老原家との縁談をまだ決めかねており、それを見ていた大久保正助は、糸を密かに思っていたものの、当の糸は吉之助を思っていることを知ります。

その頃仙厳園では御前相撲が行われていました。下加治屋町郷中の総代、つまり代表は吉之助でなく村田新八に決まり、新八も本番に向けて意気込んでいたものの、当日になって腹具合が悪くなり、土俵を汚してはならぬと吉之助が代役を買って出ます。本来届け出のない者が出場することはできませんが、それが吉之助と聞いた島津斉彬はこれを認めます。そんな吉之助を応援し、菓子を賭けたのは斉彬の養女於一(篤姫)でした。吉之助は勝ち上がり、決勝戦で糸の縁談相手である、海老原重勝と対戦することになります。

西郷どん5吉之助代役 
新八の代役として土俵に上がる吉之助(鈴木亮平、左)

吉之助は重勝が足首を負傷していることを知りますが、わざと負けることも、相手の弱い点を突くこともせず、四つに組んで勝ちます。それを見た斉彬は自分も名乗りをあげ、吉之助と組むことになりますが、吉之助はひるまずに斉彬を投げ飛ばし、そのため西田町下会所の牢に入れられてしまいます。しかしそこには奇妙な姿の先客がいました。下男がその男を殺そうとしたため、吉之助はその下男を失神させ、妙な先客を背負って逃げ出します。実はこれは、すべて斉彬の仕組んだことでした。

この男ジョン万次郎は、かつて漁船が漂流してアメリカの捕鯨船に助けられ、その後しばらくアメリカで暮らすものの、故郷の土佐の母に会いたくて密かに戻って来ていました。アメリカでは愛のことをラブと言い、結婚も好きな物同士のラブによるものだと聞いて吉之助や正助たちは驚きます。このこともあって正助は吉之助に、糸に会って縁談を断らせるべきと言いますが、吉之助はその意を汲むことができません。どうも吉之助はこの辺に疎い人物で、それが後々まで続きます。

しかもこの時吉之助には、伊集院家の娘須賀との縁談が来ていました。結局糸は重勝と結婚することになり、この時点で一見丸く収まったかに見えますが、後に子供ができないことを理由に離縁されてしまいます。それはともかく、2人の男女はそれぞれ違う相手と結ばれることになり、「ラブ」とも無縁で、正助の骨折りも水泡に帰した感はありました。しかし最後に糸は、子供の頃から吉之助さぁをすいちょりもしたとそっと打ち明け、去って行きます。

西郷どん6吉之助と糸 
吉之助に思いを打ち明ける糸(黒木華、左)

無論この一連のことはフィクションと思われますし、その当時薩摩の男女がここまで思いを打ち明けるなどというのも、恐らくはなかっただろうとは思います。しかし描かれ方としては面白いものがあります。またこの第5話と第6話は艶事だけが描かれているわけではなく、その裏で進行している事案ももちろんありました。次回はそれについて書く予定です。またこれに関して、以前ご紹介した鈴木祐司氏の記事がありますのでご紹介しておきます。

大河ドラマ『西郷どん』は“出会いと別れ”の物語~林真理子&中園ミホの魔法で今後は静かにブレーク!?~
ここに登場する満足度は、面白かったか否かの5段階評価で、今のところ関東地方でのみ実施されているようです。最近満足度とか視聴熱、視聴質などなど様々な指標があってちょっと戸惑います。専門家の分析には不可欠なのかもしれませんが。

それから記事中の「テレビウォッチャー」のリンクですが、現在売り出し中のドメインに飛ばされますので、興味のある方は下記リンクからアクセスしてください。

[ 2019/04/22 23:00 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

西郷どん復習編4-斉彬の藩主就任と国入り

赤山靱負の切腹、そして大久保次右衛門の遠島と、吉之助の身の回りが慌ただしくなります。吉之助は斉彬に書状を送ると共に、赤山の血染めの着衣をも江戸に届け、それは斉彬の心を大きく動かすことになりました。そして嘉永4(1851)年、斉彬の父斉興は、将軍家慶に目通りするも、その場で朱衣肩衝(あけのころもかたつき)の茶器を渡されます。この茶器は戦国期の茶人、武野紹鷗が所有していたといわれていますが、これは即ち、隠居を勧告されたに等しいものでした。つまり、これからはのんびりと茶でも嗜んではどうかという意味が込められていたのです。斉興は当然これに立腹しますが、その斉興を斉彬が訪ねます。

斉彬は最早、父に薩摩を任せてはおけないと考えていました。そして父に短銃を見せます。あのロシアン・ルーレットのシーンです。斉彬はまず自分に向けて引き金を引き、無事を確認したうえで父に短銃を渡します。斉興は引き金を引くのを躊躇し、銃を取り落としてしまいます。当初は、実はこれには弾丸が込められていないのだろうと思ったものですが、後で斉彬が引き金を引いた際に、実際に弾丸が飛び出したことから、決死の覚悟であったことが窺えます。ともあれ、これで斉興は藩主の座を下り、斉彬が新藩主となりました。

この知らせが薩摩に届き、吉之助は内職に励んでいる大久保家へ向かってこのことを報告した後、まだ謹慎中であった大久保正助に笠をかぶせて、外へ連れ出します。言うまでもなく赤山靱負の墓前に、このことを報告するためでした。しかしその場には、既に糸が来ていたのです。後にこの糸と吉之助、正助の間でちょっと妙な具合になるのですが、それはまたその時に。ともあれ、晴れて新藩主となった斉彬は国入りを果たします。新しい殿様について走り出す子供たちを、追い払おうとする供の侍に対して、斉彬はこのように言います。
「手荒にするな、子供は国の宝だ」
そして自ら、子供たちに対して顔を見せる型破りな藩主でした。

その後正助の謹慎はまだ解かれず、吉之助は正助のために本を借り、糸は紙を差し入れします。一方で斉彬は、斉興時代の家臣をまだ重用しており、お由羅に味方した者たちに何の処罰もないということで、有村俊斎が怒りを露わにします。無論これは斉彬にも考えがあってのことでした。先代の家臣を引き続き登用したのは、論語に拠るところが大きいようです。そして斉彬の藩主就任により、御前相撲が開かれるのを知った吉之助は、これに勝って次右衛門をはじめ、斉彬のために尽力した者の赦免を求めようとします。この辺りが吉之助らしくはありますが、無論勝者には米10俵が与えられるのも大きな魅力でした。

そういう吉之助に糸は好感を抱いていました。しかし糸は父から海老原重勝との縁談を持ち出され、悩んでいました。しかし父直温にしてみれば、娘が郷中の男たちと親しくしているのは、あまりいいものではありませんでした。糸は結局、甲突川に掛かる橋の上で下駄を蹴り上げ、表が出たら嫁に行く、裏が出たら縁談を断ることにしようと思ったものの、勢いがよすぎたため、甲突川の中にいた人物の頭を直撃します。その人物は吉之助でした。

西郷どん4斉彬薩摩入り 
国入りを果たす島津斉彬(渡辺謙)

[ 2019/04/06 23:30 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

西郷どん復習編3-ふきと半次郎

成長して名を吉之助と改めた小吉は、郡方書役助となっていました。秋に収穫を見たうえで、年貢の徴収をする仕事でしたが、迫村を回っていた時に、借金の方に身売りされそうになっている少女を見かけます。少女の名はふきといいました。ふきは母親が病気で極貧の生活を強いられており、借金返済どころか年貢を納めるのもままならず、吉之助は自分の収入と上役である井之上の賄賂を借金取りに渡し、取りあえずその場をしのぎます。

この行為、さらに百姓のことを考えてくれと調所広郷に頼む姿勢、役人の不正に目をつぶっていられないという辺りにまだ若い、言い換えれば青臭い吉之助の姿を垣間見ることができます。吉之助は一律に年貢を取り立てる定免法ではなく、収穫量に応じて取り立てる検見取りを行うことにします。これで百姓のためになると思ってのことでしたが、実は百姓たちは隠し田を作っていました。目こぼしをしてくれと言われた吉之助は、肩透かしを食わされたような気がします。

結局ふきは両親や弟のために身売りされ、別れ際に立派なお侍に会えて嬉しかったと吉之助に伝えますが、吉之助は、女子一人救えない単なるやっせんぼだと自らを責めます。さらに後に父吉兵衛が、祖父龍右衛門や弟信吾の薬代さえないことから借金を決め、その帰り道に棒を持った少年が、庄屋達に真っ向から立ち向かうのを見て驚きます。少年の名は中村半次郎で、遠島となった父の田畑を取り上げられていましたが、そこの芋を持ち去ったため追われていました。

その後吉之助は、借金で買った米を熊吉の身内のイシの許へ持って行き、そこへ泊まった翌朝、半次郎の一家が逃げて行くのを見かけます。無断で藩を出るのは禁止されており、吉之助はこのことを赤山靱負に相談して、半次郎の家の田畑を安堵してもらうように掛け合って、今度はうまく行きます。ふきのことでは失敗したものの、次の半次郎の件ではやっと力になることができました。さらに赤山靱負から、吉之助の思うは島津斉彬に届くと言われ、吉之助は何通もの書状をしたためます。

しかし斉彬が藩主になるまでには、まだ困難が待ち受けていました。斉彬は父斉興の不正を暴こうとし、調所広郷は主に累が及ばないよう、自分が罪を着て自殺します。さらに側室のお由羅は、自分が斉彬の子を呪い殺したと噂され、この騒動に関わった人々が処刑または遠島となります。さらに赤山も切腹となり、吉之助の周囲にはまだまだ不穏かつ不安定な空気が流れていました。薩摩が安定するのは、斉彬が藩主となって国入りした後になります。

西郷どん2役人になった西郷 
郡方書役助となった吉之助(鈴木亮平)
(西郷どん公式サイトより)

[ 2019/03/14 23:30 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『青天を衝け』の感想も書いています。またBSで再放送中の『黄金の日日』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも来年の大河が始まる前に、三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2021年には北半球最強であるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズとの試合も組まれています。このチームにいい試合をし、今後さらに上を目指してほしいものです。国内のラグビーも、2022年からはいよいよ新リーグがスタートです。

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