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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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花燃ゆ44-『花燃ゆ』の教訓 続き

先日も書きましたが、この大河には歴史上の重要場面があまり登場しません。『八重の桜』だって安政の大獄や桜田門外の変、そしてその後の幕末の動乱での主要な事件は、きちんと描かれていたのに、長州絡みであってもさほどに登場していません。ならば、美和周辺の人間関係がきちんと描かれているかというとそうでもない。特に久坂との夫婦関係などは端折りすぎでしょう。幕末ホームドラマといわれてはいるものの、美和とその他の登場人物との関わりや接点も、描かれたり描かれなかったりで、それがドラマの進行に当たって、わかりにくさとなって足を引っ張っていたことに加え、何か手を抜いた印象もまた否定できないのです。

結局、美和と楫取(初期は松陰も)さえ登場していれば、後は結構どうでもよかったのではないか、そんな風にも取れてしまいます。ですから美和や楫取と比較した場合、その他の人物の描かれ方が今一つで、あまりキャラが立っていない印象を受けるのです。そもそも美和が何にでも絡んでくるわけですから、要は美和とその他サポート役といった感じになってしまうのですね。しかしこういう描き方は、やはりモデルとなった楫取美和子さんに失礼だなと思います。実在の人物をモデルにする以上、多少アレンジはあっても、そのイメージを損ねない描き方が、特に大河などではなされてしかるべきなのに、このドラマではキャラも、そして功績も弄りまくりでした。

それと、やはり歴史を作った人ではないから(このドラマではそのように見せている部分もありますが)、最後の方になるにつれて、断片的に色々なことをやらせて、一話完結的な雰囲気が強くなりましたね。しかも群馬でもあれこれ首を突っ込む、その一例が学校です。仮に創作であっても学校を作りたいのであれば、資金繰りから始めて、手続きや生徒集めに苦労するような設定に持って行けばいいのに、この中では何か片手間的に、自分が教えたい時だけ教えていて、姉の寿に会いに行く時はほったらかしです。このヒロインに共感を覚えないのは、こういうのも一因ではあるでしょう。八重の場合は大学ということもありましたが、まだしも夫と2人で学校を設立して、色々苦労するシーンがまた見どころではあったのですが。

飲み物-緑茶
[ 2015/12/08 21:05 ] 大河ドラマ 花燃ゆ | TB(-) | CM(0)

花燃ゆ44-『花燃ゆ』の教訓

この大河も後1回を残すのみとなりました。で、今日の放送はといえば、最早大河でもなんでもない、普通の恋愛ドラマというかラブコメでした。普通最終回の1つ前といえば、それなりの展開になるはずなのですが…もう再婚が決まっている以上、そこまで盛り上げる必要もないということなのでしょうか。しかもそれを周囲の人たちが知っていて、やたらに騒いでみせるというのも変な感じ。おまけに最後の方で、楫取夫妻が毛利家を訪れて洋食をふるまわれるのですが、美和はテーブルマナーを知っていたのかな…。

しかもその席で銀姫(毛利安子)が、鹿鳴館で舞踏会があるからと美和にドレスを渡します。あのドレスはこういういきさつで美和に贈られたのですね。てっきり、富岡製糸場の生糸でできた絹で仕立てたと思っていたのですが。それにしても旅先とはいえ、せっかく毛利家を訪れるのだから、美和ももう少し上等というか、華やかさのある着物着たらいいのに。

この大河のすべてにいえることだと思いますが、マクロな物の見方や、潔さとか清潔感といったものがあまり感じられなかったように思います。結局すべてが美和(文)視点になっていて、彼女の近辺で起こることばかりで、歴史を大局に見る場面がなかなか出てこない。しかも奥女中編での人間関係や、楫取との、不倫といわれても仕方のないような関係を延々引っ張る。女性を主人公にしているわけですが、このような展開は女性がかなり嫌うのではないかと思うのですが。ならばいっそのこと、もっとどろどろした人間関係を描くのであれば説得力があるでしょう。

また、この『花燃ゆ』の失敗(というべきでしょう)の一番大きな要因は、やはり脚本にあるといえます。むろん、無名の女性を主人公にしてしまったこともまた一因でしょう、やはり50話持たせるには相当無理がありました。これを教訓とできればいいのですが、何年かに一度こういう作品が出て来ること、しかも、出演者にのみ責任が被せられるのは全く腑に落ちません。いずれまたNHKについても書く予定ですが、受信料を払っている視聴者への対応や受信料の使われ方をはじめ、番組作りへの姿勢など抜本的に変える必要があるでしょうね。

実は『海難1890』を観に行こうかと考えています。いわゆるエルトゥールル号遭難事件を描いた作品で、当事国である日本とトルコの合作になっています。ただ脚本が、この『花燃ゆ』の小松江里子さんであるのが少々気になります。無論大河と映画は違うとは思いますが。

飲み物-ドリップコーヒー 
[ 2015/12/07 00:50 ] 大河ドラマ 花燃ゆ | TB(-) | CM(0)

花燃ゆ番外編57-美和とアイスクリーム

番外というわけでもないのですが、一応こちらの方で書いておきます。前回、美和がアイスクリームを作って、子供たちに食べさせるシーンが登場しています。このアイスクリーム製造器は、容器に卵とかクリームを入れて、その周囲に氷を詰めて、冷やして作るタイプのもののようです。しかしこの当時(恐らく明治14年=1881年)、県令の家とはいえ家庭にこういうのがあったのでしょうか。あの資生堂のパーラーに初めてアイスクリームが登場したのが、明治30年代なのです。

明治時代でも、華族夫人とかそこそこの家の女性であれば、洋菓子を作るということもあったでしょうが、アイスクリームのように「冷やす」過程が必要なものは、せめて氷が普通に買える時代になってから、あるいは、氷で冷やす式の冷蔵庫が登場してからの話ではないでしょうか。しかも商業用の氷製造業者(青山製氷所)が登場したのは、これより後のことです。

製造機は銀姫経由で購入したということも考えられますが、材料を揃えるのがまた大変かと思われます。この当時、生クリームやバニラエッセンスなどそうそう手に入らないのでは。しかも氷、これがまたフリーザーで作ったような、形の揃った氷です。こんなことあるわけないでしょう。近くの山の雪渓から雪や氷を取って来たというのなら、まだわかるのですが。それも、アイスクリームを中心に新しい展開となるのならまだしも、どうも尺稼ぎでしかないようで、わざわざこんなの持って来なくてもいいのに…と思ってしまいます。

アイスクリーム
[ 2015/12/06 00:33 ] 大河ドラマ 花燃ゆ | TB(-) | CM(0)

花燃ゆ番外編56-『真田丸』ポスターと戦国二部作

『真田丸』ポスターが公開されました。
2016年大河ドラマ『真田丸』メインポスタービジュアルが完成!

初めて知ったのですが、このページ英語版があるのですね。主演がLeading starですか…Leading actorとかstarring誰それでもいいような気がするのですが。Leading Starというと何か「看板俳優」のような語感があるので。

しかしこういうのを見ると、やはり勇壮さが感じられますし、男性が主人公の大河はいいものだなと思います。「今だって、愛と勇気の旗をかかげていいんだ」というキャッチはちょっと違和感ありですが-というか、もう少し戦国ぽいというか骨っぽいキャッチでいいと思うのですが。「ニッポンに赤い風を吹かせよう!」は、無論真田の六連銭の旗のことですが、どことなくスポーツのキャンペーン風な感もあり。そういえば来年はオリンピック・イヤーでした、ちなみに七人制ラグビーは男女どちらの代表も出場を決めています。

閑話休題。『花燃ゆ』がどこか未消化な感じで終わるであろうと思われるので、このドラマで盛り上げてほしい気持ちはやまやまですが、その次の『おんな城主 直虎』がどう出て来るか、これがかなり重要です。森下佳子さんの脚本だから、あまり妙な具合にはならない、少なくとも『花燃ゆ』の二番煎じは避けるだろうと思います(というか避けてほしい)し、この戦国二部作は一応期待したいと思います。出演してほしい人もいますし。

それにしても、『毛利元就』などは内館牧子さんが脚本でしたが、それなりに骨太な大河であったとも思います。橋之助さんの老け役もよかったです。とかく女性脚本家といえば、この『花燃ゆ』や『江』のように、戦闘へのネガティブ姿勢が見られたり、しかも『花燃ゆ』の場合は女性を主人公にといいながら、あの描き方では同性受けしないのではと思われることも多々あっただけに、余計にそう思ってしまいます。

ラテアート
[ 2015/12/03 01:05 ] 大河ドラマ 花燃ゆ | TB(-) | CM(0)

花燃ゆ43-この大河を振り返って 続き

さて来年の大河『真田丸』、これがどうなるかは現時点では無論わかりませんが、少なくとも『花燃ゆ』よりは面白い大河であってほしいものです。ちなみに以前にもちょっとご紹介した『風林火山』の脚本家、大森寿美男氏の脚本執筆に当たっての言葉です。

まず課題だったのは、勘助という人物に如何にリアリティを持たせるか。(中略)「どうせフィクションだろう」と思わせない必然性を感じさせることが、ドラマの力なのだろうと思います。(中略)とはいえ『風林火山』は戦いの物語です。平和が当たり前である今日、侵略戦争を是とした男たちの生き方にいかにして真実味を持たせるのか。それが脚本家の悩みどころであるのは事実です。何しろ殺戮も略奪も認められていた時代なわけで、彼らのしたことを今の価値観で判断すると、限界が出てくるのは必至です。ですから、善い悪いではなく、今に通じる人間ドラマが描ければそれでいいと考えています。
たとえば残虐な行為に対しても、「実は内面では葛藤もあったし優しい面もあったのだ」といったドラマ上のフォローをあえてしない。というのも、そういう現代的な解釈で説明しすぎてしまうと、あの時代の野性味を描くことの説得力を失ってしまうおそれがある。むしろ飛躍の面白さというか、それまで穏やかだった人物がふとした瞬間に突然暴れ出してしまう-そんな人間の原初的な衝動をきちんと描きあげたい。
「NHK大河ドラマ・ストーリー 風林火山 前編」

『花燃ゆ』の脚本家に欠けているのはこの部分だなと思います。何もかも現代的価値観で持って来て、当時の人々の心情というのがまるで出て来ない。当然、大森氏の言葉を借りれば限界が出まくりなのに何の修正もない。無論登場人物のリアリティが今一つ感じられず、何やらゲームのキャラのようにあちこち自由自在に動きまくっていて、夫が死んでもさほど悲しむようでもない。それを考えると、脚本家の選考はきわめて大事です。しかし、脚本がきちんとしていてせっかくいいドラマが放送されても、その後に来るのが、またファンタジー全開のようなドラマだったりする。しかもそれが何度か繰り返されている。いい加減NHKは、過去の失敗から学ぶべきではないかと思います。

コーヒーとキャンドル 
[ 2015/12/01 01:15 ] 大河ドラマ 花燃ゆ | TB(-) | CM(0)

花燃ゆ43-この大河を振り返って

水木しげるさん、亡くなられたのですね。ご冥福をお祈りします。というか、人間界から妖怪たちの世界へと移動したようなものかも。そしてグーグルのトップが『赤毛のアン』でした。実はこの本、聖書やシェークスピアの引用句がやけに出て来て、その意味で結構面白いですのですが、それについてはまた。では前回の『花燃ゆ』です。

 寿が亡くなり、一方で美和は群馬に女の子のための学校を建てようと考えます。(いわゆる女紅場と呼ばれるものと思われます)しかし富岡製糸場が民間払い下げの危機に追い込まれます。楫取は何とか製糸場を存続させようと努力し、その危機を免れます。その楫取は、寿の遺言で、美和と再婚するようにいわれていたものの、その決心がつかずにいました。それを感じ取った阿久澤夫妻は、2人が似合いの夫婦になると事あるごとに口にするようになります。一方萩では、兄の民治が松下村塾を再建していました。

あらすじとしてはこうなのですが、もう終盤にふさわしい歴史イベントがないから、何とか楫取と美和を再婚させて、鹿鳴館で最終回に持って行きたいのだなと思います。この群馬での話も大部分が創作ですし。しかし実在の楫取美和子さんが、女子校を設立したという話は寡聞にして聞いたことがありません-『あさが来た』の広岡浅子さんなら、日本女子大を創設していますが。何よりも、2人が一緒になるにはもっと時間がかかったはずなのですが…。

それとやはり、どう見ても美和が10代後半の頃の文にしか見えない。要は第2回の頃からあまり変わっていないのです。もうそこそこの年齢なのだから、もう少し老けた印象にすればいいのに。事務所側が渋るのかもしれませんが、女優さんは実年齢より上の役を演じることも多いのですから、その点は承諾してしかるべきかとも思いますが。

しかしこの大河が描きたかったことは何だったのか。女性の自立でもないし、ホームドラマともいえない。ホームドラマなら、もう少し人物が丁寧に描かれてしかるべきでしょう。無論志士たちをメインに持って来たドラマでもない。しかも松下村塾から久坂が死ぬまでと、奥女中の時と、この群馬行から最終回までとではかなりキャラ設定が変わってしまっている。この3つに共通するのは、美和(文)が何にでも首を突っ込みたがり、かつ自論を振り回したがる点でしょう。特に奥女中編では、何か私怨のようなものすら感じました。こんなの大河でやることではないでしょう。韓国ドラマみたいだといった人もいます。私は韓国ドラマ観ないから-厳密には、『冬ソナ』と『チャングム』それぞれのあるエピを途中から観たことあり-よくわかりませんが、身分が上の人物に女中が毒を盛ったりするのは、普通の時代劇ではそうやらないのでは。

コーヒー 

[ 2015/12/01 00:45 ] 大河ドラマ 花燃ゆ | TB(-) | CM(0)

花燃ゆ番外編55-本編前と本編後

これも何度か触れてはいますが、『花燃ゆ』はOPは確かにいいです。季節ごとのバージョンがあるのもいいのですが、CGに頼りすぎなきらいもまたありますし、そして明治編になってからの雷のSEはちょっと余計な気もします。しかしそれを差し引いても、『留魂録』を引用したコーラスはいいし、音楽も結構場を盛り上げてくれます。それであるがゆえに、本編が如何にもワンパターンで創作部分にひねりがないのが残念です。

また本編後の「花燃ゆ紀行」、本来この「○○紀行」は、本編にちなんだ場所が紹介されるのですが、この大河の場合は明らかに本編のフォローになっている印象を受けます。つまり本編で触れられなかった史実が、この紀行で初めて触れられることもよくあるわけです。ちょっと本末転倒な気もしますが、『花燃ゆ』の場合は公式サイトもまたしかりです。元々はサイトがドラマの補助的な意味合いを持っているはずなのですが、今回の場合言ってはなんですが、ドラマが公式サイトの補助になっている感があります。サイトで史実が説明されていたり、本来ドラマに盛り込まれてしかるべき部分が紹介されていたりするわけで、その意味でも未だかつてなかった大河であるといえるのかもしれません。

花燃ゆ公式サイト

コーヒーとキャンドル
[ 2015/11/26 01:01 ] 大河ドラマ 花燃ゆ | TB(-) | CM(0)

花燃ゆ番外編54-なぜ「おんな大河」を作りたがるのか

昨日ご紹介したこちらのサイトですが
もう「おんな大河」はやめなさい (ironna)
少々突っ込みたい点もあります。まず成馬零一氏の「『暴力は悪』の呪いに縛られるNHK おんな大河が連発する理由」で、このように書かれています。

つまり、今の大河が陥っている困難は
1.ストーリーと映像のハイクオリティ化によってもたらされた敷居の高さ
2.一年間という長尺の使い方のへたくそさ
3.活劇を暴力としてしか描けないこと
の三点だ。2.以外は見方によっては美点ともいえるのだが、少なくとも日曜夜8時から放送し、年配の視聴者に向けて作り続けている以上は、今後どんどん足枷となっていくだろう。


基本的には同意ですが、「足枷となる」の部分が少々わかりづらいようにも感じられます。つまり年配の視聴者は、ハイクオリティ化と活劇不足に戸惑いを覚えている-それでも、若い世代を取り込むためと我慢している人もいますが-わけなのですが、それが誰にとっての足枷になっているかという点です。これは言うまでもなく制作側でしょう。つまり1と3にこだわると、年配者からも見放され、若い世代も呼び込めず、墓穴を掘るという意味と思われますが、せっかくいいところを突いているのですから、この部分を明確にしていただきたかったです。
それから白岩編集長の「受信料を払いたくなる大河ドラマを期待します」ですが、記事中に
「女性が輝く社会」とか、「1億総活躍社会」とか、どうも政権の思惑に媚びたNHK側の配慮を勘繰ってしまいますが
とありますが、むしろ今のNHKは、報道に関しては現政府とかなり乖離した姿勢を取っています。本来公共放送の場合は、政府の政策に関して、中立な立場から報道すべきなのですが、一連の防衛政策関連の報道などは賛成派の映像を流さず、反対派の映像のみといった点が見受けられます。これは如何なものかと思われます。そして女性が主人公の大河というのは、現政権が誕生する以前から放送されているわけですから、これはむしろ戦闘をネガティブに捉えたがる制作サイドが、消去法で選択した結果、戦闘とは関係が皆無、あるいは戦闘を批判する立場に持って行きやすい女性を主人公にしたと考えられます。これは成馬氏の指摘にある通りです。しかしどう考えても、時代劇においての戦闘(またはチャンバラ)否定というのは不自然であり、興ざめです。その戦闘の上に我々の今の生活が成り立っているのですが、そのような考慮はなされないのでしょうか。

ミルクティ
[ 2015/11/26 01:01 ] 大河ドラマ 花燃ゆ | TB(-) | CM(0)

花燃ゆ42-寿の功績が描かれなさすぎ 続き 「もう『おんな大河』はやめなさい」

 番外編で持ってこようかと思ったのですが、こういうサイトを見つけましたので置いておきます。

いくつかコラムがありますが、一番共感できるのは「『暴力は悪』の呪いに縛られるNHK おんな大河が連発する理由」と、白岩編集長による「受信料を払いたくなる大河ドラマを期待します」です。前者には戦闘を描くことがとかくネガティブに捉えられがちなこと、後者には制作側のコメントがないことが指摘されています。実際、今年の大河の長州はどこかテロリストとして捉えられてもやむを得ない(特に蛤御門の変辺り)ところがあり、その部分が幕末史を描くうえでの物足りなさとして私には映ったのですが、あれはやはり改めるべきでしょう。

もう「おんな大河」はやめなさい (ironna)
[ 2015/11/25 00:35 ] 大河ドラマ 花燃ゆ | TB(-) | CM(0)

花燃ゆ42-寿の功績が描かれなさすぎ

 あと3回を残すのみとなった『花燃ゆ』、最終回に向けての盛り上がりがやはりどうも今一つですね。要は楫取と美和が、群馬でうまく行ったということにしたいのでしょうが、その一方で、美和の姉の寿が気の毒なほど描かれないまま、いよいよ43歳の生涯を閉じることになります。話としては、まず生糸の値が再び暴落し、信用を取り付けるべく楫取が奔走して、アメリカ人のリチャードソンとの契約を取り付けるものの、その後再び値が上がり、これに乗じた阿久澤が、大量に売りさばこうとします。しかしそれは契約違反で、これにより楫取と阿久澤は対立します。それはいいのですが、そもそも阿久澤というのは、前にも書きましたが架空の人物です。そういう架空の人物をここまで絡ませないと、話が作れなくなっているのでしょうか。

そして美和が東京へ寿の見舞いに行きます。それはまあいいのですが、美和が群馬の人々のために作っていた学校は、結局どうなったのだといいたくなります。どう見ても、この人は自分の都合に合わせて教えたり教えなかったりといった感じで、何か一貫性を欠くのですね。文字を教えるのであればそれに徹するべきなのに、また違った問題が出てきたらそれに首を突っ込む、それの繰り返しのように思われます。だから続けて見ていると、美和があれにもこれにも関わっていて、この人これで大丈夫なのかと思ってしまうわけです。そういう脚本なのだから仕方がないといえますが、脚本家が変わったにもかかわらず、奥女中編を踏襲しているように受け取れます。

そして寿が亡くなります。その後楫取も美和も群馬に戻りますが、何とも不完全燃焼な気がするのは、やはりこの寿が史実どおりに描かれておらず、その功績の大半が美和のものになっているからでしょう。なぜこういうのをきちんと描かないのでしょうか。いくら美和が主人公とはいえ、美和が実際にやってもいないことを、ここまで本人の手柄のように描くのも失笑ものです。皮肉なことにと言うべきでしょうか、本編の後に放送される「花燃ゆ紀行」では、ドラマではほとんど描かれていない、寿の群馬への浄土真宗の普及にきちんと言及しています。ドラマの中の寿とのギャップに、違和感を覚える人は少なくないでしょう。何度も書くようですが、楫取を支えたのは寿であり、美和ではないのですが。


緑茶 

[ 2015/11/24 01:10 ] 大河ドラマ 花燃ゆ | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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