fc2ブログ

ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  本

『太平記』第四章 笠置落城ト武将楠ノ事

久々に『太平記』コミック版のあらすじに行きますが、そろそろまた大河のもアップしたいところです。この第四章は後醍醐天皇の笠置行幸に加え、楠木正成が登場します。

*************************

後醍醐天皇一行は笠置に行幸し、近在の武士に行在所を守らせたが、人数も少なく、名のある武将もいない有様だった。そんな折、天皇の夢に登場した紫宸殿の庭に、木が一本立っており、しかも南の方角に枝を茂らせていた、その場に居合わせた人々は、天皇にその木陰の玉座を勧めた。この夢から後醍醐天皇は、楠という名の武将が近くにいないかを探らせ、楠木多門兵衛正成の存在を知る。

この楠木正成は、その当時の言葉でいう悪党と考えられる。この悪党は、鎌倉時代後期には既に武装集団を形成して、幕府や荘園領主の脅威となっていた。正成も、日野俊基と接触があったと考えられる。勅使の命で正成は後醍醐天皇の行在所に赴き、関東の兵は手ごわいものの、こちらにも戦法がある、心配なさらぬようにと言い残し、その後六波羅の兵に刃向うべく河内で挙兵した。

六波羅兵は攻めに手こずり、鎌倉からも出兵することになった。その兵を率いたのが大仏定直、金沢貞冬、そして足利尊氏らである。これは大軍で、太平記には二十万と記してあるが、これは誇張されており、実際には数万程度であったといわれる。しかし坂東武者に手柄を横取りされたくない一部の六波羅兵が、笠置城を攻め落とし、後醍醐天皇に従っていた貴族や僧、武士が捕らえられた。

上洛の途中でこれを聞いた関東の兵たちは、方針を変更して、正成が立てこもる赤坂城を目指すことになった。しかし楠木軍は、相手を悩ませるゲリラ戦法を多用し、赤坂城そのものにも、敵を欺く仕掛けが施されていた。ついに関東方は兵糧攻めに持ち込む作戦を採る。それから二十日以上が経ち、楠木方の兵糧も底をついてきた。

すると正成は、自ら赤坂城に火を放って忽然と姿を消した。この如何にも型破りな発想は、それまでの武士たちは、持ち合わせないものであった。

*************************

大河ドラマではましらの石が、日野俊基から依頼された剣を届けに行き、そこで楠木正成と接触して、楠木軍の一員として戦う様子が登場します。また、赤坂城に移るに当たり、家屋敷を焼くシーンもありました。いずれにせよ、この「悪党」正成の戦法は、当時としてはかなり常軌を逸した、それゆえに相手を欺きやすいやり方であったといえます。

[ 2016/08/03 01:00 ] | TB(-) | CM(0)

『太平記』第三章 資朝、俊基ノ斬罪ノ事

平穏に終わったかに見えた正中の変の戦後処理、しかし後醍醐天皇と側近は、反幕府勢力を益々強めるようになります。それに呼応するかのように、幕府方もまた動くようになり、ついに日野資朝と俊基は捕らえられます。

*************************

正中の変により、討幕計画は頓挫したものの、後醍醐天皇の寵姫阿野簾子に男児が誕生する。そして正中三年(1326年)三月、皇太子であった邦良親王の薨去により、簾子は我が子を後継者にと目論むが、後醍醐天皇は第一皇子である尊良親王を皇太子とする予定だった。そして、後醍醐天皇に位を奪われた後伏見院はひそかに工作し、自らの皇子である量仁(かずひと、光厳天皇)を幕府の仲介で立太子させた。

これを受けて後醍醐天皇は、中宮禧子の懐妊目的で文観僧正を呼び、関東調伏の祈祷をさせた。この祈祷は四年に及び、その間に反幕府勢力が台頭して来ていた。その間に簾子は三人目の皇子、のちの後村上天皇を出産する。そして元徳二年(1330年)に、後醍醐天皇は南都北嶺への行幸を重ね、延暦寺では天台座主の大塔尊雲法親王と接近するが、これは幕府の知るところとなった。関東調伏を企てた文観は捕らえられて拷問を受け、結局後醍醐天皇の行幸の理由から、法親王が武芸に励んでいることなど、あることないことを話してしまう。

これによって日野俊基は鎌倉に送られた。そして資朝は佐渡に流され、斬罪となる。しかし息子の阿新(くまわか、後の国光の中納言)は、父の最期を見届けたいと、中間と共に佐渡に渡るが、守護職本間入道は故意に父子を会わせず、資朝は斬首され、その首が阿新の元に届けられた。入道は身を隠したが、屋敷にいた子の三郎を阿新は斬り、山伏の助けを借りて逃げ延びる。一方俊基も鎌倉で斬首され、身の危険を感じた後醍醐天皇は、女房車に見せかけた車に三種の神器共々乗り込み、笠置へと移った。

*************************

大河ドラマでは、足利中心ということもあり、この阿新が登場しないのが残念でしたが、その一方で、花夜叉一座との絡みなどはかなり描かれていました。そしてこの後はいよいよ、かの楠木正成の登場となります。

[ 2016/07/21 00:45 ] | TB(-) | CM(0)

『太平記』第二章 正中ノ変ノ事

後醍醐天皇は即位後に善政を敷き、また御家人の不満が高まりつつあった鎌倉幕府討伐と、王政復古を計画します。そして日野資朝、日野俊基らの公家が、全国を巡り、幕府に不満を持つ武士たちを、取り込むようになります。

*************************

元亨四年(1324年)、後宇多院崩御により、皇位争いが起こった。元々これは、幕府によって二つの喉頭から、交互に皇位継承を行う目的のものであったが、公家たちは皇位継承にまで関与してくる北条政権に苛立ち、ついに挙兵計画が持ち上がる。

挙兵は九月二十三日、北野神社の祭礼の日、六波羅探題の守りが手薄になるのを見計らって行われることになった。しかしこの謀議に参加していた土岐頼員の妻は、六波羅探題の奉行である斉藤利行の娘だった。頼員の妻は父利行にこのことを打ち明け、頼員は、一族の頼貞と四郎次郎に、謀反に同意させられたと舅である利行に話す。

そして九月十九日、三条堀河の土岐十郎邸が、都内外から六波羅に召集された武士たちによって襲撃され、また多治見国長の屋敷にも武士たちが押し寄せた。土岐十郎と多治見国長はこの襲撃で落命し、このことは後醍醐天皇にも伝えられ、緊急に協議が行われた。

結局日野資朝、日野俊基の二人が首謀者として捕らえられ、執権北条高時の裁定を受けるべく鎌倉に護送された。しかしその結果は、予想外に緩やかなもので、資朝は死罪を免じらてて佐渡への流罪となり、俊基に至っては無罪放免となった。

もちろんこれには鎌倉側の事情もあった。ただでさえ幕府への不満が高まる中、余計なことをしてさらに不満が募るのを恐れたがゆえの、この裁定だったのである。この一連の騒ぎが、後に正中(十月九日に正中と改元)と呼ばれるものである。

*************************

後醍醐天皇の意を汲んだ貴族たちが、徐々に行動に出始めます。しかしその情報は漏れやすく、従ってまだまだ成功には長い道のりを要しました。そして二人の公家が極刑を免れたことにより、また新たな事件が起きます。大河ドラマでは、この正中の変の時に京にいた高氏が、騒動に加担したとして鎌倉でやはり裁定を受けます。そして窮地に陥った高氏を救ったのが、判官で「ばさら」大名と呼ばれた佐々木道誉でした。

[ 2016/06/08 00:45 ] | TB(-) | CM(0)

『太平記』上巻プロローグそして第一章「北条氏討伐計画ノ事」

先日書いていた『太平記』のコミック版を読んでいます。正確には「マンガ日本の古典18 太平記」(中公文庫)で、作画はさいとう・たかを氏なので、本格的な劇画となっていて、大人でも十分読みごたえがあります。というより、『太平記』のおさらいをしたい大人(私も含めて)にはぴったりといえるでしょう。

まずプロローグは、鎌倉幕府最後の執権である北条高時が、闘犬に狂う様、そしてその後の戦乱が描かれています。そして第一章のあらすじです。

*************************

時の帝、後醍醐天皇はこの高時の計らいで、31歳で即位した。十代で即位するのが当たり前の時代、これはきわめて異例なことだった。後醍醐天皇の父、後宇多院は、後醍醐退位後は、先帝であり、後醍醐の兄である後二条天皇の子に即位させる予定でいた。

学識文才に優れ、政(まつりごと)にも関心の深い後醍醐はこれが面白くなく、即位後院政を廃して、自ら訴えを聞くこともあった。また元亨元年(1321年)の飢饉の際には自ら食料を分け与え、富裕層の米を検非違使別当に買い取らせて、それを民に与えた。これにより、民は帝を慕うようになった。

そして後醍醐は中宮藤原禧子を迎えるが、その后本人よりも、侍女の阿野簾子(あのの れんし)に心を奪われる。また、幕府による制約により、今や二分された皇統をどうすることもできないという後醍醐に、簾子は幕府を潰してはどうかと直言する。そして簾子は准后となり、後醍醐は、かつての延喜天暦のように、天皇による親政を理想として、若い貴族の中から気鋭の者を集めた。

この貴族たちは日野資朝、日野俊基、四条隆資、花山院師賢、そして平成輔といった顔ぶれであった。そして討幕の密談の折には、必ず簾子もいた。彼らはみな、幕府の両統迭立を批判するものの、具体策が無かった。そこへ簾子が、諸国の不平不満を持つ者たちを集めてはどうかと進言する。

日野俊基は、山伏に変装して諸国を歩き、不満を持つ武士たちと接するようになった。そして多治見史郎次郎国長といった武士たちを仲間に引き入れ、幕府を欺くため、日野資朝は無礼講を開いて彼らを招待した。後醍醐や簾子も、彼らに目通りし、その後文学談義などを装って、討幕の密談は進められて行った。

後醍醐は、特に利発で聡明な第三ノ宮を比叡山の門跡とした。これには、いざという時に、僧徒たちを北条討伐に向かわせるという目的もあった。その一方で簾子は、後醍醐の皇子を生む決心を固める。

*************************

太平記は阿野簾子をあまりよく描いておらず、特に政に口をさしはさむ点を批判していますが、なかなかの策士かつ女丈夫ぶりを窺わせます。後醍醐天皇との関係は、徳川家康と阿茶局のそれを連想させます。なお准后とは、太皇太后、皇太后、皇后に準ずる地位のことです。

そして日野俊基が登場します。大河の『太平記』で、榎木孝明さんが演じている人物です。戦国期に至るまで、怪しまれずに諸国を回るのには、山伏の格好が一番でした。『真田太平記』でも十勇士の何人かが、山伏に変装するシーンがありますね。
[ 2016/05/19 01:15 ] | TB(-) | CM(0)

真田信繁とトリスタンに見る「ロミオとジュリエット」効果

実は最近、本専門のブログも起ち上げたのですが、そこはたまにしかアップしていないのと、『真田丸』絡みでもあるため、今日はこちらでこの本をご紹介しておきます。

『中世騎士物語』 ゲルハルト・アイク著、鈴木武樹訳 白水社

20年ほど前に出た復刻版ですが、翻訳そのものは1960年代のものであるため、ちょっと古めかしく、今なら出版禁止用語だなと思われる表現も出て来ます。どちらかといえば少年向けですが、反面読みやすいともいえます。「ロランの歌」「エルンスト公」「アーサー王と円卓の騎士」そして「タンホイザー」の4つの物語が収められていますが、その「アーサー王と円卓の騎士」の中の「トリスタンとイゾルデ」について。トリスタンはコーンウォールのマーク王の甥であるものの、養父母に育てられ、成長した後伯父と再会して寵愛を受けます。その後アイルランドに、金髪のイゾルデをマーク王の王妃として迎えに行くものの、イゾルデの母の媚薬により2人は恋仲になり、それがもとで処罰される破目になって森に逃げます。しかし結局トリスタンはコーンウォールを出て、カルエーで別のイゾルデ(白い手のイゾルデ)と結婚しますが、本当に愛しているのは金髪のイゾルデでした。それを知った白い手のイゾルデは、夫を騙して死に至らしめ、やがて金髪のイゾルデも亡くなります。

このトリスタンには、『真田丸』で梅を偲ぶ信繁がどこかだぶります。まずハンディのある恋愛であること、それを乗り越えてでも愛を突き通す姿勢が窺えること、会いたいと思った人に生きて会えないといった点です。実際トリスタンも、イゾルデとの愛が発覚して処刑寸前だったのを逃げ出し、森でイゾルデと不自由ながらも楽しい生活を送るものの、結局離れ離れになり、白い手のイゾルデと結婚しますが、常に心は金髪のイゾルデのことで占められていたわけです。(しかし、白い手のイゾルデにしてみれば気持ちいいものではなかったでしょう)ハンディのある愛は、『ロミオとジュリエット』などにも共通するものがあり、実際このような心理状態は「ロミオとジュリエット効果」と呼ばれています。偶然ではありますが、ロミオは結婚後、ジュリエットのいとこのティバルトを殺めてしまい、信繁も祝言を血で汚されてしまいます。

また『真田丸』の方は、古事記の「天孫降臨」での、ニニギノミコトとイワナガヒメ、コノハナノサクヤビメに見られる、バナナ型神話(短命や死をモチーフにする神話)の類型という方もいます。これも当たっているといえそうです。ちなみに「天孫降臨」では、コノハナノサクヤビメの子が不義の子ではないのかとニニギノミコトに問われ、火中出産で無実を証明する場面があります。実はこの火中出産は、先日書いた神明裁判の一種です。またやはり騎士物語の「ローエングリン」では、決闘による裁きが登場します。

そしてここでも伯(叔)父甥の登場です。もちろん古今東西を問わず、特に父の弟とは次の皇位(王位)継承者であったり、家臣であったりしたわけで、トリスタンも伯父のマーク王に騎士として叙任され、寵愛を受けます。それゆえ、イゾルデと不義の関係になったことを、マーク王はひどく嘆きます。以前「上杉景勝とハムレット」に書いていますが、伯(叔)父という親族が与える影響の大きさが窺えます。

飲み物-赤ワイン
[ 2016/04/13 01:30 ] | TB(-) | CM(0)

真田幸村と立川文庫

今回もまずネット記事からです。

真田幸村「イケメン化」なぜ? 実物は歯抜け・白髪説… (朝日新聞デジタル)

その当時でいえば、もはや初老のオヤジの外見だった幸村、つまり信繁がサブカルチャー的に、美男子に描かれているという部分ですが、これは洋の東西を問わずです。ヨーロッパの騎士物語などは、実際はともかく、かなりの騎士が美丈夫に描かれていて、これが後世の一般人の共感を得やすかったのだろうと思われます。イケメン化も行きすぎるとどうかとは思いますが、歴史を追求する上でのとっかかりになるのであれば嬉しいです。

それから「幸村」の名は、記事中にもありますように、講談の世界で用いられて来ました。要は、大石内蔵助を『仮名手本忠臣蔵』で、赤星由良之助と言い換えるのと似たようなものです。この講談が立川(たつかわ)文庫によって文庫本化され、十勇士が「創作」されるに至ります。無論、十勇士がいなくても、何らかの形で信繁をサポートする忍びの者はいただろうと思われます。池波正太郎氏の『真田太平記』では、これにくの一のお江が加わります。

ところで「言論弾圧云々」とありますが、大正時代はかなり自由な時代で、文学が花開いた時期でもありました。その後昭和十年代ごろから、多少の統制は出て来るようになりますが、日本で一番言論弾圧が厳しかったのは、GHQが駐留していた時期ですね。この時代は時代劇はご法度でした-しかしその後アメリカで『七人の侍』が紹介され、『ラスト・サムライ』が製作されることになるのですが。また時の統治者を作者が意識するというのもよくあるパターンで、シェークスピアが『マクベス』を書いたのは、スコットランド系の時の王朝、スチュアート王朝への配慮であるともいわれています。

最後になりましたが、立川文庫は今も復刻版があるようですし、電子書籍でも出ているのですね。こちらは真田幸村(信繁)のものですが

真田幸村漫遊記 [Kindle版]

アマゾンでは「立川文庫」で検索すると、これ以外にも色々出て来ます。

[ 2016/02/27 23:00 ] | TB(-) | CM(0)

イシュタルの娘~小野於通伝~

 小野於通という歴史上の人物がいます。戦国期の終わりから江戸時代にかけて、宮中に仕えた才女で、真田家とも縁があり、敵同士となった信幸、信繁の兄弟を引き合わせるために、自分の屋敷を提供したりもしています。

そんな小野於通を描いた大和和紀さんのコミック『イシュタルの娘~小野於通伝~』が現在12巻まで出ていますので、興味のある方はどうぞ。実は私も読んでみたいと思っています。画像はアマゾンのものです。

イシュタルの娘 
[ 2015/12/29 00:57 ] | TB(-) | CM(0)

動く森 スコットランド『マクベス』紀行

では本についてです。

フォトブックといっても単なる写真集ではなく、メインテーマであるマクベスを巡る旅の記録と解釈するべきでしょう。城に宮殿、劇場やホテルやパブなど様々な場所での佐々木さんの、これまた様々な表情と、マクベスへの思いが込められた文章、そして、戯曲『マクベス』からの引用が融合して、不思議な旨味を醸し出す一冊になっているといえます。
ご本人の文章も示唆に富んでいますし、写真のレイアウトもいい。マクベスに興味がある人、スコットランドに興味がある人、佐々木さんのファンの方すべてにお勧めです。本当は、舞台を観てから読むとベストなのでしょう。ナショナル・シアター・オブ・スコットランドのディレクター、ニューウォール氏及び、『風林火山』で共演後交遊関係にある市川猿之助さんとの対談があるのも、ポイントが高いです。
ちなみに今回はパブもあまり行けなかったようで、加えてウイスキーの蒸留所にももっと足を運びたいとのこと。今度はスコットランドを飲み尽くす旅について、一書をしたためていただきたいものです。

ちなみに「動く森」は、マクベスの中に登場するフレーズで、バーナムの森の事です。この森の、いわば「結界」的な性格が指摘されているのもまた興味深いものがあります。
(画像はAmazon.co.jpより)
動く森

[ 2015/11/24 00:36 ] | TB(-) | CM(0)

『誰がカインを殺したか』そして『怪人と少年探偵』

最近読んでいる本について少々。
1つは篠田真由美さんの『誰がカインを殺したか』です。桜井京介シリーズといえば、ぴんとくる方もいるかもしれません。目下読みかけで、かなり心を打つ場面、印象的な場面が様々な形で登場します。ホームズ繋がりの作品でもあり、BBC版の、『緋色の研究』を元にしたエピソード、「ピンク色の研究」について登場人物が会話をする部分があります。ジェファーソン・ホープ(BBC版ではタクシー運転手)が、シャーロック・ホームズを相手に、一方が毒薬である2つの薬の、どちらを飲むかで迫る場面がありますが、この中ではホープは今までも同じことをしていて4人を殺しており、そのことへの優越感、犯罪を楽しむが如き有様についても会話に登場します。また、私がよくお邪魔している、BBC版のファン(というか研究家?)のナツミ様のブログ『21世紀探偵』も後書きで紹介されています。

もちろんパペット版にもジェファーソン・ホープは登場しますが、少年ということもあり、原作ともBBC版とも180度違った、観る側が共感を覚えるキャラとなっています。グラナダ版で『緋色の研究』が作られなかったのが残念です。しかしこのBBC版のホープは、先日書いた『ガリレオ』「攪乱(みだ)す」その続きに登場する、高藤という人物を思い出させます。無論動機も方法も違いますが、著名な相手へのふてぶてしいとも思える挑戦、犯罪そのものを楽しみと捉える愉快犯的手口、そして最後があっけない…などなど、いくつかの共通点が見受けられます。

画像


そして江戸川乱歩全集第23巻『怪人と少年探偵』。前半は、かつてポプラ社から出ていた少年探偵団関連の、如何にも子供向けな物語の展開、後半は「探偵小説の『謎』」です。少年探偵シリーズもさることながら、この「探偵小説の『謎』」は、著者の探偵小説のトリックのメモ、それをベースにした原稿の集大成ともいえ、大変興味を惹かれます。一部他の巻に掲載されている物もありますが、殺人のトリックや動機等々、国内外の小説から様々な例を引用しての解説は、1950年代ごろの物ではありますが、結構今の時代にも通用する物がありそうです。

画像


画像はいずれもAmazon.co.jpより。
[ 2015/08/14 23:30 ] | TB(-) | CM(0)

ロック・ホームのアンソロジー

少し前に、手塚治虫氏の作品に登場するキャラ、ロック・ホームに関してロック・ホームとシャーロック・ホームズと三谷氏という記事を書いたことがあります。その後、この人物について書かれた『華麗なるロック・ホーム』という本を読んでみました。
画像Amazon.co.jpより
画像





初期の登場作品から、最後の登場作品(ブッキラによろしく)までの何十年かをアンソロジー的に追ったものです。前出記事にリンクを貼らせていただいた、「アリトホシクズ」様の記事にあるような、ズボンの長さとキャラ設定に関しては、まだわからないことが多く、今後また関連作品を読んで行こうと考えています。しかしその記事にもありますように、このロック・ホーム、初期は如何にもヒーロー風の美少年探偵がメインなのですが、それが『バンパイヤ』の間久部緑郎で豹変します。美形悪役で、しかもこの中では女装までしています。正にホームズを思わせる変装の巧みさであると同時に、こちらの記事に書いたような、ホームズとモリアーティの表裏一体性をも感じさせます。この『バンパイヤ』は、かつてアニメと実写を織り交ぜたTVドラマが放送されていて、水谷豊さんが主演しています。個人的にはこの作品に、多少『バスカヴィル家の犬』と似た物を感じます。

米沢嘉博氏によるこの本の解説には、無国籍でかっこいい役を与えられたがゆえに、少年物の主人公たりえることが出来ず、その後悪の美学に酔うキャラクターとして変貌を遂げる旨のことが書かれています。少年の頃から、素朴な少年のキャラではなく、どこか大人であり、手塚氏の作風が複雑な物へと変化するにつれて、より複雑なキャラへとなって行くわけです。生みの親たる手塚氏も、かつては同じような立場であったケン一、さらにはアトムと比べると、冷たくてドライな感じと言っておられるだけに、元々少年でありながら、少年の枠を超えた特異なキャラであるともいえます。

ちなみにこの中の『化石島』という作品に、シャーロック・ホームズが登場します。ルパンにしてやられる、ホームズとしては損な役回りですが、ルパンが仕掛けてルパンが盗むという点で、『怪盗紳士ルパン』の、「悪魔男爵の盗難事件」を連想します。

[ 2015/06/20 23:17 ] | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

TopNTagCloud