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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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受信料に関するNHKの傲慢さ

昨年、NHKが受信できない装置(イラネッチケー)をTVに付けた女性が、一審ではNHKに勝訴したものの、東京高裁での二審ではその判決が覆りました。当然というか、弁護側は上告を検討するようです。

そもそも装置を取り付けたという時点で、NHKを受信する意志はないと考えられますが、それにもかかわらず受信料徴収に及ぶというのも妙な話です。これならBBC同様、受信を希望しない希望者には電波を止めればいいのですが、それはやりたくないようで、結局はやはり受信料欲しさなのだなと思われます。


NHKの大河にしても朝ドラにしても、看板番組であるのは事実です。中には面白い物もあります。しかし受信料で制作している以上、作らせていただくという謙虚さも必要ではと少し前に書きました。特に大河は何十億も使うと言われている以上、当然その一言があってしかるべきでしょう。

しかし今に至るまで、何らそれらしきセリフを聞いたことがありません。場合によっては、プロデューサーが視聴者の意を汲んでくれることもありますが、それでもNHKトップがこれに類する言葉を口にしたためしはありません。


かてて加えて、大河の中身やフォーマットの改革が、視聴者に対して打診されたためしもありません。朝ドラは40年以上前に半年のフォーマットに代わっていますが(つまりその前は、1年間続いていたということです)、大河はいっかなその姿勢を変えようとせず、言うなれば、そのために視聴者が、たとえNHKが視聴不可能な状況であっても、受信料を払えと言わんばかりの姿勢です。いくら何でもこれはない。聴者がNHKのためにいるのではなく、NHKが視聴者のためにいるのですが。


こういう姿勢を見る限り、NHKは未だTVの全盛期から抜け切れていないのでしょう。そろそろポストTVを考えていいのではないかと思います。そもそもPCやスマホ経由であっても、TVのコンテンツを観ない人も増えているのに、これでは時代錯誤と言うべきです。

大河の1年放送を変えないというのも、「まだ観てくれる」という思い込みがそうさせているのではないでしょうか。確かにまだ観る人はいます。しかしその数は恐らくは減少の一途であり、大河の視聴率が下がっているのはそれも一因でしょう。


受信料はいわば左うちわであり、視聴者の脛かじりであるというのも書いたことがあります。この期に及んで、なぜ受信料の不払いが増えるのか、NHKは真剣に考えたことがあるのでしょうか。かてて加えて、不払い世帯への徴収が、聞くに堪えないような言葉を投げつけているとも言われているのを、どのように考えているのでしょうか。

無論NHKを甘やかして来た我々にも責任はあると思いますし、日本人はもっとNHKに対して怒っていいのではないかと思います。


電波を止めるか、最低限の受信料にして課金制にするか。今の所この2つが選択肢としてあげられます。もう電波を止めるのが、一番手っ取り早い方法であると思われます。

それと前出のBBC、これも5年前に1,000人の職員をリストラしていますが、何かと言えば世界情勢がどうこうと言いたがるNHKは、こういう世界の動向をも見習ってみてはどうでしょうか。大河が面白いものであったとしても、NHKがごねて(と言うべきでしょうか)徴収した受信料で作られているという事実が頭をかすめると、何とも言い難い気分になります。


飲み物-暖炉とウイスキー

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[ 2021/02/25 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河の視聴率について少しばかり

『青天を衝け』関連投稿、今回も週後半になることをまずお断りしておきます。

ところでまた数字の話を出すようで何ですが、『青天を衝け』の第2回の視聴率は16.9パーセントでした。第1回の20パーセントはやはりご祝儀であったと言えるでしょう。無論関東が舞台であるとは言え(つまり地元の数字がそのまま公式発表されるとは言え)、幕末から近代にかけての大河としてはいい方です。しかし、第1回から3.1パーセント落ちたというのは、かなり下げ幅が大きいのではないかと思います。

一応2010年以後の大河を例に取ってみますが、これ以外に第1回と第2回で3パーセント以上の差がついたのは

花燃ゆ(第1回16.7、第2回13.4で-3.3)
いだてん(第1回15.5、第2回12.0で-3.5)

この2つだけです。どうもこの2作の平均視聴率が芳しくなかっただけに、今後がやや心配ですが、無論これからどのようになるかはまだわかりません。(それでも『花燃ゆ』の場合、面白いシーンもいくつかはありました)

また第1回と第2回のギャップだけでなく、最終回とその1つ前との差が大きな作品もあります。
『龍馬伝』、『江』、『八重の桜』、そして昨年の『麒麟がくる』がそれに該当します-ところで『麒麟がくる』の総集編をやっていたようですが、生憎観ていません。

龍馬伝(第47回17.6、第48回21.3で+3.7)
江(第45回15.6、第46回19.1で+3.5)
八重の桜(第49回12.2、第50回16.6で+4.4)
麒麟がくる(第43回13.9、第18.4で+4.5)

尚『龍馬伝』と『江』は、12月に『坂の上の雲』が放送されたため放送日程は短く、また『江』は3月13日の放送が休止となったので、さらに短くなっています。『麒麟がくる』は最早言うまでもありません。

これらの作品の数字を見て思うのは、最終回の少し前まではやや落ちていたのが、恐らくは最終回だからということもあって、数字が跳ね上がっていることです。特に『龍馬伝』や『麒麟がくる』は、最終回の内容はほぼわかっているわけですから、この時だけリアルタイムで視聴した人もいるでしょう。ただし『龍馬伝』で、テロップでニュースが流れたのは興ざめでした。

大体において最終回の数字は高めに出るものですが、『花燃ゆ』や『真田丸』の場合は低くなっています。特に『真田丸』は、第49回と第50回が14パーセント台となっています。明らかに昌幸が退場してから数字が落ちた印象があり、その意味であれはやはり『大河真田昌幸』でした。

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[ 2021/02/24 00:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『国盗り物語』に見る明智光秀 43

さらに光秀に下された命令は、

「堂塔伽藍を焼き、人という人は生ける者を無からしめよ」

というものでした。これには光秀は大いに驚きます。古来日本では王法は天子に仏法は叡山にと言われていました。しかも精神世界の支配者のみならず、天子や貴族たちとも深い関わりがありるこの場に火を放ち、僧を殺すとはどういうことであろうと光秀は思い、信長を諫止しようとします。光秀のような人物から見れば、信長の所行は野蛮人に等しいものでした。


信長は隊列を外れ、児小姓に日傘をさしかけさせて餅を食べていましたが、その生々しさは、光秀の目には蛮人と映りました。光秀は目の前に膝をついた光秀を見て、眉をしかめます。信長にしてみれば、既に光秀が何を言いたいかは察しがついており、わかりきったことをくどくどと言う光秀の癖は、信長には堪えがたいものでした。案の定光秀は、叡山の歴史について語り始めますが、信長は呆れたようにこう言い放ちます。

「十兵衛、汝は坊主か」

さらに信長は、悪人に加担する気かとも言います。


この悪人とは、叡山の僧たちのことでした。現実の僧たちは槍や刀を携え、魚や鳥を食するうえに女を寄せ付け、学問も本尊を拝むこともせず、破壊三昧の暮らしをしていることは、京でもよく知られていました。しかも女と同居している僧もいると言われ、

「そういう奴らが国家を鎮護し、玉体を冥護し、かつは天子の玉体のご無事を祈祷したところで験のあるはずがないわ」

と信長は断言します。光秀は法師どもはともかく、叡山の三千の仏には罪はないと言うものの、信長はにべもなくこう答えます。

「左様な無頼の坊主どもを眼前に観ていながら仏罰も当てずに七百年このかた過ごしてきたというのは、仏どもの怠慢ではないか」


その仏どもに大鉄槌をくだすと譲らない信長に光秀は、仏の代弁者のように説得を試みます。信長はそんな光秀に、本当に仏を信じているのか、あれは金属(かね)と木で作ったものであると言い、他人の尊ぶものを尊ぶべきであるということであると力説する光秀の言葉に、耳を貸そうともしません。どころか

「木は木、かねはかねじゃ。木や金属でつくったものを仏なりと世をうそぶきだましたやつがまず第一等の悪人よ。つふぎにその仏をかつぎまわって世々の天子以下をだましつづけてきたやつらが第二等の悪人じゃ」

光秀はさらに、古き世より伝わりきたりしものであると言いますが、信長にしてみれば、その「古きばけものども」を叩き壊しすり潰して、新しい世を作ることこそが使命でもありました。信長は続けます。

「そのためには仏も死ね」


ならばと光秀は、それでは評判が悪くなるとして、悪僧たちを追い払うのみで片付けると進言しますが、信長にしてみれば、これ以上光秀との会話を続けるのはひどく煩わしいものでもあり、光秀の頭のてっぺんを掴んで振り回します。

「百年、汝と話していても決着はつくまい」

信長がやりきれなく思うのは、光秀自身は俗世間の人間であるにもかかわらず、学のあることを誇り、もったいぶった態度で、自分を説得したがる点でした、

「阿呆っ」

信長は、光秀を力任せに転がし、光秀は髷の元結まで泥まみれになります。


しかし、信長を長々と説得しようとした光秀よりは、この場合、信長の方が遥かに高邁な志を持っていたのもまた事実でした。信長は多くの言葉を語ることはあまりなく、そのため雄弁とはほど遠い存在でしたが、彼がもし言葉を操ることに長けていたならば、恐らく日本史上最初の無神論を光秀に展開し、光秀の中世的な教養主義を嘲笑することもできたはずでした。また、中世的な魑魅魍魎を退治し、自らが掲げる世を実現するための革命思想をも、光秀に対して説くことも可能であり、実際そうするべきだったでしょう。


いよいよ叡山の焼き打ちですが、その前に信長と光秀の意見に齟齬が生じます。光秀にしてみれば、叡山を焼くことなど思いもよらぬことでしたが、信長はそうでもしない限り、自分が望む世は作れないと考えていました。実際、当時の叡山の風紀は荒れ果てていたのも事実と言えました。光秀はこのような荒療治でなく、穏やかにことを済ませたいと信長に申し出るものの、信長がそれを聞き入れるはずもなく、また信長は言葉で自らの意志を表現するのが不得手でもあり、光秀の頭を掴んで泥の上に転がしてしまいます。


この『国盗り物語』に於いては、これが光秀が信長に敵意を持つ、その一因ともなったともいえます。創作と思われる部分も多々ありますし、また今の考証では不自然に感じられもしますが、信長と光秀という2人の人物の、それぞれの違いを描くのであれば、こういう方法もまたありでしょう。『麒麟がくる』で、本能寺から逆算しないという描き方に私は疑問を持ちましたが、光秀の人生のクライマックスが本能寺である以上、どこかに本能寺の伏線を張らねばならず、その意味では信長との反りの合わなさ、矛盾といったものを、比較的早い内から示しておくのも1つの方法であると思えたからです。

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[ 2021/02/23 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河ドラマ雑考-45(大河の予算と合戦シーンの規模)

戦国大河は特にそうですが、幕末・明治大河でも合戦シーンは不可欠です。無論すべての合戦を再現するわけには行かないこともあり、多くはさわりの部分のみが描かれる一方で、その作品に取ってこれは外せないという合戦もあるわけで、その場合はロケも行って、念入りに描かれることになります。しかし昨今の事情を考えると、出演者が密状態になりやすい合戦シーン、戦闘シーンは、今年はどの辺りまで描かれるのでしょうか。

ところで来年の『鎌倉殿の13人』の脚本の三谷幸喜氏、今更言うまでもないことですが、合戦シーンが今一つなのが難です。『新選組!』でもそうでしたが、戦国大河である『真田丸』でも、やはりこれはどうかと思われるシーンはありました。無論源平→鎌倉大河も合戦シーンは出て来ます。
それもゲリラ戦、局地戦的な物であればまだいいのですが、平原での戦いとなると、あまりにも人数が少なすぎるし、合戦の勇壮さと言うよりは、その戦場に立たされた人物の心情描写が中心になった感もありました。恐らく三谷氏本人もそれを理解してはいるのでしょう、『真田丸』ではコーエーのマップ上で戦いが終わったり、後藤又兵衛の最期も兜が落ちているだけといった描かれ方で、それが如何にも物足りなく感じられた人も多かったのではと思います。

関ヶ原の戦いがほぼカットされたのも話題になりましたが、これは真田家には関係ないのですから仕方ないと言えます。寧ろ同時期の真田父子の方を重点的に描いたのは理解できました。だからこそ、タイトルにも登場する真田丸の戦いのシーンではわざわざセットを作り、見せ場としたのでしょう。
ただ主人公の信繁は他の戦いにも当然絡むわけですから、この戦いのみを重視するというのも、やや疑問に感じられるところはありました。どちらかと言えば、大坂の陣を大局的に捉えると言うより、信繁に焦点を当てた描き方であり、その辺りが、天王寺口の戦いで矢沢三十郎が敵(信繁)を止めようとしたシーン共々、舞台的かなとも思えます。

合戦シーンでよく引き合いに出されるのは、『葵 徳川三代』の関ヶ原のシーンです。この作品は予算を多く使えたことから、大々的にロケを打ち、またエキストラも大量導入するという、かなり贅沢なものでした。見方を変えれば、合戦シーンというのはそういう状況下でないと、本格的な撮影ができないとも言えるでしょう。
この時の映像は、その後も何度か使い回されています。しかしそろそろ、また別のストック映像を作る段階に入っているかとも思います。あるいは『どうする家康』辺りで、また規模の大きなロケを行うのでしょうか。しかしその場合は、松本潤さんが60歳の家康を演じることになるわけで、何とも想像しがたいものがあります。

ごく普通の大河を毎年作るのでも、それなりに費用が掛かっているのですから、王道戦国大河ともなれば、かなりの予算がなければ難しいでしょう。それを受信料から出すのか(それも限度がありますね)、それとも放送フォーマットを1クール程度に抑えて帳尻を合わせるのか、またはスポンサーをつけるのか。
どうするNHK?

飲み物-カクテルブルー
[ 2021/02/22 00:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『青天を衝け』第1回に関して少々

『青天を衝け』、第1回のあらすじと感想を書くべきかで迷いましたが、今回は手短に、それも部分的な感想だけ書いておきます。

まず例の「蚕のダンス」ですが、あれは無理やり感がありますね。そもそも桑の葉をやっているシーンだけでいいはずなのですが…先日書いたように、話題作りというか受け狙い的な意味合いがあったのかも知れませんが、どうも見当違いのように思えます。それなら他にも話題性を盛り込むことはできるでしょう。

それと最後の方で、千代の櫛が川に流されて栄一が拾ってあげようとします。しかも流れが速くてついて行けず、危ないからよせと言われるのですが、そこで櫛を拾ってくれていたのが、先ほど見た「罪人」の高島秋帆でした。こういう人物と子供時代の主人公を会わせるのは、過去の大河でももちろんありました。

しかし子供たちが牢を覗きに行って当の罪人と出会うのは、かなり大胆だなと思います。『西郷どん』で、吉之助が牢にぶち込まれてジョン万次郎と出会うシーンがありますが、あれは殿の差し金でしたからね。

それにしても秋帆先生、牢の中でオランダ語を唱えるところが、何やら野山獄の吉田松陰のようです。

あとこの大河は深谷(血洗島)と江戸または水戸パートに分かれているわけですが、江戸の描写がいささか端折り過ぎなように見えます、もう少し詳しく描けないものでしょうか。

飲み物-ロックグラスカクテル

[ 2021/02/21 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『国盗り物語』に見る明智光秀 42

延暦寺に浅井・朝倉を追い出すように交渉して断られた信長ですが、元々日本では伝統的にこの勢力を恐れており、無論光秀も信長の態度を疑問視していました。しかし信長は尚もその場に居座り続け、やがて11月に入って、山頂を雪が覆い始めます。積雪は交通に支障をきたすのですが、信長だけはこの雪を喜び、あたかもこの日を待っていたが如くでした。それもそのはずで、この雪こそが信長自身を解放してくれる唯一の手段だったからです。信長は光秀を呼び、京へ行くよう命じてからこう言います。

「そちのもっともらしい面が、役に立つ時がきた」


信長はこの「もっともらしい面」をかなり嫌っており、逆に酔狂な人物を好んでいました。この人物は豪傑で、ある日他の大名家からの使者が、もっともらしく座っているのを見て、いきなりその使者の目前で自分の睾丸を放り出し、ぴしゃりぴしゃりと叩いてみせるという、他の家中であれば切腹は免れないようなことをやってのけます。しかし信長はそれを面白がり、また初めて京の治安維持のために上洛した時は、若い頃のように草鞋や袋をぶら下げて騎乗していました。つまりこれは、悪さをしようものならすぐさま行ってひっとらえるという意味であり、そのような人物が「もっともらしい」人物を好むわけもありませんでした。


光秀は考えます。しかし信長は常にすばやい反応を好むため、ゆっくり考えている時間はありません。まず

「京へ行けとは将軍義昭に拝謁しろということ」

であると悟り、次いで

「朝倉の本国の越前は既に雪であり、補給路も雪が積もっていて朝倉の兵は困っている」

と考え、そして

「だから自分の『もっともらしい』面を差し出して和睦をさせる」

と結論を出します。


光秀は京の室町館へ急行すると述べ、信長は満足します。吹雪を衝いて京へ向かいます。義昭は近江も雪景色であろうと言いますが、内心雪中で信長が難渋しているのを、喜んでいるようにも見えました。しかし光秀は、

「上様ごひいきの朝倉も浅井も、もはや近江の雪の中で自滅いたしまする」

と言い、さらに兵糧の補給が続かないため、和睦を申し出ます。信長にも将軍の威権を示すことになるとも言ったため義昭は乗り気になり、やがて12月13日に和睦が成立します。信長が岐阜へ戻ったのは18日でしたが、この天候を戦略化することにより、危機を脱したと言うべきでしょう。


翌元亀2(1571)年8月、信長は再び軍勢を率いて近江へ向かいます。この間本願寺一揆の討伐に失敗したり、秀吉が責任を持つ対浅井氏の持久戦を、岐阜にいながらにして指揮したり、また、松永久秀に背かれたりもしましたが、信長は特に動じた様子もありませんでした。しかもこの時、武田信玄が西上を始めており、その方面の抑えは徳川家康に任せて、自分は近江で小城を取り、小部隊や一揆などを相手にして、9月の12日には出立しました。これによって、将校も兵も皆、岐阜へ帰るのだと考えたのですが、ことは意外な方向へ進みます。


行軍が開始された途端、信長の本陣からの母衣武者がやって来て、光秀に坂本へ行って、日枝神社に行くように伝えます。光秀は、敵は何者であると尋ねますが、母衣武者は追って沙汰すと仰せられたとのみ言います。その後、行軍中の光秀軍に、再び母衣武者が駆け寄り、

「敵は叡山である」

と伝えます。確かに光秀は坂本を包囲することになっており、諸将のそれぞれの部署をつなぎ合わせれば、叡山包囲網ができるのは事実でした。


浅井・朝倉相手に手をこまねいていた信長ですが、やがて冬が訪れ、雪が降るようになって大喜びです。これで越前を本拠地とする朝倉の軍は、補給路を断たれてしまい、このままでは浅井共々自滅しかねず、信長は光秀を使って将軍義昭に、和睦を仲介してくれるように申し出ます。これで義昭の面子も立ち、信長も危険な状態をひとまず脱することができました。その後信長はあちこちで戦をし、何よりも手ごわい武田信玄は家康に任せ、翌年8月には近江で掃討戦というべき戦をして、その後岐阜に帰るかに見えたのですが、信長の真意は叡山焼き討ちにありました。


岐阜に戻るのではなく、坂本で日枝大社を包囲するように言われた光秀ですが、その後敵は叡山と言われて驚きます。そもそも信長の交渉の時点で、叡山には刃向かうべきでないと光秀は考えていました。実際信長は諸将を琵琶湖周辺に置き、叡山を包囲するつもりでいたのです。しかし

「敵は叡山」

と聞いて光秀は驚くのですが、その彼自身が11年後には、「敵は本能寺」と指揮下の兵に告げるのですね。


飲み物-パブのビール2

[ 2021/02/21 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河が内包する矛盾点

先日、黒柳徹子さんの番組について書いています。TVの黎明期にNBCのプロデューサー、アグレッティー氏のコメントを引用したコメントについては、どうにも引いてしまいますが、当時の人々はTVにかなりの夢、過剰ともいえる期待を抱いていたようです。
しかし時は進み、世は移ろいます。TVというシステムが、必ずしも人類の未来への光明たりえていないこと、寧ろそれに逆行しがちであり、健康に悪影響を与えていたり、その結果TV離れが起きるようになっています。なのにTVのメリットのみを声高に言うのは、過去美化バイアスに囚われているように見えて仕方ありません。

ところでそもそも、TV番組と言うのは
「家族で楽しむ」
ことが前提とされていたようです。今時どのくらいの家庭が、家族で同じ番組を楽しんでいるのかはわかりませんが、中にはR12やR15的な番組もあるかと思われます。また年齢が高くなるほどTV視聴時間が長いことから、一部の番組を除き、比較的年配の人向けの番組が多くなってもいます。
朝ドラもかつては家庭の主婦層がターゲットでした。しかし今は女性の就業人口が増えたことから、ヒロインの設定も多少の様変わりをするようにはなっています。では、大河ドラマはどうなのでしょうか。

基本的には、昔から観ている高齢者層がメインターゲットであるかと思われます。しかし必ずしもそうとは言えないようです。
NHKプラスの、『青天を衝け』の見逃し配信関連記事にはこうあります。

NHKプラスでいま配信中のもの、おすすめします!

そして記事中に

歴史ある大河ドラマ史上、これほどファンタジックな場面を見たことがあっただろうか! いや、ない(と思う)! 遊び心満載の演出に、今後の期待値がバク上がりしました。
もちろん「これぞ大河!」という場面もきっちり盛り込まれています。特に序盤、草彅 剛さん演じる徳川慶喜を追いかけて、吉沢 亮さん演じる栄一と高良健吾さん演じる喜作がは、大迫力なうえに美しかった〜。吉沢さんの、真っ直ぐでエネルギッシュな視線に、がっちりハートをつかまれました。

とあるのですが、この2つのシーンの違いが、今の大河を象徴しているように見えます。
まず

「歴史ある大河ドラマ史上、これほどファンタジックな場面を見たことがあっただろうか!」 

個人的に、どう見てもこれは受け狙いの要素が強く、つまりはSNSなどで話題になってほしいという気持ちの表れのように見えます。多分、SNSを主に使う層向けのための描写と言っていいかも知れません。
その一方で、

「もちろん『これぞ大河!』という場面もきっちり盛り込まれています」

とあるのを見ると、やはり高齢者層を手放したくはないのだなと思います。
ただ、何もこの2つの相反するシーンだけが問題なのではありません。

少し前にサブカル層関連で取り上げていますが、個人的に面白く観た分も含めて、今までの大河のどこかおかしな演出、場違いと思われる描写というのは、高齢者と若年層両方を相手にするために、八方美人的になっていると言えるのかも知れません。
このどっちつかずな態度が、結局は大河の矛盾を生み出しており、今後前進も後退することもできない、何やら閉塞的な妥協の産物と化しているように見えます。
何せ本来大河が競合するべき民放時代劇も今はなく、なのに未だに、昭和の頃からさほど変わらないシステム(これがあるいは一番の問題)で続けていて、またすべての年齢層を対象にするのはかなり難しくもなっている以上、大河そのものが矛盾を抱え込んでしまっても当然です。
NHKは受信料を貰っている以上(何度も書くようですが)、この状況を打開してしかるべきでしょう。


飲み物-ホットウイスキー
[ 2021/02/19 00:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河ドラマ雑考-44(奇を衒う演出に対する疑問)

『青天を衝け』の初回視聴率が20パーセントということです。これに関しては、いくつか理由が挙げられます。

  • 基本的に視聴率は関東の数字であり、『青天を衝け』の舞台は関東(深谷、水戸)である
  • 初回、第2回位まではご祝儀的な意味もあって、数字が高く出る
  • 北大路欣也さんや小林薫さんなどのベテラン俳優が目当てで観た人もいる

一方で蚕のCGによる描写が不気味だといった声もあるようですが、これは今後どう影響するのでしょうか。言っては何ですが、あまり奇を衒いすぎた演出は、そのドラマの評価にも関わりかねないかと思います。

この手の奇を衒った演出は、たとえば『おんな城主 直虎』、『いだてん』そして『麒麟がくる』でも見られました。『麒麟がくる』の場合、初回でいきなり「母上に尻をぶたれる」意味で、後ろ向きに屋敷に入るシーンがありましたが、いくら何でもあれはないでしょうね。親に尻を向けるのかと言われるのが落ちではないでしょうか。
『直虎』も例のエクセルまがいの計算や草履投げ、さらにはヒロイン自身の
「女子は血を見慣れておる」
などのセリフは如何なものかと思いました。別に女性の生理を描くなとは言いませんが、あのように直截な言い方をさせる必要もないでしょう。
『いだてん』に至っては冷水浴の「ひゃ~」に始まり、わざわざ主人公に立小便をさせてみたり、バゲットとバケツを間違えさせたりで、こうなるとちょっと痛いなという印象を受けてしまいます。無論、昔の大河も総集編を含めていくつか観た結果、それなりにおかしな部分はありますが。

ところでネットの某女性週刊誌記事で、大河平均視聴率ワースト15なるものをやっていましたが、これは先日投稿したように、最近の大河の低視聴率は、BS先行放送によるところも大きいと思います。かてて加えて、低視聴率でも内容が良ければいいという意見もあるようですが、どれがいいかよくないかは、きわめて主観的なものです。
特に、所謂サブカル層に受ける大河が、そのような評価を受ける傾向が高いようです。これは大河ドラマ雑考-29で、このように書いています。

話が戻りますが、『いだてん』と『おんな城主 直虎』にはどこか似通ったものがあります。出演者も一部ダブっていますが、演出方法がどうも奇を衒いすぎたように見える点です。こういうサブカル好きな層が好みそうな演出方法が、本来の大河視聴者の嗜好とどこか反りが合わないと考えられます。そして『直虎』を支持したコアなファンが、『いだてん』の支持層となっているようにも感じられます。

『平清盛』もそうであると言えるかもしれません。私も清盛は割と好きー但しリアルタイムで観ていないーなのですが、それ以外の『直虎』や『いだてん』などは、やはり馴染めなかったと言えます。要は、サブカル好きな大河というのは、私には今一つで、逆に演出や構成に疑問を持つ大河と言えるのでしょう。
私見ではありますが、こういう大河はしばしばネット上、特にSNSなどで盛り上がる傾向も高いようです。以前はツイッターで、そういうアカウントをフォローしたり、またフォローせずともチェックしたりもしていましたが、最近はそういうこともなくなりました。

その理由として、恐らくは当該作品を盛り上げるためなのでしょう。すべてに於いて肯定的な意見が強く、それが作品への一方的な、しばしば思考停止的な賛美に映ったせいです。無論その作品を好きであれば、それに越したことはないのですが、1年間観ていると当然おかしな点、批判すべき点も出て来て然るべきなのに、それがまず見られない。
また、私にしてみれば奇を衒うような演出が「刺さる」ように感じられもするのでしょう。結果それがエコーチェンバーとなり、特定の好意的な意見が増幅されてしまうと思われます。同調圧力と言うのは不適切かも知れませんが、こういう人たちからは、これだけ支持されていますよということですね。一種のバンドワゴン効果なのかも知れません。

私の場合、『直虎』でツイッターの大河チェックをやめましたが、公式アカウントは『西郷どん』まで続けていました。これは単純に、好きな大河だったということが挙げられます。これも視聴率は高くないものの内容は好きで、この大河の場合、多少奇を衒うような演出もあるにはあったのですが、気になるほどではありませんでした-岩倉具視役の笑福亭鶴瓶さんが、少々アクが強くはありましたが。また、2007年当時の戦国大河としては低視聴率ながら、『風林火山』も好きな作品でした。

そのため「低視聴率でも内容がいい」という意見には同意できます。ただこの表現が、数字はよくないけど、サブカル層に受ける、もっと言えばSNSで話題になる作品のことのみを指すのであれば、それは如何なものかとは思います。何よりも、マスコミや当のNHK自身の評価が、
「ツイッターではこう言っていた」
的な、エコーチェンバーの上澄み部分のみを見ている点が気になります。ツイッターすなわち世論とは必ずしも言えないし、マスコミはともかくNHKはもっと冷静に分析するべきかと思うのですが。

飲み物-アイリッシュコーヒー

[ 2021/02/16 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『青天を衝け』ニッコームックのガイドブックを読んでみて 続き

まず、地震の被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げます。
そして先日の続きです。

先日の続きといっても、『青天を衝け』のストーリー展開についてです。
このニッコームックのガイドブックを見る限り、「その後の渋沢栄一」として掲載されている後編の展開(編集部独自の構成)では、明治30年頃までの栄一の功績が描かれた後はかなりあっさりめで、昭和6(1931)年に没することのみが記されています。
また制作統括の菓子浩プロデューサーによれば、

渋沢栄一の「青春記」をしっかり描く今作

となっており、その意味でもドラマのメインは、青年期から壮年期頃まででしょう。後の時代は出て来たとしても、ナレーション中心の展開となることも考えられます。老けメークをするにも限度があるかとは思いますので。
しかも今年の大河は、『麒麟がくる』が2月にまでずれ込んだことに加え、オリンピック放送による回数削減などで、全体のエピ数はかなり少なめになっています。かてて加えてドラマの第16回で、長州藩士の暴走と池田屋事件が描かれるようで、これでは恐らく半分近くが幕末に割かれることになりそうです。

ところで第1回を、序盤と後半部分中心に観た感想としては

のっけから北大路欣也さんの家康が出て来てびっくり
竹中直人さんはやはり竹中直人さん
小林薫さんが子供たちの父親というより祖父
高島秋帆役の玉木宏さんのぼろぼろの格好は、『功名が辻』と『篤姫』を思わせる
牢のシーンが『西郷どん』のジョン万次郎の投獄シーンに似ている

こういうところでしょうか。

一応最初の方はあらすじと感想の投稿を予定しています。
しかし、一昨年昨年と途中でやめてしまったこともあり、今年も展開次第ではどうなるか不明です。

飲み物-カクテルとオイルランプ
[ 2021/02/15 00:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『青天を衝け』ニッコームックのガイドブックを読んでみて

『青天を衝け』の、ニッコームックのガイドブック(産経新聞出版)を買ってみました。
例によって、松平定知氏がドラマの舞台(今回は深谷、水戸、京都)を訪れるコーナーがあり、出演者の紹介とインタビュー、主人公を知る10のキーワード、ストーリーダイジェスト、おもしろエピソードやゆかりの地、地元(埼北)の名物紹介なども載っています。ちなみにこの名物の中に行田足袋の画像があり、小説(生憎ドラマではありません)の『陸王』が、キャプションで紹介されています。

尚ストーリーダイジェストの最初の部分に
「物語の序盤は渋沢栄一たちの暮らす『血洗島』パートと
徳川慶喜を中心に幕府の世界を描く『江戸パート』が
交互に入れ替わりながら展開していきます」
とあります。
恐らく渋沢栄一を主人公としてのみ描くには、あるいは知名度が低いと思われることもあり、こういう形での展開になっているのでしょう。同じ時代だからまあいいのですが、『いだてん』の、明治と昭和が行き来するような形にはなってほしくないものです。というか、最初から
血洗島
幕府
薩長
それぞれの方面の中心人物を出し、群像劇にするという手もあるのではないでしょうか。

それから表紙にでかでかと
「新一万円札の肖像 渋沢栄一の劇的な物語」
と書かれています。
制作発表の時からそうでしたが、一万円札の顔になるから大河化するという企画意図が見え隠れします。
しかしながら脚本担当の大森美香氏は
「幕末を描いてみたい」
「誰を主人公にするかは決まっていなかったが、多くの人物を調べ、渋沢栄一の経歴に惹かれ、幕府側の要人とも接点があるから彼に決めた」
とコメントしています。

また制作統括の菓子浩氏のコメントにも
「私たちの暮らしの基盤をつくった人なのに、意外と知られていない人物だからです。さらに栄一が農民の出身で、決して順風満帆な人生を送った人ではないことに、脚本の大森美香さんも僕も強く興味をひかれました」
とあり、どうも
「一万円」
と、多少ずれた印象があるにはあるのですが、結局どうなのでしょうね。一万円人気にいくらかあやかっているのは、否定できないのではと思いますが。

あと大森氏のコメントで
「栄一が日本に元気をあたえます」
「先行きが見通せない現代は、幕末とリンクしている気がします」
とあります。
大河が日本に元気を与えるのかどうかはともかく、先行きが見通せない云々、これは池端俊策氏の、『麒麟がくる』の発表時点の発言と似たような内容ですね。毎度毎度似たようなコメントというのも、どうかとは思うのですが…三谷氏の「この大河(鎌倉殿の13人)は本当に面白いです」にインパクトの大きさを感じる所以です。

それと美術チームのコメントで少々疑問があります。これまではオープンセットは城などが多かったが、今回は農家や商家が多いとあり、これに関しては
「史実をなぞる再現ドラマをつくるわけではないので、セットは当時をそのまま表現すればいいというわけではありません」
というのがその理由のようです。しかし、今まで恐らく
「史実をなぞる再現ドラマ」
としての大河はなかったかと思います。また主人公の立ち位置により、セットというのは大きく変わるものです。大名が主人公なら、当然城をメインにすることになります。
「幕末の豪農や下級武士がメインなので、農家や商家が多いです」
とでも言っておいた方が、この場合当たっているのではないでしょうか。『西郷どん』も半農半武のようなものでしたし、こういう過去の同じような時代、同じような境遇の主人公の大河との接点にも、言及してしかるべきかとは思いますね。
(2021年2月14日加筆修正)


飲み物-ビールと夜景
[ 2021/02/14 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、BSで再放送中の『太平記』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも再来年の大河が始まる前に、三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出しました。これを機に、今後さらに上を目指してほしいものです。そのためにも、国内のラグビーの変化に期待したいと思います。

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