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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『光る君へ』第3回「謎の男」あらすじと感想-2

第3回後半部分です。


安倍晴明は兼家に、邪気は払ったが背負われたお荷物が大きすぎる故、一番思いお荷物を下ろされたらよろしいのではと帝(円融天皇)に述べたと伝える。追って褒美をつかわすと兼家、晴明と須麻流は示し合わせたように笑う。帝は晴明まで譲位を迫るのかと嘆くが、藤原実資はお上はまだお若く、ご回復されればますますお力を発揮してくださる、皆そう信じていると譲位を引き留める。しかし帝は此度の邪気は払えても、すぐに朕を呪う者の新たな邪気に苛まれるのを案じていた。

その時はまた邪気払いをと言う実資だが、帝は右大臣(兼家)のしてやったりの顔が見えるようじゃがと言い、懐仁はたった一人の我が皇子(みこ)で、他の皇子に東宮を取られては朕の血筋が絶えてしまう、懐仁を次の東宮にしたいと洩らす。この意味で帝と兼家の利害は一致していた。しかし実資は、師貞親王が今すぐ即位しては世は乱れると忠告する。その時俊古が、兼家が見舞いに来たことを伝える。実資はやめさせようとするが、帝は兼家に会う。

束帯姿の兼家は病状の好転を喜び、祈祷が効いて来たのやも知れぬなと言いつつ、好転したり悪化したり、おかしなものだと帝。お働きが過ぎてご無理がたたったのやもと述べる兼家だが、帝は懐仁親王のことを尋ねる。詮子が世話をしていると聞き、あまり甘やかさないように伝えてくれと帝は言う。兼家は言う、東宮になられましたら、もう少しお強くなられましょうと。懐仁が東宮になるのかと帝は問うが、それがお上の願い、この国の願いであると思っておりますと兼家。

一方で実資は女房たちを調べるが、彼女たちからは、自分の立場を誇示したいだけの嫌なやつと散々に言われていた。実資は道兼に、内侍所の検分は勘違いであったやも知れぬと言う。もう帝も次第に回復されている、毒を盛られているのならもっと悪化するはず、早とちりであったと言う実資に道兼は、回復の兆しがあるのはよろしゅうございましたとそつなく言う。問題は女房たちが調べに不満を持っていることだった。

やりにくくなると言う実資に、道兼は頭中将様は筋が通っており、自分はどこまでもついて参りますと伝える。その道兼は外に出て道長とその部下に声を掛ける。今宵も東三条殿においでですかと道長。兄とのすれ違いを気にする道長だが、だから何だ、いつか父上も交えて一献傾けたいと道兼は言う。また為時は兼家に会い、師貞親王が心を入れ替えたように勉学に励んでいると伝える。ご即位が近いとご覚悟されたもやの知れぬと為時。

そうなれば、左大臣(源雅信)は娘を入内させるであろうかと兼家は言う。左大臣の北の方である穆子(むつこ)はそなたの親戚ではないかと尋ね、遠い親戚だと為時が答えると、何故帝にも東宮にも娘を差し出さないか、左大臣の気持ちが知りたいと言う。為時は本当に何も知らないようで、兼家は彼を下がらせるが、為時は何かを思い出したようで、退出しようとしたものの取って返し、お役に立てるやも知れませぬと口にする。

左大臣の邸、土御門殿では、一の姫倫子が琴を弾いていた。左大臣雅信は娘の琴の腕が上達したのをほめ、新しい装束のことを穆子が口にするも、倫子の琴を優先する。来年は22歳になる倫子だが、雅信は我が家は宇多の帝の血を引く家系、いくつでも慌てることはないと言う。そんなに甘くはない、自分は20歳で婿を取ったと穆子。その頃為時は館に戻り、まひろに、左大臣家の姫たちの集いに行くことを勧める。

代筆はダメだがその日は外出を許すと為時。そして穆子の女房に赤染衛門という和歌の名人がいること、そこにやんごとなき姫君たちが集まって学ぶ会があると言い、お前和歌は得意であろうと持ち掛ける。自分のような身分が低い者が行く場所ではないとまひろ。しかし為時は、お前は身分など乗り越える才があると言い、穆子は親戚なので、安心して楽しんでくるようにと言う。

まひろは土御門殿を訪れる。穆子は親戚の娘だと紹介し、まひろは前播磨権少掾(さきのはりまのごんのしょうじょう)藤原朝臣為時の娘、まひろであると名乗る。姫君たちのうちの1人、茅子は父上の今の内裏でのお仕事はと尋ね、まひろは今は官職はないと答える。そして私のような者でも、ご研鑽の場に加えていただきたくお願いいたしますと頭を下げる。倫子は、ご研鑽などと大層なと笑い、「あ・そ・び、楽しんで行ってください」と声をかける。

その場を仕切る赤染衛門は、手始めに偏つぎを始める。彼女たちは一様に偏つぎは苦手だと言うが、赤染衛門は意に介せず、漢字の偏だけの札を並べさせ、遊び方を教える。自分が旁(つくり)を言うので、それに合う偏の札を取るのである。赤染衛門は例を示し、そして月の札を出す。まひろは素早く「日」の札を手にする。これで「明」となるのだった。まひろは次々と偏の札を取り、倫子は興味深そうにそれを眺めて口を開く。
「まひろさんは漢字がお得意なのね」

赤染衛門は、倫子様ももう少し漢字をお覚えになりませんと、これからは女子でも漢字が読めて漢詩が書けませんとと、我が子の指南はできませんよと姫君たちを諭す。彼女たちは「はーい」と返事をし、悪戯っぽく笑う。一方公任や道長たちは、孟子の公孫丑上篇「人皆有不忍人之心」章についての講義を受けており、公任はその章を暗唱して見せる。

姫たちとは異なり、上級貴族の子弟たちは休日であっても関白の屋敷で、国家を率いる者としての研鑽を積んでいた。漢詩の書写も行われ、道長の隣の藤原行成は達筆で詩を写していた。後に三蹟として名を馳せる人物である。道長は行成に体を寄せるようにして、その写しをのぞき込む。

まひろは館に戻る。どのようであったかを問われ、楽しい時を過ごしたとまひろ。倫子様とはどのような方かとも問われ、あのようなお方とは会ったことがない、よくお笑いになる方で姫君たちにも慕われていたとまひろは答える。婿を取る話などは出なかったかと訊かれたまひろは、いいえと答える。お年頃と聞いている、東宮の后となさってもおかしくないと言う為時だが、まひろはなぜ父がそのようなことを言うのかわからなかった。

兼家様に私を間者にしろと頼まれたのかとまひろ。そんな娘に為時は、お前が外に出たがっていたのではないか、それに高貴なお方とお近づきになっておいて、損はない、嫌なら行かなくていいと言う。余計なことを申しました、倫子様のお気に入りになれるよう努めますとまひろは父に言うが、何かすっきりしないものがあった。

土御門殿では歌比べも行われた。古今和歌集の歌をそのまま盗用し、注意される姫君もいた。赤染衛門は、古今集をすべて覚えていたのである。それを聞いたまひろは合ってますと言い、倫子から、衛門のよいお相手になりそうと言われてしまう。そして小町は恋の歌の名人だが恋を沢山したからだろうか、良い歌を詠むにはいい恋をしないとと姫君たちは言い、まひろも笑顔になる。

帰り道、四条万里小路の辻で散楽を見たいとまひろは言い、乙丸に止められるも、倫子の真似をしてふふふと笑ってみせる。散楽一座はまたも帝と詮子の風刺をやっていたが、まひろは見慣れた男の姿を見かける。それは、変装して外出した道長だった。その時一座の一人が他の一人にぶつかり、面が取れる。面が取れたその男の顔をまひろと道長は見つめる。


帝の病状は好転したり悪化したりでした。既に道兼は薬を入れるのを止めているようですが、兼家は早々に帝が譲位し、懐仁親王を東宮にすることを狙っているようです。奇しくも懐仁親王を東宮にしたいという点では、帝も兼家も意見が一致していました。その一方で実資は、帝に誰か毒を盛っているのではと怪しみ、陪膳の女房たちを調べようとします。しかし、これは女房達には大不評でした。

結局実資は調べをやめてしまいます。その道兼は道長に、父兼家と共にいつか一杯やろうと持ち掛けます。そしてその兼家は、左大臣源雅信が、娘を入内させないのを怪しみ、北の方である穆子の遠縁に当たる為時から、内情を聞き出そうとします。しかし為時は本当に知らないようで、その代わりにまひろを雅信の邸、土御門殿で行われる姫たちの集まりに、行かせることにします。

まひろに取っては、自分とは明らかに家格が違う姫君たちとの出会いであり、「偏つぎ」でずべての札を取ってしまったり、赤染衛門がそらんじる歌を合っていますと言ったり、彼女の知識が窺える一方で、こういう場所に慣れていないといった雰囲気もまた窺えます。しかし雅信の娘倫子は、そういうまひろに興味を示します。この土御門殿行きは、倫子が今後入内するか否かを知るための企みでもあったのですが、まひろもまた倫子に興味を示したようです。そして偶然行った四条万里小路の辻で、まひろは三郎(道長)と再会します。

そしてまひろの衣装について再度。山吹色に紫の裏というより重ね目、これに似たものを昨年も目にしました。それでちょっと思い出したの装が、この千姫の衣装です。こちらは打掛は紫というより小豆色がかっていますが、下の小袖が黄色系で菊重ねと呼ばれるものに似ています。まひろの場合、これとは逆になりますが。

どうする家康45千姫4
『どうする家康』第45回より

ところで赤染衛門が古今集をすべて覚えている件、清少納言の『枕草子』第23弾「清涼殿の丑寅のすみの」にこうあります。宣耀殿女御(藤原芳子)が父藤原師尹から
書道
琴を誰よりも上手に演奏する
古今集20巻をすべて覚える
と言われるのですが、その後村上天皇の女御となった時、古今集の試験を帝がされたけど、少しも間違うことがなかったとのこと。
今回は上級子弟たちの書道、倫子の琴の演奏、赤染衛門が古今集をすべて覚えていること、この3つの要素を盛り込んでいるように見えますね。

そして今回のキャスト。
まひろ-吉高由里子さん
藤原道兼-玉木玲央さん
藤原公任-町田啓太さん
源倫子-黒木華さん
どうも『花子とアン』を思い出してしまいます。


飲み物-ホットウイスキー
[ 2024/01/23 01:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第3回「謎の男」あらすじと感想-1

第3回前半部分です。


永観2(784)年。道長は絵師の家へまひろを訪ねて行くが、いないと突っぱねられる。そしてまひろは、放免に追いかけられている散楽座の男、直秀を逃がそうと、追いかけて来た放免に嘘の方向を教えるが、そこには直秀とそっくりな格好をした道長がいた。道長は縄を打たれて連行され、百舌彦は主を捜す。

結局道長は釈放される。高貴なお方を盗賊と見間違うなど、あってはならないと検非違使も放免たちも低姿勢で、道長は平惟仲と共に館へ向かう。その様子を窺う直秀。道長は館で父兼家から、お前は右大臣の息子、放免などを相手にする身分ではないと叱られる。相手にしていないと道長は反論するが、ではなぜ捕らえられた、わしが屋敷におらねば、お前は獄でなぶり殺されていたやも知れぬと兼家。

屋敷におられてようございましたと返す道長だが、兼家は今度は息子の格好を咎める。民に紛れて下々の暮らしをと言いかける道長を、民の暮らしなど知れば、思い切った政ができなくなると叱る兼家。その兼家に取っても一族に取っても、今が正念場なのだが、分かっておらぬやも知れませぬなと道長が答えたため、兼家は声を荒げる。

詮子は帝に嫌われている上に、お前が厄介事を起こせばどうなる、一族のみならず懐仁親王にまで傷が付く、過ちは許されない、一刻も早く親王を東宮に、帝にしなければならないと兼家は言って聞かせる。それは、自身が摂政になることをも意味していた。既に右大臣だからこれ以上上を目指さずともと言う道長に、上を目指すことは一族の宿命と兼家は主張する。

そのことを肝に銘じるようにと言われるも、自分は三男だと言い返す道長。しかし兼家も三男であり、同じ三男の道長に望みをかけたが、間違いであったようだと言う兼家に、道長はお顔に虫がと戯言を言い、兼家を怒らせる。その時詮子が現れ、道長の言動を面白がるが、兼家は不機嫌そうで百舌彦に暇を出す。その百舌彦を道長は庇う。彼が知らせに走らなければ、道長は本当になぶり殺されていたかも知れなかった。

詮子は後でとりなすと弟をなだめる。そして百舌彦が、道長の秘密を知っているのも悟っているようだった。つまり「下々の女子に懸想している」ことで、だからそのような格好で町をふらついていたのだと指摘し、道長が否定するも、身分の低い女子は一時の慰みもの、早めに捨てるようにと促す。しかし道長は、百舌彦を助けてほしいと思っており、父上は姉上の機嫌を損じたくない、姉上の言うことならお聞きくださるはずと詮子を頼りにする。

分かっているじゃないの父上の立場、さっきはとぼけておいてと詮子。そして道長はまひろのことを思い出す。そのまひろは館で昼間のことを思い出していた。するとフクロウの声がする。出てみると、また乙丸がそこで頑張っていた。月を見るだけ、逃げ出したりしないとまひろは言い、ふと声の方向を見上げると、屋根に直秀がいた。

直秀は小声でまひろに言う。
「見るな。声を上げるな。危害は加えぬ」
そしてあいつは無事だ、あいつとはお前が今案じている男のことだと言って去る。まひろはその男が、昼間自分にぶつかった男であることに気づく。そこへ太郎が出て来る。

まひろは道長の肖像を描き、太郎に見せてこの人を探してほしいと言う。四条万里小路の辻辺りにもしかしたらいるかも知れない、身の丈6尺以上で名は三郎と教えるまひろ。藤原か源氏かと訊かれて氏はわからないと言うまひろは、貴族じゃないのなら釣り合わないよと太郎に言われてしまう。無事かどうか知りたいだけだと答えるまひろ。そして、高辻富小路の絵師を訪ねてみるようにとも言う。

三郎が私を訪ねて来ているかも知れないからと言うまひろだが、太郎はその肖像画を見て、歌はうまいけど絵は下手だなと笑い、まひろに頬をつねられる。その三郎、つまり道長は兵衛府で藤原斉信と碁を打っていた。斉信は盗賊も入らぬであろう、宿直も要らぬと言い、そばにいた藤原公任に怠けたいのだろうと言われる。そして斉信は道長に、盗賊と間違えられて放免に捕まったのかと尋ね、町中を出歩くとは下衆なやつだと公任は言う。

獄の様子を訊かれ、少し臭かったが、自分は何もやっていないので怖かったと言う道長。すると公任が、これの話でもしようと、自分宛てに来た歌を見せ、品定めを行う。公任は姉についている女房の作だ、歌はうまいが顔がまずいとあけすけに言う。この公任は関白頼忠の子、中宮遵子の弟だった。そして斉信の父は大納言だった。公任は多忙で、自分に来た歌を持ち歩いていたのである。

たまに厠に落としたりすると公任。それは落とされた文に運がない、運がない女には近づかないことだと斉信。男が先に贈る恋文だが、女からも来るんだと道長。その道長は、俺のように字も歌も下手だと困ると言うが、文や歌を贈らずとも訪ねてしまえばいいと公任は言う。そして斉信は、道長も隠し持っているんじゃないかと、袍の中を探る。すると1つだけ、道長宛ての歌が見つかる。

ボーッとした顔で、存外女子の気を引いてるんだと斉信は言うが、道長は心当たりがない。女子に興味がないのかと訊かれ、あると答えるものの、どんな女子が好きかと言われて戸惑う。道長ははっきりしないが、そこが長所でもあると2人は言い、公任は道長がそばにいると安心するとまで言う。ほめてないだろうと斉信。その斉信は土御門殿の倫子に歌を届けていた。左大臣の姫であり、斉信より年上だがまだ婿を取っていなかった。俺を待っているかもと斉信。

一方太郎は三郎の似顔絵を絵師に見せ、どこに住んでいるか聞いてくれと言うが、約束はできないと絵師はにべもなかった。姉上の代筆で儲かったくせにと言う太郎に、代筆などやったこともないと絵師は言う。仕方なく太郎は、道を行く人々に訊いて回り、馬の口を取っていた男にも尋ねるが、その馬には当の道長が乗っていた。それとは知らず、太郎は三郎と思しき男たちを連れてくるが、当然ながら本人であるはずもなかった。

本気で捜してくれたのねとまひろ。まさか太郎が、そこまで親身になってくれるとは思わなかったのである。たった2人の姉弟なのにと太郎は言い、賢くないけどやる時はやると自信ありげな顔をする。そして太郎はまひろに近づき、三郎は幻じゃないのか、鬼とか悪霊とか怨霊とかと尋ねる。それを確かめたいとまひろ。その会話を乙丸が、何とか聞き取ろうとしていた。

安倍晴明は、帝の回復を祈祷していたが、回復の兆しは見えなかった。道兼は藤原実資に帝の容態を尋ねるが、重くはなっていないが、回復するようにも見えないという返事が返ってくる。さらに実資は、薬師はお疲れが出たのではと言っていたが、ただのお疲れではない、邪気払いも5日目なのに、何の効果もないのはおかしいと思わぬかと道兼に問い返す。実資はこの件で何かを疑っているようで、おかしいを繰り返し、内侍所に向かう。

実資は陪膳の女房たちを取り調べるつもりだった。道兼は自分も行こうとするが、実資に止められる。道兼は父兼家にこのことを報告し、この先口を割る者が出ることを懸念する。しかし兼家は、陪膳の女房が吐かねば証拠はないと言う。お命にかかわってはならないと思い、今はもう薬をやめていると道兼が口にすると、ならばうろたえることはないではないかと兼家。ただ頭中将(実資)は思い込んだらしつこい、どのような追及をするかと道兼は不安がる。

しかも実資は帝の信頼も厚く、そのためにも味方にしておく必要があった。そして兼家は、その女を抱いたのかと尋ねる。当分大切にしておくことだ、お前に守られていると思えば口は割らぬと兼家。さらに一族の運命はお前にかかっておると道兼に言い渡す。

道長は姪の定子と遊んでやっていた。転んだ定子に、自分で起きるようにと促す母の貴子。その場には夫である道隆、詮子、そして懐仁親王もいた。今は、定子は親王と姉弟のように遊んでいるが、いずれ即位されたら定子を入内させると道隆は言う。貴子は言う。何にも動じぬ強い心を養わねば、帝の后にはなれない、転んで泣いているようではと。


まひろは父為時から、絵師の家へ行くのを禁じられ、また為時自身も絵師に対して根回しをしていました。何とか抜け出したまひろですが、あの三郎という男(まだ道長であるとは気づいていないようです)が間違えて連行されるのを目にし、安否が気になって仕方ないようです。しかも直秀と思しき男が館の屋根にいて、無事を知らせたことから、弟の太郎に探らせることにします。しかしまひろの肖像画はお世辞にもうまいと言えず、太郎が連れて来た男たちは皆別人でした。

その道長、目下右兵衛権佐の官職を与えられています。兵衛府の官人のうち次官に当たります。ところでこの官職、見覚えがないでしょうか。かの源頼朝の官職と同じです。そしてこの兵衛府は唐名で「武衛」となり、『鎌倉殿の13人』で、上総広常が頼朝のことを、武衛武衛と呼んでいたのを思い出します。しかし道長や藤原斉信は、もう盗賊も出ないよなとった感じで、碁に夢中です。

そこにいた藤原公任が、自分に来た歌を披露します。何かと多忙ということで、歌を持ち歩いているわけですが、時々厠に落とすことがあるなどと言ってすましたものです。また藤原斉信も、左大臣の姫に歌を贈ったりしているようですが、道長はその手の話とはいささか無縁に見え、自分に贈られた歌も見つけて貰う始末です。恐らくはまひろがそうであるように、道長もまひろのことが気になっているかと思われます。

さて、円融天皇の病がなかなか回復しません、安倍晴明の祈祷も功を奏さず、これはおかしいと藤原実資は陪膳の女房を調べようとします。道兼に取っては困った事態となります。既にその時点では、薬を使うのは止めていたのですが、女房が口を割らないとも限りません。そんな道兼に兼家は、その手なずけた女房を大事にするように言い、実資はこちらの味方に引き込むことを考えていました。

そして円融天皇と詮子の皇子、懐仁親王は道隆の娘定子と遊んでいます。その定子が転んでしまい、一緒に遊んでいた道長が手を貸そうとしますが、自分で起きるようにと母の貴子は言います。この懐仁親王即位の暁には入内させるつもりで、そのためにも強い心を養う必要があると貴子。この時詮子と懐仁親王は、東三条殿に戻っていたようです。ところでこの後入内した定子に仕えたのが、かの清少納言です。

あとまひろの淡黄色というか、山吹色で裏地が紫の着物、小袖だと思っていましたが袿のようですね。小袖に対する大袖と呼ばれる着物で、袖口が小袖に比べると広くなっています。男性の束帯や直衣や狩衣、直垂や素襖などもこの大袖です。ただ戦国時代頃からの、女性の打掛は小袖となります。


飲み物-エッグノッグ


[ 2024/01/22 05:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

第2回『光る君へ』武将ジャパンコラムに関するnote記事

では今週もたけたけさんのnote記事からいくつかご紹介します。いつも通り、武者さんのコラムの引用部分はダークブルーです。

大河コラムについて思ふ事~『光る君へ』第2回~


衣装が重たいとボヤいていますが、実際、本作の装束はかなりの重量だとか。
「人はなぜこんなにも儀式が好きなのか」
面倒臭い性格ですね。
そういうものだから、と言われても納得できないのでしょう。
藤原宣孝もその場にいて、成人の意義を語ります。

まず
「『裳着』の儀式を『裳を着ける儀式』、まひろさんの愚痴も『面倒臭い』で済ませましたか」
とありますね。
言うまでもなくこれは成人の儀式を意味しており、
「裳を着けるとはそういう事なのでございますよ」と乳母のいとが言っている、つまり女の子から一人前の女性になり、初潮を経て殿方と結ばれ子を成す事ができるという事を意味するとあります。そのために、わざわざ重い装束をつけなかればならず、それゆえにまひろが愚痴ってしまうという、彼女の心中についても書かれています。
そして親戚に当たり、小腰を結ぶ役目の藤原信孝が
「儀式ゆえ辛抱せい、終わったら脱げばよい」と言い、そのうえでの
「人はなぜこんなに儀式が好きなのか」なのですね。

私も先日書いていますが、武者さんはまひろの性格を「面倒臭い」だけで済ませるようです。もっと掘り下げて見てもいいのでは。

まひろは、街の中をどこかへ向かって歩いてゆきます。
土埃が待っていそうな道。
足がすぐドロドロになりそうです。

これに関しても、その当時は砂塵が舞うのは当然であること、そして高橋昌明氏の著書『京都〈千年の都〉の歴史』によると、この当時下水や排泄物などは都の道路の側溝、あるいはそのまま外などに捨てられており、あまり衛生的とはいえない状態でしたとあります。そして動物の死骸や行き倒れの死体などもあり、疫病がしばしば流行したということで、ドロドロだけで済む問題ではないかも知れないとたけたけさんは書いています。
またこのリンクも貼られていますので、こちらでも貼っておきます。

なぜ平城京以前は短命で、平安京は1000年も続いたのか…現代人には想像しづらい「糞尿処理」という衛生問題
(infoseekニュース、出典はプレジデントオンライン)

それを考えると、『平清盛』の演出はかなりその当時を再現していたとも言えるでしょうか。
またこの当時、亡くなった人の遺体よりも魂を重んじる傾向が強く、遺体が野晒しにされるのは珍しくなかったようです。鳥辺野などがそれに当たりますが、羅生門などもまた然りです。葬儀社のサイトですが、わかりやすいので置いておきます。

あと私も今気づいたのですが、「待って」は「舞って」でしょうか。

平安時代の葬儀はどんなものだった?現代の葬儀の違いとは
(いい葬儀)

古今東西、そういうことはトラブルも招きかねません。
『シラノ・ド・ベルジュラック』なんてそういう話じゃないですか。

これに関して、私はそこまで「トラブル」があったか、クリスチャンがロクサーヌの真意を知って、自ら前線に出て戦死してはいるがと書いています。
そしてこちらのnote記事でも、まずシラノがクリスチャンを通して手紙の代書をしたことから、ロクサーヌとクリスチャンは愛し合う仲になるが、その後シラノの手紙の内容が伝える人柄を、ロクサーヌは愛するようになり、結局クリスチャンはそれに絶望して戦死すること、その後恋文の本当の書き手がシラノであることがわかることが説明されています。

トラブルがあったのかとはちょっと冷たい言い方だったかも知れません。確かにクリスチャンにしてみれば、ロクサーヌが真に愛しているのは、自分ではないことに気づいたわけですからね。教訓的だなとは思いますが。尤も麻彦の場合は、真実を打ち明けたおかげで大したトラブルにもならず、めでたしめでたしでした。

それにしても、兼家の提案はどうなのでしょう。
さすが金で思うままに人を操る奴は違うな! と嫌味の一つでも言いたくなります。
こういうボーナス制度は冤罪を増やす危険性もあります。
私人逮捕系YouTuberが、再生数稼ぎのため無茶な難癖をつけるような事例が起きてしまうかもしれない。

この箇所ですが、
「頼忠卿の言う『人員を増やす手配』とは検非違使と放免を増やし、警備に当たらせるという意味でしょう。
それだけでは士気が上がらないと踏んだ兼家卿が『別当を変え賊を捕らえた者に褒美を出す事』を提案しましたが、これは警察組織の取り締まりノルマの向上策と言うところでしょうか」
と書かれており、
「全くの私人で公務員・警察組織とは関係ない『私人逮捕系YouTuber』とは違います」
とあります。

私も、なぜ武者さんが強引に(と言っていいでしょう)『私人逮捕系YouTuber』に結びつけるのかよくわかりませんでした。また頼忠のいう人員を増やす方法だけよりも、兼家のやり方のほうが現実的だとも書いています。尚このコラムの、ドラマ本編最後の方で、道長を捕らえたのは検非違使だと武者さんは書いていますが、この中に出て来る放免の方が正しいようです。
たけたけさんの記事には「江戸時代の岡っ引きのようなものでしょうか」とあります。元々は放免囚人、つまり前科者であった者を取り立て、前科があるのを逆手に取り、犯罪者の情報収集に役立てたそうです。

まひろが微笑みながら「漢詩や物語や和歌が好きなだけ、賢いぶんを全部持っていったわけではない」と答えます。
本当に純粋に好きなのでしょう。
一方、学ぶ楽しみが見出せない太郎は残念ですが、これは何事もそうですよね。

ここではドラマでの展開と共に、当時の大学(寮)のこと、さらに清少納言の歌にもついて書かれています。
(あの『夜をこめて  鳥のそら音は  はかるとも』ですね)
その一方で、武者さんが得意であるはずの漢籍であるはずなのに、なぜ何の解説もないのかと疑問を持たれています。
のみならず、武者さんがこの後で

他ならぬ大河ドラマにしても、学ぶことが好きな役者さんやスタッフがいれば、そうでない人もいます。
撮影に時間がかかるからやりたくない。と明かすとか。
セリフがちんぷんかんぷんで覚えるだけだと語ってしまうとか。
歴史はフィクションだの、必要最低限しか覚えないとか。
そういう太郎タイプは大河に不向きですね。

と書いていることに対しては、武者さんが本当に歴史や漢籍が好きで、大河ドラマが好きでドラマを見てレビューを見ているのでしょうか、とまずあります。そして
「『撮影に時間がかかるからやりたくない』に関しては、『問題は技術ではなく、やる気』『小賢しい言い訳』と現場の苦労やできない事をすべて無視し理想論だけで語り、制作に携わらない赤の他人なのに自分の思い通りにならないという理由で無理難題や理不尽を通そうとする。少しは現場がどういった状況だったかも考えてはいかがですか」
と指摘され、そしてこれが貼られています。

『どうする家康』におけるバーチャルプロダクション制作
(unrealengine.jp)

そして「セリフがちんぷんかんぷんで覚えるだけだと語ってしまう」と書かれている箇所ですが、武者さんはこのように書いていました。

家康がやっと覚えて語っていると伝わってきてつらいものがありました。
そこまで長くないセリフなのに、覚えるだけで気力が尽きているように見える。時代劇の演技が苦手であれば、なぜ主演などを引き受けたのか。

「これについては、公式HPの松本潤さんのインタビューに経緯が書かれており、2020年11月にオファーを頂いてうれしさと同時に不安を感じ、大事を即決せず結論を待ってもらって、年明けに決定したそうです」
とありますね。

あと「歴史はフィクション」「必要最低限しか覚えない」などと書かれている古沢氏、こちらに関しても、インタビュー内で「日々いろんなことが起きるなか、大きな事件や出来事は歴史として残っていくけれど、小さな出来事は誰も知らずに、歴史に残っていかない。それは仕方のないことかもしれませんが、小さな出来事の積み重ねで、大きな出来事も起こっているはずと言っており、どこを解釈して『歴史に興味がない』となるのでしょうかとたけたけさんは言っています。

また私は、『レジェンド&バタフライ』の公式サイトでの、「いま残っている歴史は、勝者が都合のいいように語り継いだものですから、どう解釈しても自由だと思っているんです」のくだりをここで書いています。
(上記『日々いろんなことが起きるなか…』はその後に続いています)

東宮である師貞親王の勉学の成果は、全くあがっていない。
なんでも昨日は、母親と娘と関係を持った話を延々としていたとか。
似ているから見分けがつかないと、足で扇を広げつつ、おちょくるように語ってきたそうです。

ここの箇所ですが、
「相変わらず勉学の成果は上がっておらず、前日も扇子を足に挟んで広げるなどし、日がな一日母親と娘の双方に手を付けたという話をした事を為時公は語ります。
為時公の回想では東宮さまが「よく似た親子で手応えも似ておる。どちらと寝ておるか分からなくなる事もしばしばじゃ。」と語っています」
とあります。実際には即位後兼家父子に騙されて出家した後、この母娘(中務と平平子)をお手付きにしたという逸話で、
「余計に質が悪いのですが・・・」
と付け加えられています。尚この中務とは、歌人伊勢の娘です。

ところで武者さん、これに関して、
「『どうする家康』47回で作中そのような描写が無いにも関わらず、『時代を超えても気持ち悪い、母と娘の二代にわたり恋心を抱くという設定』と言っていましたが。引き合いに出して『気持ち悪い!』と批判しないのでしょうか」
と言われています。
この母と娘の二代とは、言うまでもなくお市と茶々のことで、もちろん家康がこの2人とも関係を持ったことなどありませんが、

もしも両者ともに愛妾だとすれば、母と娘を同時に愛するとはあまりに酷い、そんな印象を抱かれるでしょう。
時代を超えても気持ち悪い、母と娘の二代にわたり恋心を抱くという設定。
こんなしょーもない妄想を、いかにもすごいことを思いついちゃったと出してくる、このドラマ制作者は一体何を考えているのでしょう。

などと書いています。ならばこちらで師貞親王が母娘を相手にしたのは、制作サイドの「しょーもない妄想」となってしまいますね。尚たけたけさんのnote記事にもスクショが貼られています。

あと高麗と枇榔毛について。

「高麗」(こま)とは一体なんなのか?
日本では、王朝が交代しても、そのまま呼び続けることがしばしばあります。しかも範囲が広い。
「高麗」は現在の朝鮮半島を指す概念として、長らく使われてゆきます。中国は「唐」(から)です。
「高麗」や「唐」は判定が曖昧なので、例えば他国の人や物が、朝鮮半島や中国経由で届けても、そうなってしまったりする。

こちらの「高麗人」来着に関して。
「内裏では源雅信卿が「高麗人(こまびと)の船が筑前に来着した件でございますが・・・」と円融帝に上奏しています。
太宰府からは万事滞りなく帰国したとの知らせが来た様です。
しかし帝は気分が悪そうにしています」
とまずドラマでの展開が紹介され、高麗人と思わしき異族の船が現れる事が多くなったこと、長徳三年(997年)には高麗人が対馬・肥前・壱岐・肥後・薩摩・大隅など九州全域を襲い、民家への放火、家財の略奪などが起こり、男女300名が攫われたということが説明されています。「長徳の入寇」と呼ばれるもので、恥ずかしながら私、地元の歴史でありながら、これを入れるのを忘れておりました。
新羅の入寇と、それに続く侵攻(長徳の入寇はこれに該当)について書かなければと思ってはいた、のですけどね…。

尚長徳の入寇ですが、高麗人だけでなく、奄美の人々が関与したという説もあります。藤原実資は、高麗人だとしているようですが。

例えば「檳榔毛(びろうげ)」の車。牛車の一種です。
この「檳榔毛」とはヤシの葉です。
当然ながら京都近郊にあるはずなく、貿易で取り寄せねばなりません。

『檳榔毛車(びろうげのくるま)』とは、白く晒した檳榔(日本の暖地に生息するヤシ科の常緑高木)の葉を細かく裂いた糸に屋根を葺いた牛車の事で、皇族や上級貴族や入内する女房、高僧も用いたとあり、枇榔は亜熱帯の海岸付近に自生するため、日本の南西諸島、小笠原諸島九州南部、四国南部でも自生し、日本でも自生していた可能性があるとあります。

武者さん、こういうのも少し調べてみるといいかとは思いますね。
そしてこれは私も指摘していますが、凡ミスと言えばそうなるでしょうか。名前の間違いです。

母は、大人になれば母の気持ちも、父の気持ちもわかるようになると言っていた。けれども、わからない。
突き詰めて考えると幸せになれない、可愛くないと宣孝が続けても、宣孝様にかわいいと思われたくないとまひるは即答。
嗚呼、面倒臭い……。

「まひるではなく『まひろ』です」とあります。

あとSNSの件やジェンダー論、そして視聴率に関しても書かれていますが、こちらでは割愛します。無論たけたけさんも色々調べたうえでの執筆で、興味を惹かれますので、すべてを読まれたい方は、この投稿の最上部にありリンクからアクセスされてください。しかし視聴率と言えば、低いのは当たり前とした後で、でも総合視聴率やNHKプラス再生がいいのだろうと書くのかと思っていたら、過去の女性軽視の大河が悪いと、かなり斜め上のことが書かれているのには驚きでした。
私は、嫌いな大河がこうだったら大喜びなのでしょうねと書かせて貰っています。

それから、まひろの歌に関してですが。

下級貴族らしい男性(急ぎのお客ですね)の紙には『ちりゆきてまたくる春はながけれど いとしき君にそわばまたなん』、麻彦という庶民の男性の最初の木の板には『いまやはや風にちりかふ櫻花 たたずむ袖の ぬれもこそすれ』、2度目の木の板には『寄りてこそそれかとも見めたそかれに ほのぼの見つる花の夕顔』とあり、NHKによると1首目と2首目は、いずれも芸能考証担当の友吉鶴心さんによる創作の和歌、最後のは、光源氏が夕顔に贈った歌とあります。

友吉さんと言えば、『どうする家康』の琵琶法師を思い出します。

それからまひろの仕事について。実際はもう少し色々書かれていますが、ここではその当時文字を書けない人のために、代わりに文字を書く「筆耕」という職業が認識されていたとの由。今でも筆耕士という職業がありますが、こちらは表彰状や感謝状、さらには式辞や目録、宛名といった毛筆文字を専門に書く職業をさしています。


飲み物-カクテルとオイルランプ
[ 2024/01/20 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』と武将ジャパン大河コラム

先日書きましたが、『武将ジャパン』大河コラムと『どうする家康』関連で。結局『どうする家康』出して来ましたね、本題に行く前に、以下の2点について触れておきます。

前回はまひろの小鳥が逃げたことが、雀の子が逃げたと紫の上が走ってきた場面をなぞっていたのだとか。

「いたのだとか」などと書かれると、如何にも伝聞で知りましたといった印象を受けます。武者さん昨年の最終回の、天海の登場シーンで、源氏物語が一冊だけなんてありえないなどといったことを書いていました。その一冊は奇しくも『夕顔』でしたが、それはともかく。武者さんはそれだけ源氏物語に詳しいはずなのに、なぜあそこで『若紫』を連想しなかったのでしょうか。

そして「女性脚本家を偏見で語るような批判が散見される」の部分ですが。

道兼のちやは殺害については、私は前回の時点では許容寄り保留でした。
今後のプロット次第だろうな?と感じたからです。
ルール違反だとわかって敢えて少しはみ出して書いていることが、今回(2回目)の放送で明かされました。
兼家と道兼の場面ですね。
ならばアリではないでしょうか。時代もので、女性主人公親族の死をプロットに組み込むことは、盛り上げるためにはありえる演出では?

「ルール違反だとわかって敢えて少しはみ出して書いている」「今後のプロット次第だろう」
そう考えるのであれば、昨年の「弱い家康」も意図してああ描いている、そのくらいわかると思うのですが、ろくなあらすじもないまま、叩きまくりでしたね。本多忠勝に諫められるシーン、大樹寺から岡崎城へと向かうシーンでは、様々な決断を強いられてその度迷うものの、単なる弱虫ではないというのがいくらか窺えたかと思うのですが。

そして
「時代もので、女性主人公親族の死をプロットに組み込むことは、盛り上げるためにはありえる演出では?」
先日も書きましたが、嫌いな作品だと「冷蔵庫の女」(都合よく殺される女性キャラの意味)呼ばわりした可能性が高いです。

だいたい、どうしてこの人ら、男女ともに受信料は同額なのに、勝手に大河は男のものだと所有権を有するような言動をするのでしょう?
いつ、誰が、何の根拠でもって、そんなことを決めたのか。
こういうことを言い出す人は、女が喜ぼうが、嫌がろうが、どのみち貶すのでは?
(中略)
そもそも「戦! エロい女! 戦国時代!」という男の子大好き欲張りセットを展開した2023年が大失敗しているじゃないですか。
いいかげん、ボーイズクラブは時代遅れだと気づいて欲しい。

まず記事のリンクが貼られており、それに対して異議を唱えているわけですね。
まあこれらの記事(日刊ゲンダイ、まぐまぐ)、イケメンてんこ盛りだのキャスティングのテコ入れが必要だの書いているわけですが、武者さん昨年は、『どうする家康』を叩くために、これらのメディアの記事のリンクをかなり貼っていたと思います。好きな大河をけなされるとこうなのですね。ならば昨年貴方に『どうする家康』を散々に言われたファンの気持ちが、少しでもわかりますか?

そして
「男女ともに受信料は同額なのに、勝手に大河は男のものだと所有権を有するような言動をするのでしょう?」
この2つの記事、大河は男のものだとは書いていません。ただ吉高さんだと地味だからとか、今年は8月にオリンピックがあるので視聴者離れが危惧されるという見方をしており、そのうえでルックスのいい俳優を入れてはどうかと書いてはいます。

第一武者さん、昨年叩き棒にした番組の一つである『大奥』で、
「『大奥』は髷の美男が大勢出ています」
などと、イケメン肯定のようなことも書いているのですけど。

それから
「そもそも「戦! エロい女! 戦国時代!」という男の子大好き欲張りセットを展開した2023年が大失敗しているじゃないですか。いいかげん、ボーイズクラブは時代遅れだと気づいて欲しい」
何を持って大失敗なのか、その裏付けをまず書いてください。
そして『どうする家康』の女性たちすべてが「エロい女」ではないことは、ドラマを観ていればわかることです。そう呼べるのはお万くらいではなかったでしょうか。

さらにこの大河はもう何度も書きますが、戦を華麗に描いた大河ではないし、どうすればこの乱世を終わらせるか、主人公が悩む点に寧ろ比重が置かれており、無論女性たちの役割も描かれた大河でした。こういうのも、ちゃんと観ていればわかるのですけどね。

2023年『どうする家康』は、主演がアイドルというだけで女性サービスをしたつもりになっています。
しかし、40代男性アイドルや、暴力的なBL描写は、果たして若い女性層に届くサービスだったのでしょうか? それどころか、女性受けという触れ込みのジャニーズ投入が裏目に出てしまいました。
◆ ジャニーズ帝国崩壊を象徴する「どうする家康」の失速 2024年は「テレビの予定調和」が壊れる年に?(→link)

「主演がアイドルというだけで女性サービスをしたつもりになっています」
その裏付けをお願いします。また
「40代男性アイドルや、暴力的なBL描写は、果たして若い女性層に届くサービスだったのでしょうか」
疑問に思うのなら、ちゃんと自分で調べて書いてはどうですか。貴方プロのライターですよね。

そして「暴力的なBL描写」なるもの、家康と信長のことを言いたいのかも知れません。しかし単なる暴力でもBLでもないことは、この2人の関係を見ていれば気づくはずです。暴力というよりプレッシャーだなとは思いますが。
それから「40代の男性アイドルが、若い女性に届くサービスだったのだろうか」
これと逆のことを言われると、武者さん怒るだろうなと思いますね。これ男性差別では?

そして日本史周辺にはミソジニーがあるから大河は避けるとかで、

そこへ歯止めをかけるために、強いハートと剛腕を持つ女性脚本家、敢えて挑む時代で、2024年と2025年は果敢な挑戦をしてきているのだろうと私は思います。

この挑戦というのは、2020年代に入った頃から顕著になっているかと思います。2010年代は戦国と幕末が多く、時代のバリエーションが乏しいというデメリットがあり、また女性主人公があまりにも知名度が低いなどと言われたりもしましたが、それまでの大河とはまた異なった路線を行こうとしてはいました。

そしてこれまた先日も書いていますが、『青天を衝け』辺りから「挑戦」は始まっているのかと思います。「挑戦」は武者さんが好きな脚本家の大河のみに限定されるものではありません

尚『べらぼう』は江戸時代後期の町人が主人公で、かなり興味を惹かれますが、来年がもし嫌いな脚本家なら、こうは言わないのではないでしょうか。すべてを好き嫌いで判断したがる武者さんですので。

例えばこのドラマでは、女性たちが男性の身勝手を嘆きます。こういう女性の苦悩を描くことこそ、海外展開を狙うならば避けられないところ。
実は華流にせよ、韓流にせよ、ジェンダーも女性受けしている重要な要素です。
そういう現実から目を逸らしたい層は「どーせイケメン目当てだろw」と語りがちですが、見誤ってはいけません。
反面教師は2023年です。
初回からヒロインをトロフィーにして、男同士が取り合うような残念ドラマは、その時点で振り落とされます。

「身勝手」に見えることでも理由があり、たとえば詮子が帝に冷たくあしらわれるシーンはありましたが、これは帝による兼家の牽制のためでもありました。そして武者さんが嫌いな『青天を衝け』にも、女性が男性を批判的に見るシーンはあったし、『どうする家康』でも瀬名が家康を叱るシーンもありましたが、まさかこういう大河は、女性がすべて男性の言いなりなどと思ってはいませんよね?

それに華流だ韓流だ、ジェンダー論と書きたいのなら、別にコラムを作ってそっちで書いてください。

そしてまた
「反面教師は2023年です」
早く忘れたいと言っていながら、その実全然忘れていないなと思います。
「初回からヒロインをトロフィーにして、男同士が取り合うような残念ドラマは、その時点で振り落とされます」
瀬名の前で元信(家康)と氏真が勝負をつけるシーンですが、この時氏真に対して手加減せず、本気を出した元信に、主君である義元が瀬名を嫁がせるわけで、瀬名の父親氏純もこれを承諾していました。
ですからこれは主君の意志であり、従わなければならないものでもあったわけです。その辺を理解していますか?

あとこれも先日、そしてこの投稿の最初の方でも書いていますが、ジェンダー論がどうこうと言う武者さんが、『どうする家康』の女性キャラに対してこういう見方をしていたということ、キャプしたので貼っておきます。作り手がそう考えたと言うより、武者さんがこのように見た(見たがった)として思えないのですが。嫌いな女性キャラに対しては、まともなレビューなら書かないような言葉が並んでいますね。

どうする家康47コラムの女性観3
[ 2024/01/19 01:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第2回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-2

第2回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその2です。尚最近の投稿での、おかしな点や変換ミスをいくつか修正しています。
そして先日書いていなかった分で、気になる点が2つあります。


絵師の家に着くと、急ぎの客である麻彦が待っているとか。彼女は小さな硯で墨を擦ります。
この硯が素朴でいかにも貧しい。
文房四宝と呼ばれる筆・墨・硯・紙のうち、消耗品ではない硯はステータスシンボルの象徴です。この小さな硯と、後で出てくる大きくて立派な硯を比較してみると興味深い。

急ぎの客が麻彦でないことは書きましたが、この小さな硯は携帯用でしょうね。もっと後の時代、江戸時代になると矢立てという携帯用筆記具が登場しますが、それ以前に鎌倉時代頃から、携帯用の小さな硯はありました。それに類するもののようです。そしてまひろは、家ではそこまで立派ではないにせよ、普通の大きさの硯を使っています。
下の画像、向かって左、まひろから見て右にある黒いものがその硯と思われます。

光る君へ硯
『光る君へ』第2回

そして麻彦が思い出の花は夕顔と言うシーン。

二人で見た思い出の花は何か?と問うと、麻彦が夕顔だと答える。
『源氏物語』のオマージュが入っていますね。前回はまひろの小鳥が逃げたことが、雀の子が逃げたと紫の上が走ってきた場面をなぞっていたのだとか。今回は「夕顔」です。

この「夕顔」ですが、ただ単に思い出の花が夕顔と言うだけではなさそうです。自分の前に現れる女性、夕顔の歌の素晴らしさに源氏はほれ込み、通うことになるわけなので、ここで麻彦が、歌を贈るのは自分よりも素晴らしい女性であると言うところに、そのイメージを忍ばせているのではないでしょうか。あと前の回ので紙が高価と書いているわけですが、ならば麻彦が恐らく紙を買えず、板を持ってくるのにも触れてほしいですね。

そして先日の続きです。

二人の姿に目をやれば、烏帽子が透けて見え、髻がわかりますね。本作の男性は、地毛で髻を結っている方もいるとか。

この大河に限らず、
『鎌倉殿の13人』の北条義時役の小栗旬さん
『どうする家康』の豊臣秀吉役のムロツヨシさん
どちらも地毛で髷を結っています。ムロさんの場合、ある程度出世してからはきちんと髷を結っているので、その前の段階、木下藤吉郎や羽柴秀吉の時代に、天然のくせ毛を生かした髪型をしていますね。
あと『龍馬伝』の福山雅治さん、『平清盛』の松山ケンイチさんもそうですし、また女性ですが北川景子さんも、『西郷どん』の篤姫役で地毛を結っていた由。

ここで東洋医学のトリビアでも。
一月のうちに書けてよかった話として「お屠蘇」があります。
日本古来の飲み物とされていますが、『三国志』でもおなじみの名医・華佗が作り上げたとされていて、不老長寿の酒というより要はハーブドリンクです。

「一月のうちに書けてよかった」とありますが、大河が始まってからの1月の月曜日は4回ありますから、そのうちのどれかで書けるような話題かと思いますが、それはともかく。このお屠蘇のルーツについては知っていました、というか、薬局で屠蘇散を配ったりしていないでしょうか。それとこれは「飲み物」やハーブドリンクと言うより、邪気を払うための物ですね。あと
「ハーブを飲むことをありがたがるほど、当時は医学が未発達でした」
はちょっとないかと。縁起物ですから。

「高麗」(こま)とは一体なんなのか?
日本では、王朝が交代しても、そのまま呼び続けることがしばしばあります。しかも範囲が広い。
「高麗」は現在の朝鮮半島を指す概念として、長らく使われてゆきます。
中国は「唐」(から)です。
「高麗」や「唐」は判定が曖昧なので、例えば他国の人や物が、朝鮮半島や中国経由で届けても、そうなってしまったりする。

「王朝が交代しても」とありますが、この時代の朝鮮半島の王朝は高麗です。この場合なぜ「コマ」になるかと言うことなのでしょうが、高句麗のことを「こま」と呼んでいたからという説があります。その高麗は後に朝鮮と改名します。豊臣秀吉が明に攻め入ろうとしたのは「唐(から)入り」ですが、その時は高麗ではなく朝鮮と呼んでおり、日本軍は朝鮮半島で戦いつつ北上して行きました。

しかも、当時から輸入しなければどうにもならないものがありました。
例えば「檳榔毛(びろうげ)」の車。牛車の一種です。この「檳榔毛」とはヤシの葉です。
当然ながら京都近郊にあるはずなく、貿易で取り寄せねばなりません。
何かで代用したらいいんじゃないの?と言いたくなりますが、当時の貴族は慣習を守りたい性質ですので、結構な問題になったとか。

この枇榔(ヤシというか、ヤシの仲間の葉です)ですが、日本国内でも九州や南西諸島、沖縄などは自生地です。古くはあぢまさと呼ばれ、非常に神聖な植物とされました。

枇榔毛がどのくらい取れたのかは定かではありませんが、ある程度の量を収穫できたのであれば、外国から取り寄せる必要はなかったでしょう。というか、枇榔毛をどの国からどのくらい買い付けていたのか、その裏付けとなるものがないでしょうか。

見張りをつけると言われると、まひろは怒ったように反論します。
「縛られても、必ず縄を切ってでも出て行きます! 父上のいうことなぞ私は聞かない!」
面倒臭い。可愛げがない。そんなまひろの魅力全開ですね。
有名な文学者だし、ドラマでは母の死という悲劇も絡んでいます。
けれども根底にある動機は、執筆欲です。
受験勉強をしていようが、趣味も同時進行したい。そんな現代にいる少女にも通じそうな願いがいいですね。
試験の前だろうが好きな本を読んでしまっていた、そんな気持ちを思い出します。

武者さん、第1回からまひろは面倒臭いと書いています。面倒臭いと書くことで、普通の女の子とは違うという意味合いを持たせたいのでしょうが、私はそこまで面倒臭いとは感じません。ただ子供の頃母を目の前で殺されたトラウマ、自分と家族を守るためとは言え嘘をつく父、成長してからは、その父との確執が続くなど、心の中に何かを抱えた少女(と言うか女性)ではあると思います。家にいるともやもやしたものを抱えるけど、あの絵師の家で1人で歌を作っていたら、その気持ちが、心理学でいう昇華という形を取るからではいでしょうか。
実際やりきれない思いや怒りを、小説などの作品として発信するのは、この昇華とみなされています。

こころ診療所吉祥寺駅前様のサイトより。

乙丸が監視につけられるも、まひろは工夫をして突破。出かけて行きます。
しかし為時は絵師にも話をつけていて、その直後に道長がやってきて追い返される。

これ、乙丸が居眠りをしたから、家を抜け出ることができたのでは。日当たりのいい縁先に座っていたら、それはつい眠気もさすでしょう。

そして「MVP」は兼家だそうです。昨年はこのMVPなるものはありませんでしたが、ただ、武者さんの一方的な見方で評価されるのなら、なかった方がよかったかもしれません。

兼家の悪辣さは、家父長制そのものでもある。そこに組み込まれていけば、誰しも染まっていくもの。その様が楽しみです。

この当時は通い婚中心で、まだ家父長制は根付いていません。権力者そのものであるとは言えるかも知れませんが。

為時もまひろも愛読しているに違いない『貞観政要』。この本の要点は、諫言こそが大事だという点にあります。

「愛読しているに違いない」とは何でしょうか。
ちなみに、子孫が大江広元である大江匡房は、これを書き写して一条天皇に進講しています。元が帝王学の書ですからね。無論徳川家康も、藤原惺窩にこれを講義させています。

「魏徴という諫言のプロが、唐太宗に延々と『それはどうでしょう?』とダメ出ししているのです。
ドラマに対しても、諫言が飛び交うファンダムが好ましいと思います」
などとありますが、またファンダムがどうのこうのですか。

そして

全体的に品質が高い本作でも、屏風に弁髪の人が描かれているようなミスはあります。
それ以外にも、三男ではなく、異母兄がいる道長が「三郎」でよいのか?とか。
道兼の殺人はあまりにやりすぎではないか?とか。
そういう批判を共有しあい、話し合う場があるのは非常に健全でしょう。

別に武者さんが好きでない大河でも、こういう意見のやり取りはあったのです。
それがお気に召さなかっただけの話でしょう。
ただ気に入らないからと言って、ファンたちが楽しく意見交換している場所へ、踏み込んでくるような姿勢を取るのは感心しません。
それを言うのなら、『どうする家康』のこの記事のやり取りも似たようなものだと思います。

「どうする家康」官兵衛息子・黒田長政“一の谷形兜”ネット話題!薄型テレビ?ソーラーパネル?「首が…」

インターネット上には「いつ見ても鉄板みたい」「薄型テレビ兜だ!目立つなぁ」「ソーラーパネル兜の存在感よ」「空気抵抗が凄そうな黒田長政の兜w」「首がめり込みそう」「個性派兜博覧会」「誰が誰だか、すぐ分かる兜」などの声が上がった。

こういうやり取りもこれはこれでいいと思いますし、この兜、ひいては黒田長政に関心を持ってくれるといいなと言ったことを私は書いています。しかし、武者さんは叩いていましたね。
「死と隣り合わせである戦国武将の覚悟が表現されているわけですが、それをなぜ『薄型テレビ』などと笑われなければならないのか。あまりにも程度の低いコメントで記事まで作られてしまう幼稚さに情けなくなってきます」
どちらの大河も、ファンが興味関心を持って意見しているのは同じかと思いますが、嫌いな大河の嫌いなファンにはクレームですか。

そして
「本作は公式サイトやSNSの情報発信も行き届いています」
昨年公式のサイトやSNSを見ているようには思えなかった武者さんに、こう言われてもなあと正直思います。
そして「大河に関わる女は皆幸せになれない」とかで、女性脚本家を偏見で語るような意見が散見されるなどとあります。どの大河にも賛否両論はあるかと思いますが、ここでフェミニズム論。こういうの、よそでやってくれませんか。ここ大河について書くコラムのはずですよね。ならば平安時代の習慣や官位官職などを、詳しく説明してほしいのですけど。

◆NHK大河「光る君へ」はイケメンてんこ盛り!吉高由里子じゃ盛り上がらないとNHK仕込み(→link)
論旨をまとめると、「女はイケメンが好きだから投入しとけ!」というものです。

女はバカだからイケメンでしか気が引けないという偏見丸出しで、この記事は早速、吉高さんを貶めていて、より悪質ですとありますが、これ、貴方が昨年散々リンクを貼っていた日刊ゲンダイの記事ですよ。そしてイケメンな俳優さんたちも出ているのは事実だと思います。
それに貴方昨年は、出演者を散々貶めていなかったでしょうか。

そしてこういう記事も貼られています。

そしてこんな分析が出ました。
◆NHK『光る君へ』初回で躓き、マーケティング失敗か 大河最低の視聴率を記録、狙っていた若い女性層が離反(→link)
当然の帰結でしょう。
大河という時点で、はなから若い女性は避けています。
マーケティングの話でもない。ましてや本作だけのせいでもない。
大河という枠そのもの、ひいては日本史周辺までもが、若い女性を蹴散らすようなことをここ10年ほど続けています。

嫌いな大河が大河初回の最低視聴率を記録しようものなら、鬼の首を取ったように喜ぶのでしょうが、好きな大河だと、それは流石にやりませんか。その代わり、「若い女性を蹴散らすような」と武者さんが考えている過去の大河のせいだと決めつけ、そのキャストやスタッフに責任を擦り付けるようです。そういう大河を作っていた人たちに失礼だと思いませんか?
それこそたけたけさんのnote記事にもありましたが、
「『わたしのかんがえたさいきょうの』しか認めな」い武者さんだから、世間一般の感覚を求める方が無理なのでしょうか。そして若い女性を蹴散らすような大河なるもの、要はすべて武者さんが嫌いな大河なのですね。

好き嫌い、合う合わないは当然あると思いますが、武者さんの場合は、自分の理想に沿わなかったからという理由で、気に入らない大河を平気で「蹴散らして」歩いているようなものです。しかしここでは省いてはいますが、これには『平清盛』と『軍師官兵衛』がありませんね。あと、10年ルールはどうなったのでしょう。

でこう書かれています。

要するにここ10年の大河ドラマは、若い女性に対して散々セクハラを働く、おじさん上司のような枠になっていたのです。
「あれ〜? 若い女子ちゃん来ないのカナ? おじさんが歴史を教えてあげるのにな!」
「ですよね〜、ホント、最近の若い子って空気読めないっていうかぁ」
それがどれだけの損失か、考えたほうがよいでしょう。
今年は、そのことを踏まえていると思えます。
大河は今、変革の真っ只中
本作は、十分に意識しているのでしょう。

大河自体は今年だけでなく、ここ何年かずっと変革を目指しているかと思われます。『青天を衝け』以降、それが顕著なようにも感じられますし、それまで大河を観ていた層が、多少離れている感もあるかも知れません。そしてここでは省略していますが、この『青天を衝け』への攻撃がまたひどいです。あと第1回では我慢していたのでしょうが、華流ドラマなども登場して、日本のコンテンツ産業下げがまた始まっています。

そして武者さん上記のようなことを書いていますが、自分が嫌いな大河、自分が嫌いな女性キャラに対しては、このおじさん上司、あるいはそれ以上のことを書いています。
これは『どうする家康』関連コラムの、女性キャラに対する言葉です。ドラマの作り手の責任のように書かれていますが、実際は武者さんがこう受け止めているとしか思えません。実際観た限りでは、およそこのようには見えませんでしたから。

このドラマの作り手にとって、女はどんな存在なのか?
・エロいことをさせてくれる
・自慢できるトロフィー
・小馬鹿にするBBA枠、実母だろうがうぜえw
・自分のモテモテファンタジーを満たしてくれる喜び組
・出てきたと思ったら死ぬ話題稼ぎ女、いわゆる「冷蔵庫の女」
・なんでも肯定してくれる便利な存在、いわゆる「マニックピクシードリームガール」
差別云々の話はこの際置いといて、どういうセンスをしているのか?と問いたくなります。

こういうのを報酬付きコラムで書く方が、どういうセンスなのかとついつい思ってしまうのですが…。この『光る君へ』が、武者さんの嫌いな大河だったら、ちやはは「冷蔵庫の女」呼ばわりされていたのでしょうね。

そして『どうする家康』は中国韓国で人気がないと言いつつ、その証拠となるデータなり記事なりが全く出て来ないのですが…。
尚『どうする家康』とこのコラムについてはまた書く予定です。
(2024年1月18日一部加筆修正)

飲み物-ワインのデキャンタとグラス
[ 2024/01/18 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第2回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-1

第2回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその1です。


突き詰めて考えると幸せになれない、可愛くないと宣孝が続けても、宣孝様にかわいいと思われたくないとまひるは即答。

「まひる」とありますが「まひろ」ですね。主人公の名前くらいきちんと書いてください。この前も「ちひろ」になっていましたし。

そしてまひろの曽祖父に当たる藤原兼輔の歌が出てきます。

人の親の 心は闇に あらねども
子を思ふ道に まどひぬるかな
子を持つ親の心は闇とまではいかない。しかし、我が子のこととなると、道に迷うかのようだ。

この「闇」ですが仏教で言う無明、つまり物事の道理に暗い状態を意味するとも言われています。人の親の心は、真理を悟れないほど愚かではないが、やはり我が子のこととなれば混乱してしまう、まるで道に迷ったかのようにとでもなるのでしょうか。ちなみに兼輔が酒席で、子供の話題になった時に読んだ歌らしい。

絵師の家に着くと、急ぎの客である麻彦が待っているとか。彼女は小さな硯で墨を擦ります。

急ぎの客は麻彦ではなく、もっと身分の高そうな男性でした。麻彦が来たのは3番目くらいで、しかも紙が手に入らないのでしょう、板切れを持って来ていましたね。

吉高由里子さんの、月光を集めたような白い顔を見たらもう言葉にならないほど。
筆を手に取る横顔も、月を眺める顔も、光り輝くような美しさにあふれています。

『鎌倉殿の13人』の政子もそうでしたが、そして吉高さんのまひろをどう捉えるかは人それぞれですが、武者さんの場合、好きな大河だと登場人物をとにかく褒めまくりますね。そして嫌いな大河だと、カルトの教祖だの何だの言いたがる、あまりにもわかりやすいと言いますか。

声を低くして「苦手なことは人に任せるのが理想だ」と返しています。そのための代筆仕事だと。
古今東西、そういうことはトラブルも招きかねません。『シラノ・ド・ベルジュラック』なんてそういう話じゃないですか。

『シラノ・ド・ベルジュラック』の場合、トラブルが起きているでしょうか。要は、文武両道に秀でながら外見に自身がないシラノが、美男子だが凡庸なクリスチャンの代わりに恋文をロクサーヌに送り続け、ロクサーヌはクリスチャンに恋をしてしまいます。その意味では、ロクサーヌをいわば騙し続けたとも言えるクリスチャンですが、2人はド・ギーシュ伯爵によって戦地へ送られます。

その後クリスチャンが、ロクサーヌが手紙を送ってくれた人物(つまりシラノ)の内面を愛しているのがわかり、それがもとで前線に出て戦死するシーンはありますが、それはトラブルと言えるのでしょうか。さらに15年後、修道院に入ったロクサーヌをシラノが訪ねて来て、シラノが暗闇の中でロクサーヌへの恋文を暗唱します。ロクサーヌは初めて、自分に恋文を送っていた相手を知るのですが、この時シラノは重傷を負い、ロクサーヌの腕の中で息を引き取るという設定なのですが。

増加する山賊増加対策として、藤原頼忠が検非違使の増員を申し出ています。
声が小さすぎるため、円融天皇は「聞こえぬ」と不機嫌そうだ。
すると藤原兼家が、こんなことを言い出す。
「やる気のない検非違使の人数を増やしても意味がない! 別当を変え、褒美を出してはどうか?」
隣にいた源雅信が「話が違う」と動揺すると、円融天皇もうんざりした顔をしながら、兼家の政策を受け入れるのでした。

まず「山賊」ではなくて「盗賊」です。
それから兼家の提案ですが、検非違使たちにやる気を起こさせるのであれば、組織のトップを替え、功績を挙げた者に褒美を与えるのは、きわめて現実的であるとも言えます。

それにしても、兼家の提案はどうなのでしょう。
さすが金で思うままに人を操る奴は違うな! と嫌味の一つでも言いたくなります。
こういうボーナス制度は冤罪を増やす危険性もあります。私人逮捕系YouTuberが、再生数稼ぎのため無茶な難癖をつけるような事例が起きてしまうかもしれない。

この場合の褒美(ボーナス)は、検非違使の士気を高めるための、言うなればインセンティブではないでしょうか。なぜそれが「冤罪」につながるのか、そもそもこれと私人逮捕系YouTuberがどのような関係があるのか、ちょっと理解しがたいものがあります。ちゃんと説明して貰えないでしょうか?

懐仁親王を次の東宮にして、ともかく早く天皇にしたい。
これがなかなか無茶苦茶です。整理しましょう。
円融天皇
花山天皇(東宮・師貞親王)
一条天皇(懐仁親王)
今上帝である円融天皇をまず追い払い、花山天皇は速攻で退位させるという狙い。
なんという悪党なのでしょう。
(中略)
現時点では兼家が本作随一の悪党ですね。

この間武者さんはこう書いていました。

この東宮は藤原兼家にとって邪魔者だったからです。円融天皇の先代は、兄である冷泉天皇でした。冷泉天皇を譲位させ、円融天皇を即位させた際は、皇統の中継ぎとされました。円融天皇のあとは冷泉天皇の子を即位させるという流れです。
しかし前述の通り、兼家は娘の詮子を円融天皇に入内させた。となると、円融天皇の子を天皇にすることが権力を得るには必須となる。
つまり、円融天皇の東宮なんて邪魔者でしかない。

私がちょっと修正をさせてもらいましたが、この時もう少し整理しておいてほしかったですね。円融天皇の東宮すなわち冷泉天皇の皇子の師貞親王と明記すれば、もう少しわかりやすくなったはずです。

そしてこれですが
「今上帝である円融天皇をまず追い払い、花山天皇は速攻で退位させるという狙い。なんという悪党なのでしょう」
この「なんという○○でしょう」というのも、武者さん好きですね。問題提起していますといった感じになるからでしょうか。それはともかく、この当時まだ師貞親王は即位していません。兼家が言っているのは、円融天皇に早く退位していただくということだけです。

そして退位していただくには、懐仁親王を手元に置いて、要は人質とするわけで、悪党と言うのなら寧ろこの点を指摘するべきなのですが、それに関してはこの次に
「詮子が困惑していると、兼家はただ一人の皇子を人質にとって退位を迫ると言います。手元に息子を置いておけば、生かすも殺すも私次第だと」
とあるのみです。

兼家は悪党と言うよりは、謀が好きと言うべきでしょうか。この人なら戦国武将でも務まりそうです。

詮子は寂しい。こんな他愛のない恋バナをしたいのに、誰も相手がいないのですね。ちょっとした雑談すら気兼ねなくできる相手がいない。
それにつきあえる道長も、この時点で只者ではありませんね。何か人を惹きつける魅力があるのでしょう。

既に第1回で、
「父上や兄上にできない話も、三郎(道長)にならできる」
と詮子は言っています。それが今なお続いているということでしょう。

鶏鳴狗盗(けいめいくとう)
鶏の鳴き声が得意な男と、犬のようにケチな盗人でも、孟嘗君は食客としていた。
この食客を活用したことで、窮地を乗り越えることができた。
つまらぬ才能の持ち主だろうと、重用すれば思わぬ役に立つ。

もう少し突っ込ませて貰えば、孟嘗君が捕らえられた時、その盗人が白狐の毛皮の衣を盗み出して、昭王の寵姫に献上して釈放され、函谷関に逃れた際、鶏の鳴きまねのうまい男が、鳴き声を真似して門を開けさせたのですね。で、これは清少納言の歌に詠まれています。そこまで書いてほしかったですね。

他ならぬ大河ドラマにしても、学ぶことが好きな役者さんやスタッフがいれば、そうでない人もいます。
撮影に時間がかかるからやりたくないと明かすとか。セリフがちんぷんかんぷんで覚えるだけだと語ってしまうとか。歴史はフィクションだの、必要最低限しか覚えないとか。そういう太郎タイプは大河に不向きですね。

歴史はフィクション、これ昨年散々書いていましたがまた持ち出して来たのでしょうか。
ちなみに古沢氏は「歴史はフィクション」ではなく、「勝者の記録だから解釈は自由」といったことを言っているのですが。いい加減自分で改変したことを、事実のように言うのはやめるべきかと。

そして古沢氏は大体見当がつきましたが、それ以外の人々が誰であるのか、明記してほしいものですね。何かにつけてこういうのを書くのが、武者さんらしいとは言えますが。出どころはやはり文春ですか。

本作は、漢籍の引き方がえげつない。なかなか皮肉な使い方です。演じる方たちも、見る方も、なかなか大変かもしれません。
孟嘗君は名君です。
とはいえ、この故事にしたって使い方次第。
兼家からみた為時が「鶏鳴狗盗」の類だとすればどうか。
つまらない才能の持ち主でも、飼っておけば使い物になる。
為時が磨いている才なぞ、兼家からすれば鶏の鳴き真似程度に過ぎぬとすれば、なんとも酷い話です。

漢籍、あるいはその時々の書物をどのように効果的に使うかは、どの大河でもやっていることかと思います。嫌いな大河だと、それが見えない、あるいは見ようとしていないだけかと。
そして兼家に取って為時が「鶏鳴狗盗の類」、というか、鶏鳴狗盗に登場する盗人程度の存在であるというのは、この第2回で描かれているわけではなく、武者さんが勝手にそう思っているだけではないでしょうか。この辺好きな大河であろうがなかろうが、一人決めしたがるという意味では同じですね。

テーマは女御同士の争い。
「孕め」「宿れ」「子を産みました」と連呼されます。
夜8時枠だから露骨な濡れ場はないものの、そこはかとなくエロスを漂わせたいという本作。艶笑のようなセンスがそこにはあります。

これも嫌いな大河だったら、散々に叩いたのだろうと思います。
そして
「露骨な濡れ場はないものの」
彼らは風刺しているのであり、帝と女御の逢瀬を、ダイレクトに演じたいわけではないと思いますが。

履き物を拾い、まひろに履かせる道長。
うーん、けしからん男だ!
相手の身分が低いとか。あるいは気づかないとか。履かせなかったら、それはもう道長じゃない。
道長はこういう何気ない親切心と、セクシーさが入り混じった罪な男なのでしょうね。女性と履き物には、どことなくエロチックな感覚があります。

いつも思うのですが、武者さんは「昭和から平成のオヤジ」が好きだと言いそうな女性キャラには、あからさまに嫌悪感を示す一方で、男女を問わず自分が好きな男性キャラに関しては、何かのように褒めちぎりますね。ダブスタと取られる所以かと。
しかも
「何気ない親切心と、セクシーさが入り混じった罪な男」
うーむ、まあ武者さんがこういうセンスの人だというのはわかりました。

為時やまひろの字は残っておりませんが、書道の根本知先生が綺麗な字をしっかりと生み出し、書いています。

字を書くシーンは通常書道の指導の方なので、それは当然と言えるでしょう。

なんで道長はあんなに変な字体なのか。まひろが言いたくなる気持ちもわかる。結局、名門なら、悪筆でも出世できるということか。
ちなみに科挙のある国の場合、悪筆はその時点で不合格となります。
そのため、基本的にエリートはある程度達筆になる。
紫式部よりやや後になりますが、科挙に合格し、官僚としても、詩人としても名高い蘇軾は、書道でも一流の人物です。

Michinaga_diary.jpg
(Wikimediaより)

まひろは道長が変な字体などとは言っておらず、三郎は名前しか書けないから、偉くなれないと言っているのではないでしょうか。なお上記サムネの御堂関白記で、その筆跡を目にすることができます。そこまで字がきれいではなくても、別にこの人は三蹟でも三筆でもないわけですし。

そして、ここは中華帝国ではなく日本です。また科挙は試験偏重主義というデメリットも生み出しています(魯迅の『孔乙己』などにその様子が窺えます)。

ところで、この大河を昨年の叩き棒にしたがっている、そういった気配が徐々に窺えるようになりました。


飲み物-グラスに注がれたエール
[ 2024/01/17 02:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第2回「めぐりあい」あらすじと感想-2

第2回後半部分です。


絵師の家で仕事を始めるまひろだが、客の麻彦が歌を突き返されたらしい。作り声のまひろに対し、麻彦は相手が、その歌は別の女のことを言っているという理由で、えらく怒っていると言う。別の歌を作ることになり、まひろはもっとよく話を聞けばよかったと後悔する。その麻彦は昨年の夏出会った時、家に夕顔が咲いていたと言い、まひろはそれを歌にする。今回の礼は要らないと言うまひろだが、絵師はしっかり頂くと言う。一方で詮子もまた、帝に歌を贈ろうとしていた。

散楽の一座がまた軽業と寸劇を披露しており、道長は百舌彦と見物に行く。今度は女御の妊娠と出産を題材にしたもので、帝が子を抱いたまま、詮子と思しきアキの女御を追い払おうとしている様子が、寸劇で紹介される。女御は弟よ助けてと、道長のところへやって、道長は戸惑う。その頃まひろは仕事を終え、麻彦が歌を渡した時、そう言ってくれたらよかったのにとつぶやきながら、家へ戻ろうとしていた。

その時小石が足に当たり、まひろはその小石を蹴ろうとして草履を飛ばしてしまう。その草履はとある青年の頭に当たる。それは私のと近づいて来たまひろに、青年は草履を履かせてやる。いつも石を蹴るのかと尋ねられ、がっかりすることがあったとまひろは答える。気の毒であったなと言われ、怒らないでくれたことに礼を言うまひろは、お辞儀をしようとして、相手の足首に古傷があるのを見つける。

まひろはもしかして足で字が書ける人ですかと尋ね、青年は、子供の頃足で自分の名前を書くのが得意だったと打ち明ける。その青年はあの三郎(道長)だった。なぜあの時来なかったのだ、菓子を持ってずっと待っていたと言いながら歩く三郎。気がつけば空に月が見えたが、俺はずっと待っていたと言う三郎に、あの日のことは思い出したくない、だから話せないと答えるまひろ。2人はそれぞれ、あの時の出会いを思い出していた。

そして道長は、お前は一体誰なんだと尋ねる。高辻富小路の絵師のところで、色々な人の気持ちになって歌や文を代筆する、楽しい仕事だとまひろは言う。楽しい女もいるのかと、道長は意外そうだった。自分の周りの女は皆さみしがり、男は皆偉くなりたがっているからでだが、まひろは三郎こそ誰だと突っ込む。名前しか書けないから偉くなれないかと哄笑するまひろは、男のような笑い方だと言う道長に、男の声を出していたからだと答える。

その時向こうで百舌彦とぬいがこちらを見ていた。行かなければならない、俺のことは今度話すと道長は言い、絵師のところには毎日いるのかと尋ねる。毎日はいないと言われ、会えるまで通うと道長。その背中に、好きな人がいるなら歌を作ってあげると叫ぶまひろ。しかし道長は歌は要らぬと言う。その頃宮中では、帝が久々に詮子を訪れると女房たちが囁き合っていた。しかし帝は、詮子が贈った歌を畳に投げつけ、見苦しいことをするなと言う。

そなたは懐仁の母であるぞ、汚らわしいと詮子を叱る帝に、かつての御寵愛は偽りだったのですかと詮子。しかし帝は子を成すことは帝の務めで、朕は真面目に務めを果たしただけ、もう覚えておらぬ、そなたも忘れよと冷たく言い、さらに母として生きること、懐仁親王が即位した際には国母となることを忘れるなとも言う。詮子は東三条殿に下がることを伝える。帝は好きにせよ、ただし懐仁は置いて行け、遵子と大切に育てるとの言葉を残して去って行く。

その東三条殿では、為時が東宮師貞親王について兼家に報告していた。相変わらず勉学の成果は上がらず、その前日も一日中、母親と娘の双方に手を付けたところ、よく似た親子で手ごたえも似ておる、どちらと寝ておるかわからなくなることもしばしばだなどと語り、扇を足の指で挟んでいた。しれ者のふりをしておるだけかと幾度か思ったが、やはりまことのしれ者なのだなと兼家。帝になられても、誰もついては行かぬかとと為時。

兼家は道兼を誘い、都の郊外へ馬を飛ばす。わしはここからの景色が子供の頃から好きであったと兼家。父上と一緒にこの景色を眺める誉れ、胸が高まると道兼。我が一族は常に都を見下ろしておらねばならぬ、それにはお前の力が不可欠だと兼家は、蔵人であり帝の側近である道兼に、陪膳の女房を手なずけて、帝の食事に、少し加減を悪くする程度に薬を入れるように言う。それで心が弱まり、退位を望まれればと、兼家は途方もないことを考えていた。

そのようなと言いかける道兼だが、兼家はこう答える。
「そのようなことをなすのが、お前の役目なのだ」
疑問を呈する道兼に兼家は、6年前お前は家の名を汚した、わしが知らぬとでも思っておったかと道兼に詰め寄り、高貴な者は自らの手で人を殺めぬとも言う。

道兼を守るため、兼家はあの時の従者を始末し、それは自分の手をも汚すことになったと兼家。道兼は父の信頼を取り戻すためにも、承諾せざるを得なかった。しくじったら我が一族の命運は尽きると兼家は言い聞かせる。その道兼の脳裏を、ちやはを殺めて戻って来た時、走り去ったかつての三郎がよぎる。その後宮中でのその三郎、つまり道長の武術の稽古を道兼は目にしていた。

まひろは絵師の家に行ったものの今日は客が来ず、絵師の筆さばきに見入っていた。その絵にどことなくおかしみがあると言うまひろに、おかしき者にこそ魂は宿ると絵師は言う。そこへ麻彦がまたやって来て、また突き返されたと言う。自分は細工師だが、仕事も手につかない、何がいけないのかと悲しそうだった。まひろはまたも作り声で、その女子のことをもう少し聞かせるようにと言う。

麻彦によればやんごとない家の女房で、字も書けない自分など到底かなわないらしい。身の程知らずと思っているのかもと言う麻彦に、代筆を頼んで、字が書けると偽っているのかとまひろは問う。その時道長の「お前は一体誰なんだ」「歌など要らぬ」の声がよぎり、この際本当のことを言ってしまった方がいいのではないか、詫びることで仲が深まるやも知れぬ、歌なぞ要らないからまことの姿を見せろという意味だったのではないかとまひろ。

道長の姿や言葉が頭をよぎる中、まひろは麻彦の幸運を祈る。その頃矢の稽古をしていた道長も、まひろの言葉を思い出していた。その後麻彦は例の女性を連れて来て、うまく行ったことを伝え、女性の方は世の中に通じたお方は違うと褒める。実は世の中に通じていないまひろは複雑な思いだったものの、代筆仕事もこれでは上がったりだなと笑ってみせる。

内裏。源雅信が、高麗人の船が筑前に来着した件について、太宰府から万事滞りなく帰国したとの知らせが来たことを上奏する。しかし帝は気分が悪そうだった。一方で師貞親王は講義にも耳を傾けずに言う。
「ないしょだけど、俺、いよいよ帝になるみたいなんだ」

そして俺が即位したら、お前を式部丞の蔵人にしてやるとも言う。「俺」などと言ってはいけないと諫める為時だが、親王はみんな俺から逃げて行くのに、お前だけは傍らにいてくれた、教え続けてくれて賢くなった、とんだ数寄者のように皆は見るが、俺も見るところは見ていると言い放つ。

いとは為時が出世するのなら、姫様にも行いを慎んていただかねばと言う。無論代筆の件だった。為時は自分と口を利きたくないのならそれでもいいが、学者である父の顔に泥を塗ることは許さぬとまひろを叱る。家で写本を作るのはいいが、代筆仕事などにうつつを抜かすなと言う父に、代筆仕事は自分でいられる場所だとまひろは反論し、6年前の出来事を忘れられる、母上を自分を裏切った父上を忘れられると言う。

6年前と言えばおじけづくと思っているのか、なめるでないと為時は語気を荒げ、見張りを置くことにする。縛られても縄を切って出て行く、父上の言うことなど私は聞かないとまひろ。その後乙丸が監視役となり、まひろは思うように外出できなかったが、居眠りしているのを見て家を抜け出す。しかし為時は既に絵師の家に行って何やら手渡していた。そこへ道長がやって来てまひろのことを尋ねるが、絵師は言いがかりはやめてくれと言うのみだった。

その頃路傍で盗みの疑いをかけられていた男がいた。取り調べの役人たちに対し、散楽の一座の者である直秀は、侮辱するような態度を取ったため、追われて逃げるはめになり、まひろとぶつかりそうになる。その後役人たちがやって来て、男が逃げて来なかったかと訊かれたまひろは、直秀が逃げたのとは逆の方向を指さす。しかしそこにいたのは、直秀と似た格好をした道長だった。取り押さえられる道長。まひろは必死になって、人違いだと言い張る。


さてまひろと、道長と名乗ることになった三郎が偶然出会います。道長はなぜあの時来なかったと尋ねますが、その日は急いでいたまひろが道兼の馬と接近し、それがもとで道兼が母ちやはを殺めてしまった日でした。しかし父為時は、道兼の仕業と聞き、病死したことにしてしまいます。まひろはその6年前の出来事を根に持っているようですが、ただ為時も道兼の父、兼家からの禄で子供たちを育て、成人させたわけではあるのですが。

そして道兼も、6年前に家の名を汚したことを父兼家から暴露され、その時の従者を手に掛けてことなきを得ていました。そのようないきさつもあり、道兼に自分の企みの片棒を担げと言います。またも汚れ役といった感じの道兼です。ただなぜ兼家が知っているのか、あの時返り血を浴びて戻って来た自分を、ちらりと見て逃げて行った三郎(道長)が告げ口したのではと道兼は疑っているようです。

ところで
「そのような…」「そのようなことをなずのが、お前の役目なのだ」
最近何かでこれに似たシーンを観たと思ったら、事情は異なりますが、『どうする家康』第46回の家康・秀忠父子の
「こんなの戦ではない」「これが戦じゃ」
でした。あと直秀役の毎熊克哉さん、『家康』の大賀弥四郎を演じていましたね。

絵師の家で代筆業をするまひろですが、どうやってこの店を見つけたのでしょうね。それとあの絵師が描くのは、いささか『鳥獣戯画』に似たところがあります。しかしいとがここに通っていることをばらしてしまい、為時も絵師に付け届けをしたため、まひろは、本来の自分になれる場所を取り上げられたも同然となるようです。しかしこれで、男性のふりをして代筆業をするのではなく、麻彦に言ったように、本来の自分に戻って文や歌を作ることになるのでしょう。

一方で道長の言うさみしがっている女、その代表格とも言えそうな詮子ですが、せっかく帝を迎えたものの、そこにはかつての愛情は存在せず、懐仁親王のために母として生きよという帝の言葉のみでした。しかも丹精込めたであろう歌を、汚らわしいとまで言われて投げ出されてしまい、失意の詮子は実家の東三条殿へ戻ろうとしますが、親王は置いて行けと、傷口を広げるようなことを言われてしまいます。

片や師貞親王。母子2人を相手にしたと、しかも漢文指南をする為時相手に嬉しそうに話し、為時は兼家にそのことを報告します。この時の兼家の言葉、要は
「バカのふりをしているかと思っていたら、本物のバカだったか」
ということですね。しかし親王は思いがけず、その為時に向かって色々教えてくれて賢くなったぞ、俺が即位したらお前を出世させてやるぞと持ち出します。一種の駆け引きと言うべきでしょうか。しかし為時先生が「俺」がダメだと言うのなら、師貞様、今度は「おいら」を使ってみてはどうでしょうか。

それと筑前に来た高麗の船。刀伊の入寇にはまだ早いですが、北部九州沿岸はその前から侵攻を受けてはいました。そして大宰府(天満宮でなく政庁ですね)からの報告を受けている途中、帝は道兼が仕込んだ薬のせいか気分が悪くなり、これにより師貞親王の即位への道が開けます。そして刀伊の入寇の際は、兼家の孫、道隆の四男に当たる隆家が太宰権帥として赴任し、侵攻して来た彼らを撃退します。

飲み物-ワインとワイングラス
[ 2024/01/16 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第2回「めぐりあい」あらすじと感想-1

第2回前半部分です。


永観2(984)年。まひろが母を失ってから6年が経ち、彼女も成人の儀式(裳着)を迎えた。装束が重いとこぼすまひろに、裳を着けるとはそういうことだと乳母のいとは言い、裳の小腰を結ぶ役目の藤原宣孝は儀式ゆえ辛抱せい、終わったら脱げばよいと言う。人はなぜこんなに儀式が好きなのかとぼやきつつ、まひろは父に一礼する。

これで一人前、婿も取れるし子も産めるめでたいと宣孝。父為時は宣孝に礼を言い、宣孝はまひろが、いい婿を貰って家を盛り立てることを望んでいた。太郎も姉を祝福し、いとは亡き北の方の様もお喜びと口にする。やがて為時、太郎といとは席を立ち、まひろは宣孝と2人きりになる。父上の気持ちもわかってやれと宣孝。

ちやはは、大人になれば父母の気持ちがわかるようになると言っていたが、まひろには分からなかった。そう突き詰めて考えすぎると、幸せになれぬぞとの宣孝の言葉に、まひろは幸せとは何かと正面切って尋ねる。かわいくないのうと宣孝は言うが、かわいいと思っていただきたいとは思わないと返され、宣孝は哄笑する。その宣孝にまひろは、父が禄をいただいている右大臣殿(兼家)の二の君の名を尋ねる。

知らぬという宣孝に、ミチカネではないかと問うまひろ。お子が大勢おられるゆえ、いちいち名前までは知らぬと宣孝は答え、逆に、二の君がミチカネであったらそなたはどうするのだ、父上にどうせよと言いたいのだと訊き返す。分かりませぬと言うまひろに宣孝は告げる。
「分からぬなら黙っておれ、これはわしの心からの忠告だ」
1人、分かりませぬとつぶやくまひろ。

為時は宣孝と盃を傾けながら、この家は居心地が悪すぎる、昼間息子に学問を授けるのはいいが、まひろと目が合うと怖いと本音を洩らす。今更動揺するなと宣孝は言い、ちやはの死因を病としたのはよい了見だとも言う。為時は学問の才を生かして出世したいと言うものの、除目では外されっぱなしだった。兼家の子飼いであるのが災いしているのかと為時。宣孝は、東宮様が即位すれば、お前の道にも日が当たろうと鼓舞する。

そううまく行くかと不安げな為時に、必ずうまく行くと声高に言う宣孝。一方まひろは装束を脱ぎ、歌を写していた。
「人の親の 心は闇にあらねども 子を思ふ道に まどひぬるかな」

まひろは被衣をかぶり、絵師の家へ向かっていた。急ぎの客が待っているとその絵師は言う。まひろは簀に巻いた筆と硯、墨を取り出し、歌の代書をしていた。客の要望を衝立と簾を隔てて聞き、自分が男であるかのように装って、依頼された歌を作るのである。まひろは、苦手なことは人に任せるが利口と客に言い、その後、そのための代筆仕事と独り言を言って歌を作り始める。

こうやってまひろは、客の求めに応じて歌を作る仕事を請け負っていた。客が持参した紙に歌を書くのだが、中には皿や板切れに書いてくれと頼む者もいた。

その頃都では、盗賊が跋扈していた。これについて関白頼忠は、検非違使庁の人数を増やす手配を進めていると、帝(円融天皇)に上奏するが、相変わらず声が小さく、帝は聞き取れなかった。すると兼家が、やる気のない検非違使の数を増やしても事態は変わらない、ならば別当を変えて士気を高め、盗賊を捕らえた者に褒美を出せばよいと提案する。頼忠は小声で、一度話し合ったことを覆すとは、政の手順をないがしろにすると不満げだった。

しかし兼家は源雅信に注意されつつも、ことを急ぐ、お上のご裁断をと言い、帝は人数を増やしたうえで別当を改め、褒美も出すと双方の顔を立てる。その場にいた蔵人頭藤原実資は退出途中、頼忠の声がひときわ小さくなかったかと書記官の俊古に尋ねるが、いつものことでございますと俊古。実資は兼家を好きではなかったが、その日の兼家の意見には同意していた。

兼家の妻時姫は世を去っており、息子たちは官職を得て上級貴族としての道を歩んでいた。道隆、道兼、そしてかつて三郎と名乗っていた道長である。そして娘の詮子は、父や兄が望んだように皇子を産んでいた。懐仁親王(後の一条天皇)である。しかし帝は、信忠の娘で子供がいない遵子を、后の最高位の中宮とする。帝は兼家の増長を恐れ、詮子を遠ざけたのである。

弓の稽古をする道長(右兵衛権佐)に、藤壺の女御から呼び出しがかかる。この女御は詮子のことだった。詮子は兼家から、親王を連れて東三条殿(兼家の館)に下がってはどうかと言い、詮子も、もう何年も帝のお召しがないことを、父上までご心配なのかと答えるも、兼家の思惑は別のところにあった。

懐仁親王を次の東宮、さらに次のそのまた次の帝とするには、今の帝に退位を迫る必要があった。それには親王を人質に鶏、そのうえで退位を迫るのが上策と考えたのである、兼家の手もとに置いておけば、生かすも殺すも自分次第というわけだった。詮子は、今内裏を去るのは負け犬のようで、気が進まない、今少し考えたいと言う。退出する兼家は道長に出くわす。

姉上からお召しがと言う道長に、何事も父の判断に従うがよしと言うておけと兼家は命じる。そして道長は詮子の座所へ行き、仕事中の呼び出しは困ると言うものの、詮子が心を許せるのは道長だけだった。そして帝のお心を、もう一度取り戻したい詮子。道長は驚くが、詮子は懐仁の父君で私にとってただ一人の殿御であり、だから東三条殿には戻りたくないと言う。

さらに詮子は、この世の中に幸せな女なんているのだろうか、皆男の心に翻弄されて泣いていると言い、自分は諦めたくないから力を貸すように道長に迫る。自分にそのような力はないと言う道長に、お前だけは私の味方だったのにとなじる詮子。道長も、忘れられない人のことは、何年経っても忘れられないと口にしつつも、帝のお心を取り戻す策についてはと言いかける。

それを聞いた詮子は、道長に好きな人がいるのねと言う。道長は姉上の気持ちがわかると言っただけだと反論するが、私が見極めてあげるとまで言い、道長がそうだから自分も頑張ろうと決意を新たにする。

為時は館で太郎に講義をしていた。犬のように盗むのがうまい男と、鶏の鳴きまねがうまい男を家来にした名君は誰かと訊かれ、太郎はヘイゲンクンと答えるが、そこから離れた場所にいたまひろは、小声で孟嘗君と答える。為時は太郎に、間もなく元服したら大学に入らなければならない、なぜ真面目にやらぬのだと声を荒げる。

太郎は真面目にやってはいるが自分は賢くない、賢さを姉上が全部持って行ったと言うが、為時はそれでも大学に入らないと、まともな官位は得られないと息子を叱る。大学に行かねば官位も貰えぬ、低い身分に生まれたのも自分のせいではないと太郎は答えるが、為時はこれから師貞親王の講義のため、明日までに『史記』の「孟嘗君列伝」をそらんじておけと言い渡す。

太郎はまひろに先ほどの答えを尋ね、まひろは孟嘗君と答える。そして鶏鳴狗盗の話をするが、太郎は耳をふさいで気持ち悪いと言う。まひろが学問を好きすぎるのが気持ち悪いらしい。それに対し、漢詩や和歌や物語が好きなだけだ、賢い部分を全部取って行ったわけではないと答えるまひろ。そして太郎に口止めし、また代書に出かけて行った。


ちやはは世を去って6年、まひろは裳着の式を終えて、大人として認められるようになります。まだ大人の気持ちが分からないようですが、恐らく今後婿を取るなり、宮仕えをするようになったりして、徐々に世渡り術あるいは世の中の矛盾を理解するようになるのでしょう。そして兼家の二番目の息子の名を宣孝に尋ねますが、それを訊いてどうするのだ、分からないなら黙っておれと諭されます。

そして為時は、まひろと目が合うと怖いとまで言います。しかしこの父娘は、学問好きであること、さらにどこか一本気なところが感じられる点で、意外にも似ているような気がします。さらにもう一組、似ていると思われる父娘がいます。それが兼家と詮子です。詮子は皇子を産んだものの、帝は詮子の父兼家を牽制する意味で、頼忠の娘で子供ができない遵子を中宮にします。この当時、一般的には中宮が后の最高位とされていました。

遵子に子供ができないのは、やはり安倍晴明が関与しているのでしょうか。それはさておくとして、これが兼家には面白くなく、ついには詮子を実家に下がらせ、幼い親王を人質に取るとまで言い出します。その一方で兼家。都の盗賊を如何に取り締まることで、至極もっともというか現実的な策を打ち出します。この辺りが、この人の抜け目ないところでしょう。

兼家も権力欲は強そうですが、詮子も負けず嫌いなところがあるようで、今宮中から下がれば負け犬のようだと面白くなさそうです。そして苦肉の策と言うべきなのか、勤めの最中の道長を呼び出し、いい考えがないか聞き出す始末です。よほどストレスをため込んでいるのか、道長に向かって洗いざらい喋りまくり、さらには道長にも好きな人物がいるのだろうとまで言い出して道長をあたふたとさせますが、尤も喋ったことで気が晴れたのか、再び帝の心を取り戻す決意を固めたようですが。

それから鶏鳴狗盗。太郎君は孟嘗君を知らないのでしょうか。しかし偶然というかこの話、後にまひろ=紫式部のライバル視される清少納言が、歌に詠んでいましたね。しかしまひろのあの仕事、一種のアルバイトなのでしょうか。


飲み物-テーブルの上のスタウト
[ 2024/01/15 05:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第1回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-2

第1回についてその2です。


ところで先日分、紫微垣関連の画像の説明が足りなかったので加筆し、また最後の部分がやや曖昧に思えたので、書き直しています。
それにしても武者さん、紫微垣のみならず天蓬の星についての説明もありませんね。私はあらすじと感想で最低限のことだけ書いていますが、せめてあの程度でいいので説明してほしいです。
さらに、冒頭で能登地震の被災者に関して一言あってもよかったと思うのですが、それもないようです。

もしも、まひろが三郎にうっとりしたり、餅を食べてニコニコしているだけだったら、何かが違います。紫式部は小さいころから面倒臭い女でないと。

これについてですが、そもそもまひろは『蒙牛』に関する一連のやり取りの後で、三郎から菓子を貰っています。ですから
「うっとりする」
「餅を食べてニコニコしている」
というのは、構成上ありえないのではないでしょうか。
尤もまひろも、菓子を頬張る時だけはそれまでとは違って、ちょっと嬉しそうな表情をしていましたね。

場面変わって、円融天皇の執務です。議案は安倍晴明館の落雷火災について。藤原兼家は飢饉や災害ではないとして負傷者への見舞金を牽制するも、円融天皇は施しを決めます。
優しいからなのか、それとも兼家への反発なのか。

この後に
「天災を予見すべき晴明が館になぜ雷が落ちるのでしょうか」
と兼家が言っており、その後源雅信が
「災いを一身に引き受けて都を救ったのではないか」
と晴明を庇うような発言をしています。しかも帝は、晴明にも引き続き励んで貰わねばならぬと言っており、これが今後、晴明を巡っての帝と兼家の対立を予感させます。

するとヒソヒソと、檜扇で口元を隠した女房たちが噂にしています。おかわいそう、一人勝ちはよくないなどなど、この檜扇がいいですね。
本作は、こういうものが好きで好きで好きで仕方ない、そんな誰かが妥協せずにこういう小道具を作っています。
どうせこんなものまで注目されないよな。でも自分が凝りたいからそうするんだ! という情熱が伝わってきます。素晴らしい仕事ぶりです。

「本作は、こういうものが好きで好きで好きで仕方ない、そんな誰かが妥協せずにこういう小道具を作っています」
言っては何ですが、小道具として必要だから作っているわけですよね。そしてその凝り方、使用感の出し方などなど、どの大河でもそう変わらないかと思います。そしてもしこれが嫌いな大河だった場合、
「ホームセンターで買った扇」
とでも言いそうな気がします。武者さん、昨年は本證寺の閂と家康の草履を、ホームセンターの商品呼ばわりしていましたし。

それと小道具なら、帝の笙にも触れてはどうでしょうか。

そんな為時に対し、正月の除目で、申し文は評判だったと嘘をついている。兼家にしてみれば、目の前の為時が機嫌よくなればいいだけで、実際はどうでもよい存在だってことがよくわかりますね。帝は怒ってましたからね。

この場合、
「正月の除目では役目を得られず残念であったのう。そなたの申し文は上々の作であったと評判であった」
であり、それほどまでの才能がありながら、役目を得られないというのは残念だと言って、師貞親王の漢文指導、ひいては親王の様子を報告させる役目を持ちかけているわけですよね。実際はどうでもよい存在ではなく、駒として役に立つかどうかを探っているのでは?

で、ここの部分ですが、

この東宮は藤原兼家にとって邪魔者だったからです。円融天皇の先代は、兄である冷泉天皇でした。冷泉天皇を譲位させ、円融天皇を即位させた際は、皇統の中継ぎとされました。円融天皇のあとは冷泉天皇の子を即位させるという流れです。
しかし前述の通り、兼家は娘の詮子を円融天皇に入内させた。となると、円融天皇の子を天皇にすることが権力を得るには必須となる。
つまり、円融天皇の東宮なんて邪魔者でしかない。

ちょっと修正させてください。

この東宮は藤原兼家に取っては邪魔ものでした。円融天皇は同母兄の冷泉天皇から譲位されて即位しましたが、この円融天皇は皇統の中継ぎ的存在で、その後は冷泉天皇の皇子である、東宮師貞親王が継承することになっていました。しかし前述のように、兼家は娘詮子を円融天皇に入内させています。つまり円融天皇の実の子を天皇にすることが、権力を得るための必須条件でした。そうなると、東宮師貞親王の存在が邪魔になるのです。

↑こんな感じでどうでしょうか。

どうにかして失脚させたい東宮を監視するため、金がなくて断れない為時を送り込んだ。
卑劣な男ですね。道兼には汚い仕事をさせ、為時は使い捨てにしようとしています。

権力を得るとは守るべきものがあるということであり、守るためには手段を選ばないということもありました。それを単に卑劣と見るのでなしに、なぜそのような考えを持つに至ったか、この時兼家が権力を手にできなかったら、その後はどう変わっていたか、そういう考察もしてみては如何でしょう。

しかし肝心のお菓子を持ってきていない三郎。忘れたのではなく、落としてしまったと詫びると、まひろにこう言われます。
「バカ」
バカ……とは?
偽りを信じる愚か者のことであり「鹿を指して馬となす」を説明します。諸説ある「バカ」の語源の一つですね。
嘘を言う者と重用する者はバカ……と、なかなか鋭いことを言うまひろ。
為時が兼家の嘘に籠絡されているとき、娘はその息子にこう語ってしまう。
恐ろしいほどの皮肉ですね。

このシーンですが、まひろのセリフの
「本当のことを言ったのに殺されてしまった」
が抜け落ちていますよ。これ大事なのでは?嘘はよくないもさることながら、真実を言うと死罪になる、それに三郎も驚いているわけですし。

それと彼女は「偽りを信じる者をバカと言う」と言っていたはずなのですが、このシーンで見る限り、
「偽りを本当であるかのように言う者」即ちバカであるとも取れますね。
まあ、これでまひろの自称お姫様も終わりを告げたわけですが。

藤原為時は、保管していた綺麗な服を着て、出かける準備をしています。
「カビ臭い」
と、ボヤく為時に対して、ちやはが詫びると、カビ臭いのは母のせいではなく雨漏りのせいだとまひろが突っ込む。
父のめでたい日である、と、母のちやはが嗜めていますが、まひろはこの時点で空気がかなり読めず、感性の鋭さを発揮していますね。裏表になった個性ですから仕方ない。

と言うより、この年代の子供であればそう言うのは珍しくないかと思います。
彼女が成長してこうであれば、空気読めないけどそれが個性となるのでしょうが。

あと昔は雨漏りも多く除湿機もなく、その意味でカビも今よりは生えていたでしょうし。

藤原兼家が、なんとも立派な鶏に餌をやっています。
当時、こうした鶏は食べてはいけません。鑑賞や卵を産ませるため、あるいは朝の訪れを告げてもらうために飼育している。

鑑賞というか、闘鶏(鳥合わせ)の意味もあったかと思われます。これも一種の品評会ですが。

そこへ安倍晴明が呼ばれてきました。なんでも藤原遵子が孕まぬようにせよとのこと。
(中略)
悪事で荒んだ心を鶏の世話で癒す大納言か。なんだか嫌だなあ。

公家が闘鶏のための鶏を育てるというのは、割とあったと言われていますね。『古今著聞集』の690段に鶏合わせの話が出て来ますし。あと、『平清盛』の「以仁王の令旨」でも確か闘鶏が登場していたかと。

「道兼様を黙らせるとは、肝の据わった女子だ」
すると、電光石火、道兼が従者の刀を抜き、ちやはに駆け寄ってその身を貫いた――。
飛び散る血飛沫。
あまりのことに目を見開いているまひろ。

まあこのシーンに関しては、あれだけ身を貫いているのなら、もっとそれらしい効果音でもよかったのではと個人的には思います。

それでも“ミチカネ”を捕まえてと嘆くちひろに、父は怒鳴ります。
「お前も忘れるのだ!」
あまりの理不尽に、ここまでこらえてきたまひろも号泣してしまいます。
為時は高潔でした。誇り高かった。
「鹿を指して馬と為す」とまひろに読み聞かせたとき、彼はきっと、嘘をつかず誠実に生きる大切さと、保身のために嘘偽りを語る愚かさを伝えていたはずです。

実際にまひろに読み聞かせた時、為時は、
「始皇帝が亡くなった後に新しい皇帝を操って、権力をほしいままにした男の話が書かれている」
と言ってはいますが、嘘をつかず誠実に生きる云々はさてどうでしょうか。この言葉が、この後の兼家を暗にさしているとは言えますが。

またここでは
「お前が男子であったならば」
と言っているわけで、まひろはそれを聞き、自分よりやや年上の少年、三郎への対抗心が芽生えたとも取れます。

それと「ちひろ」ではなく「まひろ」ですね。

まるで菩薩のような国仲涼子さんが、背後から刺されていきなり死ぬ。
これでこの話は見えてきました。
いくらなんでもバイオレンス上等すぎる道兼ですが、そこは中世です。命は軽いし、身分が高い連中はやりたい放題が通じる。
『鎌倉殿の13人』の坂東武者よりはマシかもしれませんが、平安京貴族も荒ぶっていました。

この時代は中世でなくまだ古代であるかと思われます。
そして『鎌倉殿の13人』の坂東武者よりはマシ、貴方やはり本当は、あの大河の御家人たちはあまり好きではなかったようですね。やはり政子の存在と、大江広元らの学問があの大河の評価を決めたのでしょうか。

そしてこの後
「ストーリーは、人を騙すうえで重要です」
「何かにエピソードを付与すると、それだけでもスッと人の意識に潜り込んでくる」
「偽ることの罪深さと浅ましさが、この初回では何度も出てきました」
などなど、武者さんの好きな大河コラムにあるある的な表現が出て来ます。
しかしそれは、武者さんが嫌いな大河でも同じです。問題は、嫌いな場合はストーリーを理解しようともせずに、最初からひたすら叩くだけの対象としていることでしょう。

そして
「偽ることの罪深さと浅ましさ」
誰もそのジレンマに悩みつつ生きているわけで、戦国時代も江戸時代もそれは同じであったわけです。そしてそれは武者さんが好きな登場人物だけではありません。

嘘偽りを見抜く目を持った二人が、帝を、朝廷を、日本を、やがて世界まで届く、華麗で眩い作り物『源氏物語』を生み出してゆくというのは、なんと興味深いことでしょうか。
そんな世界を騙す共犯者同士を描くこの話だって、私たちを丸め込むストーリーです。作り物です。
作り物だけど、だからこそ、精緻で花よりも花らしいものが咲く。

何度も言いますが、それは他の大河、貴方が嫌いな大河でも同じことです。嫌いな大河なら、史実を書いていないと散々に叩きまくり、マザーセナなる言葉で登場人物を中傷し、挙句の果ては好きな作品を叩き棒にまでしていましたね。
一月前までそのようなことをしていながら、今こう書かれても、すんなり納得できない部分があるのですけど。

それと思うのですが、本当にドラマを観て書いていますか?
以前からそうですが、本来のストーリー展開と、武者さんの記述にあるシーンの描写に噛み合わない点が多々ありますので。

ところで昨年まであった他作品PRが姿を潜めましたね。


飲み物-おしゃれなグラスのビール
[ 2024/01/12 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第1回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-1

今年も行きたいと思います。まず第1回についてその1です。

時は貞元2年(977年)――陰陽師・安倍晴明が星を占っています。
紫微垣(しびえん)の星が強い光を放っている。これは京都に凶事が起きるのではないか?

「紫微垣の星」ではなく「紫微垣の天蓬の星」ですね。こういうのはちゃんと書いてほしいものです。
それからこの「紫微垣」についての説明もありません。すべての人が、こういうのに関心があるかどうかはわからないのです。ちゃんと調べてほしいです。紫微垣ならウィキペディアにもありますよ。

そのウィキのページにこういう画像があるので置いておきます。なお、現在の北極星(α星)と、旧北極点の天皇(てんのうたいせい、ベータ星付近)に朱の印があります。

和漢三才図絵「北極紫微垣之図」部分・上下逆

(和漢三才図絵『北極紫微垣之図』 Wikimediaより)

そう言えば、昨年の家康と三成の「参宿」、ついに武者さんは一言も触れずじまいでした。

そして第1回のオープニングが始まりました。
見ているだけで目が潤んでしまいそうな美しさがありますね。
まずロゴです。書道家・根本知さんの字であり、今年は書道にかなり気合が入る模様。
(中略)
オープニングも端正で、色合いが素晴らしい。
東洋の色彩特有の、自然や気候と合った美がある。重なってくるピアノの旋律は、美しいようで、遠雷が聞こえてくるような予感もある。

ロゴやOPそのものはまあいいでしょう。ただ好き好きがあるかとは思いますが。
ここで一番言いたいのは
「重なってくるピアノの旋律は、美しいようで、遠雷が聞こえてくるような予感もある」
貴方昨年のOPや劇伴のピアノの音、何と書いていましたか?
いつも「ピロピロ」だの「しょーもない」だの「うるさい」だの書いていましたよね。
それが自分のお気に入りの大河だとここまで豹変ですか?演奏方法や曲のイメージが違うとは言え、随分と都合のいい話だなと思います。

道兼はこの時点で、何かやらしそうな気配があります。
時代劇が似合い、演技力が確か。そんな玉置玲央さんだからこそこなせる難役です。

これも好きな大河だと
「時代劇が似合い、演技力が確か」
嫌いな大河だと
「所作がぎこちない」
「時代劇の基礎すらできていない」
「屋内で座って動いているだけでボロが出る」
何なのでしょうね。しかも何が基礎で、ボロが出るとは具体的に何であったのか全く説明なし。

そう思いつつ、貧しい生活を送っている。一体どうやって生計を立てているのか。粗末な夕餉が出てきます。
いいですね。
子どものころ、百人一首辞典を見て「この時代に生まれたくない……」としみじみ思わされた質素な食事。

「粗末な夕餉が出てきます。いいですね」
の次に、
「『この時代に生まれたくない…』としみじみ思わされた」
とありますが、この食事を褒めているのですか、そうでないのですか?
ちなみに私は、兼家一家の食事より健康的だなと思いました。

光る君へまひろの家の食事 光る君へ兼家邸の食事

『光る君へ』第1回より

まひろの家の食事ですが、魚はイワシを干したものでしょうか。後に、彼女がイワシを食べているところを、夫に見つかったという俗説がありますが、あれは和泉式部のことだとも言われています。

するとまひろが、今宵は誰のもとへ行ったのか?と尋ねる。

「誰のもとへ行ったのか」ではなく「どなたの所へ」ですね。これから行くわけです。
宣孝が急ぐから夕餉は要らないと言うのを聞いて、まひろはこれから会うべき人がいるのだなと察し、こんな大人びたことを言っているのです。
そもそもこの時代、夕餉は今の午後4時頃で外がまだ明るいです。好きな人との逢瀬を楽しむのは、日が落ちる頃からだと思われますし、その後為時も他の女性の所に行っていますが、その時は既に夜になっていました。

字も実に美しい。筆を寝かせずキリッと一画目に入る緊張感、流麗さが、素人目にも伝わってくる。

また出て来ました。「筆を寝かせず」
武者さん、『どうする家康』は忘れたいなどと書いていましたが、実際は覚えていて、事あるごとに叩きたいのではないかと思ってしまいます。その一例が既にこういう形で表れていますね。
では、またこの画像を貼っておくことにしましょう。

どうする家康筆 どうする家康石田三成筆

『どうする家康』第42回

武者さんは、これが「筆を寝かせている」ように見えるのでしょうか?

そもそもは詮子が言い出したことだとして「がんばれ」と素っ気なく対応する三郎に対し、「まるで父上や兄上のよう、三郎だからこんなことが言えるのだ」と姉が返答する。
まひろと三郎は、歳に似合わずませているというか、観察眼があるというか。いずれにせよ物事を見通す鋭さを持っているようです。

まずこの2人のキャラ設定は、メインキャストゆえのこともあるかと思います。
そして詮子ですが
「まるで父上や兄上のよう、三郎だからこんなことが言えるのだ」
ではなく、
「そんなことを言うなんて、まるで父上や兄上みたいなこと言わないで」
「三郎は父上や兄上と違うから、私もこんな話ができるのだ」
という意味のことを言っているのではないでしょうか。

あとまひろの場合は、父から色々なことを教え込まれたのもいくらかは関係しているでしょうし、三郎は寧ろ上級貴族の子らしからぬ俗っぽさがあるからこそ、いわば下情に通じ、物事を見る目があるとも考えられます。

そうして姉と弟でふざけていると、通りがかった藤原道兼が三郎を突き飛ばします。戸惑う詮子に向かって慣れていると返す三郎。
砂利にひっくり返るわ。当時は不衛生だわ。今より格段に危険な転倒です。道兼の精神性は、かなり危うい。

ふざけているというか、人形をつけた棒を足の指に挟んで、字を書いて見せているわけですね。
そして道兼はどうも自分がのけ者にされていると思っているかのようで、後のシーンで出てくるように、自分より弱い立場の者や身分の低い者に、憂さ晴らしのために暴力を振るうようです。

ただこの時点では三郎をいわばどついただけで、砂利の上にひっくり返したりはしていませんよ。それはもっと後での話です。あと砂利よりは泥の中にひっくり返したりする方が、寧ろ不衛生でしょう。

しかし、その晩、父は帰らない。嫡妻であるちやは以外に妻がいて、そこへ向かっているのです。
まひろは、母が願掛けしているのに、なぜ父は今宵も家を空けるのかと問いかけます。実家が豊かではないからと答えるちやは。有力貴族であればコネも利用できるということでしょう。

有力貴族のコネもありますが、この当時何人かの女性の家に通い、一番格が上の家の女性と婚姻関係になることもあったとされています。そのためには、本妻がいい家の娘である必要があります。
ここで源頼朝の例を見ましょう、彼は父義朝と由良御前の子で嫡男です。他にも兄弟はいたのですが、彼の母親が一番身分が高かった。これは『鎌倉殿の13人』に登場しますが、同じ父親でも、母の身分は様々で、範頼の母親は遊女でしたね。

中納言になった家の出ながら今は無官で、幼い子二人を養い、食べさせるのも困難。式部省には学識不足の者もいる。大学主席の私のようなものこそが相応しい――。
と、これを聞いた円融天皇はムッとします。学識不足の者を登用しているということは、朕の審美眼に文句があるのか?というわけで、この年も任官は叶いませんでした。
為時はあまりに正直すぎる。嘘をつけないことが仇となっています。

式部省というのは中務省に次いで重要な役所であり、長官である式部卿は親王が務めることになっていました。それゆえ、役所に対して批判的な人物に対して、風当たりが強くなることはあったと思われます。まあ今の時代も就活をやっていて、面接相手に批判的なことばかり言うなどすれば、この人物は如何なものかと思われることもあるでしょうが。

また為時も、祖父が中納言というプライドが過度にあったのは確かだし、あまり融通が利かず、自分の売り込みが今一つな点もあったかと思われます。この祖父とは藤原兼輔で、百人一首の
「みかの原  わきて流るる  泉川  いつ見きとてか  恋しかるらむ」
の作者ですね。

そうぼやきつつ、始皇帝の死後、二世皇帝胡亥を操った悪徳宦官・趙高の逸話を話します。
趙高は胡亥を軽んじるようになってゆきます。

まずドラマの中では『史記』の「本紀」とありますから、それをちゃんと書くようにしましょう。
そして第6巻のこの箇所ですね。

八月己亥,趙高欲為亂,恐群臣不聽,乃先設驗,持鹿獻於二世,曰:「馬也。」二世笑曰:「丞相誤邪?謂鹿為馬。」
(維基文庫史記/卷006 )

困惑する道隆に兼家は続けます。
「世の流れは己で作るのだ。頭を使え、肝を据えよ。そなたは我が嫡男ぞ」
いかにも曲者らしい笑顔を見せる兼家は、嘘をつくことに罪の意識がありません。

この時代も戦国時代も同じですね。
権力者の家臣ですが、本多正信も似たようなものだと言えるでしょうし。

これはコンプレックスを刺激してしまう、ダメな言い方だなぁ……女流歌人でもある高階貴子を射止めた兄との格差を思い知らされてしまう。

このシーン
「女流歌人でもある高階貴子」
というセリフは出て来ていません。単に妻帯しているか否かについてのみ、時姫は触れています。

そして道兼がまだ妻帯していないから父や兄の話に加われないこと、早く妻を見つけるようにというつもりで時姫ははっぱをかけたのでしょうが、三郎がそれに対してふふと笑ったことが、必要以上に道兼を刺激してしまったわけですね。

散楽とは、政治批判コメディのようなものであり、歌って踊りながら藤原家を茶化すコントを見せます。

元々散楽は中国大陸伝来で、日本では当初は朝廷の保護を受けたものの、後にその保護を離れて自由に演じられるようになり、狂言のような寸劇も行われるようになりました。三郎が見たのもこの寸劇でしょう。そしてこの散楽は後に、猿楽へと姿を変えて行きます。猿楽と言えば『太平記』のそれを思い出します。

ルーツの伝来(源流)
(能楽への誘い 歴史)

これがこのドラマ最大の見どころであり、考証的な問題点とも言えますが、物語として成立していて意味があるならばありとして見ていきたい。エンタメはそういうものと割り切って進みましょう。

まひろと三郎の出会いのことですが、その前に。

「考証的な問題点とも言えますが、物語として成立していて意味があるならばありとして見ていきたい。エンタメはそういうものと割り切って進みましょう」

割り切って進む前に、もう一度思い出していただきたいことがあります。昨年の『どうする家康』の創作について、貴方は何と書いていましたか。
阿月が伝令を引き受けたこと、鳥居強右衛門、本能寺の変に始まって、多くのシーンで史実ではないと書いていましたね。もちろん築山のシーン、果ては関ケ原で聞き鉄砲がなかった、けしからんといった内容のもありました(あれはもう史実ではないとされていますが)。
そういうことに何ら反省も見せず、エンタメはそういうものと割り切って前に進もうとしても、本当に進むことができるでしょうか。

三郎はお詫びに餅菓子を渡します。まひろはそれをかじり、貴族でもないのになぜこんな美味しい菓子を持っているのかと不審を覚えています。やはり彼女は幼い頃から観察眼と推理力が高いのですね。

「不審に覚えています」より「不審に思っている」の方がいいかと…。
と言うか、彼女の家のような下級貴族ではとても手が出ない菓子、ならばこの人はいい家の息子ではないのかと、ごく自然に思ったのではないでしょうか。しかもその後で従者百舌彦がやって来て、三郎が一緒に帰って行くのを見た時彼女は、やはりこの人は、本人の言とは裏腹に、上位貴族なのだろうと確信したように見えます。

飲み物-2種類のカクテル
[ 2024/01/11 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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