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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『鎌倉殿の13人』第41回「義盛、お前に罪はない」あらすじと感想-2

第41回後半部分です。


義盛は勝負はまだ決まっちゃいない、恐らくウリンは八幡宮で今日はそっちを狙うと言う。相模の連中もこちらに向かっていると楽観的だった。しかし巴は浮かない顔で、義盛にそれを指摘されるもそういう顔だと言う。義盛は執権、果ては鎌倉殿になってお前は御台所だと巴に言う。ウリン様はと問う巴に、大鎌倉殿だと答える義盛。

義時と広元は実朝に、和田への加勢として西相模の御家人たち、曾我、中村、二宮そして河村が向かっていると伝える。彼らを幕府軍とするために、義時は御教書を送ろうとする。実朝は和田はどうしていると尋ね、由比ヶ浜で兵を立て直していると義時は答える。その和田に彼ら西相模の御家人が加われば、我らに勝ち目はないと義時。既に文面は出来上がっており、後は実朝が花押を入れるだけだった。

しかし康信は、和田は北条に兵を挙げたわけで鎌倉殿ではない、このような御教書が出回ることで、鎌倉殿と和田の争いになりかねないと言い出す。しかし義時は和田は御所を責めたのであり、謀反であると答える。実朝は御教書は出せぬと言うが、義時は敵の数が増え、それだけ死者も増えて鎌倉は火の海となる、それを止められるのはあなただけだと言い、広元も、ここは我らに任せていただきたいと口を挟む。

泰時はまた居眠りをしていた。ひしゃくの水をぶっかけて目を覚まさせる盛綱。やがて再び幕府側と和田の戦いが始まり、朝時は矢を射られたふりをしてその場を離れる。そして義直は父義盛に、西相模の援軍が寝返ったことを知らせる。鎌倉殿の命と言う義直に、北条の策に決まっておると義盛は、力攻めでウリンを奪い返す決意をする。盛綱は段かずらを超えたがっていたが、狙い撃ちされるのがオチだと朝時は言い、何やら板切れを頭上に掲げて矢を凌いでいた。

和田勢の矢の勢いはすさまじく、泰時はその辺の民家を壊して、塀や板戸を集めてくるように命じる。そして矢を新しくつがえようとする義盛の前に、板戸で前面と上を固めた集団が現れた。彼らは和田勢の方へ前進し、は矢を受けつつも、戸板のおかげで無傷だった。後ろには薙刀を持った兵たちが続き、段かずらを超えたら攻め込むつもりでいた。和田の兵は泰時軍に攻め込もうとするが、後ろの薙刀兵の襲撃に遭い、そして段かずらを超えた泰時軍は一気に攻め込む。義盛は退却せざるを得なくなった。

広元が和田勢を追い詰めたことを義時に知らせに来るが、義時は何か考えていた。そして実朝に、陣頭に立つことを申し出る。鎌倉殿の直々の声があれば、和田も降参すると言うのがその理由だった。実衣は反対するが、実朝は自分の言葉なら聞いてくれると同意する。実衣は流れ矢を心配するが、政子は、武家の棟梁が流れ矢を恐れてどうすると実衣を戒め、言い合いになるが康信が取りなす。実朝は自分が説き伏せて見せるから、命だけは取らぬと約束してくれと義時に乞う。

和田勢は八幡宮の外で矢をつがえており、義時が来るのを見た義盛は構えろと命じるが、その後に甲冑を付けた実朝が続くのを見て、自ら八幡宮の中へ入る。すでに勝敗は決しており、これ以上の争いは無用、降参せよとの実朝の言葉に、義盛はこう返す。
「俺はウリンが憎くてこんなことをやったんじゃねえんだ!」
実朝は分かっていると言い、尚も進み出て
「義盛、お前に罪はない」
「これからも私に力を貸してくれ。私には、お前が要るのだ」

義盛は涙を流し、もったいのうございまする、そのお言葉を聞けただけで満足ですと言い、兵たちにここまでじゃと言う。
さらに義盛は、これほどまでに鎌倉殿と心が通じ合った御家人がほかにいたか我こそが鎌倉随一の忠臣じゃ、みんな胸を貼れと声を張り上げる。その時義村の指図により、複数の兵たちが矢を放つ。義盛は小四郎とわめき、さらに多くの矢を受け、ウリンと口にする。

義時は、これが鎌倉殿に取り入ろうとする者の末路にござると言い、幕府軍の兵たちは和田の兵めがけて襲い掛かる。義盛の方へ向かおうとした実朝を泰時が引き止め、義盛は八幡宮にお戻ししろと命じる。声を上げて泣く実朝。義時もまた悲痛な面持ちでその場を離れる。一方で巴にこのことが知らされる、何かあった時は鎌倉を離れろと義盛に言われていたが、あなたのいない世に未練はないと巴は答えていた。その後巴は義仲が戦死した時のように甲冑をつけ、馬に乗って敵を斬り防ぐ。

戦の後始末が行われていた。敵方は死者234名、生け捕られた者が27名だった。一方幕府側は死者50名、手負いの物1000余名で、討ち取った者の首は固瀬川にさらされた。路上の多くの死体を見る歩き巫女。政とは、かくも多くの者のむくろを必要とするのかと実朝。義時は鎌倉殿がお生まれになる前から多くの者が死んで行き、その犠牲のうえにこの鎌倉がある、人を束ねるのに大事なのは力であり、力を持つ者を人は恐れ、恐れることで人はまとまると義時は言い、あなたのお父上に教わったと加える。

実朝は此度のことで考えを改め、政のことはよくよく相談して行くつもりだと言うが、それは宿老ではなく、万事「西のお方」にお考えを伺って行くと言う。後鳥羽上皇だった。心を許せる者はこの鎌倉にはおらぬと実朝。しかし義時は、朝廷に近づき過ぎることを頼朝様は自ら戒めておられたと言い、しかし実朝は自分は父や兄のように強くない、強きお人にお力をお借りする、そうすれば鎌倉が血で流れることもなくなると述べ、義時を下がらせる。

義時は廊下に泰時、盛綱そして朝時がいるのを目にし、言いたいことがあれば申せと言う。泰時は次郎(朝時)が板戸で矢を防ぐことを思いついた、役に立つ男であると言い、盛綱もまことにございますと言う。これよりまた私に仕えよと義時、朝時は礼を述べる。泰時は役に立つ男になってくれと弟に言う。

義時は政所別当と侍所別当を兼ねることになった。時房ものえもそれを喜び、政子はあなたの望んでいた通りになったではないですかといささか冷淡に言う。しかし義時は望みがかなったとはとんでもない、鎌倉殿は頼家様どころか頼朝様を超えようとされていると答える。実朝は父にも兄にもできなかった安寧の世を作りたい、戦はもういいと言って、私の手で新しい鎌倉を作るとドクロに誓う。しかしこの5月21日、関東に大きな地震が起こる。義盛討死から18日が経過していた。

「山は裂け 海は浅せなむ 世なりとも 君にふた心 わがあらめやも」
実朝が送って来た歌だった。ふた心ないかと上皇。ちぎれるほどに尻尾を振っておりますると藤原兼子。そして慈円はこう口にする。
「義時がむごい同士討ちをした途端にこの大地震、天はお怒りです。鎌倉の安寧は、まだまだ先のようでございますな」


和田合戦後半です。西相模の勢力を当てにして疑わないと言うのが、この人らしいと言いましょうか。横山党は援軍に駆け付けたようですが。そして八幡宮を目指すのはいいのですが、泰時軍もそう易々と討たれるわけもなく、朝時が機転を利かせて、和田の兵にうまく対抗します。おかげで義盛は劣勢となってしまいます。

ちなみにこの朝時、承久の乱でも活躍をします。そして泰時も、この弟の考えを義時に伝え、役に立つ男になれと言うのですが、あるいは既に、自分は父とは違う道を行くとこの時考えていたのでしょうか。そしてその義時、実朝を和田に会わせ、その隙に義村が密かに兵に命じて義盛を射殺させます。汚いと言えば汚いやり方ですが、和田を葬り去るには、こういう方法しかなかったとも考えられます。しかし恐らくこれがもとで、実朝は鎌倉不信となります。

その実朝は、政は西のお方、つまり後鳥羽上皇の考えを聞く方針を打ち出します。これは義時に取っては番狂わせでもありました。しかし藤原将軍、宮将軍を既に念頭に置いていたとすれば、朝廷とのつながりも無下にはできなかったとも言えます。しかしこの鎌倉軽視とも取れる態度は、義時との間に溝を作ることになりかねず、しかも義時は、和田合戦後絶大な権力を手にするようになっているのですが…。あと千世はいつも同じ袿を着ていますが、他にないのでしょうか。

一方で朝廷は、この実朝の姿勢を喜びます。兼子などはあからさまに尻尾を振っていると言う始末で、実朝などは鎌倉殿と言われようと、朝廷の忠犬に過ぎぬと言いたげです。また慈円も、地震は鎌倉への天罰と言ってのけます。恐らくこのまま鎌倉が滅びれば、実朝を都で取り立てようと言う腹もあったのでしょう。

しかしこの、朝廷に意見を求める姿勢が実朝の真意であったのなら、やはりこの人は滅ぶべくして滅んだのではないか、そのようにも思えます。


飲み物-マグとビール
[ 2022/11/02 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第41回「義盛、お前に罪はない」あらすじと感想-1

第41回前半部分です。

和田館。実朝に戦は起こさぬと約束していた義盛は、息子たちが大江広元の館へ向かったことを知って驚く。しかし朝比奈義秀は、寧ろ相手は安心しており好都合、勝機はこちらにあると意気軒高だった。義時を騙したことになると義盛は言うが、今倒しておくべき、既に屋は放たれたと周囲が騒ぎ立て、ついに義盛は立ち上がってこう明言する。

「我らの敵はあくまでも北条。この戦、鎌倉殿に弓引くものではない。それだけは肝に銘じておいてくれ!」
「鎌倉殿に指一本でも触れたら、ただじゃおかねえぞ!」

双六に興じる義時の前にトウがやって来てこう伝える。
「和田の館から軍勢が東へ向かいました」
盤上の駒を薙ぎ払う義時。

義盛は三浦義村に、お前と義時は幼い頃からの友、向こうに付きたいのなら構わない、ここぞという時に寝返られたらたまったもんじゃないと言う。さらに通じてるんだろと言う義盛に、なぜ斬らぬと義村。俺たちだっていとこ同士じゃねえかと義盛は答え、その代わり戦場では容赦なしだと言う。義村は弟胤義ら仲間に、北条につく旨を伝える。

長沼宗政は起請文はどうすると尋ねる。そして八田知家の提案で、一同は水を無理やり飲んで胃の中の物を吐き出す。義村は義時の館に向かい、和田勢が大江館、義時の館そして御所を狙う手筈になっていると教える。ここにもかと言う義時に、向こうの狙いはお前だと義村。義村は信じるか否かは勝手だが、俺を信じなければお前は間違いなく死ぬと警告する。

義時は義村に南門、時房に北門を固めさせる。西門の指揮官は泰時だった。そして義時は、実朝を八幡宮の別当房へ移す予定でいた。鎌倉の行く末は、この一戦にかかっていた。また義時はのえと子(後の政村)に、実朝たちと八幡宮に逃れるか二階堂の館で匿って貰うを決めさせる。のえは離れたくないと言うが、義時は敵の目当ては実朝で、かなり危険だが構わぬかと問う。結局のえは二階堂に戻る。

また和田館では巴が、まだ役に立てると義盛に直訴するが、巴御前が戦場に立てば、手柄を立てようと躍起になった奴らに囲まれてしまうと義盛は言う。戦で死ねば本望と言う巴に、俺が死んだ時に言えと義盛。俺は生きて帰る、その時にお前がいないと困ってしまうと言う義盛に笑顔を見せる巴。そして義盛は兵たちに向かってこうい言い放つ。
「目指すは将軍御所!奸賊北条義時に鎌倉殿を奪われてはならん!」

その頃御所では義時と知家が何やら話していた。実朝の姿が見えないのである。廊下に出た義時の前に、何とか館を抜け出した大江広元が現れる。頼朝以来の文書や記録を、政所から八幡宮へ移すつもりだった。しかし実衣は御所を出るのをいやがり、政子は、和田を追い込んだのはあなただと義時を責める。その時知家がやって来る。実朝の居場所がわかったのである。実朝は御所の一室に千世、三善康信そして阿野時元と実を潜めていた。

戦にはならぬはずではなかったのかと実朝。義盛に謀られたと義時は言い、一同は八幡宮へ移る。一方泰時は酒のせいで昼間から寝ており、太郎起きてと初に起こされ、和田が御所を襲うことを知らされる。西門を守るはずであるのに泰時は我関せずで、水を飲んてまた寝てしまう。朝時は呆れるが、盛綱は泰時は酔いが早いと答える。真面目一徹の兄上に、こんな面があるとはと朝時。

私にだって悩みはある、なぜ私に指揮をと愚痴る泰時に、信じているからに決まっていると朝時。さらに朝時は期待されて生きるのがそんなにつらいのか、期待されずに生きているやつだっている、そいつの悲しみなんて考えたことねえだろと泰時を怒鳴りつける。そこへ初が桶を持って現れ、桶一杯の水を泰時に浴びせる。

実朝たちは八幡宮へ逃れるが、実衣は「今度こそ、死ぬ!」と声を張り上げる。やがて和田勢が南門から入り、義村は「和田義盛、謀反」と叫び、義盛は鎌倉殿をお救いしろと言い、両者が相討つ。盛綱は敵の来襲を泰時に知らせる。泰時は、実朝が八幡宮に移ったことは伏せていた。戦は延々深夜まで続き、八幡宮からそれを見ていた実衣は、御所に火の手が上がったと知らせ、燃え尽きてしまうのと尋ねる。戦だからなと義時。

千世に、ここにいたら大丈夫ですと康信は励ますが、政子は義時に、結局はあなたの思い通りになったとささやく。戦は大義名分のある方が勝ちと言う義時に、勝てるのかと実衣は尋ねる。しかしこれによって、和田についていた御家人は離れて行った。そこへトウがやって来て、義時は席を外す。すると実朝が、忘れ物をしたと言う。鎌倉殿の証しのドクロを忘れたのである。あれはもういいと政子は言うが、すべてはあれから始まったと実朝は気にしていた。

するとそこへ書類を持って来た広元が現れ、その役目を自分が請け負うと言う。このこと生涯忘れませぬと、広元の手を取る政子。広元は御所の中で敵を斬り防ぎ、ドクロを手にして身を隠す。義盛は手勢を連れてやってくるが、実朝が見当たらないことから退却する、泰時は畠山の時もそうだったが、なぜ御家人同士で戦わねばならぬとまた酒をあおる。これで最後になると時は言う。

盛綱は、太郎の勇猛果敢な戦いぶりを見たか、この人は酒が入った方がいいのかもしれないと朝時に言うが、わずかな酒量で酔って座り込む泰時を見て、弱すぎるだろうと朝時。

夜が明けた。御所の実朝と千世、康信そして北条家の人々は、部屋の中央に置かれたドクロを観ていた。いっぽう和田勢は由比ヶ浜まで退却し、そこで態勢を立て直す。


サブタイが何やら昔の時代劇のそれを思わせます。義盛の息子たちが大江館に向かい、戦わざるを得なくなった義盛は、北条は討つが鎌倉殿は助けるようにと兵に命じます。この鎌倉殿、つまり実朝の扱われ方を見ると、幕末大河の朝敵認定とやはりダブるものがあります。この点に於いて、この時期の鎌倉は未だ乱世と言うべきで、どちらが大義名分があるかが物を言う状況でした。何より、義時自らがそういう状況を作り出していたと言えます。

そして実朝は忘れ物をしたと言います。実際は何か言いかけたものの口をつぐみ、実衣に促されて、やっとそのことを口にしたのですが、政所の書類を持ち込んだ大江広元が、それを取って来ると言い、単身御所へ向かいます。意外と言うか、この人物は灯りもない御所で敵と渡り合い、ドクロを手にして身を隠します。そこへ義盛たちが現れるのですが、義盛はこの期に及んで、実朝が御所にいると思ったのでしょうか。無論泰時がそのように思わせたのでしょうが。

意外と言えば北条朝時。前回、下品で嫌いとのえに言わせたこの人物は、異母兄泰時に対して直言する人物でもありました。しかし泰時が何ともだらしなく描かれています。謹慎が面白くなく、昼間から酔いつぶれている状態で、指揮官を任されても全く気乗りがせず、ついに朝時から一喝され、果ては初から桶一杯の水を浴びせられます。この辺りは三谷さんらしい展開ですね。ところで初は泰時を太郎と呼んでいるのでしょうか。『風林火山』で、結婚後も夫を平蔵と呼んでいたヒサを思い出します。

三浦義村。元々和田合戦で義盛を裏切ったことになっているのですが、こちらでは義盛が認めた裏切りでもした。しかし義時も、義村がどこまで事実を話しているのか疑わし気です。そんな義時に、俺を信じなければ死ぬと言われたことで、義時は決意を固めます。それにしてもトウがやって来たのは、何のためだったのでしょうか。

起請文の件。流石にあれに背くと神罰が下ると言うことで、義村たちは胃の中の物を吐き出すと言う作戦に出ますが、知家もすさまじいことを思いつくものです。無論あの一味神水をなかったことにするには、あれしか方法がないのも確かではありますが。

飲み物-グラスに入った黒ビール
[ 2022/11/01 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 78その3

以前書いていましたが、『武将ジャパン』大河コラムの総評関連です。前にも触れていますが、

今回の実朝描写が秀逸だったのは、あくまで「多様性の尊重として丁寧に描かれたからではないか?」と思います

とあり、腐女子サービスのはずがないなどという小見出しまでついていますが、私は関連投稿で書いたように、実朝という人物に跡継がいなかったのは、こういう事情もあったというのを、会話で表現しているのだと思っています。そもそもこの時代に「多様性の尊重」などと言うのをいきなり入れてくるのも妙な話です。

また

『西郷どん』の場合、BL二次創作を促進するような番宣を公式がしていました。
西郷隆盛が男にも女にもモテモテ!
そんなよくわからないフレーズも公式が出しておりましたので

などとありますが、これに関しても、以前制作発表当時の記事をご紹介しておりますので、その時書いたものを再度上げておきます。

制作発表時の記事で、中園さんはこう説明しています。
「中園氏は「林さんの原作はいろんな愛にあふれています。島津斉彬との師弟愛、家族愛、男女の愛、ボーイズラブまで(笑)。ラブストーリーもたっぷり散りばめられているので、一年間、テレビの前の皆さんに『西郷どん』にどっぷり惚れていただきたい。上野の銅像とは全く違う西郷像になると思います」と自信をみなぎらせた」」
「色々な愛がある」と言い、最後に「ボーイズラブまで(笑)」とあるのを見ると、半ばジョークとも言えそうです。実は私も最初は半信半疑で、始まるまでどうなるかと心配で批判もしましたが、案ずるより何とやらで結局好きな大河となりましたね。どちらかと言えば吉之助と正助(一蔵)はバディ的ではありましたが。

無論「男にも女にももてた」と言うのも、色々な人を惹きつけたという意味ですし。

また、

そもそも大河での同性愛描写は腐女子を自称する皆様が楽しむためのコンテンツではないでしょう

とありますが、これも前に書いているように、大河の楽しみ方とは人それぞれであり、武者さんが一々口を出すものでもないでしょう。

そして大河でもない『アンという名の少女』を引き合いに出し、先住民描写、フランス系カナダ人描写など、随所に見て取れるとあり、

大河ドラマで多様性の尊重――というテーマに触れると、悲しいかな、こんな意見が返ってくることがあります。
「大河にポリコレを持ち込むなw」
そもそもポリコレとは何なのか?
英語だと”political correctness”だから、政治が絡んでいる必要があると思うわけですね

ポリコレ、political correctnessとは「政治が絡む」と言うよりは「政治的、社会的に公正な」という意味なのですが。そして

となると、近年大河では2015年、2018年、2019年、2021年……と「全部お前が嫌いな大河だろ」と言われそうですが、まさにその通りで政治的な胡散臭さも嫌いな理由のひとつに入ります

となっています。以前は嫌いな大河は、「歴史が改竄されている」などと書かれていたのですが、いつの間にか政治的に胡散臭いからという理由になっていますね。しかし政治的に胡散臭いと言うよりは

西国諸藩絡みの幕末大河
オリンピックを描いた大河
徳川慶喜がメインで(悪役でなく)登場する大河

だから嫌いなのではないでしょうか。
しかし自分の好き嫌いのみで作品を判断し、嫌いなものには見るに堪えない言葉をこれでもかとぶつけ、好きなものはどのような描かれ方でもすべて上げまくり、かつ正当化する人をレビュアーと呼ぶべきなのでしょうか。

そしてまた「直近2021年に注目しますと」と言う出だしで『青天を衝け』批判。これもかなり鬱陶しいものがあります。何度も言いますが、このコラムは『鎌倉殿の13人』関連のコラムのはずです。なぜ嫌いな大河の悪口を延々とここで書く必要があるのでしょうか。単にそれでスペースを埋めているようにしか見えないのですが。

なのになぜ、そんなデタラメな描き方が大河で放映されたのか?
そこを考えてみるのもpoliticalでしょう。

「political」とはこの場合「政治的な」の意味ですが、大河の描き方を考えるのが政治的なのでしょうか?

そもそも「ポリティカルコレクトネス」とは胡散臭い言葉です。
最終的には、抵抗勢力や少数派の口塞ぎになっていることも多い。
そういうニュアンスがあるから、個人的にはこの言葉を使う時点であまり信頼できないと感じるのですが、便宜上、私もここで使っています。
「ポリコレに屈した結果w」と草を生やしながら盛り上がるのではなく、多様性への配慮とか、Critical Race Theoryとか、もっと別の理論で話したほうがよい。私はそう思います。

今まで散々嫌いな作品(大河、朝ドラ)の描写を、ポリコレを基準にして叩いていながらそれはないと思います。それと多様性への配慮というのは、ポリコレに含まれるという指摘もありますね。あとCritical Race Theoryは「批判的人種理論」という訳語がちゃんとあります。

元々は1970年代に、白人至上主義がなおアメリカ社会に組み込まれていると指摘された概念のことです。白人警官による殺人事件がもとで、今再び話題となっていますが、なぜ、アメリカ社会に今なお残る人種差別と、大河の描写を関連付けなければならないのでしょうか。

ところで。30日はフィギュアを観たため和田合戦は観ていません(録画はしています)。それで思ったのですが、やはりスポーツ中継というのは、数字を稼げるコンテンツとしてはかなり強いのではないかと思います。

今後TVがスポーツ中心路線にシフトしたとしても、それはそれで納得が行きます-ただ野球とかバレーボールのような、時間制限がなく、そのため中継が放送フォーマットに影響する場合は、BSでの放送がいいかとは思いますが。

そして大河を観てやはり思うことですが、現在歴史関連ドラマは、映画が率先して映像化しているように見えます。スポーツ中継が盛んになるのであれば、そして今後も大河を看板番組にしたいのであれば、これから先をもう少し考えるべきではないでしょうか。やはり大河を続けたいのか、今の1年体制でいいのか、受信料で作るべきなのか、色々議論すべき問題はありそうです。個人的にドラマは、基本1クールでいいのではないかとは思いますが。

それから『カムカムエヴリバディ』、東京ドラマアウォード受賞のようですね。


飲み物-ワインとワイングラス
[ 2022/10/31 00:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 78その2

『武将ジャパン』、大河コラム後半部分の記述に関する疑問点です。なお当初貼っていなかったリンクを貼り、何か所かを修正しています。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第40回「罠と罠」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/10/24/171613


三浦義村と胤義のシーンですが、

1.そういう計算高いところが胤義は嫌なのだろうし、義村はそんな反発にはもう慣れきっていて、意見をぶつけられるのも鬱陶しいのではないでしょうか。
(中略)
なぜ、そんな連中と付き合わねばならんのか、人生とはそんなものか、と、達観しそうな義村は孤独かもしれません。
感情の赴くままに生きるなんて彼にはできないのでしょう。

「義村は孤独かもしれません」とか「感情の赴くままに生きるなんて彼にはできないのでしょう」とありますが、このシーンに何か関係があるのでしょうか。それとその前に、義村は義盛と会って俺たちの鎌倉を作ろうなどと言っており、その直後に「ひげおやじは挙兵する」などと義時に密告しているわけで、その様子を胤義は目にしています。

そして当の義時は泰時と一緒にいました。胤義、泰時はどちらも一本気なところがあり、案の定胤義も泰時も兄や父のやり方に異を唱えている(泰時は政子に直訴している)、この両者の共通点をここでは楽しむべきなのかも知れません。

2.和田を庇うのですが、あの男はそうでなくても周囲には担ぎ上げる人物がいる。そしてまた宗時の言葉を言い訳として持ち出します。
北条が坂東武者の頂点に立つことが目的だ、と。

「宗時の言葉を言い訳として持ち出します」
言い訳も何も、この言葉こそが義時の原動力になったことは間違いないでしょう。北条の世を作るためには、旧知の御家人であろうと犠牲になるべき時は犠牲になって貰う必要があったわけです。

3.さらに、姉上は政治に関わらないで欲しいと続けると、政子もキッパリと「どの口がそんなことを言うのか!」と反論します。
そもそも政に関われと言ったのは義時です。支えると言ったのだから、義時も勝手なことをするな!

この前に政子は「もう十分ではないですか」と言っています。義時にしてみればまだ十分ではないわけで、それが姉弟の考えに齟齬が生じる所以とも言えますし、それとこの場合義盛を庇うことが「政」であったかどうかは、何とも言えないところです。まあ、義時も姉を利用している感はありますが。

そして政子が義村を呼びつけるシーンですが、

4.「どちらに味方するつもりか?」
そう義村に尋ね、小四郎とは固い絆で結ばれている、といった返事を引き出しますが、政子もそう単純ではありません。
「弟と違って私はすぐに人を信じないの」
本音はどこにあるのか。少しずつ義村との距離を詰めようとする政子です。
義時と義村のことを「刎頸の友」と紹介する記述を見かけたりしますが、そんな麗しい仲でもないでしょう。そして政子もそう感じているのでしょう。

政子も義時が和田を滅ぼしたいのはわかっているようで、ならば三浦はどうしたいのかを尋ね、戦を避ける作戦に出たかと思われます。恐らくはこれが本音でしょう。寧ろこれが前提にあるからこそ、義村を義時側に引き寄せることで和田の孤立を図ろうとしたと取れます。しかし義村は、再度同じことを訊かれ、そう言われて向こうと答えるばかはいないと、この人らしい含みを残した答え方をするわけです。

そしてこの部分
「義時と義村のことを「刎頸の友」と紹介する記述を見かけたりしますが、そんな麗しい仲でもないでしょう」
第31回「諦めの悪い男」で、比企能員が追いつめられ、自分に何かあれば三浦も立つと言うシーンで、隣室に控えていた義村が「三浦を見くびるな、北条とは二代にわたって刎頸の交わりよ」と語るところがあるので、それを踏まえているのではないかと思うのですが…。割と最近の回なのですが、もう忘れてしまったのでしょうか。


鎌倉殿の13人義村

5.義村は、前回悔しがっていた様を思い出すと、自分をなるべく高く売りつけたい、値札をつけたい欲求が理解できます。価値があると示したい。
その機会を掴んで安売りしない気概が満ちていた。これぞ山本耕史さんだ

「値札をつけたい欲求」「安売りしない気概が満ちていた」て、要は何を言いたいのでしょうね。自分には価値がある、甘く見て貰っては困る、ここぞとばかりに自分を高く売り込みたいとでも書きたいのでしょうか。そして「これぞ山本耕史さんだ」というのも意味不明。山本さんは俳優さんだから、どんな役でも演じます。何度も出して恐縮ですが、『きのう何食べた?』の、ジルベールに目じりを下げる「大ちゃん」と義村ではまるで別人です。

6.「私は尼御台ですよ」と言われ、思わずウンウンと頷きたくなる、そんな迫力を出し切った。小池栄子さんが鳳凰のようだ。
政子には野心も権力欲もない。ただただ器が大きすぎて相手がひれ伏してしまう。
そういう聡明さや気量、人徳がある人物、そんな尼御台がここにいます。
(中略)
費用対効果もあり、大河はもっとこういう場面づくしでもいい。この技法を突き詰めて欲しい。
そのためには脚本と、演者と、演出の実力が必要ですが、今回は全部揃っていた!

またしても小池栄子さんの政子は素晴らしい!ですね。
小池さんが政子を好演しているのは理解できます。最近メークも老けた感じになり、それなりの貫禄も漂うようになっています。しかしこれはドラマのレビューであり、小池さんを褒めるのであれば、せめて数行程度にとどめてほしいものです。そして最後の行
「そのためには脚本と、演者と、演出の実力が必要ですが、今回は全部揃っていた!」
こんなこと書くと、逆に安っぽいイメージになる気がするのですが。

7.すると朝時が戻ってきていました。なんでも初がこっそり呼び戻したとか。
初は彼女なりにきな臭さを察知し、呼び戻していたようです。本作は女性の知性が出ています。

前にも書きましたが、初が義村の娘だからその辺は抜け目ないのではないでしょうか。好きな作品なら何でもかんでも「女性がよく描かれている」なのですね、わかりやすいというか。あと「女性の知性」て性の字がだぶっていますね、「初が相変わらず冴えている」くらいでいいのでは。泰時はやけ酒をあおっていますが。

8.源実朝が千世を連れて永福寺にいます。
二人きりで花を愛でることができないと詫びる実朝。
歩き巫女のもとへ向かいます。

「二人きりで花を愛でることができないと詫びる実朝」は、そういう身分だから仕方ないわけで、千世もそう言っていますね。あと「歩き巫女のもとへ向かいます」は唐突過ぎないでしょうか。まず実朝が「あれを」と天幕を指さし、さらに、ここに顔なじみが来ているからと引き合わせることにしたわけでしょう。

9.北条家に伝わる一戦一敗の秘策――と、それは女装でした。女性用の衣服に身をまとった和田義盛が御所へ。
いきりたつ義盛に対し、実朝は「死なせたくない」と訴えます。

「女性用の衣服」という表現、どうにかなりませんか。被衣と袿と書いてほしいです。武者さん、直垂のことも単に「服」とだけ書いていますね。

10.義盛の手を取り、いつまでもそばにいて欲しいと伝え、小四郎も鎌倉を思ってのことであり今度は二度と行きすぎた真似はしないよう釘を刺します。
「ウリン!」
「またうまい鹿汁を食べさせてくれ」
そう言われ、号泣する義盛です。

後述しますが、2人の言うなればちょっと特別な関係を、こういう会話で表現しているようにも見えます。しかし義盛は、実朝を「ウリン」呼ばわりするのがやはり様になっていますね。

11.「和田殿が好きなくせに」
「おい!」
「和田殿が嫌いな方なんていませんよ」
鋭い時房、彼は本当に鋭い。
義盛のように愛嬌満点なタイプは好かれるし、時政にも愛嬌があった。そして時房にもありますが、それがない奴もいるわけで……。

この前に時房は、「戦にならずによかったです」と言っていますが、義時としてはいずれ和田とは戦になると思っていたでしょうし、それゆえちょっと浮かない表情をしているように見えます。そして時房が
「あのお人を嫌いな人なんていませんよ」
と言うシーン、ここで時房は真顔になっており、兄を牽制しているように見えます。それを考えると、単に戦にならずによかったからとか、義盛は皆から好かれるといった次元だけの会話ではなさそうに思えるのですが。

それと義盛にしても時政にしても、昔ながらの坂東武者ゆえ、ちょっと「抜けた」部分もあり、それが彼らの愛すべき点でもあったわけですが、しかしそれだからこそと言うべきでしょうか、彼らに政権運営や秩序の確立はできませんでした。

その後ですが、「今年の大河は地域を振興させている」なる見出しがあり、ニュース記事(リンクは貼りません)が紹介されています。記事の見出しは以下の通りです。

◆<鎌倉殿の13人>「木曽義仲挙兵武者行列」に青木崇高、木村昴、町田悠宇ら参戦 前回の10倍の人出 口上に観衆鳥肌(→link)
青木崇高さんの木曽義仲。
額に矢を受けて死ぬというショッキングな最期でしたが、おおらかで素朴なキャラクターの義仲は非常に魅力的でした。
コロナ禍の影響があったとはいえ、前回比で10倍もの参加者を集めたのは素晴らしいですね。
近所であれば行きたかった……。

とあるのですが、どんな大河も地元ではやはり盛り上がります。
それを言うなら『風林火山』で上杉謙信を演じたGacktさんも、地元の祭りに引っ張りだこでしたし、『真田丸』の上田市の武者行列しかりでしょう。

あと実朝の描写に関してなのでしょう。
「しかし、時代は変わりました。
そもそも大河での同性愛描写は腐女子を自称する皆様が楽しむためのコンテンツではないでしょう。
ブロマンスやBLが売りのドラマは他にいくらでもあります」
とありますが、大河の描写をどう楽しむかは、その人次第だと思うのですが。

時代は変わった。それは2012年『平清盛』との比較でわかります。
『草燃える』やこの作品での藤原頼長を挙げ、同性愛描写なんて昔からあったとする意見もありました。
同性愛を扱ったかどうかではなく、描き方とその受け止め方が変わった――そこが大事ではありませんか。

『草燃える』は『鎌倉殿』とほぼ同じ時代設定で、藤原頼長は出て来ません。

『平清盛』の感想や反応記事を読んでいると、結構な割合で同性愛をネタにして笑いを取りに行くものが見掛けられます。
この時代は、同性愛で笑いを取りに行くネタが鉄板。
(中略)
改めて考えてみると、著作権違反と同性愛差別を共有し笑いにするという、あまりに酷い話です。
オンラインやんちゃ自慢の類に思えます。
そんな癖はもう必要ない。私はそう思います。
前回の実朝描写に関する意見交換でも、差別用語を用いながらのものがしばしば見られました。
そういうことはもう終わりにしてよいはず。
見る側の意識も変えることが大切ではないでしょうか。

武者さんは嫌いであっても、ネット上には様々な意見があり、こういう風潮を好む人もいるわけですし、それを武者さん一人で終わりにしようというのもどうかと思います。嫌いならば、距離を置けばいいのではないでしょうか。そういう人たちから迷惑行為を受けているのであればまた別ですが。そして具体的に「差別用語」とは何なのでしょうね。
どうも『平清盛』への嫌悪感(と言うか、恐らくは藤本有紀氏が『カムカムエヴリバディ』を書いたことも関係している)と、藤原頼長の男色への反応とがごっちゃになっているように見えます。

あと頼長は、自身の日記である『台記』で男色について触れていますし、その相手の中には藤原氏のそうそうたる人物もいました。

今回の実朝描写が秀逸だったのは、あくまで「多様性の尊重として丁寧に描かれたからではないか?」と思います。
イロモノ扱いでもない。
サービスでもない。
ただ、人が人を愛することを丁寧に描いた。
だからこそ斬新なのです。

「多様性の尊重」云々と言うより、実朝に跡継ぎができなかったのは、こういう事情もあったからと言うのを、前述したように会話で表現したと言うのが正しいのではないでしょうか。特に斬新と言えるかどうかはわかりません。ただ武者さんが「多様性」に結びつけたがっているのは確かなようです。

あと今回はまた、武者さん自身の自己主張ともでも言うべき記述が多いのですが、それはまた機会があれば書こうと思います。


飲み物-テーブル上のマグのビール
[ 2022/10/28 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 78その1

『武将ジャパン』大河コラム、第40回前半部分の記述に関する疑問点です。


鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第40回「罠と罠」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)


1.和田義重は平太(胤長)に誘われて聞きに行っただけだと弁解しますが……なんだか胡散臭い話ですね。

義盛の息子2人と甥(胤長)1人の名前があったわけです。そしてここで義重は
「俺たちは」
平太に誘われて泉殿の話を聞きに行ったと言っています。別に義重だけが聞いたわけではありません。

2.「俺は皆に頼まれて来てるんだ。いい返事がねえんだったら、こっちにも覚悟がある!」
(中略)
義時の気持ちもわかります。せめて武装解除とか、人質を差し出すとか、何らかの保証を持ってくるのが筋でしょう。
義盛はなおも続けます。
「相撲で決めようじゃねえか!」
相撲が駄目ならば戦しかねえ。戦か相撲か。結局、腕力じゃないですか。

ここの部分、「こっちにも覚悟がある」と「相撲で決めよう」はつながっていると思われます。そして武装解除とか人質という発想が、この時代どこまで周知されていたでしょうか。そもそも義盛が、自分は力で幕府をサポートすると考えている以上、武装解除などしないし、したらしたで大変なことになりそうです、

そして
「相撲で決めようじゃねえか」
武者さん=小檜山氏には、是非とも『ちむどんどん』で、登場人物が角力で、しかも怪我をしている相手に対して決着をつけようとしていたことに言及していただきたいものです。

3.確かに義盛は愛嬌たっぷりですが、もう少し深く真面目に事態の重さを考察すべきでしょう。それこそ眉剃りでなく、剃髪して出家しては? 岡崎美実という前例もあります。
自分の価値を本当に知っているのならば、そうして嘆願することもできたはず。

それこそ前回言われていた「数少なくなった、絵に描いたような坂東武者」であり、いわばその意味では絶滅危惧種とも呼べるものでした。そして何よりも、彼は自分の価値を知っていると言うよりは、自分の力を過信したがるところがあり、相手軍門に下るよりは、華々しく散る方を選んだとも言えます。方法は違えど、この点畠山重忠と似ています。

4.確かに上総介広常と状況は似ています。
広常も義盛も、圧倒的な軍事力を保有するだけでなく、人望とカリスマも備わっている。
それらをいかにして消すか……ということですが、かつて義時は眼の前で広常が殺されたとき、大いに動揺し、苦悩していた。

何よりも、この義時と義盛はかつて共に広常を訪問しています。ちなみに『吾妻鏡』には義盛が行ったとあるものの、義時の名はないため、主人公補正と見てもいいでしょう。この時眉剃りについて義盛が言い出したわけで、その回のことが出て来るかと思ったのに、ここでは引用されていませんね。

5.鎌倉殿に会いたいという訴えを時房が遮り、平太と呼ぶ声が虚しく響く。
和田一族が不憫でならない。感情面から考えればそうなりますが、そもそも訴え方がおかしいのも事実。もしもこんな要望が通ったら秩序も何もなくなってしまうでしょう。

秩序も何もないのに敢えてそれをするのが義盛だからでしょう。しかしこの時、時房もいくらか迷っているような表情ではあります。あの義盛がここまで頭を下げているのに、義時の命でそれができないので、いくらかの呵責はあるかも知れないし、この時代とはとどのつまりこういうものだったのでしょう。

6.源氏の嫡流は女好きのはずなのに、父親とは正反対。極端で間がないと実衣が嘆いています。彼女の夫・阿野全成も女性問題はありませんでしたね。

全成は僧でもありましたからね。それを言うなら蒲殿も、この中ではそう浮いた噂はありませんでした。

7.確かに義時は変わりました。
が、歳を重ねても何ら変わらず、幼稚なことばかりしている義盛にも問題はあるでしょう。

義盛は幼稚と言うより、自分が若い頃の坂東の秩序に染まっていて、それから抜けられなかった人物と取るべきでしょう。不幸にもというか、その当時の御家人たちの中でも長生きしたため、幕府としての秩序が求められる中で、一番大きな試練を受けることになり、その試練に耐えきれず滅んだ部分があります。

8.泰時の主張も、一見、理想主義者のたわごとのようで実は正しい。さすが堯舜(古代中国の聖王)のようだと言われただけのことはあります。

なぜ「実は正しい」のかも不明ですし、何よりもこの部分、後の方で「そして、この葛藤、悩みの一つ一つが彼の思考を深め、後に【御成敗式目】を定めるようになった」とありますが、今はまだその片鱗すら出て来ていません。それと、ドラマ中に出て来てもいない漢籍を引っ張り出すのもどうかと思います。こう書きたがるのが武者さんの癖と言えばそうですが。

あともうひとつ、「泰時には具体性があり、ただ単に、ええかっこしいをして平和への願いを叫ぶ、そういう空虚な大河ヒーローとは違います」などとありますが、泰時は大河ヒーローではありませんし、そもそもええかっこしいだけのヒーローなど存在しないはずですが。


飲み物-ホットワイン2
[ 2022/10/27 08:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第40回「罠と罠」あらすじと感想-2

第40回後半部分です。ところで25日にこの大河がクランクアップを迎えています。


泰時は、自分は誰とも敵対関係にならず、皆で安寧の世を築いてみせると言う。口で言うのはたやすいと義時。そして尚も父上は間違っていると言う息子に、義時は謹慎を申し付ける。そこへ義村が弟胤義人とやって来てこう言う。
「もう一押しだ。ひげおやじは間違いなく挙兵するぞ」

胤義は義村に義時の味方と言いつつ、和田につこうとしていると指摘し、大人になったなと義村に言われる。その義村はそうやって俺は生きて来た、上総、梶原、比企、畠山幾人が死んだ、三浦はまだ生き残っている、そういうことだと去って行く義村。一方泰時は政子に、義盛がこのまま行けば必ず兵を挙げる、父がそれを機に和田を滅ぼすつもりだから父を戒めてほしい、それができるのは尼御台だけと直訴する。しかし泰時の背後には義時が立っており、一喝する。
「謹慎しろと命じたはずだ」

政子は和田殿は武芸には優れていても利にさとくなく、北条の敵になるような野心はないと言うが、周りが担ぎ上げると義時。そしてこうも言う。
「申し上げたではないですか、兄上の望まれた世が目の前まで来ている、坂東武者のてっぺんに北条が立つ日が」
政子はもう十分だと言うが、姉上は関わらないでいただきたいと義時。政子は、政に関われと言ったのはあなただ、私を支える立場ではなかったのか、一人で勝手なことをしないと叱責とも取れる言葉をぶつける。

義時は言う。
「姉上に叱られたのはいつ以来でしょう」
政子も自らの非を認め、義時は承知した、尼御台の仰せだから和田殿をこれ以上けしかけないと答える。もう誰も死なせたくないと言う政子に、それは私も同じですと義時も答える。しかし義時は広元に、尼御台にはいずれわかってもらうと言い、また、和田を焚き付けるいい方法を思いついたようだった。

一方政子は義村に、義時は和田殿を滅ぼすつもりでいると話す。尼御台のお考えはと訊かれ、悔しいがいまやあの人を止めることは誰にもできないと言い、義村も同意する。戦になった場合は三浦は北条につくことになり、和田は孤立することになるため、戦を諦めるだろうと政子は考え、その見返りに義時の許可なく義村を宿老にする。そして泰時は謹慎になったことを初に伝えるが、そこへ義時に追い出された朝時が現れる。鎌倉がきな臭いこともあり、初が呼び戻したのだった。父上も子供に手を焼くお方だと泰時は言い、酒をあおる。

実朝と千世はアジサイを楽しむ。本当は2人きりになりたいが、立場上そうもいかなかった。そして実朝は片隅の天幕を指さし、顔なじみが来ていると言う。例の歩き巫女だった。しかし彼女が実朝の袖に振れたため、時元が戒めようとして鎌倉殿と口にしてしまう。実朝は御台所だと千世を紹介し、千世におばばは人の目に見えない物が見えると言う。おばばは仲はよく相手を敬っているが寂しい、幸せが3で寂しさが7だが、寂しさが10よりはいい、肘が顎につくかねと言い、千世は袖を顔に充てようとするが実朝が止める。

おばばは大戦が始まって鎌倉が火の海になり、たくさんの血が流れ、みんな死に、由比ヶ浜に髭面の首が並ぶと予言する。そこへ盛綱が来て、急ぎ御所へ戻るようにと言う。義時は胤長の屋敷を没収し、本来の慣例である同族への引き渡しも行われなかった。そんなことをすれば義盛が怒るに決まっていると実朝は言うが、義時は寧ろそれが狙いであった。戦には大義名分が必要だったからである。向こうが挙兵すればすなわち謀反となり、鎮圧軍を出すことができるのである。

実朝は止めようとするが、義時は以後出歩かぬように言って去り、和田が兵を集めているから、兵の支度をと時房に命じる義時。実朝は政子に義盛を死なせたくないと訴える。政子は三浦がこちらに付くから戦にならないと言うものの、実朝は、義盛は一人になっても戦う男であると言い、本人に挑発に乗らぬよう伝えようとする。しかしここに呼べば捕らえられてしまうため、政子は秘策を使う。

その秘策とは女装だった。やがて被衣をかぶった大柄な「女」が御所にやって来て、実朝に、ここまでコケにされては武士の名折れで、後には引けないと言う。お前を死なせたくないと言う実朝に、自分は死なないと義盛、歩き巫女がそう言ったのだと実朝は言うが、義盛によれば、おばばは近頃死ぬとしか言わなくなっていた。実朝は義盛の手を取り、いつまでもそばにいてくれと言う。

小四郎も鎌倉を思ってのこと、二度と行き過ぎた真似をせぬよう自分が目を光らせると実朝は言い、義盛は久々に実朝をウリンと呼ぶ、実朝はまたうまい鹿汁を食べさせてくれと言う。実朝は和田義盛は鎌倉一の忠臣であることはわかっていると言い、やがて義時も呼ばれる。実朝は2人の前で、北条と和田が手を取り合ってこその鎌倉と言い、自分に免じて此度は矛を収めて貰えないかと言う。義時は、和田殿は歴戦の強者、戦わずにすめばこれ以上のことはないと言い、実朝は義盛にこれからも御家人たちの要として力を貸すように求める。

久々に会えたから双六でもどうだと言われ、乗り気になる義盛。立ち上がろうとする義時に、政子は残るように言う。これで和田殿が挙兵することはなくなったが、わかっている、貴方は和田を滅ぼしてしまいたいと言い、鎌倉のためと答える義時に、聞き飽きたと政子。戦をせずに鎌倉を栄えさせてみよと政子は言うが、姉上は甘過ぎると義時。しかし政子は、こんなやり方でなくてもまとめて行けるはずと譲らず、その後廊下に出た義時に義盛が話しかける。
「考えてみれば、皆死んじまったな、昔からいるのは俺と平六くらいだ」

時の流れを感じると答える義時。今の鎌倉殿は賢いし、度胸もあるし、何よりここが温かいと胸の辺りを指す義盛。ようやく俺たちは望みの鎌倉殿を手に入れたのかも知れない、政はお前に任せる、力がいる時は俺に言え、これからも支え合って行こうぜと義盛は言うが、義時はどこか他人行儀だった。義盛はウリンが待ってる、行って来るとその場を後にし、義時は浮かない表情をする。

和田館では、義盛が北条に嵌められたと思った息子たちが、戦支度を始めており、ものものしい雰囲気だった。そこには義村と胤義、そして知家と宗政の姿もあった。義村はこの乱は失敗すると至って冷静に言う。なぜかと理由を訊かれて義村はこう答える。
「俺が向こうにつくからだ、挙兵したら寝返ることになっている」
「この先も鎌倉で生きていたいなら和田には手を貸すな」
そんなことは知る由もない義盛の息子たちは、義村や知家に声をかけ、これより手筈通り大江の館を襲っておとりとすると指示を出す。

義村も、共に北条を倒そうぞと声を上げるが、その前に巴は起請文を書かせようとする。義村は、信じて貰えないのなら手を引くと言うが、和田勢が太刀を一斉に抜いたのを見て口を開く、
「いいだろう、書こう」
その後義村はしたためた起請文を灰にし、巴が酒を注いだものを飲む。知家も同様だった。寝返る手はなくなったと言い、義村は「小四郎、すまん」と言って他の者と出て行く。

時房は義時に、戦にならずによかったというが、和田を滅ぼす口実を失ったのは事実だった。時房は和田殿が好きなくせに、あのお方を嫌いな人なんていませんよと言い、御所の守りを解かせると言って出て行く。その後義時はトウを呼び、和田の館にいる義村に引き揚げるように伝えよと命じる。建暦3(1213)年5月2日、和田合戦勃発。しかし義時は双六に興じる。


いよいよ和田合戦の勃発です。元々胤長が処刑されたのが一因とされていますが、ここでは出てこなかったようです。無論義時は胤長の屋敷を没収するという強硬な手段に出て、義盛を焚き付けようとしたのですが、その目論見はうまく行きませんでした。しかし義時は、和田を生かしておくと泰時の時代が危うくなる、つまり鎌倉殿の時代は終わり、得宗の時代となることは必然と思っていました。政子に
「坂東武者のてっぺんに北条が立つ日が目前」
と言ったのも、それを考えれば当然と言えるほどです。

その政子、「弟と違って私はすぐに人を信じない」と言っていますが、これは寧ろ逆かと思われます。結局彼女は、戦を避けるため北条につくのを前提に、義村を宿老にしてしまうことになります。無論その前に、彼女は再三どちらにつくのかを尋ねているわけで、2度目に聞かれた時の義村のセリフが
「そう言われて向こうと答えるバカはいない」
と、如何にもこの人らしくはあります。

それでも和田潰しを目論む義時ですが、実朝と政子が間に入ったことで、ことがうまく運ばず、かと言って元の状態に戻れるわけでもなく、何ともぎくしゃくした雰囲気ではあります。実朝が義盛を忠臣と呼び、彼に全幅の信頼を寄せるシーンは、単なる主従を超えたものが感じられます。多少話が逸れますが、男性同士の恋愛に於いては、所謂ガタイのいい人物が好まれると言われています。『きのう何食べた?』もそうでしたがそれを言えば、義盛などはかなりもてるタイプのようにも見えます。尚『きのう何食べた?』の方は「三浦義村」、つまり山本耕史さん演じる小日向大策が、主人公の1人史朗の理想のタイプでしたが。

一方で歩き巫女がまた登場します。しかし彼女は和田館から永福寺に居場所を移しており、実朝はそれを知っていて出かけえたようです。この時おばばはまた何やら意味ありげなことを言います。パペットホームズにも似たような表現が出て来たようにも感じられますが、それはさておくとして。一方で鎌倉が火の海になると言うのは、もう少し含みを持たせた言い方でもよかったかと思います。

そして義村。起請文を灰にして酒や水に溶かして飲むのは、所謂「一味神水」ですね。『風林火山』の甲相駿三国同盟にもこれが出て来ました。約束を破ると神罰を受けることになると言われていますが、さて義村はどのような行動に出るでしょうか。それはそうと、トウは義村のものになったはずなのに、まだ義時の命令に従って動いているようです。


飲み物-ホットラム
[ 2022/10/26 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第40回「罠と罠」あらすじと感想-1

第40回「罠と罠」前半部分です。


京。後鳥羽上皇は火事で燃えた閑院内裏を立て直すべく、図面を引いていた。まこと上皇様は多才と慈円。上皇は塀に、下々の様子を窺うために穴を空けると言うが、慈円は
「誰かをのぞくということは、誰かにのぞかれるということ」
と警告する。忘れておったと笑う上皇。そして藤原兼子は、修復を鎌倉にやらせてはどうかと提案する。

実朝なら喜んで引き受けるであろうと上皇、しかし坂東武者には重い負担となるはずだった。上皇は、最近調子づいていると思われる義時に灸をすえるためにも、それを実現しようとする。

当然これは長沼宗政はじめ御家人の反発を食う。上皇様がお命じになったのだからと義盛は言い聞かせるも、八田知家は言われた仕事はこなすが坂東に限ると言い、御家人たちも同調する。時房も義時に、御家人たちが内裏の件は承服しかねていることを伝える。彼らは和田館に集まって文句を言い合い、義盛自身が不満をもつ勢力の旗頭のようになっていた。

その頃泉親衡という信濃の小県の武士が謀反を起こし、義時を殺そうと企む。しかも義盛の息子2人と甥もそれに名を連ねていたのである。特に甥の胤長が、所領に戻る途中にその親衡に声をかけられ、北条の悪口を聞かされ、結局義盛たちの息子共々仲間に入れられたのである。義盛は自分が頭を下げることで、この件を解決しようとしていた。

一方大江広元は、この泉親衡なる人物を調べても何も出てこないことから、朝廷の企みではないかと義時に伝える。上皇様は鎌倉殿がお嫌いなのかと義時は尋ねるが、広元は実朝ではなく義時であることをほのめかす。鎌倉を北条が仕切っているのが、上皇は気に入らないのである。

義盛は御所で義時に頭を下げ、加担した者への寛大な処置を求めるが、最終的にいい返事がないんだったらこっちにも覚悟があると言い出し、相撲で決めようじゃねえか、でなければ戦だと言う。その義盛に義時はいきり立ってもらっては困る、まとまる話もまとまらぬと答え、これは義盛も理解していた。しかる後に時房は、義直と義重はお咎めなしと伝える。しかし義盛は、他のやつらも何とかしてやってくれと言い出す。

大部分は無罪となるが、親衡の頼みに応じて御家人に声をかけた胤長にはそれなりの処罰が下される。義盛は息子たちを館に集める。口々に「義母上」と言う彼らに驚く巴。義盛は彼らを連れて再度御所へ行き、胤長を許すよう掛け合うつもりだった。これだけの髭面が頭をさげりゃ、小四郎だってわかってくれるはずだと義盛。そこへ朝比奈義秀が戻って来て、あまりうまくねえと伝える。義盛は胤長を助けることで頭が一杯で、胤長を一目だけでも娘に会わせてやろうとしていた。

義時はひどく煩わしさを感じていた。上総広常の時を思い出すと広元。広元は和田殿は御家人の最長老と言い、義時は、最も頼りになる者が最も恐ろしいと言う。そして消えてもらうかとつぶやく義時に、よい機会かも知れないと広元は返す。そこへ時房が大急ぎで評定の場にやって来て、無数の和田義盛が集まっていると伝える。義盛とその一族98人が胤長の赦免を求め、御所にやって来たのである。しかし胤長は陸奥へ流罪と決まっていた。

ここで沙汰を変えたら力に屈したことになり、かと言ってあれだけの人数で暴れられても困ったことになる。義時は引き取って貰おうと言う時房を制し、義盛たちの前に縄をつけられた胤長が連れて来られる。時房は放免とするわけには行かぬ、鎌倉殿も引き上げるようにとの仰せだと告げる。義盛は実朝に会いたがるが、多忙を理由に断られる。その頃当の実朝は、政子や千世と共に大根葉の葉と茎をより分けていた。実衣は歯で葉を茎から外そうとし、政子に注意される。実朝は時政から習った方法を千世に教える。

2人はお似合いだと実衣は言い、尼御台も孫の顔を見たいのではと尋ねたため実朝と千世の表情が一瞬固まる。政子は焦っても仕方ないとその場を切り抜けるが、千世は謝る。実朝は話題を変え、永福寺に花を見に行くつもりだと言う。実衣と2人きりになった政子は、跡継ぎのことを聞かれるが、養子を取ればいいと答え、のえの処理の仕方がおかしいのを見て、都育ちの割に大雑把と言う。

のえは「育ちがいいと小さいことは気にならない」と言い、鎌倉殿はなぜ側室を持たないのかと尋ねる。律儀な子だから、上皇様に申し訳が立たないと思っているのかもと政子、源氏の嫡流は皆女子好きだと思っていたとのえ。実朝は確かにその点は頼朝と違っていたが、実衣は、どっちにしても極端だと言う。のえは鎌倉殿は源氏でないとなれなのかと尋ね、御家人たちが従わないと言う政子に、義時には立派な息子が何人もいると言い、北条がなるべきと譲らず、りくを思い出すと政子は実衣に囁く。

甥の縄付きを見た義盛は屈辱感を味わっていた。義盛と会っていた三浦義村は小四郎が考えそうだと言い、力になってやってもよいと持ちかけ、いっそのこと北条を倒して俺たちの鎌倉を作ろうとも言う。義盛は満更でもなさそうだった。義村は御家人の不満がたまっており、義盛が立てば多くの者がついてくる、御所に攻め入って鎌倉殿をお救いし、小四郎の首を取る、北条ばかりが得をする世の中を俺たちが変えると言ったところで、巴が入って来て何やら義盛に耳打ちする。胤長の娘が父に会うこともかなわないまま、病で亡くなったのである。義盛の決意が固まった。

泰時は父に、なぜ義盛を追い詰めるのか、戦になると抗議するが、義時の表情を見ていてふと気が付き、はなからそのおつもりだったのですねと悟る。そして義時は泰時の時代になった際、必ず和田一門が立ちはだかる、今のうちに手を打っておくのだと言う。


義時と義盛の対立が表面化して行きます。元々この泉親衡なる人物ですが、信濃源氏で、義時を追放するべく頼家の子千住丸を鎌倉殿に擁立しようとしたと言われています。謎の多い人物で、ここでは朝廷が差し向けたという描かれ方になっていますが、義時が義盛を排除するために、またその反対に、義盛を始めとする和田一族が手を貸したとも、木曽義仲の残党が通ししたとも言われてもいるようです。ちなみに小県は、戦国期にかの真田氏の領地があった場所ですね。

そして久々に「眉毛を剃る」、義盛が最初に眉を剃ったのは、上総広常が絡んでいました。そして義盛自身が、広常と似た立場に置かれた今、再び眉を剃るなどと言い出しています。それにしても和田一族はやはりと言うか、揃いも揃って体育会系の乗りですね。相撲で決めようと言う辺りは、かの『ちむどんどん』の浜辺での角力を思い出します。

ところでこの時義時は苦笑し、義盛の顔を見ていると真面目に話しているのがばかばかしくなるとまで言っていますが、義盛もそれは重々承知しているようです。そして沙汰が下されますが、流石に胤長だけは許されることもなく流罪となっています。ちなみにこの人物は弓の名手と伝わっています。そしてこの胤長を演じた細川岳さん、『舞いあがれ!』の、なにわバードマンの玉本先輩でもあります。

実衣、口で葉と茎を分けているのが何だか汚いのですが…一方でのえのやり方も何だか適当です。それを指摘されて、「育ちがいいと小さいことは気にならない」などとすまして答えていますが、単にそれだけにはとどまらず、鎌倉殿は北条でもいいだろうなどといったことまで言い出す始末です。この辺り、北条の執権(得宗)体制を見越しているかのようです。

義盛の許を義村が訪れます。義村は和田が立てば御家人たちがついて来る、俺たちの鎌倉を作ろうなどと言っていますが、この人のことゆえどう転ぶかわかりません。この時義盛は、木をいじっていた次男坊はどこへ行ったなどと言っていますが、あの次男坊がそのままだったら、今の義盛も義村もなく、相変わらず平家の支配下にあったかも知れないわけで、義盛が出世して御家人のトップとなったと言うことは、木簡を弄っていた次男坊も、それなりの権力を手にすることを意味していました。

飲み物ーホットワインとくるみ
[ 2022/10/25 19:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 77その2

『武将ジャパン』大河コラム、後半部分の記述への疑問点です。尚『舞いあがれ!』の21日放送分は次回になります―と言うか、20日放送分のを21日に投稿しているため1日ズレます。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第39回「穏やかな一日」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/10/17/171451


まず鶴丸に諱を与えるシーンですが、

1.平家一門は滅びたわけでもありません。
日本各地に落人伝説がありますが、そうではなく鎌倉に来ている者もいました。あえて平家のものを近くに置くことで、源平合戦ははるか昔のことだとアピールしたいのでしょう。

「平家のものを近くに置く」のではなく、「近くに置く者に平を名乗らせた」でしょうね。
ところで武者さん、今年の春ごろ平氏と平家の違いがわかっていないと思われる描写がありました。平氏とは平の氏を持つ人々の総称(ついでながら畠山重忠も平氏)、平家とは特に、清盛の一族を指すのですが、何かごっちゃになっていましたね。

あと「そうではなく」もなぜ「そうではなく」なのかが不明。西日本でなく、東国に向かった落人もいたと言いたいのでしょうが、この人の文章は、あるいは故意なのかも知れませんが曖昧過ぎです。

2.美談に思えます。出自不明の平盛綱を鶴丸にするというのはよい工夫です。
八重の思いが詰まった、まるで千鶴丸の生まれ変わりのような人物が、こうして泰時を守るためにそばについて出世するのも素敵ですよね。
しかし、今の義時は、ただの美談を生み出すほど清らかではない。

これ「美談」でしょうか?確かに八重の思いがつまったと言うか、八重は鶴丸を助けたが、それと引き換えに八重は命を落とした、その意味で義時に取っては何かと忘れられず、無視もできない存在ではありますが。

3.これは綱をつけた番犬を作る過程でもある。
恩義を感じさせ、いつまでも我が子を守る番犬に育ったら美味しい。死ぬ気で命令を果たす忠実な番犬は何より有用ですし、義時はうまいやり方を思いつくものです。

どうも義時が
「太郎の命綱となってほしい」
と言ったのを曲解しているように見えます。武者さん、これ以外にも犬に関連する言葉をあちこちで使っていますが、誰かに使われる人物は皆「犬」なのでしょうか。妙な所で、「王家の犬」を引きずっていないでしょうか。
この後の義時と義村の会話で、義村が面白くなさそうな顔をするシーンでは、

頼朝より近いし、操ることはできるはず。自分が真っ先に泥を被りたくないから、汚い仕事は分けあって、持ちつ持たれつやって行こうと思っていた。
それなのに、いつの間にやら、義時の番犬になってしまっている。これほどの屈辱はない。

実朝が褒美を取らせるシーンでも、

実朝は北条時政の企みを防いだ褒美を取らすと言います。
「……ありがたき幸せ」
頭を下げながら、そう返す義時。
この瞬間、鎌倉殿もこの男の飼い犬になりました。

それから以前、畠山の重忠の乱を、朝廷の番犬の喧嘩呼ばわりしていたこともあります。どうも、ひとを犬呼ばわりしたがりますね。一方本物の犬関連で騎射三物の「犬追物」、これは馬から犬を射るのですが、犬が傷つかないように鏑矢を使っていました。しかしそれを「犬を射殺す、野蛮だ」と書いていましたね。スクショ取っているから後で確認してみます。

4.「変わっちまったよなぁ、鎌倉も、お前も……」
義盛がそう嘆くのも無理ありません。
思えば序盤において、彼らの娯楽は狩猟でした。誰も和歌なんて詠まない。蹴鞠も未知のものでした。
広元はその話を聞き、絵に描いたような坂東武者だと感想を漏らします。

「誰も和歌なんて詠まない。蹴鞠も未知のものでした」
先日も書いていますが、和歌も蹴鞠も限られた人々のものであり、この義盛に取ってはどちらも縁遠いものです。また義盛でなくても、どれだけの御家人が和歌や蹴鞠を嗜んだでしょうか。この場合変わったと言うのは、かつての親友だった義時がいつの間にか権力の座に座り、一介の御家人である自分から遠い世界へ行ってしまったと言うことでしょう。

5.現在放映されている朝の連続テレビ小説で、長崎五島列島の「ばらもん凧」が出て来ました。
その図柄は、武士が魔物に立ち向かうというもの。武士の世が終わっても、日本では子供の生育を祈る際に武士を掲げます。
それだけ根深く精神性が根付いてしまった。
そういう根源を、この義時という怪物が吐き出そうとしているようで、あまりに深い。

なぜかここで『舞いあがれ!』。ばらもん凧の意匠ですが魔物でなくて鬼ですね。元々男の子の節句にこの凧は揚げられていたわけですし、武士の強さを今の世に伝えるのは別に悪くはありません。端午の節句の武者人形しかりです。
ちなみに祥子ばんばによれば、ばらもん凧はお侍さんが果敢に鬼に立ち向かうように、
「どがんことにも負けん、強か人になってほしかちゅう願いば込めっとさ」
という意味があります。

それから武士が全般的に精神性を重んじるのは、江戸時代になってからですね。

6.そんな善哉に、政子は何やら見せたいものがあるようで、手の空いた義村と義時が話し始めます。

と言うより、あの2人に話をさせたくてあのようにしたとも取れます。そして、善哉を御所に連れて来なさいと政子が言うところですが、

7.しかし、やはり政子は甘い気がします。もっと突き放してもよいかもしれない。こういう対応をしていると、頼家は罪なくして死んでしまった人のように見えてくる。
御所にも愛着が湧く。
なぜ御所の一番高い座に自分がいないのか?
将来、そう思ってしまうかもしれない。
頼家は罪ゆえに死んだ。
お前も罪人の子であり、実朝とは違う。
厳しくとも、その辺をハッキリと認識させた方が良いかもしれません。

ここの部分ですが、この後にこういう記述があります。

時房がこんな風に説明します。
「寂しいお方でした。あのお方のお心を知ることは誰にもできなかった。悔やまれてならないのです。お側にいながら何の支えにもなってさしあげられなかった。いらっしゃいますか。心を開くことのできるお方が」

武者さん、これは実朝関連で引用しているのですが、この時房のセリフを読む限り、頼家は果たして罪人だったのかとも思われます。確かに反抗し、暴走した人物ではありますが、それとはまた違うのではないでしょうか。政子が善哉に憐憫の情をかけたくなるのも、わからなくはありません。先日の分にも似たような記述がありましたが、武者さんは政子にも暴走してほしいのでしょうか。どうもそう感じられてしまうのですが。

8.家族間で本気の殺し合いを想定しているんだとしたら、そりゃあ、のえだって辛気臭いと思うでしょうよ。
八重や比奈のように、腹を割って愛し合うことができなくなっているのは、誰のせいなのか。
もはや義時の人生そのものが地獄のようで、おそろしいことになってきました。

義時も3人目の妻であり、それこそまだ若い頃、八重に対して心を開いたようにはもう行かなくなっています。それと本気の殺し合いなど、この時点で義時は想定しているでしょうか。権力を握ること(そうしないと鎌倉がうまく行かない)には執着しているでしょうし、ならば義盛、ひいては実朝を牽制したがるのも無理からぬ話です。

9.義時がお手本にしたロールモデルは推察できます。
曹操です。
『三国志』でおなじみの曹操であり、「乱世の奸雄」とも称されますね。
曹操は自分の悪名くらい気づいています。

ここでまた漢籍。武者さんがどう思おうがいいのですが、それ以前にこのドラマに関してもっと書くことがあるのではないでしょうか。

10.今流行しているからBLを入れたとか、そう宣伝していた『西郷どん』とは比較にもならない。単純なものではない。東洋的な美学もあれば、多様性への配慮もあります。

『西郷どん』の中園ミホさんは、BLに言及してはいますが、「今流行しているから」と言ったでしょうか。制作発表時の記事で、中園さんはこう説明しています。
「中園氏は「林さんの原作はいろんな愛にあふれています。島津斉彬との師弟愛、家族愛、男女の愛、ボーイズラブまで(笑)。ラブストーリーもたっぷり散りばめられているので、一年間、テレビの前の皆さんに『西郷どん』にどっぷり惚れていただきたい。上野の銅像とは全く違う西郷像になると思います」と自信をみなぎらせた」
https://www.oricon.co.jp/news/2080906/full/

「色々な愛がある」と言い、最後に「ボーイズラブまで(笑)」とあるのを見ると、半ばジョークとも言えそうです。実は私も最初は半信半疑で、始まるまでどうなるかと心配で批判もしましたが、案ずるより何とやらで結局好きな大河となりましたね。どちらかと言えば吉之助と正助(一蔵)はバディ的ではありましたが。

あとBLは『八重の桜』でも言われていましたね。それと『鎌倉殿』の「多様性への配慮」て具体的にどういう部分でしょうか。

11.往年の名作大河といわれるものでも、いま見返すとヒロインの味噌汁パワーだの、胡散臭い描写が目につきます。
そうならないためにも、ジェンダーにおいて進歩が必要なのです。

以前も『利家とまつ』の味噌汁がどうこうと言って来て、また引っ張って来ていますね。確かに味噌汁が解決手段とも言えましたが、ならば私も言わせていただきたい。こちらは朝ドラですが、経営が行き詰まった飲食店を経営していたヒロインの前に、見知らぬ人物が豚肉を持って現れ、それが解決手段になった作品がありました。あれは「ヒロインの豚肉パワー」と言うべきでしょうか。しかもあの時、ヒロインは自分で肉を探すこともなく、たまたま来た人物に貰ったのでしたね。

それとまつの味噌汁とジェンダーとどういう関係があるのでしょうね。武者さんは気に入らないと何でもジェンダーを乱発したがるように見えます。

12.三谷さんならば、都合がつく限り何度でも大河を手がけて欲しい――私はそう思います。

個人的に、三谷さんはこれで一区切りでいいかと思います。ご自身でも「これが集大成」と語っていたわけですし、ちょっと矛盾するシーンもありますし、そしてやはりこれは、三谷さんのファンに向けられたと思われる部分が大きいです。その意味で、映画もしくは舞台的かなと思います。

あと他にも『青天を衝け』批判だのゲースロだのが総評に出て来ますが、いつもと同じようなことですので省きます。


飲み物-ウイスキーロック
[ 2022/10/22 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 77その1

『武将ジャパン』大河コラム、前半部分の記述に関する疑問点です。最近は武者さんのこれより、小檜山氏の朝ドラ記事の方が、何やら『青天を衝け』コラムのようになっているのですが、それはまた改めて。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第39回「穏やかな一日」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)


1.政子って、地に足がついた人だと思います。
権力が欲しいわけではないけれど、そうしないといけないことを責任感から学び、さらに全うしようとしている。真面目で誠実。本当に善良な方で良かった。

あくまでもこの大河ではそういう設定ということでしょう。しかし史実では、彼女の評価は人により様々ですし、この大河でも今後どうなるかは何とも言えません。

2.ついに義時は、実朝を傀儡にすると宣言しました。開き直っています。義時もきっと政の勉強を果たしたのでしょう。

「傀儡にする」とは言っておらず、自分が政を進めて鎌倉殿にはそれを見守っていただくと、もう少し婉曲な表現をしていますが。

3.内容は高野山と太田荘の争い。実朝が迷い、三善康信も戸惑っていると、義時がズケズケと一方的に高野山の言い分を決めてしまいます。
思わず実朝は、自分がいてもいなくても同じではないかと北条泰時にこぼしてしまう。
そんなことはない!

まずこの評定なのですが、高野山が、太田荘の年貢の取り立てを地頭が妨げていると訴えて来ます。

義時「太田荘の年貢は、亡き後白河法皇様の供養を行うためのもの。(康信の方を向いて)それを邪魔立てするのはいかがなものか」
実朝「(康信に)あそこの地頭はそなたであったな」
康信「さようにございます」
実朝「太田荘の代官をかばいたい気持ちもわかるが…」
義時「道理は高野山にございます。ここは、高野山の言い分を聞いてやりましょう。(実朝に向かって)よろしいですか」
となっており、康信は太田荘の地頭であるためばつが悪く、しかも実朝は自分が話そうとしたところを義時に押し切られてしまい、不満そうな顔をしています。

しかし武者さんの書き方だと、実朝はただ迷っているだけのように見えますし、康信が太田荘の地頭であることにも言及されていませんね。

4.つまりは歌で返事をするわけで、泰時は狼狽するばかりですが、鎌倉に文化が浸透してきたことの証しでもありますね。
思い出してください、上総広常が素朴に書状を書いていたあの姿を。
当時とくらべて、もはやそんな時代ではなく、和歌を詠めなければ話にならない。
やることが増えてきたぞ!

「鎌倉に文化が浸透してきた」と言うより、実朝のように特に高位の人物は、京との付き合いもあるため、こういう嗜みを身に着ける必要があり、源仲章が藤原定家を紹介したがるのも、それと関連があると言えそうです。第一本当に鎌倉にそれだけの文化が浸透して来たなら、御家人たちの多くも歌を作っているはずなのですが。

5.時政のように露骨に自分へ利益誘導するのはよろしくない。
そうではなく、大義名分と理屈をこねて、自分にとって有利な制度設計をする。
悪辣なやり方です。

時政を反面教師にしたからこそ、このような、北条を有利にするための策を打ち出したわけですが、北条一族が武士の頂に座るためには、やむを得ないことではありました。

6.ステータスに浮かれてしまう実衣と違い、手直しなんかしなくていいと言いきる政子。
我が子の素朴な感性を伸ばしたいのかもしれません。確かに定家は技巧を凝らしておりますから。

京=朝廷との付き合いがなければ、それでもいいでしょう。この場合実衣の方が、乳母という立場もあってか、京との付き合いをかなり意識していると言えそうです。

7.このドラマは何かがおかしい。
周囲が主人公を過小評価しているように思えて来ました。
北条義時を甘く見てはいけないはず。それなのに、どこか侮っている。そうしているうちに手遅れになるような気がします。

「何かがおかしい」のであれば、それをテーマに、もっと具体的に書いてほしいところです。私としては、まだ北条の天下になっていない以上、実際は義時が権力を持ちつつもそれを表沙汰にできない、あくまで実朝を立てる必要があるからだと思いますが。

8.政子も義盛は好きだけど、政は身内だとか、仲がいいとか、そんなこととは無縁の厳かなものだと嗜めます。
実朝は素直に反省しますが、それができなかった北条時政は結局身を滅ぼしたものです。

この部分ですが、2の評定のところで、康信が太田荘の地頭であること、そして実朝が康信を庇おうともする発言をしたことが、ここの伏線のようになっていると思えなくもありません。

9.父の時政を殺していれば、御家人たちは恐れ慄きひれ伏した。それができなかったのは自分の甘さである、と。
果たして本当にそうでしょうか?
これは義時ではなく、政子の甘さかもしれません。
彼女があのときキッパリと「時政とりくを殺せ! 逆らうものは始末する!」と義時を急かしていたら、その先どうなっていたか?
この姉はそこまでやる強敵なんだ、そんな凶暴な雌虎ならば、我が子を守るために牙を剥くかもしれぬ――義時がそう警戒したら、実朝に政治の実権を返したかもしれない。なんてことも考えてしまいます。

なぜ政子の甘さになるのでしょうか。時政に引導を渡したのは義時のはずですが。そして親子の情を押し殺して殺そうと思ったにしても、そうはできない事情があったから、伊豆に帰すにとどめたわけでしょう。

つまりこういう女性像が、武者さんが理想とする女性像なのだなとは思います。しかし鎌倉殿の実母である彼女がそれをやると、実朝の分が悪くならないでしょうか。いくら何でも、そこまで政子は愚かではないでしょう。仮にそう言ったとしても朝廷との兼ね合いがあります。下手をしたら、政子も引退を勧められたかも知れません。

いずれにしても、義時は北条の世を作るために、もう源氏に政を任せようとは思っていなかったのかも知れませんね。

10.妻にすると言っていたのにさんざん弄ばれ別の女子と……そう怒りを込めて語ります。
「この鎌倉にそんなひどい男がいるのか!」
驚く実朝ですが……まぁ、いるでしょうよ。あなたの父・頼朝も中々のものでしたよ。

頼朝は平安時代末期に京で育っているため、多くの女性と関係を持つのはさほど罪悪視していなかったはずです。頼朝のそういう考えと行動については、この大河の最初の方で、散々出て来ていますね。


飲み物-ブロンドのエール
[ 2022/10/21 00:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第39回「穏やかな一日」あらすじと感想-2

第39回「穏やかな一日」後半部分です。それと先日分の変換ミスと意味の通りにくい部分を修正しています。


義時は疲れたとその場に寝そべり、伊豆の時政にうまい物でも持って行くように泰時に言う。そして鶴丸には盛綱と言う諱と、平の氏を与える。鎌倉に平家ゆかりの者がいるとは、源氏の世が安泰となった証だと義時は言い、盛綱の何は、泰時の命綱であってほしいからだと説明する。ついでに御家人にと言う鶴丸改め盛綱だが、その日行われる弓競べに紛れ込み、目立つ働きをすれば鎌倉殿に掛け合ってやると義時。一方時房は実朝を蹴鞠に誘う。

そして義時は義盛に、上総介のことは忘れろ、鎌倉殿に直訴するのもこれが最後、ウリンと呼んではいけないと命じる。義盛は、上総広常だって散々頼朝を武衛と呼んだと反論するが、あの頃と違うと義時は言う。義盛は尚も食ってかかろうとするが、下がってよいと義時に言われ、不機嫌そうにこう洩らす。
「変わっちまったよなあ、鎌倉も、お前も」

絵に描いたような坂東武者だと広元、随分少なくなったと義時。広元は「そしていずれはいなくなる」と言い、御家人に人気のある義盛は慎重にかかるべきだと忠告する。和田には三浦がついていると言ったところで、当の三浦義村が入って来た。つつじと善哉を連れて来ていたのである。義時と義村が同席する中、2人は政子に挨拶をし、政子はお見せしたいものがあると2人を連れて部屋を出る。

一時は善哉を鎌倉殿にという声もあったが、かなわなず申しわけないと義時は言い、(実朝が)お元気になられたからそれでいいと義村は答える。鎌倉を変えると言う義時に、いい心意気だと義村。守護は2年ごとに替え、御家人たちの力をそぐつもりでいた。俺も相模の守護だと義村は言うが、だからこそ他の御家人たちを制するためにも、義村には真っ先に賛成してほしかったのである。義時は政所へ戻り、義村はどこか面白くなさそうな表情を浮かべる。

政子は御所の裏の古い切り株に書かれた、頼家の文字を見せ、ここでよく蹴鞠をしていたと言う。そこへ実朝が時房を伴って現れる。鎌倉殿と呼ぶ善哉に、義父上とお呼びなさいと注意するつつじ。無理することはないと実朝は言い、時房は善哉に蹴鞠を教える。政子は頼家の分も善哉を幸せにしたい、罪滅ぼしと言っては何だが、遊び相手のいる御所へ連れてくるようにとつつじに言う。善哉の鞠の扱いは、父上よりうまいかも知れないと時房。

実朝も臨席しての弓競べが行われ、盛綱の出番となる。盛綱の矢は見事的を射抜き、泰時と抱き合って大喜びする。それを目にした実朝は義時に盛綱のことを尋ね、義時は北条の家人で、泰時の幼馴染ですと答える。御家人にしてやりたいと義時は願い出るが、分不相応な取り立ては災いを呼ぶと実朝は言い、一介の郎党が御家人などありえぬ、義盛の上総介推挙を止めたのも、守護の力を削ぐべく任期を定めたのもお前ではないかと真っ向から反対する。

義時は実朝の言葉を一旦受け入れて詫び、実朝も言葉がきつくなったことを詫びる。義時は自分は不要であるから、伊豆へ引き下がらせていただくと言って退出する。実朝は非を認め、盛綱を御家人にしようとするが、義時は一度口にしたことを翻すと政の大本が揺らぐと言い、私のやることに口を挟まれぬこと、鎌倉殿は見守ってくださればよろしいと凄むように言う。どうすればよいのだと尋ねる実朝に、改めて褒美をいただきたい、それを盛綱に譲ると義時は答える。

実朝は義時が時政の企みを防いだことにより、褒美を取らせる。そして御所の裏手に行くと、時房が鞠を手にしていた。頼家のことを思い出していたと時房。実朝は兄ときちんと話したこともなく、時房は頼家の心の内を誰も知らず、そばにいながら支えることもできなかったと言い、実朝に心を開く相手がいるかを尋ねる。その実朝は千世から、世継ぎができないこと、自分で駄目なら是非側室をと言われるが、千世が後鳥羽上皇の従妹である以上、側室を持っては上皇様に申し訳が立たぬと答える。

それは余計につらいと千世。嫌いなわけではないと実朝は言うが、ではなぜ自分から逃げるのかと千世は問いただす。実朝は千世の手を取り、初めて打ち明けるが自分には世継ぎを作ることができない、そういう気持ちになれない、もっと早く言うべきだったと告げ、すまないという気持ちで一緒にいづらかったと話す。ずっと一人で悩んでいたのですねと千世、そして話してくださり嬉しいと彼の肩に頬を寄せる。実朝は応えてやることができなかったが、千世は構わなかった。

泰時の机の上にはこのような歌があった。
「春霞 たつたの山の桜花 おぼつかなきを知る人のなさ」
仲章はこれは恋の歌であり、春の霞で姿をはっきり見せない桜のように、病でやつれた己を見せたくはない、されど恋しい、あなたに会いたい、切なきは恋心と解釈し、どなたの作かと尋ねる。泰時はその場を離れ、その歌を実朝に見せて、間違えておられます、これは恋の歌ではないのですかと問う。実朝は苦笑して間違えていたとその歌を受け取り、今度は
「大海の磯もとどろに寄する浪 破れて砕けて裂けて散るかも」
の歌を渡す。

義時は朝時と会っていた。御所に仕える女房に手を出すとは何事だと叱る義時だが、朝時はいとも気安く、鎌倉殿にとりなしてほしいと頼む。お前には父を超えようという気概はないのかと言われ、あるわけないです、こんな大それたことと朝時は答える。もう行けと義時。その頃義盛は義村と共に酒を飲み、義時は親父を追い出したらやりたい放題だ、俺たち古株の御家人をないがしろにしたら、痛い目に遭うことを思い知らせてやろうぜと意気軒高だった。そして泰時も、実朝の歌の解釈に迷い、隠していた酒をあおっていた。

建暦元(1211)年9月22日。出家して公暁(こうぎょう)と名乗るようになった善哉が京へ上る。京での修行の後は、鶴岡八幡宮の別当になる予定だった。しかし彼が戻って来た6年後、大きな悲劇が起きることになる。


「穏やかな一日」のサブタイとは裏腹に、本音と建前がぶつかり合って、物語が進行します。相変わらず本音だけの義盛、本音と建前を使い分けることを覚えた義時、昔から本音を隠して建前で物を言うのに長けた義村、この3人に加え、本音でのみ物事を考えているような泰時、さらに立場上本音で物は言えないが、歌にその思いを秘めた実朝などなど。

最早北条至上主義でないと、幕府の統制は取れないと考える義時は、政の改革にまで踏み切ります。それは北条以外の御家人に力を持たせないことでした。無論これが江戸時代なら、参勤交代だの江戸城の修理だので、大名の財力を削いで行くわけですが、この時代はまだ武家政権が始まったばかりです。手始めに、御家人に権力を持たさないようにすること、北条以外の人物の昇進を阻むことを企んだわけですが、これが義盛の癇に障ってしまいます。

そして実朝。やはり女性にはさほどに関心を持たない人物のようです。泰時にああいう歌を送るほどですから。しかも泰時も、仲章からあの歌について
「病でやつれた己を見せたくない」
と説明されているわけで、実朝は当然病み上がりです。鎌倉殿はあるいは…とは思わなかったのでしょうか。無論気づいていながら知らん顔を決め込むこともできますが、泰時の性格としてそれができるかどうか。無論、既に妻帯している泰時はどうしようもなかったわけですが。

それから鶴丸改め平盛綱。この人物は実務家として有名で(意外ですが)、長崎氏の祖となる人でもあります。長崎氏と言えば、『太平記』の長崎円喜を思い出しますね。そして弓競べ、これもまた『太平記』の流鏑馬をちょっと連想させます。

ところで義時の黒の直垂ですが、大河の作品によっては、主人公が年齢を重ねるに従って黒っぽい衣服をつけるようです。代表格が『軍師官兵衛』でしたが、別に完結編だからと言って、必ずしも黒を着せる必要もないかと思うのですが。ただ義時の黒と実朝の衣装の白、それぞれのものの考えを表現しているなとは思います。


飲み物-琥珀のエール
[ 2022/10/18 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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